Coffee Break<週刊「世界と日本」2300・2301号より>
大阪・関西万博行って来ました!
―行って良し、やって良し―

ジャーナリスト
千野 境子氏
《ちの けいこ》
横浜市生まれ。1967年に早稲田大学卒業、産経新聞に入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長。外信部長、論説委員、シンガポール支局長などを経て2005年から08年まで論説委員長・特別記者。現在はフリーランスジャーナリスト。97年度ボーン上田記念国際記者賞を受賞。著書は『戦後国際秩序の終わり』(連合出版)ほか多数。近著に『奇才・勝田重太朗の生涯』(論創社)。
大阪・関西万博は10月13日の閉幕まで残り約1カ月。少々気が早いけれど結論を先回りして言わせてもらえば、開催はやはり正解だったと思う。そう考える私なりの万博成功の理由と、未見の方々へのガイドも兼ねて万博探訪記を届けたい。
訪れたのは開幕序盤の6月初め。早や地元では「もう(万博に)行った?」が挨拶代わりになるほど、東京圏の冷淡さとは対照的に関心が高まりつつあった。その後の人気の上昇と広がりは改めて言うまでもない。
2025大阪・関西万博成功の要因の第1は世界最大級の木造建築「大屋根リング」にある。世界最古の木造建築、法隆寺を有する日本ならではであり、香しく、リングが木陰を演出し、酷暑万博にもピッタリだ。
これが鉄骨では興ざめだった。開幕前は金の無駄遣いと散々の評判だったのに、様変わりの今は保存案が検討されている。
1970年大阪万博のシンボル、岡本太郎作「太陽の塔」も、維持費などの問題から撤去されるはずが保存された。今年5月には万博の貴重なレガシー(遺産)として何と国の重要文化財への登録が答申された。こうなるとリングの将来だって分からない。
「太陽の塔」の現在を見たく、知人に案内をお願いし千里へと向かった。雄姿は高速道路上からも容易に目に入る。万博記念公園は行楽客で賑わい、塔はそれらを見守り、あるいは睥睨するように、独特の存在感を発揮していた。
塔が大分クタビレているのは、半世紀の風雪を思えば仕方ない。当時のテーマ「人類の進歩と調和」も色あせた感は否めないのだから。55年後、世界はその先を行く。テーマも「いのち輝く未来社会のデザイン」と人類の生存自体を問い、リングのデザインの理念も「多様でありながらひとつ」と今日的だ。
リングの魅力は、内に海外館、外は国内館を基本に158カ国・地域、7国際機関のパビリオンを取り込み、独自の構想や演出、アプローチでテーマを体現、魅力を競わせる包摂性と景観の素晴らしさにあると思う。
つまり大屋根リングは地球の再現と言っても良いのだ。デザインの理念に反して世界は分断・対立が先鋭化し、ひとつになれない現実に苦悶している。しかし同時にリング屋上から眼前に広がる大空や海、花々など雄大な大自然は無限の包容力に満ち、これこそあるべき世界のようにも感じられる。
もしかしてリングは21世紀中盤の世界に向けた、日本からの示唆に富むメッセージではないか、そんな風にさえ思えてくるのだ。
成功の第2は、失われた20年いや30年ですっかり内向きになった日本人を、万博は外向きに変身させることだ。万博の熱いエネルギーに当てられ、老若男女がパビリオンの展示や食に好奇心一杯で駆け巡る。
小国を中心に世界中の国・地域・機関が多数入るコモンズ館(A~D4館)は入館記念のスタンプラリーの数を稼げるので、ノートを抱えた子供たちが引きも切らない。C館にはイスラエルとウクライナが、D館にはパレスチナが入る。ロシアは不参加だが。
一見に終わらず、何時かまたノートを開き未知の国との出合いに羽ばたいて欲しい。好奇心の塊みたいな子供たちを見ながら思ったことだった。
成功の第3は日本外交への波及効果だ。今年の日本はG7やG20、APECなど主要国際会議の開催国でないにも拘らず、世界から首脳・首脳級の訪日が相次ぐ。満身創痍の石破首相が連日首脳外交に励めるのも、ひとえに万博のお陰である。首脳らは万博の重要イベント、ナショナルデーの式典に臨むため来日し、併せて官邸や省庁を訪れるのだ。
私が入場した日はアフリカ・エスワティニ王国(旧名スワジランド王国)のナショナルデーだった。代表団は全員カラフルな民族衣装姿で、舞台では男女の舞踏団によるエスワティニ賛歌と足を頭上高く上げ、上下に何度も振り下ろすお国のダンスが、恐らくは国名さえ初耳の人が多い観客を魅了していた。
ドラミニ首相は8月下旬の横浜開催に先立ち、第9回アフリカ開発会議(TICAD)をテーマに石破首相と会談をしている。
失われた30年は日本自体を内向きにさせた。地理的に欧米から遠く、低成長など何かとハンディのある日本が世界の目を集め、リーダーの一角を占め続けるには、万博に限らず行動を絶えず起こし、積極的に発信することの大切さを万博は示したのである。
人気パビリオンやグルメは、アラブ首長国連邦(UAE)やカタール、クウェート、サウジアラビアなど湾岸諸国が健闘している。未来都市的な斬新な建築デザインや異国情緒溢れるグルメの魅力に加えて、カタールは2022年にFIFAワールドカップを、UAEは前回万博を、サウジは次回2030年万博を主催するなどイベント外交の積極性も無視出来ない。オイルマネーが潤沢の湾岸諸国は世界のプレイヤーを目指している。
第4に開催地・大阪の活性化への貢献も指摘したい。大阪を往来すると、ホームタウン横浜と比べて人も少なく、元気がないと感じてきたが、今回ばかりは横浜の方が人も少
なく町も沈んでいる
ように感じられショックだった。
中でも刮目すべきは、大阪駅北ヤードに建設中で発展途上の都市と緑の融合がキャッチフレーズ「グラングリーン大阪」だ。特に感心したのが、駅直結で群立する超高級ホテルやショップ、レストランのほぼ中央に位置し、都市公園としては世界最大の規模という、うめきた公園のコンセプトだった。
駅近に緑と都市の一体化を実現し、本邦初とも言える防災公園の役割も有しているそうだ。日差しを一杯に浴び芝生を散歩していたら、かつて「東洋のマンチェスター」の名をほしいままにした、近代都市大阪の?栄が思われた。現代大阪は再び、いや、新たな活気を創出できるか楽しみだ。
最後に、入場券の売行き不振など当初の不備・不評を分析し、修正する柔軟性も成功の一因だろう。超人気キャラとなった「ミャクミャクぬいぐるみくじ」移転も、人の少ない西ゲートへ入場を誘導する意図がある。
残る日々、失敗からの学びを忘れず万博を真に成功させて欲しいものだ。