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2023年の政治、世界経済は波乱が続きます。それでも日本は景気拡大持続へ。それぞれの専門分野で、深く丁寧に将来を見通します。

2023年2月6日号 週刊「世界と日本」第2238号 より

令和5年(2023年)岸田政権の展望と課題

 

政治評論家
伊藤 達美
 氏

《いとう たつみ》

1952年生まれ。 政治評論家(政治評論・メディア批評)。講談社などの取材記者を経て、独立。政界取材30余年。中曾根内閣時代、総理官邸が靖国神社に対し、東條英機元総理ら“A級戦犯”とされた英霊の合祀を取り下げるよう圧力をかけた問題を描いた「東條家の言い分」は靖国神社公式参拝論争に一石を投じた。「国対政治の功罪」、「土井たか子のアタマの中身」など著書多数。

 国会放送記者会(民法クラブ会員)。自由民主「メディア短評」執筆陣。

少なくとも6月までの退陣なし

 

 令和5年の岸田文雄政権がどうなるか展望してみたい。

 昨年、岸田政権は参院選に勝利したものの、安倍元首相の国葬問題や旧統一教会問題をめぐる対応、さらには相次ぐ大臣辞任で支持率が大きく下落した。このため、「退陣は時間の問題」との見方が多いようだが、筆者の見方は違っている。引き続き綱渡りの政権運営を強いられるものの、少なくとも6月までは岸田政権は続くし、その後は秋口の解散・総選挙をにらむ展開となり、さらにそこで勝利すれば来年秋の総裁再選が視野に入ってくると予想する。しかし、そのためには3つのハードルをクリアしなければならない。

 最初のハードルは来年度予算を年度内に成立させることができるかどうかだ。

 今年の予算審議は難問山積である。

 昨年の補正予算で29兆円規模の経済対策を打ったものの、依然としてわが国経済を取り巻く状況は厳しい。10年にわたる「アベノミクス」でも克服できなかったデフレに加え、ロシアのウクライナ侵略などによる資源高、物価高が重くのしかかる。来年度予算に盛り込まれた経済政策が現在の経済情勢に十分かどうか、厳しい論戦が交わされることになるだろう。

 また、来年度予算は防衛力強化の初年度となる。昨年末に閣議決定した防衛3文書に記載された「反撃能力」や防衛費の財源問題など、これに反対の立場の立民党や共産党などは激しく政府を攻撃するだろう。なんといっても、これまでの安保政策の歴史的大転換である。政府答弁の難易度はこれまでになく高い。もし、答弁ミスが発生すれば、たちまち立ち往生となりかねない。

 加えて、旧統一教会問題や閣僚の不祥事も引き続き不安材料だ。

 通常国会は1月23日召集が決まった。当初、同27日召集説もあったが、4日間早めたのは予算審議の日程をしっかり確保したいからではないか。政権としても予算審議の重要性を十分認識していると思われる。

 次のハードルは4月の統一地方選と衆院補選である。

 予算の年度内成立を果たしたからといって、いったん沈んだ支持率が急回復することは難しい。もし、岸田首相の「不人気」が原因で統一地方選の結果が振るわなければ、地方から「岸田降ろし」の声が出かねない。また、4月下旬には千葉5区、和歌山1区、山口4区で衆院補選がある。ここで自民党候補が全敗することになれば、「岸田退陣論」が現実味を帯びてくることになる。

 ただ、仮にこうした事態になったとしても、退陣に向けて政局が動くのは統一地方選や衆院補選が終わる4月下旬となる。5月には広島サミットがあることから、その直前の退陣は考えにくい。だとすれば、仮に退陣表明が行われるとしても、6月中旬の通常国会の会期末近くになってからだろう。

 その後、自民党総裁選が行われ、実際に政権が変わるのは7月末か8月になるのではないか。「少なくとも6月までの退陣はない」と考える理由だ。

 逆に、予算が順調に成立し、統一地方選や衆院補選でそこそこの結果を残すことができれば、岸田政権は昨年来の窮地を脱した形となる。そこから先は冒頭に述べたように、筆者としては解散・総選挙をにらむ展開を予想している。

 解散時期については10増10減に伴う公認調整の進捗状況が大きな要素となる。これが最後のハードルだ。

 増員都府県の新たな候補者擁立と、減員県における現職議員の処遇がポイントとなるが、政治家の政治生命にかかわるだけに調整は困難を極めることになる。そのほか、区割り変更は全体の約半分の140選挙区に及び、各選挙区支部長は新たな選挙区での支援者獲得などに追われることになる。

 これも一定程度の時間を要するだろう。しかし、茂木敏充幹事長や森山裕選対委員長の精力的な動きを見ていると、秋口にも準備が整うと予想する。あとは状況を見ながら岸田首相が具体的な時期を判断することになるのではないか。

 もちろん、「政界、一寸先は闇」と言われる。何が起こるか分からない。特に首相自身の健康問題やスキャンダル、あるいは大災害や安全保障上の重大事案が発生すればまったく別の展開となることはいうまでもない。

 

「ポスト岸田」不在の「一強」状態

 

 昨年からの変化で見逃せないのが、岸田政権を支える自民党の挙党体制が整ったことである。おそらく、昨年11月以来、相次いで党内有力者と会合を重ねたことで、当面の政局運営についての共通認識を形成することに成功したのではないか。

 実際、総裁選で岸田首相を支持した麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長、遠藤利明総務会長はもとより、萩生田光一政調会長も政策面で党内取りまとめに汗をかく。また、非主流派から党4役入りした森山裕選対委員長も公認調整に全力で取り組み、菅義偉前首相や二階俊博元幹事長も首相を支える姿勢を示している。

 一方、ポスト岸田の有力候補と目される河野太郎デジタル担当相や高市早苗経済安保担当相に対する評価や期待度は流動的で不透明だ。また、安倍元首相という支柱を失った安倍派もポスト岸田を目指して動き出す状況にはない。そういう意味で現在の自民党は「岸田一強」状態とさえいえる。

 

変わった岸田首相

 

 これまでの岸田首相のイメージは、決断が遅く、問題先送りの弱いリーダーではなかったか。しかし、筆者の見るところ、昨年10月末、山際大志郎コロナ担当相(当時)を更迭したころから様子が変わってきたように思う。

 その後も2閣僚が辞任するなど厳しい運営が続いたが、臨時国会最終盤で第2次補正予算や旧統一教会被害者の救済新法の会期内成立を果たしたのは岸田首相の強い意志によるところが大きい。

 また、長年の懸案となっていた原発政策の転換や昨年末の防衛3文書の改定や防衛費の財源問題でもぶれることがなく政府・与党をリードした。今年に入ってからも、例えば、1月4日の伊勢神宮参拝後の記者会見では、これまで「中身が見えない」との批判があった「新しい資本主義」について雄弁に語り、少子化対策に対する積極的な発言も目立ってきた。

 中国の故事に「男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ」という言葉がある。先入観にとらわれていると本筋を見失うことになりかねないのが、今年の政局かもしれない。

 


2023年1月16日号 週刊「世界と日本」第2237号 より

自我形成から自己確立へ

 

拓殖大学顧問
渡辺 利夫
 氏

《わたなべ としお》

拓殖大学顧問・経済学博士・著述家

拓殖大学前総長、元学長。昭和14(1939)年、山梨県甲府市生

まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科修了。

経済学博士。筑波大学教授、東京工業大学教授を経て拓殖大学に

奉職。専門は開発経済学・現代アジア経済論。(公財)オイスカ会長。

日本李登輝友の会会長。平成23(2011)年、第27 回正論大賞 受賞。

I 自己と他者

 

 私どもは、母親の胎内で生成し、この世に生まれてきます。私どもが初めて出会う他者が母です。他者であるとはいえ、きわめて密度の濃い「共生的」関係が母と子供の関係です。この母子の共生的関係から少し離れて存在するのが、父親です。母親とならぶもう一つの共生的関係にある他者が父親です。そして、その周辺にこれも多分に共生的な関係にある兄妹・姉妹さらには祖父母がいるはずです。いうまでもなく、これが家族です。この家族関係においては、自己と他者との関係は、それをみずからは選び取ることができない、そういう意味で運命的なものです。

 私どもは、まずは家族という共生的な他者の目の中に映る自己を確かめながら人生を出発させます。人生における最初の他者が家族です。家族という他者の目に映る自己が受容的であることを確認し、そうして私どもは「肯定的な自我」を形成していくはずです。逆に、母子関係、父子関係、家族関係がスムーズにいかず、緊張をはらむものであったりすると、「否定的な自我」が形成され、その後の人生の過程で私どもはさまざまな心理的葛藤に悩まされることになりかねません。

 幼児期、児童期を経て、少年・少女期、青年期に入っていくとともに、私どもは家族とは異質な他者との人間関係を取り結んで生きていかなくてはなりません。小学校、中学校、高校、大学へ進むとともに、血縁や出身地やその他のさまざまな属性において異なる人々との人間関係の中で生きていかざるを得ないのです。

 高校や大学を卒業していろんな企業、団体などの組織の中で働くようになれば、そこで取り結ぶ人間関係は、一段と錯綜したものとなりましょう。そうした人間関係の中でも、私どもは他者の眼に自分がどう映じているかを確認しながら、人生の船を漕いでいかなければなりません。きわめて多様な他者の眼の中に投影される自己を確認しながら、自己の他者への対応を変化させ、自我を確かなものとして形成していかなければならない。他者の眼に映る自分をつねに理性的に見据え、柔軟かつ自在に自己を変容させながら人生をしなやかに送るよう努めること、これが真に自立した人間の行動なのだと私は考えます。

 

II 自分史を書く

 

 人生とは経験の積みあげです。経験の文章化は、自分を再確認し、その後の自己を形成していくために欠かすことのできない作業だと私は考えます。自分史を書く絶好の機会が私にはありました。私の東京工業大学の退職は平成12年でした。最終講義で何を話そうか、随分思いあぐねたことを思い出します。経済学者が経済学のことをしゃべってもさして興味をもってくれそうにない。そう予想して私は「センチメンタルジャーニー—私の中のアジア」と、ややくだけたタイトルのレクチャーにしました。通常はあまり語ることのない自分史を、最後の機会なのだから一回くらいはみんなの前で話すのも悪くはないか、といった気分でした。

 その最終講義に雑誌Voiceの編集者の一人が聴講にきてくれていました。レクチャーが終わったところで彼は、“先生、今日の話、面白かったです。テープにとっておきましたので、それを原稿に起こしますから、朱入れしてうちの雑誌に掲載させてください”という。ゲラに結構な量の朱入れをしてできあがった論文を掲載してくれました。“最終講義が雑誌に掲載されることなんて初めてのことですよ”と後に編集長から言われました。

 自分史を書くという場合、出生に始まり現在にいたる年表のようなものをつくり、少年時代、青年時代、壮年時代、現在と大きく三つ、四つの時期を区分して、その中で自分にとって重要であったと思われる経験、その後の人生に与えた経験の意味などを書いてみたらどうでしょうか。一つのストーリーを書いていくと、書く前には想像もできなかったようなことどもが連想されてきて、内容は書いていくうちに段々と濃いものになっていきます。誰にも文章化しておきたい、そういう重要なことごとが人生の中にはあるはずです。

 

Ⅲ 経験と経験知

 

 私は大学を出てから日本化薬株式会社という民間企業に就職しました。そこで働き、その後に母校の大学院にいって博士号を取得、母校ではない大学の専任講師として教員・研究生活に入ったのです。

 就業期間は短いものでしたが、この民間企業での勤務は私の人生に大きな影響力を与えてくれた経験でした。会社を辞めた理由は、会社の仕事がいやになったからではまったくありません。“研究者としてなんとしてでも自立したい。その道に入るにはこの年齢くらいが限界かな”と思いを定めてのことでした。会社での勤務は、私にはむしろ大変、充実した時間でした。何よりその後の人生で経験することごとをみる時に、この時の経験ほど役に立ったものはないといってもいいほどです。

 会社に入ったのは昭和38年、翌年が東京オリンピック、「企業の時代」でした。私が勤務したのは、東京赤羽の荒川沿いに立地する医薬品製造工場でした。資材倉庫課に配属され、工場敷地内の各所への資機材の搬出入の事務を執り、傍(かたわ)らフォークリフトで化学薬品のドラム缶を主要部所に運び込むといったことも私の仕事でした。フォークリフトの運転免許や危険物取扱主任者のライセンスも当時取得しました。

 私が何より驚かされたのは、企業組織における人間関係でした。工場がコミュニティーを形成し、人々が相互に強く結びついて一つの小宇宙を形成しているではありませんか。赤羽の工場で観察した人間関係は、家族主義的としかいいようのない暗黙の合意を前提にした、まことに協調的なものでした。工場長はいつも菜っ葉色の作業服を着て、ネクタイなどつけておりませんでした。終身雇用を疑う者はおらず、少しずつではあれ給料が上昇していくことを楽しみとしていたようです。労働組合は確かに存在しましたが、労働組合が「経営側」と何かを争うという雰囲気を感じたことはありません。労働組合の方にも、そもそも経営側などという認識があったとは思われないのです。

 ここでは紙幅の関係もあって一つの経験しか書くことができませんでしたが、経験はこれを文章化することによって、初めて「経験知」となり、これが一つの確かなブロックとなります。別の経験を文章化してもう一つの経験知のブロックができあがっていきます。いくつもの経験知のブロックを積みあげていくと、簡単には崩れない経験知の大きな塊になります。このブロックの塊の大きさが、人間が成長したことの証なのではないでしょうか。さまざまな経験を、本当に自分自身の人生にとってかけがえのないものとするには、文章化がどうしても必要です。経験の文章化を継続すること、これを自分のクセのようにしてしまったらどうでしょう。人間が人間として成長し、自己を確立するには、これがどうしても欠かすことはできない条件ではないかと私は考えます。

 


2023年1月16日号 週刊「世界と日本」第2237号 より

新年に日本の針路を思う

 

日本大学 危機管理学部教授
先崎 彰容
 氏

《せんざき あきなか》

1975年東京都生まれ。専門は近代日本思想史・日本倫理思想史。東京大学文学部倫理学科卒業。東北大学大学院博士課程修了後、フランス社会科学高等研究院に留学。著書に『未完の西郷隆盛』、『維新と敗戦』、『バッシング論』、『国家の尊厳』など。

 

 令和五年の日本が、どのような時代を迎えるのか。私たちはどのような時代の渦中にいるのか。新年を占うには、過去からの俯瞰がかかせない。まずは昨年をふり返ることから始めよう。

 

 誰も知るように、昨年は憂鬱な事件一色だった。新型コロナ禍の窒息した気分を払ったのは、明るい話題ではなく、プーチンによるウクライナ侵攻だった。これまでどこか遠い話だった戦争が、にわかに緊張感を与えてきた。目下、年末のニュースは、防衛費増額の財源をめぐって、増税の可否で持ち切りである。

 また真夏の日差しの中、凶弾に倒れた安倍晋三元総理暗殺事件は、統一教会の存在をあぶりだし、いわゆる被害者救済法を成立させた。個人の自由な意思を抑圧する勧誘や、家族生活の維持を困難にする献金等にたいし、「十分に配慮」することを求める最中、改めて宗教とは何かが問われたのである。

 こうした事件の一つひとつは、脈絡もなく起きている。しかし筆者は、国内外の事件には、共通する時代の気分があると思う。

 それは現在が大きな転換点にあること、つまり「戦後レジームからの脱却」の時代に入ったという認識である。

 例えば、統一教会問題があぶりだしたのは、政教分離という問題である。戦前の日本は、戦争に突入する過程で日本国民に多くの犠牲と動員を強いた。

 それは当時の新興宗教の弾圧や戦争協力も含まれていた。したがって、戦後日本の基本的な考え方は、政治権力は抑制されるべきであり、信仰など個人の内面にかかわる部分については、介入を避けるというものであった。

 しかし今回、被害者救済法成立にあたり、与野党で論点になったのは、マインド・コントロールなど個人の内面について、与党が「配慮する」と規定したのに対し、野党がより強い禁止措置を求め、最終的に「十分に配慮する」に決着するというものだった。

 与野党の駆け引きは、冷静に眺めた場合、かなり奇妙な対立である。なぜなら野党はリベラル政党であるにもかかわらず、個人の内面にまで踏み込んだ強い禁止命令を求めたからだ。リベラルとは自由主義であり、個人の内面は本来、権力の介入を一切許さないと主張すべきである。にもかかわらず、与党より強い介入を求めたのが、今回の野党だったわけだ。

 私はなにも新年早々から野党批判がしたいのではない。問題は、戦後の私たちが常識とし、無意識の基準とみなしてきた政教分離が、耐用年数をむかえているということなのだ。統一教会問題で私たちに突きつけられたのは、国家権力は、あまりに理不尽な献金や精神支配をする団体にたいし、時に権力を発動して内面を救済することがあるということである。つまり宗教分野で「戦後レジームからの脱却」を行うべき時代がきたのだ。

 この観点から、今度は防衛費増額をめぐる議論を見直してみよう。ウクライナ情勢を受けて、防衛費の倍増と「国民全体」の増税負担が議論されている。増税ではなく国債発行を行う場合、将来世代に借金を先延ばしし、痛税感を回避できる。増税可否の論議を、自民党内の政争の具にしてはならないし、またマスコミが判で押したように繰り返す「説明不足」の議論も私は正直、聞き飽きた。

 大事な論点は次の点にあると思うからだ。

 戦後以来、日本は原則的に「吉田ドクトリン」すなわち軽武装経済重視の国づくりに励んできた。この常識と価値観が、国際社会の変化を受けて賞味期限が迫り、変化を余儀なくされているのだ。防衛もまた「戦後レジームからの脱却」の時期が迫っているのであって、その際、私たちが新たに直面する事態は、「決断力の有無」ということなのである。

 もし極東アジアの国から長距離ミサイルが飛来した場合、今のわが日本政府に数分以内で物事を決断する勇気があるだろうか。

 つまり平時かつ民主主義の最良の部分である「熟慮」とか「話し合い」を緊急事態モードに切り替え、決断という蛮勇をふるうことができるだろうか。

 このように考えた場合、安全保障の肝が、時に「説明不足」でも物事を即断即決することにあると分かるだろう。威勢のよい防衛装備品の充実、核シェアリングの必要性を叫ぶ前に、今、私たちが直面している精神的な脆弱性に注目すべきなのである。

 こうした宗教と防衛に関する戦後体制の危機があるにもかかわらず、私たちは有効な手段を見つけられていない。しかも歴史をさかのぼり、俯瞰した場合、現代は危機的様相を一層深めるとしか思えない。

 例えば今から百年前を思い出してみよう。一九一八年に第一次世界大戦が終結すると間もなく、世界はスペイン風邪の大流行に見舞われた。終息直後の二一年、日本国内では原敬が暗殺され、二九年には世界大恐慌が猛威をふるう。そしてヒトラーの登場が三〇年代の世界を激変させてゆくのである。

 つまり当時を政治・経済・外交でみた場合、まず大恐慌によって資本主義の危機が露呈した。その同じ時期、政治では議会制民主主義の限界が露呈し、ポピュリズムが独裁者を生み出していく。

 さらに外交においては、欧米中心の国際秩序に対し、日本が大東亜共栄圏構想を掲げて、挑戦していくことになるのだ。

 以上から何が言えるのか。百年前の世界は、民主主義・資本主義・外交秩序、いずれもが危機に直面していたということだ。だとすれば、令和五年の私たちもまた、同じ渦中にいるのではないか。

 昨年のウクライナ侵攻は、欧米秩序への挑戦を意味するだろう。グローバル経済は新型コロナ禍で失速し、今や資本主義は格差社会と同義語である。中国が台頭するということは、一党独裁型国家による民主主義体制の否定にほかならない。

 新年早々、暗い見通しを述べたかもしれない。だが大事なのは、今の自分たちの置かれた状況を「冷静」に把握することだ。この冷静さを失った時、危機になる。情報に翻弄され、本当の危機がやってくるのだ。そうならないための、忍耐の一年になることだろう。

 


2023年1月2日号 週刊「世界と日本」第2236号 より

日本よ、最善の道を歩もう

 

大阪大学名誉教授
加地 伸行
 氏

《かじ のぶゆき》

昭和11年大阪生まれ。同35年京都大学文学部卒業、高野山大学、名古屋大学助教授、大阪大学教授を歴任。現在、大阪大学名誉教授。文学博士。儒教を中心とする中国哲学史の研究とともに現代世相について批判・提言をしている。著書に『儒教とは何か』『マスコミ偽善者列伝』『令和の「論語と算盤」』など。

 

 謹賀新年。正月の諸刊行物やテレビ番組の中心テーマは、〈これからの日本〉であろう。事実、毎年、あれこれ書かれているし、テレビではそれらをテーマとするのが慣例。しかし、それら御高説のほとんどは〈一般論〉すなわち、なんとかを盛んにしましょう、かんとかに力を入れましょう、とかなんとか、当たり前のことを仰仰(ぎょうぎょう)しく言っているだけ。

 

 どこにも日本の将来を具体的に述べていない。大阪人の老生、それらを読み聞きしての感想はただ一つ。こうである。アホかいな。そして大阪弁の流行語を付け加えておこう、「なんか知らんけど」と。

 よっしゃ、そんなら大阪人の老生、キャーっと眼を剥(む)くような〈これからの日本〉について述べることにいたしたい。

 二点ある。まず第一点、こういう豪速球。

これからの日本は、〈鎖国で行こう、鎖国で〉これが日本の生きる最善の道である。

 明治維新以降、日本の学校教育の基調は、江戸時代封建制は誤りであり鎖国などもっての外として江戸幕府をボロクソにけなしてきた。そしてひたすら英米独仏などの近代国家を崇(あが)め奉って百五十年。

 しかし、英米独仏らは植民地政策で弱小国家から財物を収奪してきた。その結果、例えばアフリカの諸国家は独立国家として生きてゆく文化が育たず困っている。

 例えばアフリカの或る国の話。日本からの援助(ドル)の半分を政府幹部らがピンハネして自分らの懐(ふところ)に入れ、残りをその国家が使う。当然、目標未達成。すると臆面(おくめん)もなく、日本に援助増を求めてくる。それが近代化かよ。

 とにかく外国には根性悪いのがいっぱい。近代国家も後進国も、カネカネ、ゼニゼニ。こんな連中とつきあう必要があるのだろうか。

 江戸時代の鎖国は、外国からの侵略や植民地化を避けるための勝れた政策であった。もちろんそれだけではない。日本と戦争して、もし負けると敗軍の将は自分でハラキリしなければならない。それはかなわん、やりきれん、ということで外国は日本に来なくなった。しかし江戸幕府は、外国の様子は把握しておかねばならぬとし、オランダと中国(唐(から))とは常に連絡できるように連絡公館を長崎などにおいた。それらを通じて西洋事情や唐事情、例えば、ナポレオンの活躍などを把握していた。のみならず、限定的ではあったが通商もしていたのである。完全鎖国ではなかった。

 すなわち限定した相手国と通商や事情交換をしていたのである。ここだ、ここ。

 日本としては、例えば、アメリカは別格で通商をしよう。しかし、その他の国とは縁を切ろう。世界諸国に日本が出している工場はすべて撤退し、日本国内で生産をしよう。日本製品は優秀であるから、値段を今の倍にしよう。それでも外国は必ず求めに来る。

 そして、いま二百数十万人いるという外国人はその母国に帰ってもらう。彼らは、日本ではなくて、己の祖国のために働くべし。つまり、日本は日本人で構成することだ。

 当然、国防はアメリカとは協力しつつ日本人が中心となるべきである。日本は国防に徹し、絶対に外国へは兵を出さない。ただし、もし外国が日本に侵略してきたときは、当然闘うし、その外国への攻撃も行う。その責任は、すべてその外国にある。

 鎖国するのであるから、外国(アメリカ等を除く)とは、もうおつきあいはしない。舞台はすべて日本国内。外国のことなぞ、テレビやインターネットで知ればそれで十分。

 一方、当然、国民皆兵であるから、例えば体育はじゃらじゃらしたものはやめ、剣道、柔道、長距離走、体操などを中心とする。男女同様なのであるから、選択の必要はない。

 もちろん、キャンプや船に乗る訓練もしよう。同時に身体を使う職業訓練の初歩も行おう。

 自主独立、そして日本人たちの相互協力による選択的新鎖国で往け。

 次に第二点。人々は政府に対して、あれをしろ、これをしろ、と多くの要求をしている。政府は政府で、アレをします、コレをしますと、調子いいことを言っている。

 すかさず、評論家、それも経済評論家どもが政府にそんな金銭はないから無理、と叩く。すると政府は、国債を発行してそれを売り出して、それで得た金銭でゆきますと答え、平気でじゃんじゃん国債発行。

 そういうことが続いて、現在、日本の国家予算の四割前後が国債(借金)に対する利払いや満期返済費に使われている。家計で言えば、収入の四割が借金返済と同じ。

 このこと、われわれ庶民の生活に当てはめてみるがいい。例えばサラリーマン。月収が三十万円としよう。その四割の十二万円が借金返済用となれば、残りの十六万円で生活することとなる。それは始めから無理。そこで政府はミラクルボールを投げる。

 以下の話は、老生、三十年ぐらい前から提言しているのだが、だれ一人として見向きもしない。今後発行の国債に対しては一切課税しない。

 もちろん相続税なし。ここが大切。その新国債は現行の一万円札を刷ったあと、全面に日の丸を印刷して造る。この日の丸国債は通貨と同様としても使えるとする。しかし国債に付く利子はなし。

 となると、政府は日の丸国債をじゃんじゃん刷っても大丈夫。では誰が買うのか。大丈夫、相続税も消費税もないのだから、大金持ちはもちろん小金持ちも競争して買うであろう。ビンボー庶民も誇らしげに、ま、一枚(一万円分)ぐらいは買うか。

 すると、日本の人口の内一億人が、日の丸国債一枚(一万円)を買うと、それだけでポンと一兆円分の国債つまりは返済しなくていい現金が一兆円が政府の手に入り、それを自由に使える。といった計算が続いてゆく。

 この日の丸国債はいくら刷ってもインフレにはならない。なぜか。日本人は入手した余分の金銭はアメリカ人みたいにパァパァ使わず、がっちりと預貯金し、おネンネするからだ。

 鎖国そして日の丸国債—こういった思い切った政策を実行し国民を幸せにできる者こそ、真の首相である。

 


2023年1月2日号 週刊「世界と日本」第2236号 より

2023年経済安全保障と日本の針路

 

評論家
江崎 道朗
 氏

《えざき みちお》

1962年、東京都生まれ。九州大学卒業後、国会議員政策スタッフなどを経て2016年夏から評論活動を開始。主な研究テーマは近現代史、外交・安全保障、インテリジェンスなど。産経新聞「正論」執筆メンバー。2020年、フジサンケイグループ第20回正論新風賞を受賞。主な著書に『緒方竹虎と日本のインテリジェンス』(PHP新書)など。

 

 いずれ日本も戦争に巻き込まれるかもしれない。そう考えて日本政府はその準備を始めた。

 現に昨年から北朝鮮のミサイル発射を受けてJアラートという名の「空襲警報」が頻繁に鳴り響くようになった。北朝鮮のミサイルがいつ日本に着弾してもおかしくない事態なのだ。

 しかも日本の平和と安全を脅かす「脅威」は北朝鮮だけではない。

 民主主義国家では、自国にとってどの国が脅威で、その脅威から自国を守るためにどのような国家安全保障戦略を採用するのか、文書をまとめ公表している。この国家安全保障戦略を日本が初めて策定したのは2013年、第2次安倍政権の時だった。

 このとき日本にとっての脅威は《国際テロ組織によるテロ》や《北朝鮮の軍事力の増強と挑発行為》などで、中国やロシアについては脅威と見なしていなかった。

 ところが国際社会では、南シナ海や尖閣諸島を含む東シナ海において軍事的挑発を繰り返す中国への反発が強まっていく。経済的にも中国は急成長を遂げ、いずれアメリカを追い抜くかもしれないと囁かれるようになった。

 かくして中国への警戒が強まる中、2017年1月、アメリカにおいて中ロの脅威に備えることを重視するD・トランプ共和党政権が誕生し、米中対立が一気に顕在化する。

 しかもトランプ政権に代わって2021年1月に発足したJ・バイデン民主党政権もまた、中ロを脅威と見なす国家安全保障戦略を公表した。

 要はアメリカが超党派で中ロを脅威と見なすようになったことを受けて2022年4月26日、小野寺五典会長率いる自民党安全保障調査会は、日本も北朝鮮だけでなく、中ロの脅威に備える国家安全保障戦略を策定すべきではないかと提案した。

 この提案を踏まえて政府の国家安全保障局は、中ロの軍事的脅威についての分析を行い、その結果を9月30日、官邸に設置された「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」第1回会合において報告した。

 『安全保障環境の変化と防衛力強化の必要性』と題する報告によれば、中国の圧倒的な軍事力に対して現有の防衛力ではとても対応できず、抜本的な強化が必要だという。

 戦争は軍事バランスが崩れたときに起こりがちだ。そして日本周辺の軍事バランスは、中国が圧倒的に優位に立っていて、日中の差は今後、ますます開いていくことが判明したのだ。

 日本としてはオーストラリア、インド、イギリスなどの同志国を増やすことで中国を外交的に牽制しようとしているが、このままだと軍事力不足のせいで紛争を抑止できず、有事つまり戦争に巻き込まれるかもしれない。

 そこで岸田政権は「有事」に備えるべく9月22日、この有識者会議を設置した。その「趣旨」にはこう記されている。

《有事であっても、わが国の信用や国民生活が損なわれないよう、経済的ファンダメンタルズを<RUBY CHAR="涵養","かんよう">していくことが不可欠であり、こうした観点から、総合的な防衛体制の強化と経済財政の在り方について、検討する必要がある》

 有事、つまり戦争になったときに、アメリカを始めとする国際社会が味方してくれるよう《わが国の信用》を高めると共に、戦争になればウクライナのようにインフラを壊され、貿易も制限され、エネルギーや食糧・医薬品の不足から《国民生活が損なわれる》ことになりかねないため、その対策を今から検討・準備するのがこの有識者会議の「趣旨」なのだ。

 9月30日、第1回会議に出席した岸田首相も《有事であっても我が国の信用や国民生活が損なわれることを防がなければなりません》と発言している。会議の出席者からも《有事においても経済活動や国民生活の安定を維持していくには、機動的に財政出動できるよう、一定の財政余力を平時から保持しておく必要》という不気味な発言が飛び出している。

 戦争になれば、膨大な武器・弾薬、燃料などの戦費が必要になる。

 被災した国民のための医薬品、避難施設の準備を含めた衣食の提供も必要だ。そのために平時から財政余力、つまり戦費を準備しておく必要があると言っているわけだ。

 11月9日、第3回会議において佐々江賢一郎座長が提出した「議論の整理」でも、有事を想定した以下のような発言が記されている。

《有事における海外からの資金や資源などの安定調達が、日本にとり死活的に重要なことは明らか。もし、有事に物が手に入らない、円安進行でインフレが止められないといった事態になれば、国民生活がさらなる危機の渦中に追いやられ、国民の一体性が保てなくなりかねず、そうしたリスクを避ける備えは重要》

 国民生活を維持するうえで重要な物資が、有事になると手に入らなくなるかもしれない。よって事前に備蓄したり、生産施設を増やしたりしておかなければならないというわけだ。

 そこで2022年5月に制定された経済安全保障推進法に基づき岸田政権は、有事に際して供給が滞ると国民生活に支障が出る「特定重要物資」の選定を進め、11月16日、官邸で開かれた「経済安全保障法制に関する有識者会議」に対して、半導体、蓄電池、永久磁石、重要鉱物、工作機械・産業用ロボット、航空機の部品、クラウドプログラム、天然ガス、船舶関連機器、抗菌薬、肥料の計11分野を提示した。

 今後、民間企業がこれらの物資について設備投資や備蓄などの計画を作成し、所管大臣の認可が得られれば、企業は政府から資金支援を受けられることになる。

 岸田政権は既に令和4年度第2次補正予算案にその関連費用として1兆358億円を計上している。有事に備えて重要物資を備蓄したり、生産設備を増やしたりするよう民間企業に要請する代わりにその経費を政府が負担する仕組みだ。

 2023年、日本は戦争を抑止すべく同志国との連携を更に強め、防衛力を抜本的に強化するだけでなく、抑止に失敗した場合を想定して官民挙げて「有事」への備えを本格化させていくことになる。

 


2023年1月2日号 週刊「世界と日本」第2236号 より

今年の政治点描
反転攻勢なるか岸田政権

 

評論家
ノンフィクション作家
塩田 潮
 氏

《しおた うしお》

1946年高知県生まれ。慶大法卒。雑誌編集者、月刊『文藝春秋』記者などを経て独立。『霞が関が震えた日』で講談社ノンフィクション賞受賞。『大いなる影法師』、『昭和の教祖 安岡正篤』、『田中角栄失脚』、『日本国憲法をつくった男 宰相幣原喜重郎』、『密談の戦後史』、『東京は燃えたか』、『内閣総理大臣の沖縄問題』、『危機の権力』、『解剖 日本維新の会』、近著に『大阪政治攻防50年』など著書多数。

 

 12月10日、臨時国会は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の被害者救済新法を、共産党などを除く与野党の賛成で成立させ、延長なしで閉会した。岸田文雄首相は在任9カ月で衆参選挙を乗り切って2年目を超えたが、9月以降、内閣支持率急落、朝令暮改答弁、3閣僚交代などで大逆風に直面した。何とか持ちこたえて新年を迎えるという展開だ。

 

 2023年は3つの意味で政治の大転換点に当たる年である。

 まず歴史を大きくとらえると、明治維新の1868年から現在までの154年は、1945年の敗戦までの戦前期の77年と、以後の戦後期の77年に区分できる。2023年はその次の「新時代」の入り口の年となる。

 第2に、23年は自民党の野党初転落の93年から数えて30年目だ。30年で野党を2度、経験したが、「2度あることは3度ある」の言葉どおり、3度目の下野が起こるかどうか。

 第3は、12年12月26日の自民党政権復活から満10年である。当時の石破茂幹事長が後にインタビューで口にした「何があっても最低10年は与党を続けなければ」という言葉が今も耳に残っている。

 「自民党政権の賞味期限は最低10年」と強調したが、同時に、与党自民党の耐用年数は10年かも、と思った。耐用年数の10年目、迷走の岸田首相は賞味期限切れ寸前と映る。

 岸田氏は28年ぶりの「宏池会首相」だが、宏池会の伝統の「経済重視・リベラル」の路線や「徹底した現実主義」、岸田流の「聞く力」が表看板だ。衆参選挙乗り切りのために22年7月の参院選まで安全運転に徹したが、以後、自前走行となった途端、次々と「裸の実力」が露呈した。

 掲げる「新しい資本主義」は生煮えの看板倒れ、政策の構想力と実現力、政権運営力、危機対応力はいずれも未熟で、権力未掌握の「欠陥首相」という素顔が明らかになる。国民は政権担当1年目で看板の裏側の実像に気づき始めたようだ。

 岸田首相は自民党国会対策委員長、外相、政務調査会長などを経て政権を手にしたが、内閣官房長官、官房副長官、自民党幹事長はすべて未体験だった。岸信介元首相以降の計21人の自民党首相では超短命の宇野宗佑氏、逆手戦法で乗り切った小泉純一郎氏、岸田氏の3人だけである。

 政権の中枢や党務の要の経験なしで首相となったため、政権運営や権力行使の本質に対する理解が乏しい。それが「欠陥首相」の原因という指摘もある。

 岸田流政治は霞が関の官僚機構への依存が目立つ。官僚主導は宏池会政治の特徴との分析もあるが、首相の権力未掌握による求心力の欠如の裏返しという見方も有力だ。

 期待外れ、役立たずという失望感が国民の間に広がり、そろそろご用済みと見限る空気も強くなる。民意の岸田離れが政権失速の主因であった。

 野党はこの政権漂流を見逃さなかった。

 22年8月26日、野党第1党の立憲民主党は泉健太代表の下で新執行部を発足させた。野党第2党の日本維新の会も翌27日、馬場伸幸新代表を選出した。

 両党は長らく「水と油」「不倶戴天」の関係だったが、「呉越同舟」に舵を切る。9月21日に政策合意を発表し、国会での共闘体制を作り出した。

 10月3日からの臨時国会で、連携して岸田政権を追い詰めた。統一教会問題の新法では、法案成立の前、首相側に譲歩を飲ませた。

 野党側で「非自民・非共産の結集」を目指す国民民主党の前原誠司代表代行は「非常に望ましい動き。中道保守の改革勢力の緩やかな固まりを」と説く。問題はこの後、国会共闘を選挙共闘までレベルアップできるか否かだが、簡単ではない。

 「立民との選挙協力はノー」の松井一郎大阪市長(維新前代表)や、維新嫌いの労働組合の連合の存在という高い山がそびえる。

 とはいえ、カギを握るのは国民の民意だ。民意が政権交代可能な政党政治の復活という方向を望めば、山が動く可能性が高くなる。

 政権交代可能な政党政治の復活は、現実には現在の「自民1強」の突破、つまり自民党の過半数割れの実現が不可欠だ。それには野党側による与党分断の成否がカギとなる。

 分断の起爆剤は、安全保障政策、背中合わせの防衛予算と財源としての増税対策、その根幹の憲法問題の3点と見る。与野党の枠を越えて新しい緩やかな固まりを生み出すために、野党側はこの3点で民意が支持する旗と軸を提示できるのか。

 当然ながら、与党側も同じ視点と戦略に立って「野党の分断」を策するはずだ。すでに分断の仕掛けは水面下で始動している。

 岸田首相の23年の取り組みは、言うまでもなく政権の立て直しである。最短でも24年9月の自民党総裁任期満了までの政権維持が悲願に違いない。

 実際には、このままでは政権の死に体化、さらに早期退陣もありうる情勢だ。自ら設定した5月の広島サミット(主要先進国首脳会議)閉幕直後の退陣を意味する「サミット花道論」や、4月の統一地方選後の交代を唱える「4月政変説」なども飛び交っている。

 「いつの時代も政権の危機脱出策は2つに1つ。正攻法の正面突破か政局転換のための『リセット解散』のどちらか」といわれる。岸田首相には「政権維持の切り札は衆議院の解散」という明確な自覚があると見て疑いない。リセット解散は視野にあるはずだ。

 ただし、早期解散には2つの壁がある。「サミット前の退陣」リスクを伴う4月以前の衆院選の確率は低いと見られる。もう1つは、不人気首相の下での衆院選に対する自民党内の「解散ノー」の大合唱も予想される。

 となれば、正攻法の正面突破作戦に賭けるのか。コロナ対策、旧統一教会問題、物価や円安などの経済政策、安全保障など、喫緊のテーマに正面から取り組み、得意分野と自負する岸田外交で得点を挙げて危機脱出を図る。

 そうやって長期政権の基礎を築く王道の政治に挑むことができるのかどうか。岸田首相は視界ゼロの胸突き八丁が続く。

 


2022年12月19日号 週刊「世界と日本」第2235号 より

視界不良の岸田政権
〜反転攻勢なるか 越年の課題〜

 

NHK放送文化研究所
研究主幹
島田 敏男
 氏

《しまだ としお》

1959年山梨県甲府市生まれ。81年中央大学法学部政治学科卒、日本放送協会入局。福島、青森放送局記者を経て、報道局政治部記者となり中曽根内閣以降の政治報道に携わり、2001年より解説委員となり「日曜討論」キャスター、解説主幹、解説副委員長、名古屋拠点放送局長を歴任し、20年7月より現職。

 

 安倍晋三元総理大臣が凶弾に倒れたのが7月8日。その2日後の10日投開票の参議院選挙で、岸田自民党は野党の分裂にも助けられて「そこそこの勝利」を収めた。

 

 「大勝利」と言えないのは、比例代表の得票率が伸び悩み、改選前の19議席から1議席減らしたから。バラバラの野党にも風は吹かないが、自民党に対する大きな期待があるわけでもない。そんな状況の中での「そこそこの勝利」だったわけだ。

 その危うさは、8月に入ると顕在化してきた。NHK月例電話世論調査では、参院選直後の7月調査で内閣支持率が59%と発足以来のピークを記録したが、8月以降は低下傾向が続き現在に至っている。8月46%、9月40%、10月38%、11月33%で、各種世論調査と軌を一にするトレンドだ。

 本稿執筆時の11月下旬時点で俯瞰してみると、「岸田内閣が挙げた成果と言えるものがなかなか見えてこない」「岸田内閣はふわふわしている」という国民の受け止めが少なくないことを物語っている。

 安倍元総理が健在だった7月8日の事件前までは、総理OBとなった安倍氏が展開する安全保障などでの保守的、あるいはタカ派的な政策提言を浮揚力として受け止め、それに対し「ちょっと待った」と言いながら国民に慎重さをアピールする面があった。安倍氏を利用していたと言えなくもない。

 しかし、それは成果や実績とは別もので、向かい風を利用して空に舞い上がるグライダーの姿にも似たものだった。それが安倍氏の死によって浮揚力を失い、失速の憂き目にあったとも言える。

 ただし、問題の所在はそれだけではないだろう。8月以降続く内閣支持率の低下理由を考えると、大きく以下の3つのことが密接に絡まった結果と指摘せざるをえない。

 1つ目は凶弾に倒れた安倍元総理を閣議決定によって国葬で追悼した点。そこには評価が割れている政治家の追悼を全額国費で行った、実施の根拠が曖昧なまま国会の議論を経ずに決めた、中曽根元総理も内閣・自民党合同葬だったではないか、などの不満がまとわりついていた。

 2つ目は旧統一教会と自民党の関係について疑問が残り続けている点。安倍氏の命を奪った容疑者の供述がきっかけになり、霊感商法などが社会問題化してきた旧統一教会と政治家の関係に改めて厳しい目が向けられた。それにも関わらず自民党が国会議員本人からの申告に基づく「点検」にとどめていることに対し、中途半端さ、曖昧さを感じている国民は多い。

 3つ目は、山際、葉梨、寺田の3閣僚の事実上の更迭に至る判断が遅かった点。国会での野党の追及に対し「職責を全うする」と繰り返し答弁させておきながら、各種世論調査で厳しい数字が出るたびに遅ればせながらの辞表提出が繰り返された。このお粗末さには自民党内からも批判が出ている。

 では、以上の3点がくすぶり、さらに現在進行形の今、なぜ「岸田降ろし」が顕在化してこないのか。それはひとえに国政選挙が暫くないからという事情に過ぎない。去年9月、目前に控えた自民党総裁選を前に、菅総理・総裁が続投断念に追い込まれたのは、10月に任期満了が迫っていた衆議院選挙をにらんで、全国の自民党支持者が「菅降ろし」に走ったからだ。コロナワクチン接種の実施を強力に推し進め、東京オリンピック・パラリンピックを無事に開催させた菅氏だったが、「選挙の顔を変えなくては勝てない」という自民党支持者の悲鳴には抗しきれなかった。

 内閣支持率の低下は、無党派層や野党支持者の岸田離れが大きな要因だが、来年4月に統一地方選挙を控える中で、岸田内閣を支える自民党支持者の中に変化が出ているのかどうかも気になるところだ。NHK世論調査の7月と11月を比べてみると、全体の内閣支持率は7月59%⬇︎11月33%、自民党支持者の内閣支持率は7月86%⬇︎11月59%。全体の支持率低下の割合が、自民党支持者の支持率低下の割合とほぼ重なる。つまり政権の足元で著しい「岸田離れ」が起きているのだ。

 自民党の国会議員の中には「衆院選や参院選を控えていれば『岸田降ろし』が表面化しかねないが、当面は来年4月の統一地方選だけだからそうはならない」と定番の答えを語る人たちもいる。だが、果たしてそうなのだろうか。私は日頃から地方議会の議員たちとの意見交換を心がけているが、10月あたりから「このままでは来春の選挙で当選できない」という自民党所属議員の悲痛な声を耳にするようになった。

 11月のNHK世論調査では次のような質問もしている。『旧統一教会と国会議員の関係が、相次いで問題になっています。あなたは、地方議員も関係を点検し、明らかにすべきだと思いますか。それとも明らかにする必要はないと思いますか』⬇︎明らかにすべきだ71%、明らかにする必要はない18%、わからない、無回答11%

 国民の7割が「明らかにすべき」と答えているところに、旧統一教会を巡る問題に対する依然として厳しい視線を感じる。統一地方選に向けて、自民党の支持者や候補者の不安を解消するには党としての対応が必要だろう。

 一方で、国民に向けて必要なメッセージは何か。明確に言えることは、年明け以降に岸田政権が何を中核的な政策として進め、どういう優先順位で臨むかの表明だろう。総理大臣就任にあたって「新しい資本主義」と大風呂敷を広げたために、逆に何に力を入れようとしているのかが分かりにくくなっている。岸田総理は日本の将来を見据えた人口減少対策、当面のエネルギー危機を回避するための原発再稼働、経済構造の転換を促す国内投資の活性化に力点を置こうとしているとも伝えられる。

 であればこそ、年末記者会見から年初の施政方針演説にかけて、内外に向けた発信の機会に、柱となる政策の意図表明と優先順位付けを行うべきだ。それこそ「できなければ辞める」覚悟がにじむような強烈な発信がなければ統一地方選も耐えられない。反転攻勢はそこからだろう。

 


2022年11月7日号 週刊「世界と日本」第2233号 より

岸田政権は日本経済を救えるか
〜「新しい資本主義」には戦略的改革が不可欠

 

大阪経済大学特別招聘教授
経済評論家
岡田 晃
 氏

《おかだ あきら》

1947年大阪市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社。記者、編集委員を経てテレビ東京に異動。WBSプロデューサーを経て、ニューヨーク支局長、テレビ東京アメリカ初代社長、テレビ東京理事・解説委員長。06年より経済評論家として独立し、大阪経済大学客員教授に就任。主な著書に『明治日本の産業革命遺産』など多数。

 

  岸田政権が発足して1年余りが経つ。最近は、旧統一教会問題などで批判が高まり、支持率が急低下。看板政策の「新しい資本主義」も依然としてあいまいなままで、直面する物価高や円安などを乗り切るべき経済対策は精彩を欠いている。岸田政権は果たして日本経済を救えるのか?

 

 10月28日、岸田政権は事業規模71兆円にのぼる総合経済対策を決定した。タイトルは「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」。

その主な内容は、

① 物価高騰対策と賃上げ(電気・ガス代の支援、中小企業の賃上げ支援など)、

② 円安を活かした「稼ぐ力」の回復強化(観光支援、地域活性化、円安を活かした経済構造の強靭化など)、

③「新しい資本主義」の加速(人への投資強化と労働移動の円滑化、DXやGX推進、妊娠女性への10万円支給など)、

④ 国民の安全・安心確保(ワクチン接種体制強化、経済安保・食料安保、子どもの安心・安全対策支援パッケージなど)

 などとなっている。

 ここに挙げたものは要約に要約を重ねたもので、実際には4本柱に沿って数多くの政策項目が並んでいる。個々の対策は妥当なものが多く、それなりの経済効果が期待できるように見える。

 政府は、同対策が実質GDPを4・6%押し上げ、消費者物価上昇率を1・2%程度抑制すると試算している。これに対し民間エコノミストの間では「実際のGDP押し上げ効果はせいぜい2%台」との見方が多い。それでも2%台の経済効果なら、もう少し評価されてもよさそうなものだが、政府の経済政策に敏感なはずの株式市場ではほとんど話題になっていない。

 それは、既存の対策項目を総花的に集めたものが多く、中身が薄いと受け止められているからだ。事業規模を大きくすることが優先され、実際に対策をどのように実現するかが示されていない。全体として「物価高克服・経済再生」いうイメージがわいてこないのである。

 実は、岸田政権は今年4月に総額6兆円余りの「緊急対策」、9月に3兆円超の「追加対策」を策定している。いずれも同じようなパターンで、今回の対策にはその繰り返しの内容も少なくない。

 そのうえ、これまでと今回の対策は、補助金や交付金、給付金などの支給が中心という特徴がある。こうした経済対策の中身、そして規模ありきという発想、これらはいずれも1990年代の景気対策でさんざん見てきた光景だ。

 バブル崩壊後、宮沢内閣から森内閣までの歴代政権(細川政権を含む)は合計9回、合計121兆円の経済対策を打ってきたが、回を重ねるごとに規模を競うようになっていった。一時的な景気テコ入れでは一定の効果があったものの、目先の対策に追われ、バブル崩壊で傷んでしまった日本経済を抜本的に立て直すような政策はほとんどとられなかった。このことが、経済低迷が長期化した一因だ。

 2001年に登場した小泉政権が構造改革を打ち出したのは、そうした90年代の教訓の上に立ったものだった。「構造改革なくして景気回復なし」と叫んだ小泉首相の言葉が、そのことを端的に表している。小泉首相は就任早々、構造改革の具体的な柱として、金融機関の不良債権処理、道路公団民営化や郵政民営化、規制緩和など、明確でわかりやすいテーマ、そして実現のための改革戦略を示し、首相の強いリーダーシップで推し進めていった。

 安倍政権のアベノミクスも、「デフレ脱却と日本経済再生」という明確で適切な目的、それを実現するための「3本の矢」というわかりやすい戦略を打ち出した。これも、異次元の金融緩和(第1の矢)など、旧来型の景気対策を超えた“改革”であり、アベノミクスは改革志向の強い経済政策であったと言える。

 小泉、安倍の両政権にはそれぞれ批判や異論もあったが、かなりの程度、日本経済を回復させたことは間違いない。両政権が長期政権となったのも、そうした改革の成果でもあると言えるのだ。

 これらの歴史の教訓は、日本経済の構造的強化のためには、明確でわかりやすい方針と具体的な戦略、トップのリーダーシップによる「改革」が必要ということである。

 しかし残念ながら、これらが現在の岸田政権に欠けている点なのである。むしろ、政策の中身や政策決定プロセスが90年代に逆戻りしている感さえある。

 看板政策の「新しい資本主義」にしても、依然として目的がはっきりせず、全体像があいまいだ。首相は当初、「新自由主義からの転換」とうたい「分配」を重視していたが、徐々に「分配」よりも「成長」への言及が増えていった。具体策でも、たとえば金融所得課税強化を言い出したり引っ込めたりで、軸そのものがブレている印象だ。

 さらにカギとなるのが「改革」である。首相は就任後しばらくの間、「改革」という言葉をほとんど使わなかった。その理由について、あるインタビューで「改革という言葉は冷たい印象を与える」と語っている。だが改革を避けていては、日本経済再生はおぼつかない。

 首相は最近、賃上げや労働移動の円滑化を重視している。それが重要なことは筆者も全く同感だが、そのためには、労働市場を硬直化させている現行の労働諸規制や制度の改革、労働慣行の見直しなど、大胆な改革が欠かせない。補助金や給付金を配るだけでは、日本経済の力そのものを強くすることはできないのである。

 今からでも遅くはない。岸田首相は「新しい資本主義」でどのような日本経済の姿をめざすのか、それを実現するための目標と戦略をわかりやすい形で国民に提示することが必要だ。そのうえで総花的に政策を並べるのではなく、重点策を明確にし、そのための改革に踏み込むことが求められる。それが、岸田政権が現在の正念場を乗り切る道でもあるのだ。

 


2022年11月7日号 週刊「世界と日本」第2232号 より

最近の風水害の変化と被害軽減策の提案
~住民の新たな災害文化の醸成~

 

関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長
京都大学名誉教授
河田 惠昭
 氏

《かわた よしあき》

関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長、人と防災未来センター長。京都大学名誉教授。国連SASAKAWA防災賞、防災功労者内閣総理大臣表彰など受賞。日本自然災害学会および日本災害情報学会会長を歴任。主な著書に『これからの防災・減災がわかる本』『にげましょう』『日本水没』『津波災害(増補版)』等。

 

 ここでは、風水害とは台風や集中豪雨による水害とし、最近起こっていない高潮は対象としないことにする。

 

 

劇的に変わった水害の特徴

 

 まず、線状降水帯による豪雨で、水害の起こり方が劇的に変化した。これについては、国土交通省の社会資本整備審議会河川分科会の専門家も気づいていない。順序を追って説明しよう。1976年から始まった気象庁のアメダスによる観測期間は、40年を少し超えているが、1995年までの前半の20年間とその後の2015年までの20年間を比較すると、つぎのような明白な差が発生している。1時間に50、80、100㎜以上の雨量の観測回数は、後者の方が1・36、1・63、2倍というように、激しい雨ほどよく降るようになっている。この傾向は、2016年から現在まで続いていることも確かめられた。この変化が、水害という形でどのように変化したのだろうか。図は同省が毎年出版している河川データーブック2020に掲載された図に加筆したものである。これから1996年頃から一般資産水害密度(1ha 当たりの被害額)が倍増(これを相転移という)していることがわかる。この事実は、2000年以降の水害データーを解析しても明らかにならない。なぜなら、劇的な変化はその5年前に起こったからである。豪雨の原因が線状降水帯の形成らしく、それが2012年九州北部豪雨災害として顕在化してきたというのが通説になっている。

 なぜ水害密度が倍増したのか。その原因は、浸水家屋数は経年的に顕著に変化していなくても、床上浸水家屋が増えたからである。後述する『相転移』によって、水害被害の出方が、これまでの破堤氾濫から越流氾濫に変化した影響が出ているのである。これと同時に、内水氾濫でも床上浸水家屋が増えていることも挙げられる。

 

添付図の説明

 浸水面積や被害額に比べて一般資産水害密度だけが1996年頃から突然、倍増して現在までその傾向が続くことを表している。

社会現象としての『相転移』で、激増した水害被害

 

 誰もが知っているように、水は0℃以下では氷に変化する。液体が突然固体に変わることを熱力学では『相転移』と呼ぶ。これが社会現象でも起こることを筆者は発見し、その実例を紹介した。1995年阪神・淡路大震災や2011年東日本大震災が巨大災害となったのは、いずれも相転移が起こったからである。

 前者では、老朽木造住宅が地震の強い揺れで瞬時に全壊・倒壊して大量の住民が犠牲になった。後者では、地震後、津波来襲下で大勢の住民が直ちに避難しなかったからである。いずれも事前対策の徹底によって、被害軽減は可能であった。

 この相転移現象に着目すれば、大災害時に相転移が起こらなければ被害は標準的な危機管理手法の適用で中庸化できることを期待してよいだろう。つまり、日頃の防災対策が効果を発揮するというわけである。『何が原因でわがまちの風水害被害が大きくなるのか』ということが事前にわかれば、そうならないように対策すればよいのである。阪神・淡路大震災の場合は、震災前の老朽木造住宅の耐震化であり、東日本大震災では、大津波警報が発表され、避難指示が出れば確実に避難するという行為である。いずれの震災でも実際には不完全だった。

 

住民の災害文化による被害軽減策

 

 災害文化とは、言い換えれば日常の習慣であり、科学的根拠がなくても、「そうした方がよい」と考えられるのであれば実行すればよい。だから、自助で簡単に実行できる。たとえば、大雨警報が出ると道路が浸水している危険があり自動車の運転に気を付けるとか、1階で浸水して困るものは2階に置いておくなどの努力である。

 想像できないような豪雨が降るようになり、従来の災害文明的(科学的)な治水対策は、たとえ流域治水を考慮しても十分ではないだろう。しかも、時間も経費も必要だ。したがって、自助・共助努力による災害文化的な軽減策が必須となる。まず、河川の氾濫(外水氾濫)と市街地の浸水(内水氾濫)に大別して考えよう。まず、外水氾濫では、木造平屋建てが最も危険である。だから、豪雨の場合、万が一を考えて近所の二階建住宅に避難できるようにお願いしておく必要がある。とくに要介護者など避難行動要支援者が在宅の場合は、近隣住民の協力も必須であり、事前に訓練するなど準備しておかなければならない。ただし、2階の天井まで浸水する危険のある所ではこれでは不十分で、事前にタイムラインを導入して行政と協働して実行環境を作る必要がある。2020年球磨川の水害では、2階の天井まで水没した地域でも死者は出なかった。タイムラインによって事前に安全な場所に避難したからである。タイムラインは3種類用意しなければならない。自治体(他機関連携)、コミュニティ(町内会)、家族と私のタイムラインであり、それぞれ公助、共助、自助に対応する。

 一方、内水氾濫のハザードマップは自治体が用意していないのが一般だ。たとえ浸水しても2階におれば安全だからだ。そこで、過去に床上浸水した地域では、大切なものは日頃より2階に上げておくことで被害を免れる。内水氾濫では、浸水対策をしていない地下空間、たとえばマンションの地下駐車場などは水没する。事前に下水の排水管の逆流などによる水没危険性をチェックしたほうがよい。心配なのは洪水ハザードマップで床上浸水する地域である。そこでは、もし電線地中化しておれば、地上に設置してある変圧器塔の浸水によって停電する危険がある。

 

参考文献

(1)河田惠昭:都市災害の特質とその巨大化のシナリオ~災害文化論事始め~、自然災害科学、Vol.10,No.1,pp.33-45.

(2)河田惠昭:相転移する社会災害への対処―COVID-19と豪雨災害の場合―、社会安全研究、Vol.11,pp.37-56,2021.

(https://www.kansai-u.ac.jp/Fc_ss/center/study/pdf/bulletin011_11.pdf)


2022年10月17日号 週刊「世界と日本」第2231号 より

豊作貧乏の日本経済

 

元国税庁長官 ベトナム簿記普及推進協議会名誉理事長
大武 健一郎
 氏

《おおたけ けんいちろう》

昭和21年生まれ。東京都出身。昭和45年東京大学卒業後、大蔵省(現財務省)入省。大阪国税局長、国税庁長官を歴任。退官(平成17年)後、商工組合中央金庫副理事長。現在、大阪大学大学院医学系研究科招聘教授、北京中央財経大学名誉教授。著書は『「平和のプロ」日本は「戦争のプロ」ベトナムに学べ』(毎日新聞社)など多数。

 

1 2000年以降の日本経済

 

 日本経済は2000年以降20年以上にわたって大幅な経済成長も物価上昇もほとんど経験してこなかった。この間、安倍政権は財政赤字と異次元の金融緩和を続け、経済成長と2%の物価上昇を目指してきた。しかし、思ったほどの経済成長も日銀が目標とした2%の物価上昇も実現しなかった。

 22年になり、ロシアによるウクライナ侵攻と中国のゼロコロナ政策が影響して、石油や小麦等の資源価格が上昇して円安の加速とあいまって、日本は輸入インフレによるコストプッシュ型のインフレが起こっている。このまま推移すると、日本ではスタグフレーション(不況下のインフレ)が起きることも懸念される状況になってきている。

 

2 活発化しない消費需要

 

 需要サイドに着目すると、日本の生産年齢人口(15歳〜64歳人口)の減少による消費需要の停滞が背景にあると思われる。2000年に8600万人であった生産年齢人口は20年には7500万人と、この20年間で1100万人減少した。

 それに対し、高齢者人口(65歳以上の人口)は2000年に2200万人であったが、20年には3600万人にと1400万人も増加した。したがって、総人口は2000年も20年も1億2600万人台でほとんど変わらなかったにもかかわらず、生産年齢人口が大きく落ち込んだことで、個人消費需要は低迷してきた。

 老人になると働き盛りに対し食事等必要とするものが減少し、モノは持って死ねないために欲しいモノも少なくなる。そのため、生産年齢人口が減少し、高齢者人口が増えると全体として個人消費は減少する。

 その結果、消費需要の70%を占める個人消費が低迷したのだ。もちろん、若い方々の消費需要は活発だが、若い方々の所得は相対的に低く、かつ若い方々の人口が減少しているため、消費需要は活発化しなかったのだ。

 

3 なぜ物価上昇が起こらなかったのか

 

 他方、供給サイドについては、生産者側が売上増にばかり固執してきたことに原因があると思われる。戦後の人口増加、特に生産年齢人口の増加の時代以来、モノは作れば売れ、しかも大量生産によってコストダウンが起きることに慣れてきたため、生産者は売上を伸ばすことにばかり専念してきた。

 実際に、自分が工場見学した際にライン毎の収支を社長に聞くと「よく稼働しているこの生産ラインで儲かっている」との答えが返ってきた。しかし、人件費や総務費等をライン毎の労働者数で按分してライン毎の収支を計算すると、よく稼働しているラインでは意外に儲かってないことがあった。

 経営者はきちんと原価計算しないで売上が伸びていると儲かっていると考えるようだが、その実、販売価格が低く設定されていて、安値販売で赤字になっている場合さえあった。

 欧米と違い日本の企業の利益率が低いといわれる理由がここにある。経営者が売上増にばかり目を向けて利益率にあまり重きをおいてこなかったからだ。

 結果として、いわば漁業や農業の世界でいわれる「豊作貧乏」の状況を日本企業、特に日本の中小企業はやってきたと思われる。作り過ぎているため、製品価格は上がらず、日本全体の物価も上がらないというわけだ。

 

4 「豊作貧乏」を加速させた金融政策

 

 半沢直樹の小説で語られる「貸しはがし」はまったく過去の話で今や日銀のゼロ金利政策、マイナス金利政策の結果、銀行は余資を日銀に預けるよりも、少々赤字経営でも、それらの企業に貸し付けた方が銀行にとっては利益があがるので、それらの企業に貸し付けてきた。

 結果として、生産性が低い企業も生き残り、生産側の過剰供給は止まらず、ますます「豊作貧乏」というべき状況を続けてきた。

 日銀は、異次元金融緩和政策によって消費需要を喚起することを目指したのだが、実際は供給側の過剰生産を支えて「豊作貧乏」の状況を続けさせて物価下落圧力をむしろ加速させてしまったと言えよう。

 

5 低賃金労働力を求めた結果

 

 このような「豊作貧乏」の状況に陥った日本企業は、生産性の低さのために前向きな新たな投資を行わず、コスト削減を目指して安い労働者を求めてきた。

 ついには、労働者の賃金等は改善されず、過剰生産をひたすら続けてきた。その結果、IT投資やDX投資等による省力化や事務の簡素化も進まず、研究開発も出遅れてしまった。

 その安い労働力を支えたのが開発途上国の安い労働力であった。最初は中国、そしてブラジル、ベトナム等々の低賃金労働者を次々と求めてきた。

 本来、「グローバル化」の最大のメリットは優秀な人材や資金を日本に入れて、その活力を活用して日本経済の発展を図ることにある。しかし、日本の「グローバル化」は、1人当たり生産性の低い低賃金労働力だけを求めてきたと言えよう。

 

6 求められる未来に向けた取り組み

 

 日本がこの失われた20年間に行ってきた破綻ともいうべき財政赤字と異次元金融緩和こそが、日本経済をいわば「豊作貧乏」といえる状況に陥れたと思われる。それは「安い賃金」「安い円」を引き起こし、IT化やDX化にも乗りおくれ、競争力に欠けた企業が生き残る事態を引き起こした。

 こうした悪循環ともいえる政策を一挙に変えることは、コロナ給付金等の国からの給付に慣れた企業や国民の反対で容易に実現することは難しいと思われるが、財政健全化の努力や、日銀の異次元金融緩和の是正等、徐々に方向転換していくことが求められる。

 そして、財政については財政収支の健全化だけでなく、高齢者に配慮した社会保障支出をスリム化し、未来の国民のための教育や国防、そして人口減少に見合った国土改造等に向けていく必要があると思われる。

 


2022年10月3日号 週刊「世界と日本」第2230号 より

『正念場の岸田首相就任から1年』

—国民の期待と失望感を克服できるか—

 

評論家 ノンフィクション作家
塩田 潮
 氏

《しおた うしお》

1946年高知県生まれ。慶大法卒。雑誌編集者、月刊『文藝春秋』記者などを経て独立。『霞が関が震えた日』で講談社ノンフィクション賞受賞。『大いなる影法師』、『内閣総理大臣の日本経済』、『田中角栄失脚』、『日本国憲法をつくった男』、『密談の戦後史』、『東京は燃えたか』、『内閣総理大臣の沖縄問題』、『危機の権力』、『解剖 日本維新の会』、近著に『大阪政治攻防50年』など著書多数。

 

 9月29日、岸田文雄現首相が自民党総裁に当選して1年となる。新内閣発足は10月4日で、直後の内閣支持率(以下、時事通信の調査)は40・3%であった。以後、2022年8月までの10カ月は40%以上を保持していたが、9月は一気に32・3%まで急落した。

 

 振り返ると、政権1年目は「好運」が味方した感があった。菅義偉前首相の自滅に助けられて政権を握った。そのころから新型コロナウイルス感染が下火になる。就任直後の衆院選を乗り切った。

 内政で無策批判が高まり始めた矢先の22年2月、ウクライナ危機に遭遇する。欧米協調路線を選択して「外交の岸田」のアピールに成功した。7月10日の参院選は、安倍晋三元首相暗殺事件の2日後で、弔い合戦となる。勝利を遂げ、岸田首相は続投を果たした。

 ところが、まさかの支持率急落である。

 7月22日に「安倍氏国葬」を決定したが、「国葬ノー」の動きが広がる。8月10日の内閣改造・自民党役員人事も不評、旧統一協会問題での批判噴出で、一転してツキに見放された感がある。

 8月人事は政権てこ入れを企図して9月予定を繰り上げて実施したが、「効果なし」に終わった。1年前に総裁選を戦った河野太郎と高市早苗の両氏、加藤勝信氏ら、ポスト岸田の候補を閣内に取り込むなど、政権基盤の強化を狙った。

 不評の原因は、党内対策最重視の内向き人事という点である。参院選までの1年間は、「安全運転第一」の岸田路線に理解を示した国民も失望感を募らせた。岸田首相にとって最大の誤算は、「期待外れ・役立たず・ご用済み」と見限る国民の「声なき声」が急増したことだろう。

 民意の岸田離れは、やはり旧統一協会問題への取り組みへの不満が大きいと思われる。岸田首相は参院選の標語に「決断と実行」を掲げた。今、根深い負の構造を根こそぎ改めて、国民の信頼を得られる形で問題を決着させられるどうかが問われているのに、優柔不断と不実行のイメージが消えない。

 支持率低落の要因はそれだけではない。登場時からコロナ危機、日本経済衰退の危機、安全保障の危機という「3つの危機」を背負っているが、危機への対応力に不安を感じる国民は少なくない。

 コロナ対策では、感染防止と社会経済活動の両立を図る「ウイズ・コロナ」が基本姿勢だが、第7波が長期化すれば、「対コロナ無策」批判が高まりそうだ。

 経済は現在、物価急騰、株価低迷、円安の三重苦で、忍び寄る「先進国脱落の危機」と背中合わせだが、岸田首相提唱の「新しい資本主義」は、中身が乏しく、衰退阻止に無力ではと疑う声が強い。

 安全保障の危機では「台湾有事」が想定される。だが、備えは万全とはいえない。

 自民党では「選挙必勝・支持率好調・党内安定・日米関係良好」が政権継続の4条件といわれる。安倍氏不在となった旧安倍派の影響力低下も幸いして、岸田首相は何とか党内安定を維持している。今のところ支持率以外の3条件は満たしている形だが、民意の「岸田離れ」で、政権の求心力は一気に急降下しそうな空気も漂う。

 他方、岸田政権は参院選の後、「黄金の3年」を手にした。次期参院選の25年まで、自ら解散・総選挙を行わなければ、国政選挙がない。首相は選挙対策を気にせず、長期目標に取り組む時間を確保できるため、「黄金の3年」と呼ばれる。

 過去に6首相が「黄金の3年」にぶつかった。1977年の福田赳夫、80年の鈴木善幸、86年の中曽根康弘、01年と04年の小泉純一郎、10年の菅直人、13年の安倍の各氏だ。福田、鈴木、中曽根、菅の4氏は途中で辞任した。2度の小泉氏と安倍氏は、衆議院を解散して自ら「無選挙の3年」を打ち切った。

 岸田首相の「黄金の3年」の使い方は、追い込まれ辞任の「福田・鈴木・菅」型か、解散実行の「小泉・安倍」型のどちらかだ。

 先に述べた「3つの危機」突破の岸田流改革プランを明示して本気で目標に挑むなら、民意との結託を目指す政権強化策が必要となる。当然、解散実施が視野に入る。目標欠如の大勢順応政権だと、追い込まれ辞任に終わる可能性が高い。

 衆議院解散は首相の決断次第だが、現在、最高裁による2つの違憲判決の壁が立ちはだかる。「1票の格差」をめぐる衆議院の小選挙区の定数是正と、22年5月に判決が出た最高裁裁判官の国民審査に関する海外在住国民の投票権の問題だ。

 前者は「10増10減」の公職選挙法などの改正、後者は最高裁裁判官国民審査法の改正が不可欠で、両方を実現しなければ次期衆院選は実施不可と最高裁が判断を示している。

 8月人事で党選挙対策委員長に就任した森山裕氏は取材で、「10月召集の臨時国会で両方の法案を抱き合わせで成立させる計画」と語った。事実上の解散権を束縛している問題を解決しなければ、岸田首相による衆議院解散は不可能である。

 岸田首相は実は「黄金の3年」どころか、自民党則では連続3期9年の続投が可能で、制度上は最長で8年先の30年9月まで総裁に在任できる。なのに、1期目満了の24年9月までも持たず、追い込まれ辞任も、と予想する声が流れ始めた。

 以前、インタビューしたとき、岸田首相は自身の姿勢と手法について、「イデオロギーや主義主張ではなく、時代に徹した現実主義で」と説明した。現実主義は重要だが、それだけでは済まない。

 国民が幅広く共有する「大きな民意」と正面から向き合い、立国の基本路線や国の将来像などグランドデザインを示して実現に挑む「大きな政治」を目指す。その構想力と突破力と挑戦力がなければ「期待外れ・役立たず・ご用済み」という国民の失望感の壁は克服できない。

 就任から1年、国民は衣装も化粧も落とした「裸の首相」の生の実力を正確に見極めなければ、という気になっている。その鑑識眼に応えられるのかどうか。岸田首相はこれからが正念場である。

 


2022年9月19日号 週刊「世界と日本」第2229号 より

岸田政権の経済政策の課題

 

大正大学地域構想研究所
教授 小峰 隆夫
 氏

《こみね たかお》

1947年生まれ。69年東京大学経済学部卒業後、経済企画庁入庁。経済研究所長、物価局長、調査局長などを経て、2003年から法政大学政策創造研究科教授などを歴任。17年から大正大学地域創生学部教授、20年から同大学地域構想研究所教授。著書に「平成の経済」(日本経済新聞出版、2019年、第21回読売・吉野作造賞)など多数。

 

 7月の参議院選挙が終わり、今後3年間は、首相が衆院を解散しない限りは、国政選挙の予定はない。岸田首相は、しばらくの間は選挙を気にしないで政策を展開することができる。「黄金の3年」と呼ばれる期間である。

 

 黄金の3年においては、短期的な目先の効果よりも、長期的な目標を目指すべきだ。選挙が近いと、どうしても目の前の問題に即効的な解決策に目を向けがちだが、黄金の3年では目先の選挙を気にしないでいいのだから、長期的な視野での政策運営が可能になる。

 その第1は、景気である。政府は景気について「緩やかに持ち直している」という判断をしている(8月の月例経済報告)。多くのエコノミストも、年内は年率1・5〜2%の、日本としては高めの成長が続くものと予想している(日本経済家研究センター「ESPフォーキャスト調査」)。これから年末の予算編成にかけて、政治的には「大型の景気対策を」という声が高まるだろうが、そろそろ年中行事化している「緊急経済対策」からは卒業すべきだろう。

 それより必要なのは長期的な観点からの成長政策である。これまでも繰り返し成長戦略が立案されてきたが、日本経済の基礎的成長率は他の先進諸国に比べて見劣りする状態が続いている。

 規制緩和、人的投資の充実、働き方改革など必要なメニューは揃っているのに、これまで思うような効果を上げられなかったのは、施策の対象が、誰もが受け入れやすい分野に限られ、痛みを覚悟せざるを得ないようなレベルまで踏み込めなかったからではないか。

 黄金の3年間では、ある程度の痛みを伴うような改革を目指すべきだろう。

 第2は、物価上昇だ。長い間低い物価上昇率に悩まされてきた日本経済だが、消費者物価(総合)は、4月以降は前年比2・5%程度の上昇率が続いている。これに対して政府は、ガソリン価格抑制のために補助金を出したりして、物価上昇を抑え込もうとしている。

 また、今回の参院選挙では、野党各党はこぞって、物価上昇で困窮している家計のために、消費税率の引き下げや交付金の支給といった政策を掲げた。

 しかし、現在生じている物価上昇は、基本的にはエネルギーの輸入価格の上昇によるものである。日本は、エネルギーの大半を輸入に依存している以上は、そのエネルギーの輸入価格が上昇したら、そのコストを誰かが負担せざるを得ない。コストアップを我慢すれば企業が、物価が上がれば家計が、そして政府が財政赤字を出して負担すれば、将来世代がコストを負担する。エネルギー価格の上昇に伴う物価上昇は、これを甘受するしかないのだ。長期的には、エネルギー価格が上昇すれば、自ずからエネルギー消費が抑制される。

 黄金の3年間では、短期的なコスト負担は覚悟してでも、長期的な省エネ型の経済構造への転換を目指すべきではないか。

 第3は、社会保障だ。選挙の際にはしばしば「国民が政府に何を望むか」という世論調査が行われる。その回答として必ず上位に位置するのが社会保障である。一方、多くのエコノミストも「これからの財政にとっては社会保障が重要だ」と考える。しかし、両者が重要だと考える理由は正反対である。

 つまり、多くの国民は「社会保障をもっと充実させて欲しい」と考えている。しかし、多くのエコノミストは「財政の健全性の観点から、社会保障費の増加をいかに抑制するかが重要だ」と考えているのである。

 社会保障費は2022年度当初予算では、一般会計の歳出の約3割を占めるが、何もしなければ、人口の高齢化により、その経費は自然に増えて行く。

 2023年度にはこの自然増が約5千億円になると見込まれているが、今のところ、23年度の削減目標は明確化されていない。黄金の3年間では、国民の人気取りに走るよりも、長期的な視点から、社会保障のスリム化に取り組んで欲しいものだ。

 以上のような重点は、別の角度から見れば、アベノミクスとの決別をどの程度果たせるかということだとも言える。アベノミクスは三本の矢(大胆な金融緩和、財政出動、成長戦略)で有名だが、このうち経済に影響したのは、主に金融緩和と財政政策であり、それは基本的には短期的な成果を追求するものだった。黒田日銀総裁によって主導された異次元金融緩和は、当初は2年での目標達成を目指していたことからも分かるように、即効的な効果を狙ったものだった。

 財政については、歳出の拡大が続く一方で、2015年に予定されていた消費税率10%への引き上げが繰り返し延期されたこと(実行は2019年10月)に象徴されるように、アベノミクスの下では財政の健全化は先送りされてきた。これも視野が短期的であったことを示している。

 しかし、結果的に見てこうした財政金融政策運営は大きな問題を残した。金融政策については、2%の物価上昇目標は、8年間もの間未達成の状態が続いた。

 前述のように本年4月に目標は達成できたが、それは金融政策によるものではなかった。逆に、マイナス金利の導入で金融機関の収益力が弱体化したり、長期金利の政策的コントロールで金利機能が失われるなどの弊害が顕在化した。財政については、公的債務残高のGDP比が200%を上回るという、先進諸国の中でも飛び抜けて財政状態が悪化した。

 それでも何とか財政が維持できているのは、日銀のゼロ金利政策で、国債が財政的負担なしに増発できているからであり、明らかに持続可能ではない状態である。

 私は、岸田内閣が誕生する前から、何度か経済・財政問題説明のために、自民党の会合に出席したことがあるが、こうした席で印象的だったのは、岸田首相が率いる宏池会所属の議員からは、財政健全化を求める議論が多く出されていたことである。

 こうしたことからも私は、岸田首相は財政の現状を憂え、財政の再建を目指すことに強い意欲を持ってるはずだと考えている。黄金の3年間では、その信念を踏まえて、財政健全化への歩みを進めて欲しいと思う。

 


2022年9月19日号 週刊「世界と日本」第2229号 より

要人警護の見直し議論を

 

拓殖大学大学院地方政治行政研究科特任教授
同大学防災教育研究センター長 濱口 和久
 氏

《はまぐち かずひさ》

昭和43年熊本県生まれ。防衛大学校卒。日本大学大学院修士課程修了(国際情報修士)。陸上自衛隊、日本政策研究センター研究員、栃木市首席政策監などを経て、現職の他に一般財団法人防災教育推進協会常務理事・事務局長などを務める。著書に『リスク大国 日本 国防・感染症・災害』(グッドブックス)などがある。※化学・生物・放射性物質・核・爆発物の総称。

 

 世界の国のなかでも安全で治安が良いと言われている日本で起きた安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件から約2カ月が過ぎた。今回の事件は、日本国民に衝撃を与えたのみならず海外でも大きく報道され、海外の要人から多くの弔意を表すコメントが寄せられた。

 事件直後から警察の警護体制に批判が集まるなか、警察庁は8月25日、強固な殺意を持つ襲撃を想定せず安易に前例を踏襲した奈良県警の警護計画や現場の警護員間の意思疎通の不備などを認め、安倍元首相の後方警戒に「空白」が生じたとする検証結果を発表した。

 

 

要人警護体制の在り方

 要人警護とは、政治的目的を背景とするテロ行為や交通事故などの人為的な危害や地震・崖崩れなどの自然発生的な危害などから、要人の身辺を守ることにより、要人の安全を確保することを目的とする警察活動である。

 現在、日本では首相や衆・参両院議長、最高裁判所長官、国務相、政党の党首クラスのほか、国賓(政府が儀礼を尽くして公式に接遇し、皇室の接遇にもあずかる、外国の国王、大統領などの賓客で、閣議で決定するもの)、公賓(国際礼譲に照らし、相当の接遇を供する外国の皇族、行政府の長などの賓客で、外相が関係各相と協議のうえ閣議了解を経て決定するもの)、外交使節団の長などが警護対象者となっている。

 警護にあたる警察官は警護員とよばれ、担当する任務により、要人の直近または周辺に配置される「身辺警護員」、要人の行き先地に事前に配置される「行先地警護員」、要人の通過する沿道に配置される「沿道警護員」、要人の公私邸に配置される「宿舎警護員」などに区分されている。このうち、身辺警護員は、要人と常に行動をともにし、警護の最後の防波堤としての職務にあたる。警視庁では、身辺警護員のことをSP(セキュリティ・ポリス)と呼んでいる。

 米国の民間軍事会社で対人警護や対テロ戦などの訓練を受け、海外のハイリスク地帯で石油施設の警備や要人警護のオペレーションを実際に担当し、米国のシークレットサービスや警護のプロ組織での勤務経験を持つ丸谷元人氏が、今回の事件について「SPが1人として安倍元首相のすぐ後ろに『ボディーガード』として立っていなかったことは大きな問題だ。通常、ボディーガードは警護対象者の右か左のすぐ後方に立つものであり、その位置は『手を伸ばせば警護対象者を掴める距離』でなければならない。なぜなら、襲撃があった際には警護対象者の身体を素早く押さえ込んで倒したり、或いはその肩を掴みつつ、より安全な方向に向けて脱出させねばならないし、場合によっては警護対象者と犯人の間に自分の身を割り込ませ、身代わりとなって刃物や銃弾を受けなければならない」と述べている。

 丸谷氏が指摘したことは、警察庁の検証結果の報告書でも書かれているが、あまりにお粗末な警護だった。実際、SPは誰も安倍元首相から腕の届く位置に立っていなかった。つまり、SPはボディーガードとしての基本的な役割を果たしていなかったのである。もし右か左の背後にSPが立っていれば、山上徹也容疑者は安倍元首相を直接狙えなかっただろうし、安倍氏が亡くなることも避けることができたかもしれない。

 また、要人警護では、警護対象者の知名度や言動、主張などからどのくらい狙われるリスクがあるかを事前に検討「危険度評価」し、季節や気温、天候、時間帯、建物の構造など様々な条件を考慮し、警護計画を作成ことが求められる。安倍元首相の奈良入りの遊説日程が前日に決まったとはいえ、警護対象者のなかでも警戒レベルは高かったはずだ。奈良県警の危険度評価の見積もりが甘かったといわざるを得ない。警視庁も元首相ということで他の首相経験者と同様にSPを1人しか付けていなかったことも問題があるだろう。

 

海外の警護体制

 米国では、シークレットサービスが大統領や副大統領とその家族、大統領候補や元大統領らを24時間態勢で警護している。シークレットサービスは職員が7900人、このうち実際に警護を担当する職員だけでも3200人いる。英国は人数を公表していないが、王室・要人警護部門は王族や首相、大臣、大使を警護、議会と各国外交官を警護する部門がある。フランスは大統領や首相らを警護する専門部隊に1260人が所属している。隣国の韓国では大統領は退任後も最長15年は警護され、警護を専門とする大統領警護処に700人が所属し、米国と同様に家族も警護対象となっている。

 ちなみに、日本は要人警護を専門とする警視庁警護課にSPが200〜300人しかいない。地方では都道府県警の警察官と警視庁SPとで要人警護に対応することになっている。だが、警護業務を経験する機会や研修が少ないために、現状は警護対応能力が低い都道府県警もある。

 

警護体制の見直しへ

 警察庁は警護体制の基本的事項を定める『警護要則』を28年ぶりに全面的に見直した。

 具体的には、警察庁と都道府県警の双方で警護対象者の危険度評価を行う。屋内、屋外といった場所、講演や会合などの態様、不特定多数の人の有無などの事項についての基準を設けて、この基準に沿って警護対象者ごとに都道府県警が計画案を作成する。この案を警察庁がチェックし、問題箇所がある場合には修正指示を出す。都道府県警は警護の実施後も、今後気をつけるべき点などを警察庁に報告することなどが盛り込まれている。

 しかし、どんなに仕組み変えても、警察官の警護レベルを底上げしなければ意味がない。元警視総監の池田克彦氏が「より多くの警察官が場数を踏み、都道府県警の警護レベルを引き上げることが欠かせない。これまで都道府県警は警視庁に警察官を派遣し、要人警護の研修を受けてきた。今後は、警視庁のSPが都道府県警に出向き、技術を伝えていくことも検討すべきだろう」(読売新聞7月15日付)と述べている。まさにこの視点は重要だ。加えて、ドローンや銃火器の種類、※CBRNEなどについての知識もこれからの要人警護には必要になってくる。

 


2022年9月5日号 週刊「世界と日本」第2228号 より

「自民党とシルバー民主主義のゆくえ」

 

政治ジャーナリスト 角谷 浩一 氏

《かくたに こういち》

1961年 神奈川・横浜生まれ。日大法学部新聞学科卒 政治ジャーナリスト 映画評論家 財団法人中央政策研究所主任研究員 新聞社、出版社などを経て独立。金賢姫インタビュー、ネット党首討論の司会など各政党幹部との強いパイプがある一方、解り易い言葉で政治を語る。各政党幹部との強いパイプがある一方、解り易い言葉で政治を語る。

 

 昨秋の衆院選挙、今夏の参院選挙はいずれも自民党の勝利で終わり、安倍政権に引き続き岸田文雄首相も選挙に強いところを見せた。この2つの選挙に勝利すれば黄金の3年間を岸田首相は手に入れるといわれたが、第2次岸田政権が発足した8月の段階では旧統一教会問題が重くのしかかっている。ネットでは「自民党は旧統一教会の政治部だったのではないか」とまで書かれ、その関係を断ち切ることに苦労している。共同通信社が第2次岸田内閣発足を受けて8月10〜11日に実施した電話調査では旧統一教会と自民党議員の「説明が不足している」との回答が89・5%に上っている。内閣の支持率は54・1%。21年10月の内閣発足以来最低となった。それ以外にも安倍元首相の国葬や物価高への対応にも日増しに不満が高まっているようで7月に参院選挙で勝った政権とは思えぬ厳しい結果だ。

 ただ支持率は政権を公正に評価したものとはいえず、世相を反映したものに他ならない。今回テーマにしたいのは自民党のこれからについてだが、最近の選挙での得票率の著しい低下も無視できない。

 今年7月10日投開票の参院選の比例代表の各党の得票率を全国の市区町村ごとに見ると前回19年参院選より得票率を下げている。自民党の得票率は全体の54%にあたる936の地方自治体で前回に比べて下がった。東京都や愛知県、大阪府など30都府県で得票率が下落している。東京23区はすべてで19年を下回った。選挙区では議席を増やしたが、比例は前回の19議席を下回る18議席にとどまり比例の得票率は前回から0・9ポイント低下し34・4%となった。得票数は前回より約54万票多い約1826万票となった。ところが16年の参院選挙では2000万票、昨年の衆院選挙の1991万票よりも減らしている。公明党も比例の議席は1つ減らして6議席となったが、得票数は約618万票。19年の参院選では約654万票、昨年の衆院選挙では700万票に乗せていたことを考えれば大幅減となる。つまり与党の得票は減っているが野党の落ち込みがもっと激しいので目立たず、危機感が生まれないのだ。自民、公明、加えれば共産という昭和から続く、全国組織を維持している老舗政党の凋落が進んでいることは明らかだ。

 与党自民党は2000万票の有権者すらいない。公明、共産の世代交代は結党時の勢いや熱量には遠く及ばず、自民党も個人後援会で維持しているものの、企業丸抱えの幽霊党員がはびこり、実態は公明、共産と同様だ。

 注意しなければならないのは選挙を選挙区単位でみてしまいがちだが、実際は世代別の投票行動に問題がある。日本では高齢者が若者より積極的に選挙に行くため、老人向けの政策しか通らないと言われて久しい。いわゆる「シルバー民主主義」だ。選挙権は18歳に引き下げられたが、政治家は票田の高齢者ばかりを優遇し反発を招きそうな課題は検討さえしない。苦しむのは働き盛りの若い世代だ。実際のところ、この「シルバー民主主義」はどの程度深刻なのか。19年の参院選の全体の投票率は48・8%。今回よりも少し低いが最新の21年9月の選挙人名簿に当てはめると有権者数は1億550万人。19年の参院選の投票率で計算すれば実際に投票すると見込まれる人数は5148万人。22年6月1日の人口推計から算出すると、60歳以上の参院選への影響力は50%となる。もっと年齢を下げて、50歳以上だと全投票者の69%にあたる。つまり、50歳以上の選挙への影響力はほぼ7割。熱心に投票に行く高齢世代が日本の選挙をリードしている。これが日本の「シルバー民主主義」の実態だ。

 昨年の総裁選挙では制度改革を唱える河野太郎に対して、岸田陣営は成長よりも分配を重視した「新しい資本主義」を唱え、現状維持を望む既得権層に安心感を与えて勝利した。他方で、アベノミクスの下で高騰した株価と停滞する賃金水準の格差を是正するための分配政策の柱は資本所得への課税であった。これに対して金融界から批判が生じると、「成長も分配も重視」に転じ、さらに「資産所得倍増論」まで打ち出した。自民党は選挙のたび高齢者の反発をおそれ、改革を嫌い有権者も現状維持で答えてきたのだ。

 60歳以上は、日本の高度成長を体験しており、人生でつらいことがあったとしても、少なくとも、「よかったと思える体験」が確実にある世代だ。団塊世代も社会のなかで比較的いいポジションにいる。日本は戦後に色々な問題も抱えたが、そう悪いことにはならなかったという印象を抱いている世代ではないか。50代後半はバブルを経験し、日本が豊かだった時代を知っている最後の世代。50代前半は『失われた30年』の入口世代だが、その下の世代に比べれば正社員の口も多く、はるかに恵まれていた。

 その世代から政治家も排出されているが、その大半は政治家の二世、三世か官僚出身者が多く、理屈だけは一人前の政治家が多いが、先人の敷いたレールを守るという意味では変化を好まない。いい時代を知っている高齢の有権者と大筋で利害が一致するため多くが彼らに投票する。

 一方、野党にいる若手の改革派も理屈は結構だが彼らに現実的に政治を変える力も高齢有権者を揺さぶる魅力もない。この空回りが30年続いているとみていい。問題を先送りする政治に自民党議員も国民の慣れてしまう。

 だが少なくとも政治家には、最悪の状況のイメージを常に持って欲しい。これから右肩上がりの「日本凄い」といった時代はなかなか来ないはずだ。例えば「人口8000万人になったときの日本」「移民受け入れの社会」を自民党が想定するなど、厳しいシミュレーションを選挙で見せていかないと日本の将来見通せない。加えて政党の党勢拡大をただ党員を増やすのではなく、コアな全世代のいる組織にしなければこのままの「シルバー民主主義」が続き日本はずるずると過去の資産を食いつぶし、危機感なく消耗していくのではないか。

 

 


2022年8月15日号 週刊「世界と日本」第2227号 より

暴力化する時代を生きる

 

日本大学 危機管理学部教授 先崎 彰容 氏

《せんざき あきなか》

1975年東京都生まれ。専門は近代日本思想史・日本倫理思想史。東京大学文学部倫理学科卒業。東北大学大学院博士課程修了後、フランス社会科学高等研究院に留学。著書に『未完の西郷隆盛』、『維新と敗戦』、『バッシング論』、『国家の尊厳』など。

 

 今年も半分を過ぎた。前半戦をふり返ると、残念ながら面白いことは何一つないように思えてくる。新型コロナ禍への関心が薄れたのは、感染者数慣れしたからというよりも、二月のウクライナ危機により、一気に緊張感の矛先が東欧地域に注がれたからであろう。そして戦争が日常に溶け込むきっかけを与えたのも、これまた安倍晋三元総理に対する、突然の暴力だったのである。ロシアがなぜ開戦に踏み切ったのか、プーチンの心理は誰にもわからない。ただ、欧米中心の世界秩序と価値観の拡大に苛立ち、「ロシア的なるもの」を主張したことは事実である。言いかえれば、ロシアは独自の文化や伝統を有する超大国なのであって、欧米とは異なるという主張である。その是非とはともかく、ウクライナ危機であからさまになったのは、それぞれが「正しい」と信じる価値観は絶対相容れず、互いに譲らず、敵を殲滅するまで止まらない現実の過酷さである。かつて、ヒトラー政権の知的参謀とも言われた法哲学者のカール・シュミットは、政治を「友と敵をわけること」だと定義した。ウクライナ危機は、まさに政治的な行為そのものなのである。

 また安倍晋三元総理に対する、山上徹也の暗殺事件も、私たちが「暴力的な時代」に突入したことを教えてくれた。特定宗教団体とのつながりは、今後解明されていくのだろうが、問題は、彼が複雑な家庭環境で育ち、居場所を求めつつも次第に奪われ、社会からはじき出されていった点にある。孤独のなかで、自己の正義観と他者憎悪はどんどん膨張し、心を鷲づかみにした。自分が「正しい」と信じるならば、他者を抹殺することは許される。言葉ではなく、力の福音を信じる傾向が、時代を席捲しつつある。

 では改めて、どうしてこうした現状に陥っているのか。

 私はこの時代を、「多頭化」と「流動化」という概念で診察できると考えている。今から三十年前、冷戦構造が崩壊する以前の世界は、資本主義陣営と共産主義陣営の二色に色分けできた。ところがそれ以降、米国ひとり勝ちの時代を経て、今や世界は複数の国家が自己主張をする混乱の舞台となっている。冷戦崩壊以降、複数の東欧諸国がソ連から独立した。また核兵器の保有を目指す国々は超大国以外にまで広がったのである。「多頭化」の時代は、複数の権力をもった国々が、世界の覇権を激しく争う状態を生みだしている。米中新冷戦と呼ばれる状態が予想された直前、実はここにもロシアという国があるのだ、という自己主張がウクライナ危機を生んだ。インドはしたたかにいずれのグループにも属さず、プレゼンスを高めようとしている。世界はやはり、混乱したままなのだ。

 外交だけではない、より身近な世界で「多頭化」は起きている。例えば、以前はリビングで一つのテレビ番組を視聴していた時代は終わり、各人がスマホからユーチューブを楽しむ時代となった。新聞からツイッターへの変化も同じ現象であって、少数の情報媒体という権威は崩壊し、誰でも発信者になることができる時代になったのだ。夥(おびただ)しい番組の登場こそ、身近な「多頭化」の事例であると言えるであろう。

 この時代は、また「流動化」の時代でもある。冷戦崩壊直後から、日本は新自由主義経済体制を加速化させたが、それは規制緩和と自由化と特徴とする。規制を取り払うことで、激しい競争が起きる。サービスは向上し創造的な市場が生まれることだろう。この場合、勝者の象徴は大谷翔平であり、彼は野球という才能を武器に、世界を激しく移動して金を生みだす。一方で大谷から野球の才能を差し引いたのが非正規雇用者であり、彼らは仕事を転々としたまま、少額の給与に喘いでいる。つまり大谷も非正規雇用者も、体ひとつを資本とし、各地を激しく動き回る人生を送っている。「流動化」とはそういう意味なのだ。

 ここで注目すべきは、従来のマスコミの論調が「流動化」を無条件でヨシとしてきたことである。雇用の流動化といった言葉はもてはやされ、肯定的な社会像だとされてきたのである。例えば、日本は欧米諸国に比べて「生産性」が低いという。スーパーマーケットを見ればよい。欧米では機械化が進み、人件費が抑えられている。一方、日本の場合、複数の従業員が丁寧な接客をする一方で、人件費がかさみ、割り算すると一人当たりの生産性は低くなる。だから生産性をあげるためには人件費を絞り、雇用を限定し、流動化した人材は再教育によって新しい市場に振り向ければいいというわけだ。

 しかし人は本当に、非正規雇用の状態で、新しい市場に適応可能な才能を身に着けることができるのだろうか。そうした気分になるのだろうか。こうした流動化礼賛論者は、ある決定的な人間洞察への鈍感さがあるのではないか。

 想起せよ。山上徹也は、幼少期に家庭崩壊を体験し、それでも成績は上位の人間であった。大学進学するだけの学力を持ちながら、挫折した結果、彼は自らの社会的地位を求めて、海上自衛隊の門を叩く。それは自分が承認されること、例え家族が解体したとしてもなお、社会のどこかに役割を得ることで、「尊厳」を得ようとしたささやかな試みに他ならない。

 しかし山上の思いは再度の挫折を経験したのだった。居場所は次第に奪われてしまい、彼は精神的にも職業的にも「流動化」した状態に陥ったのである。「流動化」とは、野球選手にとってはさらに自分を高く売るためのチームの移動を意味するだろう。だが山上にとっては孤独を深めるだけだったのではないか。

 激しい競争社会では、社会的不平等感が広がる。しかもその不平等を解消してくれる人物、政党、権力が見えない社会ほど、どこに怒りをぶつけるべきなのか、方向性を見失う。そのとき、元総理という存在が、閉塞した社会状況をぶち破る壁に見えたのかもしれない。閉塞した社会のなかで、私たちは第二のテロ事件の手前にいるかもしれないのである。

 


2022年8月15日号 週刊「世界と日本」第2227号 より

新たな日本の針路 〜確かな未来の実現を目指して

 

元農林水産大臣 衆議院議員 齋藤 健 氏

《さいとう けん》

1959年東京都生まれ。83年東京大学経済学部卒業後、通商産業省入省。91年米ハーバード大学大学院留学。2004年埼玉県副知事。09年8月より衆議院議員。環境大臣政務官、農林水産副大臣を経て、17年8月から18年10月まで農林水産大臣(第三次安倍内閣・第三次安倍改造内閣)。現在は、自民党団体総局長や衆議院厚生労働委員会与党筆頭理事等を務める。

 

 新たなる日本の針路という大それたお題に沿って、産業・経済一点に絞って、日ごろ深刻に感ずるところを述べてみたい。何よりも、日本経済が失われた30年と言われることに対する真摯な要因分析と、反省と、対応の方向をしっかりと踏み固めなければならない。なぜなら、経済が甦らなければ、日本が抱える財政問題の解決もおぼつかないし、高齢社会を迎える中で必要とされる社会保障の充実もままならない。今、声高に叫ばれている防衛費の増大も足を引っ張られる。

 

 筆者は、政治の世界に入る前の経済産業省時代の経験から言って、我が国の技術力、そして人材力は、依然として世界に冠たるものがあるし、決してこのような低成長に甘んずるものではないと確信している。要は、生かし切れていないところに問題がある。

 スポーツの例で恐縮であるが、筆者は長いことプロボクシングの世界タイトルマッチを見続けてきているが、少し前に、戸高秀樹という二階級制覇した世界チャンピオンがいた。彼が世界チャンピオンになった過程が興味深い。デビューしたての4回戦ボーイのとき、マッククリハラという名トレーナーが彼を認め、しっかり育てれば世界チャンピオンになれるかもしれないと思い、育てた。そして、世界チャンピオンとなった。

 10キロ減量した挙げ句、殴り合うという、肉体的にも精神的にも最も過酷なスポーツの世界で、ハングリー精神が乏しいと言われる日本の若者が、依然として世界の頂点に立っているのであれば、研究の世界でも、産業の世界でも、学問の世界でも、芸術の世界でも、マスコミの世界でも、政治の世界でも、戸高秀樹はいるはずである。いないのは、マッククリハラの方なのではないか。

 ここで、2年ほど前に、日本経済が失われた30年となった原因について、筆者が仲間と行った分析を紹介したい。

 まず、この30年間、果たして我が国政府は無策だったのかどうか。

 思い返せば、小渕政権時代、「世界一の借金王」と総理が発言するほど、公共事業を中心とする財政出動で、何とか経済を活性化しようとした時期があった。

 また、5年以上にわたった小泉政権では、「サプライサイドの改革」を旗印に、自由主義的発想のもとで、格差を拡大したと厳しく批判される規制緩和が断行されてきた。

 3年3カ月の民主党政権では注目すべきマクロ経済政策はなかったが、そのあとを継いだ7年8カ月に及ぶ安倍政権においては、特に、「異次元の金融緩和政策」で日本経済の成長を促した。

 結果どうなったか。いずれも、0・6%から1・8%ぐらいの成長しか実現できなかった。

 巨視的に見た場合、巨額の財政出動、格差を拡大したと厳しく批判されるほどのサプライサイド改革、異次元の金融緩和といった、考えられるマクロ経済政策を思い切ってやりつくしても、日本経済が浮上することはなかったといえよう。

 ならば、問題はどこにあるのか。問題は、政策にあるというよりも、企業というプレイヤーの方にあるのではないか。

 いくつかデータを見ながら国際比較を行ってみたい。

 上場企業の最高経営者の平均年齢。日本63歳、アメリカ58歳、欧州55歳。

 上場企業の経営者の平均在任期間。日本3・5年、アメリカ7・2年。

 つまり、日本企業の経営者は一般的に高齢であり、しかも、在任期間が短い。このことは、新しい思い切ったことをやる点で、日本が劣後する要因となっていないか。

 現場の責任者である部長昇進年齢はどうか。日本44歳、アメリカ37歳、中国30歳。

 優秀な若い人材を登用・活用するタイミングが遅いということは、新しいことへの挑戦に後れを取る要因となっていないか。

 経営陣の外部登用比率で、その多様性を見てみる。上場企業の経営陣は、アメリカ企業は23%が外部登用、欧州に至っては43%であるが、我が国はわずか4%。

 日本企業の経営は、努力がされているとはいえ、多様性が著しく低い。このことは、新しい発想の導入という点で、日本企業が劣後する要因となっていないか。

 ちなみに、研究当時の経団連の会長副会長会社のトップについて見てみたが、平均年齢は64〜74歳と高齢で、19名中9名が東大出身で全員が一流大学卒、全員生え抜き、全員男性であった。

 デジタルトランスフォーメーション、グリーンイノベーション、量子コンピューター、再生医療、ワクチン開発などなど、世は、令和の産業革命といえるような急速な技術革新の時代なのだ。こういうときこそ、若い力で、失敗を恐れず挑戦していくことで、道を切り開いていかねばならない。

 日本の失われた30年の時代は、100年に一度ともいえる技術革新の時代と重なり、本来、新しいことに挑戦し続けなくてはならない時代でもあった。アメリカも、中国も、若者が挑戦するのに向いている社会であり、その点での日本との差が、失われた30年を招いたという気がしてならない。

 だが、我が国にも、技術や人材、とりわけ、優秀な若者は数限りなくいる。岸田政権でこれから取り組もうとしているスタートアップ支援策の抜本的な強化というのは、まさに、この点に手を付けるものであり、日本産業のマッククリハラとなるような、時代を画する政策を磨き上げねばならない。政府挙げての取り組みに期待したい。

 

 


2022年8月1日号 週刊「世界と日本」第2226号 より

コロナ禍に思う 大阪の医療の伝統とこれから

 

ジャーナリスト 千野 境子 氏

《ちの けいこ》

横浜市生まれ。1967年に早稲田大学卒業、産経新聞に入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長。外信部長、論説委員、シンガポール支局長などを経て2005年から08年まで論説委員長・特別記者。現在はフリーランスジャーナリスト。97年度ボーン上田記念国際記者賞を受賞。著書は『戦後国際秩序の終わり』(連合出版)ほか多数。近著に『江戸のジャーナリスト 葛飾北斎』(国土社)。

 

 新型コロナウイルスはデルタ株からオミクロン株…変身に変身を重ねて生きのび、早や3年。感染者も減るかと思えば増えるという、減少と増加のパターンを繰り返し、心休まる時がない。ワクチン開発で後れを取った日本だが、この膠着状況を一変させるようなブレイクスルーはないのか。もしあるとすればそれは大阪からではないか。今、私は秘かにそう期待している。何故そう思うのか。そのことをこれから書いてみたいと思う。

 

 新聞社の転勤でかつて大阪に3年ほど暮らした。何しろ初めてだし、街並みに歴史や文化が感じられて楽しく、良く歩いた。

 中でも気に入ったのが、中之島から土佐堀川を渡って北浜、道修町に至る界隈だった。北浜には幕末の蘭医学者、緒方洪庵の適塾が往時の佇まいそのままにあったし、道修町には武田薬品、大日本製薬、田辺製薬、塩野義製薬…と製薬会社がズラリ立ち並び、理由を知らない私はビックリ仰天したものだ。

 大坂(阪)城を築いた豊臣秀吉が堺から薬問屋を集めて道修町に住まわせ、それが今日に至っているのである。

 洪庵が適塾を開くのは時代も下って天保9(1838)年。まだ20代だ。適塾の教育の中心は蘭書会読だったが、優れた医学者でもあった洪庵は治療にも当たった。特に当時大流行し、多くの命を奪っていた天然痘の予防のために種痘所を作ったことは有名だ。

 洪庵は牛から種痘の種を作ったため「牛痘」と言われ、人々は「種痘を打つと牛になる」と恐れたという。新型コロナでもワクチンの副反応に当初、恐る恐る打った人も少なくないから、江戸時代の人々を笑えない。

 こうして大阪という町の持つ先駆的側面に興味を覚えたところに突如、降って湧いたように起きたニュースが新型肺炎(SARS)騒ぎだった。

 平成15(2003)年5月、観光旅行で関西を訪れた台湾人医師が帰台後、SARSの疑いで治療を受けたのだ。梅田駅では人の流れがパタッと止まり、医師の立ち寄り先はパニック迄起きてしまった。

 幸い国内での患者発生はなく、事なきを得たのだが、取材を通して大阪が日本の常設伝染病病院第1号の地であると知った。桃山(避)病院と言い、大阪市誕生より早い明治20(1887)年、天王寺区に開院。前年コレラが大流行し、府民40万のうち実に3万人が死亡、治療法が未確立のため患者の強制的隔離に必要だったのだ。

 同病院は「慰霊碑のある病院」としても知られた。命を落としたのは患者たちだけではなかった。第4代院長も殉職者となった。

 昭和48(1973)年、同病院は全国初の感染症センターとなり、平成5年には他の市民病院と一緒に大阪市立総合医療センターへ発展解消し、100年余の歴史を閉じた。

 桃山病院、そして大阪が日本の感染症対策の言わばパイオニアの役割を果たして来たことが分って大阪人ではない私も誇らしくなり、歴代院長に話を聞いてみたいと思った。

 適塾の系譜をくむ医師を初代に11代まで11人。第10代の橋本博氏が唯ひとり健在と分かった時は、内心快哉を叫んだ。

 院長就任は昭和26年、微生物研究者からの転身だった。翌年、早速赤痢の全国的流行の洗礼を受けた。

 「患者は大阪だけで1973人、全国では11万人。朝暗い内から夜まで不眠不休で6万人の検便を行い、もうフラフラでした」

 物静かな研究者といった印象とは逆に、橋本氏が淡々と語る経験談はとても迫力があった。勤め先を知る近所からは怖がられ、橋本氏が帰宅するや家人は背広から靴下まで一切合切を消毒した。

 折からのSARSについては「SARSも感染症対策も基本的には同じです。第1に感染源の隔離、第2に感染経路の切断、第3に免疫力の向上です」と語っていた。新型コロナにも通じる話である。

 以来、20年近い歳月が流れた。残念ながら私たちは未だコロナ禍から抜け出せない。

 ところでこうした大阪の医学の伝統が今も脈々と受け継がれていることを、毎号愛読している司馬遼太郎記念館会誌『遼』の2022年春季号で知った。

 同誌に採録された大阪大学名誉教授で大阪警察病院院長でもある澤芳樹氏による司馬遼太郎記念館での講演「大阪における医学の発展〜適塾から中之島4丁目未来医療国際拠点」だ。それによれば、中之島にあった阪大医学部が平成5年に吹田市に移転し空き地となったところに、医療の国際拠点を作る計画が大阪府により進められている。研究施設と病院を備えた「未来医療推進機構」で、澤氏はエグゼクティブアドバイザーを務める。

 《再生医療をはじめとする世界最先端の研究の発信、そして実用化を目指しています。阪大を誕生させたのは民間の力ですが、この構想もすべて民間で運営されることになっています。現代の大阪の実力が試されようとしています》(同誌から)

 同号にはもう1本、興味深い記事がある。2月にコロナ禍のため無観客で開催された第25回菜の花忌シンポジウム「『胡蝶の夢』ー新型コロナ禍を考える」の採録である。

 『胡蝶の夢』は蘭医学者で幕医の松本良順はじめ医者群像を描いたものだ。先述の澤氏もパネリストの1人でこう語っている。

 《…コロナになって、医師として目の前の人を助けることができない。十分に治療することすらできず救急車の中で亡くなる。そんな世の中、あってはならない。50年近く後にそんなことが起こるなんて想像されていたかどうかわかりませんが、『胡蝶の夢』で描かれた社会は今に通じます。世の中をどのように発展させていくかをもう一度考えるように、というメッセージを司馬さんが幕末から明治にかけて医学を発展させた人たちを使って、今に伝えてくれていると思います》

 澤氏は自身の講演の中で米アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズの言葉「夢に向かってリスクと困難、夢中の努力。その先にノーベル賞が見える」にも触れている。

 そう言えば、新型コロナウイルスではまだノーベル賞が出ていない。大阪の伝統が官ではなく民の力とするならば、道修町頑張れ、奮起せよ、である。

 


2022年7月18日号 週刊「世界と日本」第2225号 より

価値変容の世界を生きる

 

拓殖大学顧問
渡辺 利夫
 氏

《わたなべ としお》

拓殖大学顧問・経済学博士・著述家

拓殖大学前総長、元学長。昭和14(1939)年、山梨県甲府市生

まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科修了。

経済学博士。筑波大学教授、東京工業大学教授を経て拓殖大学に

奉職。専門は開発経済学・現代アジア経済論。(公財)オイスカ会長。

日本李登輝友の会会長。平成23(2011)年、第27 回正論大賞 受賞。

 I 戦後の日本を動かしたもの

 

  去年(こぞ)今年 貫く棒の ようなもの 虚子

 

 大晦日の夜を境に去年と今年が入れ替わって、時の流れはここでひとまずは区切られる。しかし、自分の人生は一本の太い棒のようなものに貫かれていて揺らぐことはない。昭和25年の歳末に詠われた句だという。虚子は新しい年に向け、日本人としての覚悟をこの句に託したかったのであろう。

 日本は東京大空襲、全国市街地への焼夷弾爆撃、なによりも広島、長崎への原爆投下を受けて多数の死者の山を築いた。辛くも生き延びた者も食うや食わずの生活の中をさまよい、最後にはポツダム宣言の受諾を迫られ日本はこの戦争に敗北した。人々は悲劇に打ちのめされ、みずからの不遇を薄幸を嘆くのみであった。

 一条の光が朝鮮戦争の勃発によって差し込んできた。半島に進軍する国連軍から大量の軍事物資の特需が殺到、日本経済は息を吹き返した。昭和27年にはサンフランシスコ講和条約に調印、主権回復がなされ国際社会に復帰、同時に日米安全保障条約も成立した。虚子の句は、日本人が新たな方向に足を踏み出さんとする、その起点において多くの日本人が抱いた希望と決意を描き出したもののようにも感じられる。

 この希望と決意は高度経済成長となってあらわれた。昭和30年代は企業の時代であり、経済の季節であった。経済大国へ!という屈折のない、疲れを知らない感覚を日本人は共有した。すべての国民が働きづめに働いた。勤労とか協働といった感覚をもって日々を送った最後の日本人が、この時代に青春時代、壮年時代を生きた人々なのであろう。私自身もその渦中にいた。GATT・IMF体制における日本のステイタスがあがり、OECD(経済協力開発機構)への加盟もなった。昭和が終わる頃には、ODA(開発途上国支援)において日本は世界最大規模を誇るまでになった。

 

II 日本の憲法はGHQ製であることを自覚せよ

 

 だが、これはあくまで「経済」の話である。どの国にあってもみずからの安全は、結局のところはみずからの意思と力によって衛るというのが常識であり、この常識をもたない国は主権国家とはいえない。日本は主権を米国にあずけたまま世界に冠たる経済国家となったのである。東京大学法学部の憲法学の大家たちによって大勢を占められ、もうそんな話は誰もしなくなってしまったので、ちょっと経緯を話しておこう。

 日本の憲法は日本政府によって独自に作成された改正憲法であり、そうしたものとし閣議、上奏、ご裁可、議会通過を経て公布・施行されたものだということになっているが、事実はそうではない。日本を7年間にわたり占領をしていたGHQ(連合国軍最高司令部)製の憲法であり、そのもとになった文書が「マッカーサー・ノート」である。最も重要な一部はこうであった。

 「日本は紛争解決の手段としての戦争のみならず、自国の安全を維持する手段としての戦争をも放棄する。日本は、その防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる」

 いくらなんでも“自国の安全を維持する手段としての戦争”まで放棄させられたのでは、人間が生まれながらにして保有しているはずの自然権たる自衛権までが保持を許されないことになってしまう。これでは第2次大戦後の厳しい世界情勢の中で日本は生きていけない。GHQ民政局内での議論によりマッカーサー・ノートのこの部分が修正され、そうして私どもの知る現在の憲法第9条となったのである。

 これ以上深入りする紙幅はないが、要するに日本の憲法はGHQの内部で強引に作成され日本に押し付けられたものなのである。西修教授が近著のいくつかで主張しておられるように、発布以来75年もの間、一度も改正されることのなかった憲法は世界で唯一のものだという『“ざんねんな”日本国憲法』(ビジネス社)。

 

III 憲法とは公的な価値の体系である

 

 憲法はいずれの国にとっても、その国の公的な価値の体系である。GHQ憲法を日本国憲法だと自称している限り、私どもは共同体の運命の主人公となることはできない。「軍事占領以来、戦後日本の社会は公的な価値を米国にあずけて肥大化をつづけている。その帰結をわれわれはいま、好むと好まざるとにかかわらず眼の前につきつけられている」というのが江藤淳氏の『一九四六年憲法—その拘束』(文春学藝ライブラリー)の指摘である。もう40年以上も前の文章である。それからまた40年余の歳月が流れた。現在の日本は、中国、北朝鮮、ロシアという専制主義国家に囲まれるという地政学的な位置にある。中国は40年前とは比べものにならないほどに強大化し、北朝鮮の凶暴化もはなはだしい。ロシアの残忍なウクライナ侵攻は目下継続中である。

 ナチスドイツの不気味な記憶のトラウマのゆえであろう、ドイツはヨーロッパの中でも有数の平和主義国家であった。ヨーロッパ最大の米軍基地をもち、自国の安全保障を米国に強く依存してきたのがドイツである。ヨーロッパにおけるドイツは、東アジアにおける日本であった。

 

IV 「戦後」を脱却するドイツ、動かない日本

 

 しかし、ロシアによるウクライナ侵攻の残酷なさまを眼前にして、ドイツはようやくにして、しかし実に大きな軍事的転換を図りつつある。国防費の大幅増加、装備近代化、ウクライナへの武器供与などである。国民も新しい方針を打ち出したショルツ政権への高い支持を表明している。ドイツの「戦後」は終焉の時期に入ったのである。

 ノルウェー、スウェーデンが長らくつづけてきた対ソ・対露宥和政策を転じて、国防費の増額、何よりNATO(北大西洋条約機構)への参加の意向を表明した。ここでも「戦後」は終わりつつある。

 ロシアによるウクライナ侵攻は、中国による台湾侵攻の危険な可能性を現実のものにしかねない。台湾有事となれば、在日米軍が日本の基地から戦闘のために発進する。平成28年3月には「平和安全法制」が成立、日本もどうにか米国との集団的自衛権の行使が可能となった。事態が「重要影響」と判断されれば自衛隊は米軍の「後方支援」、「存立危機」と判断されれば集団的自衛権にもとづく武力行使が容認されることになった。過日、発表された「骨太の方針」には国防予算の5年間で倍増がうたわれた。

 だが、GHQ製の憲法が第9条を中心にどかんと居座り、この期に及んでも巨石のように動かない。平和安全法制が想定する事態に沿って自衛隊が行動できる空間は果たしてどのくらいあるのか。第9条を改正し、みずからの運命をみずから切り開くという主権国家としての常識にいちはやく立ち返らなければ、日本の将来は危うい。ウクライナ戦争の何よりの教訓というべきであろう。

 

 


2022年6月20日号 週刊「世界と日本」第2223号 より

深刻な災害問題を解く鍵
~行政と議会の連携~

 

関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長
京都大学名誉教授
河田 惠昭
 氏

《かわた よしあき》

関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長、人と防災未来センター長。京都大学名誉教授。国連SASAKAWA防災賞、防災功労者内閣総理大臣表彰など受賞。日本自然災害学会および日本災害情報学会会長を歴任。主な著書に『これからの防災・減災がわかる本』『にげましょう』『日本水没』『津波災害(増補版)』等。

 

 表題に関係し、つぎの3課題について論を進めることにした。しかも、それらは各種の情報を集めた評論ではなくて、筆者による実践的な研究成果を結集したものである。そして、それらを理解していただければ、諸課題は必ず解決できると確信している。

  

災害の広域化

 

 いま、首都直下地震や南海トラフ巨大地震という国難災害の発生が大変心配である。いつ起きてもおかしくないくらい発生確率は大きい(数字はあくまでも目安であるが、このように断言してよい)。もし発生すれば、1961年施行の災害対策基本法では対処できないことがわかっている。だから、日本国憲法に緊急事態条項を明記すべきだと筆者らは主張している。被災現場では、この法律では不十分な対応しかできず、みすみす被害が大きくなることは必定である。しかし、国会議員らによる議論では、基本的人権の尊重や国民主権の観点からではなく、災害発生時の国会議員の任期や国政選挙のあり方、内閣総理大臣の権限の制限などを問題点にしている。

 なぜこれらの指摘が的外れなのか。問題は、現行憲法では災害時の国民の生命を守れないことにあるのだ。しかも、災害対策基本法は地方分権を基本としており、災害が起こればまず、市町村が対応することになっている。これでは複数都府県にまたがる広域災害に統一的な対応は不可能である。

 たとえば、河川の右岸側では避難指示が発令されているのに左岸側では避難準備・高齢者等避難開始という矛盾が発生している。これは広域森林火災についても言えることである。自治体消防活動では消火できず、自衛隊の出動を毎回要請することが起こっている。消火できない理由として、消防機関が大型ヘリコプターを所有していないことを挙げるのは的外れである。要は広域消火活動のための指揮命令系統がないからなのである。

 

豪雨避難の困難さ

 

 災害対策基本法に基づけば、日本国憲法との関係から避難命令という言葉は使えないことになっている。これに代わって、避難指示という言葉が使われる。このため従う義務がないので、これが発表されても警察や消防は具体的な事前活動を開始しない。災害の発生を犯罪や火災の発生と同じように扱っているからだ。したがって、豪雨時の避難は自助、共助で実施しなければならない。ところが米国では避難命令が発表されると、まず警察が出動する。なぜなら徒歩で避難する人はほとんどおらず、車避難なので交通規制や渋滞対策を実施しなければならないからだ。東日本大震災でも車で避難する人が多く、至るところの交差点で渋滞が発生したが、交通整理する警察官の姿は皆無であったようだ。でも、住民は災害時に困れば110番や119番に電話をかけるのである。大変な数の電話がかかってきたことがわかっている。1961年に災害対策基本法が施行されて以来、それまで使っていた避難命令という言葉が使えなくなった。憲法の基本的人権の尊重に反するからという理由である。筆者は、日本国憲法に緊急事態条項を明記し、住民の豪雨などからの避難を容易にする活動を継続している。早期に避難しなければ命を失うという緊急事態に臨んで、基本的人権の尊重を優先すべきではないというわけである。

 国会議員の多くは災害現場で起こっていることを知らないし、法律学者も同じである。緊急事態条項の明記の主目的は、国が防災・減災を実現するという強い意志を示すことにあり、罰則を科すのが目的ではない。全国的に避難行動要支援者や高齢者が増え、避難するにしても自助や共助にも限界があり、容易ではない。しかも、地球温暖化の影響で、線状降水帯による豪雨が原因で、河川の氾濫は従来の破堤氾濫から越流氾濫へと「相転移」が起こって市街地の浸水深が深くなり、一層危険になってきている。

 そこで、ここまで来れば交通事故対策と同じで、地域社会の住民と一体となって、小学校の低学年から避難訓練を繰り返し実施して、生活文化にするしかないだろう。もう情報の充実や通常の訓練を重ねても住民に早期避難を促すことはほぼ不可能なことがわかってきた。このような体制は地方議会の議論を経て具体化して、教育委員会が決定すればできると考えられる。実はこれが本来の実践的防災教育なのである。

 

未熟な危機管理体制

 

 コロナ・パンデミックがわが国でも猛威を振るった時、これにかなり適切に対処できた都道府県とそうでないグループに分けた時、前者のほとんどすべてが近年、自然災害を経験していることがわかった。経験することによって危機管理体制が事後に大きく変わったことが確認できる。災害に際しては自治体は全庁態勢で臨まなければいけないことは判明しているが、実際はそのようにはなっていないことが多い。

 それは地方自治体の組織は、日常業務を効率的に進めるために、いわゆる縦割り組織になっているのが普通である。ところが、災害が起こればそうはいかない。連携することが必須となる。しかし、日常的には未経験であるから上手く進めることができない。たとえば、危機管理のトップの防災監が事務系職員のトップに位置し、特別職の副知事や副市長と同格の場合、意思決定が円滑に進むことがわかっている。しかし、コロナ禍の最中に災害が発生して避難所を開設し、運用しなければならなくなったとき、医務部局や福祉部局などは、それまで全く避難所に関係しなかったにもかかわらず、当然のように口出しするようになり、そのようなときには部局長の役所における上下関係が大きく影響することがわかった。

 つまり、災害が起こって初めてそのような意思決定の困難さに直面したわけである。行政機構が災害時でも有効に機能するように、議会の理解を経て機構改革することは大変重要であることが理解できる。

 

 


2022年6月6日号 週刊「世界と日本」第2222号 より

ウイズコロナ時代での「健康経営」で会社は変わる

 

特定非営利活動法人
健康経営研究会 理事長
岡田 邦夫
 氏

《おかだ くにお》

1982年大阪市立大学大学院修了後、大阪ガス株式会社産業医。2006年NPO法人健康経営研究会設立、理事長就任。大阪市立大学医学部臨床教授ほか、厚生労働省、文部科学省等の委員会委員を歴任。現在、経済産業省 健康・医療新産業協議会健康投資WG委員、健康長寿産業連合会理事、大阪商工会議所メンタルヘルスマネジメント検定委員会副委員長。

 

はじめに

 

 平成29年3月28日に「働き方改革実行計画」(働き方改革実現会議決定)が発表された。その意義については、「誰もが生きがいを持って、その能力を最大限発揮できる社会をつくることが必要である。」とされ、「我が国の経済再生に向けて、最大のチャレンジは働き方改革である。」としている。

 働く人の健康問題は、労働災害、長時間労働、ハラスメント、職務・職場不適応等、「働くこと」で発生する。私はこれを「労働環境病」としている。生活習慣病発症は個人のヘルスリテラシーによるところが大きいが、「労働環境病」は「業務に内在する危険性」が原因である。健康経営の視点からは、「働き方」を見直さなければ、我が国の「長時間労働」、「短時間睡眠」そして「低い労働生産性」の解決は道遠しであろう。

 

COVID-19パンデミックで誘発された「働き方改革」

 

 新型コロナウイルス感染症がパンデミックとなり、社会生活が激変し、企業においてもテレワーク等の新しい働き方の導入が一気に拡大した。濃厚接触による飛沫感染、市中感染、そして空気感染の可能性もあり、感染防御のためには、通勤や会食などは制限せざるを得ない状況となった。また、テレワーク、特に在宅勤務においては、自宅の机やいすが長時間座業に適さず肩こりや腰痛の原因となり、家庭内環境によっては、精神的ストレスが増大し、結果として適応障害や社会不安障害などのメンタルヘルス不調が増加した。また、企業活動の停滞は、非正規雇用労働者の雇止めなどで失業者の増加を招き、それによって誘発された心身の不調が自殺者を増加させた。

 政府は、プレコロナ時に「働き方改革実行計画」を発表したが、実施している企業は限られていた。段階的な働き方改革は、徐々に適応し、心身の不調の発生は少ないものと推測する。しかし、準備期間のない「新しい働き方」導入は、その変化に対して適応できす、心身の不調を招くことは想像に難くない。社会不安に基づくメンタルヘルス不調者の増加は我が国のみならず、全世界で認められている。職務不適応によって発症する適応障害と同様に、社会の大きな変化に対する適応障害は、多種多様な健康問題を誘発した。特にテレワークにはITリテラシーが必須であることから、十分な教育がなされていない場合、ウェブ会議にもいわゆるアレルギー反応を惹起する。会議中もミュートにして、沈黙の時間が長くなれば、管理職のラインケアとしての対応が必要とならざるを得ない。

 

パンデミックとシンデミック(syndemic)対策

 

 新型コロナウイルス感染症対策として、出社時体温測定、手指消毒が必須となり、職場の消毒をも頻繁に実施されるようになった。エアロゾル感染の可能性もあることから、換気への配慮も必要となった。

 ウイズコロナにおいて、その重症化要因として、基礎疾患や喫煙等が研究報告として発表された。感染による重症化予防には、感染症のみの対策では不十分で、日常の生活行動の変容も求められた。従来から進めてきた健康づくり対策が、結果として、パンデミック対策として有効であることが証明された。健康管理は、多額の投資が必要であり、そのアウトカムが、感染症に対する防壁になる。結果を伴わない健康診断への投資はリターンのない赤字事業である。感染症を重症化させないために、経済格差の解消や生活習慣病予防の強化、喫煙対策等(シンデミック)が必要である。

 今や、健康診断を実施した、というアウトプットのみは絵空事である。健康診断によってもたらされるアウトカム(疾病者数の減少、有所見率改善等)が、当然ではあるが、重要なのである。健康づくり事業の黒字化、これは、法令遵守でもあり、投資に対する見返りを求める事業そのものである。経営者の投資行動は、すべてリターンを確実に求めなければならない。企業の事業展開において、長期的な展望に立脚した組織的な取組は必要不可欠で、最大限の利益を創出することがゴールである。そこに無駄な投資はない。

 

ウイズコロナ時代と企業の変貌

 

 企業のBCP(Business  Continuity  Planning,事業継続計画)は、VUCA(激動性、不確実性、複雑性、曖昧性の頭文字—想定外の事象を予測しがたく、またその的確な対策が複雑で難しいこと)、の時代においては極めて重要となっている。想定外を想定内として対処することはもとより不可能であるが、一定の社会変化(地震、パンデミック、紛争など)に対して、企業が被る損害を最小限にし、企業活動が継続できるための対策について検討し、その準備が必要である。直面する問題の解決は重要であるが、将来のリスクを回避するための対応も実施しておく必要がある。

 ウイズコロナにおいて、職域接種が大企業中心に実施され、我が国の接種率が大きく向上した。経営者判断によって、接種率が向上したのである。職域のみならず、地域の希望者や取引先の従業員に対する予防接種を実施し、さらに、インフルエンザの予防接種についても、職域接種が拡大した。事業継続において、新たな障壁となった感染症に対し、企業が対策を講じた。経済産業省は、健康経営をサプライチェーンに拡大することを提唱しているが、パンデミックがその実践を進めた。

 疾病治療は、医療が解決すべきものであるが、健康の保持、感染症の予防(免疫力の強化)などは企業が率先して進めるものである。従業員の健康の保持増進は、企業価値の創造に直結するものである。

 パンデミックは社会に、そして企業に大きな打撃となったが、今後の想定できない企業リスクに対する教訓を与えた。多種多様な雇用形態(労働契約)、テレワークなどの働き方の大幅な見直しと新たな労務管理のあり方の検討、賃金体系や経費の見直し、ITリテラシーの向上、コミュニケーションの多様化、従業員の健康問題としての感染症対策など、企業に押し寄せた大きな波に飲み込まれない企業対応が求められている。そして、企業の財産である人財に投資することの重要性が明らかになった。

 

 


2022年1月17日号 週刊「世界と日本」第2213号 より

今年の政治点描
岸田政権の課題と先行き

 

慶應義塾大学 名誉教授
曽根 泰教
 氏

《そね やすのり》

1948年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院修了後、同大学法学部助手、同教授、90年総合政策学部教授、政策・メディア研究科教授、などを経て2018年より現職。イェール大学客員研究員、エセックス大学客員教授、ハーバード大学客員研究員、日本アカデメイア運営幹事。主な著書として、『日本ガバナンス』(東信堂、2008年)等。

 

 2022年の政治を予測するには、2つの大きな流れを見ておく必要がある。1つは誰が首相でも、どの党が政権についていても、日本として解決せざるを得ない基本的な課題にどう対処するかであり、もう1つが、岸田政権が直面する緊喫の課題である。

 

 その具体的課題の筆頭にコロナ対策がある。というのも、安倍政権、菅政権と直接・間接にコロナ対策に失敗して、政権を投げだした。

 岸田政権はその点では運がいいといえる。総選挙の時期には、感染者が急速に減少していた。少なくとも、コロナに感染して自宅待機をさせられ、救急車を要請しても、搬送先の病院が見つからず、生死の恐怖に直面しなければならないという状況はまぬがれた。これが、第1の課題とすれば、オミクロン株など変異株の水際対策と病床の確保は、優先されるべき課題に含まれるだろう。

 政権を安定的に運営するためには、夏の参議院選挙に勝利する必要があるが、岸田政権の運の良さと、野党の弱体がどこまで続くかに掛かっている。

 コロナ対策に失敗と述べたが、菅首相は元来が官邸回りの政権運営には長けていた。しかし、国民とのコミュニケーションに難があり、実績以上の支持を得ることができなかった。岸田首相の運の良さは、選挙時にコロナの感染者が減少したことだけではない。菅首相が前任者ということもあり、そのコミュニケーション不足もまだ露呈していない。

 かつては、一般論と背景しか語らない岸田さんの話は新聞記者も呆れるほど退屈なモノだった。総裁選を2度戦って、何を言いたいのかまず明確になったし、2回目の総裁選ではプレゼンテーションができるようになった。記者会見も、紙に視線が釘付けということも少ない。今後、国会での質疑を乗り越えられるのかは1つの課題である。

 政策的には、「分配」に重点を置き、新しい資本主義、デジタル田園都市構想などが中心である。しかし、公明党に引っ張られた「18歳以下、10万円」の給付金では、地方自治体に実務を頼らざるを得ないが、現金かクーポンを巡る混乱は、詰めが甘く、相変わらずといわざるを得ない。

 「分配」を強調し、新しい資本主義を唱えるが、本当に何をやりたいのかは明確にはなっていない。

 例えば、新しい資本主義を掲げて総選挙を戦っているときに、「新しい資本主義実現会議」を立ち上げた。

 これら、目前に直面する課題を解決すれば、背後にある大きな問題の解決になるのかといえば、そう簡単でないことは明確である。

 簡単に言えば、①統治構造 ②グローバル化 ③経済の停滞 ④社会保障 ⑤社会の変化の課題群が、日本を取り巻いている。それに、⑥外交・安全保障も加えるべきであろうが、話を分かり易くするために、①統治構造 ②グローバル化 ⑥外交・安全保障はここでは省略するとして、経済と社会保障の問題を整理してみる。日本の財政(一般会計の歳出)をみれば、(地方交付税と公債費を除くと)、歳出の半分は社会保障関係費である。それでも、社会保障の不足分は毎年約30兆円あり、国債でまかなっている。それが積み上がってGDPの2倍以上の債務残高になっているが、これに、今回のコロナ対策の財政出動が加わる。高齢化、少子化という社会構造の傾向は止まりそうもないので、将来世代へのツケは大きくなるばかりである。

 もう1つが、新しい資本主義とも関係するが、国民に蔓延するデフレマインドである。それを、安倍政権は金融政策で何とかしようとしたが、結局、抜け出すことはできなかった。このデフレマインドは消費者物価と賃金構造と密接に関係する。

 今回、供給制約があって、生鮮食料品やガソリンなどが高騰している。しかし、デフレマインドを考慮して、価格転嫁を避けたいと生産者は思う。当然ながら、賃金の上昇もこの20年抑えられたままである。

 さらに言えば、企業は国内需要の先行きを見て、新規の設備投資をするよりも内部留保を貯めこむ。金融機関にとっても優良な貸出先を見つけにくく、当然ながら、信用創造は増えない。その結果、低金利・低成長は当分続くことになる。

 そこにメスを入れるのが、日本で論ずべき「新しい資本主義」ではないかと思うが、岸田政権の「新しい資本主義」の議論は、①科学技術立国の推進 10兆円の大学ファンド、クリーンエネルギーの実装 ②スタートアップの徹底支援 ③デジタル田園都市国家構想の起動 ④経済安全保障の推進、が目指されている。

 従来の「成長戦略」とどこが違うのかと思うが、新自由主義的な用語を使わない点が特徴であるといえる。

 岸田内閣が自らの特徴を安倍・菅政権と違いを際立たせたいのが、官邸主導である。リダーシップを、首相を中心とする官邸に求めた前2政権に比べて、与党の関与を強めたいという意図があるのではないか。

 自民党政調会長時代からの持論であるが、党の役割を強調する。そのことは、当然のことながら、内閣主導とバッティングする。この矛盾は今のところ表れていないが、安倍政権以前に戻すことは、煎じ詰めれば、与党審査をどこまで重視するかになる。

 また、安倍政権時代の特徴に、国会でスキャンダルを追求されるくらいなら、法案が時間切れで通らなくても、国会を開かないという傾向があった。それは改善されるのか、マスメディアを通じて国民に誠実に向き合うのかが課題である。

 一般に、権力を獲得して、半年から1年が経つと、マスコミの政権党への批判が強くなる。アメリカ政治では、それが中間選挙で、イギリスの場合は、その中間にある地方選挙で厳しい批判が出てくる。日本の場合は、参議院選挙がそれに当たる。参院選を「政権の鬼門」と呼ぶことがあるが、野党の状況では、立憲民主党の党首が替わったとしても、急な回復が見込まれないので、このまま推移するのではないか。つまり、岸田政権の安全運転は当分続きそうだ。

 


2022年1月4日号 週刊「世界と日本」第2212号 より

経済安全保障と日本の針路

 

大阪経済大学客員教授
経済評論家
岡田 晃
 氏

《おかだ あきら》

1947年大阪市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社。記者、編集委員を経てテレビ東京に異動。WBSプロデューサーを経て、ニューヨーク支局長、テレビ東京アメリカ初代社長、テレビ東京理事・解説委員長。06年より経済評論家として独立し、大阪経済大学客員教授に就任。主な著書に『明治日本の産業革命遺産』など多数。

 

 新しい年・2022年を迎えた。今年こそは静穏な生活を取り戻し、経済活動を全面再開できるよう願わずにいられない。米中対立など揺れ動く国際情勢の中、アフターコロナに向けて日本経済を再生させていく一年にしたい。

 

 日本経済の喫緊の課題は足元の景気回復だが、同時にアフターコロナ時代を見据えて中長期的な視点から日本経済の再生を図ることが重要である。

 そうした中、岸田首相が打ち出した「新しい資本主義」が論議の的となっている。首相は「成長と分配の好循環」をめざすとしており、昨年11月に策定した55・7兆円の経済対策では、「成長戦略」について①科学技術立国の実現②デジタル田園都市国家構想③経済安全保障—の3本柱を示した。

 筆者は本紙2211号の「メディア批判」欄で、分配の前提となるべき成長戦略が不十分なこと、持続的成長のためには改革が不可欠なことなどを指摘したが、経済安全保障を打ち出していることは時宜にかなったものと評価したい。

 今回のコロナ禍では経済安保の立ち遅れが浮き彫りとなった。マスクをはじめ医療防護用品の大半を中国からの輸入に依存している実態が明らかとなったほか、ワクチンもこれまでのところ欧米製に頼っている。

 医療用に限らず、多くの工業製品や重要物資を中国など海外に依存しているのが現状だ。すでにコロナ以前に激化した米中貿易戦争を機に、中国に集中した生産や供給体制の見直しも迫られている。先端技術・産業分野では技術・情報の流出や漏洩がかねて問題視されてきた。このところの米中対立、そして習近平政権の動きを考えれば、過度な中国依存はリスクとなっている。

 これらのことはいわば防衛的な観点と言えるが、それだけでなく、日本経済の競争力強化という点からも経済安保の確立は急務なのである。

 岸田首相は「経済安保推進法案」を1月召集の通常国会に提出する方針だ。これまでの報道によると、同法案の柱は以下のような内容になる。

①特許の公開制限…軍事転用可能な技術を一定期間後も公開せず

②サプライチェーン強化…半導体など戦略物資の生産支援、供給は国内優先

③先端技術の研究開発支援…企業や大学に資金支援、情報管理を徹底

④重要インフラの安全確保…サイバー攻撃に備え、設備投資前に政府が審査

 こうして経済安保の必要性が高まる中で、民間企業もそれぞれ対応を迫られることとなる。具体的には、以下の3つの課題が考えられる。

 第1は、中国を軸とするサプライチェーンの見直しだ。生産や部品調達を中国に依存してきた企業は少なくないが、可能な範囲で生産拠点などを中国から他の国・地域に移転・分散させ、サプライチェーンを再編することが必要となる。中国戦略・世界戦略そのものの見直しも課題だ。

 第2は、技術や情報の流出・漏洩の防止だ。各企業は海外からのサイバー攻撃への備えも含めて総点検し、体制と対策を一段と強化しなければならない。

 第3は、特に中国企業との取引や提携・出資などの関係だ。米国は中国の特定企業との取引を規制しているが、規制対象となっている企業との取引が間接的であっても規制の対象となる可能性もあるため注意が必要だ。また中国企業から出資や投資を受け入れる際のチェック強化も不可欠だ。

 総じて日本はこれまで米国などに比べて経済安保という観点が官民ともにやや甘かった。今や「米中新冷戦」あるいは「東西新冷戦」の時代に入ったという時代認識を持って、各企業は経済安保への「感度」を高めることが求められる。

 経済安保の課題に取り組むことは、企業にとっては負担増となる。「一企業ができることには限界があり簡単ではない」「経済安保を強調するのはグローバル化に逆行する」などの声も聞かれる。たしかにそのように見える面もある。だが自由主義・グローバル化の旗手たる米国では、たとえば外国企業による直接投資は法律に基づき政府の委員会で厳しく審査される。中国に限らずすべての外国企業が対象だ。グローバル化を進めるからこそ、経済安保が重要なのである。

 企業が前述の3つの課題に取り組むことは、米中新冷戦時代を乗り切る体制を構築することを意味する。日本経済全体で見ても、経済安保をバネに競争力を高めることが可能だと指摘したい。

 経済安保では半導体産業が戦略的に重要だが、周知のように日本は半導体生産では韓国や台湾にお株を奪われてしまった。だがその半導体の素材であるシリコンウエハで日本は世界シェア57%で世界1位、半導体製造装置ではシェア31%で世界2位だ(数字は日本経済新聞調べ)。また日本の多くの電子部品・精密機器メーカーは国内外の半導体関連企業に重要部品を供給しており、日本は世界の半導体産業を支えている。米中新冷戦の中にあって、こうした日本の存在感はますます高まることとなろう。

 一方、今や半導体の世界最大の生産地となった台湾だが、中国は台湾への政治的軍事的圧力を強めている。万が一、台湾が中国の武力攻撃を受けるような事態になれば、世界中の半導体供給に影響が及ぶ。このような地政学リスクに対応して、米国政府は半導体ファウンドリー(生産受託会社)世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)に米国進出を要請、同社はアリゾナ州で新工場建設を開始した。

 これに続き同社はソニーグループと共同で日本初の工場を熊本県に建設すると発表した。日本政府は数千億円の補助金を出して支援する方針だ。これも、経済安保をテコにして日本経済の競争力強化をめざす一例として期待できる。

 実は、日本企業はコロナ禍にあっても力を発揮している。上場企業の昨年3月期決算が27%増益だったのに続き、今年3月期は48%増益で過去最高益を更新する見通しだ(日本経済新聞)。

 この力を経済全体の再生につなげたい。日本経済が強くなることは、日米同盟強化と外交力強化の観点からも重要なのである。

 


2021年11月15日号 週刊「世界と日本」第2209号 より

日本経済-コロナ危機下の経済政策を考える

 

大正大学地域構想研究所教授
小峰 隆夫
 氏

《こみね たかお》

1947年生まれ。69年東京大学経済学部卒業後、経済企画庁入庁。経済研究所長、物価局長、調査局長などを経て、2003年から法政大学政策創造研究科教授などを歴任。17年から大正大学地域創生学部教授、20年から同大学地域構想研究所教授。著書に「平成の経済」(日本経済新聞出版、2019年、第21回読売・吉野作造賞)など多数。

 

 衆院選挙も終わった。岸田新政権は、これからいよいよ経済政策を具体化していくことになる。その場合の最大の課題は、言うまでもなく、コロナ危機の経済的影響を円滑に乗り切っていくことだ。その時重要なことは、これまでのコロナ危機への対応の中で示されてきた政策的誤りを繰り返さないことだ。というのは、私はこれまでの政策対応には、次のような誤りがあったと考えているからだ。

 

 第1は、景気対策としての大規模な財政出動である。政府は、2020年12月初めに、財政支出40・0兆円、事業規模73・6兆円という経済対策を決定した。これに関係して、私が気になったことが3つある。

 1つは、依然として伝統的な景気対策の発想が色濃く残っていたことだ。コロナ禍における景気後退は、感染症を防ごうとしたことによるものなのだから、単純に需要を増やそうとすると、感染症の予防と矛盾することになる。コロナ禍における経済対策は、不況そのものを防ぐのではなく、経済の落ち込みによって生じた一時的な失業や経営危機が、長期的な生活不安や廃業・倒産につながらないようにすることなのである。

 2つ目は、歳出規模が最初に議論されたことだ。各方面から、30兆円、40兆円という総額が次々に提示されたのだが、これは順番が違うのではないか。財政の歳出は、1つ1つの施策の積み重ねであり、その1つ1つを吟味して初めて総額が出てくるべきものなのではないか。コロナ危機のような時には、ただでさえ各方面から歳出拡大の要求が出てくるから、特に賢い支出(ワイズスペンディング)が求められる。最初に規模を決めてしまったら、個々の歳出の吟味が甘くなってしまうのではないか。

 3つ目は、一部で、その歳出規模の目安として、GDPベースの需給ギャップが使われたことだ。需給ギャップは、潜在的に実現可能なGDPと現実のGDPとの差を測定したものである。2020年7—9月のGDP1次速報値公表後に内閣府が推計した需給ギャップは、約34兆円の需要不足となっていた。この需要不足を政策的に埋める必要があるから「34兆円程度の経済対策を」という議論が出てきたようだ。

 この議論がなぜ不適当かについては、山のように理由を挙げることができる。まず、そもそも需要不足の全てを財政で補うことは不可能だし、それを目指すべきでもない。経済の大部分は民間の力で動いているのであり、まずは民間需要の自律的な回復がどの程度かを考えるべきだ。大まかに考えて、需給ギャップが大きい時には、より景気対策に力を入れるべきだとも言えるが、それは要するに「景気が悪いから景気対策に力を入れる」というだけの話であり、わざわざ需給ギャップを持ち出さないでも分かることだ。また、やや技術的になるが、需給ギャップ34兆円というのは年率表示なのだから、現実のギャップはその4分の1だし、需給ギャップは実質値であるのに対して、歳出規模は名目値である。他にもたくさんあるのだが、要するに需給ギャップの数字は、全くこのような経済対策の規模についての議論の基礎にはならないのである。GDPギャップの金額と経済対策の規模を直線的に結びつけるという乱暴な議論は今回限りにして欲しいものだ。

 第2は、全国民への一律10万円給付である。これは実証的に見てもほとんど効果はなかったと言えそうだ。そのデータを紹介しよう。国民経済計算に家計所得の内訳を示したデータがある。これによって、コロナ危機の影響が最も大きかった2020年4—6月期の姿を見ると、賃金所得が減少したものの、10万円給付があったため可処分所得は大幅に増加した。その上、消費は外出の自粛等で大幅に減少したため、貯蓄が激増し、家計貯蓄率は実に21・9%となった。要するにお金が余ったのである。家計全体としては、10万円給付はそっくり貯蓄に回ったということである。家計貯蓄率は2021年1—3月期でも7・8%だ(コロナ前の貯蓄率は1〜2%)。いまだに家計の金余りは続いているわけだ。緊急の事態で実行が難しかったという面はあるが、給付措置を取るのであれば、何らかの手段で困窮者向けに的を絞るべきだったのではないか。

 第3は、GoToキャンペーンである。コロナ感染症が広がっている状況下では、外食や旅行などの対面型サービスの取引は、感染症を広げやすくするから、取引に関係した人以外に不利益が及ぶ。これは、経済学では「外部不経済」と呼ばれている。この外部不経済に教科書的に対応すると、サービスの提供を減らした事業者(外食産業や旅行業者)に補助金を支給するか、サービスへの需要を減らすために、外食や旅行に課税することになる。営業時間の短縮に協力した外食産業には協力金が支払われているが、これはサービス提供を減らしたことへの補助金だと解釈できる。

 ところが昨年夏に実施されたGoToキャンペーンは、外部不経済を発生させている活動に補助金を与えていることになり、教科書的な対応とは全く逆の政策となる。支持する人は少ないだろうが、私は、旅行や外食に課税し、その税収を財源として関連業者を救済するという政策が最も効果的だと考えている。

 以上のような政策の誤りは、今後再び繰り返される可能性がある。第1の、規模ありきの経済対策については、岸田総理自身が今後大規模な経済対策を行うと述べている。くれぐれも賢明な支出を心がけて欲しいものだ。第2の、給付金については、衆院選での野党の公約にも登場しているし、与党内でも、具体的な内容は決まっていないが、何らかの給付金が実行されそうである。第3の、GoToキャンペーンについては、既に一部の自治体で再開の動きがあるが、今後、新型コロナ感染症が収まってきたらさらに広がっていくことになるだろう。感染症の動きを監視しながら、弾力的に対応できるようにしておき、くれぐれも感染症の拡大につながることのないようにして欲しいものだ。

 


2021年10月4日号 週刊「世界と日本」第2206号 より

ポストコロナ時代『国と地方の行政はどう見直していくべきか』

 

元国税庁長官
ベトナム簿記普及推進協議会名誉理事長  大武 健一郎
 氏

《おおたけ・けんいちろう》

昭和21年生まれ。東京都出身。昭和45年東京大学卒業後、大蔵省(現財務省)入省。大阪国税局長、国税庁長官を歴任。退官(平成17年)後、商工組合中央金庫副理事長。現在、大和大学特任教授、北京中央財経大学名誉教授。著書は『データで示す日本の大転換「当たり前」への回帰』(かんき出版)、『「平和のプロ」日本は「戦争のプロ」ベトナムに学べ』(毎日新聞社)など多数。

 

1 パラダイム大転換の中にいる世界と日本

 

 現在、世界も日本もパラダイム転換の中におかれている。

 世界でIT革命が進み、従来行ってきた経済活動も行政サービスもITを活用して各個人、各企業の状況を把握して対応することが可能となった。したがって、ビジネスも行政も従来のやり方を改め、IT活用が可能となるシステムに改変し、それに対応できる人材が必要となっている。

 産業発展と地球上の人口増加で地球環境が大きく揺らぎ、世界各地で自然災害が起きている。CO2排出の増加を抑えることが不可欠となって、従来のような化石燃料によるエネルギーを使った大量生産、大量消費、大量廃棄のシステムは転換させる必要に迫られている。

 戦後75年が経ち、米中の対立や宗教対立が激しさを増し、平和に向かってきたベクトルが戦争や紛争に向かうベクトルへ転換し始めている。そのため、人災のリスクも高まっている。

 その上、日本では少子化が進み、有史以来初めて構造的に人口減少へ向かい、21世紀末には9000万人台へと移行するという大転換の真只中にある。

 

2 コロナ禍で起きたこと

 

 ①このようなパラダイム転換の中でコロナによるパンデミックが起きた。

 コロナ禍による経済の落ち込みを防ぐため、先進国は異次元金融緩和と財政出動を行った。その結果、日本はもとより欧米先進国は財政破綻ともいうべき状況に陥った。これらの経済政策により世界的に資産インフレと格差拡大が一層広まっている。不況にもかかわらず世界の株式市場の株価は高騰し、住宅価格等も欧米各国で上昇が続いている。日本でも労働賃金は上がらないのに、株価等資産価格だけが上昇し、資産を持っている人と持っていない人の格差は大きく拡がって、一億総中流と言われた時代は今は昔の状況になっている。コロナ対策に対する不満が噴出しているが、資産を持たない人達の不満が政治に対する不満にもつながっている面が強いと思われる。

 

 ②欧米民主主義国家は個人の自由を前提とする社会を標榜してきたため、コロナ拡大を抑えるための人流抑制が機能せず、コロナ禍が拡大して、国民の政権への不満が表面化している。それに対して中国等個人の自由を抑制してきた国家主導型の社会主義国家は、コロナ禍の拡大を抑制した結果、経済回復も早く、国家主導型の国家運営が危機対応に適しているとして自信を強めている。特に、日本のように国民への協力を求める一方、人流抑制をまったくできない自由な国では政権への批判が表面化し、国民の意向に右往左往して衆愚政治の状況に陥っている。国家的危機対応としては、国家主導型の「規制」も行える対応が必要であることが明らかになった。これから頻発することが予測される天災や人災等の危機対応として国家主導で行える体制を作り、危機が去った後には元の国民の自由を尊重した民主主義体制に戻れる体制転換の仕組みを策定しておくことが求められている。

 

 ③コロナ対応に日本が失敗した最大の原因は平時における国家体制だけを定め、緊急時の国家の役割を定めず、コロナ禍に対して平時の対応をしたことにある。その意味で平成の時代に行った地方分権は、コロナ禍のような国家的危機の時には地方分権し過ぎていて、国家は各地の状況が把握できず、その対応もすべて地方自治体任せになってしまった。例えば、コロナ対応をする保健所が地方自治体の下にあるため、官邸や厚生労働省が叫んでも保健所へは届かず、定員削減で小さくなった保健所の苦況も官邸等に届かないということも起きていた。医師会とのパイプも各自治体に任せるという状況になって、各医師会の対応もバラバラで大都市部と地方では状況は異なり、全国的対策はほとんどできなかった。これからは、緊急時には国家主導型の対応がとれる仕組みを早急に作る必要がある。

 

3 ポストコロナ時代の国家の役割と地方行政のあり方

 

 ①前述のように、緊急時においては国民への規制を含めて国が中心となって全国の国民を主導する体制が必要となる。その為にはITを活用した行政作りが重要となる。特に、国民には全員にマイナンバーが付与されているので、マイナンバーを活用して国民一人一人を把握して緊急時の対応を図る必要がある。コロナになって貧しくなった人とコロナでむしろ豊かになった人に同じようにお金を配るようなことは無駄以外の何ものでもない。コロナのマスクも全員に配布されたが、利用されないマスクが山積みとなった。これからはマイナンバーを活用して必要な人に必要なカネやモノを給付することが求められる。

 

 ②平時においても社会保障給付をマイナンバーを活用してITによる行政に移行することが求められる。一律給付という仕組みは、IT化ができていない状況での行政手法だ。例えば、年金給付も掛金と加入期間に応じて国庫負担も一律に付与して給付することをやめ、保険負担分は各人に給付するとしても国庫負担分はマイナンバーを活用して一人一人の経済状況を確認して貧しい方々に給付することが求められる。これからは、年金だけでなくすべての行政サービスを国民一人一人の状況を把握して行う必要がある。それが可能になるIT活用こそがこれからの国、地方自治体を通じた行政改革の最重要課題だと思われる。

 

 ③コロナ禍で判明したもう1つの問題は「国、都道府県、市町村」という地方行政組織の問題だ。広域の人流でわかったように東京都でのコロナ拡大は都にとどまらず、神奈川、埼玉、千葉の4都県での共同の対応が必要となった。大阪でも兵庫、京都等広域での対応が必要となった。したがって、都道府県制を見直して道州制のような広域での組織とし、市町村には人口減少で益々人口の少ない市町村も増えるので、例えば50万人以上の政令市とそれ以外の区域に区分し、政令市以外は道州が直接管轄していく方が合理的と思われる。

 今後は疫病だけでなく天災も人災も増えてくると思われるので、平時と緊急時を区別して、平時は地方行政組織を通じて、緊急時は国が直轄で行政サービスを提供することが必要となっていると思われる。

 


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