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本がすき

「合戦で読む戦国史〜歴史を
  変えた野戦十二番勝負〜」

 

伊東 潤(著)(幻冬舎新書)1,100円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」といえばプロ野球の名将・野村克也氏が好んで用いた言葉だが、元々は『甲子夜話』で知られる肥前国松戸藩主・松浦静山の名言である。勝負の世界を知り尽くした者であれば腑に落ちる至言であろうが、これはすべての戦いにおいて通用するのであろうか。偶然と必然が織りなす運命に翻弄された勝者と敗者の明暗を分けたのはいったい何か。残酷なまでに晒される武将たちの天賦の才に時の運。戦場の歓喜と悲哀が切実に伝わってくる。

 戦国時代は城郭攻防戦が多く、いわゆる野戦は少なかった。新史実を踏まえた本書では「一定の地域に大兵力を集結して」戦った代表的な野戦十二を取り上げている。その明快な選択基準はぜひ本書で確かめてもらいたいが、第一章「北条氏康と川越の戦い」から第十二章「徳川家康と大阪の戦い」まで、勝因と敗因をじっくり読み進めれば戦国史を鮮やかに俯瞰することもできる。そして「賢者は理屈で動き、愚者は感情で動く」という事実にも気づかされるであろう。

 著者の伊東潤は人気と実力を兼ね備えた、いま最も筆の勢いがある歴史小説作家だ。作風は骨太にして肉厚。描写は大胆にして繊細。どの物語からも血沸き肉躍る人間模様をその息吹まで容赦なく再現している。圧巻の臨場感は豊富な取材力によるものであることが、本書や姉妹編である『歴史作家の城めぐり〈増補改訂版〉』といった上質なノンフィクション作品によって裏打ちされているといえよう。

 十二の勝負、それぞれに息を呑むが、特に第十一章「毛利輝元と関ヶ原の戦い」に注目してもらいたい。毛利家にとってこの戦は何だったのか。石田三成ではなく西軍総大将である輝元の視点から天下分け目の戦いを見直せば、また違った角度から歴史の真相を体感できる。もっと深く知りたい方は、最新資料を駆使した関ヶ原モノの決定版である10月発売の最新刊『天下大乱』(朝日新聞出版)を必読。乞うご期待だ。

 

週刊「世界と日本」第2228号

 

『ふんどしニッポン
 〜下着をめぐる魂の風俗史〜

 

井上章一(著)(朝日新書)979円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 「畚(もっこ)」「六尺」「越中」これらは褌の種類であるが、いまの日本で見分けがつく人はどれくらいいるだろうか。(答えは本書56ページの著者イラストを参照)ともあれ目のつけどころが素晴らしい。全ページから実に知的な刺激に満ちあふれている。もはや実用品ではなくこの国に古くから伝わる文化の象徴ともなった褌は、いったいいつ頃まで日常生活で使われていて、何がきっかけで廃れていったのか。その変遷を辿ることによってまさに隠されていた日本の風俗史が浮かび上がってくる。150点を超える貴重な図版も目を背けてはならない。ビジュアルイメージから記憶の底に眠っていたそれぞれの褌体験が蘇ってくるであろう。

 日本文化史の第一人者として人気を誇る著者について多くを語らなくともよいだろう。名著『パンツが見える。羞恥心の現代史』からちょうど20年。令和の時代になって本書が世に送り出されたことにもまた深い意義があるに違いない。昭和30年生まれの著者にとって褌はすでに馴染みが薄いものとなっていた。幼き頃、風呂屋の脱衣所で見かけた程度でブリーフ型のパンツ世代なのである。もう少し年上の世代であれば小学校時代に女子はスクール水着で男子は褌で泳いでいたという。このあたりは個人差、地域差も多いにあるようなのでぜひ本書をネタに語り合ってみると面白いだろう。

 明治以降に和装から洋装へと急速にスタイルは変われども下着は長らく褌のままであった。子どもはパンツで大人は褌という時代もあったようだが、図版からも海水浴場、学校のプール、徴兵検査、肉体労働、国際水泳大会などよくぞここまで集めたと唸らされる褌ワールドがうかがえる。三島由紀夫の正装であり、神事における褌は現在も当たり前の風景だ。パンツ時代だからこそ褌にこめた精神世界が際立っているのだ。著者の論考は国内に留まらず海の向こうまで自由自在に広がっていく。油断なきよう「褌を締め直して」読み進めてもらいたい。

 

週刊「世界と日本」第2224号

 

『幻想の都 鎌倉
 〜都市としての歴史をたどる〜』

 

高橋慎一郎(著)(光文社新書)902円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 コロナ渦による自粛ムードからようやく解き放たれた久々の行楽シーズン。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の評判によって鎌倉には大勢の観光客が押し寄せている。集客スポットの代表格のひとつは鎌倉駅から鶴岡八幡宮を結んだ「小町通り」だが、若宮大路に近いこの通りはもともと農道であり昭和40年代になって整備されたことはあまり知られていないだろう。

 中心地に鶴岡八幡宮を仰ぎ鎌倉五山や大仏、長谷寺なども林立。寺院や神社が多い町の印象も強いが、信仰が根づいたのは室町以降で、江の島や金沢八景とセットで行楽地として親しまれるようになったのは江戸時代から。避暑地や高級住宅街、リゾート地となったのは鉄道が開通した明治以降のことなのだ。

 本書は古代から近現代までの都市鎌倉の歴史を俯瞰しながら、一般人がイメージしている武家の都としての鎌倉は実は驚くほど実態がなく、幻想の中に生きていることを知らしめてくれる。奈良であれば平城宮、京都であれば御所、東京ならば皇居というように時代に刻まれた場所は「政権の本拠」が明確にあるが鎌倉にはそれがほとんど知られていない。幕府の跡はあるものの場所すら定かではないのだ。2013年に世界遺産登録に落選したのも「武家の古都」たる根拠が脆弱であったからである。

 この曖昧さは人口(じんこう)に膾炙(かいしゃ)されていた神護寺蔵の源頼朝像が実は別人で現在では「伝源頼朝像」となっていたり、鎌倉幕府の成立も「1192(いい国つくろう)」から「1185(いい箱つくろう)」に変わっていたりと、教科書が書き換えられている事実にも通じるものがある。

 しかし幻想であるからこそ想像は無限に広がり魅力もまた格段と増す。武家の都市はこうあってほしいという日本人の願望が鎌倉という街を作り上げたのかもしれない。ともあれ鎌倉が魅力的な土地であることは間違いない。源頼朝は自ら築いた史跡や血筋は残せずとも質実剛健で清廉な古都の空気感を後世に伝えたのだ。

 

週刊「世界と日本」第2223号

 

『古代中国の24時間
 秦漢時代の衣食住から性愛まで』

 

柿沼陽平(著)(中公新書)1,056(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 『三国志』など古代中国を舞台とした物語は人気ジャンルである。小説家たちが想像力を存分に膨らませて、英雄たちの血湧き肉躍る活躍を鮮やかに描きだす。人間味溢れる登場人物たちと壮大なスケールの魅力から、仕事の極意や人生の真理も伝わってくる点が多くの読者の支持を集めている理由だろう。

 しかし歴史は後世に名を残した人物だけが作り上げたものではなく、名もなき人たちの日々の営みの積み重ねによって成り立っている。軽やかに時空を超えて人々の肉声を届けてくれる『古代中国の24時間』はそうした歴史を学ぶ醍醐味にも気づかせてくれる極めて意味のある一冊だ。

 著者の柿沼陽平は気鋭の中国史家。本書では『ドラえもん』の秘密道具「翻訳こんにゃく」が登場するなど随所にユーモアを感じさせ、ロールプレイングゲームのような時間軸の構成や、語り口がカジュアルで親しみやすい。内容の確かさも10年にもわたる研究成果を踏まえており、その学術的な充実ぶりは20ページにも及ぶ巻末の注記からも窺い知ることができる。

 秦の始皇帝や項羽と劉邦、諸葛亮や曹操など名だたる英雄たちがどんな毎日を過ごしていたのか。さらに興味深いのは庶民たちの生きざまである。街の喧騒に家庭生活。ニワトリの鳴き声から始まる夜明け前から、就寝後に夢の世界に落ち入るまでの1日の風景はもちろん、嫁姑、口臭、男女間の諍い、性愛、子育てに教育など現代の新聞の人生相談のような切実な問題まで語られており興味が尽きない。さらに食事や買い物、仕事にレジャー。ペットとの付き合いかた、ファッションチェックの様子も微笑ましくて新鮮な発見の連続。とりわけ五感の描写が驚くほどリアルに再現されている。

 約二千年前の異国に暮らす人々の息吹を見事に活写した本書を読めば、当たり前の風景が愛おしく感じられるだろう。そしてこの暮らしが無名の先人たちの叡智によって作られたという事実を知ることができる。そう僕らは紛れもなく歴史のなかに生きているのだ。

 

週刊「世界と日本」第2217号

 

『まる ありがとう』

 

養老孟司(著)写真:平井玲子(秘書)(西日本出版社)1,320円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 なんと深い愛情に包まれた一冊なのだろう。本書は養老孟司の愛猫「まる」への思いを綴ったフォトエッセイ。NHK番組などで一躍人気となり17年間に渡り養老先生の相棒のような存在として多くのファンを楽しませてきた「まる」の訃報(2020年12月)は全国ニュースでも話題となった。死んでもなおYouTubeチャンネルの登録者数が伸び続けているという。まさに僕らの記憶の中に生き続けているのだ。

 「まる」は力士のような「どすこい座り」がよく似合う愛嬌あふれる猫。常に居心地の良さを追求し、性格はおっとりしていてマイペース。大好物は高級マヨネーズ。理屈なんか言わずに「素直に生きて、素直に死んだ」。その自由気ままな生き様と潔い死に際が羨ましいくらい見事なのである。

 114枚の「まる」の写真がまた素晴らしい。撮影者は養老先生の秘書・平井玲子氏。養老家の隅々まで勝手知ったる彼女だからこそシャッターを押せたのだろう。「まる」の表情も無防備で先生とのツーショットも飾らない家族写真(先生の一番のお気に入りはP80〜81)のようだ。

 いつも側にいた空気のような存在が居なくなる喪失感。生きていることの奇跡。日常の心のありよう。そして死ぬことの不思議。『まる ありがとう』から伝わるのは、長年連れ添ってきた分身に対する哀惜だけではない。長く培われてきた養老哲学のエッセンスが凝縮された大いなる「学び」の書でもあるのだ。国民的なブームとなった新潮新書『バカの壁』はシリーズ累計660万部突破の大ベストセラーとなり直近(2021年12月)発売の最新刊『ヒトの壁』も快調に売れている。『ヒトの壁』の帯は「まる」を抱く養老先生の写真で、最終章「ヒト、猫を飼う」はそのまま「まる」の物語だ。決して切ることが出来ない関係性は永遠に続き、今日も当たり前に「生きる」尊さも教えてくれる。「まる ありがとう」。

 

週刊「世界と日本」第2214号

 

『日本の城語辞典』

 

萩原さちこ(著)三浦正幸(監修)(誠文堂新光社)1,760円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 城は日本の原風景である。白亜の天守閣、草に埋もれた城跡。懐かしい城下町。どんなに栄えようとも寂れようとも忘れがたき記憶とともに城は心の中で生き続けている。老若男女、城好きは極めて多い。自分も40年来の城ファンであり、城郭関連本も買い漁って読んでいるがこの度、圧倒的に分かりやすい入門書の決定版ともいうべき1冊が発売されたので紹介したい。

 サブタイトルに「城にまつわる言葉をイラストと豆知識でいざ!読み解く」とあるが実に細やかで懇切丁寧な作りが見事。かつて全国に4〜5万もあったという城の歴史から伝説、専門知識だけでなく、グルメやご当地キャラクターといったサブカル的な周辺情報まで網羅しており遊び心も満載。城にまつわる映画、コミック、小説の紹介も興味深く、ページの下部にはパラパラ漫画まで仕込んでいるという念の入れよう。ビギナーでも通でも楽しめ、かゆいところすべてに手が届いている1冊だ。

 著者の萩原さちこは著作も多数で全国各地で開催される城イベントにも引っ張りだこの人気城郭ライター。本書の綴じ込み付録「戦国の山城」(「地球の歩き方」風で茶目っ気たっぷり)でもその勇姿を拝めるが、歴女たちでも安心して山深い城跡に導いてくれる格好の道先案内人である。監修の三浦正幸は城建築の専門家。硬軟併せた最強コンビだ。戦国武将や研究者はもちろん、城好き有名人も続々と項目の中に登場するので「人物」に注目してもいい。

 城知識の予習と復習にも最適で城めぐりのお供に必携。これでもかという徹底した内容の充実度からは製作者に面白がりが存分に伝わってくる。この高揚感は難攻不落の城に攻め入った(もちろん観光で)感覚によく似ている。攻略して山頂から見た絶景のように読後の満足感が素晴らしい。城は誰でも無条件で楽しめるパワースポット。誰かに話したくなる城トリビアの連続で読めばきっと城に行きたくなること間違いなしだ。

 

週刊「世界と日本」第2211号

 

『イップス 魔病を乗り越えたアスリートたち』

 

澤宮 優(角川新書)1,056円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 「イップス」という言葉は広く人口に膾炙(かいしゃ)するようになったがその真相を知る者は意外と少ないのではないか。膨大な参考文献から想像できるように本書は謎めいた「魔病」を綿密な取材によって解き明かした労作だ。最新の研究成果も踏まえており医学用語ではない「イップス」に対する考え方の変化もよく分かる。誤解を解き正しい理解を広めることが「イップス」に悩み苦しむ当事者たちを救うことにもなる。この一冊が投げかけるメッセージは実に貴重だ。

 「イップス」はスポーツに限った症状ではないがゴルフから来た用語である。阪神タイガースの藤浪晋太郎投手や女子プロゴルフの宮里藍選手が「イップス」ではないかとスポーツ紙を賑わせた事もある。本書に登場するのは岩本勉、土橋勝征、森本稀哲、佐藤信人、横田真一と言ったトップアスリートたち。ほんの些細な違和感が選手生命を左右するまでのスランプになっていく。それぞれの体験は共通項があればまったく異なる傾向もある。真面目で才能ある選手ほど起こりがちだが、人の数だけ症例があって「イップス」対応の難しさがうかがわれる。

 これまで「イップス」は心の病であると思われ続けてきた。ところがその原因はメンタル的な部分ではなく「脳」にあった。過度な反復練習、コーチの叱責、失敗のトラウマなど。期待に応えなければならないという極度のプレッシャーで脳が制御不能な状態となってしまうという。情報の遮断が解決法のひとつであるのだ。

 ここ一番という場面で手が動かなくなりミスをする。どんな職業でも起こりうることだ。突然降りかかる心身の局地的な不調はストレスのせいばかりではない。解決の糸口は徹底した現状の自己分析と、指導者の的確なアドバイスが必要だ。まずは現状を知ることそして良き人間関係を築くこと。「イップス」発生のメカニズムを紐解くことは私たち一般人にとっても参考にすべきことが多々ある。大いなる普遍性が感じられた。

 

週刊「世界と日本」第2210号

 

『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』

 

川内有緒(集英社インターナショナル)
2,310円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 耳でアートを見るとは一体どういうことだろう。気鋭の書き手である川内有緒の新作は目のつけどころが素晴らしく、刺激的な発見に満ちた一冊だ。控えめにいって今年のノンフィクション作品の中でもベストクラスの価値がある。「白鳥さん」とは白鳥建ニさん(51)のこと。年に何十回も美術館に通う全盲の美術鑑賞者だ。絵画の前で傍らにいる人から説明を聞き、頭の中で作品を再現する。文字通り耳でアートを楽しんでいるのだ。この前代未聞の試みは当初、どこでも受け入れられなかったのだが、彼の熱意は美術館の常識を変えた。開かずの扉を開かせ、先例を作っただけでも凄いことである。単なる視覚障害者のルポルタージュではなく、真っ直ぐに生きる生身の人間としての生き様が切実に伝わってくる。読みながら当たり前の価値観が音を立てて崩れさり、たちまちにして眼前の景色が一変した。これまでいかに「見えているようでも見ていなかった」のかとショックを受けた。眠っていた五感が研ぎ澄まされ、相手を思いやる気持ちも育ち、まったく思いもよらない「気づき」につながったのである。物事の本質を捉え、様々な境界を乗り越え、新たな考え方が生み出される。気がつけば「白鳥さん」たちと一緒になって美術館巡りをしていた。本文中のとあるページに掲載されていたのは黒塗り作品。説明を文章で「聞いて」頭の中で再現すると、その作品がカバー裏で見られるというアイディアもあって疑似体験も可能だ。造本も凝っており美麗である。紙の本の魅力を存分に味わえる点も強調したい。潜在的に持っていた障害に対する恐れなど、著者の心の葛藤と変化もまた身に迫ってくる。最後に至るのは「時」には抗えないが「時」を宝物にすることはできるという境地だ。深いメッセージを噛みしめ、読後の豊かな余韻にも浸れる。読まれるほどこの世の霧が晴れるような芸術の秋に相応しい一冊の登場だ。

 

週刊「世界と日本」第2209号

 

『東京の謎(ミステリー)

 ●この街をつくった先駆者たち

門井慶喜(文春新書)935円(税込)

ブックジャーナリスト 内田 剛

 

 「ブラタモリ」をはじめに街歩きをテーマとしたテレビ番組は世代を超えて親しまれ続けている。書店の棚も同様だ。気軽に散歩が出来なくなった昨今だからこそせめて活字で時空を旅したくなるのも人の常であろう。そんな中でイチオシしたいのが首都・東京をめぐる23の謎に迫った一冊である。

 著者の門井慶喜は2018年『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞した人気作家であるが、徳川十五代将軍「慶喜」の名前(本名)を裏切らず歴史系が強い。企業の「社史」収集を趣味とし、これまで書かれた著作群からも日本の近現代史、とりわけ江戸のまちづくりに関して精通している研究者でもあるのだ。大ヒットした『家康、江戸を建てる』の主人公は江戸という土地そのもので、都市創造の「プロジェクトX」的な物語である。対する『東京の謎』はカジュアルなスタイルで、『家康、江戸を建てる』をさらに楽しむためのサブテキストともなる一冊。江戸幕府の崩壊から新たな時代の幕開けにどのような過程で首都の街並みが形成していったのかが俯瞰できる。

 「街」と「人」にスポットライトを当てて闇の中から真実を暴きだす。筆づかいは活き活きとして澱みがない。豊富な知識量に裏づけられた作家としての視点も確かで「学び」と「発見」に満ち溢れている。刺激的な項目が並んだ目次を眺めただけでも興味深く、門井文学と史観を同時に知ることができるのだ。

 昨年まで約30年間、書店に勤務していた自分にとっては出版業界に関わるページが特に気になった。「早矢仕有的(丸善)と日本橋」「野間清治(講談社)と音羽」「新宿と紀伊國屋書店」「なぜ麹町は地図の聖地となったのか」などは街のシンボルとなった場所と企業戦略とのストーリーに思わず膝を打ってしまった。本書を読んで街に出れば眼前に見える風景は一変する。日常生活を豊かにする「知恵」の力をぜひ体感してもらいたい。

 

週刊「世界と日本」第2208号

 

 

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