サブメニュー

●週刊「世界と日本」コラム

外部各種イベント・セミナー情報

  • 皆様からの情報もお待ちしております

お役立ちリンク集

  • お役立ちサイトをご紹介します

Coffee Break

  • 政治からちょっと離れた時間をお届けできればと思いご紹介します

東京懇談会録

  • ※会員の方向けのページです

●時局への発言ほか

明治維新150年チャンネル

  • 2018年、平成30年は明治維新からちょうど150年。
  • お知らせ

    ●会員専用コンテンツの閲覧について
    法人会員及び個人会員、週刊・月刊「世界と日本」購読者の方で、パスワードをお忘れの方はその旨をメールにてご連絡ください。その際に契約内容が分かる内容を明記ください。折り返し、小社で確認後メールにてご連絡します。

    パスワードお問い合わせ先

    tokyo@naigainews.jp

本がすき

週刊「世界と日本」第2261号 より

 

安全保障の戦後政治史

防衛政策決定の内幕

 

塩田 潮(著)

(東洋経済新報社)
2800円+税

 

 日本の安全保障環境は近年、歴史上、最も険しい状況を迎えている。中国による「台湾有事」の懸念も高まる中、岸田内閣は「安保三文書改定」を行い、長く続いた「軽軍備」路線から防衛力強化へと舵を切るに至っている。安全保障政策の「歴史的転換」を迎えた今こそ、日本の防衛政策は、いつ、誰が、どのように決定したのか。その歴史や決定の内幕を知る必要があるのではないか。

 著者・塩田潮氏は、戦後政治を追跡してきたジャーナリストである。本書の巻末に掲載された「取材者一覧」には、岸、三木、中曽根、安倍といった歴代総理経験者はもちろん、防衛・外務大臣経験者、安全保障政策を動かしてきた官僚など、錚々たる名前が並んでいる。取材対象者は200名以上に及び、取材期間は37年を超えるという力作だ。

 本書で取り上げられているテーマと時の首相は、「憲法第九条」「日米安保条約」(吉田茂)、「六〇年安保改定」(岸信介)、「非核三原則」「専守防衛」「核兵器不拡散条約」(佐藤栄作)、「防衛費一パーセント枠」(三木武夫・中曽根康弘)、「自衛隊の海外派遣」(海部俊樹、宮沢喜一・小泉純一郎)、「北朝鮮核疑惑危機」(細川護熙)、「尖閣問題の日中衝突」(田中角栄〜野田佳彦)、「集団的自衛権行使容認と安保法制の成立」(安倍晋三)、「安保三文書改定」(岸田文雄)など。安保・防衛問題と密接不可分のテーマを取り上げ、その舞台の表裏、事件の光と闇を解剖し、安保・防衛問題の歴史から浮かび上がる「戦後政治の実相」に迫っている。

 さらに、終章では、石破茂氏、小野寺五典氏ら防衛・安保問題に精通した現役議員への取材をもとに、台湾有事やサイバー攻撃への対処、防衛装備品の海外移転、また米国、印、豪、NATOなどチームとしての防衛体制をどう構築すべきかなど、日本が抱える課題や問題点、新たな可能性にも言及している。防衛・安保問題に関心がある読者にぜひ一読いただきたい書である。

 

週刊「世界と日本」第2261号

 

週刊「世界と日本」第2260号 より

 

正月に読みたい「お薦め本」三冊

 

ブックジャーナリスト・

本屋大賞理事

 

内田 剛 

《うちだ たけし》 

ブックジャーナリスト・本屋大賞理事 約30年間の書店勤務を経て2020年2月よりフリーランスに。文芸書レビューから販促物作成、学校や図書館でのワークショップなど活躍の場を広げている。書いたPOPは約5000枚。著書に「POP王の本!」。

 

『路上のセンス・オブ・ワンダー』

 

宮田珠己(著)

(亜紀書房)2,200円(税込)

 

 異常気象に天変地異。戦争のニュースに不穏な事件。心が休まることなく新年を迎えた方もたくさんいるだろう。まずは張りつめた緊張感を骨の髄からほぐしてくれる宮田珠己のエッセイを紹介したい。「ロト」との10年間に及ぶ格闘の日々を綴った『明日ロト7が私を救う』(本の雑誌社)も抱腹絶倒の内容で捨てがたい魅力だが、先月(2023年12月)発売の最新刊『路上のセンス・オブ・ワンダー』(亜紀書房)もまた素晴らしく味わい深いため、こちらを取り上げることにした。

 本書はウェブマガジン「あき地」連載をまとめたもので、身近な街歩きの醍醐味を追体験できる一冊だ。「センス・オブ・ワンダー」といえば大自然の驚異を綴ったレイチェル・カーソンの名著が頭に浮かぶが、本書は「Wonder=不思議」ではなく「Wander=散歩」とスペルが違う。ユニークなセンスが随所からあふれて出ている、これぞ宮田節。冒頭のご挨拶から巻末の散歩ブックガイドに至るまで読む者をまったく退屈させない。

 訪れたコースは「目白から哲学堂公園」に始まり「神楽坂から曙橋」まで。東京都内の10ルートを巡る小さな旅を再現したものである。見つけたスポットはオバケ坂、出口のない谷、迷宮路地、タコ滑り台、ご近所富士山。さらには変な看板にエアコンのダクトや電気の配線など。いつも何気なく歩いている道だって、視点をすこし変化させただけで魅力的なポイントばかりなのだ。人気TV番組「ブラタモリ」や赤瀬川原平が提唱した「超芸術トマソン」、さらには街のヘンなモノを集めた「VOW」を熟成させたような宮田珠己流の新鮮な発見が味わえる。

 コロナ以降、気ままな外出にも遠慮があったが、そうしたストレスからようやく解放された。目ぼしい観光地は長蛇の列となっているから、本書で紹介されているような「そこらへん」の散歩が楽しめれば最高だ。平凡な風景だからこそ、心にじんわりと響きわたる。かつて歩いた学校の通学路もいつもの初詣の往復もきっと刺激的になるだろう。

 

 

『イラク水滸伝』

 

高野秀行(著)

(文藝春秋)2,420円(税込)

 

 身近なスポットを再認識したあとは世界を眺めたい。グーグルアースの画像を見れば容易に世界各地を想像できる時代になったが、それでもまだまだ未知の場所がある。辺境を目指し続ける冒険家・高野秀行の新作『イラク水滸伝』(文藝春秋)はノンフィクションの凄みを伝えてくれる価値ある作品だ。500ページ近い圧巻のボリュームであるが抜群のリーダビリティで一気読み必至だ。

 まず「イラク」と耳にしただけで誰もがきな臭く感じるのではないだろうか。サダム・フセイン、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、クルド人虐殺、イスラム国、自爆テロ、拉致、難民…常に紛争状態にある危険極まりないイメージが強い。確かにこの30年というもの外国人にとって行くのが困難な場所でもあった。

 しかしここはティグリス川とユーフラテス川の合流地点でもあり、古代文明が育まれた巨大な「アフワール=湿地帯」がある。この湿地帯は古来より戦に敗れた者や迫害されたマイノリティたちが逃げ込む場所だったのだ。水路が迷路のように入り組んでいるため、巨大な軍勢が押し寄せることができない。まさに中国四大奇書「水滸伝」の梁山泊さながらの土地なのだ。国家権力から逃れるアジール(避難所)の役割が古代から現代まで受け継がれている、その事実だけでも想像を絶する。

 中東の巨大湿地帯という壮大なスケールの大自然にシュメール文明の遺跡。魅力的でありながらたどり着くことが極めて困難な世界遺産。これほど冒険する者の心を掻き立てるミッションは稀有であろう。さらにはコロナ禍という予期せぬ壁までも待ち受けていたのだ。ここからの道行きは本書をじっくりと堪能していただきたい。“現代最後のカオス”に果敢に挑み、知られざる歴史、民俗、文化、思想を丹念にひも解いていく。知識の海が眼前に広がり、新たな地図が鮮やかに彩られていくことが感じられるはずだ。

 

 

『スピノザの診察室』

 

夏川草介(著)

(水鈴社)1,870円(税込)

 

 最後に紹介したいのは一日一冊以上の小説を読んでいる自分にとって、この一年の№1であった『スピノザの診察室』(水鈴社)だ。著者の夏川草介は大ベストセラーとなった『神様のカルテ』の作者としても知られているが、地元・長野で地域医療に携わる現役医師でもある。人気作家であると同時に、患者の喜びと悲しみを目の当たりにする命の現場の最前線にいるのだ。本書から醸し出される圧倒的な説得力は、常に「生」と「死」を見つめ続ける、厳しい日々の地層から成り立っている。

 物語の主人公は雄町哲郎。三十代後半の地域医療で働く内科医だ。将来を嘱望されたエリート医師であったが、シングルマザーだった妹が亡くなり、一人残された甥の龍之介と慎ましい二人暮らしを余儀なくされた。舞台は京都であり、碁盤目状に整えられた街並みと複雑に入り組んだ路地が、まるで一筋縄でいかない人生の象徴のようにも感じられる。五山の送り火など夏から秋にかけての古都の風情が実に鮮やかに再現され、物語の持つ豊かな思索に深みを与えている。哲郎が大の甘いもの好きなため、長五郎餅や阿闍梨餅、矢来餅など名産品が登場するのも読みどころのひとつ。柔らかな伝統の風味には、温かな人間味まで包み込まれているのだ。

 十七世紀オランダの哲学者・スピノザの名前をタイトルに冠していることからも明確なように、強いメッセージがストレートに伝わってくる。哲郎の最大の関心事は「人の幸せはどこから来るのか」ということ。真の幸福とは何かを問いかける格好のテキストであり、人生の真理を分かりやすく教えてくれる一冊でもある。

 人の命を預かる医者として何ができるのか。苛烈な運命を前にして無力な人間はどうすればいいのか。哲郎が最後に到達した境地は涙なしに読むことは不可能だ。夏川草介その人が実体験から掬いとった血の通った哲学世界。この一冊が読まれるほど、世界の霧は晴れていくだろう。人が人として生きていくために必要な「学び」をぜひ年の初めに体感してもらいたい。

 

週刊「世界と日本」第2257号 より

 

『ソース焼きそばの謎』

 

塩崎省吾(著)

(ハヤカワ新書)
ブックジャーナリスト 内田 剛
1,100円(税込)

 

 日本の国民食といえば、寿司やラーメンが圧倒的な支持を集めるが、ソース焼きそばだって負けてはいない。縁日の屋台、カップ焼きそば、焼き肉やバーベキューの締めとしても欠かせない。人生の様々な場面で親しまれ、世代を超えた人気を誇りながらも、これまで意外なほどルーツが明らかにされていなかった。その100年以上の歴史の謎に真正面から対峙し、結論を出したのがこの一冊だ。

 著者の塩崎省吾は、ブログ「焼きそば名店探訪録」の管理人でメディア出演多数。本職はITエンジニアなのだが、国内外1000軒以上(!)の焼きそばを食べ歩いている経験は伊達ではない。その豊富な知識は完全に趣味の域を超越しており、まさにこの道の第一人者ならではの説得力でグイグイと引きつける。なによりも随所から焼きそば愛があふれ出ている点に好感がもてる。

 ジャケットからして刺激的だ。およそ新書らしからぬ焼きそば写真のフルカバーで、香ばしいソースの匂いが漂ってくるよう。『なぜ醤油ではなくソースだったのか?カギは「関税自主権」と「東武鉄道」にあった!』というキャッチコピーにも大いに興味をそそられる。そもそもなぜ醤油ではなくソースなのか?関東の細麺と関西の太麺の違いの由来は?お好み焼きや焼うどんとの関係性は?など。謎が謎を呼ぶ展開に誰もが引き込まれてしまうだろう。

 巻末の膨大な参考文献はもはや学術書のようだ。古今東西の歴史資料をひも解きながら貴重な証言を拾い集める。さらには細やかなフィールドワークに、綿密な仮説と検証を繰り返し真相に迫っていく。となると堅苦しい印象を抱きかねないが、驚くほどの読みやすさ。まるでスリリングなミステリ小説を読んでいるかのような気分になる。本書がハヤカワ新書の創刊ラインナップに選ばれた意味も分かるだろう。名店がズラリと並んだ全国60強の焼きそばのカラー写真も圧巻。ぜひ本書を片手に焼きそばの聖地巡りに出かけてみよう。

 

週刊「世界と日本」第2257号

 

週刊「世界と日本」第2255号 より

 

西尾末廣

皇室と議会政治を守り、共産運動と戦った男

 

梅澤昇平(著)

(展転社)
アジア母子福祉協会副理事長 寺井 融
1,760円(税込)

 

 戦後日本の政治家で評価すべきは吉田茂、岸信介、池田勇人、そして西尾末廣だとジャーナリストの俵孝太郎は言う。「労働運動の左翼的政治偏向を是正してきた功績を無視して、戦後日本の経済興隆は語れないから」である。

 西尾は戦前からの労働運動家であり、普選第一回当選の政治家。戦後は日本社会党を結党し、書記長として辣腕をふるう。片山内閣では官房長官、芦田内閣では副総理を務めた。

 後年、民社党をつくり、肉弾相打つ乱闘国会を改め、冷静な国防論議を定着させ、福祉政策の推進をはかった。

 このたび、その民社党で政策審議会事務局長や広報局長を務め、解党後、尚美学園大学教授に転じた梅澤昇平氏が『西尾末廣—皇室と議会政治を守り、共産運動と戦った男』(展転社)を著した。

 著者は職場で西尾と一緒だった体験があり、研究者として国会図書館、大原社会問題研究所、友愛労働歴史館の資料も渉猟。西尾最側近の和田一仁元代議士や民社関係者、西尾家の人々も取材し、その証言を盛り込んでいる。

 西尾は「安保改定に反対なら代案を示す必要がある」「憲法改正による再軍備も必要となる」「世界は資本主義陣営と社会主義陣営の対立ではなく、民主主義対全体主義だ」といった直言を繰り返してきた。ロシアがウクライナを侵略したいま、先見性は明らかであろう。

 西尾が台湾に招かれ、蒋介石総統から「大陸反攻を応援してもらいたい」と言われた。その際、西尾は「反攻を思いとどまっていただきたい。台湾に王道楽土、自由民主主義国家のモデルとなる国家の建設を」と答えた。蒋総統は後に「超一級の人物だった」と評価している。

 中国に行き「アメリカ帝国主義は日中両国民共同の敵」と演説を行った浅沼社会党書記長(当時)とは器が違う。

 西尾を「党の利害以外に国家の大局を忘れない頼みになる人物」と芦田元総理は評した。「国家の大局」を忘れがちな政治家が多い現代、一読をお薦めする。

 

週刊「世界と日本」第2255号

 

週刊「世界と日本」第2254号 より

 

「笑いの日本史」

 

舩橋晴雄(著)

(中央公論新社)2,600円(税込)

 

  企業経営について長年考察をめぐらせてきた著者は、いまの日本に欠けている要素として、「笑い」に思い至った。たしかに、「笑い」は人間関係を円滑にし、新しい発想をもたらしてくれる。そうした「笑い」の存在感が薄くなっているところに、日本の政治・経済・社会の停滞の原因があるという見立てである。

 そこで、日本人が古来培ってきた笑いのセンスを復活させるべく、歴史と古典を振り返り、日本人の笑いのエッセンスを紹介するのが本書である。

 『古事記』『万葉集』『竹取物語』からスタート。多くの読者は、こうした大古典の中に、「笑い」の要素があるのかいぶかしむに違いない。ところが、あるのである。著者の巧みな説明を読むと、たとえば、『古事記』に描かれた国生みの記述には、なるほどユーモアと言うべきものが漂っている。

 「笑い」はおもに、言葉遣いから生まれる。この点、著者の言語感覚は鋭敏なことこの上なく、日本語の特質を論じながら、笑いのパターンを浮かび上がらせていく。「頓智」「笑話」「軽口」「諷刺」など、笑いのタイプで示される場合もあれば、「今様」「狂言」「川柳」「漫画」など、ジャンルで示される場合もある。

 いずれのケースでも、具体的な「笑い」の場面を取り上げ、それがどのような質の笑いなのかていねいに説き、さらに、著者ならではの文明論的な考察が加えられる。古典の中に笑いを発掘して見えてくるのは、日本人特有のものの見方であり、ものの考え方なのである。

 著者の指摘で虚を突かれるのは、日本人の「笑い」の宝庫が顧みられなくなった原因を「近代化」に見定めている点だ。したがって、笑いを生み出してきた「豊穣の文明」は、北齋の死、ペリーの来航、明治維新の中で滅んでいったとする。

 「笑門来福」という言葉に、著者のメッセージが凝縮している。日本の行方に不安を覚えている方には、とりわけ勇気を与えてくれる本だろう。日本人は笑って時代の波を乗り切って来たことが伝わってくるからである。

 

週刊「世界と日本」第2254号

 

週刊「世界と日本」第2251号 より

 

「読書をめぐる旅」

 

ブックジャーナリスト・

本屋大賞理事

 

内田 剛 

《うちだ たけし》 

ブックジャーナリスト・本屋大賞理事 約30年間の書店勤務を経て2020年2月よりフリーランスに。文芸書レビューから販促物作成、学校や図書館でのワークショップなど活躍の場を広げている。書いたPOPは約5000枚。著書に「POP王の本!」。

 

『栗山ノート』

 

栗山英樹(著)

(光文社)1,430円(税込)

 

 スポーツ中継で涙が出たのは一体いつ以来だろう。日本中を感動の渦に巻きこんだWBCの記憶はいまだ新しい。日本代表選手だけではない。球界のトップスターたちを率いた栗山監督も一躍、時の人となった。選手として決して成功したわけではない。むしろスポーツキャスターとしての明晰な解説力や、北海道日本ハムファイターズ監督として選手を育成してきた指導者としての実績が実を結んだのであろう。

 では侍ジャパンをひとつの闘う集団にまとめ上げ、世界のトップに導いた栗山英樹メソッドの源となるものはいったい何か。それが纏められているのが2019年ファイターズ監督時代に刊行された『栗山ノート』(光文社)である。「一日は一生の縮図なり」、「我事において後悔せず」、「君子は能く時中す」といった、彼が普段から書き留めている「四書五経」などの古典や経営者の著書から抜き出した名言がベースとなっている。

 監督時代の具体的なエピソードも満載で、理論だけでなく実践も踏まえているために実に説得力がある。常識を疑えば、新しいものが生まれる。人は何歳になっても変われる。人生は捨てたものではない。「野球ノート」ではあるが栗山監督の人生観が凝縮された「人生ノート」としても読めるのだ。

 本書がたちまち大ベストセラーとなったのも当然であろう。この本には溢れだす「愛」と燃え盛る「情熱」がある。野球ファンだけでなく、ビジネスシーンや普段の生活の中で、心を奮い立たせる一冊として幅広い読者層から支持を集めたのだ。7月に刊行された続編『栗山ノート2 世界一への軌跡』には、WBCの名場面の裏側もふんだんに登場する。ぜひ併せて読むことをお薦めしたい。

 

 

『高瀬庄左衛門御留書』

 

砂原浩太朗(著)

(講談社文庫)913円(税込)

 

 さて続いては本を通じて時間旅行を体験してもらいたい。先日発表された直木賞は永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』と垣根涼介『極楽征夷大将軍』のダブル受賞で盛り上がり、書店店頭も時代小説が元気だ。このジャンルの新たな書き手として砂原浩太朗をぜひ紹介したい。

 代表作『高瀬庄左衛門御留書』がこの6月に講談社文庫に加わったことも吉報だ。親本の刊行は2021年。読書家の間で「これぞ正統派の時代小説だ」と話題となった。野村胡堂文学賞、「本屋が選ぶ時代小説大賞」、「本の雑誌」2021年上半期ベスト10第1位という冠も輝かしく、直木賞候補、山本周五郎賞候補としても評価も揺るぎないものとり、才能が一気に花開いた。

 本書の舞台は江戸時代、とある地方の架空の小藩で小役人を務める高瀬庄左衛門が主人公だ。老境に差し掛かった清貧の人生に突如として現れた暗雲。五十歳を前に愛妻・延を亡くしただけでなく、続けざまに悲劇が待っていた。幼少より利発で才気に溢れていた息子・啓一郎も役人職に就いたものの、郷村視察道中、不慮の事故によって命を落とす。生きる希望を失い、残された息子の嫁の志穂とともに、ささやかな楽しみとして絵を描きながら、押し寄せる後悔に埋もれる日々を過ごしていた。そんな中で藩の政争の嵐に巻きこまれ、慎ましく暮らしていた庄左衛門の運命を呑みこんでいく。

 艱難辛苦を噛みしめた沁みわたる人情。切実な死を感じるからこそ、生々しい鼓動と息吹が愛おしくなる。理不尽な運命に戸惑いながらも、真正面から対峙する登場人物たちの姿は、時代小説でありながら古びておらず、むしろ活き活きとしており新鮮でさえある。たくさんの不安を抱えて現代を生きる読者の共感を得るに違いない。

 実在しない神山藩を舞台とした本作は、登場人物や時代に違いはあれども、共通した情感と土地の空気が流れるシリーズものである。この『高瀬庄左衛門御留書』の勢い止まらず2022年刊行の『黛家の兄弟』では山本周五郎賞を受賞し大反響があった。

 さらに先月には第3弾『霜月記』が発売された。いまもっとも注目されている作家・砂原浩太朗の今後に期待しよう。

 

 

『犬橇事始』

 

角幡唯介(著)

(集英社)2,530円(税込)

 

 最後はスケールも大きく世界に目を向けたい。小説は人間の血肉となるが、骨格を形成するのがノンフィクション本であろう。夢を語りにくくなった今だからこそ、本物の冒険本を全身に刻みつけていただきい。そんな特別な一冊が『犬橇事始』(集英社)だ。

 著者の角幡唯介はこの時代を牽引する探検家である。華々しい活躍ぶりは著作の受賞歴をみれば一目瞭然。デビュー作『空白の五マイル』で開高健ノンフィクション賞と大宅壮一ノンフィクション賞、『アグルーカの行方』で講談社ノンフィクション賞、『極夜行』でYahoo!ニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞と大佛次郎賞と作家としても確固たる地位を築いている。

 本書は「裸の大地シリーズ 第二部」だ。一匹の犬とともに、獲物を追いかけながら北へと冒険を続けた75日間の「北極徒歩狩猟漂白の旅」の記録『狩りと漂白』の続編であるが、もちろん単体でも十分に楽しめる。冒険チームの一員となる犬を選び、チーム編成をし、壮絶な訓練をしながら犬橇技術を身につけていく。極寒の土地で汗と涙と血が飛び散るさまは尋常ではない。理屈では説明できないような執念、それは一度始めたら後戻りできない男の意地なのであろうか。計り知れない人間のパワーの凄さを改めて思い知ることができる。

 冒険の過程は困難と想定外の連続だ。難航する犬選び、温暖化のため溶ける流氷、まさかのコロナによる足止め。その道行きはままならない人生のようでもある。しかし家族を日本に残し、数か月間にわたって冒険を続ける原動力はどこから来るのか。未知なるものへの探求心、それは人間が本来持って生まれた根源的な性質なのであろう。自らの知恵と力で獲物を捕らえ、生き延びるために次なる土地へ突き進む。それこそが人間のむき出しの本能だ。読んでいて随所から大自然の臭いと野性的な著者の魂の叫びが聞こえてきた。

 終章の衝撃は読者に体験してもらう以外に方法はないが、これぞまさに筋書きのないドラマ。どれほど優れた小説家であってもこの結末は思いつかないであろう。ノンフィクションの醍醐味を骨の髄まで堪能してほしい。

 

「日本の赤い霧」

極左労働組合の日本破壊工作

 

 

福田博幸(著)(清談社)2,200円(税込)

労働問題研究家  武田 浩二

 

著者が「赤い霧」と題したのは松本清張を意識したかどうかは不明である。「黒い霧」は月刊誌『文藝春秋』1960年1月号から連載、占領軍GHQ下の重大事件について、清張の視点で真相に迫ったノンフィクションである。「黒い霧」が流行語になるほどの社会現象を起こした清張の代表作である。『黒い霧』は、占領下の一連の怪事件に潜む陰謀を比喩した言葉である。

 その意味で「赤い霧」は先祖返りしたロシア、中国の共産主義一党独裁体制や革命主義を通底する、暴力革命集団による動きだろう。政官財への裏工作、その結果起こる「怪事件」の真相に迫っている。本書第5章はロシアの影が、第6章は中国の諜報工作が書かれている。ロシアはウクライナに侵略戦争を仕掛け、市民も標的に、殺戮されている。中国は台湾国境線にミサイルを6カ所11発撃ち込んだ。北朝鮮は核弾頭ミサイルをほぼ完成。軍事行動は見えるが、「諜報」は闇の中である。日本人は人が良く、不得意といわれるが、各国「情報機関」が蠢いている。

 本書は昭和40年代から、平成、令和に起った内敵「赤い霧」の動きが書かれている。書評を依頼された頃、1月26日の報道番組「韓国文政権下で、暗躍した北朝鮮スパイの実態」では、保守政権は摘発するが、『革新』政権下では摘発ゼロが明らかに。31日には中国諜報活動番組もあった。翻って日本は危機感が薄く脇が甘い。著者福田氏が1970年代から今日まで50年間、ジャーナリストとしての体験・経験から深い闇を掘り下げた本書は、今、政官財の主要な人々への警鐘乱打である。

 文筆家と言われる人の誤った論文が散見されるが、それを克明な事実と究明で反証している。第1章から4章は、国鉄崩壊からJR、警察、マスコミ、統一教会の今、日航事故の闇を書いている。JR東日本、北海道、大東京を始め至る所・・・今も「左翼」が暗躍している。政界、官僚、財界、マスコミ、労組の心(・・・)ある指導者(・・・)は必読(・・・・)の一冊である。

 異国語を学ぶことによって、その国の文化や人間を体感できる。語学は未知の場所の開かずの扉を開くことができる魔法の剣なのだ。

 辺境地帯を中心に3つの大陸をまたぎ、様々な異文化交流を繰り返して著者が到達したのは「人間の言語は、こんなにも似ている」という境地だった。深い人類愛も感じさせるこの一冊は、分断の時代に必要な架け橋となるだろう。

 

週刊「世界と日本」第2248号

 

『西武ライオンズ創世記 1979年〜1983年』

 

 

佐野慎輔(著)(ベースボールマガジン編集部編)1,870円(税込)

産経新聞論説顧問 齋藤 勉

 

 「1979年に所沢の地から始まった新たな挑戦。多士済々な男たちが打倒巨人を果たすまでの人間ドラマと、知られざる戦いの物語」。本書の心髄は帯のキャッチコピーに尽きる。西武グループの総帥、堤義明が「西鉄」を源流とするプロ球団・九州「ライオンズ」を買収して本拠地を埼玉・所沢に移し、「管理野球の権化」とも呼ぶべき広岡達朗監督によって巨人打倒を果たして日本一になる。その舞台裏のダイナミックな展開は意外な事実の連続で、心ときめくミステリー小説のように一気に読ませる。

 1983年11月7日。所沢の西武球場での「西武ライオンズ」対「読売ジャイアンツ」の日本シリーズ最終第7戦は「3対2」の逆転勝ちで西武が制し、広岡が宙に舞った。巨人の名遊撃手として鳴らした広岡は川上哲治監督との確執が広く知られ、66年限りで巨人を去っていた。ところが後日、筆者は堤とのインタビューで、広岡を西武監督に推したのは何と川上その人だった…という驚きの事実を引き出している。

 ただ、広岡にとっては17年の恩讐(おんしゅう)を超えた日本一だ。同じく巨人を不本意に出された三原脩が西鉄監督として56—58年、「野武士軍団」を率いて対巨人3連覇を遂げた再現のような痛快な話だ。私のような団塊の世代の少年にとって、長嶋茂雄登場の前に中西太、豊田泰光、大下弘らの豪快なヒーローがいたのだ。

 筆者は長く野球・オリンピック記者として活躍し、世界に人脈を持つ。産経新聞シドニー支局長時代には東チモール問題など国際報道の仕事も幅広くこなした。本書にはGHQ(連合国軍総司令部)のマッカーサー総司令官がかつて米国オリンピック委員会会長を務め、野球にも精通し、戦後の日本プロ野球振興に大きく関与した…などの逸話も紹介されている。

 異国語を学ぶことによって、その国の文化や人間を体感できる。語学は未知の場所の開かずの扉を開くことができる魔法の剣なのだ。

 辺境地帯を中心に3つの大陸をまたぎ、様々な異文化交流を繰り返して著者が到達したのは「人間の言語は、こんなにも似ている」という境地だった。深い人類愛も感じさせるこの一冊は、分断の時代に必要な架け橋となるだろう。

 

週刊「世界と日本」第2241号

 

「語学の天才まで1億光年」

 

 

高野秀行(著)(集英社インターナショナル)1,870円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 グローバル社会となった現在、英語が社内公用語となった企業も増えている。インバウンド需要も復活して、誰しもが外国語学習の必要性を痛感していることだろう。

 学校で学んだ授業は実際にはほとんど役に立たない。どうしたら早く上手くコミュニケーションをとれるのか。悩み続けている方々に強くお勧めしたいのが本書である。

 人気TV番組「クレイジージャーニー」でもお馴染みの著者は、「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」がポリシーのノンフィクション作家。

 学生時代より英語からミャンマー・ワ州のワ語まで25の言語を学習してきた語学オタクでもある。アヘン王国に潜入し、謎の独立国家・ソマリランドを取材するなど、これまで前人未到の探検をしてきた著者はいかにして言葉を手に入れてきたのか。この作品は語学学習法だけでなく、青春の熱い息吹も伝わる冒険譚にもなっている。

 本書には、リンガラ語、ボミタバ語など耳慣れない言語も登場する。麻薬王のアジトで学習したシャン語の学習法などは、決して常人には真似はできないが、現地に行った気分で異国の空気とともに言葉のリズムを味わってもらいたい。

 さあ、高野流の学習法を追体験してみよう。基本は常に「ネイティブから学ぶ」こと。インドで身ぐるみ剥がされ、必要に迫られて上達した言語。「正しさ」よりも「ウケるかどうか」を重視した物まね学習法などが印象深い。

 読みながら随所から独自のメソッドによる語学上達のヒントと、突き抜けた語学愛を全身に浴びるほど感じられるはずだ。

 異国語を学ぶことによって、その国の文化や人間を体感できる。語学は未知の場所の開かずの扉を開くことができる魔法の剣なのだ。

 辺境地帯を中心に3つの大陸をまたぎ、様々な異文化交流を繰り返して著者が到達したのは「人間の言語は、こんなにも似ている」という境地だった。深い人類愛も感じさせるこの一冊は、分断の時代に必要な架け橋となるだろう。

 

週刊「世界と日本」第2239号

 

週刊「世界と日本」第2236号 より

 

正月に読みたい「心を和ませる」本

 

 

 いろいろあった2022年を振り返れば戦争に自然災害、不穏な事件にコロナ感染も収まらずと、まだ深い闇に覆われている印象だ。心はささくれ身体もますます弱ってしまっている方も多いのではないだろうか。新たな年は気持ちをリフレッシュさせてスタートさせたいもの。そんな時に大いに力となるのが感情を穏やかにさせてくれる良質な本である。

 

ブックジャーナリスト・

本屋大賞理事

 

内田 剛 

《うちだ たけし》 

ブックジャーナリスト・本屋大賞理事 約30年間の書店勤務を経て2020年2月よりフリーランスに。文芸書レビューから販促物作成、学校や図書館でのワークショップなど活躍の場を広げている。書いたPOPは約5000枚。著書に「POP王の本!」。

『ニッポン47都道府県

正直観光案内』 

 

宮田珠己(著)

(幻冬舎文庫)825円(税込)

 

 まずは『ニッポン47都道府県 正直観光案内』(幻冬舎文庫)で初笑いだ。著者・宮田珠己の書き味の率直さとユルさがたまらない魅力。目のつけどころもユーモラスでユニークだ。著者プロフィールからして奮っている。「旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追求している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。」まさにその通り。読み進めながら気持ち的に働き方改革ができるシステムになっている。この自由奔放な生きざまは羨ましいが決して真似はできない。唯一無二の存在感を放っている本書はタイトル通り各都道府県それぞれにスポットを当て、忖度や先入観抜きの独自目線でおススメの観光スポットを紹介。知名度や評判は全く気にしない。切り口の斬新さと徹底した正直さはクセになり、ページをめくる手が止まらなくなる。「魔界の宿 奥那須北温泉」「琵琶湖の蜃気楼」「なんじゃこりゃの愛知三大仏」など刺激的なスポットが次々と登場するが、アクセス情報などガイド要素は一切ないのでご注意を。まずは一読したあとで気になる場所から行ってみて答え合わせをするのが良いだろう。想像を無限大に膨らませることも旅の楽しみのひとつなのである。

 

『小さいわたし』

益田ミリ(著)

(ポプラ社)1,540円(税込)

 

 頭の中がすっかり旅気分になったら次は時間旅行。過去の自分に会いにいこう。これぞ読む里帰りともいえる2冊目は珠玉のエッセイ『小さいわたし』(ポプラ社)だ。著者の益田ミリは大阪生まれのイラストレーター。雑誌連載も多数ありアラフォー世代の女性にとりわけ人気が高いが、だからこそ男性にも手に取ってほしい。生きづらい日常の風景を鮮やかに切り取り、対人関係で生じるちょっとした心模様の変化が生き生きと伝わる。これが文学性というのだろう。イラストの余白やエッセイの行間といった「なにも書かれていない」部分にも深い意味が感じられる。自分の感情を埋める場所ともいえる隙間が雄弁なのだ。本書は少女時代の自分を回想した内容であるが、著者の個人的な体験にも関わらず、不思議なほど共感ができる。教室の風景、先生との関わり、友達との思い出、家族の記憶、季節の移ろい、イベントの高揚など懐かしい日々が走馬灯のようによみがえってくる。ピュアな喜びがあれば哀しみもある。人に言えない悩みがあればささやかな秘密もあった。素朴な感情のすべてとたくさんの失敗や恥ずかしい体験が紛れもなく現在の自分につながっている。永遠に続くものだと信じていたあの頃の透明な時間が愛おしく感じられ、忘れかけていた子ども心が鮮やかに再現されるのだ。長い人生の中で子ども時代はほんの一瞬の輝き。過ぎ去ってしまった瞬間は決して戻ることはない。リアリティに極めて富んでいるため読後はちょっと切なくなる。しかし益田ミリを読めば誰かに優しくしたくなり、心の中に溜まった澱が洗い流され、空っぽだった気持ちが温かさで満たされるだろう。

 

『福猫屋
お佐和のねこだすけ』

三國青葉(著)

(講談社文庫)682円(税込)

 

 さあ童心に帰ったところで飛び切りの癒しを求めて猫のもとへとまっしぐら。『福猫屋 お佐和のねこだすけ』(講談社文庫)で心ゆくまで和んでもらいたい。著者の三國青葉はファンタジーノベル系の作品で実績があり、人間味豊かなキャラクターと感情たっぷりの描写を得意とする実力派の作家である。時は江戸。最愛の夫を亡くし失意のどん底にあったお佐和が一匹の野良猫の存在によって前向きな気持ちを取り戻していく。喪失の哀しみや孤独の苦しみを味わった者ならここだけでも大いに共感するだろう。増えていく子猫にてんてこ舞い。さらにネズミ捕りのビジネスも絡み、猫への恩返しの意味をこめて始めたのが子猫を必要とする人たちへ斡旋して始めた新たな商売である「福猫屋」だった。まさしく猫の手を借りて「福」を広めていくストーリーである。江戸時代のペット事情もよく分かり、根っからの可笑しさと程よいスリルも楽しめる。あたかも炬燵で丸くなっている猫を抱きしめたかのような温もりを感じ、全編から愛情があふれた極上のエンターテインメント作品。シリーズ化にも期待したい。

 

絵本『ねことことり』

館野 鴻 (文)

なかの真実 (絵)

(世界文化社)1,650円(税込)

 

 猫つながりで最後に紹介したいのが絵本『ねことことり』(世界文化社)だ。横を向いた猫のキリッとした表情も印象的な表紙には、誰もが立ち止まって凝視してしまうことだろう。これほど引力のあるジャケットも珍しく、まさに一目惚れできる一冊だ。この超絶に美麗な絵を描いたのは細密画の新生・なかの真実。名前だけでもおぼえてもらいたい。ページを開けばさらに驚愕のファンタジックな世界に吸い込まれる。豊かな自然、動物たちの表情、揺らめく心情まで、細やかに再現されているが、お勧めポイントは卓越した絵だけではない。一度読んだら忘れられないメッセージ性のある物語もまたダイレクトに突き刺さる。ストーリーの作者はなかの真実の師匠でもある館野(たての)鴻(ひろし)。信頼しあう師弟関係から生み出された設定も特筆もの。生まれつき匂いがわからない猫と、特別な枝を求めて猫のもとへやってくる小鳥。互いに足りない部分を補い、助け合って生きる姿から、寄り添いながら生きることの素晴らしさが伝わってくる。思いやりの精神、自然との共生という学びの要素もあり、贈っても贈られても嬉しい逸品。今後、末長く愛され続けていくに違いない新たなスタンダート作品である。底知れぬ魅力はぜひ書店店頭で直接、確かめてもらいたい。出合った瞬間に目の前の霧が晴れるような気分になるだろう。これこそ本が起こせる奇跡なのだ。

 

「商業美術家の逆襲 もうひとつの日本美術史」

 

山下裕二(著)(NHK出版新書)1,210円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 家や倉庫の奥で眠っていたお宝を鑑定するテレビ番組が相変わらずの人気であるが、そもそもアート作品の価値はいったい誰がどのようにして決めるのであろう。専門家のような審美眼を持ち合わせていない僕ら素人が手掛かりにするのは、国宝や重要文化財といった看板、美術館での恭(うやうや)しい陳列、教科書に載っているといった手垢に塗れた評価なのだ。

 本書はそうした一般常識的な評価に異を唱え、これまで正当に鑑賞されてこなかった作家や作品たちに新たな光を照らす一冊だ。主に明治以降の美術史を塗り替えるような、これぞまさしく知の冒険。全編からスリリングな発見に満ちている。

 表紙を飾るのは小村雪岱(こむらせったい)(「おせん 雨」)である。ハッと息を呑むようなデザインが素晴らしい。存命中は高く評価され、画壇からも一目置かれた存在でありながら埋もれてしまった理由は「商業作家」的な世界に身を置いていたからである。こうした画家たちを研究対象として再評価する活動を精力的に行っているのが本書の著者である美術史家の山下裕二(やましたゆうじ)だ。

 雪岱以外にも渡辺省亭(わたなべせいてい)鏑木清方(かぶらききよかた)鰭崎英朋(ひれざきえいほう)柴田是真(しばたぜしん)歌川国芳(うたがわくによし)月岡芳年(つきおかよしとし)河鍋暁斎(かわなべきょうさい)吉田博(よしだひろし)橋口五葉(はしぐちごよう)横尾忠則(よこおただのり)といった画家たちが登場する。有名無名に関わらず、いずれ劣らぬ名手たち。その代表作の神髄は色鮮やかなカラー図版で体感し、自らの「眼」で評価してもらいたい。

 著者によれば、つげ義春(よしはる)の原画は将来国宝になるべき価値があるという。そうした視線で眺めればこれまで軽んじられてきたデザインやイラストの世界も俄然輝いて見える。裏表紙は年配の方ならば憶えているに違いない小学館の学年誌のイラストだ。これを四半世紀にわたって描き続けた画家が玉井力三(たまいりきぞう)であった。いったいどれほど多くの少年少女の心を元気づけたであろうか。時代の鏡のような作品群を評価しないわけにはいかないだろう。知れば知るほど奥深い。アートは美術館だけでなく誰もの記憶の中にもあるのだ。

 

週刊「世界と日本」第2234号

 

『昭和の東京郊外住宅開発秘史』

 

三浦 展(著)(光文社新書)1,056円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 この本は刺激的な発見と新鮮な驚きに満ちている。光文社新書のキャッチコピー「知は、現場にある」をそのまま実践した学びに溢れた一冊だ。新書といえば基本的にはどのシリーズも地味な色合いで統一されているがこちらは昭和色満載のイラスト。表紙ジャケットから内容が活き活きと伝わってくる。

 構成は例えていうならば「大人の自由研究」とでもいうべきか。郊外研究の第一人者・三浦展氏が古書市で偶然見つけた昭和三十年代の不動産チラシ140枚を綿密に分析(巻末の一覧表が労作)。当時の地図を頼りに上大岡、戸塚、保土ヶ谷、日吉、中央林間、大倉山、検見川、東大宮、北浦和といった東京郊外を探訪し、約60年経った現在の様子と比較しながら文字通りの「夢の跡」をレポートする形式がメインとなる。個別の小さな住宅地はこれまで資料がなかった研究史の空白を埋める貴重なテーマでもあった。

 まずは当時のチラシの謳い文句に注目。住宅難だった時代の空気もそのままに、「驚くなかれ 市価の半額」のような煽情的なコピーで夢の宅地計画を語ったもの。極端にデフォルメされた地図に巧みな騙しのテクニック。「受付けは南浦和だったが何と現地は茨城」「駅から5分 実は18キロの宅地」といった今でもありそうな悪徳不動産業者の手口も明らかになる。著者提供による写真や図版も多数で眺めるだけでも楽しいのだが、読み進めながら理想と現実の狭間に揺れた貴重な時の流れが実感できるのだ。

 幻の戦時組織である「住宅営団」を深堀りするなど、研究者である著者の伸びやかな論考もまた興味深い。あとがきの「どんな住宅地が幸せなのか?」では個人史も重ね合わせた議論も飛び出すが、まさに好奇心の赴くままの自由闊達さが清々しい。知識の源泉は至る所にある。もしかしたらどの家庭にもお宝のような資料が眠っているかもしれないのだ。これを読めば誰もが日曜研究家。自分好みのテーマを探してみよう。

 

週刊「世界と日本」第2232号

 

「合戦で読む戦国史〜歴史を
  変えた野戦十二番勝負〜」

 

伊東 潤(著)(幻冬舎新書)1,100円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」といえばプロ野球の名将・野村克也氏が好んで用いた言葉だが、元々は『甲子夜話』で知られる肥前国松戸藩主・松浦静山の名言である。勝負の世界を知り尽くした者であれば腑に落ちる至言であろうが、これはすべての戦いにおいて通用するのであろうか。偶然と必然が織りなす運命に翻弄された勝者と敗者の明暗を分けたのはいったい何か。残酷なまでに晒される武将たちの天賦の才に時の運。戦場の歓喜と悲哀が切実に伝わってくる。

 戦国時代は城郭攻防戦が多く、いわゆる野戦は少なかった。新史実を踏まえた本書では「一定の地域に大兵力を集結して」戦った代表的な野戦十二を取り上げている。その明快な選択基準はぜひ本書で確かめてもらいたいが、第一章「北条氏康と川越の戦い」から第十二章「徳川家康と大阪の戦い」まで、勝因と敗因をじっくり読み進めれば戦国史を鮮やかに俯瞰することもできる。そして「賢者は理屈で動き、愚者は感情で動く」という事実にも気づかされるであろう。

 著者の伊東潤は人気と実力を兼ね備えた、いま最も筆の勢いがある歴史小説作家だ。作風は骨太にして肉厚。描写は大胆にして繊細。どの物語からも血沸き肉躍る人間模様をその息吹まで容赦なく再現している。圧巻の臨場感は豊富な取材力によるものであることが、本書や姉妹編である『歴史作家の城めぐり〈増補改訂版〉』といった上質なノンフィクション作品によって裏打ちされているといえよう。

 十二の勝負、それぞれに息を呑むが、特に第十一章「毛利輝元と関ヶ原の戦い」に注目してもらいたい。毛利家にとってこの戦は何だったのか。石田三成ではなく西軍総大将である輝元の視点から天下分け目の戦いを見直せば、また違った角度から歴史の真相を体感できる。もっと深く知りたい方は、最新資料を駆使した関ヶ原モノの決定版である10月発売の最新刊『天下大乱』(朝日新聞出版)を必読。乞うご期待だ。

 

週刊「世界と日本」第2228号

 

『ふんどしニッポン
 〜下着をめぐる魂の風俗史〜

 

井上章一(著)(朝日新書)979円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 「畚(もっこ)」「六尺」「越中」これらは褌の種類であるが、いまの日本で見分けがつく人はどれくらいいるだろうか。(答えは本書56ページの著者イラストを参照)ともあれ目のつけどころが素晴らしい。全ページから実に知的な刺激に満ちあふれている。もはや実用品ではなくこの国に古くから伝わる文化の象徴ともなった褌は、いったいいつ頃まで日常生活で使われていて、何がきっかけで廃れていったのか。その変遷を辿ることによってまさに隠されていた日本の風俗史が浮かび上がってくる。150点を超える貴重な図版も目を背けてはならない。ビジュアルイメージから記憶の底に眠っていたそれぞれの褌体験が蘇ってくるであろう。

 日本文化史の第一人者として人気を誇る著者について多くを語らなくともよいだろう。名著『パンツが見える。羞恥心の現代史』からちょうど20年。令和の時代になって本書が世に送り出されたことにもまた深い意義があるに違いない。昭和30年生まれの著者にとって褌はすでに馴染みが薄いものとなっていた。幼き頃、風呂屋の脱衣所で見かけた程度でブリーフ型のパンツ世代なのである。もう少し年上の世代であれば小学校時代に女子はスクール水着で男子は褌で泳いでいたという。このあたりは個人差、地域差も多いにあるようなのでぜひ本書をネタに語り合ってみると面白いだろう。

 明治以降に和装から洋装へと急速にスタイルは変われども下着は長らく褌のままであった。子どもはパンツで大人は褌という時代もあったようだが、図版からも海水浴場、学校のプール、徴兵検査、肉体労働、国際水泳大会などよくぞここまで集めたと唸らされる褌ワールドがうかがえる。三島由紀夫の正装であり、神事における褌は現在も当たり前の風景だ。パンツ時代だからこそ褌にこめた精神世界が際立っているのだ。著者の論考は国内に留まらず海の向こうまで自由自在に広がっていく。油断なきよう「褌を締め直して」読み進めてもらいたい。

 

週刊「世界と日本」第2224号

 

『幻想の都 鎌倉
 〜都市としての歴史をたどる〜』

 

高橋慎一郎(著)(光文社新書)902円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 コロナ渦による自粛ムードからようやく解き放たれた久々の行楽シーズン。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の評判によって鎌倉には大勢の観光客が押し寄せている。集客スポットの代表格のひとつは鎌倉駅から鶴岡八幡宮を結んだ「小町通り」だが、若宮大路に近いこの通りはもともと農道であり昭和40年代になって整備されたことはあまり知られていないだろう。

 中心地に鶴岡八幡宮を仰ぎ鎌倉五山や大仏、長谷寺なども林立。寺院や神社が多い町の印象も強いが、信仰が根づいたのは室町以降で、江の島や金沢八景とセットで行楽地として親しまれるようになったのは江戸時代から。避暑地や高級住宅街、リゾート地となったのは鉄道が開通した明治以降のことなのだ。

 本書は古代から近現代までの都市鎌倉の歴史を俯瞰しながら、一般人がイメージしている武家の都としての鎌倉は実は驚くほど実態がなく、幻想の中に生きていることを知らしめてくれる。奈良であれば平城宮、京都であれば御所、東京ならば皇居というように時代に刻まれた場所は「政権の本拠」が明確にあるが鎌倉にはそれがほとんど知られていない。幕府の跡はあるものの場所すら定かではないのだ。2013年に世界遺産登録に落選したのも「武家の古都」たる根拠が脆弱であったからである。

 この曖昧さは人口(じんこう)に膾炙(かいしゃ)されていた神護寺蔵の源頼朝像が実は別人で現在では「伝源頼朝像」となっていたり、鎌倉幕府の成立も「1192(いい国つくろう)」から「1185(いい箱つくろう)」に変わっていたりと、教科書が書き換えられている事実にも通じるものがある。

 しかし幻想であるからこそ想像は無限に広がり魅力もまた格段と増す。武家の都市はこうあってほしいという日本人の願望が鎌倉という街を作り上げたのかもしれない。ともあれ鎌倉が魅力的な土地であることは間違いない。源頼朝は自ら築いた史跡や血筋は残せずとも質実剛健で清廉な古都の空気感を後世に伝えたのだ。

 

週刊「世界と日本」第2223号

 

『古代中国の24時間
 秦漢時代の衣食住から性愛まで』

 

柿沼陽平(著)(中公新書)1,056(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 『三国志』など古代中国を舞台とした物語は人気ジャンルである。小説家たちが想像力を存分に膨らませて、英雄たちの血湧き肉躍る活躍を鮮やかに描きだす。人間味溢れる登場人物たちと壮大なスケールの魅力から、仕事の極意や人生の真理も伝わってくる点が多くの読者の支持を集めている理由だろう。

 しかし歴史は後世に名を残した人物だけが作り上げたものではなく、名もなき人たちの日々の営みの積み重ねによって成り立っている。軽やかに時空を超えて人々の肉声を届けてくれる『古代中国の24時間』はそうした歴史を学ぶ醍醐味にも気づかせてくれる極めて意味のある一冊だ。

 著者の柿沼陽平は気鋭の中国史家。本書では『ドラえもん』の秘密道具「翻訳こんにゃく」が登場するなど随所にユーモアを感じさせ、ロールプレイングゲームのような時間軸の構成や、語り口がカジュアルで親しみやすい。内容の確かさも10年にもわたる研究成果を踏まえており、その学術的な充実ぶりは20ページにも及ぶ巻末の注記からも窺い知ることができる。

 秦の始皇帝や項羽と劉邦、諸葛亮や曹操など名だたる英雄たちがどんな毎日を過ごしていたのか。さらに興味深いのは庶民たちの生きざまである。街の喧騒に家庭生活。ニワトリの鳴き声から始まる夜明け前から、就寝後に夢の世界に落ち入るまでの1日の風景はもちろん、嫁姑、口臭、男女間の諍い、性愛、子育てに教育など現代の新聞の人生相談のような切実な問題まで語られており興味が尽きない。さらに食事や買い物、仕事にレジャー。ペットとの付き合いかた、ファッションチェックの様子も微笑ましくて新鮮な発見の連続。とりわけ五感の描写が驚くほどリアルに再現されている。

 約二千年前の異国に暮らす人々の息吹を見事に活写した本書を読めば、当たり前の風景が愛おしく感じられるだろう。そしてこの暮らしが無名の先人たちの叡智によって作られたという事実を知ることができる。そう僕らは紛れもなく歴史のなかに生きているのだ。

 

週刊「世界と日本」第2217号

 

『まる ありがとう』

 

養老孟司(著)写真:平井玲子(秘書)(西日本出版社)1,320円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 なんと深い愛情に包まれた一冊なのだろう。本書は養老孟司の愛猫「まる」への思いを綴ったフォトエッセイ。NHK番組などで一躍人気となり17年間に渡り養老先生の相棒のような存在として多くのファンを楽しませてきた「まる」の訃報(2020年12月)は全国ニュースでも話題となった。死んでもなおYouTubeチャンネルの登録者数が伸び続けているという。まさに僕らの記憶の中に生き続けているのだ。

 「まる」は力士のような「どすこい座り」がよく似合う愛嬌あふれる猫。常に居心地の良さを追求し、性格はおっとりしていてマイペース。大好物は高級マヨネーズ。理屈なんか言わずに「素直に生きて、素直に死んだ」。その自由気ままな生き様と潔い死に際が羨ましいくらい見事なのである。

 114枚の「まる」の写真がまた素晴らしい。撮影者は養老先生の秘書・平井玲子氏。養老家の隅々まで勝手知ったる彼女だからこそシャッターを押せたのだろう。「まる」の表情も無防備で先生とのツーショットも飾らない家族写真(先生の一番のお気に入りはP80〜81)のようだ。

 いつも側にいた空気のような存在が居なくなる喪失感。生きていることの奇跡。日常の心のありよう。そして死ぬことの不思議。『まる ありがとう』から伝わるのは、長年連れ添ってきた分身に対する哀惜だけではない。長く培われてきた養老哲学のエッセンスが凝縮された大いなる「学び」の書でもあるのだ。国民的なブームとなった新潮新書『バカの壁』はシリーズ累計660万部突破の大ベストセラーとなり直近(2021年12月)発売の最新刊『ヒトの壁』も快調に売れている。『ヒトの壁』の帯は「まる」を抱く養老先生の写真で、最終章「ヒト、猫を飼う」はそのまま「まる」の物語だ。決して切ることが出来ない関係性は永遠に続き、今日も当たり前に「生きる」尊さも教えてくれる。「まる ありがとう」。

 

週刊「世界と日本」第2214号

 

『日本の城語辞典』

 

萩原さちこ(著)三浦正幸(監修)(誠文堂新光社)1,760円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 城は日本の原風景である。白亜の天守閣、草に埋もれた城跡。懐かしい城下町。どんなに栄えようとも寂れようとも忘れがたき記憶とともに城は心の中で生き続けている。老若男女、城好きは極めて多い。自分も40年来の城ファンであり、城郭関連本も買い漁って読んでいるがこの度、圧倒的に分かりやすい入門書の決定版ともいうべき1冊が発売されたので紹介したい。

 サブタイトルに「城にまつわる言葉をイラストと豆知識でいざ!読み解く」とあるが実に細やかで懇切丁寧な作りが見事。かつて全国に4〜5万もあったという城の歴史から伝説、専門知識だけでなく、グルメやご当地キャラクターといったサブカル的な周辺情報まで網羅しており遊び心も満載。城にまつわる映画、コミック、小説の紹介も興味深く、ページの下部にはパラパラ漫画まで仕込んでいるという念の入れよう。ビギナーでも通でも楽しめ、かゆいところすべてに手が届いている1冊だ。

 著者の萩原さちこは著作も多数で全国各地で開催される城イベントにも引っ張りだこの人気城郭ライター。本書の綴じ込み付録「戦国の山城」(「地球の歩き方」風で茶目っ気たっぷり)でもその勇姿を拝めるが、歴女たちでも安心して山深い城跡に導いてくれる格好の道先案内人である。監修の三浦正幸は城建築の専門家。硬軟併せた最強コンビだ。戦国武将や研究者はもちろん、城好き有名人も続々と項目の中に登場するので「人物」に注目してもいい。

 城知識の予習と復習にも最適で城めぐりのお供に必携。これでもかという徹底した内容の充実度からは製作者に面白がりが存分に伝わってくる。この高揚感は難攻不落の城に攻め入った(もちろん観光で)感覚によく似ている。攻略して山頂から見た絶景のように読後の満足感が素晴らしい。城は誰でも無条件で楽しめるパワースポット。誰かに話したくなる城トリビアの連続で読めばきっと城に行きたくなること間違いなしだ。

 

週刊「世界と日本」第2211号

 

『イップス 魔病を乗り越えたアスリートたち』

 

澤宮 優(角川新書)1,056円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 「イップス」という言葉は広く人口に膾炙(かいしゃ)するようになったがその真相を知る者は意外と少ないのではないか。膨大な参考文献から想像できるように本書は謎めいた「魔病」を綿密な取材によって解き明かした労作だ。最新の研究成果も踏まえており医学用語ではない「イップス」に対する考え方の変化もよく分かる。誤解を解き正しい理解を広めることが「イップス」に悩み苦しむ当事者たちを救うことにもなる。この一冊が投げかけるメッセージは実に貴重だ。

 「イップス」はスポーツに限った症状ではないがゴルフから来た用語である。阪神タイガースの藤浪晋太郎投手や女子プロゴルフの宮里藍選手が「イップス」ではないかとスポーツ紙を賑わせた事もある。本書に登場するのは岩本勉、土橋勝征、森本稀哲、佐藤信人、横田真一と言ったトップアスリートたち。ほんの些細な違和感が選手生命を左右するまでのスランプになっていく。それぞれの体験は共通項があればまったく異なる傾向もある。真面目で才能ある選手ほど起こりがちだが、人の数だけ症例があって「イップス」対応の難しさがうかがわれる。

 これまで「イップス」は心の病であると思われ続けてきた。ところがその原因はメンタル的な部分ではなく「脳」にあった。過度な反復練習、コーチの叱責、失敗のトラウマなど。期待に応えなければならないという極度のプレッシャーで脳が制御不能な状態となってしまうという。情報の遮断が解決法のひとつであるのだ。

 ここ一番という場面で手が動かなくなりミスをする。どんな職業でも起こりうることだ。突然降りかかる心身の局地的な不調はストレスのせいばかりではない。解決の糸口は徹底した現状の自己分析と、指導者の的確なアドバイスが必要だ。まずは現状を知ることそして良き人間関係を築くこと。「イップス」発生のメカニズムを紐解くことは私たち一般人にとっても参考にすべきことが多々ある。大いなる普遍性が感じられた。

 

週刊「世界と日本」第2210号

 

『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』

 

川内有緒(集英社インターナショナル)
2,310円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 耳でアートを見るとは一体どういうことだろう。気鋭の書き手である川内有緒の新作は目のつけどころが素晴らしく、刺激的な発見に満ちた一冊だ。控えめにいって今年のノンフィクション作品の中でもベストクラスの価値がある。「白鳥さん」とは白鳥建ニさん(51)のこと。年に何十回も美術館に通う全盲の美術鑑賞者だ。絵画の前で傍らにいる人から説明を聞き、頭の中で作品を再現する。文字通り耳でアートを楽しんでいるのだ。この前代未聞の試みは当初、どこでも受け入れられなかったのだが、彼の熱意は美術館の常識を変えた。開かずの扉を開かせ、先例を作っただけでも凄いことである。単なる視覚障害者のルポルタージュではなく、真っ直ぐに生きる生身の人間としての生き様が切実に伝わってくる。読みながら当たり前の価値観が音を立てて崩れさり、たちまちにして眼前の景色が一変した。これまでいかに「見えているようでも見ていなかった」のかとショックを受けた。眠っていた五感が研ぎ澄まされ、相手を思いやる気持ちも育ち、まったく思いもよらない「気づき」につながったのである。物事の本質を捉え、様々な境界を乗り越え、新たな考え方が生み出される。気がつけば「白鳥さん」たちと一緒になって美術館巡りをしていた。本文中のとあるページに掲載されていたのは黒塗り作品。説明を文章で「聞いて」頭の中で再現すると、その作品がカバー裏で見られるというアイディアもあって疑似体験も可能だ。造本も凝っており美麗である。紙の本の魅力を存分に味わえる点も強調したい。潜在的に持っていた障害に対する恐れなど、著者の心の葛藤と変化もまた身に迫ってくる。最後に至るのは「時」には抗えないが「時」を宝物にすることはできるという境地だ。深いメッセージを噛みしめ、読後の豊かな余韻にも浸れる。読まれるほどこの世の霧が晴れるような芸術の秋に相応しい一冊の登場だ。

 

週刊「世界と日本」第2209号

 

『東京の謎(ミステリー)

 ●この街をつくった先駆者たち

門井慶喜(文春新書)935円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 「ブラタモリ」をはじめに街歩きをテーマとしたテレビ番組は世代を超えて親しまれ続けている。書店の棚も同様だ。気軽に散歩が出来なくなった昨今だからこそせめて活字で時空を旅したくなるのも人の常であろう。そんな中でイチオシしたいのが首都・東京をめぐる23の謎に迫った一冊である。

 著者の門井慶喜は2018年『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞した人気作家であるが、徳川十五代将軍「慶喜」の名前(本名)を裏切らず歴史系が強い。企業の「社史」収集を趣味とし、これまで書かれた著作群からも日本の近現代史、とりわけ江戸のまちづくりに関して精通している研究者でもあるのだ。大ヒットした『家康、江戸を建てる』の主人公は江戸という土地そのもので、都市創造の「プロジェクトX」的な物語である。対する『東京の謎』はカジュアルなスタイルで、『家康、江戸を建てる』をさらに楽しむためのサブテキストともなる一冊。江戸幕府の崩壊から新たな時代の幕開けにどのような過程で首都の街並みが形成していったのかが俯瞰できる。

 「街」と「人」にスポットライトを当てて闇の中から真実を暴きだす。筆づかいは活き活きとして澱みがない。豊富な知識量に裏づけられた作家としての視点も確かで「学び」と「発見」に満ち溢れている。刺激的な項目が並んだ目次を眺めただけでも興味深く、門井文学と史観を同時に知ることができるのだ。

 昨年まで約30年間、書店に勤務していた自分にとっては出版業界に関わるページが特に気になった。「早矢仕有的(丸善)と日本橋」「野間清治(講談社)と音羽」「新宿と紀伊國屋書店」「なぜ麹町は地図の聖地となったのか」などは街のシンボルとなった場所と企業戦略とのストーリーに思わず膝を打ってしまった。本書を読んで街に出れば眼前に見える風景は一変する。日常生活を豊かにする「知恵」の力をぜひ体感してもらいたい。

 

週刊「世界と日本」第2208号

 

 

※会員の方向けのページです。

 

【AD】

国際高専がわかる!ICTサイト
徳川ミュージアム
ホテルグランドヒル市ヶ谷
沖縄カヌチャリゾート
大阪新阪急ホテル
富山電気ビルデイング
ことのは
全日本教職員連盟
新情報センター
さくら舎
銀座フェニックスプラザ
ミーティングインフォメーションセンター