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防衛・安全保障チャンネル

防衛・安全保障チャンネルは、1976年に始まった『国防論』の延長線上にある企画です。『なぜ今必要なのか?集団的自衛権の(限定的)行使』の刊行等、これらの難解な問題を皆様に十分理解していただける内容となっております。

《やまだ・よしひこ》

1962年千葉県生まれ。学習院大学卒業後、金融機関を経て日本財団に勤務。海洋グループ長、海洋船舶部長などを歴任。勤務の傍ら埼玉大学大学院にて博士号(経済)を取得。2008年東海大学海洋学部教授。専門は海洋政策、海洋安全保障、離島経済。15年、海洋問題に関する評論により正論大賞新風賞受賞。主な著者は『日本の国境』(新潮新書)、『日本は世界4位の海洋大国』(講談社)など多数。

中国の海洋支配 尖閣諸島を守り抜け

東海大学海洋学部教授 山田 吉彦 氏

週刊「世界と日本」2021年5月24日 第2197号より

 中国の尖閣諸島侵出は、最終局面に近づいている。恒常的に海警局の警備船が我が国の接続水域内を航行し、月に3回程度の割合で領海にまで侵入している。さらに、領海内において我が国の漁船を追尾し、海域から排除する行動に出ている。これは、尖閣諸島に中国が主権を持っているかの行為であり、日本政府は早急に排除しなければ、領土および管轄海域を失うことになり、周辺で活動する国民の安全を脅かしているのだ。

 

 国際法では、船舶は他国の領海内においても沿岸国に害を及ぼす可能性がなければ、自由に通航することが許されている。無害通航権と呼ばれるものである。

 中国警備船の行動は、日本の漁船の行動に危害を加えており、無害通航に当たるものではない。しかし、日本の海上保安庁は、海域からの退去を勧告するだけである。海保は、原則として、他国の公船に法執行することは許されていないのだ。尖閣諸島周辺における中国海警局の勢力は日本の海上保安庁の体制を上回り、その行動は過激さを増している。いずれ、漁民だけでなく、海保の巡視船さえも排除する動きを見せるだろう。

 中国の尖閣諸島への侵出の目的は時代と共に変遷している。1970年代は、東シナ海に眠る海底油田の利権を獲得することが主な目的であった。1990年代以降は、中国の経済が発展し、対外貿易を担う海上輸送路の確保、管轄海域の拡大を目指した。そして、現在は、中国にとって「核心的利益」である台湾を攻略するための戦略の中で尖閣諸島の獲得に向け突き進んでいる。中国の最高指導者である習近平は、香港の取り込みに成功し、次なる目的を台湾の制圧に向けている。中国共産党にとって、台湾の制圧は悲願である。その目標の達成には、台湾の北側における日米の軍事的優位性を排除しなければならない。海底資源の確保や管轄海域の拡大は、あわよくば手中に収めたいというレベルであったが、台湾問題が絡むと尖閣諸島の意味合いも変わる。尖閣諸島は、「取りたい島」から「取らなくてはならない島」に代わっているのだ。

 中国は台湾への軍事的な野心を隠さず、航空機や航空母艦などを周辺に派遣するなど挑発的な行動を続け、台湾と親密な関係にある日米両国にとり、看過できる限界を超えている。今月行われた日米首脳会談においては、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」と共同声明に明記し、中国の過激な動きをけん制した。

 特に世界がコロナウイルスの被害に苦しみ始めてから、中国の海洋侵出が加速し、常軌を逸している。今年、フィリピンなどと管轄権を争う南シナ海スプラトリー諸島周辺海域に、200隻を超える1000㌧級の漁船を並べ、この海域を実効支配していることを示した。この時、洋上にいた中国漁民は1万人を超えていた。中国の遠洋漁業に携わる漁民の多くは、所属する企業単位で中国当局に管理され、その指示のもとに活動する。また、彼らは、軍事訓練を受けているため海上民兵と呼ばれる。海上民兵は、武装もせずに他国の海域に侵入し、海域のみならず領土さえも占領する。1998年、フィリピン・ルソン島の西約230㌔㍍にありフィリピンが領有権を主張するスカボロー礁では、4隻の中国漁船が送り込まれた。この漁民をフィリピン軍が拘束したところ、人民の保護の名目で中国海軍の攻勢が始まった。そして、武力に勝る中国は、2012年までに実効支配体制を完了し、翌2013年には軍事施設を建設している。いずれ尖閣諸島にも同様な施策をとることが考えられる。

 2018年中国の海上警備機関である中国海警局は、中央軍事委員会の指導を受ける武装警察部隊に編入され軍事組織に変貌した。さらに、今年2月には、海警法を制定し、海警局を中央軍事委員会の命令に基づき「防衛作戦」を担う機関に位置付けている。海警局は、国家の主権や管轄権が、他国の組織、個人に侵害されたとき、武器の使用も含めたあらゆる必要な措置をとることとされ、さらに、中国の許可を受けずに中国の島・岩礁などに建設した構築物は、強制的に取り壊すことができるとした。海警法は、国連海洋法条約に抵触する可能性が高いが、中国にとって国際法は意味を持たない。中国は、独善的な国際法解釈を行い、自国の正当性のみを主張するからだ。実際に、2016年、中国の九段線による南シナ海の支配を否定した仲裁裁判所の判決を、紙くずと述べ黙殺したのだ。

 中国海警法の想定は、海保との対峙にある。海保に力ずくで立ち向かう宣言をしたのだ。

 日本国内には、日米安全保障条約第5条1項に基づき、米国の行動に期待する考えもある。しかし、我が国が行動を起こす前に米国が動くことはない。また、中国が島を占領し、日本の施政権を奪ったならば、米国が見解の変更をすることも考えられる。さらに、同条2項では、日米安全保障条約に基づいた行動は、速やかに国連安全保障理事会に報告することになっている。しかし、中国は安保理の常任理事国であり、中国との紛争を報告することにも無理があり、国連の崩壊へとつながることになる。尖閣諸島は、他国に頼らず自力で守れる体制を作らなければならないのだ。

 4月20日、自由民主党議員による「尖閣諸島への公務員常駐実現に向けた勉強会」が開催された。施政権を国の内外に示すために、国の機関を置き公務員を常駐させることを目指す。自民党は「2012年政策集」において、尖閣諸島における公務員の常駐を政策として決定している。しかし、9年の年月が経っても、政策は実行されず、尖閣諸島の危機はさらに深まった。ようやく、責任感のある議員が行動に転じたのだ。

 今、我が国が尖閣諸島を守り抜くことは、台湾をはじめアジア全域の平和と安定に寄与するものである。また、今すぐにでも動かなければ、事態がさらに悪化することは必定だ。胆略的な日中友好を重視するのではなく、将来を見据えた安全保障戦略を優先すべきと考える。

 


《やまだ・よしひこ》

1962年千葉県生まれ。学習院大学卒業後、金融機関を経て日本財団に勤務。海洋グループ長、海洋船舶部長などを歴任。勤務の傍ら埼玉大学大学院にて博士号(経済)を取得。2008年東海大学海洋学部教授。専門は海洋政策、海洋安全保障、離島経済。15年、海洋問題に関する評論により正論大賞新風賞受賞。主な著者は『日本の国境』(新潮新書)、『日本は世界4位の海洋大国』(講談社)など多数。

危機 海の安全保障情勢

東海大学海洋学部教授 山田 吉彦 氏

週刊「世界と日本」2020年10月5日 第2182号より

 海洋国家日本は、有史以来、国家の危機は海を越えやってくるのが常である。2020年、本来であれば、東京オリンピック、パラリンピックで国全体が盛り上がり、好景気に酔いしれているはずだった。しかし、2019年の年末に中国の武漢市を発信源として新型コロナウイルスが猛威を振るい、世界を恐怖のどん底に陥れた。

 

 日本においては、外航クルーズ客船ダイヤモンド・プリンセス号での船内クラスターの発生で一躍問題視されはじめると、国内での感染者数が急速に増加し、4月7日、政府は新型インフルエンザ等特別措置法に基づき、東京、神奈川、千葉、埼玉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に緊急事態宣言を発令し、同月16日には対象を全国に拡大した。この発令により、在宅勤務が奨励され、旅行など移動および飲食店や劇場・映画館、スポーツジムなど人が集まり感染が予想される施設の開業、営業の自粛が求められ、日本全国が火の消えたような状態となった。

 欧州においては、日本どころの騒ぎではなかった。EUの拡大により国境の壁が低い、欧州では瞬く間に感染が広がり、島国英国にも伝搬した。英国では、過去の感染症の経験からコロナウイルスを封じ込めることは無理だとして「緩和」策をとったが、4万人を超える死者を出した。新型コロナウイルスは、海を越え米国においても蔓延し、さらに恐ろしい事態となった。米国では、8月末時点で600万人を超える感染者、19万人の死者を出すに至った。

 そのような状況下において、発信源とされる中国では、感染者数8万5千人、死者5千人弱と比較的被害が少なく、一時期は武漢市の都市封鎖など大胆な施策をとったが、社会的な回復は早かった。

 世界中の国が自国の感染症対策に翻弄されている中、中国は海洋強国に向けた施策の推進を急いだ。6月30日、香港において国家安全維持法を制定し、香港における言論の自由を制限し、政府に対する抗議活動を封じ込めた。香港では英国から中国に返還された際、50年にわたり継続が認められた自治が事実上消滅し、1国2制度も崩壊した。この法律では、「外国勢力と結託して国家安全に危害を加える行為」を禁じ、この法は、外国人にも適用されることになっている。例えば、尖閣諸島は日本の領土であると主張し、領土保全の活動をする日本人が、香港、あるいは中国の影響を受ける地域に訪れた場合、逮捕される可能性もあるのだ。当然、南シナ海における中国の九段線による支配を否定し、航行の自由を守る行為も無期懲役の厳罰に値するものだ。

 外航海運の世界は、船籍国が船上の行政権、司法権を持つ。香港船籍と中国船籍が一体となることで、中国の支配下に置かれる外国船は、全体の15%となり、パナマに次いで船籍数の多い国となり、世界の海運界に対する影響力を持つこととなった。

 さらに、中国の南シナ海支配は、国家安全維持法が制定されたことで強化された。かつての香港港は、世界1位の取扱量を誇るコンテナターミナルであった。しかし、1997年に英国から中国に返還されて以降、中国はハブ港としての機能を上海、寧波など中国本土に移行し、世界7位に後退した。さらに、国家安全維持法により、香港港は中国の支配下に入ることになり、南シナ海を通過する船は、中国の港に入出港するものがほとんどとなった。中国の港に出入りする船の安全は、寄港国として中国が守るという理論が成り立ち、米国をはじめとした自由主義国が行っている「航行の自由作戦」の趣旨が突き崩されたのだ。また、中国は、3つの人工島を軍事拠点化するとともに、スプラトリー諸島を南沙区、パラセル諸島を西沙区として行政区を設置し、実効支配を明確化している。

 さらに中国は、8月26日、4発の弾道ミサイルを南シナ海に向け発射した。このミサイルは、米軍のグアム基地への攻撃が可能な中距離弾道ミサイルと航空母艦を標的とする対艦弾道ミサイルの2タイプであり、米国に対し、南シナ海が中国の支配下にあることを示す行為と考えられる。

 同日、米国政府は、南シナ海の軍事拠点工事に関与した中国企業24社に対し、実質上米国製品の輸出を禁止する措置を取ることを発表した。これは、中国の一帯一路を担う国策企業が対象となり、今後、南シナ海を巡る情勢が緊迫度を増すことは免れないだろう。

 東シナ海への中国の侵出もさらに強化されている。第1列島線支配への攻勢も最終局面に入ったようだ。中国の海上警備機関である中国海警局は、2018年に中国中央軍事委員会の指導下に組み入れられ、准軍事機関となり人員、装備共に増強された。尖閣諸島海域では、恒常的に中国の警備船が航行し、派遣される警備船も5000トン級が主力となり、海保の装備をはるかに上回る状況となっているのだ。

 今年は111日間連続で、日本の接続水域まで侵入し、海上保安庁の警告を無視し40時間近く領海内に侵入を続ける領海侵犯を行った。さらに、日本の漁船をたびたび追尾し、排除するように行動している。この状況は、中国中央電視台(CCTV)などのメディアを通じ国際社会に喧伝されている。これを見た世界中の人々は、尖閣諸島が中国の施政下にあるよう誤解することだろう。

 今年の夏、中国は、大規模な漁船団を尖閣諸島海域に派遣する準備を整えていた。このことに備え、日本政府は、防衛外交により米国を動かし、沖縄周辺で大規模な日米合同演習を行うことで中国をけん制し、中国の自制を促した。米国安全保障なくしては、自国の領土、領海を独力では守ることが難しいのだ。米国は、日米安全保障条約のもとで活動するが、その領域は、日本の施政下にある地域に限定される。

 まずは、尖閣諸島が同海域および島々の環境調査、漁業資源調査等を行うことで、同諸島の重要性を国民に伝えるとともに、日本の施政下にあることを世界に向け発信する必要がある。国会議員有志も「尖閣諸島の調査・開発を進める会」を設立し、具体的に動き出している。

 日本政府は、海洋基本法第3条「(海洋)安全の確保のための取組が積極的に推進されなければならない」という規定を順守し、速やかに尖閣諸島が施政下にあるいう明確な措置をすべきである。

 


ミサイル防空 総合的方策提言

岡崎研究所理事 金田 秀昭 氏

週刊「世界と日本」2020年9月21日 第2181号より

 北朝鮮や中国の多元的なミサイル攻撃(航空機、艦船、地上基地等を発射母体とする戦術・弾道・巡航ミサイルによる対地・艦攻撃)による対日脅威が高まりつつある中、日本は弾道ミサイル防衛システムの整備に取り組んできた。

 その1つのイージス陸上型について、河野防衛大臣は安倍首相の了解を得て計画を停止し、本年9月末を目途に全般見直し作業を進めることとした。自民党の小野寺検討チームは、イージス陸上型の代替案と他国領域内への打撃力保持を含む抑止力向上のための提言を行った。本稿ではミサイル防空のための総合的方策「5D」を私案として提示する。

 

1.総合ミサイル防空のための5方策(5D)

 日本への多元的なミサイル攻撃を制止するのは容易ではない。先ずは予防措置としての諫止(Dissuasion)外交、国家としての抑止(Deterrence)態勢により未然に被攻撃を防止するが、これら措置の効なく、相手の攻撃準備の進捗が確認されるなど、現実に攻撃が切迫または実施された場合に備え、軍事手段による発射された弾道ミサイル等の破壊(防衛(能動防御):Defense)、弾道ミサイル等の発射阻止(拒否(攻勢防御):Denial)、着弾した際の被害限定(局限(受動防御):Damage Confinement)といった方策を欠落なく具備し、かつ相乗効果を最大限に図ることが重要となる。これらを総称して「5D」という。

 

2.諌止外交 Dissuasion Diplomacy

 「諫止外交」は、信頼醸成措置などを通じてソフトパワーにより脅威の顕在化を予防する方策であり、ミサイル等の拡散防止や軍備管理・軍縮等が挙げられる。

 北東アジアには、中朝露など弾道ミサイル等の保有国がありながら、拡散防止や軍備管理・軍縮の地域枠組みは存在しない。米朝交渉は成果なきまま頓挫した。米露間の中距離核戦力全廃条約は廃止され、両国は軍拡競争再開の動きを見せており、新STARTの再締結も不透明である。

 今こそ日本は、周辺国との個別または集団の信頼醸成措置を積極的に進め、地域の「信頼醸成レジーム」創設を経て、「地域軍備管理・軍縮・不拡散レジーム」への発展の推進役を担うべきである。

 

3.抑止態勢 Deterrence Posture

 相手に対し日本へのミサイル攻撃の効果に疑念を抱かせ、使用を躊躇、抑制させるためには、報復攻撃や後述する能動(防衛)・攻勢(拒否)・受動(局限)防御能力を保有し、堅固な防衛意志を明示する抑止態勢の構築が不可欠となる。

 報復攻撃については核兵器が最も有効であるが、日本は核兵器を保有しない政策をとり続けてきた。日本は当面、米国の拡大核抑止力に依存することとなろう。

 一方「専守防衛」という防衛政策の下、日本は従来から能動防御のみを保有し、相手の基地を攻撃する攻勢防御は保有せず、必要な場合は米軍がその機能を果たすこととしてきた。受動防御についても態勢は整っていない。

 しかし周辺国のミサイル脅威は日米のミサイル防衛能力を凌駕しつつあり、日本自身が相手のミサイルを発射・上昇段階で阻止する攻勢防御と、中間・終末段階で阻止する能動防御を兼備、強化し、着弾段階での受動防御も整え、国家の抑止態勢を万全にする必要性が出てきた。

 

4.防衛機能 Defense Capability・・・能動防御

 政府は2003年12月、弾道ミサイル防衛のための「防衛機能(能動防御)」として、イージス(SM―3)及びペトリオット(PAC―3)の導入、JADGEによるシステム連接等を決定、2017年にはイージス陸上型の導入を決定した。

 既述のように現在、防衛省を中心として、イージス陸上型代替案の検討が行われている。ベストの案は、2018年7月のレーダー選定時に基本性能、経費、納期、後方支援の全評価項目で高い評価を得たSPY―7を空自レーダーサイト等に配備するのを基本に、発射機を近傍の地上適所に置くことである。これが適わぬ場合は遠隔交戦能力(EOR)を備えた発射機を遠隔の地上適所に設定することを次善案とする。この際EOR能力を具備した発射艦を補用する。

 その上で米軍の統合防空ミサイル防衛(IAMD)との連接を考慮しつつ、小型衛星群、航空機、艦艇、地上装備(レーダー、迎撃ミサイル等)、指揮通信中枢(JADGE)、高性能データリンク(CEC)等の関連装備の能力向上を図りつつ、それらを有機的に連接した総合ミサイル防空システムを構成する。

 

5.拒否能力 Denial Power・・・攻勢防御

 相手の発射母体を攻撃し、ミサイルを発射または上昇段階で無力化するという「拒否能力(攻勢防御)」は、ミサイル攻撃を有効かつ確実に阻止する最有力の手段である。

 日本には「他に手段がない場合、誘導弾等の基地をたたくことは、自衛の範囲に含まれる」との政府解釈(1956年鳩山答弁)があるにも関わらず、専守防衛政策の下、「予防」、「先制」はもとより、自衛のための「反撃」としてすら「策源地攻撃」即ち、相手のミサイル発射基地攻撃については米軍にその機能を委ねてきた。

 だが現在の日本は、中間・終末段階での複雑な飛翔形態、極超音速、複数弾頭・囮、飽和攻撃等、進化する多元的なミサイル攻撃脅威に晒されている。

 この変化に適応するには、現状の中間・終末段階で阻止する能動防御だけでは困難となり、相手の地上発射を含むミサイル攻撃に反撃するため、中間段階以前の発射・上昇段階で阻止できる攻勢防御をも保有する必要が出てきた。

 手段としては、スタンド・オフ機能(トマホーク、SM―6、JASSM、現有対地・艦ミサイルの性能向上、マルチロール編成航空攻撃等)の保持・充実、スタンド・イン機能(F―35A/B海空協同)の追求が当面の課題となろう。将来的には小型衛星群やUAV(無人航空機)等の利用が考えられる。

 

6.被害局限 Damage Confinement・・・受動防御

 主要国では、大量破壊兵器によるミサイル攻撃に対し、被害を最小限にとどめる民間防衛の諸方策として、警報システムの整備、ミサイル攻撃への避難訓練、民間「自衛団」の活用、医療品等の貯蔵、公共避難施設の設置等を講じている。

 日本では有事における「被害局限(受動防御)」、すなわち、民間防衛(国民保護)については、2005年に国民保護の基本方針が策定され、武力攻撃事態の類型として、弾道ミサイル攻撃や航空攻撃も含まれたが、以後、国民保護に関する計画は十分に進展せず、国民の意識も低い。

 

 政府は機会を捉え、国民の関心を高め、前述のような措置を進める必要がある。

 


新型コロナ 自衛隊の対応は
絶えず「備えあれ」の態勢を

 

衆議院議員 防衛大臣 河野 太郎 氏

 週刊「世界と日本」2020年8月24日 第2179号より

 

 新型コロナウイルス感染症に、自衛隊はどのように対応してきたのでしょうか。今日までの自衛隊と新型コロナウイルスの関わりをまとめました。

 自衛隊と新型コロナウイルスの関わりは、武漢の在留邦人の引き上げから始まりました。航空自衛隊が運航する政府専用機で迎えに行く必要があるかもしれないと、政府専用機を千歳で待機させました。

 しかし、ANAのチャーター機が飛べるということで、その必要はなくなりましたが、厚労省からの依頼に基づき、在留邦人の帰国のために武漢に向かったチャーター機に、検疫支援のため自衛隊中央病院の看護官2名を派遣しました。

 そして1月31日、新型コロナウイルス感染症に関して、自衛隊法83条2項ただし書に基づいて自衛隊に災害派遣命令を出しました。「新型コロナウイルス感染症対策本部の方針を踏まえ、同感染症の感染拡大の防止が、特に緊急を要し、都道府県知事等の要請を待ついとまがないと認められることから、自衛隊法第83条第2項ただし書に規定する災害派遣により、感染症拡大の影響により帰国した邦人等に対し、救援活動を実施せよ」そして、災害派遣の実施命令に基づき、この日から陸自衛生隊員など約40名を、武漢からの帰国者の宿泊施設に派遣して生活支援を行っています。

 また、PFI船舶「はくおう」を、帰国者の一時停留場所として活用するため、東京湾に向けて出港させました。

 しかし、2月5日、横浜港沖に停泊していたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の乗客・乗組員の中に新型コロナウイルス陽性患者が10名いることがわかり、医療機関に搬送することになりました。そして自衛隊は、2月7日から、クルーズ船の乗客および乗組員の生活支援を開始し、「はくおう」はそのための自衛隊員の活動拠点・宿泊場所として活用することになりました。

 さらに自衛隊は、チャーター便第4便の帰国者の生活支援のため、税務大学校に約20名を増派し、3カ所の陸上の宿泊施設で計約70名が、生活支援や健康状態の確認、健康相談を行っています。

 「ダイヤモンド・プリンセス号」においても、乗船者への医療支援、物資の搬入や仕分けなどの生活支援、さらに、自衛隊の救急車による患者の病院への搬送を行いました。2月10日からは、自衛隊の医官5名が、船内で検疫支援業務を開始、また、この日より自衛隊から薬剤官も派遣されました。

 自衛隊の病院でも「ダイヤモンド・プリンセス号」などから感染者128名を受け入れ、3月12日までに、116名が退院しました。特に自衛隊中央病院では、受け入れた新型コロナウイルス感染者の6割が外国人だったので、外国語通訳ができる予備自衛官を招集しました。

 自衛隊中央病院では、当初、感染症のための病床は10床でした。この10床がいっぱいになると、次の病棟の約50床を感染症用に割り当て、さらにその次の50床というように拡大していきました。感染症の病床を担当する医官、看護官は専属にする必要があったため、自衛隊中央病院では他の自衛隊病院の医官、看護官の支援を受けたほか、医師、看護師の資格を持つ予備自衛官を招集し、一般患者の診療に従事させました。

 自衛隊中央病院では、陽性患者の肺のCT画像を撮り、肺炎の影がなければ比較的軽症にとどまり、影があると重症化する可能性が高いということを突き止め、これは権威ある医学誌『ランセット』の姉妹誌(LANCET Infectious  Diseases)にも論文の形で掲載されました。

 さらに市中感染が広がるなかで、都道府県知事の要請による災害派遣も始まりました。海外からの帰国者が1日最大で2700人にもなるなかで、空港検疫が厚労省だけで対応できない状況となり、3月28日、水際対策強化のための災害派遣の実施に関する大臣命令を発出し、災害派遣活動を実施しました。

 PCR検査の結果待ちの帰国者に対する輸送支援や生活支援に関しては、速やかに態勢を構築する必要があり、また、感染リスクや風評被害の懸念があったため、当初は民間事業者による実施が困難でした。自衛隊の災害派遣と防衛警備などの任務を両立させるために、市中感染に対する災害派遣は、1週間を目処とした期限を設けて派遣することとしました。

 まず自衛隊が輸送支援や生活支援の業務を行い、その後、OJTで民間事業者に感染防護のノウハウを教育した上で、業務を移管していきました。防衛省の共済組合が経営するホテルグランドヒル市ケ谷で、ホテルの従業員による生活支援を行ったことが、他の宿泊施設の民間事業者の理解を得ることに寄与しました。

 3月28日から5月31日までの間、延べにして約8700名の自衛隊員が活動しましたが、この期間中に、自衛隊は、民間事業者と自治体の職員等を合計して1700人を超える人たちに感染防護教育を行いました。自治体と民間事業者の対応能力が向上するにしたがって、自衛隊への災害派遣のニーズも少なくなってきました。

 4月27日、まず、検査結果待ちの帰国者を宿泊施設に輸送する業務の民間事業者への移管が完了し、5月29日には、生活支援の民間事業者への移管が完了しました。5月31日、災害派遣終結の大臣命令を発出しました。

 こうして新型コロナウイルス感染症との戦いの第1幕は終わりましたが、自衛隊は、今後の第2波、そして自然災害にもしっかり備えていきます。

ダイヤモンド・プリンセス号内で活動する隊員
ダイヤモンド・プリンセス号内で活動する隊員

《にしはら・まさし》

1937年大阪生まれ。62年京都大学法学部卒。75年京都産業大学教授。77年防衛大学校教授(国際関係論)、2000年同大学第七代目学校長に就任。06年退官、(財)平和・安全保障研究所理事長に就任。08年瑞宝重光賞、12年正論大賞を受賞。安倍政権の日本版NSC設立有識者懇談会メンバー。著書に『激化する米中覇権競争―迷路に入った朝鮮半島(監修)』、『激変する朝鮮半島情勢―厳しさ増す米中競合(監修)』など多数。

記憶に残る防衛大臣諸氏

平和・安全保障研究所理事長 西原 正 氏

週刊「世界と日本」2020年8月3日 第2178号より

 第2次大戦後の日本で防衛問題を担当した「国務大臣」は、警察予備隊本部長の名称に始まり、保安庁長官、防衛庁長官、そして平成19(2007)年1月に名実ともに防衛大臣になったが、今日までの防衛を担当した大臣は総計88人にのぼる。

 その中の1人、第25代防衛庁長官となった中曽根康弘氏は、戦後の日本政治史を通して最も防衛大臣にふさわしい人だったとして、記憶に残る。もともと憲法改正、対米自立、自主防衛を自らの政治信念としていたが、昭和45(1970)年1月に佐藤栄作政権の防衛庁長官として登場した時には、日米安保条約の重要性を強調する立場をとった。

 しかし中曽根氏は「私の中には国家がある」と述べていたほど、日本の自主独立を望む国士であった。のちに総理になってからは、日本が「不沈空母」となって日米同盟を強化することを強調した。

 中曽根大臣は、昭和45(1970)年、国民の防衛問題に関する理解を深めるため、自らも筆を執って原稿を修正し、防衛白書『日本の防衛』を創刊した。この意義も大きい。

 中曽根氏とは対照的だったのが、昭和49(1974)年12月三木武夫内閣の第32代防衛庁長官になった坂田道太氏であった。防衛問題は素人であることを公言しながら、大臣就任後は有識者を集めて「防衛を考える会」を開催するなど、猛烈に防衛問題を勉強した。そして、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」や「基盤的防衛力」の基本構想を打ち出し、「防衛計画の大綱」を策定した。この間、自衛官の待遇改善などにも努力した。

 こうして坂田大臣の在任期間は、防衛大臣としては最長の747日となった。坂田大臣は温厚な政治家ではあったが、文部大臣であった1969年1月、全共闘の東大占拠のため、東大入試を中止するという決断をしたことがあった。衆議院議員を17期44年間務め、その間衆議院議長にもなった。

 平成13(2001)年4月にスタートした、小泉純一郎政権の第64代防衛庁長官となった中谷元氏は、初の自衛官出身の長官であった。自衛隊では最もタフな隊員といわれるレインジャーの訓練教官をしていた。弱冠44歳で長官となり、防衛大出身の先輩たちで占められる自衛隊上層幹部を動かすのは一苦労あったであろうが、逆に多くの同窓の仲間に支えられた。それでも防衛庁長官として、庁内の内局と制服組との権限、命令系統などにおける整合欠如に不満で、『誰も書けなかった防衛省の真実』(幻冬社、2008年)を著して厳しく指摘した。

 ついで中谷氏は、平成26(2014)年安倍第3次内閣で2度目の大臣を務めた。第14代防衛大臣および安保法制担当大臣として、中谷氏は平和安全法制の成立に関わったが、国会審議では大臣の答弁で審議がしばしば中断し、苦労した。

 平成24(2012)年12月に、安倍第2次政権の第12代防衛大臣に任命された小野寺五典氏は、その後第3次政権で第17代、第18代防衛大臣も務めた。松下政経塾と東大大学院政治学科で学び、1997年衆議院議員になってからは外交や安全保障問題に精力を注ぎ、米国ジョーンズ・ホプキンズ大学での客員研究員も経験した。

 こうして2007年には第1次安倍改造内閣で外務副大臣に任命された。また2012年、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長に就いた。同年末、防衛大臣になってからは、新しい「統合機動防衛力」概念の具体化と日米同盟の強化に取り組んだ。

 2017年7月、稲田朋美防衛大臣が陸自の南スーダンおよびイラク派遣部隊による「日報隠ぺい問題」で責任を取って辞任した後、揺れる防衛省の立て直しのため、小野寺氏が再度防衛大臣に起用された。

 2018年10月大臣を退任するまで、ほとんどの週末に部隊視察をして激励をした。全任務中の視察先は158カ所に上った。災害などでの隊員の献身的な任務遂行に対して、離任の挨拶で涙を流して感謝した。自衛隊員の心をつかんだ数少ない大臣であった。

 


《かみや・またけ》

1961年京都市生まれ。東大教養学部卒。コロンビア大学大学院(フルブライト奨学生)を経て、92年防衛大学校助手。2004年より現職。この間、ニュージーランド戦略研究所特別招聘研究員等を歴任。専門は国際政治学、安全保障論、日米同盟論。現在、日本国際フォーラム理事・上席研究員、日本国際問題研究所客員研究員、国際安全保障学会理事。主な著作に『新訂第5版安全保障学入門』『新段階の日米同盟のグランド・デザイン』『日本の大戦略』など。

直視せよ 中国リスクの継続を

防衛大学校教授 神谷 万丈 氏

週刊「世界と日本」2020年4月20日 第2171号より

 

 世界は新型コロナウイルスの問題一色の感があるが、それでも国際政治は動き続けている。日本国民が特に忘れてならないことは、中国のリベラル国際秩序への挑戦という問題が、今もわれわれにつきつけられ続けているということだ。

 

 実は、新型コロナウイルス問題が世界的に深刻化してから、本稿執筆時点でまだひと月も経っていない。

 3月2日の段階では、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、中国の状況は改善しつつあり、それ以外では韓国、イタリア、イラン、日本の状況が懸念されるものの、この感染症がパンデミック(世界的な大流行)にならないよう封じ込めることは可能との見通しを示していた。同事務局長が新型コロナウイルス感染症はパンデミックといえると表明したのは、11日になってからのことだ。

 これまでの世界では、米国主導の「リベラルなルールを基盤とする国際秩序」と中国主導の「権威主義的な国際秩序」のどちらが好ましいのかという体制間競争に関心が集まっていた。冷戦後、日米などのリベラルデモクラシー諸国は、中国を打ち負かすのではなく発展を助けることで、その体制を自由で民主的な方向に動かそうとする戦略をとってきた。

 だが実際には、経済的に躍進した中国は、リベラルな価値や理念の受け入れを拒む態度をかえって強めた。そうした中国の自己主張の強まりを前に、これまで東アジアと世界の平和と繁栄の基盤になってきたリベラル国際秩序が動揺しつつある。

 こうした懸念が、世界のリベラルデモクラシー諸国に広がっていたのだ。

 忘れてならないのは、中国の既存のリベラルな国際秩序への挑戦という問題が、新型コロナウイルス感染症の拡大の中でもなくなったわけではないということだ。

 中国では、武漢で問題が深刻化し始めた当初、日本からマスクなどを送る支援が相次いだことから、「新華社」(2月11日)や「人民日報」(同12日)などで感謝と賞賛の報道が相次いだ。

 だが、中国政府の日本に対するふるまいにはあまり変化がない。たとえば、中国の公船は依然として尖閣諸島周辺の接続水域での航行をほぼ連日続けており、隻数はむしろ増えている。上記報道の前後の2月5日と13日、さらに3月20日には4隻づつが領海を侵犯した。

 2019年4~12月の自衛隊機の中国機に対するスクランブル回数が523回と過去2番目に多かったことなどを考えあわせると、新型コロナへの対応に追われる中でも、力により国際秩序の現状を変更したいとする中国の願望と挑戦が、日本に向けられ続けていることは明らかだろう。

 また中国外交部は、3月26日に、昨年5月に中国に一時帰国した東アジア国際政治史専攻の袁克勤(えんこくきん)北海道教育大教授が、「スパイ犯罪に関わった疑い」で当局に拘束されていることを認めた。昨年9月に中国専攻の北海道大教授が中国当局に拘束された(11月に保釈名目で釈放)のを彷彿とさせる事件だ。袁教授は中国籍だが、1980年代の半ば以降日本で研究を続け、日本の国立大学で教鞭をとっている。そうした人物が、日本政府のスパイという容疑で10カ月以上も拘束され続けている。それは、中国がそのシャープパワー(嫌がらせや圧力で忖度させる力)を日本にも向けて、日本に言論の自由をはじめとするリベラルな価値をどこまで本気で守る意思があるのかを試そうとしているということではないのか。日本の中国専門家の間には、これら2つの事件をみて、今後は中国の意向に配慮した言論を行わなければ恐ろしくて中国には行けないとの声さえ出ている。

 ただ、中国という存在がやっかいなのは、それが、われわれにこうした安全保障上のリスクとともに、経済的な機会をも提供しているということだ。

 冷戦期のソ連が経済や技術では西側に太刀打ちできず、その原因が自由の欠如にあると信じられていたのとは全く異なり、今日の中国は自由でも民主的でもないが、世界を驚嘆させる経済的成功を手に入れている。中国と協力して経済的な果実を手にしたいという願望は、リベラルデモクラシー諸国を含む世界の全ての国に共通している。

 特に、発展途上国にとっては中国との協力の魅力は大きい。中国の提供する機会には「債務の罠」のようなリスクが潜む。ファーウェイなどの先端技術には、秘密裡に機器を遠隔操作して情報を窃取する仕組みが組み込まれているのではないかとの疑惑があり、中国政府による悪用の懸念がある。

 だが、多くの途上国にとっては、そうした危険はあっても、中国との協力は豊かで便利な生活を手に入れるための安価な近道に映る。

 そもそも多くの途上国の社会は、われわれの社会ほどには自由でも民主的でもない。国民の間で、米国が中国と比べて際立って信頼されているということもない。そのため、日本などのリベラルデモクラシー諸国が、“米国主導のリベラルな国際秩序”が“中国主導の国際秩序”に置き換わる弊害を説いても、彼らには説得力が不十分なのだ。

 リベラルデモクラシー諸国は、中国の与える機会が多くの国にとって無視できないものになっているという現実を直視するべきだ。中国のリスクには対抗しなければならない。だが同時に、われわれは第三国に対して中国の与える機会の代替案を示す必要もある。

 中国の与える機会をすべて取り除くことは不可能なので、中国との協調という視点も必要になる。中国のリスクと機会を総合的に見て、中国にどこで対抗するか、一方どこで協調するのかを考える必要がある。それが、今回のウイルス問題が起こる前のわれわれの問題意識だった。

 今はウイルスとの闘いに力を集中させる時ではあるが、われわれは、中国という問題が世界に存在し続けていることを忘れてはならない。今回のウイルス騒ぎは、われわれが中国と、好むと好まざるとに関わらず密接な相互依存関係で結びついていることを如実に示した。

 そうした中国のもたらすリスクとどのように向き合っていくかを、考え続ける必要がある。

 


《いとう・としゆき》

1958年、名古屋市生まれ。防衛大学校機械工学科、筑波大学大学院地域研究科修了。潜水艦はやしお艦長、在米国防衛駐在官、第2潜水隊司令、海幕広報室長、海幕情報課長、情報本部情報官、海幕指揮通信情報部長、第2術科学校長、統合幕僚学校長、呉地方総監を経て2016年退官後、現職。キヤノングローバル戦略研究所客員研究員。

酷い 護衛艦派遣への野党対応

与野党一体で危機管理に臨め

金沢工業大学 虎ノ門大学院教授 伊藤 俊幸 氏

週刊「世界と日本」2020年4月6日 第2170号より

 

  中東を航行する船舶の安全確保のための情報収集を目的として、海上自衛隊の護衛艦「たかなみ」が中東に派遣され、活動を開始している。しかしこの派遣に至る野党の対応は酷いものだった。

 

対米追従で自衛隊を派遣した民主党政権

 1月8日、国会内で立憲民主党、国民民主党、共産党、社民党の野党4党は国体委員長会談を開催。

 立憲民主党の安住国対委員長は「今の状態で海上自衛隊を現地に派遣すべきではない。閣議決定そのものを白紙に戻す、撤回することの方が正しいのではないか」と述べた。なんでも反対の共産党や社民党が言うのならともかく、民主党政権当時、防衛副大臣だった安住議員のこの発言は許されない。

 民主党政権は、鳩山首相の発言で日米関係がかなりギクシャクしたことはご承知の通りだ。そのため次の菅首相は、クリントン国務長官の要求に応じて、南スーダンへの自衛隊派遣を表明、野田首相は派遣命令を出した。

 内陸部にある南スーダンに、自衛隊の装備品を搬入するのは大変なことであり、そもそも同国を支援することにどんな国益があるのか? 当時我々制服組は反対したが、これを「対米追従」で押し切ったのは、民主党政権だ。ハイチPKOも同じ理由で自衛隊を派遣した。

 その後の東日本大震災や福島原発の対応を通じ、政策手段として自衛隊を活用する意味を改めて理解したはずの彼らが、野党に戻ったらなぜこうも簡単に態度を変えるのか。

 平和安全法制とは、そもそも民主党政権が作ろうとした法律だった。ところが自民党が作ると徹底的に反対した上、立憲民主党は今も憲法違反の法律と言っている。

 

防衛省にとっては悪夢ではなかった民主党政権

 悪夢のような民主党政権と言われるが、実は防衛省にとっては、必ずしも悪夢ではなかった。当時までの自民党政権は、「基盤的防衛力」という防衛力整備構想を長らく採用していた。これを警戒監視活動など、自衛隊の艦艇や航空機が実働し中国や北朝鮮を抑止する「動的防衛力」という新たな概念に変えたのは民主党政権だ。自衛隊の活動実態に即したものであり、その後の自民党安倍政権にも踏襲されている。

 また「武器輸出三原則」の緩和や防衛省職員の総理秘書官への配置など、自民党ではできなかった防衛政策を次々と前に進めたのは民主党政権だ。

 長年防衛省は総理秘書官ポストを望んでいたが、警察庁が強く反対してきた。自民党政権では関係省庁との既得権益関係(族議員)があり、何かを新しく変えることに大きな抵抗があるのは事実だ。しがらみのない野党が政権をとる、2大政党制の良い部分の反映だったといえよう。

 しかし自民党政権で防衛政策の前進を強く阻んできたのは、やはり野党による根強い反対だ。つまり自民党以外が政権を取ると、なんでも反対の「野党」がなくなるから現実的な防衛政策が推進されるのだ。

 

分かっているのに政局にする野党議員

 「自衛隊の中東派遣。こんな理屈でいいなら、政府の簡単な判断だけで自衛隊を世界中好き勝手に派遣できるようになる。それこそが総理の狙い。もはや憲法も国会も関係ない。理屈はどうにでもなる。戦後この国が守ってきた基本線を簡単に超え、逆にこの国と国民の生命を危機にさらす行為で、容認できない」と、小沢一郎氏はツイッターで述べた。

 かつて、憲法9条と国連の集団安全保障措置は別ものだから、「現憲法のままで自衛隊は武力制裁決議に参加できる」と述べた人物とは思えない発言だ。小沢氏は、国連憲章の意味を初めて正しく理解した政治家だった。湾岸戦争後の機雷処理のため、野党やマスコミが一斉に反対する中、海部首相の尻を叩き、特措法も作らず閣議決定で掃海部隊を中東に派遣したのは小沢自民党幹事長だ。

 国民民主党の玉木雄一郎代表も「『調査・研究』というあいまいな法的根拠で自衛隊員を危機にさらすわけにはいかないうえ、状況の変化も踏まえ反対だ」と述べたが、自衛官を馬鹿にしているのかと言いたい。

 今回対象となるのは、小型ボートに乗っているテロリストやイラン革命防衛隊であり、拡声器(LRAD)による警告で退散させることができる。LRADは音響兵器といわれ、その指向性と大出力で聴覚に後遺症が残るほどの威力があり、実際に海賊を撃退してきた。

 それよりも本来重要な議論は、イラン革命防衛隊が発砲した場合、これは軍艦からの攻撃になるということだ。他国軍艦に自衛隊が反撃をすれば、それはいわゆる「マイナー自衛権」の行使になる。

 しかし日本は、軍艦や公船という、ある国家の一機関が「平時」において不法行為をした場合の対応が憲法解釈上整理されていない。

 「平和安全法制を認めるか否か」という踏み絵を踏まされ、立憲民主党に行かなかった議員の集合である国民民主党ならば、憲法改正にもつながる本質的な議論をすべきだったのだ。

 

護衛艦中東派遣の本質的な意義

 丸腰の商船が危険な地域に行くことには異論は唱えず、武装した自衛隊が行くのは反対する。このような本末転倒の議論がまかり通る日本は、外国から見たら非常識と映る。どの国においても、国民の生命と安全を確保することが国家の使命だからだ。

 今回の派遣の意義は、民間商船の乗員に安心感を与えることにある。商船の近傍海域にプレゼンス(存在)する、これが海軍の一番重要なミッションなのである。

 「危険だから」「戦争に巻き込まれる」。これは55年体制で自衛隊を動かさないための屁理屈だった。民主党政権当時、「自衛隊をおもちゃにしない」「防衛や安全保障を二度と政局にしない」。ある民主党幹部は我々自衛官に断言した。

 今の新型コロナウイルスの国会議論も同様だ。新型インフルエンザ等特措法を作ったのは野田政権だ。なぜ1月の段階で、その改正案を野党から提出しなかったのか。国防や安全保障など、国家の危機管理は政局にしてはならない。与野党が一緒になって政策・対策を練り上げるテーマだ。

 これができない議員に政治家の資格はない。

 


《にしはら・まさし》

1937年大阪生まれ。62年京都大学法学部卒。75年京都産業大学教授。77年防衛大学校教授(国際関係論)、2000年同大学第七代目学校長に就任。06年退官、(財)平和・安全保障研究所理事長に就任。08年瑞宝重光賞、12年正論大賞を受賞。安倍政権の日本版NSC設立有識者懇談会メンバー。著書に『激化する米中覇権競争―迷路に入った朝鮮半島(監修)』、『激変する朝鮮半島情勢―厳しさ増す米中競合(監修)』など多数。

安保の根幹 防衛力を確実なものに

防衛上の6課題

平和・安全保障研究所理事長 西原 正 氏

週刊「世界と日本」2020年3月16日 第2169号より

 去る1月20日の国会施政演説で安倍首相は、「いかなる事態になっても、我が国の領土、領海、領空は必ずや守り抜く。安全保障政策の根幹は、我が国自身の努力に他なりません」と力説した。防衛の重要性を説く指導者がいることは、国民にとっては心強いことである。

 

 しかし日本は「いかなる事態になっても、我が国の領土、領海、領空は必ずや守りぬく」状態にあると言えるのだろうか。軍事力を増強し、西太平洋から米国の影響力を追い出そうとしている中国の覇権主義的行動は、日米同盟の分断を企み、インド洋への長い日本のシーレーンの安全を脅かしている。また、尖閣諸島に接近する中国の海空軍力も日本にとっては脅威である。

 日本は外交によって良好な国際関係を構築し、同時にそれを支える防衛力を確実なものにしておく必要がある。

 以下、日本の防衛上の課題を6点挙げたい。

 

1.中露朝の軍事的脅威に対抗する防衛戦略

 中露や北朝鮮などの軍事的脅威が増大しつつあるとき、日本はこの脅威にどのように対抗していくかについての防衛戦略を持つべきである。基本的には、日米同盟が中露の軍事力や北朝鮮の動きを牽制すべきである。それと併せて、日米は印豪韓などとの連携を強化すべきである。

 朝鮮半島には今後これまでにない、厳しい力関係が生まれる可能性を念頭に、いくつかのシナリオ(米韓離反、中韓接近、韓朝離反、韓露接近、日韓離反など)を描いて、日本にとっての有利な選択肢を備えておくべきである。

 

2.多次元防衛力の必要性

 昨年の『防衛白書』は、日本の防衛が宇宙、サイバー、電磁波といった新しい領域での防衛能力開発が必要であると述べている。安倍首相も国会で、航空自衛隊に「宇宙作戦隊」を新設することに言及した。

 日本の衛星の脆弱性への対応、サイバー攻撃に対する防護、電磁波妨害状況を把握する能力の向上などが必要になっている。しかもこれらの指揮と従来の陸、海、空の防衛力の指揮とを統合した統率組織が必要となる。日本はこれを早期に実現できるだろうか。

 これらの領域の専門家を自衛隊の中で育成するのが急務であるが、民間の研究者を採用するなど、教育界との連携も望ましい。ただ教育界に残る、自衛隊への強いアレルギーの解消がまず必要である。

 

3.自衛隊の深刻な隊員不足の解消

 自衛隊の隊員充足率低下は、「静かなる有事」といわれる。現在の自衛隊は、国土の防衛任務と併せて、海外任務が増えている。その上、地球温暖化の影響による大型自然災害救援に関わることの多い近年、逆に自衛隊員の規模が縮小している。

 自衛隊員の定員は、24.7万人のところ、実際には92%の22.7万人。組織の下になると充足率が7割と言われる。人口減少の日本がこうした脅威に対応できる自衛隊員をどのようにして確保することができるのかは、大きな課題である。

 これに対して、省人化、無人化、ドローンや人工知能(AI)、女性隊員など、いくつかの対策案があるが、容易ではない。

 日本の人口減少は社会のあらゆる部門での懸念材料になっているが、国を守る自衛隊員の不足は深刻な安全保障問題である。

 

4.集団的自衛権の行使制約の除去

 自衛権、とくに集団的自衛権に関しては、国会の内外で最も議論されながら、成果に乏しい課題である。2015年に安保法制が決定された際、集団的自衛権の「限定的」使用が合憲とされた。しかしその「限定的」が限定的過ぎて余程の事態でなければ行使できないようになっている。

 その「余程の事態」とは、「武力攻撃・存立危機事態法」にある事態のことで、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」を指す。

 そうした事態が実際にどれほど起きるだろうか。集団的自衛権は行使できないのと同じではないか。行使の法的制約を除去し、政治的制約に任せるべきである。

 

5.憲法改正による自衛隊の“明確な”法的地位

 自衛隊が発足したのが1954年であるからすでに66年が経過しているが、いまだに自衛隊は違憲であるとする政党や政治団体がおり、そのために国会の議事進行がしばしば妨げられる。世界の主要国の1つであり、G7(先進国首脳会議)などのメンバーである日本が外交を支える軍事力を持たないで、どうして諸国の信頼を得ることができようか。

 いまだに「自衛隊は軍隊ではない」、「自衛隊は憲法違反だ」との主張があり、日本の立場を弱めている。

 そればかりか、すべての自衛官は「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います」と宣誓している。自衛隊は憲法違反だとの議論は自衛官の誇りを傷つけている。

 こうした事態を一刻も早く解消すべきである。憲法に明記される軍隊を持つことが、健全な国をつくる。

 

6.沖縄の「基地問題」の早期解決

 沖縄の米軍基地である、普天間基地(将来辺野古に移転予定)および嘉手納基地は、那覇空港にある航空自衛隊基地とともに、日本の防衛および極東の平和と安全のために不可欠な存在である。

 同基地は、東シナ海に対する中国の制覇意欲を牽制し、太平洋からインド洋に伸びる長いシーレーンを監視することもできる。もちろん尖閣諸島へ接近する中国艦船や軍用機を牽制することもできる。したがってきわめて重要な戦略的基地を安定的に使用できることが日米同盟の根幹である。

 そうした基地の存続に強く反対する勢力が本土にいて支援を続けている状態を、一刻も早く解決することが重要である。

 マスコミの多くの報道では、沖縄の住民の大半が基地反対であるかのようなイメージを流しているが、実際に知事選や県議会選などを見ると、県民の基地容認派もほぼ半数いることが分かる。容認派を元気づける方策を忍耐強く続けるべきである。

 


《むらい・ともひで》

1949年奈良県生まれ。東京大学大学院国際関係論修了。米国ワシントン大学国際問題研究所研究員、防衛大学校国際関係学科教授を経て現職。専門は東アジア安全保障、軍事史。著書は『事例研究 日本と日本軍の失敗のメカニズム(共著)』など多数。

中国 本質は中華民族主義

習近平の野望 海の支配

東京国際大学教授 防衛大学校名誉教授 村井 友秀 氏

週刊「世界と日本」2019年12月16日 第2163号より

 最近、中国は南シナ海に人工島を建設し、中国史上初めて周辺の海を支配しようとしている。歴史を見ると、中国は600年前にアフリカのケニアまで大船団を派遣したことがあるが、情報収集と示威が目的であった。中国は基本的に大陸国家であり、国力が大きくなれば西方に向かって拡大し、異民族を支配下に置いてきた。

中国共産党の権力構造

 

 どの国も政府と国民は強制と同意によって結ばれている。政府は国民を強制力で支配し、同時に国民の同意によって成り立っている。

 強制力とは軍や警察といった国家の暴力装置であり、同意とは民族主義、経済発展、民主主義を実現する政府を国民が支持することである。国民の同意を政府の正統性という。

 中華人民共和国は共産党が国民の同意ではなく、強制力で国民を支配している国家である。現在の中国は共産党と軍が一体化した軍事独裁国家である。

 国民の同意に自信がない共産党は、近年、国防予算(19兆円)よりも公共安全予算(22兆円)を増やしている。同意よりも強制に頼る政権は基本的に脆弱であり、どのような独裁国家も政権を強化するために国民の同意を得ようとする。中国共産党は民族主義、経済発展、民主主義を実現した政府として国民の同意を得ることができるだろうか。

 中国に民主主義はない。中国憲法前文には、国民は共産党の指導に従えと書いてある。最近は習近平主席の権力が大きくなって、独裁国家としての性格が強くなっている。

 それでは経済発展はどうか。1949年の中華人民共和国建国から70年が経過し、その間に中国のGDPは170倍になった。経済発展に対する国民の支持は高く、共産党政権の正統性を高めてきた。

 しかし、近年中国の経済は悪化している。経済発展の結果、賃金が上昇して中所得国になり経済成長が鈍化する「中進国の罠」に陥りつつある。

 また、現在の中国は外貨準備高(3兆ドル)を大きく超える対外債務(5兆ドル)を抱えており、経済の不安定要素が大きくなっている。

 民族主義はどうか。中国共産党は日中戦争の中で最も強硬に抗日を主張することによって国民の民族主義に訴え、国民党軍の討伐作戦によって弱体化した党勢を挽回し、その後の国共内戦に勝利した。

 中国共産党は共産主義ではなく「抗日民族統一戦線」という民族主義を掲げて政権を取った民族主義政権である。

 基本的に民族主義政権であったために、ソ連が崩壊し、共産主義の正統性が地に堕ちた後も政権を維持することができた。また、中国の歴史上3番目に大きい(異民族王朝である元、清に次ぐ)領土を実現した共産党の民族主義政権としての評価は高い。経済発展が鈍化している共産党政権にとって今頼ることができる正統性は民族主義だけである。

 

中国共産党の民族主義

 

 現在の中国共産党のスローガンは「中華民族の偉大な復興」という「中国の夢」である。

 共産党は政権を取った後、「全ての人が幸せになる共産主義社会の実現」という夢をスローガンにして国民の不満を抑えてきた。1000万人を超える死者を出した政治運動である「大躍進」や「文化大革命」も共産主義体制の欠陥から国民の目を逸らすために国民の目の前に掲げた「中国の夢」であった。今、共産党は再び「中国の夢」を唱え、現実の問題から国民の目を逸らそうとしている。

 「中華民族の偉大な復興」とは何か。このスローガンを聞いた中国人が思い浮かべるイメージは、19世紀に世界のGDPの3割を占めていた偉大な中華帝国の復活であろう。

 それでは「偉大な中華帝国」と現実の中国は何処が違うのか。

 200年前の中国と現在の中国を比較すると、現在の中国は北方や西部の200万平方キロの領域を失い、東部では多くの朝貢国を失った。失った北方の領域は、今は軍事大国であるロシアの領土であり、取り返すことは無理だろう。

 他方、中国よりも弱小国である西方の中央アジア諸国や東南アジア諸国に中国の影響力を拡大することは可能である。中国は軍事力が通用する南シナ海は軍事力で、軍事力が及ばない遠方は経済力を使って影響圏を拡大しようとしている。これが「一帯一路」の本質だ。

 

中華民族の偉大な復興

 

 中華帝国は漢族が住む本土と、異民族を直接統治する藩、地域の支配者を通じて間接統治する朝貢国で成り立っていた。しかし、19世紀中頃から欧米列強の侵略により中国は朝貢国を失った。したがって、「中華民族の偉大な復興」が中華帝国の復活を意味するのならば、かつての朝貢国を取り戻さなければならない。

 さらに、習近平主席は過去の中華帝国を超えようとしている。過去の中華帝国にとって海は外国への通路であり、支配する対象ではなかった。習近平主席は中国の歴史上初めて海を支配しようとしている。

 その背景には、技術の進歩によって海洋資源の活用が可能になった現在の世界と、過去の中国ができなかった事をすることによってこれまでの皇帝を超えるという習近平主席の野望がある。習近平主席は海を支配する最初の偉大な中国の指導者になろうとしている。

 中国共産党の世界観は、世界中の国は世界の覇者を目指すという「戦国時代モデル」であり、「世界の警察官」と言われた米国も同じである。

 世界の主要都市のほとんどが、空母から攻撃できる500マイル以内にあり、世界の貿易の9割が海を通過する。

 米国が世界の覇者であるということは、世界の海を支配しているということである。中国が支配しようとしている南シナ海も米国から見れば、米国が支配している世界の海の一部である。大洋は米国の独壇場であり、ライバルが米国に挑戦できる海は南シナ海と地中海だけである。中国が南シナ海を支配しようとすれば、それは米国に対する重大な挑戦と米国は認識するだろう。

 台頭するライバルを米国は叩いてきた。米国に挑戦する中国を、圧倒的に有利な軍事力を持つ米国が許容することはないだろう。

 


《やまだ・よしひこ》

1962年千葉県生まれ。学習院大学卒業後、金融機関を経て日本財団に勤務。海洋グループ長、海洋船舶部長などを歴任。勤務の傍ら埼玉大学大学院にて博士号(経済)を取得。2008年東海大学海洋学部教授。専門は海洋政策、海洋安全保障、離島経済。15年、海洋問題に関する評論により正論大賞新風賞受賞。主な著者は『日本の国境』(新潮新書)、『日本は世界4位の海洋大国』(講談社)など多数。

危機 海の安全保障情勢

必要 海洋環境保全体制の確立

東海大学海洋学部教授 山田 吉彦 氏

週刊「世界と日本」2019年10月14日 第2159号より

 日本を取り巻く海洋安全保障情勢は危機的な状況に陥っている。東シナ海、南シナ海情勢は、話題となることは少なくなっているが、片時も目を離せない状況になっているのだ。尖閣諸島周辺海域への中国の侵出は、かつてないほど厳しいものになっている。この海域には、あたかも自国の管轄海域であるように恒常的に中国海警局の警備船が航行している。

 一昨年までは、荒天になり波の高さが4メートルを超えると、中国の警備船は自国に向け退散したが、昨年からは尖閣周辺に送り込まれる船が大型化したため、台風でも来ない限り現場海域に留まり続ける。

 さらに、月に3回のペースで、日本の領海に侵入し日本の主権を脅かしている。中国では国家機関の再編成があり、中国海警局は、中央軍事委員会の傘下に置かれ、中国と他国が紛争となった際には人民解放軍の下、民兵とともに軍隊の一部として行動するようになっているのだ。

 中国では、中国海警局の軍隊化に合わせ、新船の建造と共に軍艦を改造して転用するなど、海警局の警備船の大型化を計ってきた。

 昨年、尖閣諸島周辺海域に中国公船と呼ばれる中国海警局の警備船が減少していた。一部の論調では、日中関係の融和ムードにより、中国が自制し減少したと言うが、そのようなことはない。中国は、次なる戦略に移るための準備をしていただけである。

 今年に入り尖閣諸島に接近する中国海警局の警備船の陣容は、5000トン型1隻、4000トン型(実質5000トン)1隻、3000トン型1隻、1000トン型1隻の場合が多い。

 対する日本の海上保安庁の尖閣専従部隊は、1500トンクラスの巡視船が4隻で尖閣諸島に張り付くように警戒にあたっている。

 また、海保の巡視船はアルミ合金であるのに対し、中国警備船は鋼鉄船である。船の大きさは各段の違いがあり、体当たりをされたら巡視船は沈没してしまう恐れもある。さらに、尖閣専従部隊の装備は、20ミリ機関砲であるのに対し、中国警備船は、30ミリ機関砲を搭載し1.5倍の有効射程距離を持つ。

 そして、日本を圧倒する警備力を備えている様子を、中国中央電視台(国営のテレビ局)を通じ世界に向け発信している。尖閣諸島を支配する既成事実化を目論んでいるのである。

 尖閣諸島は、東シナ海における扇の要に位置している。日本が尖閣諸島における安全保障体制を確立しておくことは、東シナ海の安定につながる。東シナ海では、北朝鮮船の瀬取りを阻止し、早急に北朝鮮の核ミサイル開発を停止させるように動かなければならない。

 すでに中国と韓国は、国連の合意を無視し、北朝鮮の核ミサイル開発を容認しているように感じる。また、韓国の不安な動きをけん制するためにも、韓国と太平洋を結ぶ東シナ海を管轄下に置くことは重要である。

 東シナ海の安全保障体制を見ると、今年3月に奄美大島、4月に宮古島に陸上自衛隊の駐屯地が開設されたことの影響は大きい。両駐屯地とも地対艦ミサイル、地対空ミサイルを配備することになった。

 2016年には、与那国沿岸監視隊が配備され、高性能レーダー等を使い東シナ海の監視の任務に当たっている。さらに、石垣島に陸自駐屯地の配備計画が進められている。空や深海から忍び寄る脅威に対し、備える体制が整い始めたのである。

 中国の戦略は、1982年に鄧小平時代の指導下において、人民解放軍海軍司令員設立に表れている。劉華清が提唱した「第一列島線」「第二列島線」による海上支配の構想を現在も踏襲し、着実にその実施に向けて動き出している。

 日本の南西諸島から台湾、フィリピンとつながり東シナ海及び南シナ海を含む第一列島線では、すでに南シナ海の人工島建設により多くの部分の海洋支配を進めている。思い通りに進んでいないのは、日本沿岸域である。その分、中国は尖閣諸島周辺に勢力を集中してくることが予想される。

 尖閣諸島における主権を守るためには、同諸島が日本の施政下にあることを対外的に発信することが重要だ。

 例えば視点を変え、尖閣諸島周辺海域の海洋環境調査を行うことを提案したい。できれば、日本だけではなく国際的な調査団を組むことも有効であろう。尖閣諸島は黒潮の源流の位置にあり、日本の気象・海象を予測するうえで重要な海洋データを取得することができるだろう。また、マイクロプラスティックなどの漂流状況を知ることも海洋環境の保全に価値のある調査となる。

 海洋環境保全を全面に打ち立てた調査を行い、国際社会にその成果を公表することは、日本が尖閣諸島を施政下に置き周辺海域の管轄権を持つことを内外に示すことになるだろう。

 さらに中国は、第一列島線の完成の目標と並行し、小笠原諸島から南太平洋諸国に伸びる第二列島線より中国寄りの海域を管轄下に置く戦略を進めている。

 今年9月、台湾と国交を持つ南太平洋の「ソロモン諸島」が台湾と断交した。中国による経済支援を背景とした外交戦略の結果である。中国は、サモアでの港湾建設、フィジーへの多額な援助など、南太平洋諸国への支援を積極的に行い、これらの国の港が中国海軍の拠点化されることが危惧されている。

 小さな国々が多い南太平洋諸国においては、中国の援助は途轍もなく大規模であり魅力的に映る。そのため、中国からの支援の打診を受け、多大な借入れ金を背負った国々は、「債務の罠」にはまり、中国の第二列島線支配に協力する可能性が高い。

 南太平洋諸国には、親日色が濃い国々が多い。しかし、徐々に中国経済が進行し、中国は無視できる存在ではなくなっているのである。中国は、日米豪印が協力し提唱する「自由で開かれたインド太平洋戦略」をけん制し、中国中心の経済構想「一帯一路」を進捗させるためにも、南太平洋諸国への侵出を進めているのである。

 南太平洋の安全保障は、アジアの海洋情勢を左右する問題である。島嶼国の海洋環境を守り、同地域の平和と安定を築くためには、日本が地理的要因も踏まえ同諸国と密接な関係にあるオーストラリアと連携した支援を行う必要がある。

 


日米安保条約は片務的か 「公平で双務的」関係構築が急務

平和・安全保障研究所理事長 西原 正 氏

週刊「世界と日本」2019年9月2日 第2156号より

 日米安保条約が双務的か片務的かという問題はこれまでに何度となく議論されてきた。現在の議論は、トランプ米大統領が荒っぽく米記者に「日本が攻撃されれば、私たちは日本防衛のために戦う。米国が攻撃されても日本は戦わない」と述べたことで始まった。

双務的か片務的か

 「日本の役割は片務的か」と訊かれれば、日本政府は公式には否定するであろうし、多くの日本人も政府見解に同調するであろう。「狭い土地に米軍基地をかかえて、基地の騒音や米兵の犯罪に苦労し、基地維持のための財政負担も大きい。片務的ではない」と。

 政府はまた、「日米安保条約第5条は、日本が武力攻撃を受けた場合は、米国は共通の危機とみなして対処することになっている(米国がヒトを提供)が、第6条では極東の平和と安全のために米軍は日本から基地の提供を受ける(日本がモノを提供)となっており、日米間でヒトとモノの負担のつり合いがとれている」という立場を取ってきた。

 確かに条約には自衛隊が米国の領土を防衛する義務は明記されていない。トランプ氏はここを見て、米軍と自衛隊の任務に基本的な差異があり、不公平(アンフェア)であると主張する。

 しかし実際には、在日米軍は、対日防衛と関係なく独自の目的から日本の基地を使って東南アジアや中東方面での作戦に出ることができる一大利点を持っている。米軍は対日防衛とともにそうした遠隔地作戦のために日本に駐留しているのであり、日本は基地の維持経費の約73%を負担しているのである。

 事実、1992年当時のディック・チェイニー米国防長官は議会で、「米軍が日本にいるのは、日本を防衛するためだけではない。米軍が必要とあらば、常に出動できる前方基地として使用できるようにするためである。加えて日本は駐留経費の75%を負担してくれる」と発言して、米国にとっての日米安保条約の利点を強調していた。トランプ大統領が日米安保条約は不公平だというときには、こうした点を考慮しないで日本を批判しているように感じる。

 さらに日本は中国、ロシア、北朝鮮の核の脅しに対して正面に立って抵抗しなくてはならない立場にある。歴代の米政権は日本を「核の傘」(拡大抑止)で守ることを表明してきた。

 しかしトランプ政権は、北朝鮮が日本海で短中距離弾道ミサイルの実験を繰り返しても意に介さない態度である。トランプ氏は、日本が北朝鮮への懸念から防衛力を増強して日米の負担がより均等化することを密かに期待しているのだろうか。

同盟国としての貢献度

 同盟国間の不公平議論は、同盟国間の貢献度の差によるところが大きい。大きな経済規模や高度な技術力は国力を強くする。しかし重要なのは、同盟のためにどれだけの防衛力を提供するかである。それはしばしば防衛費の大小、あるいは一人当たりの防衛費比較で論じられる。

 2018年の米国の防衛費は6430億ドル、日本は473億ドルであった。一人当たりの防衛費で見ると、米国は1954ドル、日本は375ドルであった。また防衛費の対GDP比で見ると、米国は3.14%、日本は0.93%であった。この点でも、米国の貢献度の方がはるかに大きい。

 他方、日本列島はアジア大陸から海で切り離れているため、ロシア、朝鮮半島、北東中国を包囲する位置にある。日本はこれらの国との経済交流はしやすいが、同時にこれらの国が太平洋に勢力を伸ばすのを封じ込めることもできるという一大利点を持っている。

 中曽根首相がかつて日本を「不沈空母」と言ったように、日本の地戦略的価値から見る貢献度は大きい。日米の貢献度は数字と地理的有利を同一次元で比較できない。

 その反面、日本は石油資源をホルムズ海峡、マラッカ海峡、南シナ海などの危険にさらされる地点を持つ長いシーレーンに依存しなければならない弱点も持っている。もちろんこのシーレーンは日本だけが利用している訳ではないし、日本のためだけに米海軍が行動している訳ではないが、それでも日本の安全を支援する米国の負担は大きい。

 日本は、アデン湾での海賊対策に参加しているだけで、この長いシーレーンの安全に関与していない。トランプ大統領はこの点での「不公平」には今のところ関心を示していない。

 このように日米の防衛義務において何が不公平で片務的かという議論は簡単ではない。指導者の思考や主観的評価によって異なることもある。

兵士の犠牲が貢献度の基準に

 しかしトランプ氏が「米軍は日本を守るために戦うが、日本の自衛隊は米国を守らなくていいのは不公平だ」と主張するとき、不公平感のもっとも重要な点を示唆している。

 米国は日本を守る点においては一定規模の兵士が犠牲になることを想定している。それに対して日本はその覚悟は要求されていない。この米国側の不公平感は日本側の基地提供や基地経費負担で相殺されるものではない。真に健全な日米同盟のあり方を考えるならば、日本は米国と戦闘リスクを共有するという問題にどう対応すべきかを真剣に検討すべきである。

 米比相互防衛条約(1951年締結)も、米韓相互防衛条約(1953年締結)も、締約国は、いずれかの国への武力攻撃に対しては「共通の危険に対処するように行動する」となっている。フィリピンも韓国も、程度の差はあれ、この条約によりベトナム戦争に参戦した。

 日本も2015年の安保法制の制定および日米防衛協力ガイドラインの改定により、自衛隊が集団的自衛権を徐々に拡大して行使することが可能となり、米軍を支援することができるようになった。

 今後、朝鮮半島や台湾海峡などにおける米軍の作戦に自衛隊が参加する必要性が生じるかもしれない。その事態に備えて、集団的自衛権の行使に関する憲法解釈ないしは憲法改正、さらに条約改正までも視野に入れた検討が急がれる。そうすることで日本は米国との間で「公平で双務的な」同盟関係を構築することができるであろう。

 


《おはら・ぼんじ》

1985年防衛大学校卒。98年筑波大学大学院(地域研究)修了(修士)。2003~06年、駐中国防衛駐在官。09年第21航空隊司令。11年IHS Jane's アナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャー。13年東京財団を経て、17年6月から現職。著書に『中国の軍事戦略』、『軍事大国・中国の正体』、『何が戦争を止めるのか』、『曲がり角に立つ中国』(共著)等多数。

国際秩序変更を図る中国

(公財)笹川平和財団 上席研究員 小原 凡司 氏

週刊「世界と日本」2019年8月1日 第2154号より

 中国は、その東側と西側で異なる軍事的意図を有しているように見える。西側では、インド洋から地中海に至るまでの地域における軍事プレゼンスを、東側に当たる太平洋側では、主として米国に対する抑止を、それぞれ強化しようとしているからだ。南シナ海はその双方に関わる海域であり、二重の意味で中国にとって重要度が高い。

 中国は、2018年後半から開発中の武器に関する報道を繰り返している。中国に対して圧力をかける米国に対するけん制である。

 18年8月、中国中央電視台(CCTV)は、極超音速飛翔体である「星空2号」の試験発射の様子を放映した。中国のメディアによれば、中国は、この他にも極超音速兵器搭載のDF-17弾道ミサイルの試験を実施している。

 極超音速飛翔体は、現在のミサイル防衛システムで迎撃することが難しく、ゲームチェンジャーとも成り得る。ただし、米国とは異なり、現段階で中国は極超音速兵器に世界中を攻撃する能力を持たせる意図はないようだ。中国が開発しているDF-17も星空2号も、中距離の射程しか持たないからである。

 中国は長距離爆撃機も開発している。18年10月、CCTVはH-20ステルス長距離爆撃機の開発に重大な進展があったと報じた。中国が開発中の航空機について情報を公開するのは異例のことである。

 H-20ステルス爆撃機は、J-20ステルス戦闘機およびY-20大型輸送機とともに、中国空軍の「20時代」を構成する航空機であるとされ、現有のH-6K長距離爆撃機の後継機ともなる機体である。

 H-6K爆撃機は、DF-10巡航ミサイルを搭載し、中国国内で、グァムキラーと称されることも多い。また、航海中の艦艇に対する同時攻撃訓練などを繰り返していることから、中国の爆撃機の主たるターゲットが、グァム島にある米軍基地および中国に接近する米海軍艦隊であると理解できる。

 中国が開発中の極超音速兵器および爆撃機の性能を見れば、米海軍空母打撃群による本土攻撃を中国が警戒し、これに対抗しようとしていることが理解できる。

 さらに、18年11月、中国海軍は渤海においてJL-3潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験を行った。報道によれば、JL-3は核弾頭10個を搭載可能である。射程はJL-2の6千~8千キロメートルから大幅に延伸して9千~1万4千キロメートルと推定されている。

 JL-3は最新鋭の大陸間弾道ミサイル(ICBM)DF-41を基に開発されたとみられ、中国近海から発射しても米国本土のほぼ全てを射程に収めることから、米国に対する新たな核の脅威となる兵器である。

 中国は、ICBMを用いて米国の中国に対する核攻撃を抑止し、中距離の射程を有する対艦弾道ミサイルや極超音速兵器、さらには長距離爆撃機を用いて、中国に接近する米海軍空母打撃群を攻撃する能力を誇示し、米国の通常兵力を用いた対中軍事攻撃を思いとどまらせようとしているのだ。

 一方で、中国は、中東などの地域に対する軍事プレゼンスの強化に努めている。15年発表の中国『国防白書』にも記載されているように、中国は、経済活動は軍事力によって護られなければならないと考えている。

 中国が主張する「一帯一路」構想は、中国が主導する国際的なルール作りにもつながるものである。中国は、米国が中国のこうした動きを妨害すると信じている。中国は、米国の妨害を排除しながら、海上輸送路を防衛して、陸上の経済圏における影響力を向上させるべく、世界各地に軍事プレゼンスを展開する能力を構築してきた。

 その象徴的な兵器が空母である。中国は、12年9月に、ウクライナから購入して修復した訓練空母「遼寧(りょうねい)」を就役させた。

 現在、中国には、この「遼寧」を作戦艦艇にしようとする動きがある。中国海軍が18年8月から半年以上かけて「遼寧」の大規模改修を行ったこともそれを示唆している。

 また、中国海軍は、17年4月に初の国産空母である001A型航空母艦を進水させ、18年5月から海上公試を実施している。同艦は、中国国防部が「『遼寧』を改良した艦である」と述べたとおり、スキージャンプ方式の飛行甲板を備えた外観も「遼寧」に相似している。

 しかし、「遼寧」の約6万トンに比べて、001A型空母の排水量は約7万トンと船体が大型化され、これに伴って、艦載戦闘機の機数も「遼寧」の24機から35機程度に増加するといわれる。同艦は、19年5月31日に第6回の海上公試を終えて大連造船所に帰投したが、その際、艦載機が発着艦する際にできるタイヤ痕が飛行甲板上に確認されていることから、就役が近いと考えられる。

 同時に、中国海軍は上海江南造船所において002型空母を建造中である。同艦は、「遼寧」および001A型駆逐艦と異なり、米海軍空母と同様、角度をつけた発艦用飛行甲板と着艦用飛行甲板を有する形状となっている。発艦用飛行甲板と着艦用飛行甲板の区分は、カタパルト(射出機)の装備によって可能になった。

 カタパルトを用いたCATOBAR(Catapult Assisted Take Off But Arrested Recovery)方式は、スキージャンプ台を用いたSTOBAR(Short Take-Off But Arrested Recovery)方式よりも航空機の運用効率が高く、排水量8万~8万5千トンという大きな船体と相まって、002型空母の航空機運用能力は、001A型空母と比較して、格段に向上すると考えられる。

 また、002型空母は、同型艦が大連造船所で建造されるとも言われる。この4隻目の空母については、香港の英字紙が建造計画の延期を報じたが、当初計画どおりに建造されるとすれば、2025年には、中国海軍は4個空母打撃群を擁する可能性がある。

 これら中国の軍備増強の状況を見れば、中国の目的が、米国の軍事力行使を抑止し、行使されればこれを排除することであると理解できる。中国の軍備増強と行動の拡大は、南シナ海などにおいて周辺国との摩擦を生じさせている。

 ただし、中国の軍備増強は武器装備品が先行し、それを操作する人員の養成が追い付いていない。中国は、熟練した軍人の不足を補う意味でも、AI兵器の開発を急いでいる。

 中国はまた、米国が実施している「ネットワークを中心とした戦闘」を実現すべく、宇宙およびサイバー空間における作戦能力の向上に努めている。

 中国の急速な軍備増強は米国に対しては防御的であるとも言える。しかし、中国が米国の軍事力行使を恐れるのは、中国の国際秩序変更の試みを米国が許さないと考えているからだ。中国が現在の国際秩序を変更しようとする時に、誰もこれを止められなくなることこそ問題である。

 


《にしはら・まさし》
1937年大阪生まれ。62年京都大学法学部卒。75年京都産業大学教授。77年防衛大学校教授(国際関係論)、2000年同大学第七代目学校長に就任。06年退官、(財)平和・安全保障研究所理事長に就任。08年瑞宝重光賞、12年正論大賞を受賞。安倍政権の日本版NSC設立有識者懇談会メンバー。

この人とひと時…

国内外の外交・安全保障を

日本しか知らない者は、日本をも知らない

平和・安全保障研究所理事長 西原 正 氏

週刊「世界と日本」2019年1月7日 第2140号より

 国際政治学者として著名な西原氏。防衛大学校の第7代目学校長を務めた後、民間シンクタンクの理事長として、国内外の外交・安全保障の研究・提言を意欲的に続けている。安倍政権の国家安全保障会議設立に関わるなど、政府の政策形成にも貢献。今回は政治向きの話しとは少し趣向を変えて、懐かしの思い出話などをお聞きした。

―大阪府ご出身とのことですが。
 大阪の岸和田市出身なのですが、5歳から中学1年まで石川県金沢市にいました。岸和田にいた頃の記憶は、近所の犬に膝を噛まれたぐらいで薄いです。
 金沢は川あり、山ありで自然に恵まれたいいところでした。父は数学の教師で、子供の教育に熱心でした。私は双子でしたから、一緒に勉強をしたり、川で魚とりをしました。
 終戦を迎えたのは小学2年の夏で、米兵が入ってきたり、国旗を揚げてはいけないのだと知らされ、子供なりに社会の激変を知りました。
 また食糧難で、野草を食べてよく飢えをしのぎました。おかげで寄生虫(回虫)が生起し、虫下しを飲まされました。石けん事情も悪く、不潔な生活で虱にも悩まされました。そんな、いま思い出せば笑ってしまう時代でした。
―京都大学時代の思い出は?
 全学連華やかなりし時代で、「米帝への抗議を表すため授業をボイコットしよう」と叫ぶなど、大学が荒れていました。しかし私は親からテープレコーダーを買ってもらい英会話を独学していました。それがのちの私の留学に大いに役立ちました。
 猪木正道先生のユーモアに富んだ「国際政治」の授業など、国際政治史の面白さを学んだことを思い出します。また3学年の時にヨーロッパを3カ月弱にわたって旅行するという貴重な経験をもつことができたことは、その後の人生に大きな影響を与えてくれました。
―国際関係論の研究を志したきっかけは?
 高校時代は海外特派員になることが夢でした。大学3年生の時にヨーロッパを旅行したり、4年生時に1年間米国留学をしたことで、国際問題や異なる国の歴史や文化への関心は強まりました。
 そうして国家間の紛争や協調など国際関係の事象を研究室で資料を見ながら、ゆっくり考える方が自分に合っていると思うようになり、記者志望を止めて、米国の大学院に行くことを考えました。
―ミシガン大学やロックフェラー財団研究員時代、在米中の楽しい思い出や、ご苦労されたことがありましたら。
 ミシガン大学では6年近い大学院生活を送ったのですが、当然のことながら英語には常に苦労しました。授業の宿題が多くて、それをこなそうとすると不眠症気味になったこともありました。しかし米国の大学の図書館の資料の豊富さ、利用のしやすさ、そして授業の充実など、すべてが日本よりも優れていて感銘を受けました。
 また、夏の余暇に大学のヨットクラブに所属して初歩的なヨット操縦を覚えたことや、メイン州からミシガン州までヒッチハイクしたのも楽しい思い出です。それから、配偶者(日本人)を「現地調達」できたことも。
 ロックフェラー財団客員研究員時代の1年間はニューヨークで送ったのですが、ニューヨークは博物館にしろ、ミュージカルにしろ、一級品で訪問者を魅せているなと感じました。また当時(1979年)、米国で論じられていた「日本の安保タダ乗り」論に反論した私の論評が「ニューヨーク・タイムズ」紙に載ったのもいい思い出です。
―防衛大学校を6年間務められましたが、学生に対して特に伝えたかったことは? また思い出に残るエピソードなどありましたら。
 学校長になって学生たちに対しては、知徳体の向上に力を入れて人格を磨くことを要望したのですが、それと併せて強調したのは、英語能力を高めること、海外に出て日本を考えることでした。「日本しか知らない者は、日本をも知らない」という表現を機会あるごとに使っていました。
 また、防大生の達成意欲や忍耐力は素晴らしいと思うことがよくありました。日本に来るまで海を見たことのなかったモンゴルの留学生が、8キロの遠泳訓練に挑んで完泳したこと、富士登山訓練の下り道で動けなくなった登山客(婦人)を、おぶって降りたことの報告を受けた時は涙が出ました。
―いまも忙しく国内外を飛び回っているようですが、そのやりがいや楽しみは?
 多い時は年に10回くらい海外に出ました。いまは5回くらいです。海外での国際会議やセミナーに招かれて出かけます。海外の人たちとの意見交換をやってよかったと感じた時は、会議などのやりがいを感じます。
 私のような一研究者でも、国際交流を重ねていけば、まわりまわって相手国の行動に影響をあたえることができる、という期待はあります。
―こだわりの健康法などありましたら。
 私の場合、駅の階段を上ったり、降りたりするのもいい健康法になっているようです。また週1回、近くの市営体育館のプールで泳いでいます。加齢とともに泳ぐ量が減退するのが残念です。夕食は軽くすること、できるところで仮眠をとること。乗り物の中でも、場合によっては会議中でも。
―ご趣味や休日の過ごし方は?
 読書が好きですね。年とともに、目が疲れて読書の持続時間が短くなりつつあるのは残念ですが。テレビは、ニュース以外はほとんど視聴しません。休日には、溜まった本や資料を見ます。それでもパソコンから離れられない生活には、うんざりしますね。
 時折、妻とコンサートに行ったり、連休の折には、東京にいる2人の娘家族が孫を連れてきてくれたりするのが楽しみです。

 


『日本防衛変革のための75の提案』

― 発刊とその影響 ―

岡崎研究所理事 金田 秀昭 氏

週刊「世界と日本」2018年11月5日 第2136号より

 今年6月に続き、2回目の「米朝首脳会談」に向けた米朝の駆け引きが続いているが、北朝鮮の求める「体制保障」と、米国の求める「完全非核化」のプロセスには、基本的な相違点が見られ、いわば同床異夢の状況にあり、予測不可能性が高い米国トランプ大統領と、したたかな瀬戸際外交を繰り広げる金正恩委員長の取引(ディール)の着地点は、まだ見通せない状況にある。

 韓国の文政権は、米朝対話の機運を捉え、南北融和に邁進する姿勢を隠さない一方、未来志向の関係を日本に求めつつ、竹島、慰安婦、旭日旗掲揚問題などで、反日的政策を貫いている。
 また、米国から貿易戦争を仕掛けられている中国は、労せずして望み通りの「半島非核化」プロセスを結実させようと、米朝協議を見守る姿勢を示す一方で、海洋覇権を求めて南・東シナ海や、さらに西太平洋やインド洋などの遠方海域で、国際法を無視する形で独善的な行動をとっている。
 ロシアは、アジア地域で冷戦後最大となる演習を実施するなど、近年特に軍事力を誇示する姿勢を強調している。
 日本を巡る東アジアの安全保障環境は、このように不安材料を抱えたまま、推移している。同様に印度太平洋地域の安全保障環境は、好転する兆しは見えていない。
 こういった中、平成25年12月に、日本初となる「国家安全保障戦略」制定と同時に改訂した「防衛計画の大綱」の再改訂や、新たな「中期防衛力整備計画」の制定を目指し、日本政府は昨年半ばから、防衛省を中心とした検討に入っている。今年8月には、これら改訂作業へのアドバイスを求めるため、有識者懇談会を立ち上げた。
 内外ニュースでは、このような内外情勢の変化を捉え、日本の安全保障・防衛政策、とりわけ、わが国自身の自律防衛、日米同盟、国際協調体制を、いかなる形にすべきかを世に問うべきである、と考えるに至った。
 そこで、編者の金田が理事を務めるNPO法人岡崎研究所の日本防衛研究会に集った、自衛隊OBなどの精鋭に検討を依頼し、その結果を具体的な政策提言の形で取りまとめ、平成30年7月1日号の月刊『世界と日本』で、「日本防衛変革のための75の提案」として発表した。(内外ニュースホームページhttps://www.naigainews.jp/)より直販・送料サービスにて販売中です。)
 同研究会は、昨年6月にスタートし、月1回の会合を経て議論を集約させ、陸海空自衛隊各2名ずつの元将官6名が執筆(議論には他にも多数の自衛隊OB等が参加)した。執筆陣は、金田のほか、陸は渡部悦和、松村五郎、海は川村純彦、空は小野田治、本村久郎の各氏である(同書巻末に略歴)。
 これらの執筆人は、いずれも安全保障を始めとする防衛問題について、わが国有数の論客として知られ、積極的に論評活動を展開しており、それぞれ専門の分野で筆を振るって頂いた。
 執筆に際しては、近年のわが国を巡る安全保障環境の急速な変化に、いかに適切に対応するかといった処方箋を示す一方、従来から課題となっていた防衛を巡る制度面を主とした基本的な諸問題についても、抜本的な解決の方向性を提示することとした。
 既に読了された読者も多いと思われるが、提案を纏めるに当たっては、以下の通り、10分類により検討を進めることとした。
 ゴシック体表記は、本書の強調点である。
 (1)国際・地域安全保障情勢や防衛環境の急激な変化への対応=北朝鮮、中国、露国、国際テロ等
 (2)憲法改正提議を含む防衛問題を巡る国内政治の変化への対応=自衛隊条項、緊急事態条項、防衛を巡る最近の政治動向
 (3)防衛を巡る不透明な課題=グレーゾーン事態への対処、適正な対領空侵犯措置、国民保護のためのボランティア自衛団創設、専守防衛政策を廃し、相手から武力攻撃を受けた時に、初めて防衛力を行使し、反撃する積極防衛政策に転換等
 (4)自衛隊関連諸制度と課題=4人(よんじん/老人・婦人・省人・無人)など隊員確保策、予備自充実に加え後備自衛官制度導入、電波運用、調達制度、防衛司法等
 (5)国家安保・防衛諸計画の検証や戦略文書体系の見直し=国家安全保障戦略の一部修正、防衛計画の大綱に代え同戦略を支える新基盤3戦略(国家防衛・日米同盟・国際協調)の新規設定、統合防衛力等
 (6)「統合機動防衛力」の検証と将来の方向=海上・航空優勢、陸上即応機動、訓練演習・運用・防衛技術・要地への統合後方支援基盤の新規構築等
 (7)新領域における対処=多元経空脅威への総合対処策として攻勢防御(策源地への反撃)・能動防御(防空ミサイル総合防衛)・受動防御(国民保護)、領域横断作戦(クロスドメイン作戦/サイバー攻防、宇宙防衛、電磁スペクトラム戦)、北極安保等
 (8)「自律防衛」のあり方提案=国家防衛戦略コンセプト、防衛費目標値(10年でGDP比2%)設定、強靭な陸海空自衛力の構築、統合体制強化充実、新中期防コンセプト等
 (9)「日米同盟」のあり方提案=日米同盟戦略コンセプト、同盟による共同、調整、作戦、後方、地域で頻発する大規模災害対処(HA/DR)のための環西太平洋海洋安全保障多国間共同演習(WESTR
IMPAC)の共催等
 (10)「国際協調」のあり方提案=国際協調戦略コンセプト、北東・東南亜、大洋州、印度洋・中東・欧州との協調、印度太平洋海洋安全保障協盟(IPMSC)構築等
 本書については、読者が読みやすいように、提案ごとに全て見開き2ページとして編集した。各提案は、「(最近の安全保障)情勢」・「(安保・防衛面での)課題」・「日本の採るべき対応」・「防衛面での対策」で統一して記述した。ここで「日本のとるべき対応」を入れたのは、防衛計画の大綱や中期防のみならず、それらの上位文書となる「国家安全保障戦略」の一部修正も必至となると考え、防衛省のみならず、政府全体として取り組むべき事項として、提言する必要を認めたことによる。
 また、防衛問題は、一般に難解な用語などが多用されるため、用語解説、コラム、記号・略語表(英語)を巻末に提示した。
 本年6月に、本書が全国の会員あてに配布された後、自民党や公明党の防衛関係有力議員、防衛問題に理解ある野党議員、官邸や防衛省、外務省など関係省庁の安保・防衛政策立案当局で指導的立場にある高位官僚、統幕を含む自衛隊の主要幹部、有識者懇談会のメンバー、マスコミの一部などに配布し、個別に噛み砕いて説明する機会を頂いた。
 幸いなことに、配布・説明のタイミングが良かったためか、本書の趣旨には多方面からご賛同を頂き、提案の内容について、自ら行う提案や考え方に反映させることを約束して頂く場面も多くあった。
 今年末には政府から最終発表があると思われるが、「75の提案」が何らかの形で生かされることを期待している。


北の動きをどう理解すべきか

北の核・ミサイルを耐え忍ぶ覚悟が

防衛大学校教授 神谷 万丈 氏

週刊「世界と日本」2018年6月4日 第2126号より

 3月以来、北朝鮮をめぐる情勢の展開がめまぐるしい。4月27日の南北首脳会談に引き続き、実現を疑う専門家も多かった米朝首脳会談も、6月12日にシンガポールで行われることが発表された。南北首脳会談後の「板門店宣言」には、北が韓国と「完全な非核化により、核のない朝鮮半島の実現という共通の目標を確認した」旨の文言が入り、金正恩は、2度にわたる中朝首脳会談などで、関係諸国が北への敵視政策と安全保障上の脅威を解消すれば、北は核を持つ必要がなくなると繰り返している。5月12日には、北朝鮮外交部が豊渓里の核実験場を5月23日から25日の間に廃棄すると発表した。

 だが一体、われわれはこうした北の動きをどう理解すればよいのだろうか。日本人は、国交正常化や拉致問題をめぐる交渉で、北に何度も欺かれた苦い経験がある。
 トランプ大統領は、米朝首脳会談について、「関係はいい。うまくいけば、われわれ全てにとって、世界にとって、非常によいことが起きるだろう。・・・非常な大成功になると思う」(5月10日の演説)と自信満々だが、日本では、彼が北のごまかし戦術に、してやられないかと不安視する声が強い。
 だが一方、北に対して懐疑的になり過ぎると、日本が情勢の動きから取り残されかねないとの懸念もある。われわれには、いかなる姿勢が求められているのか。
 まず、最近の北朝鮮の態度変化については、過大評価も過小評価も禁物だ。金正恩の「微笑外交」をみる上では、あの国が過去に何をしてきたかを過不足なく思い出すことが肝要だ。
 北朝鮮は、核と弾道ミサイルを体制の生存と威信のために不可欠と位置づけ、国連安保理などによる国際的な非難や制裁も無視してきた歴史を持つ。
 これまで自らの核を議題とする交渉には絶対に応じぬとの姿勢をとり続けてきた北が、「非核化の目標は先代の遺訓」だと言い始め、非核化を含む協議のために米国と対話するというのは、尋常ならざる変化には違いない。北の嘘や偽りを警戒するあまり、この点を見失ってしまってはならない。
 これだけの変化がもたらされた理由のひとつが、日米が主導してきた国際社会による「最大限の圧力」にあったことは間違いなかろう。米国政府は、北に対する国際社会の制裁の効果に自信を示している。2月にブルックス在韓米軍司令官が来日した折に、少人数の意見交換会に出席する機会を得たが、対北制裁の効果を確信していることが彼の言葉の端々から感じとれた。
 人民を飢えさせてまで手に入れた核の放棄を要求するトランプと対話することは、金正恩にとっても乾坤一擲(けんこんいってき)の大勝負のはずだ。彼がそのような危険な動きに出ざるを得なかったという事実自体が、今が日米にとっての大きなチャンスであることを示している。
 だがそうではあっても、われわれは北の過去の行動を忘れてはならない。韓国では、南北首脳会談直後の世論調査で「北朝鮮の非核化と平和定着意志を信頼する」との回答が65%に達したというが、韓国人は、昨年の北の行動を忘れてしまったのだろうか。
 3月に新型ミサイルエンジンの燃焼実験に成功し、5月にはそれを使った新型中距離弾道弾「火星12」を発射。7月には、初のICBM「火星14」を2回発射。8~9月には「火星12」が2度北海道上空を通過。9月3日には6度目の核実験で水爆実験の成功を主張。
 そして11月29日には、米国全土を初めて射程に収めたとされるICBM「火星15」を発射。金正恩は、「国家核武力完成の歴史的大業、ロケット強国偉業が実現されたと矜持高く宣布」した。それからまだわずか半年なのだ。
 昨年1年間に、北の核とミサイルの脅威は、特に日米にとり著しく増大した。少なくともこの現実を元に戻す行動がなければ、北の「非核化に向けた意思」を信じるわけにはいかない。だが北は、あれほど自画自賛した成果を簡単に手放すだろうか。
 ここで想起する必要があるのが、「右にカーブを切る際には、あらかじめ左に大きくカーブしておく」という北特有の行動パターンだ。ある問題で譲歩せざるを得ない時、北はその前に、ことさらに緊張を高めるような行動をとることが多い。
 著しい強硬姿勢をとった後に強硬度を下げてみせると、実際にはほとんど何も譲っていないのに、いかにも大きな譲歩をしたかのような印象を作り出せる。
 北は、こうした目くらまし戦術を常套手段にしてきた。今回北は、昨年1年間に、日米韓などとの緊張を極度に高めた。その上での微笑外交だ。まさに、この戦術の実践ではないかと思われてならない。
 しかも、北朝鮮は、今のところ、昨年までに手にした核もミサイルも何一つ放棄したわけではない。核・ミサイル実験の停止や核実験場の破棄は歓迎すべき動きには違いないが、それだけでは、北は、左に大きくカーブした地点で立ち止まったにすぎない。実質的にはまだ何の譲歩もなされていないのだ。
 さらに、仮に北が昨年1年間の「成果」を全て手放したとしても日本には不十分だ。それ以前からあった核とミサイルの脅威が残るからだ。それでは、「右にカーブを切る際には、あらかじめ左に大きくカーブしておく」という北の戦術が奏効したことになってしまう。そうした事態を招かぬために、日本は、トランプ大統領に対して「過去の教訓」を伝え続けなければなるまい。
 最後に、北の核とミサイルは日米韓にとって深刻な脅威ではあるが、それをとり除き問題を「解決」することに性急になり過ぎるのは問題だということを主張したい。なぜなら、かえって北につけ込む隙を与えやすいからだ。北は体制の生き残りを望み自殺行為をしない国なので、抑止は効きやすい。
 われわれは、いざとなれば北の核やミサイルを耐え忍ぶことができるのだ、という認識と覚悟を新たにすべきだと思う。そして、その自信に基づいて、北が核とミサイルの放棄につながる具体的な行動をとるまでは、圧力も制裁も緩めない姿勢を貫くことが肝心だ。安倍首相の外交手腕がますます求められる。
(5月15日記)

 


小野寺五典 防衛大臣への提言

沖縄の基地問題 地元の若手“理解者”の育成を

平和・安全保障研究所理事長 西原 正 氏

週刊「世界と日本」2018年1月1日 第2116号より

沖縄米軍基地の重要性と効用

 第二次世界大戦後、米占領軍が、沖縄に基地を作って以来、騒音、事故、犯罪などの問題で沖縄住民の多くが、反基地感情を持つようになった経緯を無視することはできない。政府が取り組んでいる普天間基地の辺野古への移設工事は、まさにそうした住民の負担を軽減し、住民が基地との共生を可能とするための重要な作業である。
 しかし防衛省は、法廷闘争を含む複雑かつ面倒な作業を強いられてきた。反基地闘争は沖縄県知事および共産党、公明党などの勢力に支持され、辺野古移設は円滑に進みそうにない。
 基地問題は常に沖縄の知事選、市議選での争点になり、沖縄社会を分断し、経済活動の活性化を妨げてきたばかりか、住民および県外の支持者による反基地運動は、米軍基地の安定的使用を阻害している。
 にもかかわらず、現在の中国の公船、漁船による東シナ海での活動の拡大、尖閣諸島の領海および接続水域への頻繁な侵入を見るとき、在沖縄米軍基地の重要性はますます大きくなっている。
 日本の平和と安全は本当に強化されているのだろうか。
 こういう質問は、大いなるご努力を払って来られた日本政府、とくに防衛省にとってはきわめて失礼に当たるのは承知である。
 しかし私は、防衛省がもっと積極的に前に出て、沖縄本島の人々に対して米軍基地の重要性と効用を訴え、米軍基地を支える地元の人たちの理解と支援を得ることができる諸策を検討すべきではないだろうか、と愚考している。その一端を提示したい。

防衛に不可欠な、県民の理解と支持

 強力な防衛には戦闘機、戦艦や兵隊の規模だけではなく、自治体の政府や国民(あるいは住民)の強い支持が必要である。とくに日本の最西端における日米同盟の役割としての米軍には、地元住民の強い支持があることが不可欠だ。沖縄の反基地勢力が強いのは残念だが、同時に米軍の駐留を容認する住民も相当にいることも事実である。
 2014年の県知事選では、辺野古移設に反対の翁長雄志氏が36万余票を獲得したのに対して、対立候補であった移設容認派の仲井真弘多氏は26万余票を得るに終わった。その差は約10万票あり、仲井真氏は大差で負け辛酸をなめたが、26万票は決して小数票ではない。
 また人口は少ないが、南西諸島の宮古島や石垣島の人たち(それぞれの人口は約5万人)は尖閣諸島が近いこともあり、中国の公船や漁船の動きに敏感であることを考えれば、多くが自衛隊や米軍基地の容認派である。
 沖縄の基地容認派は基地反対派に遠慮して静かにしているため、基地容認の声はあまり表面には出て来ないが、沖縄の保守層こそが沖縄の経済や産業を支えているのだから、その人たちの声を吸い上げて政治に反映させる努力をする必要がある。これは防衛省だけの作業ではなく、防衛省は、沖縄社会がそちらに動くのを支える役割を果たしていくべきである。
 以下の提言はわずか数例であるが、何らかのお役に立つことを願っている。
(1)若手の基地問題理解者の養成が必要
 沖縄本島の若手の県議会、市議会、企業経営者、弁護士、ジャーナリスト、大学教師など指導者層に働きかけて、日米同盟の役割、沖縄の役割などに関して、ヴィジョンを話し合うグループを結成することが望ましいと考える。
 現在の党派的、イデオロギー的な利害対立を超えて、現実的、建設的な話し合いができる核となるグループが必要である。もしそういう組織ができれば、防衛省はそうしたグループの防衛問題に関しての勉強会を支援できるようにすべきだ。防衛省はこのように側面的に寄与できる道を探るべきであると考える。
 こうしたグループが育っていけば、やがては沖縄の空気を変えることに役立つと思う。短期的な成果は望めないが、こうした仕事はどこからか始めなければなるまい。
(2)日米で定期「合同広報紙」の発刊を
 米軍基地と沖縄社会の心理的距離を縮めるため、防衛省が日米の基地のニュースを広報することが必要ではないだろうか。
 米軍基地の広報は米国に任せればいいという考え方が強いと思うが、日米同盟が機能しているところを一般人に理解してもらうためには、定期的な「合同広報紙(あるいは合同広報誌)」を出すことの意味は大きいと思う。日米の基地がどんな問題に取り組んでいるのかについての広報は、一般人から好感をもって迎えられるのではないだろうか。
 米軍側と自衛隊側はそれぞれ広報誌を持っているが、例えば『防衛白書』は分厚くて一般人は読まない。防衛省は、日本の安全のための沖縄の役割を強調するが、沖縄の住民に対して、沖縄がそのためにどのように役立っているのかの説明が十分でないように思える。
 沖縄の人たちは、防衛省が普天間基地の移設や基地の騒音対策、米兵の犯罪処理などに関わっていることは知っていても、米軍の基地と自衛隊のそれとは別々のところにあるのを見て、「日米同盟なのになぜ」という疑問を持つ。こうした簡単な疑問に答えられる作業は、防衛省の任にあるのではないだろうか。
(3)「サンゴ礁」保護育成の支援へ
 辺野古海岸を埋め立て、新たな米軍基地を作ることで、サンゴ礁が破壊されるとの批判が大きく、基地反対運動の大きな原動力の一つになっている。防衛省は専門家を招いて、新たなサンゴ礁を育成するプロジェクトを進めることはできないだろうか。
 専門家の話では、サンゴは陸で育てることができ、陸で育てたサンゴを海に戻せば3~5年で新たに産卵する、その卵が元気に育てば、やがて新たに産卵するという。この生命のサイクルが回りだすことで、自然再生が始まると聞いている。
 沖縄本島の中心部にある恩納村では漁業組合が母サンゴを育て、その卵を海流に乗せて沖縄の全海域に届けるプロジェクトを進めているという。防衛省は米軍とともにこれに関わることができれば、イメージアップにつなげることができるのではないか。

 


《たけさだ・ひでし》

1949年兵庫県生まれ。専門は朝鮮半島論。慶應義塾大学大学院修了。韓国延世大学韓国語学堂卒業。1975年から防衛省防衛研究所に教官として36年間勤務。その後2年間、韓国延世大学国際学部教授を経て現職。著書は『東アジア動乱』(角川学芸出版)、『韓国は日本をどれほど嫌いか』(PHP研究所)など多数。

緊張高まる朝鮮半島情勢をどう読むか

スポーツや国会議員の交流継続が必要

拓殖大学大学院特任教授 武貞 秀士 氏

週刊「世界と日本」2017年11月6日 第2112号より

米朝軍事衝突は必至か?

 米朝関係が緊張している。9月19日、トランプ大統領は国連での演説で「北朝鮮を完全に破壊する」と警告した。その2日後、金正恩(キムジョンウン)委員長が、朝鮮労働党中央委員会庁舎で声明を発表して「超強硬措置の断行を慎重に検討する」と述べた。
 国家最高位である国務委員長名だった。ニューヨーク滞在中の北朝鮮の李容浩(リヨンホ)外相は「強硬措置」について「水爆実験を太平洋上ですること」と語り、緊張が高まった。
 マティス国防長官は「米政府は核保有国・北朝鮮を容認しない」と述べてきたし、10月28日、訪問先の韓国で「北朝鮮がいかなる核兵器を使用した場合にも、効果的かつ圧倒的で大規模な軍事対応を受けることになる」と決意を語った。
 米朝軍事衝突は必至なのだろうか。現在の緊張状態は、トランプ大統領と金正恩委員長が相手のハラを読んだ上で、力を誇示しながら正面衝突にならないように対応しているように見える。なぜなら、北朝鮮は戦争前夜に必ずしてきたように、原油の緊急輸入を急増した形跡がない。
 米国空母が西太平洋で行動している現在でも、北朝鮮海軍が機雷敷設作戦を開始していない。北朝鮮は外国人の入国制限を開始していない。韓国在住の米国、英国、豪州の民間人は国外脱出を開始していない。米朝双方が全面戦争を覚悟しているようには見えない。
 北朝鮮は軍事衝突が北朝鮮の破滅を意味することを知っている。北朝鮮の核兵器は、米軍を朝鮮半島から撤退させるための手段であり、米朝核戦争で勝つためのものではない。米国は今年春、緊張が高まったときに、北朝鮮問題の軍事的解決は韓国と日本に甚大な被害が及ぶことを知り、外交的解決に軸足を移した。
 ただ偶発的な軍事衝突が起こる可能性がある。北朝鮮がミサイルを発射し、米国が迎撃するときや、北朝鮮が水爆実験をしたときは、米国が北朝鮮への限定攻撃に踏み切ることもありうる。偶発戦争の危険が残っている。

人事から見える強気の金正恩体制

 北朝鮮の体制は安定しているのだろうか。10月7日、朝鮮労働党中央委員会総会が開かれ、金正恩党委員長が報告のなかで、国連安保理の制裁を受けても「経済構造が自立的に完備されており、前途を開拓できる」と述べ、核兵器開発を断念する考えがないことを強調した。
 人事では、金正恩氏の妹の金与正(キムヨジョン)労働党宣伝扇動部副部長を政治局員候補に選出した。金与正氏は2014年3月の最高人民会議第13期代議員選挙のときに公式に名前が確認され、その後、副部長の地位にあることが判明した。16年5月の朝鮮労働党第7次大会で中央委員会委員に選出された。今後は、兄の補佐役として地位が上昇するだろう。
 中央委員会総会では、その他に、金正恩委員長の側近の崔竜海(チェリョンヘ)党副委員長を党中央軍事委員や党部長に、李容浩外相を政治局員に選出した。
 16年5月、朝鮮労働党が36年ぶりに党大会を開催し、金正恩、金永南(キムヨンナム)、黄炳瑞(ファンビョンソ)、朴奉珠(パクポンジュ)、崔竜海の5人を政治局常務委員に選出し、この5人が指導部を構成するようになった。それから1年半が過ぎたが、体制内の権力闘争や動揺の兆候はなく、人事面では異様な動きはない。

米国の本音は?

 米国は昨年以降、一貫して北朝鮮への圧力を強めてきた。2017年1月、財務省は人権侵害に関与したとして金与正氏を制裁対象に指定し、米国内の資産凍結を行うとともに米国人との取引を禁じた。9月1日からは、米国籍者が北朝鮮に渡航することを禁じる措置を開始した。
 報道によると10月、米国は米韓軍事演習にあわせて、朝鮮半島周辺にB‐1B、B‐2戦闘爆撃機を派遣し、北朝鮮に対して軍事的圧力を加えた。しかし、外交の総責任者のティラーソン米国務長官はいたって楽観的である。
 9月30日、北京で、米国が北朝鮮と直接接触する経路を持ち、事態の鎮静化を目指していると述べて、「米国の目標は対話による平和的な解決」だと述べた。米朝は政府と民間レベルの両方で接触しながら相手のハラを探り合ってきたが、正式の米朝政府間協議が始まらないのはなぜか。
 米国は北朝鮮が核兵器保有国であることを認めたくない。核開発の目的が金正恩体制の維持にあると見る米国は、「金正恩体制崩壊を追求しない」と北朝鮮に理解してもらうことで北朝鮮が核放棄をすると思っているが、これは勘違いなのだ。
 「生存権を保証すれば、核兵器放棄のシナリオが見えてくる」という政策は、「北朝鮮の生存権とは、38度線の北側の体制継続を保証すること」を前提としている。しかし、北朝鮮にとって「生存権の保証」とは、朝鮮半島の統一のとき、米国が軍事介入することなく、北朝鮮が韓国を併呑することを傍観していてほしいことを意味する。
 北朝鮮にとり「体制に対する保証」とは、朝鮮半島全体から米国の軍事的プレゼンスを解消して、不可侵協定を結ぶことなので、「体制保証のありかた」を議論するかぎり、米朝協議がまとまることはない。
 北朝鮮は大陸間弾道ミサイルの開発と弾頭小型化の完了が近づいているので、米国に譲歩する考えはない。米国との間で「核保有国同士」の直接協議を開始したいので、ドイツ、スイス、ロシアが仲介を申し出ても断った。米国が直接協議に応じるべきと信じる北朝鮮は強気だ。
 北朝鮮は南北対話でも強気だ。2010年、韓国海軍艦艇が魚雷で沈没したあとに決まった、対北制裁の「5・24措置」を文在寅政権が撤廃し、開城(ケソン)工業団地の無条件再開をすべきという立場だ。

日本がすべきこと

 2017年9月筆者は、アントニオ猪木参議院議員と北朝鮮を訪問して、外交の総責任者である李洙(リスヨン)労働党国際部長と、2度にわたり懇談する機会があった。前外相は、最終目標に向けて核開発を続けると強調しつつ、民間交流、議員同士の交流が必要であることに同意した。
 北朝鮮問題は八方塞がりの状態であるいまこそ、日朝間の対話を復活すべく、日本は戦略的な発想を持ちたい。
 拉致問題を抱えている日本は、核とミサイルの問題と同時に拉致問題を解決することは得策ではない。膠着状態の核開発問題に引きずられてしまうから。
 東京五輪まであと3年だ。まずはスポーツ交流や国会議員の交流を続けることが必要ではないか。

 


《おはら・ぼんじ》

1985年防衛大学校卒。98年筑波大学大学院(地域研究)修了(修士)。2003~06年、駐中国防衛駐在官。09年第21航空隊司令。11年IHS  Jane's アナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャー。13年東京財団を経て、17年6月から現職。著書に『中国の軍事戦略』、『軍事大国・中国の正体』、『何が戦争を止めるのか』、『曲がり角に立つ中国』(共著)等多数。

 

中国軍 その実力と脅威

笹川平和財団特任研究員 小原 凡司 氏

週刊「世界と日本」2017年8月1日 第2106号より

 2017年5月14~15日、北京で開催された「一帯一路」に関する国際フォーラムの開幕式で、中国の習近平国家主席が行った演説は、国際社会において「中国が強者として振る舞い始めた」ことを印象づけるものであった。習主席は、一帯一路の建設を通じて自由貿易体制の推進を訴えたのだ。すなわち、強者は「自由」を唱道し、弱者は自国の「国益」を保護しようとする。「自由」は強者にとって有利だからである。

 

 中国が強者たり得るのは、経済力を用いた活動においてであり、自国の経済的権利をさらに拡大するために経済ルールを変えようとしている。中国はまた、そうした経済活動には、軍事的な保護が必要だと考えている。米国が中国の発展を妨害すると信じているからだ。その手段には軍事力行使も含まれる。
 軍事的には、中国は強者であるとは言い難い。少なくとも現在、中国は、米国に対して軍事力を行使し、国際秩序を変更しようとする意図はない。現段階では、米国との戦争に勝利できないことを理解しているからだ。
 2016年2月、国防大学政治委員(国防大学トップ)の劉亜洲上将が、『環球時報』に「米国は遥かに先を行っている」という論文を発表し、「米国の真似をしても追いつくことはできない」と主張した。軍事衝突したら米国に勝てないとする中国が、第一に考えることは、いかに米国との軍事衝突を避けるか、である。
 12年に、北京大学の王緝思教授が、「米国との衝突を避けて、経済活動を西に展開し、内陸部の経済発展を実現する」という「西進」戦略を打ち出した。中国が主導する「一帯一路」は「西進」戦略の実践であるとも言える。
 それでも、中国の経済活動の軍事的な保護には不安が残る。中東などにおいて、米国およびロシアと、軍事プレゼンスを競わなければならない可能性があるからだ。
 こうした状況の下、中国は、複数の軍事戦略を同時に展開しているのである。
 第1は、米国との戦争に勝利することだ。このため中国は、15年11月から始めた、軍の改革を含む人民解放軍の近代化を進めている。もちろん、最新技術を用いた武器装備品の研究開発も活発である。
 国産のステルス戦闘機J―20が間もなく部隊配備され、対米核抑止の切り札として新型の戦略原潜「096型」と攻撃型原潜「095型」も開発建造が進んでいる。さらに、国際関係のゲーム・チェンジャーになり得る戦略兵器「極超音速滑空体」の開発にも熱心である。
 しかし、中国が増強を図っているのは武器そのものだけではない。NCW(Network  Centric  Warfare=ネットワーク中心の戦い)を理解し、衛星も含めた、指揮通信情報網を構築しようとしている。
 中国は、16年に少なくとも20回の衛星打ち上げを行った。中国の「北斗」衛星測位航法システムは現在、23基の衛星によって運用されているが、12年には既に、中国周辺での誤差10㍍以内を達成したとしている。
 また、リモートセンシング衛星を利用して、ASBM(Anti-Ship  Ballistic  Missile=対艦弾道ミサイル)の発射諸元用として、太平洋上に500万平方キロメートルの目標探知範囲を持つとしている。
 さらに、こうした情報をやり取りする指揮通信網も構築されている。こうしたNCWを支えるのが、15年12月31日に設立された戦略支援部隊である。このように中国は、米国同様に、戦闘概念を変化させようとしているのだ。
 「米国に勝利する」という第1の軍事戦略は現在、50年頃に設定されている。しかし軍事戦略には、その前の段階があり、第2の軍事戦略は、20年頃までに「中国の軍事プレゼンスを世界に展開する」ことである。
 中国にとって、この2つの期限は非常に重要である。21年の「中国共産党結党百年」と、49年の「中華人民共和国成立百年」という「2つの百年」を意味するからだ。
 中国では、この「2つの百年」をターゲットにした各種の発展戦略に加え、中国海軍も、1980年代半ばには、2000年、20年、50年に期限を切った、3段階の発展戦略を指示されている。
 20年までに中国の軍事プレゼンスを中東等の地域に展開するのが、空母である。
 17年4月26日、中国海軍は、大連造船所において、初の国産空母を進水させた。この空母は、1998年にウクライナから購入し、設計図もなしに修復した訓練空母「遼寧」を改良した艦艇であると中国国防部は述べている。
 一方、中国海軍は、上海江南造船所で別の型の空母を建造しており、中国の空母はいまだ「型の統一」を図る試験段階にあるのかもしれない。そして、駆逐艦建造でも、同様の「型の統一」のプロセスを経ているのだ。
 しかし、中国が軍事プレゼンスを展開できるようになるまで、米国が待っていてくれる訳ではない。そこで、中国が採らなければならない第3の軍事戦略が「非対称戦」である。
 前出のASBMも中国自身が「非対称戦における重要な兵器」だと述べており、サイバー攻撃や衛星破壊兵器も「非対称戦」の一部である。また、戦略支援部隊の設立は、ネットワーク上での戦闘能力の向上を図るものでもある。
 南シナ海の実質的な領海化および軍事拠点化も、戦略的縦深性を保ち、米国に対する核報復攻撃を保証するものだ。中国は、核兵器の数においても、米国が中国を圧倒していることを危惧しており、「核戦力においても米中は非対称」なのだ。
 中国は、米国のミサイル防御のネットワークを無効化するためにサイバー攻撃や衛星破壊を仕掛けているが、これと同時に、戦略原潜を隠密裏に行動させ、核抑止に効果を持たせている。
 また、南シナ海を中国がコントロールすることによって、米海軍の自由な航行を妨げ、中東等における軍事プレゼンスの競争でも有利に立ちたいのである。
 17年6月現在、中国の南シナ海における人工島の軍事拠点化はほぼ完成している。滑走路やハンガー(格納庫)だけでなく、対空ミサイル用のシェルターや対空ミサイル・システムのレーダー等も建設されている。地下には、水や燃料の貯蔵庫も作られている。
 現段階では、米国と軍事衝突できない中国であっても、米軍の影響力を排除するための軍備増強は着実に進んでいるのである。

 


 

現実のミサイル脅威に如何に備えるか

能動防御に加え攻勢・受動防御も

岡崎研究所理事 金田 秀昭 氏

週刊「世界と日本」2017年7月3日 第2104号より

 金正恩政権の暴走振りは一向に止まない。中でも核・ミサイル開発の継続は、周辺諸国や国際社会に不安を投げかけている。金委員長の絶対的指導の下、北朝鮮は「並進路線」を正当化しつつ、今後ますます、核兵器システム(核弾頭・運搬手段)の取得を目指して、その限られた国力を集中するものと考えられる。

 

 米国トランプ政権は、北朝鮮の暴走を阻止するため、中国を巻き込んだ形での非軍事的解決を優先させている。同時に、軍事的選択肢を排除しないとの強い意志を表明し、2個空母打撃群などを半島周辺海域に展開して、警戒態勢を維持している。
 新たな空母打撃群も派遣され、加えてトマホークを多数搭載し、特殊作戦部隊を潜入させる能力を持つ複数の攻撃型原潜、無人機や戦略爆撃・戦闘・攻撃機などを含めた海・空軍や海兵隊などによる圧倒的な兵力投入能力を見せつけている。
 さらにICBM(大陸間弾道ミサイル)に対する迎撃実験を成功裡に行い、金委員長の無謀な冒険心を抑え込む構えを見せている。
 すでに5回の核爆発実験を行い、ICBMの取得にもあと一歩と目されている北朝鮮が、核兵器システムの開発に飛躍的な進歩があったと自己認識した場合、金委員長は、いかなる行動をとるか。これに対し、わが国としていかなる対応が必要となるのか。もはや対岸の火事では済まされなくなっている。
 北朝鮮の「核弾頭」開発の選択肢としては、核爆弾の製造や核弾頭化に加え、ダーティボム(放射能爆弾)やHEMP(高出力電磁パルス)兵器の開発などを想定する必要がある。
 「運搬手段」開発については、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)「KN-11/15」、IRBM(中距離弾道ミサイル)「火星-10/12」およびICBM「KN-08/14」などの開発を継続している。また、実戦配備済みの各種ミサイルの同一地点同時弾着など、迎撃側の弱点を衝く高度な運用試験なども続けると想定する必要がある。
 北朝鮮が核兵器システムを用いた威嚇等を、日本に向けて仕掛けてくる可能性は捨てきれない。こういった動きに適切に対処するため、北朝鮮が採り得る幾つかのシナリオを設定し、この中で、日本自身の採るべき対応、さらに日米同盟として必要な対応について、適切に態勢を整えておかねばならない。
 北朝鮮が、少数といえども核兵器システム保有の兆候を示し、それをもって日本に対し威嚇等の動きを示した場合は、不測の事態に備え、国内全般にわたって所要の警備態勢を取る必要がある。
 また、原子炉など重要施設の確実な防御や厳重な警護を含むBMD(ミサイル防衛)即応・継続態勢の確立など、常続的かつ緊密な日米BMD共同体制の構築・維持が緊要となる。韓国も含めた形での日米韓3国BMD共同体制の構築も必要である。
 次に、北朝鮮による米韓両国への核兵器システムを用いた威嚇等の兆候があり、そのまま放置すればわが国に対する直接の武力攻撃に至る恐れのある「重要影響事態」と認定され、日米防衛協力指針に基づく米軍からの協力要請があった場合は、日本はBMD態勢を強化する一方、重要影響事態法および船舶検査法を適用する。そして日本を後拠地として活動する米軍への、後方地域支援を主体とした支援活動を行うこととなる。
 さらに対米韓事態が緊迫し、わが国と密接な関係にある両国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある「存立危機事態」と認定され、限定的な集団的自衛権の行使が不可避と判断した場合は、BMD態勢をより強化する。
 一方、指針に基づき、米国からの要請があれば、第3国の領域外で、出動する米軍の護衛など、米国防衛に必要な限度での防衛活動を念頭に置いた協力措置をとるために、防衛出動を下令し対処する。
 一方、北朝鮮によるわが国への核兵器システムを用いた威嚇や攻撃が切迫し、わが国への「武力攻撃事態」と認定され、個別的自衛権の行使が不可避であると判断した場合は、日本防衛のために必要な武力行使措置をとるために、防衛出動を下令し対処することとなり、自衛隊は、全力でのBMD作戦の実施が可能となる。
 この際、本来であれば、敵策源基地への攻撃等、日本単独または日米共同による攻勢作戦の実施も可能とすべきである。
 今まで述べたBMD態勢の具体的方策として、現状では、BMDシステム(各種センサー、指揮統制装置および上下層迎撃ミサイル「イージスSM‐3・ペトリオットPAC‐3」で構成)により対処する。既にSM‐3およびPAC‐3ともに、「より速く、より高く、より遠く」へ飛翔して迎撃範囲を拡大するなど、画期的な能力向上での態勢強化が図られている。
 しかし、わが国周辺には、北朝鮮を質量両面ではるかに凌駕する中国の多元(弾道・巡航・戦術)ミサイルが存在し、これらが同時に同一目標に襲来する多元経空飽和攻撃の能力があると見積もられている。これに、いかに対処すべきか。
 自民党や防衛省では、陸海空自衛隊の特徴を生かした形で、対ミサイル能力を集約、補完し合い、効率よく機能発揮するため、3自衛隊を統合し、かつ米軍との共同も視野に入れた「IAMD(統合防空ミサイル防衛)」システムの導入を、次期中期防衛力整備計画(平成31年度~)で図るべく、検討を進めている。
 この中では、米軍が既に配備している「イージス陸上型」や「THAAD(高高度防衛ミサイル)」の導入も検討されている。迎撃ミサイルのみではなく、レーザーやHEMPなどを活用した迎撃手段の開発も検討されている。
 ここで重要なことは、これら脅威の進展に有効に対処するため、日本としては、飛来する敵ミサイルをBMDやIAMDシステムにより迎撃する「能動防御」のみならず、敵策源基地で日本への攻撃準備を整えた敵ミサイルを無力化・無害化するための「攻勢防御」、迎撃を回避した敵ミサイルが日本領域に着弾した場合に、被害を局限するための「受動防御」について、国民の理解を得つつ真剣かつ十全に対応していくことである。

 


《たけさだ・ひでし》

1949年兵庫県生まれ。専門は朝鮮半島論。慶應義塾大学大学院修了。韓国延世大学韓国語学堂卒業。1975年から防衛省防衛研究所に教官として36年間勤務。その後2年間、韓国延世大学国際学部教授を経て現職。著書は『東アジア動乱』(角川学芸出版)、『韓国は日本をどれほど嫌いか』(PHP研究所)など多数。

北朝鮮のミサイル脅威 日本はどう対処するか

「敵基地攻撃能力」獲得の検討を

拓殖大学大学院 特任教授 武貞 秀士 氏

週刊「世界と日本」2017年5月1日 第2100号より

北朝鮮の核兵器の脅威

 北朝鮮の核兵器の脅威が増している。北朝鮮は核兵器関連のデータを詳細に公表したことはないが、実験映像から能力は推定できる。ミサイルは液体燃料か固体燃料か。潜水艦発射弾道ミサイルに必要なコールドローンチの技術を取得したか。発射の角度、飛翔距離、落下地点、大気圏再突入の有無などで、その技術力を推し量ることができる。その能力は確実に向上している。

 2月12日に発射したミサイルについて、米国戦略軍のハイテン司令官は、新型弾道ミサイル「北極星2型」は「非常に挑戦的な技術だ」と述べた。

 固体燃料を使い、液体燃料とは異なり、短時間でミサイルに着けることができる。移動式発射台を使うので事前に発見するのが困難だ。国際社会の探知網をかいくぐってミサイル発射をする能力がある。誘導技術、合金技術は向上し、再突入技術、弾頭の小型化と固体燃料技術などを取得しつつある。射程が1300キロメートルのノドンミサイルは配備済だ。日本にとり直接的脅威だ。

 

北朝鮮の政策目標、軍事戦略

 北朝鮮は本気で核兵器を使うのだろうか。北朝鮮は「米国が望むあらゆる戦争に対抗する準備ができている」と述べてきた。米原子力空母などが太平洋西部に向かっていた4月11日、北朝鮮は「米国による先制攻撃の兆候があれば米国に核攻撃する」「われわれの核の照準は韓国と太平洋区域の米国の侵略的基地だけでなく、米国本土にも向いている」と述べた。

 北朝鮮が米国の首都を狙うのはなぜか。「米朝核戦争になると米国の首都が危なくなるので全面戦争を回避すべき」と伝えながら、米国が朝鮮半島の警察官をつとめることを断念しなさいと主張している。

 

 米国の首都攻撃のためには、究極の核戦力である潜水艦発射弾道ミサイルが必要になる。金日成主席が「潜水艦は海の王さまだ」と言ったのは、潜水艦発射弾道ミサイルという究極の核戦力保有を追求するという意味である。北朝鮮には核戦略がある。

 

朝鮮半島戦争のシナリオは4つ

 朝鮮半島危機には、4つのシナリオがある。

 第1のシナリオは、北朝鮮が弾道ミサイルを発射する。それが大陸間弾道ミサイルの場合、「米本土の安全を脅かす装備と訓練だ」とトランプ政権が判断して、限定作戦としてミサイル撃墜行動に出る。それを北朝鮮は米国による侵略と見なして、限定攻撃を韓国に対して加える。それが在韓米軍や韓国軍への攻撃に拡大して軍事衝突にいたる。

 第2のシナリオは、米韓軍、あるいは北朝鮮軍の演習に際して、偶発的な事故が起こる場合。相互不信から誤認を招いて、双方の限定的な軍事衝突を引き起こす場合である。

 第3のシナリオは、北朝鮮が大陸間弾道ミサイルを完成して、弾頭の小型化に成功したあと、米朝関係が改善されるときが危ない。米朝関係正常化が進み、米朝不可侵協定が成立したあと、米韓関係悪化が進んで在韓米軍が撤収していれば、自信をもった北朝鮮は、大陸間弾道ミサイル発射を示唆して、米国の軍事介入を阻止したうえで、通常戦力で韓国に侵攻する。

 第4のシナリオは、北朝鮮の体制に異変が起き、内部混乱、対立、軍同士の衝突が起きるときだ。難民を追走した朝鮮人民軍が南下するという事態になる。米韓軍は「北朝鮮内異変は、大韓民国北部の混迷であり、統一の好機」と解釈して、北朝鮮内に入る。朝鮮半島有事である。

 いま戦争を起こることは避けたいと各国は考えている。しかし、トランプ政権はシリア・アサド政権を攻撃した。米国は北朝鮮問題に関して「常にあらゆる選択肢を確保している」と言う。核と通常兵器の両方で同盟国を守るだけではなく、人道に反する化学兵器使用や、約束に違反する国家、集団には軍事力を行使する政権であることがわかってきた。

 

 ただ、ティラーソン国務長官は、「米国の目的は北朝鮮の非核化であり、体制転覆ではない」と明言している。軍事衝突という事態にならないように、中国が責任を持って北朝鮮を説得することを米国は期待していることがわかる。いまは中国が北朝鮮の核兵器放棄に向けての具体策を注視する過程にある。

 

日本はどうすべきか

 1994年春、クリントン政権が寧辺(ニヨンビヨン)の核施設への空爆を検討したとき、北朝鮮の韓国への報復攻撃で米韓連合軍の死傷者は50万人を超えるとの計算がでた。韓国は軍事力行使に反対したし、米国政府内では、花崗岩質の地下の核施設の破壊には技術的困難が伴うことを確認していた。そして米韓は、北朝鮮を空爆する計画を放棄した。

 同年6月、北朝鮮が南北首脳会談提案をカーター特使に託したあと、7月、金日成主席が死去し、米朝協議が本格化し、1994年10月に米朝枠組み合意ができた。

 いま危機を回避するには、あまりにも条件が違う。北朝鮮のノドンミサイルは実戦配備が終わり、300ミリ多連装ロケットは韓国の主要施設を狙っている。トランプ政権は、「約束違反者には軍事力で懲罰を」という政権だ。

 いま中国の北朝鮮への説得は不可欠だし、日米韓の情報共有が必須だ。長期的には北朝鮮の「統一のための核兵器」を念頭において、日本は敵基地攻撃能力の獲得を検討すべきだ。巡航ミサイル、空対地ミサイルの導入、作戦用の空中給油機確保、ミサイル発射に備える早期警戒衛星などの保有などである。

 

 悪い条件ばかりではない。4月11日の最高人民会議で外交委員会委員長に就任したリ・スヨン前外相とは昨年9月、平壌で3時間余り懇談をする機会があった。日朝関係改善を熱っぽく説き、スポーツ交流を通じた信頼醸成を強調していた人が外交責任者になったことを日本はどう考えるか。

 


週刊「世界と日本」2016年8月15日 第2083号より

 

涼風対談 今そこに有る軍事的脅威に・・・

左から、ジェームス E.アワー氏、西原正氏、金田秀昭氏
左から、ジェームス E.アワー氏、西原正氏、金田秀昭氏

ヴァンダービルト大学名誉教授 ジェームス E.アワー氏 VS. 

平和・安全保障研究所理事長 西原 正氏
(司会)岡崎研究所理事 金田 秀昭氏

 

 日本を巡る安全保障環境は、国際的にも地域的にも大きく変化している。即ち日本は、「今そこに有る軍事的脅威」に晒されている。しかも、冷戦時代のように単純明快な対立構造ではなく、また手段も多岐多様に亘っている。こういった状況下、我々国民が正確に現状を理解し、かつ日本は如何に適切に立ち向かうか、日米の専門家2人、ジェームスE.アワー氏と西原正氏に、金田秀昭氏が伺った。

(本記事は、対談のダイジェスト版です)

変化する、北の「核ドクトリン」

アジア太平洋地域の安全保障

 金田 アジア太平洋地域の安全保障情勢全般に関し、どのような認識をお持ちですか? また、日本を取り巻く領土問題については、どのように評価されますか?

 西原 アジア太平洋地域には2つの喫緊の脅威がある。その1つは北朝鮮、もう1つは中国です。アジア太平洋地域のパワーバランスは米国が維持していますが、南シナ海など、一部の地域や地方では、中国に傾こうとしています。

 太平洋に関する中国の基本的、戦略的な動機は、大国のパワーバランスを図ることで、大国同士の「新しいスタイル」の関係を言っています。つまり、太平洋を2つに分け、西太平洋は中国の支配下に、東太平洋は米国の支配を許すということです。

 金田 尖閣諸島問題に少し触れてください。

 西原 特に中国が、尖閣諸島への主権を主張しているのが懸念され、中国独自の考え方には注意を払う必要があります。

 アワー 米国の立場に関する私の見方は、基本的には西原先生が今言われたこととあまり変わりはありませんが、実はこの点を裏付ける事実があります。

 1990年、冷戦の最後の年ですが、米国は西欧に24万人の兵士を配置、その大半はドイツで、ソ連による大規模侵略からドイツを守るためでした。

 同じ時期、西太平洋の日本、韓国、そして第七艦隊、全体での配置は10万人でした。今日では、欧州の24万人は10万人以下に大幅に削減されましたが、西太平洋では依然として10万人が配置されています。

 この大きな違いの理由はなんでしょう。

 脅威の違いです。西欧に対するソ連の大規模侵略の脅威が消滅したからです。ところが西太平洋では、北朝鮮の現実の脅威があり、さらに中国はこれから何をしてくるのか、という中長期的な不確実性があります。

 このように、「脅威がどこにあるか」の現実的な評価に基づき、米国は、兵力の大半を配置しており、これまでも常にそうでした。

 中国が太平洋の2分割を希望していることですが、このことは米国にとっては大きな損失です。米国は今まで、太平洋の東も西も全てで他を圧倒するパワーを維持してきたからです。また、西側全部を中国側に譲ることは、日本や韓国、台湾、他の同盟国、そしてフィリピンなど、パートナーに対する米国の信用を大きく損なうことになります。

 

北朝鮮の現実的な脅威への対応

 金田 次は北朝鮮の脅威ですが・・・。北朝鮮のByongjin(並進)政策。核兵器の開発と経済の発展を同時並行で行うという「2―トラック政策」を進めており、また、新しい「核兵器ドクトリン」にどう対応すべきか。

 アワー 北朝鮮の論理は我々のものとは異なりますから、彼らへの対応はなかなか難しい。たとえば、通常兵器での大規模な日本や韓国への攻撃などです。

 旧ソ連の場合、そして今日の中国の場合もそうですが、彼らはパワーというものを認識し、理解しています。このため、こちら側にパワーがあれば、抑止が効くのです。ところが北朝鮮に対しては、単純な抑止力が効くかどうか、私は疑問視しています。

 西原 私は、北朝鮮が、そして金正恩が、基本的に何を達成しようとしているのかと。米国と直接交渉したいのだと。だから北朝鮮は、核兵器を開発した、などというプロパガンダをしているのだと考えています。

 しかし、現実に北朝鮮は、韓国に脅威を与える核兵器を持ちながら、朝鮮半島で北朝鮮が存続できるように、核兵器ドクトリンを変更しました。これまでは、韓国と同等の方法で自国を守るということだけでしたが、今や、自国の防衛には第1撃(first strike)能力を持ち、韓国に対し第1撃を行う意思を持つべきだ、と。北朝鮮は変化しており、極めて危険です。

 金田 北朝鮮問題に関する、日韓米の安全保障協力関係について、どのように考えますか? また、朝鮮半島の非核化のプロセスはどうあるべきですか?

 西原 朝鮮半島の非核化は、北朝鮮が自国の核開発計画を断念して初めて可能になりますが、断念する可能性は低いです。北朝鮮が崩壊する、北朝鮮に一種の崩壊が起きる、あるいは北朝鮮の指導力が弱体化するまでは、朝鮮半島の非核化を見ることはないでしょう。

 

南シナ海 中国とは多国籍で対応 切れ目のない「コアリシヨン」を構築

 

中国の現実の脅威への対応

 金田 次に中国の現実の脅威への対応ですが・・・。南シナ海での軍事基地建設への対応についてどう考えますか。

 西原 南シナ海での軍事行動に関して、近く、国際仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)がフィリピンの提訴に対し、フィリピンに有利な裁定を出しても(編集註=7月12日、仲裁裁判所が、南シナ海での中国の主権・主張を否定する判決を出した)、中国は聞き入れないでしょう。この状況はしばらく続くと。

 アワー 判決に対し、中国はこれを無視し批判すると思います。中国が過激になればなるほど、一層強力な国になるのか、友人をさらに怒らせてしまうのかです。中国が行っている懸念には、日本、米国、東南アジア諸国、豪州、印度などが協力して行動し、努力していく戦略があれば、対抗できると考えます。

 金田 それは大変良い指摘です。

 アワー 伊勢志摩のG7会議は大きな成功でした。それまで欧州諸国、英国、フランス、ドイツは、南シナ海での中国の行動に関心をもっていませんでした。

 安倍首相はこの問題を取り上げ、地図を使って説明しようとしました。このため、欧州諸国は、中国が行っていることの重要性、そのマイナスの点に、ある種、気付かされたのです。それ以後、中国は多くの友人を失いました。

 

海上交通路の脅威への対応

 金田 日本と米国は、地域の海洋安全保障に対する取り組みを主導しています。南シナ海の事例を考えると、我々は、現在は組織だったものはありませんが、切れ目のない「地域海洋安全保障協盟(コアリション)」を構築する必要が大いにあります。

 これは、幾つかの小地域のコアリションを地域全体に広げ、連結していくものです。この場合、日本と米国、豪州と印度の4カ国は、その根幹として一定の責任を持たなければなりません。

 アワー 今日の日本と米国の海洋軍事力を合わせると、中国の軍事力よりはるかに強力です。しかし、この問題にどう取り組むかという明確な戦略に欠けているのです。

 金田 特に南シナ海の航行で、海洋安全保障が破られたと判断した場合、中国は、一種の破壊行為を行うでしょう。ではどのような協力をすべきか? どのようにすべきか? 海上交通路の安全を守るため、良識ある地域の海洋国と協力する必要があります。

 アワー 私も同じ考えです。中国は強力な国になってきてはいますが、圧倒されるほど強大ではありません。米国は、航行の自由作戦を行っていますが、これをもっと積極的に、過激なほど行うべきです。非合法ではなく合法的に。正直なところ、中国には、日本の船舶の航行を妨げる勇気があるとは思えません。

 我々はフィリピンやベトナム、他の諸国が、海洋安全保障コアリションの中にある、特定小地域コアリションに参加することを慫慂(しょうよう)(又は奨励)すべきです。そうすれば、だれもが中国の非合法活動に連携して対抗することになります。これこそ切れ目のない協力の連鎖です。

 金田 その通りです。

 西原 お話しの4カ国ですが、現時点では日本、米国、豪州、印度が考えられますが、実際にはどう協力しあうのですか? 日本とインド洋の間の海域を分割し、ここは印度担当、ここは豪州担当、ここは米国の担当といった形にして行くのですか?

 それは中国と新たな緊張関係を生み出す可能性がありますので、東シナ海では、より多くの国の軍隊を組み合わせるべきです。米国は当然として、印度、豪州などの艦船です。

 地域全体でコアリションが、シーレーン、海上交通路を守ることになり、うまくいくかもしれません。一国で中国に対峙するよりは、おそらく政治的に良いでしょう。

 金田 たとえば、南シナ海の北西部では、日本、米国、ベトナムが小地域コアリションを組み、南シナ海の南東部では、日本、米国、フィリピンがコアリションを作り、これに豪州が加わる。柔軟性のある小地域コアリションを地域内の小地域ごとに構成する、これらを切れ目なく連鎖させる。それが私の考えです。

 アワー 中国との緊張関係は高まる可能性がありますが、そうなった場合、中国に対しては、「このコアリションができた原因は、そちらの行動にある。いやならそちらの行動を変えてはどうか。中国との戦争は望んでいませんから」と答えます。

 金田 本日は、忌憚のない討論を、ありがとうございます。

ジェームス E.アワー氏

1941年米国ミネソタ州生まれ。米国海軍に所属後、国防総省安全保障局日本部長。2008年「旭日中綬章」、15年「正論大賞」受賞。日本戦略研究フォーラム特別顧問。

金田秀昭氏

1945年神奈川県生まれ。防衛大学校卒後、海上自衛隊入隊。統幕第5幕僚室長、護衛艦隊司令官などを経て退職(海将)。元ハーバード大学上席特別研究員。

西原正氏

1937年大阪生まれ。京都大学法学部卒。元防衛大学校長。2008年「瑞宝重光章」、12年「正論大賞」を受賞。安倍政権の日本版NSC設立有識者懇談会メンバー。



中谷元 防衛大臣への提言

 

岡崎研究所理事 金田 秀昭 氏

 週刊「世界と日本」2016年1月18日 第2069号より

 

「自衛官」の心で根本問題解決を

  中谷防衛大臣は、1昨年12月、2回目の防衛大臣に就任(1回目は防衛庁長官)し、安保法制国会という政治的難局を乗り切り、第3次安倍改造内閣で再任を果たした。

 現在は来年3月の同法施行に向けて、ROE(部隊行動基準=交戦規程)の制定など省内における諸準備を統括する一方、繁忙な省務の合間を縫って、諸国国防大臣との対話にも積極的に臨んで関係改善、緊密化を図っている。同時に、遠隔地の自衛隊小部隊の視察を重ねるなど、防衛省・自衛隊の業務の円滑化、士気の高揚にも腐心している。

 わが国の安全保障にとって、防衛大・自衛隊出身の政治家である中谷大臣の存在意義は大きく、また「融通無碍(ゆうずうむげ)」とまではいかないが「有徳無碍(ゆうとくむげ)」の政治姿勢で、着実にその政治使命を果たしている。

 安保法制が成立したとは言え、自衛隊の存在、権限などを巡っては、根源的な諸問題が未解決のまま放置されている。新年に当たり、中谷大臣であればこそ、「自衛官の心」をもって、実現に向けて真摯に取り組まれることを期待し、幾つかの点を要望したい。

1.安保法制の実効化と追補

 今般成立した安保法制は複雑極まる構造になっており、任務を付与された自衛隊の現場部隊や上級司令部等の行動判断は、容易ではない。部隊行動の自由を過度に束縛することなく、瞬時に的確な行動をとることができる実効的なROEの制定や、適切な教育訓練環境の構築などに指導力を発揮し、同時に、自衛隊向けROEが国際標準からかけ離れることのないよう留意して頂きたい。

 さらに、今般の安保法制で積み残された部分については、早期に再挑戦する気概を持って頂きたい。例えば、グレーゾーン事態における領域警備を万全にするため、法執行機関や自衛隊の省庁間の壁を超え、切れ目のない対応を可能とする「領域警備法」の制定が必須である。

 一方、憲法上「自衛権や自衛隊の保有」は依然として曖昧のままであり、国際法で保有が認められている「部隊の自衛権」の論議も見送られた。また、パリのテロに見るまでもなく、「緊急事態対処法」の制定は急務である。これら基本問題の解決のため、まず準憲法たる「国家安全保障基本法」を提起し、憲法改正に結び付けて行くことを期待する。

 

2.防衛力の根幹部分の改善

 日本の防衛予算は、平成25年度から微増しているが、GDPの1.0%程度であることに変わりはなく、主要国では最低である。次に低いドイツでも、GDPの1.2%程度を国防費に割り当てている。わが国周辺の軍事増強の傾向を見れば、少なくとも同程度とすべきである。

 さらに重要なことは、「定員の確保」である。近年自衛隊の海外活動実任務は増し、各自衛隊ともに負担が増えている。充足率100%を確保していれば何とか遣り繰りもできようが、現実には各自衛隊ともに充足率は90%強程度で推移しており、各自衛隊は教育所要と部隊運用の狭間で四苦八苦している。

 国家防衛基盤の充実も重要である。即ち、予備自衛官制度の拡充、防衛装備や運用支援に関わる民間業者との提携、防衛問題に関する学校・社会教育の充実、緊急事態での民間・地方自治体との自衛隊の連携といった面の改善が必要となる。

 一方、自衛官に対する国家的に適切な処遇も大切である。近年統幕長(議長)経験者に対して、瑞宝大綬章が授与されていることは喜ばしいことではあるが。願わくは、上級者のみならず、一般自衛隊員に対しても、国際標準に照らした、正当な評価に基づく適正な処遇が行われることを期待する。

 

3.統合防衛体制の整備

 現防衛計画の大綱では、海空優勢及び陸上機動展開能力の確保を柱とする「統合機動防衛力」の整備が目標として設定されている。

このこと自体は正しいが、前述したように、近隣諸国の軍事力増強を見れば、わが国の防衛力強化は、予算面では十分とは言えない。

 この解決策として、運用面でカバーする方法がある。即ち「統合防衛体制の強化」である。これにより自衛隊運用の柔軟性と防衛力整備の効率性の向上が期待でき、防衛力強化に必要な防衛力整備への投資が、無駄なく可能となる。

 2017年を目処に陸上総隊が発足し、3自衛隊の中央司令部組織が出そろう。この際、それらを統括する統合中央司令部を編成し、隷下に常設及び臨機の統合部隊を束ねて、統合防衛体制を整えることが緊要である。

 行政組織としての統幕と部隊組織としての統合中央司令部を併置する体制を充実し、各幕が行う防衛力整備や政策立案に対する統幕の調整・指導責任を付加することができれば、効果が倍増する。

 

4.日米同盟強化および地域友好国との協調

 本年の日米防衛協力指針の改訂において、同盟調整メカニズムと共同計画策定メカニズムの設置が同意され、先般の日米防衛首脳会談において、正式な開始が合意されたことは喜ばしい。ついてはこれらメカニズムを活用し、「日米同盟戦略」の構築を目指してもらいたい。

 わが国でも「国家安全保障戦略」が策定され、次いで「国家防衛戦略」の順番となる訳であるが、日本の防衛が日米同盟に大きく依拠していることを考えれば、同等又はそれ以上に「日米同盟戦略」の策定が重要となる。これにより、周辺諸国に対する抑止効果は絶大なものとなろう。

 また日本は、南・東シナ海を含む印度太平洋地域において、日米を基軸としつつ地域友好諸国を加え、平素からの多国間共同行動を念頭に置いた常設海上共同部隊の設置に重要な役割を担うべきである。これと同様に、地域を貫通する海上交通路の多国間共同防衛を目的とし、地域ごとの特性を生かした一連の海洋安全保障協盟(有志連合)の構築にも主導性を発揮すべきである。

 一方、日本の地域貢献の新たな役割として、防衛装備移転3原則の下、防衛装備面での能力構築支援を図るべきである。このためには、新設の防衛装備庁が主導性を発揮し、日米豪3国による豪国向け潜水艦開発の取り組み、インドやASEAN諸国が期待するUS―2の移転など、今まで以上に地域友好国の期待に応えていくべきである。

 

 

関連情報リンク

防衛白書は、わが国防衛の現状と課題およびその取組について広く内外への周知を図り、その理解を得ることを目的として毎年刊行しており、令和2年版防衛白書で刊行から50周年を迎えました。

(防衛省ホームページより)

https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/


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