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マスメディア批判

首相、具体策を議論

成長と分配の好循環

 

緊急提言への新聞各紙厳しい評価

批判の中の問題点を認識すべき

 

 10月15日、岸田首相は、女性7人を含む15人の有識者から構成される「新しい資本主義実現会議」(以下では実現会議という)を設置した。実現会議は、岸田首相の掲げる「成長と分配の好循環」の具体策を議論するために設置された(日経10/16)。

 10月26日の初会合で首相が「デジタルやグリーンなどを柱に11月上旬にも緊急提言案をまとめるよう指示した」(日経10/27)ことを受け、実現会議は11月8日に「経済対策や税制改正に向けた緊急提言をまとめた」(日経11/9)。

 安倍内閣が推進したアベノミクスでは、円高是正(後に表舞台から消えた)とデフレ脱却を掲げ、金融・財政・成長戦略からなる3本の矢を中心に政策運営を行った。岸田首相の掲げる「成長と分配の好循環」は、アベノミクスとの違いを出すべく、分配面を前面に出したものである。しかしながら、実現会議の緊急提言に対するマスメディアの反応は概して不評だ。

 朝日(11/9)は、「中身を見ると、大半は安倍・菅政権が取り組んできた施策の延長線上にあるもの」で、首相の「姿勢も徐々に軸足が成長に移っているよう」だと批判する。緊急提言発表前日の毎日社説(11/7)も「実際は成長優先の姿勢が色濃い」と書いていた。要するに、朝日と毎日の認識は、首相が「新自由主義の転換」と分配重視を唱えたにもかかわらず、経済成長と効率を優先して深刻な格差を引き起こした新自由主義と変わらないというものだ。

 緊急提言に厳しい評価を下す点では他紙も共通するが、論点が少し異なる。

 日経は、「成長戦略乏しく」(11/9)、「新味は乏しい。規模が膨らみやすく、効果の見極めも難しい基金や補助金での対応が目立つ」(11/10社説)と批判的だ。産経も、「見えぬ成長戦略 具体策が急務」だと主張する(産経ニュース11/8)。読売は、「これまでの政策の焼き直しや重複が目立つほか、財源への踏み込みも不十分」とし、「負担増を含めて財源をどうするのかはほぼ触れていない」とする(11/9)。

 各紙の論点は理解できないわけではないが、当初から「デジタルやグリーンなどを柱」とすることが要請され、しかも初会合から緊急提言までのわずか2週間では最初から予想できたことだ。

 また、政府や政府筋から提出されたものを称賛するだけではマスメディアの存在理由が問われるので、問題点を指摘し批判しようとする姿勢は歓迎されるが、その批判点の中にも問題点があることを認識すべきだ。

 第1に、成長優先かどうかという無意味な批判はやめるべきだ。高い生活水準と公正な分配を実現するには、一定の成長が必要であることは常識だ。

 第2に、消費税減税を主張する一方で財源問題を提起するのは矛盾で、財源の中味についても語るべきだ。

 第3に、新規で大きな効果を発揮しうる成長戦略の中味を示さないと単なる批判で終わるだけだ。

(谷口 洋志)週刊「世界と日本」第2210号

COP26のテーマは

CO2削減目標の強化

 

温暖化防止の本質は国益をかけた経済戦争

コメがうまいのは、温暖化のおかげ発言の波紋

 

 10月31日から英国グラスゴーで始まった国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)のテーマは、これまでに各国が表明してきたCO2削減目標の一層の強化・前倒し(30年目標)と、削減のための新しい仕組み(市場メカニズム)などの検討だ。会議を前にして産経の紙面には以下のような記事が散見された。

 まず正論欄での「ノーベル物理学賞の政治利用憂う」(10/26)が目につく。真鍋淑郎氏の温暖化予測研究のノーベル賞受賞を慶賀しつつ、現今の「温暖化は科学というより政治問題」と論点をひっくり返すのだ。

 ノーベル賞受賞をもって「温暖化の科学は決着した」「CO2削減は待ったなし」と見るのは大間違いで、真鍋氏の計算も「多くの仮定を置いたもの」にすぎず、「今すぐ(CO2)排出を減らすために大金を使うのは効率が悪い」と真鍋氏自身述べているという。過熱するCO2削減論を冷まそうとする狙いがストレートで、ちょっと難癖めいて聞こえるのは残念。

 雑誌『正論』(12月号)には「温暖化防止の本質は国益かけた経済戦争」が載っている。COP26で厳しい再検討が予想される国別CO2削減案だが、じつは削減競争の実態は、少しでも有利な条件を確保しようとする各国による死に物狂いのサバイバル(経済戦争)にほかならず、日本も本質をよく見極め、安易な譲歩、削減案提示はもってのほかと戒める。

 その際、高温ガス炉という日本の技術を多用した次世代原子炉の導入が、カーボンニュートラルへの切り札になると力説するのは、産経主張「岸田首相COPへ 新たな技術で存在感示せ」(10/30)とも同一。「最後は原発に頼れ」は、どうやら産経を含む各方面の根深い本音であるようだ。

 話は飛ぶが先日、麻生太郎自民党副総裁による「昔、北海道のコメは『厄介道米』というほどだったが、今はやたらうまいコメを作るようになった」「北海道のコメがうまいのは、農家ではなく地球温暖化のおかげだ」などの発言があり、波紋と批判を呼んだ。

 この場合、麻生氏は温暖化を「仮定のこと」とも「仮面をかぶった経済戦争」ともいっているわけではない。そうではなく、北海道産米を現にうまいコメに変じるほどリアルな、現在進行中の現象だと捉えている。いわば温暖化自体は見据えている。だとすると、批判はどの部分に向けられたのか。

 「温暖化にも、いいことはある」と指摘したそのことか。あるいは温暖化の怪我の功名を強調する余り、品種改良にかける農家や農協、農業試験場などの積極的な努力を、全く無視してしまったことに対してか。

 まことにどんな仕事も、当事者の厳しい自己向上の熱意なしには成り立たない。産業の根本は、結局は人々の倫理感だ。それを分からぬ政治家のもとで、日本はこれまで、農業のみならず産業全体の衰退を重ねたのかも。

(本郷 一望)週刊「世界と日本」第2209号

調査の問題点浮き彫り

根拠指標選択の妥当性

 

世銀、中国の圧力で順位を操作

ランキング報道姿勢にも問題

 

 国際機関の信頼性を揺るがす事件が起きた。世界銀行がビジネス環境を国別にランク付けする年次報告で中国の順位を引き上げる不正があったのだ(9/16)。

 この問題は、世銀が外部の法律事務所に委託した調査で明らかになったもので、それによると、同報告の2018年版(2017年10月公表)で、中国の順位は当初案で85位となっていたが、中国が繰り返し圧力をかけた結果、「起業」など3指標で評価が書き換えられ、前年と同じ78位に引き上げられた。

 当時、世銀CEOだったゲオルギエバ氏(現・IMF専務理事、ブルガリア出身)が中国から接触を受け、担当者に不正を指示したという。同氏は疑惑を否定したが、IMFでは同専務理事の更迭要求が高まった。

 結局、IMF理事会は、「同氏が不適切な役割を果たしたと決定的に証明するものではない」として、同氏の続投を決めた(10/11)。だがそれはいわば「証拠不十分」といったもので、調査は続行される。

 この事件について、日経はグループ会社であるフィナンシャル・タイムズの和訳記事をたびたび掲載、「IMFは信頼できるのか」(10/4電子版)など、問題点を掘り下げていた。毎日も「背後に中国の圧迫交渉」(9/25)との特派員リポートで、不正の内容と背景をわかりやすく報じた。それに比べ、朝日、読売は事実関係を伝えるだけで、あっさりしていた。

 テレビ各局も報道していたが、そのわりに、メディアの扱いは物足りなかった。

 一方、今回の「不正」とは別に、ランキング調査の問題点も浮き彫りになった。

 各種ランキング調査は国内外の多くの分野で行われ、メディアもよく取り上げている。ランキング調査には、㈰単一の客観データによるもの㈪複数の指標を総合したもの㈫アンケートをもとにした順位付け—など、さまざまなタイプがある。今回の世銀のランキングは㈪に当たる。最近話題の「都道府県魅力度ランキング」は㈫だ。

 注目度の高いランキングには㈪や㈫が多い。だが注意が必要だ。㈪の場合、どの指標を使うかによって順位が変わることがあり得るし、㈫はアンケート回答者の主観に左右されやすい。

 たとえば英国の調査会社が半年ごとに発表する「国際金融都市ランキング」は、各都市の金融関係者による評価をもとにしているが、最新の結果(今年10月)では香港3位、上海6位、北京8位で、東京は9位だった。だが香港の現状からはやや不自然に感じるし、北京の国際金融都市機能がそれほど高いとは思いにくいというのが実感だろう。恣意的ではないにしても、この種のアンケートでは中国人は自己評価が高く、日本人は低い傾向があるとの指摘がある。

 他の国際的なランキング調査でも「日本の順位が下がった」などとメディアが過大に報道する傾向があるが、順位付けの根拠となる指標の選択自体が妥当かどうか、アンケート回答者の属性なども含めて検証し報道する必要がある。

(岡田 晃)週刊「世界と日本」第2208号

無責任な記事ややらせが

暴言を誘発しデマを生む

 

ネットの悪質投稿 メディアの責任も

「誹謗中傷」は誰が生み煽っているか

 

 インターネット上に他人を誹謗中傷する投稿が飛び交っている。それらは匿名で激しい文言を連ねて対象人物を傷つけている。フジテレビの番組に出演した女子プロレスラーが自殺した事件はまだ記憶に新しい。

 彼女の死は社会に衝撃を与え、母親の訴えで2人の投稿者が特定されて侮辱罪に問われ科料9千円に決まった。その後、母親は175万円の損害賠償を求めて提訴している。この事件を通じ、ネットに氾濫する匿名で思い込みによる正義感に駆られた罵詈雑言に社会から激しい批判が広がったのだ。

 それを受けて、上川法相は法制審議会にネット上の誹謗中傷に満ちた投稿に対する刑罰を、今までよりも重くするよう刑法改正を諮問した。それは1年以下の懲役・禁固に加えて、30万円以下の罰金を科すこと、さらに1年だった公訴時効の期間も3年に延ばすなどである。

 メディアは、この刑法改正で、ネットに横行して多くの人を傷つけてきた悪質な投稿は確実に減るだろうと楽観的に報じた。確かに匿名の投稿者を特定させる期間も延長されたし、刑罰も罰金も重くなったことは減少への効果を挙げるだろう。

 しかし、いままでネット上に悪質な投稿を増やしてきた元凶の一つが、メディアであることを指摘しなければならない。

 前述のフジテレビの番組内で女性プロレスラーは、共演の男性に対して暴言を浴びせたことで視聴者の反感を買ったのだった。しかし彼女の暴言の大半は台本に従ったまでであり、さらに現場でディレクターなどからカンペで煽られた結果と見られるからである。

 出川哲朗氏があるバラエティ番組で、約10年以上前だったと前置きして、内戦中の某国に行かされたときの体験を語っていた。彼は銃弾の飛び交う恐れのある所まで行かされ恐怖に竦(すく)んでいると、離れた所からディレクターが「撃たれろ」というカンペを掲げたというのである。舞台俳優の梅沢富美男氏も「ここで怒って」というカンペを出されて腹が立ったと述懐していた。

 テレビの過剰な演出や新聞や雑誌の事実に基づかない報道や偏向ないし角度をつけた論評に煽られた人々が、自身で発信できるネットに走っていることを肝に命じる必要がある。

 購読者が減ってきた新聞と雑誌が、ウェブ版などの電子化に販路の拡大を求めているが、それが情報を「読んで得る」より、「見て得る」へ人々を誘い、ネットで個人攻撃をさせたりデマを拡散させていることも指摘したい。

 読売新聞が連載した『虚実のはざま』第4部は、ネットに躍るデマ情報を信じ込んだ人々によって家族が分断されたり社会不安が醸成される現象を活写して説得力がある。世界を襲ったコロナ制圧へのワクチンの効果へ強い批判を浴びせた上、接種を止めるよう呼びかけている。メディアはワクチンの効果と治療薬開発を励ますときである。

(加藤 淑太郎)週刊「世界と日本」第2206号

菅首相が総裁選不出馬表明

大手各紙は退陣に批判展開

 

各紙は冷静さを欠いていないか

政権に厳しく自らに甘い報道姿勢

 

 菅首相が9月3日、自民党総裁選への不出馬を表明した。大手各紙は「コロナ対応で国民の信を失い、党内の支持も得られなくなった末の退陣」(朝日)、「独善と楽観が招いた末路」(毎日)など手厳しい。読売も「菅離れ一気、方策行き詰まる…解散・人事など延命策が裏目に」と突き放した。

 たしかに菅首相はいろいろな問題点を抱えてはいたが、何よりも、コロナ禍にどう立ち向かうかという明確なメッセージの発信が弱かった。

 だがそれでも、メディアの批判の仕方とその姿勢には問題が多いと言わざるを得ない。本欄でこれまで何度か指摘してきたところだが、あらためて次の3点を強調したい。

 第1に、メディアの政権批判が冷静さを欠き、感情的・煽情的になっていることだ。前述の毎日の記事の「末路」といった表現はその典型だが、この傾向はテレビの情報番組でより強い。

 メディアの報道は事実に基づくものでなければならない。特にコロナについての報道は、科学的根拠が不可欠だが、中には感染拡大の全てが菅政権の責任であるかのような報道も見受けられた。

 第2は、その場その場に合わせて正反対のことを論拠にして政権批判を繰り返していることだ。たとえば感染が拡大すると「政府の対策が後手後手だ」「もっと強い対策をとれ」と主張するが、緊急事態宣言になると今度は「飲食店にいつまで我慢を強いるのか」と攻め立てる。

 ワクチンをめぐる報道でも同じパターンが見られた。日頃「ワクチン接種が遅い」と批判していたメディアが、菅首相が自衛隊による大規模接種の方針を打ち出すと「現場が混乱」などと非難したのだ。必要なのは「どうあるべき」という建設的主張では?

 第3は、政権に厳しく自分に甘い姿勢だ。たとえば朝日と毎日は、感染拡大中の東京五輪開催に反対した。しかし自社が主催する高校野球(春の選抜=毎日、夏の甲子園=朝日)は開催した。両社は「五輪と高校野球では大会の規模が違う」「感染対策に万全を期している」などとしていたが、その程度の説明では十分とは言えないだろう。

 また両社は東京五輪の公式パートナーでもあった。「編集部門と事業部門は別」と言うが、都合よく使い分けているとの印象はぬぐえない。

 菅首相には「説明不足」と常に批判していながら、自分の事となると、あいまいな説明で済ませている。

 「自分に甘い」と言えば、テレビ朝日の社員ら10人が東京五輪の打ち上げを未明まで開き、そのうちの1人がビルから転落した事件があった。緊急事態宣言下でのこうした宴会自体、批判されることだが、その後のテレビ朝日の説明もあいまいで、とても「説明責任」を果たしたとは言えない。これでは、メディアはますます信頼をなくしてしまう。今メディアがなすべきことは、前述の3点を是正して、自らを律することである。

(岡田 晃)週刊「世界と日本」第2205号

中国の実態は

過小評価は危険

 

日経 科学論文数と内容に注目

日本の現状打開への分析必要

 

 先日、高名な中国通専門家の講演を聴く機会があった。各種情報をもとに、新型コロナウイルスの発生源は武漢ウイルス研究所でほぼ間違いなく、その背後には新型ウイルスをめぐる米中の研究協力があるという。だから、米国による対中批判が対米批判に飛び火する可能性があるため、米国は慎重なのだという。ただし最後に、これは有力な仮説にすぎないと付け加えられた。

 最近の中国経済の動向についても言及があり、経済成長率をはじめとする経済統計は信用できず、実際の数値は公表数値の3分の1でしかないと発言された。しかも、政府の有力者がそのことを語ったのだという。

 こうした主張は目新しいものではなく、類似の主張を多数見聞する。真偽の確認は難しいが、その種の発言の含意には十分な注意が必要だ。つまり、中国は過大評価されており、大した国ではないという含意である。

 しかし、ここ十数年の間に何十回も中国の大学を訪問し、資金力と人的資源の量に圧倒されてきた経験から、中国の統計数値を絶対視する必要はないとしても、中国を過小評価することは非常に危険だと考える。その一例が学術分野での中国の台頭である。

 8月11日の日経朝刊は、文部科学省の研究所の報告書により、「注目論文」の数で中国が米国を抜いて世界一になったことを伝えた。「分野別でも8分野中、材料科学や化学、工学など5分野で首位に立」ち、「中国が学術研究の量だけでなく、質の面でも実力をつけている」。これに対し、「日本は論文の質・量ともに順位が低下」し、「注目論文のシェアではインドに抜かれ」て10位に後退した。

 科学論文数では中国の質・量が共に向上し、米中2強となる一方、日本の相対的な衰退が生じていることは10年近く前から指摘されてきた(日経12/1/24)。関連記事が最も多い日経の過去の見出しを拾うと、「注目論文数、日本は停滞」(14/7/25)、「科学研究で米中接近…日本は存在感薄く」(17/8/14)、「注目論文シェア、日本9位、「お家芸」の化学・物理低迷」(19/8/10)、「中国、科学論文数で首位、研究開発でも米と攻防」(20/8/8)と報道されてきた。読売・産経・毎日・朝日の全国紙でも過去に何度か報道され、現状の危機感が伝えられてきたのだ。

 ただ残念ながら、中国の躍進と日本の停滞を伝える報道は多くても、現状打開の改善策となると物足りない。例えば、「研究環境の改善や企業との連携」(読売18/1/25)、「若い研究者の待遇改善」(毎日17/3/23)、研究費と研究時間の確保(産経17/8/11)との指摘はあるが、それを実現するための政策や目標・手段・措置の議論がない。

 それは、「研究力低下に歯止めをかけるのに『特効薬』はなく、衰退を食い止めるのは難しい」(日経8/10)ためなのか。コロナ禍の今こそ、危機打開の方策を皆で探るべきでないか。マスメディアはその旗振り役となりうる。

(谷口 洋志)週刊「世界と日本」第2204号

開催された東京五輪

新聞各紙の報道姿勢

 

分かれた報道 産・読、朝・毎

朝日 五輪否定の紙面づくり展開

 

 東京都に4度目の緊急事態宣言が発令されるなか、7月23日に開幕した東京オリンピックでは日本選手のメダルラッシュが続いている。一方で、新型コロナ感染者は増加の一途を辿っている(7月29日時点)。

 開催の是非については、事前の各種世論調査では開催賛成よりも反対の割合が大きかったが、日本人選手の活躍によって、国民の意識も大きく変わってきているようだ。

 注目したいのは、日本人選手の活躍だけではない。新聞各紙の報道姿勢も綺麗に2つに分かれた。開会式当日と翌日の新聞各紙の社説では、産経と読売は開催に前向きな内容となっていたが、朝日と毎日は相変わらずのネガティブな内容だった。そして、社説以外の記事でも、特に朝日はオリンピックを敵視するかのような紙面づくりを展開している。では朝日がどのような紙面を展開したかを紹介したい。

 23日の1面では開会式のディレクターの解任を大きく扱い、2面、3面も開催を巡る混乱と迷走の特集で紙面を埋め尽くしていた。さらに、24日の1面でもオリンピック開催に対する攻撃の手を緩めるどころか、さらにヒートアップし、開催に至るまでの様々な組織委員会の不祥事を並べ立て、3面では「第5波、渦中の開幕 病床使用率、徐々に上昇」と、コロナ危機の不安を煽ることに熱心だった。

 27日の1面に至っては、朝日以外は水谷・伊藤ペアーが卓球で初の金メダルを獲得した記事を写真と一緒に大きく掲載していたが、朝日だけは「『黒い雨』上告見送り」がメインの記事で、初の金メダル獲得については「卓球混合 初の『金』」という見出しと、簡単な解説記事だけを掲載し、2人の写真はなかった。朝日は中国に配慮したのかと勘繰りたくなる。

 29日の1面では、産経と読売は、最年少19歳で体操男子個人総合で金メダルを獲得した橋本大輝選手の写真を大きく掲載していた。それに対して、朝日と毎日は「全国感染 最多9583人」という大きな見出しを付け、選手の活躍よりも新型コロナの感染拡大を強調していた。

 朝日にしてみれば、東京オリンピックのスポンサーでありながら、5月26日の社説で「オリンピック中止の決断」を菅義偉首相に求めた経緯があり、開催反対の拳を下ろすことが出来ないのだろうか。また、朝日の本音は開催中止に追い込むことで、菅政権を倒すつもりでいたようだが、いざ始まると、何が何でもオリンピックの成功を妨害したいような報道姿勢には呆れるばかりだ。

 朝日の読者も日本人選手の活躍に感動していると思うのだが、そのような読者の声は朝日社内には伝わっていないのか。それとも朝日の読者はオリンピック報道には興味がないのか。

 一部の競技会場を除いて無観客であり、新型コロナ感染者の増大をオリンピック開催に結びつけるには無理がある。今後の朝日の報道に注目したい。

(濱口 和久)週刊「世界と日本」第2203号

少子高齢化に加え

コロナ禍とスマホが

 

メディアは「孤独と孤立」を追え

現代の病根を伝え対策を問うとき

 

 コロナ禍が収束の気配を見せない中で、1つの社会的現象が進行している。「孤独と孤立」である。これが原因の自殺も増えている。

 ところがメディアの問題意識は低く、現象を指摘することも警告も怠っているように思える。わが国の少子高齢化が急速に進む中で、実は社会に広く「孤独と孤立」が広がり、人々の心と身体を蝕んでいるのである。

 外国では「ロンリネス」は肥満や飲酒より健康を害すると言われている。それらを受けて菅首相は今年2月、孤独担当相を設けた。坂本哲志少子化担当相が兼任している。そんな彼に多くの外国から問い合わせが殺到した。

 折角、政府が新設し外国から注目されているにもかかわらず、いまだ対策も成果も伝えられていないのは残念だ。メディアは昨年末、コロナ禍と東京五輪・パラリンピックに振り回されてきた感があるが、わが国の近未来に大きな影響を与える「孤独と孤立」の現状報告と対策を積極的に報道する責任がある。

 読売新聞は6月中旬「依存社会 第1部スマホ」と題して、今や現代人の“臓器”と化したスマホの功罪を連載で追及した。

 街でも電車の中でも、スマホに熱中している人がほとんどと言ってよい。すでに“歩きスマホ”などは事故の原因として厳しく批判に晒されているが、読売は実はスマホが「孤独と孤立」を加速していると指摘する。

 SNSでの発信に対して、「いいね!」が返ってくると安心するが、先方から返ってこないと不安から強い孤独感に襲われるという。反面、友人の発信に対して即座に「いいね!」を返さないと、「なんで?!」と返され、その挙句「冷たい」と疎遠にされ、仲間はずれにもされるという。

 今や生活に欠かせない「道具」から「臓器」と化したスマホが、現代の深刻な病根である「孤独・孤立」を続々生み出しているのだ。

 そんな実態を、最近の新聞は自民党総裁選と総選挙を前にした政局、新型コロナの拡大とワクチン接種問題、東京五輪・パラリンピック関係巡る経緯に集中し過ぎていると思う。先の国勢調査で、わが国の人口減少、少子高齢化、地方市町村の消滅化が急速に進んでいることが判明した。それに伴って、全世代を「孤独・孤立」という“<RUBY CHAR="病","やまい">”が襲っている。

 一方、雑誌の問題意識は鮮明だ。『中央公論』7月号は「孤独と怒りに社会は軋む」という特集を組んだ。3本の対談、3本のレポート、2つのインタビューである。特に早大教授・石田光規氏の「都市に沈みゆく声なき孤立者たち」と精神科医の斎藤環氏と作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏の対談「『コロナうつ』と『欲望』の関係」が「孤独と孤立」が急増している現代を分析し、どう対処すべきかを熱く説いている。この特集によって現状の理解は進んだが、対策は政治や行政に求められるとともに、社会全体の覚悟が必要だということが判ってくる。同時に、今こそメディアの出番だと強く訴えてくるのだ。

(加藤 淑太郎)週刊「世界と日本」第2202号

 

米IT企業の規制強化

企業分割の可能性は?

 

企業規制の過程をマスメディアは追え

求められるGAFA訴訟の動向報道

 

 米国の新規感染者数がかつての1日20万人超から1000人台へ、新規死亡者数が1日3000人超から300人へ、そして国民の半数がワクチン接種を完了した6月中旬、IT産業の規制強化を目指す動きが米国で始まった。

 1つは、バイデン大統領が米連邦取引委員会(FTC)委員長にIT企業規制強化を訴えるカーン氏を指名したこと(日経6/16夕刊)。もう1つは、米議会下院の司法委員会で反トラスト法(独占禁止法)改正案が可決されたこと。この改正案では、「グーグルやアップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムの大手4社」(日経6/25)、いわゆるGAFAが主な対象とされている。今後の展開次第では、企業分割の可能性があることも指摘されている。

 こうした一連の動きは、幾つかの理由で興味をそそる。

 第1に、米国巨大IT企業規制では先行するEUに米国も追いつき始めたこと。しかも、IT企業を嫌いながらIT企業への課税強化に反対したトランプ前大統領でなく、IT企業の支持を受けてきた民主党政権のバイデン大統領のもとで規制強化が進行するというから何とも皮肉な構造だ。

 第2に、巨大IT企業をターゲットにした規制強化は、90年代の米国司法省によるマイクロソフト反トラスト訴訟を想起させる。当時も企業分割に進む動きがあったものの、結局は失敗に終わった。

 第3に、90年代の争点は、インフラの独占部門と、インフラ上で展開されるミドルウェア(特にブラウザ)やアプリケーション(アプリ)の競争部門を同時に所有する巨大企業が、後者の競争市場で活動することは不公正かどうかだった。

 今回、カーン氏が問題とするのは、GAFAが圧倒的な支配力をもつプラットフォームと、その上で展開されるサービスの両方に巨大IT企業が直接的利害を持つことは不公正だという点であるから、これは決着を付けられなかった90年代の再現と言える。

 第4に、90年代に書籍販売でアマゾンと競争関係にあったバーンズ・アンド・ノーブル(書店網経営)が卸売の取次企業を買収したとき、独立系書店の反対を受けてバーンズの買収を阻止し、結果的にアマゾンを助けたFTCが、今度は、アマゾンに対して厳しい措置を求めた。

 第5に、過去と現在を往来するような動きの中で、6月28日、米国ワシントンの連邦地裁は、FTCが訴えていたフェイスブックによるSNS(交流サイト)支配に対する訴状を棄却した(日経6/29夕刊)。奇しくも21年前、ワシントン連邦地裁はマイクロソフトに対し、反トラスト法違反を認める判決を行った。争点が違うとはいえ、過去とは正反対の結論が出たことは、巨大IT企業にとって吉と出るか凶と出るか、大変興味深い。

 マスメディアには、こうした過去とその後の展開を適宜紹介しつつGAFA訴訟の動向を読者にわかりやすく報道することを期待したい。

(谷口 洋志)週刊「世界と日本」第2201号

 

通常国会が閉幕

社説に見る総括

 

政権に対する姿勢が反映

産経 公明の媚中的態度を批判

 

 通常国会が6月16日に閉幕した。野党は新型コロナウイルス対応などを理由に、会期の大幅な延長を求めたが、自公政権(菅政権)は取り合わなかった。

 新聞各社は翌日の社説で通常国会を総括する内容を掲載。社説を読むと、普段からの新聞各社の自公政権に対する姿勢がそのまま内容に反映されていた。

 朝日新聞は「論戦回避、国会軽視は、安倍政権から続く体質というほかない。野党の追及をかわし、言質を取られないようにすることばかりに執心し、質疑を通じて、国民の理解や信頼を得ようという姿勢はうかがえない」と断じたうえで、「前政権時代の森友・加計・桜を見る会をめぐる問題の究明も進まなかった」と述べるなど、天敵である安倍前首相への追求の手を緩めていないようだ。いつまで「安倍叩き」を朝日新聞は続けるのか。

 毎日新聞は「150日間の論戦で浮き彫りになったのは、国民の疑問に向き合おうとせず、批判を受け入れない菅義偉首相の姿勢だった」と断じており、朝日新聞に近いスタンスだ。また、「日本学術会議の会員候補6人を任命しなかった問題も、拒否の理由すら明らかにしないままだ」として、国民に向けて真摯に説明するよう迫っているが、国民の大多数は、学術会議の問題に関心があるとは思えないのだが……。

 読売新聞は「ワクチン接種で光明は見えてきたものの、難局を乗り越えたと言うには程遠い。政治に対する国民の不満に、与野党は真剣に向き合うべきだ」として、与野党双方に注文を付けている。そして、野党に対しては「総辞職か衆院解散を政権に求める不信任案を巡り、野党が迷走したのは緊張感を欠いた。コロナ禍での政治的パフォーマンスに国民は辟易しているのではないか」と論じ、一連の対応を批判。「答弁は歯切れが悪く、説得力に乏しかった。(中略)国民の疑問に真摯に答えず、けじめを欠く対応を重ねていては、政治不信はさらに強まろう」と述べ、朝日、毎日新聞と同じように菅首相に反省を促している。

 産経新聞は中国政府による深刻な人権侵害を非難する国会決議案の採択が、自民、公明両党の執行部の判断で見送られたことを取り上げ、「公明は『人権の党』という看板と矛盾する姿勢をとっていないか。見送りの理由を、同党の山口那津男代表や自民の二階俊博幹事長、森山裕国対委員長はきちんと説明してほしい」とまで踏み込み、媚中的態度を批判した。

 さらに、重要法案の1つである土地利用規制法の採決で、野党第一党の立憲民主党と日本共産党が成立を妨げようと徹底抗戦した態度に疑問を呈し、「安全保障上、極めて無責任な姿勢といえる」と論じているところは、大いに評価したい。

 新聞各社の社説のなかで、産経新聞が具体的な批判内容を読者に示していると、私は思う。

 最後に、先日、朝日新聞が購読料の値上げを発表した。新聞離れが進むなか、他紙も追随するのだろうか。

(濱口 和久)週刊「世界と日本」第2200号

 

進むワクチン接種

接種を巡る報道は

 

否定的報道続ける朝・毎

求められるのは接種促進の報道

 

 新型コロナ・ワクチン接種のペースが上がってきた。接種加速によって感染収束に向かうことが期待される。

 しかし多くのメディアは以前から、ワクチンに否定的な報道を続けてきた。

 日本のワクチン接種開始が遅れたのは事実だが、その原因は政府だけではなく、地方自治体の対応にも遅れが目立っていたし、民間医療機関との連携も十分ではなかった。

 そうしたネック解消の一策として政府は、自衛隊による大規模接種を東京と大阪で実施する方針を打ち出した。これがその後の各自治体の接種対応を速めるきっかけとなったのだが、ところがこれに一部メディアがかみついた。その急先鋒が、朝日新聞出版の週刊誌『AERA』と毎日新聞だ。

 AERAの電子版(4/30)は「菅総理“乱心”でワクチン1万人接種センターぶち上げ」と題する記事を掲載した。

 同記事は「ワクチン接種にしか支持率回復の望みを持てない菅政権の焦り」と揶揄し、「机上の思い付き」「準備期間がなさすぎる」「各省庁は頭を抱えている」など否定的なコメントを並べていた。

 さらに「1万人接種センター 日本旅行、人材派遣会社に約37億円で“丸投げ”」(5/10)、「運営を不可解な随意契約30億円で民間に丸投げ」(5/11)と続けた。

 だが実際は丸投げではない。事業主体の自衛隊だけでは手が回らない民間看護師の確保や会場設営などを民間企業に委託するものだ。この記事は明らかに事実をゆがめている。

 こうした同誌の一連の報道は、批判を通り越して、悪意ある攻撃とさえ言えるほどだ。

 そしてあの架空予約報道である。大規模接種の予約が始まった5月17日、AERAの記者が予約サイトで市町村コード、接種券番号、生年月日の項目で架空の数字を入力したところ、予約が取れたとして「予約システムに重大な欠陥」と書いた。

 同じことを毎日新聞も記事にし、翌日の社説で「見切り発車の不備が露呈」と批判した。このほか『日経クロステック』(日経BPの専門誌)が架空予約して記事化し、それを受け日経電子版も記事にしている。

 朝日新聞出版と毎日新聞は「記事には公益性がある。予約後すぐにキャンセルした」としている。しかし架空予約という行為そのものが、報道倫理に反しているのだ。防衛省のシステムに不備があったのは事実だが、それを確認する方法は他にもあったはずだ。メディアは記事内容だけでなく、その取材のプロセスでも批判を受けるような手段を用いるべきではない。これはメディアの基本にかかわる重要なことである。

 大規模接種が始まると、AERAは「高齢者対応に配慮が足りない」(6/1)と、どこまでも大規模接種を目の敵にしている。

 メディアが今なすべきことは、粗探しで政府批判を展開することではなく、ワクチンへの理解を深め接種を促進させるような報道を充実させることである。

(岡田 晃)週刊「世界と日本」第2199号

 

日本を貶める

作為報道氾濫

 

原発「処理水」の風評被害排せ

大手メディアは汚染水といい張るが

 

 4月13日、菅義偉首相は東京電力福島第1原子力発電所の敷地内に貯蔵されてきた処理水を、2年後の2023年を目途に海洋に放出することを決めた。

 東日本大震災発生以来、処理水を貯蔵するタンクはすでに1千基を超え、これ以上の建設は不可能だ。従って海洋への放出は計画されてきたが、地元の漁業関係者、野党、一部メディアの反対で見送られてきたのである。

 海洋放出賛成派は、放出反対は風評被害によるもので、それを拡散しているのは一部メディアだと指摘する。朝日新聞は、5月1日の社説で東電会長に就任した小林喜光氏(前経済同友会代表幹事)に「汚染水の処理に真摯に取り組め」と注文をつけた。かねて朝日は「処理済み汚染水」、毎日は「汚染処理水」と注釈をつけているが、一貫して海洋放出は海を汚染し漁業に影響を与えると報じている。

 政府は漁業関係者に処理水が安全であること、フランスなどでもすでに放出していることなどを丁寧に説明すると約束するが、メディアの振り撒く風評被害は波紋を広げる。中国や韓国の反対を煽ったのが一例だ。韓国など本物の汚染水を放出しているのに、反日を強調するために利用しているのだ。

 これらメディアの風評拡散に対し、『正論』(6月号)でジャーナリストの林智裕氏が「『汚染水』という詭弁」というレポートで、処理水の安全性を科学的に証明し、共産党の巧妙な反対運動や朝日や毎日のデマ報道を完膚なきまで論破している。

 彼らは「汚染水を海に流すな」と叫ぶデモを熱心に報じているが、特にNHKの海外向け放送の罪は重い。林氏は「NHKは処理水をradioactive   water(放射性の水)と発信している」と批判したが、さすがに抗議殺到で訂正に追い詰められたという。

 なにかNHKの作為が感じられる表現である。いまドキュメント番組『緑なき島』(通称・軍艦島)の捏造問題が注目されているが、日本を貶めることに走っているようで情けない。同様の作為は朝日の歌壇にも見える。「行き場なき満タンの原発汚染水 聖火ランナー背景とはせず」という読者の短歌を掲載したのだ。

 朝日は『声』欄で読者の気持ちを紹介すると称して反日を鼓吹したり政府を攻撃する狡猾なところがある。しかし、そんな手法による情報操作もネットによって即座に否定されたり真相が明るみに出るようになった。

 月刊誌『テーミス』(6月号)は、一部メディアが拡散した風評被害を一掃した「処理水の海洋放出」が東日本を復興させると報じた。また雑誌『財界』(5月26日号)では、倉本聰氏が、処理水を巡る風評に全く根拠がないこととそれに振り回される愚を痛烈に批判している。

 倉本氏は、原発廃棄物の処理地候補に、北海道の寿都町などが手を挙げたときも、反原発団体などの声高な反対に流されることなく冷静に見守るよう説いていた。大メディアへの“頂門の一針”である。

(加藤 淑太郎)週刊「世界と日本」第2198号

 

憲法記念日巡る

世論調査と社説

 

調査結果 改憲の声が多

読・産 緊急事態条項明記を主張

 

 昨年と同様、緊急事態宣言下で迎えた5月3日の憲法記念日。今年も日本国憲法をめぐってコロナ禍ではあったが、改憲派vs護憲派の集会が開催された。

 マスコミ各社は毎年、憲法記念日が近づくと「日本国憲法についての世論調査」を実施している。改憲に消極的な朝日と毎日、積極的な読売と産経という構図のなかで、各社の世論調査の結果は、今年も改憲すべきという割合が多かった。朝日と毎日にとってはおもしろくない結果だろうが、国民の意思であることを受け止めるべきだろう。日本国憲法は「不磨の大典」ではないのだから……。

 新聞各紙は5月3日の社説でどう論じたか。

 読売と産経は、緊急事態条項の憲法への明記を主張。それに対して、朝日と毎日は明記に反対している。世論調査でも「緊急事態条項の必要性」についても質問しているが、明記を求める割合が多い。朝日や毎日よりも、国民の方が現実的な感覚を持っていることを証明した格好となった。

 産経は自衛隊の行動・権限を「ポジティブリスト」方式から世界標準の軍のように、とってはいけない行動を定める「ネガティブリスト」方式に改めるべきだと論じている。筆者もこの論には大賛成であり、速やかに政府は見直しをするべきだろう。安倍政権下、日本維新の会を除く野党は憲法論議に消極的な姿勢を示し、憲法審査会の開催ができない状態が続いた。ようやく国民投票法改正案については与野党で合意したが、その他の課題は手付かずの状態となっている。読売は憲法審査会の停滞について言及し、その原因を作ったのが立憲民主党であると断じた。そして、与野党は本格的な憲法論議を着手すべきだとしている。

 朝日の社説を読む限り、国民の意思が自分たちの路線(朝日の路線)から離れていっているという危機感があるとは到底思えない内容だ。改正すべきという割合が多いという結果を受け入れることを拒んでいるようにしか思えない。現実社会を無視した論調をこのまま続けていけば、さらなら部数減に拍車をかけるだけだ。毎日の社説は迷走した内容となっている。憲法学が専門の棟居快行専修大学教授の「自由と安全を両立させる必要がある。安全を口実に国家が個人に介入し、内閣の勝手にさせないよう、国会が縛っていくことが大事だ」とする意見を紹介しているが、この文章の意味を理解できないのは筆者だけか……。また、「民主社会を成熟させるには、国会による行政監視だけでなく、市民の取り組みが欠かせない」と論じているが、「市民の取り組み」について具体的な説明はなく、何を言いたいのか全くわからない。朝日と同様に、改正すべきという割合が多いという結果を受け入れたくないのだろう。

 最後に、産経の5月4日の紙面に、安倍晋三前首相と東京外国語大学の篠田英朗教授との対談が掲載されていた。この対談は論点が整理されており、護憲派の人たちにも是非読んで頂きたい。

(濱口 和久)週刊「世界と日本」第2197号

 

新聞は文書の

背景に迫れ!

 

「小室文書」報道に疑問あり

新聞と週刊誌の報道姿勢衝く

 

 秋篠宮家長女の眞子さまと小室圭氏の結婚を前提とした交際が発表されたとき、国内は祝福に包まれた。しかし数カ月後、小室氏の母親・佳代さんと元婚約者との間で金銭トラブルが発覚し、結婚は延期された。

 それ以後、眞子さまと米国に留学した小室氏の動静は、テレビと週刊誌が精力的に報じてきたが、新聞は宮内庁の公式発表に拠るところが多かった。秋篠宮さまの「国民の祝福が得られるように……」と語ったときも背景にまで及ぶことはなかった。

 そこへ小室氏が、母親と元婚約者との間の金銭トラブルを釈明する文書を発表したのだ。氏はA4判で28枚に及ぶ文書の中で、「400万円超は借金ではなく贈与だった。元婚約者は『返さなくてもよい』とまで言ったが、その録音もある」と主張したのである。

 これに対する世論は厳しく、眞子さまの「1人でも理解して下さる方がいれば」というお気持ちに反し、ネット上を中心に批判が噴出した。これを受けて小室氏の代理人は「解決金を支払う意思がある」と釈明したが、却って批判を増してしまった。

 それというのも『週刊文春』と『週刊現代』で元婚約者が「返却しなくてよいと言った覚えはない」や「生活費が足りないとねだられたから」などと反論したからだった。この経緯と波紋はテレビや週刊誌が報じたが、新聞は小室文書の要旨を報じた後は、解決金提案も短く報じただけだった(4月17日現在)。

 今後、眞子さまと小室氏が結婚したら、悠仁さまが天皇陛下になったとき小室氏は義兄になり、母親と共に皇族や旧宮家の集まりである菊栄親睦会に出席できるようになる。それでも新聞は、今度の「小室騒動」の実相に迫る報道をしないつもりなのか。

 かつて新聞は、政治家や検察幹部の醜聞を、先に情報を掴んでおきながら週刊誌やミニコミ誌にリークし、世間の反応を見てから報じてきた。宇野宗佑元首相は就任直前、3本指(月30万円)で芸者を口説いていた。芸者は毎日新聞に通報したが、「新聞にはなじまない」と『サンデー毎日』に回された。しかし「首相としてあるまじき行為」と全メディアが追及し、宇野氏は辞任に追い詰められた。

 次期検事総長確実と言われていた検事長が、業者が手配した銀座のクラブ女性とねんごろになり旅行などを楽しんでいた。朝日新聞は、その情報をミニコミ誌に流して世間の反応を見た上で精力的に報道した。先の黒川検事長の緊急事態宣言下の麻雀騒動も週刊誌の後追いだった。新聞の取材力の衰弱だけではない、ジャーナリズムの責任と矜持を忘れているのではないか。

 今回の「小室騒動」は皇族に求められる清潔、誠実、品格を欠いている。国民の皇室への尊崇は明らかに薄れつつある。それを新聞は「われ関せず」と座視しているつもりか。新聞は宮内庁長官らの発言をただ伝えるだけで満足しているのか。

(加藤 淑太郎)週刊「世界と日本」第2196号

 

全国紙3月社説

目立つ中国関連

 

東京・毎日除く他紙6件

目を向けよ 中国の表記統制

 

 全国紙の3月社説・主張(産経)を眺めて気付くのは、中国関連の内容が多いことだ。東京の1件、毎日の4件を除き、他紙は6件以上取り上げた。

 全国紙が中国を話題にした時のキーワードのうち、全国人民代表大会(全人代)、香港、ウイグルや海警法は、国内外に対する中国(中国共産党)の強硬姿勢に関わる。また、米中アラスカ会談、日米豪印会合、日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)は、西側諸国と中国との関係の在り方に関わる。

 愛国者だけを選挙候補者とするとした香港の選挙制度変更を産経は「改悪」(3/13)と断じ、「改変」と書いた毎日も「1国2制度」の形骸化で、「国際的な理解は得られない」(3/14)と批判的だ。

 ウイグル族への人権侵害に対する欧米諸国の制裁については、産経と読売が強く支持した。ただし、産経は、「極めて恥ずかしいのは日本の姿がないこと」(3/25)だと日本の姿勢を批判し、読売も「中国への調査団派遣を呼びかけるなど」の具体的行動に踏み出せ(3/29)と主張した。日本の対応が欧米と異なるのは、中国側の反発や親中派の与党有力政治家に忖度したせいなのか。このあたりも産経や読売に追及してもらいたい。

 香港問題と並んで無視できないのが台湾問題だ。3月1日から中国が実施している台湾産パイナップルの輸入停止問題だけではない。2月に発表された米国・外交問題評議会の報告書『米国・中国・台湾—戦争を防止するための戦略』は、「台湾は米中間競争を対立に変える……課題」であり、「近年、紛争が発生する可能性は大幅に上昇している」(NHK3/19)と論じた。これを取り上げたのがNHK BS1だけというのは残念だ。

 最後に、全国紙が取り上げていない2点に触れたい。

 第1は、本欄で何度か取り上げた経済規模と所得水準を10年で倍増するという2020年目標が、3月の全人代でどう扱われたかという問題である。

 李克強首相は全人代における政府活動報告の中でこの目標には一切言及せず、主要国唯一のプラス成長、貧困脱却や100兆元経済の実現などの成果を誇示し、21年の成長率目標6%以上、「デジタル中国」の建設、安全保障戦略に立脚した「平安中国」の建設などを提示した(『月刊中国情勢』3月号)。

 全国紙には、2020年目標への言及がなされなかった背景や、政府活動報告で示された重要な戦略や政策について広く紹介・解説してほしいものだ。

 第2は、中国国内での香港・台湾の表記変更である。14年の香港「雨傘運動」と台湾「ひまわり運動」から3年後の17年1月に突然、香港と台湾は「中国香港」と「中国台湾」と表記されるようになった。現在、中国の大学教員が香港・台湾と表現すると、「政治的過ち」を犯したとして厳しく批判される。全国紙には、中国国内での思想・言論統制だけでなく、こうした表記統制にも目を向けてほしい。

(谷口 洋志)週刊「世界と日本」第2195号

 

東日本大震災報道

各社説で複数掲載

 

読売 防災教育の重要性など強調

朝・毎 お粗末なエネルギー論

 

 津波の襲来により甚大な被害を出した東日本大震災から今年の3月11日で10年が経った。新型コロナウイルス感染防止のために、昨年は中止となった政府主催の追悼式は参加人数を限定して開催。震災関連の防災イベントも3月11日前後に全国で開催された。

 各メディアも震災から10年ということで、様々な特集番組や企画記事、識者の論文を掲載。同じ震災でも26年前の阪神・淡路大震災についての報道量は、『マスメディア批判(2月15日号)』でも指摘したが毎年減っている。震災の風化を防ぐにはマスコミの力も必要であり、教訓を伝えていく責任は大きい。一方で、テレビ各局は3月11日の特集番組では津波が街を飲み込む映像を繰り返し放送していた。確かに東日本大震災を象徴する映像は津波襲来の場面かもしれないが、恐怖心を煽るだけで、津波からの避難行動や津波対策についての解説には物足りなさを感じた。

 新聞各紙は震災関連の社説を数回に分けて掲載。読売だけは3月11日の1回だけだが、産経は2回、朝日は3回、毎日は5回も取り上げている。

 読売は1回しか取り上げていないが、「教育現場で震災の教訓を伝えることが大事だ。資料保存の取り組みや語り部活動を支えたい。記憶を次の世代に伝え、未曽有の体験と向き合い続けることは、将来の被害軽減につながるはずだ」「自治体と住民が平時から復興のあり方を話し合う『事前復興』の取り組みが重要になる。被害想定を踏まえ、被災した場合の街づくりの方向性を定め、指揮命令系統や手順を決めておく。事前に青写真を描くことは、円滑な復興の実現に資するだろう」と述べている。前者は教訓を伝える防災教育の重要性、後者は地域防災力の強化や危機管理体制の重要性を訴えており、非常に評価できる。

 東京電力福島第1原子力発電所の事故を受け、エネルギー政策について産経、毎日、朝日が論じていたが、毎日と朝日の安易な「原発に依存しない社会(原発ゼロ)」には苦言を呈したい。原発に依存しない社会(原発ゼロ)を目指すこと自体は否定しない。だが、太陽光発電や洋上風力などの再生可能エネルギーへの転換を強調するだけで、再生可能エネルギーの問題点については一切触れていないからだ(文字数の関係でここでは問題点についての詳しい説明は省略する)。ちなみに、日本では殆ど報道されていないが、過度に再生エネルギーに依存したことによる電力不足問題が海外では起きている。

 3月10日放送のBSフジ「プライムニュース」では、『検証・「初動」の危機対応』というテーマで、菅直人元首相が出演。反町キャスターが菅元首相に福島原発事故後の状況判断について質問。すると、菅元首相は自分の判断を正当化し、言い訳に終始していた。首相経験者の反省のない態度を炙り出した反町キャスターの番組進行は、視聴者を飽きさせないものだった。

(濱口 和久)週刊「世界と日本」第2194号

 

日経平均株価の報道
自虐過ぎな経済報道
本当か「実態と乖離」指摘は
報道は経済復活にマイナス影響
 少し時間が経ったが、2月15日に日経平均株価が30年半ぶりに3万円の大台を回復した。各紙の同日付け夕刊と翌日16日の朝刊を読み比べると、現在のメディアの欠陥が浮かび上がってくる。
 日経は「企業業績の改善に加え、コロナ後の経済回復への期待が高まった」と株高の背景を分析し、併せて「企業収益改善は道半ば」「金融緩和が株価を押し上げている」など問題点も指摘した。日経らしくバランスの取れた内容となっている。
 だが他の全国紙は少し違っていた。朝日は「実体経済と乖離」「ゆがみの蓄積に注意を」、読売も社説で「経済の実態を映していない」と書くなど、問題点に重点を置いている。さらに毎日には「コロナ下、緩和の果て ご都合主義、期待先走り」「バブルの懸念」と、株価上昇を批判するような言葉が並んでいた。
 たしかに、コロナ禍での株高に懐疑的になる気持ちもわからないではない。金融緩和が株高を加速させている一面があるのも事実だ。
 しかし株高の根底には、もっと重要な中長期的な背景がある。企業の収益力そのものの回復だ。多くの日本企業はこの十数年間、事業の再構築=本来の意味でのリストラと構造改革に取り組んできた。その成果がここへきて表れているのである。
 上場企業の業績は今年3月期見通しの上方修正が相次ぎ、約2割の企業が過去最高益を達成する見通しとなっているが、前述の構造改革がなければ、コロナ禍でこれだけの業績を確保することはできなかっただろう。
 したがって、現在の株高は「実態と乖離している」とは、実は必ずしも言えなくなっているのだ。しかしそのような分析記事は、前述の日経をのぞいて全国紙ではほとんど見当たらない。
 ここに、主要メディアの経済報道をめぐる2大欠陥がある。
 第1の欠陥は、日本経済に対する過小評価と過度な悲観論だ。
 バブル崩壊以後、世間では「日本の競争力は低下した」「日本経済は衰退している」などのイメージが定着し、先行きについても悲観論が支配的だ。
 しかし数年前から明らかに前向きな動きが表れ、基調が変化している。まだまだ不十分ではあるものの、その流れはコロナ禍の厳しい中でも継続している。
 だが多くのメディアは、そうした側面をほとんど無視している。
 第2の欠陥は、株価が上昇すると条件反射的に「バブル」と評することだ。
 もちろんバブルは警戒すべきである。だからこそ常に分析が必要なのだが、多くの場合、大した分析や検証なしに、「バブル」と決めつけているのが現状だ。ましてや前述の毎日の記事のように、株価上昇自体がまるで「悪」であるかのように表現するのは、メディアが取るべき態度ではない。
 この2大欠陥を筆者は「経済報道の自虐史観」と呼んでいる。これが、多くの人の経済マインドを後ろ向きにするなど、日本経済復活にマイナスの影響を与えることを憂慮している。

(岡田 晃)週刊「世界と日本」第2193号

 

中国国家統計局発表

20年の経済成長率

GDP倍増目標が未達

習政権 どう総括する

 1月18日、中国国家統計局は20年の経済成長率(実質GDP成長率)が前年比2.3%であったと発表した。当日の日経夕刊は、「コロナ下、主要国唯一プラス」となったが、「20年の実質GDPは10年の1.94倍にとどまり、中国共産党が掲げた倍増目標は未達だった」ことを伝えた。

 主要国が軒並みマイナス成長となる中でプラス成長となったのは驚きだが、GDP倍増目標達成の失敗をどうみるか。

 中国の20年1~3月期成長率が大幅マイナスとなった際に日経は、「長期目標が達成できず、習近平政権への政治的な打撃になりうる」(20年4/18)とし、4~6月期に回復した際も、倍増目標の達成は難しく、「政治的には痛手」(20年10/20)と論じた。

 倍増目標未達が不可避となった20年10月下旬の中共第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)では、「党幹部人事なし、後継者棚上げ」の一方、20年GDPの100兆元超えと脱貧困を誇示し、「党の核心」である習氏の指導力を礼賛した(日経20年10/30)。5中全会では、35年までの15年間にGDPと1人当たり収入の倍増が可能だとの見通しも示された(日経20年11/4)。

 11~15年と16~20年の各5カ年計画では、GDPの年平均成長率目標は、責任を伴う約束性でなく、努力目標の予期性である。しかし、10年から20年までのGDP倍増は単なる努力目標ではない。中共創立100周年にあたる21年の前に貧困撲滅と全面的小康社会を実現したことを国内外に誇示する象徴的目標で、習近平共産党指導部の下で実現したことを国民に示す政治的目標だ。だから、目標未達は政治的打撃なのである。

 倍増目標未達の政治的打撃を緩和する方策は、早期のコロナ禍収束やプラス成長の誇示、15年後の長期目標の設定や対外摩擦の利用である。これによって倍増目標から国民の視線と関心をそらすことができる。

 それでも、倍増目標未達を強調し、これを政権批判につなげる勢力があれば、経済社会の発展と安定を阻害する国家転覆勢力に仕立てて攻撃するであろう。そうすると、香港やウイグルの制圧を知る国民は、政府への表面的な同調と沈黙を強いられることになる。

 現政権が治安と国防を強化する中でこうしたシナリオが現実化する可能性は低いとはいえ、3月の全国人民代表大会で倍増目標未達がどのように総括されるかは見ものだ。

 なお、20年目標にはGDP倍増のほかに、平均所得倍増もある。1月19日の国家統計局発表によれば、20年の全国住民平均所得は10年比で倍増を達成した。しかし、胡錦涛政権が倍増目標を発表した12年11月段階では、全国住民でなく、都市・農村住民の平均所得倍増が目標だったのである。実績は、農村平均所得は2倍超、都市平均所得は2倍未満であり、倍増目標の対象が微妙にすり替えられたのだ。内外のメディアにはこうした細部にも目を向けてほしい。

(谷口 洋志)週刊「世界と日本」第2192号

 

忘れてしまったのか

震災報道を巡って

記憶・教訓の風化を防ぐ役割を

「備えあれば憂いなし」なのだ

 平成7(1995)年1月17日、兵庫県の淡路島北部沖の明石海峡を震源として、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が起きた。この地震は、日本で初めて大都市直下を震源とする大地震で、気象庁の震度階級に震度7が導入されてから初めて最大震度7が記録された地震である。

 今年は、阪神・淡路大震災から26年が経つなか、新型コロナウイルスの感染防止もあり、追悼行事は規模が縮小、中止となったことは非常に残念である。なぜなら今年は、17日が日曜日であり、多くの神戸市民が追悼行事に参加できる絶好の機会でもあったからだ。

 一方で、災害の記憶や教訓は、時間が経てば忘れられ風化する。それを防ぐ役目を果たすのがマスコミではないだろうか。朝からテレビ各局の報道・情報系の番組を見ても、しっかりと阪神・淡路大震災をテーマにして番組を放送していたのはテレビ朝日『サンデーLIVE!!』だけだった。番組では「映像で記憶を未来につなぐ」というテーマで、兵庫県内を放送対象地域としているサンテレビが保管している神戸市内の被害の映像を交えながら、かなりの時間を割いて、阪神・淡路大震災のことを伝えようとしていた。

 TBS『サンデーモーニング』では、阪神・淡路大震災に関しては、たったの約30秒という短さだった。あまりにも短すぎないか。それに対して、約5分もの時間を割いて、コメンテータの松原耕二氏が黒板を使って「安倍晋三前首相の『桜を見る会』前夜祭を巡る国会答弁」問題を解説していた。色んなテーマやニュースがあるなかで、時間をかけて解説する必要があるテーマとは到底思えないのだが・・・。

 驚いたことに、TBSと同じグループの毎日新聞17日付の社説タイトルは「安倍氏の『桜』前夜祭 国会の場で疑惑の解明を」だった。松原氏と毎日新聞が示し合わせたかのようだ。ちなみに、全国紙のなかで、毎日新聞だけが、17日の社説で阪神・淡路大震災を取り上げていなかった。

 NHK『日曜討論』も新型コロナウイルスに関するテーマで討論が行われていた。連日、新型コロナウイルスに関しては、医療関係者や政治家が対策や解説を行っており、17日ぐらいは阪神・淡路大震災の教訓から学ぶ地震対策を中心とした災害対応について討論して欲しかった。

 3月11日には東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が起きてから10年という節目の日が訪れる。また、4月14日には熊本地震が起きてから5年という節目の日が訪れる。日本人は日本列島に暮らす限り、地震と付き合って生きて行かなければならない。首都直下地震や南海トラフ巨大地震もいつ起きてもおかしくない。

 「備えあれば憂いなし」という諺がある。震災の記憶や教訓を未来に伝えていく責任の一端を担っているマスコミ人は、この諺を噛みしめて、節目となる日ぐらいは、日本人に響くような震災報道をして欲しいものだ。

(濱口 和久)週刊「世界と日本」第2191号

 

全メディアは倫理綱領を守れ

朝日新聞の「報道姿勢」を問う

吉田氏著『産経新聞と朝日新聞』

 いま全国紙6紙が報道姿勢から、保守が読売と産経、中間が日経、リベラルが朝日、毎日、東京と色分けされている。安全保障や安倍1強への対応から、この通説はほぼ当たっている。

 そんな折、産経新聞元論説委員長の吉田信行氏の『産経新聞と朝日新聞』が刊行された。産経の成り立ちや社員だった司馬遼太郎氏を巡る話は置いて、対極にある産経と朝日の報道を巡る内幕は、戦中戦後の状況から最近の事件まで活写されている。

 韓国の裁判所は1月、慰安婦問題で日本に謝罪と賠償を求める判決を出した。日本政府は即座に反論したが、韓国政府やメディアは判決を支持し反日姿勢を強めている。

 その原因を作った「吉田証言」を大きくかつ延々と報じたのが朝日であり、のちに社長が削除と謝罪を表明したが、今回の韓国判決に対する社説には反省の色は見えない。

 1月14日の産経で、論説委員兼政治部編集委員の阿比留瑠比氏は、コラム『極言御免』の「社会分断するリベラルの偽善」で、朝日の社説を厳しく批判した。

 「(略)朝日はこう書いた。『当時の安倍(晋三)首相が謙虚な態度を見せなかったことなどが韓国側を硬化させる一因となった』(略)もはや笑うしかない。(略)」

 吉田氏は、戦後の朝日が中国、北朝鮮、韓国に配慮というより迎合した報道を続けてきたケースを詳述している。産経記者の柴田穂氏が中国の実態を報道したために国外退去をさせられた。しかし朝日は、記者を在中させるために中国の嫌がる報道を控えたのだった。それは当時の社長・広岡知男氏の方針に従ったものだった。

 産経ソウル支局長・加藤達也氏は当時の朴槿恵韓国大統領から名誉毀損で訴えられた。セウォル号惨事の際、朴氏が行方不明だったことを報じた記事で裁判は延々と続いたものの、結果は加藤氏の無罪が決定したが、この間、朝日の若宮啓文論説主幹はあえて韓国に迎合する発言をしていた。

 吉田氏は朝日のこうした報道方針は、戦前は戦争を美化し鼓吹する一方、大東亜共栄圏構想を推進してきたこと、それが戦後は、笠信太郎論説主幹を中心に「反日」、いや「亡日」に走るようになった過程を詳述している。

 講和条約締結時や60年安保のとき、全国紙はほぼ画一的な報道をしていた。当時の世界情勢では不可能だった全面講和を主張し、実は圧倒的多数だったが、単独講和を呼び続けた。60年安保でも改正反対を煽り立てたが、反対デモが過熱化すると、6紙連合で「鎮静化を」と呼びかける変節を示した。新聞は相互批判をするべきである。

 吉田氏は末尾で、自身も関わった「新聞倫理綱領」を紹介しているが、朝日を含め最近のメディアの中には綱領から逸脱しているケースが目立っている。メディアに携わる全員が綱領を肝に銘じるときだ。

(加藤 淑太郎)週刊「世界と日本」第2190号

 

元旦の全国紙社説

メッセージの内容

読売  デジタル化の問題指摘

朝・毎・日経  経済中心に論展開

 コロナ禍の第3波が猛威を振るう中で、元旦の全国紙社説は経済やデジタル化についてどのようなメッセージを伝えたか。

 読売は、コロナ禍の収束が最優先課題であるとする一方、国際社会での日本の役割、成長戦略・社会保障制度改革の断行や国力充実を提言する。国力に関連して注目されるのは、読売がデジタル・トランスフォーメーション(DX)という流行語には触れず、デジタル化の遅れの一因が「技術者や研究者を大切にしない企業風土」にあるという根本問題を指摘したことだ。

 日経も、最優先課題としてのコロナ禍封じ込めと同時に、経済、民主主義、国際協調の3点での再起動が必要であると提言する。経済については、コロナ禍による困窮者への支援、ワクチン普及による人的交流再開に期待感を抱く一方、経済再生には「デジタル化や雇用市場の改革など」の戦略が必要であるとする。しかし、何度も議論してきたせいか、これ以上の具体的言及がないのは、「経済の日経」としては残念だ。

 朝日は、「核兵器、気候危機、コロナ禍」に立ち向かうことが必要だとし、「コロナ禍で傷んだ経済の再生を・・・気候変動への取り組みと連動」させる「グリーンリカバリー(緑の復興)」の動きに注目する。しかし、目下の課題である経済再生と、中長期の課題である脱炭素化・生態系保全との区別が認識されていない。また、社会余力がそぎ落とされ、医療崩壊につながった地域が出たのは効率追求のせいだというのは、安直で無意味な主張だ。

 毎日は、世界最悪の感染状況にある米国を例に挙げ、コロナ禍に対する民主政治の対応能力に問題があるという重要な論点を指摘する。それとは対照的に、強権政治の「中国は都市封鎖やIT(情報技術)を駆使した国民監視などの対策」により、感染拡大を早期に抑え込んだ。しかし、米中の比較から、コロナ禍対策では民主主義が敗北し、独裁政治が勝利したという結論を導くことは適切でない。

 中国政府は、新型コロナ感染への不安感を持った武漢住民が病院に殺到し、濃厚接触を通じて感染急拡大を招いたという反省から、強硬な都市封鎖・越境封鎖を導入し、収束後も相当期間にわたって移動・行動制限を継続した。こうした徹底的な隔離対策が奏功したと考えるのが適切であり、強権政治だから成功したという理解は表層的で間違いだ。コロナ禍は世界全体に蔓延しており、いまだ収束していないことを考えればすぐにわかる。

 また、「ITを駆使した国民監視」という表現にも注意が必要だ。徹底的な移動・行動制限を目的として監視カメラやドローンが利用されただけでなく、接触アプリを通じて各人が感染者との接触を回避したことも重要だ。

 日本にも類似のアプリがあるが、利用価値はゼロに近い。経済再生の切り札とされるデジタル化をDXと呼んで淡い期待を寄せる前に、読売社説のように、デジタル化を妨げる要因にもっと目を向けるべきだ。

(谷口 洋志)週刊「世界と日本」第2189号

 

臨時国会が閉会

大手各紙の社説

社説(産経除く)早期閉会を批判

光る読売 憲法議論へ提言

 菅政権が誕生して初めての国会(臨時国会)が12月5日に閉会した。野党が会期の延長を再三要求したが、与党は延長を拒み強引に閉会した格好だ。

 産経新聞以外の各紙は閉会に合わせて、臨時国会の総括を社説で論じた。各紙に共通しているのは、新型コロナウイルスの感染が再び拡大し、国民に不安が広がっているなかにあって、早々と国会を閉じるのは到底理解できないとしている点だ。菅首相の説明不足についても批判している。

 朝日新聞は「自らが推し進める政策の狙いを丁寧に説明し、国民の理解を得ようという姿勢も、政治の信頼回復に向け、安倍前政権の『負の遺産』を清算しようという決意もうかがえなかった」と断じた。毎日新聞は「野党の質問に直接答えず、自分に都合のいい話ばかりを並べ立てて、問題点をはぐらかした安倍氏とスタイルは違う。とはいうものの、『議論封じ』という点では菅首相も同じだろう」と述べ、菅首相の答弁に苦言を呈した。東京新聞は「臨時国会閉会『ウソ』『カネ』は不問か」という見出しを社説に付け、「森友学園への国有地売却を巡る問題でも、安倍前政権下の17~18年に国会で行われた政府答弁のうち、事実と異なる答弁が計139回にも上った。政府側が正しく、誠実に答弁することは正しい法案審議や、三権分立が機能するための大前提だ。虚偽答弁が繰り返される状況は当然、放置するわけにはいかない」として、菅首相に真相究明を促した。読売新聞は「首相は折に触れて、立ち話の形式で感染症対策について説明してきたが、国民に危機への対処方針を十分に発信してきたとは言えない」としたうえで、「国難とも言われる状況を克服するには、行政のトップが自らの言葉で、明確な指針とメッセージを出す必要がある。積極的に訴える機会を増やしてもらいたい」と要望している。

 一方で、菅首相や与党の国会運営に対する批判の内容が、一般の国民が思っていることを長々と書き並べているだけでしかない。わざわざ時間を割いてまで読む必要があるのかと感じた読者もいただろう。新聞を含めたマスコミが、時の政権を監視し批判する役目を担っていることを否定するつもりはないが、批判一辺倒の論調では、読者は物足りなさを感じるに違いない。

 私が注目したのは読売新聞が社説で提言した「自民、立憲民主両党は、憲法改正の手続きを定めた国民投票法改正案について、来年の通常国会で結論を得る方針で一致した。早急に成立させ、衆参両院の憲法審査会で、国の最高法規のあり方を議論することが大切である」という部分だ。安倍政権下で野党(維新の会を除く)は一切、憲法審査会の開催に応じようとしなかった。臨時国会でも憲法論議は一歩も進んでいない。緊急事態法の制定も含めて、国会が憲法議論を先送りすることは絶対に許されないことだと私は考えている。読売新聞の前向きな提言は評価できるものであり、私は支持したい。

(濱口 和久)週刊「世界と日本」第2188号

 

米大統領選挙

メディアの姿勢

禍根残した米メディア

日本も同じ  追随姿勢

 異例ずくめだった米大統領選が終わった。それにしても今回の大統領選でのメディアの報道姿勢は大きな禍根を残した。

 米国の主要メディアの報道に「反トランプ・バイアス」がかかっていることは以前に指摘したが(本欄8月3日号)、その傾向は投票日が近づくにつれて一段と強まった。投票後の開票速報やその後の報道ぶりでも、それは変わらない。

 その代表的な事例が、両候補のスキャンダルをめぐる報道だ。

 ニューヨーク・タイムズ(以下、NYT)は9月末、トランプ大統領が就任前の15年間のうち10年間は所得税の納税がゼロだったとの資料を独自に入手したとして大々的に報じた。

 しかしその半月後、大衆紙のニューヨーク・ポストが、バイデン氏の息子ハンター氏が使っていたパソコンの数千通のメール通信記録を入手し、ハンター氏がウクライナや中国と疑惑のビジネスを進め、バイデン氏が副大統領時代にそれに協力していたと報じた。だがNYTをはじめ多くの主要メディアは当初これをほとんど無視した。

 このようにトランプ氏に不利な材料は大きく報道し、バイデン氏の疑惑は無視するか小さく報道するという傾向が目立っていた。選挙期間中のこうした報道の仕方はメディアとして著しく公正を欠いていることは明らかだ。

 トランプ大統領の人種差別的な発言やコロナ対応、それにさまざまな乱暴な言動は批判されて当然だが、経済政策や外交政策では成果も上げている。

 だが多くの米メディアはそれらをきちんと検証するのではなく、「トランプ再選阻止」を最優先にし、それに沿った報道を続けていたのが実態だ。メディアが特定の「陣営」に参加してしまっては、もはやメディアとは言えなくなる。

 そしてバイデン氏が勝利宣言した11月7日、NYTは社説で「米国民は地獄の淵から引き返すことを選んだ」と書いていた。これではトランプ氏に投票した7000万人を全面否定することになる。

 米主要メディアのこうした姿勢は、トランプ氏の大統領就任当初から顕著だった。

 ハーバード大学の研究機関の調査によると、トランプ大統領就任後100日間で、同大統領に否定的なニュースと好意的なニュースの比率はCNNとNBCで13対1だった。CBSも否定的報道が90%以上、新聞ではNYTが87%、ワシントンポストが83%を占めていたという(マーク・R・レヴィン著/道本美穂訳『失われた報道の自由』=日経BP=より引用)。

 こうした姿勢が4年間続き、その“集大成”が選挙報道だったと言える。重大なことは、このような報道姿勢がメディアの信頼を失わせていること、そして同じ傾向が日本のメディアでも強まっていることだ。それは大統領選だけの話ではない。日本でも一部メディアが激しい言葉で「政府批判」を展開し、他の多くのメディアもそれに引っ張られている。こうした現状に危惧を覚える。

(岡田 晃)週刊「世界と日本」第2187号

 

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