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Coffee Break<週刊「世界と日本」2198号より>

能楽から日本の美を楽しむ

〜日本文化を世界に発信する

Umewaka International株式会社
代表取締役社長
梅若 幸子 氏

《うめわか・ゆきこ》 Umewaka International株式会社 代表取締役社長。観世流シテ方能楽師人間国宝4世梅若実の長女。慶應義塾大学卒業後、電通に勤務。退社後はサントリーホールで行われた梅若六郎自主公演、新作能「伽羅紗」や2000年日蘭交流400周年記念公演等の海外公演の企画制作を行う。下呂温泉の旅館「湯之島館(登録有形文化財)」の取締役を務める傍ら、企業や学校等で能楽と日本文化の講演普及活動を行っている。

 「能ってよくわからないんだよね」こんな言葉をよく聞く。そのほとんどの人たちが「一度も見たことがない」「学生時代見たけどよくわからなかった」と話す。確かに能は、近寄り難いイメージを抱かれがちだ。今もなお、背景は鏡板に描かれた老松、舞台装置といえば抽象化された作り物と呼ばれる大道具。面によって役者の表情はわからず、謡は七五調の和歌のようで難しく聴こえる。

舞台での能装束と面

梅若能楽学院会館


 特に私たち日本人にとってみれば、14世紀、世阿弥によって大成された能楽は650年を超えてなお、その姿をとどめている日本の伝統芸能であり古典芸能、「古い演劇」として認識され、「昔の日本を理解するために、理解しなければならない」と思いながら向き合う芸能なのかもしれない。事実、私自身も高校3年生の秋まで、この呪縛に囚われていた1人だ。

 幼少期はおままごとの様に楽しくお稽古をつけてもらい、舞台にも立っていた。しかし、小中学校の授業を受けていく中で、いつの間にか音楽は西洋音楽が正しいもので、その理屈に合わない日本のものは民族的で堅苦しいルールに則った古いものだと思い込む様になっていた。

 この価値観を大きく変えたのは、実力テストが間近に迫っていた高校3年の秋のことである。学校を休み、当時五十六世梅若六郎だった父の海外公演について行った事がきっかけだった。

ヨーロッパ公演
ヨーロッパ公演

 日本ではマイナーな能を、海外の方が見たらどんな風に見えるのだろう。そんな好奇心でついて行った海外公演で、ベルギー人やフランス人の観客の方々が真剣に「能」そのものを楽しんでいる姿を目の当たりにした。

 今を生きる芸術として、能面や装束の繊細な美しさ、独特な音の柔らかさや強さ、抽象的が故に人の感情の本質を感じる演目を賞賛し、「能はシンプルだからこそ美しい」「そして想像力をかきたてる」と感想を伝えてくれる外国人の方々。その言葉に、私自身が能に対して凝り固まったイメージを持ち、650年以上その本質をもち続け、継承されてきた「意味」を見失っていることに気づかされた。日本の文化、そして能楽に対する価値観の逆輸入が私の中で起こった瞬間であった。

 当時の私にとって、演目の中で動きの少ない時間は何も起こらない時間と同じだった。しかし、その時間が、観客個々人の思いを創る自由な時間であることを外国の方の反応から教わった。象徴的なものだけが存在する舞台だからこそ、人の想像を膨らませる事が出来る。舞台を見終わった後、それぞれの思いを語り合い考察しあう面白さ。余韻を楽しむ時間。見えないものを見る力。私は、目の前にあるものだけで判断をしてしまい、子供の頃には当たり前の様にあったはずの想像力が、自分だけのストーリーを創造する力となる事を忘れていた事にも気付かされた。

能楽の中には日本文化の成り立ちが構造として存在している

世界遺産前での公演
世界遺産前での公演

 能ルーツは、奈良時代、シルクロードを経て中国から伝わった「散楽」と言われている。川喜田二郎が「創造と伝統」という本の中で「自前の伝統文化と外から入ってきた文明との融合折衷が起こり、二重に重なった文化が出来上がるので、それを私は重層文化と名づけたのである。この代表例が、言うまでもなく日本である。」「『風姿花伝』というのは、能楽を興した世阿弥の秘伝書の題名で、秦氏の子孫である世阿弥が、能楽とは『神代=高天原』や『仏在所=インド』に始まった舞楽を、『月氏=トルキスタン』『震旦=中国』『日域=日本列島』にあった狂言綺語と合わせたものである、と先祖から伝えてきたという。まさに重層文化そのもので、日本の文化の源流と、それが日本らしい文化に形成されていく過程がはっきり物語られている」と著しているように、能楽の中には日本文化の成り立ちが構造として存在している。

 多様性を尊重する機運が高まる現代においてこそ、自分自身を育てた自国の文化を知り、アイデンティティを持って他国に触れていくことが必要なのではないか。

 

面から感じ取る表情は、観客自身のもう一人の自分なのだ

能舞台と装束
能舞台と装束

 日本には八百万の神が存在し、全てのものに感謝する心があり、自己中心的ではなく自然と共生していく思想がある。自然を愛でる共感性が「美しい」と感じる心を生み出していたと感じている。その中に異国の美しさや思想を取り入れ融合させ昇華して新しい世界を創り上げる想像力と創造力があったからこそ、日本文化は繊細かつ余白のある文化として成立しているのだと感じる。

 能楽はこの想像力と創造力を引き出すための鍵が日本の匠の技によって装束や面に表現され、また役者の舞や謡、囃子などの組み合わせにより立体的に感情が浮き彫りにされていく。

 そこに観客の想いがのった時、舞台と観客は一体となって物語が成立するのだ。だからこそ、世阿弥の時代の作品「清経」「八島」などの平家物語や、源氏物語「葵上」など今も愛されている人気曲があり、また作者不詳の作品であっても「道成寺」「安宅」など人気の演目が存在する。

また、「石橋」や「西王母」「邯鄲(かんたん)」は中国の物語でありながら、日本の能楽として親しまれている。能楽はこのように時代を超え、国を超えて共感を生み出す。これには、特徴的な「夢幻能」という能の演じられ方がある。

 「夢幻能」は、旅の僧侶などが名所旧跡を訪れるところから始まる。そこに誰かしらが現れて地元にまつわる物語を話し、消えていく。その後、その人物が霊や精霊等の本来の姿となり現れ自らの想いを話し、舞を舞い、姿を消すという形式になっている。僧侶の夢なのか幻なのか。

 幽霊や精霊が現れた時代さえも特定されていない。もしかしたら、現代の出来事なのかもしれないし、過去の話なのかもしれない。この特定されない余白が私たちにとっての自由な創造の時間にもなる。

 歳を重ね、様々な経験を積み重ねると、同じ演目を見ていても想像し創造する世界観が大きく変わってくるのが能だ。舞台を見ることは自分の今を見る事にもつながる。

 勿論、能装束や面を見て楽しむのも一興だ。

 面も装束も「誰々の作品だから」というより舞台に相応しいものとして、能楽師によって選ばれる。能楽師が何を考え、演目に対して面や装束を選んだのかを考えるのも楽しい。

 能面はよく「無表情」の代名詞として使われるが、実際の舞台を見ていると微細な表情がそこには存在する。少し微笑んでいたり悲しんでいたり。角度を少し変えるだけで表情が一気に変化してしまう。この表情を演じる内容に合わせて役者がみせていく事で、観客は舞台に存在する役者に自分を重ねていく事になる。面から感じ取る表情は、観客自身のもう一人の自分なのだ。

 没個性に見えるが、現実には観客の感情がそこに存在するように、このアノニマス(作者不詳)な世界観が、その舞台の美しさを際立たせると私は思っている。

日本人の持つ思考こそが美しく、海外の人々からも共感をうむ

梅若能楽学院会館石碑
梅若能楽学院会館石碑

 我が家に建立されている石碑には初代梅若実が能楽を復興した功績について書かれている。その中に「維新の変革に遭ひ 能楽衰滅に瀕し 能楽師多く四散せ 時 獨り東京に留まり 明治四年舞臺を厩橋に設け 演習精進能楽の維持に努む 右大臣岩倉具視公外遊の後我が國粋藝術たる能楽復興の必要を痛感され(以下略)」と記されている。岩倉具視が欧米視察をした際、オペラが外国人要人をもてなす為に催されている事を知り、日本ではそれが能に相当すると感じ能楽の復興に尽力し、外交に活用したのだ。簡単なストーリーを事前に伝えれば、能は日本独自の舞と音楽の抑揚があり、バレエを観る事との違いは無い。つける装束や面も日本の匠の技と色彩感覚が集結したものだ。

 日本文化の持つ繊細さと大胆さ、独創性と柔軟さを伝える世界最古の現存する仮面劇としての能。

 その美しさは、一人で創れるものではない。多くの名もなき名工達と役者、そして観能する人々によって生かされ生み出されてきたものだ。そしてその物語には多くの春夏秋冬の情景描写があり、また戰に負けた者や思いを遺した者を題材にしている演目が多い。

 ともすれば勝者に向けられる目線を、敗者の心情に向ける能楽を観ていると、日本人の自然への尊重や他者を敬う心が見える。能はそれを可視化したに過ぎない。

 相手に寄り添う心が想像力をうみ、創造を生む。その日本人の持つ思考こそが美しく、海外の人々からも共感をうむのだと思う。

 

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