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    Coffee Break<週刊「世界と日本」2237号より>

    半径5メートルの分断論

    「できる人」前提の社会をこえて

    千葉商科大学

    国際教養学部准教授

    常見 陽平 

     《つねみ ようへい》 1974年生まれ。北海道出身。一橋大学商学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。㈱リクルート、玩具メーカー、コンサルティング会社を経てフリーに。雇用・労働、キャリア、若者論などをテーマに執筆、講演に活躍中。千葉商科大学国際教養学部専任講師を経て現職。著書は『社畜上等!』、『なぜ、残業はなくならないのか』、『「就活」と日本社会』など多数。

    「※ただしイケメンに限る」10年くらい前にネット上で、若者の間で流行った言い回しだ。ルックスを過剰に重視し差別・区別する「ルッキズム」だと批判されそうなものだが、あくまで自虐、ジョークとして使われたものだった。

     

     なぜ、この首をかしげるような、人によっては不愉快に感じるような表現から始めたかというと、この世の中において、一見すると自由な競争のようで「できる人」を前提とした施策がまかり通っていないか問題提起するためである。一見、公平ではあるが、平等でも公正でもない。象徴するような出来事について、徒然なるままに書くことにする。

     昨秋、企業の採用試験で使われるWEBテスト(WEB上の適性検査)で、受検者である学生の依頼を受けて「替え玉受検」をしたとして、電力会社勤務の男性が逮捕された。容疑者はSNS上で「WEBテスト代行」をうたって全国の就活生約300人になりすましてテストを受け、これまでに約400万円を得たとみられている。同容疑者に依頼した学生1名も共犯容疑で書類送検された。

     「替え玉」はラーメンだけでいい。言語道断の愚行である。ただ、なぜこのようなビジネスが成立したのかは立ち止まって考えてみたい。被告は学生を助けたかったと語っているという。書類送検された学生は23社分のWEBテストの代行をあわせて約10万円で依頼したという。替え玉に価値を感じる、切実な問題だということだ。

     「努力して力をつけて、正々堂々と勝負しろ」と言いたくなる気持ちはよく分かる。もっとも、それで普通の学生は勝負できるのだろうか。このWEBテストには性格、強みなどの診断の他、言語・非言語のテストがある。非言語とは要するに数学のことだ。私立文系の大学を志望する高校生は、高2以降、数学をほぼ学ばない人もいる。大学受験においても数学なしで受験できるし、推薦入試やAO入試のように高校の成績、小論文、面接で合格が決まることもある。結果、数学を学んだ経験の乏しい若者が増える。高校時代に、大学の受験科目は把握できても、就職活動の選考試験のことを想像することができるだろうか。いつの間にか不利な立場におかれていないか。

     これらの適性検査の活用法は企業によって異なる。性格診断の方を重視する企業もあれば、あくまで参考データとして活用しているケースもある。ただ、学生はこれを突破しなくては内定に至らないと信じてしまっている。気づけば、能力による分断が起きている。「できる人」前提の議論であり、「できない人」は必ずしも努力が足りないわけではなく、いつの間にか不利な立場におかれてしまっている。

     「できる人」前提の議論は、仕事と育児の両立をめぐる議論でも散見される。たとえば、2022年8月22日付の日本経済新聞の社説は「男性の育休取得をもっと」というタイトルで、2021年に大きく改正され、2022年4月から段階的に施行されている育児・介護休業法と、この改正の目玉の一つである「産後パパ育休」について触れている。「産後パパ育休」は従来の育休とは別に、仕事との両立をはかりながら柔軟に取得できるものである。制度改革などを説明しつつ、男性の仕事と家庭の両立支援を論じている。

     男性が育休を取得すること、これまでよりも育児に関わるために日経の社説は「働き方改革が欠かせない」と主張している。「業務を見直し無駄な作業を省く、効率化にデジタル技術を生かす」と並び「時間ではなく成果で評価する」ことを提言している。

     一見すると正論であり、建設的な意見であるが「時間ではなく成果で評価」することが必ずしも解決策にならないことには、注意しなくてはならない。もちろん、上司が残業しているので、自分もそれに合わせてなかなか帰宅できない、などの状態は問題だ。しかし、時間ではなく、成果で評価した場合、必ずしも労働時間削減にはつながらないことが明らかになっている。成果を出すために、より長く働いてしまう。

     また、成果を出さなくてはならないというプレッシャーが、心身に悪い影響を与えることもある。

     ややうがった見方をするならば、成果で評価されるような労働者でなければ、育児の時間は捻出できないかのようにも聞こえる。これも、「できる人」前提の議論ではないか。

     テレワークをめぐる議論も「できる人」前提の奇妙な議論だ。本来であれば「働き方改革」、さらには「東京五輪」の混雑対策で2020年までに普及しているはずだったこのテレワークを広げたのは、新型コロナウイルスだった。ただ「コロナでテレワークが広がった」という表現が、そもそも雑だ。

     テレワークの普及度は、従業員規模、業種などにより明確に差がある。公共関連の仕事、医療、肉体労働従事するエッセンシャル・ワーカーなど、必ず通勤しなければならない仕事も存在する。ワクチン接種が広がる前に、マスクをつけて出勤せざるを得なかった人が多数いることを、私たちは忘れてはならない。

     最近では、出勤の頻度を増やす企業も増えてきた。これをめぐる批判もまた雑だ。あたかも出勤が悪で、テレワークは善であるかのような議論が蔓延っている。何も考えずに出勤の頻度を増やすのは罪だが、テレワークを善だと決めつけること、これに対応できない企業や個人を悪だと断じることもまた罪だ。偽善だ。これもまた「できる人」前提の議論ではないか。

     このように、私たちはいつの間にか能力においても機会においても「できる人」が前提であるかのような議論をしている。そして「できる人」とそうではない人の分断が起こる。それが「能力」に起因するとしても、その力を身につける機会の不平等があることも認識しなくてはならない。例によって「自己責任」論が蔓延るわけだが、その一部は「社会責任」ではないか。

     いつの間にか「できる人」前提の議論になっていないか。分断につながっていないか。新自由主義が骨の髄まで染み込んでいないか。警鐘を乱打したい。

     

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