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Coffee Break<週刊「世界と日本」2178号より>

お好み焼き文化の伝道を

もたらしたい 「健康と豊かさと和」

オタフクソース(株)代表取締役社長 佐々木 直義 氏

 広島市に本社を置くオタフクソース(株)。意外にもソースメーカーとしては最後発だが、店舗を一軒一軒まわりながら日本初のお好み焼き用ソースの開発に至った。お好み焼きの食文化としての普及を使命とし、多彩な展開を仕掛ける佐々木氏に話を伺った。

《ささき・なおよし》

1963年広島県生まれ。学習院大学卒業後、1987年オタフクソース株式会社に入社。経営企画室、国際事業部などを経て1998年米国Otafuku Foods, Inc.取締役社長に就任。2009年オタフクソース株式会社専務取締役。2015年10月より現職、オタフクホールディングス株式会社専務取締役。

―1922年の創業から100周年が近づいています。振り返ってみていかがですか。

 当社は、広島のお好み焼きとともに成長してきた会社です。歴史の始まりは、祖父の佐々木清一が広島市内で創業した酒や醤油類の卸小売業で、38年に発売した醸造酢「お多福酢」がいまの社名の由来になっています。「お多福」は、人々に喜びと幸せを広めることを自らの喜びとするものづくりの理念を表しています。

 初めてのソース商品は50年に発売した「お多福ウスターソース」ですが、後発ということもあり、まったく売れませんでした。そこで、広島でちょうど流行り始めたお好み焼きに合うソースづくりを目指し、お好み焼きそのものを食文化として全国に広めていきながら、お好みソースをお店にもご家庭にも届けていきました。ここまで成長できたのは、お好み焼き店様のおかげだと感謝しています。

 

―今や全国的に誰もが知るブランド力が備わっていますが、お好み焼き用ソースをつくるきっかけは何だったのでしょう。

 ウスターソースが卸問屋にも扱ってもらえず、営業するためお好み焼き店や屋台を一軒一軒訪問していました。そのうち店主やお客様からソースへの要望が耳に入り始め、持ち帰ってはつくり変えてまたお持ちするということを繰り返していたそうです。そうして、どこにもなかったトロミや甘みがあり、酸味や塩度を抑えたソースに仕上がりました。

 家庭用を始めたのも、店主からソースをお客様に分けているという話を聞いたことがきっかけです。

 社長に就任した後、私が最初に行ったことは全国各地の取引先への挨拶まわりですが、そこでオタフクソースというブランドがいかに会社の規模以上に認知されているのか改めて実感しました。

 

―食文化として広島のお好み焼きをどのように広めていったのですか。

 全国進出を始めたとき、もともとお好み焼きが親しまれていた大阪は受け入れられましたが、お好み焼きがそれほど認知されていなかった東京では「こんなに甘くどろりとしたソースは受け入れられない」と批判を浴びて、まったく売れませんでした。そこで当時始めたことは、実際にお好み焼きを食べていただくデモンストレーションです。

 84年のころですが、社員たちがスーパーマーケットやデパートの食品売場に鉄板を持ち込み、お好み焼きをつくって食べてもらうということをさまざまな場所で続けました。東京で売れるようになり、さらに全国に広げていくことができました。

 

―お好み焼きのおいしさを伝えるだけではなく、つくり方や食べ方の指導も役割とされています。

 お好み焼きのおいしさと魅力を発信し、食文化として普及させていくことは私たちの使命です。

 87年から東京、大阪、名古屋、福岡などに「お好み焼研修センター」を開設し、お好み焼き店を開業したい方々を対象に、つくり方など技術面や経営面を指導しています。

 本社近くには、お好み焼きとオタフクの文化・歴史を発信する『Wood Egg お好み焼館』を開館し、お好み焼きの歴史や基本的なつくり方の紹介、開業支援研修の場として、子どもから大人まで数多くの方にお越しいただいています。

 2018年にJR広島駅構内にオープンしたお好み焼き体験スタジオ「OKOSTA(オコスタ)」は、お客様自身が本格的な鉄板でお好み焼きを焼いて食べる空間です。みんなが一緒に楽しめる場をつくりたいという想いから始めたもので、好評をいただいています。お客様には訪日外国人客も多く、世界中の人々にお好み焼きを知ってもらい、将来の成長の糧となるブランドショップに育てたいと思います。

 

―時代と共にお好みソースのバリエーションが増えました。最近はデーツ(なつめやしの実)も販売されています。商品開発にはどのようなこだわりがありますか。

 創業より「食を通じて『健康と豊かさと和』をもたらし、笑顔あふれる社会に寄与する」という使命のもと、常にお客様目線でお客様の声を優先した商品開発を心掛けています。

 しかし、調味料はあくまでも脇役ですので、商品を売るよりもメニューを広めることが大事だと思います。「たらいの水」哲学というものがあり、たらいの中で水を自分の方にかき寄せると反対側に流れますが、相手側に推すと自分の方に返ってきます。お客様のお困りごとを解決できるよう、利他の心で常に新しい価値を創造しています。

 

―国際事業のご経験から海外市場にも精通されています。中国・青島や米ロサンゼルスでは工場も稼働していますが、今後の海外への展開はどのようにお考えですか。

 私は1987年の入社以来、国際事業を中心に携わってきましたが、その過程で強く感じたことは、海外で事業を展開するなら、まず日本でブランドの地位を確立しなくてはならないということでした。日本食が世界の人々に再評価されブームとなっているいま、一気に海外展開を図って東京進出時と同様に海外でもお好み焼き文化を広めていきます。

 粉ものは形こそ違えど世界中にありますし、「お好み焼きは美味しい」と国内で外国人の方から多くの声をいただいております。

 今は2016年より生産拠点のあるマレーシアから、アジアにお好み焼き文化を広めるため、海外の売上高を4年で2倍にする計画を立てて活動しています。

 

―座右の銘がありましたら。

 座右の銘ではないのですが、好きな言葉は「チャレンジ」です。何ごとにも臆せず、チャレンジしなければ自身の成長はありません。

 人への感謝の念を忘れず、常に前向きにこの先も新たな市場や商品にチャレンジし続けます。

 

―休日の過ごし方は? ご趣味は?

 休日はゴルフをすることが多いです。また、日本に限らず、世界の様々な食文化に触れながら、その土地の物を食べることが好きです。今こういうものが流行っているのか、などと考えを巡らせながら毎回新鮮な気持ちになります。

 海外出張の合間に時間があれば、歴史的な場所、遺産や博物館等にも足を運び、その国の歴史を勉強し、新しいことを学ぶのも大好きな時間です。

 

 

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