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本がすき

週刊「世界と日本」第2236号 より

 

正月に読みたい「心を和ませる」本

 

 

 いろいろあった2022年を振り返れば戦争に自然災害、不穏な事件にコロナ感染も収まらずと、まだ深い闇に覆われている印象だ。心はささくれ身体もますます弱ってしまっている方も多いのではないだろうか。新たな年は気持ちをリフレッシュさせてスタートさせたいもの。そんな時に大いに力となるのが感情を穏やかにさせてくれる良質な本である。

 

ブックジャーナリスト・

本屋大賞理事

 

内田 剛 

《うちだ たけし》 

ブックジャーナリスト・本屋大賞理事 約30年間の書店勤務を経て2020年2月よりフリーランスに。文芸書レビューから販促物作成、学校や図書館でのワークショップなど活躍の場を広げている。書いたPOPは約5000枚。著書に「POP王の本!」。

『ニッポン47都道府県

正直観光案内』 

 

宮田珠己(著)

(幻冬舎文庫)825円(税込)

 

 まずは『ニッポン47都道府県 正直観光案内』(幻冬舎文庫)で初笑いだ。著者・宮田珠己の書き味の率直さとユルさがたまらない魅力。目のつけどころもユーモラスでユニークだ。著者プロフィールからして奮っている。「旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追求している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。」まさにその通り。読み進めながら気持ち的に働き方改革ができるシステムになっている。この自由奔放な生きざまは羨ましいが決して真似はできない。唯一無二の存在感を放っている本書はタイトル通り各都道府県それぞれにスポットを当て、忖度や先入観抜きの独自目線でおススメの観光スポットを紹介。知名度や評判は全く気にしない。切り口の斬新さと徹底した正直さはクセになり、ページをめくる手が止まらなくなる。「魔界の宿 奥那須北温泉」「琵琶湖の蜃気楼」「なんじゃこりゃの愛知三大仏」など刺激的なスポットが次々と登場するが、アクセス情報などガイド要素は一切ないのでご注意を。まずは一読したあとで気になる場所から行ってみて答え合わせをするのが良いだろう。想像を無限大に膨らませることも旅の楽しみのひとつなのである。

 

『小さいわたし』

益田ミリ(著)

(ポプラ社)1,540円(税込)

 

 頭の中がすっかり旅気分になったら次は時間旅行。過去の自分に会いにいこう。これぞ読む里帰りともいえる2冊目は珠玉のエッセイ『小さいわたし』(ポプラ社)だ。著者の益田ミリは大阪生まれのイラストレーター。雑誌連載も多数ありアラフォー世代の女性にとりわけ人気が高いが、だからこそ男性にも手に取ってほしい。生きづらい日常の風景を鮮やかに切り取り、対人関係で生じるちょっとした心模様の変化が生き生きと伝わる。これが文学性というのだろう。イラストの余白やエッセイの行間といった「なにも書かれていない」部分にも深い意味が感じられる。自分の感情を埋める場所ともいえる隙間が雄弁なのだ。本書は少女時代の自分を回想した内容であるが、著者の個人的な体験にも関わらず、不思議なほど共感ができる。教室の風景、先生との関わり、友達との思い出、家族の記憶、季節の移ろい、イベントの高揚など懐かしい日々が走馬灯のようによみがえってくる。ピュアな喜びがあれば哀しみもある。人に言えない悩みがあればささやかな秘密もあった。素朴な感情のすべてとたくさんの失敗や恥ずかしい体験が紛れもなく現在の自分につながっている。永遠に続くものだと信じていたあの頃の透明な時間が愛おしく感じられ、忘れかけていた子ども心が鮮やかに再現されるのだ。長い人生の中で子ども時代はほんの一瞬の輝き。過ぎ去ってしまった瞬間は決して戻ることはない。リアリティに極めて富んでいるため読後はちょっと切なくなる。しかし益田ミリを読めば誰かに優しくしたくなり、心の中に溜まった澱が洗い流され、空っぽだった気持ちが温かさで満たされるだろう。

 

『福猫屋
お佐和のねこだすけ』

三國青葉(著)

(講談社文庫)682円(税込)

 

 さあ童心に帰ったところで飛び切りの癒しを求めて猫のもとへとまっしぐら。『福猫屋 お佐和のねこだすけ』(講談社文庫)で心ゆくまで和んでもらいたい。著者の三國青葉はファンタジーノベル系の作品で実績があり、人間味豊かなキャラクターと感情たっぷりの描写を得意とする実力派の作家である。時は江戸。最愛の夫を亡くし失意のどん底にあったお佐和が一匹の野良猫の存在によって前向きな気持ちを取り戻していく。喪失の哀しみや孤独の苦しみを味わった者ならここだけでも大いに共感するだろう。増えていく子猫にてんてこ舞い。さらにネズミ捕りのビジネスも絡み、猫への恩返しの意味をこめて始めたのが子猫を必要とする人たちへ斡旋して始めた新たな商売である「福猫屋」だった。まさしく猫の手を借りて「福」を広めていくストーリーである。江戸時代のペット事情もよく分かり、根っからの可笑しさと程よいスリルも楽しめる。あたかも炬燵で丸くなっている猫を抱きしめたかのような温もりを感じ、全編から愛情があふれた極上のエンターテインメント作品。シリーズ化にも期待したい。

 

絵本『ねことことり』

館野 鴻 (文)

なかの真実 (絵)

(世界文化社)1,650円(税込)

 

 猫つながりで最後に紹介したいのが絵本『ねことことり』(世界文化社)だ。横を向いた猫のキリッとした表情も印象的な表紙には、誰もが立ち止まって凝視してしまうことだろう。これほど引力のあるジャケットも珍しく、まさに一目惚れできる一冊だ。この超絶に美麗な絵を描いたのは細密画の新生・なかの真実。名前だけでもおぼえてもらいたい。ページを開けばさらに驚愕のファンタジックな世界に吸い込まれる。豊かな自然、動物たちの表情、揺らめく心情まで、細やかに再現されているが、お勧めポイントは卓越した絵だけではない。一度読んだら忘れられないメッセージ性のある物語もまたダイレクトに突き刺さる。ストーリーの作者はなかの真実の師匠でもある館野(たての)鴻(ひろし)。信頼しあう師弟関係から生み出された設定も特筆もの。生まれつき匂いがわからない猫と、特別な枝を求めて猫のもとへやってくる小鳥。互いに足りない部分を補い、助け合って生きる姿から、寄り添いながら生きることの素晴らしさが伝わってくる。思いやりの精神、自然との共生という学びの要素もあり、贈っても贈られても嬉しい逸品。今後、末長く愛され続けていくに違いない新たなスタンダート作品である。底知れぬ魅力はぜひ書店店頭で直接、確かめてもらいたい。出合った瞬間に目の前の霧が晴れるような気分になるだろう。これこそ本が起こせる奇跡なのだ。

 

「商業美術家の逆襲 もうひとつの日本美術史」

 

山下裕二(著)(NHK出版新書)1,210円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 家や倉庫の奥で眠っていたお宝を鑑定するテレビ番組が相変わらずの人気であるが、そもそもアート作品の価値はいったい誰がどのようにして決めるのであろう。専門家のような審美眼を持ち合わせていない僕ら素人が手掛かりにするのは、国宝や重要文化財といった看板、美術館での恭(うやうや)しい陳列、教科書に載っているといった手垢に塗れた評価なのだ。

 本書はそうした一般常識的な評価に異を唱え、これまで正当に鑑賞されてこなかった作家や作品たちに新たな光を照らす一冊だ。主に明治以降の美術史を塗り替えるような、これぞまさしく知の冒険。全編からスリリングな発見に満ちている。

 表紙を飾るのは小村雪岱(こむらせったい)(「おせん 雨」)である。ハッと息を呑むようなデザインが素晴らしい。存命中は高く評価され、画壇からも一目置かれた存在でありながら埋もれてしまった理由は「商業作家」的な世界に身を置いていたからである。こうした画家たちを研究対象として再評価する活動を精力的に行っているのが本書の著者である美術史家の山下裕二(やましたゆうじ)だ。

 雪岱以外にも渡辺省亭(わたなべせいてい)鏑木清方(かぶらききよかた)鰭崎英朋(ひれざきえいほう)柴田是真(しばたぜしん)歌川国芳(うたがわくによし)月岡芳年(つきおかよしとし)河鍋暁斎(かわなべきょうさい)吉田博(よしだひろし)橋口五葉(はしぐちごよう)横尾忠則(よこおただのり)といった画家たちが登場する。有名無名に関わらず、いずれ劣らぬ名手たち。その代表作の神髄は色鮮やかなカラー図版で体感し、自らの「眼」で評価してもらいたい。

 著者によれば、つげ義春(よしはる)の原画は将来国宝になるべき価値があるという。そうした視線で眺めればこれまで軽んじられてきたデザインやイラストの世界も俄然輝いて見える。裏表紙は年配の方ならば憶えているに違いない小学館の学年誌のイラストだ。これを四半世紀にわたって描き続けた画家が玉井力三(たまいりきぞう)であった。いったいどれほど多くの少年少女の心を元気づけたであろうか。時代の鏡のような作品群を評価しないわけにはいかないだろう。知れば知るほど奥深い。アートは美術館だけでなく誰もの記憶の中にもあるのだ。

 

週刊「世界と日本」第2234号

 

『昭和の東京郊外住宅開発秘史』

 

三浦 展(著)(光文社新書)1,056円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 この本は刺激的な発見と新鮮な驚きに満ちている。光文社新書のキャッチコピー「知は、現場にある」をそのまま実践した学びに溢れた一冊だ。新書といえば基本的にはどのシリーズも地味な色合いで統一されているがこちらは昭和色満載のイラスト。表紙ジャケットから内容が活き活きと伝わってくる。

 構成は例えていうならば「大人の自由研究」とでもいうべきか。郊外研究の第一人者・三浦展氏が古書市で偶然見つけた昭和三十年代の不動産チラシ140枚を綿密に分析(巻末の一覧表が労作)。当時の地図を頼りに上大岡、戸塚、保土ヶ谷、日吉、中央林間、大倉山、検見川、東大宮、北浦和といった東京郊外を探訪し、約60年経った現在の様子と比較しながら文字通りの「夢の跡」をレポートする形式がメインとなる。個別の小さな住宅地はこれまで資料がなかった研究史の空白を埋める貴重なテーマでもあった。

 まずは当時のチラシの謳い文句に注目。住宅難だった時代の空気もそのままに、「驚くなかれ 市価の半額」のような煽情的なコピーで夢の宅地計画を語ったもの。極端にデフォルメされた地図に巧みな騙しのテクニック。「受付けは南浦和だったが何と現地は茨城」「駅から5分 実は18キロの宅地」といった今でもありそうな悪徳不動産業者の手口も明らかになる。著者提供による写真や図版も多数で眺めるだけでも楽しいのだが、読み進めながら理想と現実の狭間に揺れた貴重な時の流れが実感できるのだ。

 幻の戦時組織である「住宅営団」を深堀りするなど、研究者である著者の伸びやかな論考もまた興味深い。あとがきの「どんな住宅地が幸せなのか?」では個人史も重ね合わせた議論も飛び出すが、まさに好奇心の赴くままの自由闊達さが清々しい。知識の源泉は至る所にある。もしかしたらどの家庭にもお宝のような資料が眠っているかもしれないのだ。これを読めば誰もが日曜研究家。自分好みのテーマを探してみよう。

 

週刊「世界と日本」第2232号

 

「合戦で読む戦国史〜歴史を
  変えた野戦十二番勝負〜」

 

伊東 潤(著)(幻冬舎新書)1,100円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」といえばプロ野球の名将・野村克也氏が好んで用いた言葉だが、元々は『甲子夜話』で知られる肥前国松戸藩主・松浦静山の名言である。勝負の世界を知り尽くした者であれば腑に落ちる至言であろうが、これはすべての戦いにおいて通用するのであろうか。偶然と必然が織りなす運命に翻弄された勝者と敗者の明暗を分けたのはいったい何か。残酷なまでに晒される武将たちの天賦の才に時の運。戦場の歓喜と悲哀が切実に伝わってくる。

 戦国時代は城郭攻防戦が多く、いわゆる野戦は少なかった。新史実を踏まえた本書では「一定の地域に大兵力を集結して」戦った代表的な野戦十二を取り上げている。その明快な選択基準はぜひ本書で確かめてもらいたいが、第一章「北条氏康と川越の戦い」から第十二章「徳川家康と大阪の戦い」まで、勝因と敗因をじっくり読み進めれば戦国史を鮮やかに俯瞰することもできる。そして「賢者は理屈で動き、愚者は感情で動く」という事実にも気づかされるであろう。

 著者の伊東潤は人気と実力を兼ね備えた、いま最も筆の勢いがある歴史小説作家だ。作風は骨太にして肉厚。描写は大胆にして繊細。どの物語からも血沸き肉躍る人間模様をその息吹まで容赦なく再現している。圧巻の臨場感は豊富な取材力によるものであることが、本書や姉妹編である『歴史作家の城めぐり〈増補改訂版〉』といった上質なノンフィクション作品によって裏打ちされているといえよう。

 十二の勝負、それぞれに息を呑むが、特に第十一章「毛利輝元と関ヶ原の戦い」に注目してもらいたい。毛利家にとってこの戦は何だったのか。石田三成ではなく西軍総大将である輝元の視点から天下分け目の戦いを見直せば、また違った角度から歴史の真相を体感できる。もっと深く知りたい方は、最新資料を駆使した関ヶ原モノの決定版である10月発売の最新刊『天下大乱』(朝日新聞出版)を必読。乞うご期待だ。

 

週刊「世界と日本」第2228号

 

『ふんどしニッポン
 〜下着をめぐる魂の風俗史〜

 

井上章一(著)(朝日新書)979円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 「畚(もっこ)」「六尺」「越中」これらは褌の種類であるが、いまの日本で見分けがつく人はどれくらいいるだろうか。(答えは本書56ページの著者イラストを参照)ともあれ目のつけどころが素晴らしい。全ページから実に知的な刺激に満ちあふれている。もはや実用品ではなくこの国に古くから伝わる文化の象徴ともなった褌は、いったいいつ頃まで日常生活で使われていて、何がきっかけで廃れていったのか。その変遷を辿ることによってまさに隠されていた日本の風俗史が浮かび上がってくる。150点を超える貴重な図版も目を背けてはならない。ビジュアルイメージから記憶の底に眠っていたそれぞれの褌体験が蘇ってくるであろう。

 日本文化史の第一人者として人気を誇る著者について多くを語らなくともよいだろう。名著『パンツが見える。羞恥心の現代史』からちょうど20年。令和の時代になって本書が世に送り出されたことにもまた深い意義があるに違いない。昭和30年生まれの著者にとって褌はすでに馴染みが薄いものとなっていた。幼き頃、風呂屋の脱衣所で見かけた程度でブリーフ型のパンツ世代なのである。もう少し年上の世代であれば小学校時代に女子はスクール水着で男子は褌で泳いでいたという。このあたりは個人差、地域差も多いにあるようなのでぜひ本書をネタに語り合ってみると面白いだろう。

 明治以降に和装から洋装へと急速にスタイルは変われども下着は長らく褌のままであった。子どもはパンツで大人は褌という時代もあったようだが、図版からも海水浴場、学校のプール、徴兵検査、肉体労働、国際水泳大会などよくぞここまで集めたと唸らされる褌ワールドがうかがえる。三島由紀夫の正装であり、神事における褌は現在も当たり前の風景だ。パンツ時代だからこそ褌にこめた精神世界が際立っているのだ。著者の論考は国内に留まらず海の向こうまで自由自在に広がっていく。油断なきよう「褌を締め直して」読み進めてもらいたい。

 

週刊「世界と日本」第2224号

 

『幻想の都 鎌倉
 〜都市としての歴史をたどる〜』

 

高橋慎一郎(著)(光文社新書)902円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 コロナ渦による自粛ムードからようやく解き放たれた久々の行楽シーズン。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の評判によって鎌倉には大勢の観光客が押し寄せている。集客スポットの代表格のひとつは鎌倉駅から鶴岡八幡宮を結んだ「小町通り」だが、若宮大路に近いこの通りはもともと農道であり昭和40年代になって整備されたことはあまり知られていないだろう。

 中心地に鶴岡八幡宮を仰ぎ鎌倉五山や大仏、長谷寺なども林立。寺院や神社が多い町の印象も強いが、信仰が根づいたのは室町以降で、江の島や金沢八景とセットで行楽地として親しまれるようになったのは江戸時代から。避暑地や高級住宅街、リゾート地となったのは鉄道が開通した明治以降のことなのだ。

 本書は古代から近現代までの都市鎌倉の歴史を俯瞰しながら、一般人がイメージしている武家の都としての鎌倉は実は驚くほど実態がなく、幻想の中に生きていることを知らしめてくれる。奈良であれば平城宮、京都であれば御所、東京ならば皇居というように時代に刻まれた場所は「政権の本拠」が明確にあるが鎌倉にはそれがほとんど知られていない。幕府の跡はあるものの場所すら定かではないのだ。2013年に世界遺産登録に落選したのも「武家の古都」たる根拠が脆弱であったからである。

 この曖昧さは人口(じんこう)に膾炙(かいしゃ)されていた神護寺蔵の源頼朝像が実は別人で現在では「伝源頼朝像」となっていたり、鎌倉幕府の成立も「1192(いい国つくろう)」から「1185(いい箱つくろう)」に変わっていたりと、教科書が書き換えられている事実にも通じるものがある。

 しかし幻想であるからこそ想像は無限に広がり魅力もまた格段と増す。武家の都市はこうあってほしいという日本人の願望が鎌倉という街を作り上げたのかもしれない。ともあれ鎌倉が魅力的な土地であることは間違いない。源頼朝は自ら築いた史跡や血筋は残せずとも質実剛健で清廉な古都の空気感を後世に伝えたのだ。

 

週刊「世界と日本」第2223号

 

『古代中国の24時間
 秦漢時代の衣食住から性愛まで』

 

柿沼陽平(著)(中公新書)1,056(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 『三国志』など古代中国を舞台とした物語は人気ジャンルである。小説家たちが想像力を存分に膨らませて、英雄たちの血湧き肉躍る活躍を鮮やかに描きだす。人間味溢れる登場人物たちと壮大なスケールの魅力から、仕事の極意や人生の真理も伝わってくる点が多くの読者の支持を集めている理由だろう。

 しかし歴史は後世に名を残した人物だけが作り上げたものではなく、名もなき人たちの日々の営みの積み重ねによって成り立っている。軽やかに時空を超えて人々の肉声を届けてくれる『古代中国の24時間』はそうした歴史を学ぶ醍醐味にも気づかせてくれる極めて意味のある一冊だ。

 著者の柿沼陽平は気鋭の中国史家。本書では『ドラえもん』の秘密道具「翻訳こんにゃく」が登場するなど随所にユーモアを感じさせ、ロールプレイングゲームのような時間軸の構成や、語り口がカジュアルで親しみやすい。内容の確かさも10年にもわたる研究成果を踏まえており、その学術的な充実ぶりは20ページにも及ぶ巻末の注記からも窺い知ることができる。

 秦の始皇帝や項羽と劉邦、諸葛亮や曹操など名だたる英雄たちがどんな毎日を過ごしていたのか。さらに興味深いのは庶民たちの生きざまである。街の喧騒に家庭生活。ニワトリの鳴き声から始まる夜明け前から、就寝後に夢の世界に落ち入るまでの1日の風景はもちろん、嫁姑、口臭、男女間の諍い、性愛、子育てに教育など現代の新聞の人生相談のような切実な問題まで語られており興味が尽きない。さらに食事や買い物、仕事にレジャー。ペットとの付き合いかた、ファッションチェックの様子も微笑ましくて新鮮な発見の連続。とりわけ五感の描写が驚くほどリアルに再現されている。

 約二千年前の異国に暮らす人々の息吹を見事に活写した本書を読めば、当たり前の風景が愛おしく感じられるだろう。そしてこの暮らしが無名の先人たちの叡智によって作られたという事実を知ることができる。そう僕らは紛れもなく歴史のなかに生きているのだ。

 

週刊「世界と日本」第2217号

 

『まる ありがとう』

 

養老孟司(著)写真:平井玲子(秘書)(西日本出版社)1,320円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 なんと深い愛情に包まれた一冊なのだろう。本書は養老孟司の愛猫「まる」への思いを綴ったフォトエッセイ。NHK番組などで一躍人気となり17年間に渡り養老先生の相棒のような存在として多くのファンを楽しませてきた「まる」の訃報(2020年12月)は全国ニュースでも話題となった。死んでもなおYouTubeチャンネルの登録者数が伸び続けているという。まさに僕らの記憶の中に生き続けているのだ。

 「まる」は力士のような「どすこい座り」がよく似合う愛嬌あふれる猫。常に居心地の良さを追求し、性格はおっとりしていてマイペース。大好物は高級マヨネーズ。理屈なんか言わずに「素直に生きて、素直に死んだ」。その自由気ままな生き様と潔い死に際が羨ましいくらい見事なのである。

 114枚の「まる」の写真がまた素晴らしい。撮影者は養老先生の秘書・平井玲子氏。養老家の隅々まで勝手知ったる彼女だからこそシャッターを押せたのだろう。「まる」の表情も無防備で先生とのツーショットも飾らない家族写真(先生の一番のお気に入りはP80〜81)のようだ。

 いつも側にいた空気のような存在が居なくなる喪失感。生きていることの奇跡。日常の心のありよう。そして死ぬことの不思議。『まる ありがとう』から伝わるのは、長年連れ添ってきた分身に対する哀惜だけではない。長く培われてきた養老哲学のエッセンスが凝縮された大いなる「学び」の書でもあるのだ。国民的なブームとなった新潮新書『バカの壁』はシリーズ累計660万部突破の大ベストセラーとなり直近(2021年12月)発売の最新刊『ヒトの壁』も快調に売れている。『ヒトの壁』の帯は「まる」を抱く養老先生の写真で、最終章「ヒト、猫を飼う」はそのまま「まる」の物語だ。決して切ることが出来ない関係性は永遠に続き、今日も当たり前に「生きる」尊さも教えてくれる。「まる ありがとう」。

 

週刊「世界と日本」第2214号

 

『日本の城語辞典』

 

萩原さちこ(著)三浦正幸(監修)(誠文堂新光社)1,760円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 城は日本の原風景である。白亜の天守閣、草に埋もれた城跡。懐かしい城下町。どんなに栄えようとも寂れようとも忘れがたき記憶とともに城は心の中で生き続けている。老若男女、城好きは極めて多い。自分も40年来の城ファンであり、城郭関連本も買い漁って読んでいるがこの度、圧倒的に分かりやすい入門書の決定版ともいうべき1冊が発売されたので紹介したい。

 サブタイトルに「城にまつわる言葉をイラストと豆知識でいざ!読み解く」とあるが実に細やかで懇切丁寧な作りが見事。かつて全国に4〜5万もあったという城の歴史から伝説、専門知識だけでなく、グルメやご当地キャラクターといったサブカル的な周辺情報まで網羅しており遊び心も満載。城にまつわる映画、コミック、小説の紹介も興味深く、ページの下部にはパラパラ漫画まで仕込んでいるという念の入れよう。ビギナーでも通でも楽しめ、かゆいところすべてに手が届いている1冊だ。

 著者の萩原さちこは著作も多数で全国各地で開催される城イベントにも引っ張りだこの人気城郭ライター。本書の綴じ込み付録「戦国の山城」(「地球の歩き方」風で茶目っ気たっぷり)でもその勇姿を拝めるが、歴女たちでも安心して山深い城跡に導いてくれる格好の道先案内人である。監修の三浦正幸は城建築の専門家。硬軟併せた最強コンビだ。戦国武将や研究者はもちろん、城好き有名人も続々と項目の中に登場するので「人物」に注目してもいい。

 城知識の予習と復習にも最適で城めぐりのお供に必携。これでもかという徹底した内容の充実度からは製作者に面白がりが存分に伝わってくる。この高揚感は難攻不落の城に攻め入った(もちろん観光で)感覚によく似ている。攻略して山頂から見た絶景のように読後の満足感が素晴らしい。城は誰でも無条件で楽しめるパワースポット。誰かに話したくなる城トリビアの連続で読めばきっと城に行きたくなること間違いなしだ。

 

週刊「世界と日本」第2211号

 

『イップス 魔病を乗り越えたアスリートたち』

 

澤宮 優(角川新書)1,056円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 「イップス」という言葉は広く人口に膾炙(かいしゃ)するようになったがその真相を知る者は意外と少ないのではないか。膨大な参考文献から想像できるように本書は謎めいた「魔病」を綿密な取材によって解き明かした労作だ。最新の研究成果も踏まえており医学用語ではない「イップス」に対する考え方の変化もよく分かる。誤解を解き正しい理解を広めることが「イップス」に悩み苦しむ当事者たちを救うことにもなる。この一冊が投げかけるメッセージは実に貴重だ。

 「イップス」はスポーツに限った症状ではないがゴルフから来た用語である。阪神タイガースの藤浪晋太郎投手や女子プロゴルフの宮里藍選手が「イップス」ではないかとスポーツ紙を賑わせた事もある。本書に登場するのは岩本勉、土橋勝征、森本稀哲、佐藤信人、横田真一と言ったトップアスリートたち。ほんの些細な違和感が選手生命を左右するまでのスランプになっていく。それぞれの体験は共通項があればまったく異なる傾向もある。真面目で才能ある選手ほど起こりがちだが、人の数だけ症例があって「イップス」対応の難しさがうかがわれる。

 これまで「イップス」は心の病であると思われ続けてきた。ところがその原因はメンタル的な部分ではなく「脳」にあった。過度な反復練習、コーチの叱責、失敗のトラウマなど。期待に応えなければならないという極度のプレッシャーで脳が制御不能な状態となってしまうという。情報の遮断が解決法のひとつであるのだ。

 ここ一番という場面で手が動かなくなりミスをする。どんな職業でも起こりうることだ。突然降りかかる心身の局地的な不調はストレスのせいばかりではない。解決の糸口は徹底した現状の自己分析と、指導者の的確なアドバイスが必要だ。まずは現状を知ることそして良き人間関係を築くこと。「イップス」発生のメカニズムを紐解くことは私たち一般人にとっても参考にすべきことが多々ある。大いなる普遍性が感じられた。

 

週刊「世界と日本」第2210号

 

『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』

 

川内有緒(集英社インターナショナル)
2,310円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 耳でアートを見るとは一体どういうことだろう。気鋭の書き手である川内有緒の新作は目のつけどころが素晴らしく、刺激的な発見に満ちた一冊だ。控えめにいって今年のノンフィクション作品の中でもベストクラスの価値がある。「白鳥さん」とは白鳥建ニさん(51)のこと。年に何十回も美術館に通う全盲の美術鑑賞者だ。絵画の前で傍らにいる人から説明を聞き、頭の中で作品を再現する。文字通り耳でアートを楽しんでいるのだ。この前代未聞の試みは当初、どこでも受け入れられなかったのだが、彼の熱意は美術館の常識を変えた。開かずの扉を開かせ、先例を作っただけでも凄いことである。単なる視覚障害者のルポルタージュではなく、真っ直ぐに生きる生身の人間としての生き様が切実に伝わってくる。読みながら当たり前の価値観が音を立てて崩れさり、たちまちにして眼前の景色が一変した。これまでいかに「見えているようでも見ていなかった」のかとショックを受けた。眠っていた五感が研ぎ澄まされ、相手を思いやる気持ちも育ち、まったく思いもよらない「気づき」につながったのである。物事の本質を捉え、様々な境界を乗り越え、新たな考え方が生み出される。気がつけば「白鳥さん」たちと一緒になって美術館巡りをしていた。本文中のとあるページに掲載されていたのは黒塗り作品。説明を文章で「聞いて」頭の中で再現すると、その作品がカバー裏で見られるというアイディアもあって疑似体験も可能だ。造本も凝っており美麗である。紙の本の魅力を存分に味わえる点も強調したい。潜在的に持っていた障害に対する恐れなど、著者の心の葛藤と変化もまた身に迫ってくる。最後に至るのは「時」には抗えないが「時」を宝物にすることはできるという境地だ。深いメッセージを噛みしめ、読後の豊かな余韻にも浸れる。読まれるほどこの世の霧が晴れるような芸術の秋に相応しい一冊の登場だ。

 

週刊「世界と日本」第2209号

 

『東京の謎(ミステリー)

 ●この街をつくった先駆者たち

門井慶喜(文春新書)935円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 「ブラタモリ」をはじめに街歩きをテーマとしたテレビ番組は世代を超えて親しまれ続けている。書店の棚も同様だ。気軽に散歩が出来なくなった昨今だからこそせめて活字で時空を旅したくなるのも人の常であろう。そんな中でイチオシしたいのが首都・東京をめぐる23の謎に迫った一冊である。

 著者の門井慶喜は2018年『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞した人気作家であるが、徳川十五代将軍「慶喜」の名前(本名)を裏切らず歴史系が強い。企業の「社史」収集を趣味とし、これまで書かれた著作群からも日本の近現代史、とりわけ江戸のまちづくりに関して精通している研究者でもあるのだ。大ヒットした『家康、江戸を建てる』の主人公は江戸という土地そのもので、都市創造の「プロジェクトX」的な物語である。対する『東京の謎』はカジュアルなスタイルで、『家康、江戸を建てる』をさらに楽しむためのサブテキストともなる一冊。江戸幕府の崩壊から新たな時代の幕開けにどのような過程で首都の街並みが形成していったのかが俯瞰できる。

 「街」と「人」にスポットライトを当てて闇の中から真実を暴きだす。筆づかいは活き活きとして澱みがない。豊富な知識量に裏づけられた作家としての視点も確かで「学び」と「発見」に満ち溢れている。刺激的な項目が並んだ目次を眺めただけでも興味深く、門井文学と史観を同時に知ることができるのだ。

 昨年まで約30年間、書店に勤務していた自分にとっては出版業界に関わるページが特に気になった。「早矢仕有的(丸善)と日本橋」「野間清治(講談社)と音羽」「新宿と紀伊國屋書店」「なぜ麹町は地図の聖地となったのか」などは街のシンボルとなった場所と企業戦略とのストーリーに思わず膝を打ってしまった。本書を読んで街に出れば眼前に見える風景は一変する。日常生活を豊かにする「知恵」の力をぜひ体感してもらいたい。

 

週刊「世界と日本」第2208号

 

 

※会員の方向けのページです。

 

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