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Coffee Break<週刊「世界と日本」2197号より>

日本の進むべき道「人文知」の再興

元文化庁長官
国際ファッション専門職大学学長
(一社)人文知応援フォーラム共同代表
近藤 誠一 氏

《こんどう・せいいち》 1972年外務省入省。広報文化交流部長を経て、2006年からユネスコ日本政府代表部特命全権大使。08年よりデンマーク大使。10年より13年まで文化庁長官を務め、三保松原を含めた富士山の世界文化遺産の登録を実現。現在、近藤文化・外交研究所代表、東京都交響楽団理事長、TAKUMI-Art du Japon代表理事などをつとめ、2019年4月国際ファッション専門職大学学長に就任。

 人類が直面している課題は、あまりに広く、深く、相互に連関している。しかしそこに共通しているのは、文明の負の側面が作用しているということである。それは産業による自然破壊であり、格差の拡大、それがもたらす社会の分断、民主主義や資本主義などの理念体系の後退といった文明の運営上の課題である。これらの問題に有効に立ち向かうには、個別の学問の専門知を超えた、総合的な知恵を動員することが必要である。それは先人の叡知が込められた古典や芸術と、いまの最先端の科学の知識を組み合わせることで可能となる。それを「人文知」と呼ぶ。

 ここでは文明がもたらした現代の生活と、人間の生来の脳や身体の機能との間に大きなミスマッチがあることを取り上げる。

 まず自然科学分野の最新の知見をみてみよう。『スマホ脳』の著者アンデシュ・ハンセン氏によれば、人間の脳は1万年前からほとんど進化していない。当時は食糧難、疫病、肉食動物に襲われるリスクなどの厳しい生存条件の中で如何にして生き延び、子孫を残せるかが唯一の優先事項であった。そこでは迫りくる危機をいち早く察知して闘うか逃げるかを咄嗟に判断し、餌を探し出したらすぐに確保するなど、素早く行動できる仕組みができた。そのためには外部からの新しい情報に常に敏感である必要があった。それを可能にしたのがドーパミンという、報酬系の脳内の伝達物質だ。この脳のメカニズムは文明が発達し、安全性が高まった今も変わっていない。

 見知らぬ人に会うと、「気をつけろ」という指令が出て、すぐに政治であれ経済であれ「敵か味方か」を判断する。ご馳走が目に入れば、ドーパミンはそこに集中してすぐに食べろとの指令を出す。脂肪分の高い食料は、摂取することで飢餓に耐えられる体をつくるから奨励される。

 文明社会の中心をなす経済活動がもたらす物質的富に対しても同様だ。豊かさは生存の可能性を高める。だから利益拡大や経済成長は最優先される。飽食が当たり前になる。それが森林伐採、人口急増、野生動物の絶滅、プラスチックの大量廃棄など、自然の生態系を破壊し、人間社会の貧富の格差を広げ、体脂肪やコレステロールを増やすと分かっていても止められない。飢餓に苦しんだころにできたシステムのままなのだ。

 スマホの着信音に無意識に飛びつくのも、それがライオンに襲われるなどの生死にかかわる情報である可能性はゼロに近いことは明らかでも、脳のシステムはその情報に集中することに報酬を出す。脳には新しいことだけに反応してドーパミンを産生する細胞があるという。その結果脳は次から次に来る新規情報の収集に追われてしまう。それが継続中の作業に集中することや、その結果を自分のものとして活用できる「長期記憶」に「固定化」する暇を奪っていることに気づかない。危険か否かの新しい情報よりも、集中と思考が重要な現代にあっても、脳は昔のままの反応をしてしまうのだ。企業の宣伝部はそこにつけこむ。

 民主主義も、資本主義も、科学技術も、その利点を生かして社会に受容されるために、一定の合理的なルールをセットにしている。多数派は少数意見を尊重し、経済競争に勝ったものは公正な競争を維持する。科学技術は平和にのみ使い、生命の尊厳を守るなど。しかし理性によってつくられたこうした道徳は、脳の情動部分にとってはあまりに新しい環境であり、適応の仕方を知らない。

 急速に進化した脳の知能部分がつくった文明社会と、その昔ながらの情動(感性)部分の間のミスマッチが続く限り、現代の諸問題を根本的に解決できそうにない。

 どうすればミスマッチを解消できるのか。脳を、毒蛇に噛まれるリスクなどほとんどない今の事情に合ったものに「進化」させれば良いが、進化のスピードはあまりに遅い。さりとて文明を戻し、昔の狩猟採取の生活に戻れるはずもない。

 できることは、人類が早い段階から知能とともに発展させてきた共感力を取り戻し強化することだ。人間には他人を理解したいという衝動がある。相手の行動を予測し、それに備えることは生き延びるために重要だからだ。この衝動は、昔弱者であった人間が次第に大きなグループをつくる過程で発達した。しかし相手の頭の中を理解するには、前頭葉を使った訓練が必要だという。その訓練は、親兄弟や友人と対面で繰り返し会うことで徐々に為される。

 つまり共感力の醸成は、他人との「対面」を質量ともに増やすことで達成できる。スマホに費やす時間を減らし、その分を「対面」に充てる。その対面の質を上げる最も有効な手段は文化芸術と人文学を嗜むことだ。

 マーサ・ヌスバウム教授は、いま世界は経済成長にすぐ役に立つ人材育成に予算を費やし、人文学や文化芸術への投資を疎かにしているが、これは民主主義にとって由々しきことだという(『経済成長がすべてか?』)。共感があって初めて自由な選挙の結果をだれもが受け入れ協力することができるからだ。山極壽一京大名誉教授によれば、子守歌のような音楽が共感力を高めてきた。

 「共感力」の強化を可能にしてくれるものとして、幸い人類には文化芸術という仕掛けがあるのだ。ここで日本が伝統的に大事にしてきた文化が、極めて有効な力を有することは言うまでもない。恵まれた気候風土や歴史のお陰で、自然を尊び、愛し、他を思いやる「共感力」が育まれ、それが社会生活の運営に反映されている。「足るを知る」「三方良し」という思想はその好例だ。日本が進むべき道は、この精神を現実の国家社会の運営に反映させ、複雑な問題の解決に貢献できる模範国家を目指すことにある。

 文明のつくった美しい理念体系と、現実の脳とのギャップを文化芸術で埋めるという発想こそ、「人文知」が人類に示唆し得る1つの方向性である。

 

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