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2026年の政治、世界経済は波乱が続きます。それでも日本は景気拡大持続へ。それぞれの専門分野で、深く丁寧に将来を見通します。

2026年5月4日号 週刊「世界と日本」2314号 より

 

本番迎える「責任ある積極財政」

 

― 昭和100年の真の教訓とは ―

 

 

経済評論家

岡田 晃 氏

おかだ あきら

1971年慶應義塾大学経済学部卒。日本経済新聞記者、編集委員を経て、テレビ東京経済部長、同アメリカ社長、同理事・解説委員長。その間、WBSなどのキャスター、プロデューサーを担当。2006年にテレビ東京退職、同年から大阪経済大学客員教授、2026年3月まで同特命教授。近著『経済で読み解く昭和史』(PHP新書)など。

 2026年度予算が成立し、高市早苗政権の「責任ある積極財政」は具体化の段階に入った。メディアは積極財政批判の大合唱だが、それは妥当とは言えない。今年は昭和100周年だが、昭和初期に「責任ある積極財政」の先駆けともいえる政策があった。幾多の危機や困難を乗り越えて今日の日本経済を作り上げてきた昭和の歴史には数多くの教訓が詰まっている。それを正しく学び令和に活かしていくことが重要だ。

 

誤解や先入観入り混じる高市財政批判

 

 高市政権発足から約半年が過ぎた。高市氏が昨年10月の自民党総裁選で勝利して以降、株価は大幅に上昇したが、メディアは「積極財政はインフレを加速する」と一斉に批判し、円安と長期金利上昇が進んだ。だが、そこには3つの重要な点について誤解や先入観、さらに一部には曲解も入り混じっている。

 第1は、積極財政の必要性だ。高市首相は「日本には底力がある。成長のスイッチを押して押して押して押して押しまくる」と決意を語り、強い日本経済の実現のために「これまでの過度な緊縮志向を断ち切り、積極財政に転換する」としている。現在は日本経済が強さを取り戻せるかどうかの重要な局面であり、その流れを確実なものにするには積極財政が必要なのである。

 ここ数年は残念ながら、政権がどのような日本経済をめざすのかについて明確な方針・戦略が示されていなかった。その中で、当時の首相が「異次元の少子化対策を実施する」と表明したものの「少子化対策のための増税論」が先行したり、当時与党(自民・公明)と国民民主党が「年収の壁の引き上げ」で合意したにもかかわらず、与党税調幹部が「財源」を理由に事実上ゼロ回答の姿勢を取り続けたこともあった。高市首相の言う「過度な緊縮志向」の一端が表れている。

 もちろん財源は重要だが、そればかりを前面に出して事実上財政出動を否定する姿勢を続けていては、経済再生はおぼつかない。必要な時には思い切って積極財政策をとることが大事なのである。

 

供給サイドを重視財政規律にも目配り

 

 第2は、その積極財政の中身だ。従来、積極財政と言えば公共事業や消費喚起策など需要拡大が主な目的だった。だが高市政権は供給サイドに働きかけることを主眼としている。

 その具体的な方針が、17戦略分野への重点的投資だ。「圧倒的に足りないのは国内投資」との現状認識をもとに、危機管理投資と成長投資を促進し「強い日本経済を実現する」とうたっている。これは単に有望分野への投資ということにとどまらず、現在の国際情勢の緊迫化や地政学リスクの高まりに対応して経済安全保障を強化するという国家的な戦略でもある。高市財政批判の多くは、この点を見過ごしている。

 第3は「責任ある積極財政」の「責任ある」の部分だ。2026年度予算では財政規律にも目を配っており、決して野放図な財政拡張ではない。それは以下の5点に表れている。

 ①一般歳出額は前年度当初比3.0%増で、予算全体の増加率(6.2%増)より低い。

 ②新規国債発行額は29・6兆円(前年度当初比3.3%増)で、予算全体の増加率より低く抑え、2年連続で30兆円未満となっている。

 ③公債依存度は24・2%で、前年度当初(24・9%)より低下。

 ④公的債務残高(国・地方合計)の対GDP比は2026年度末で194%と、前年度より5ポイント低下する見込み。低下は5年連続。

 ⑤プライマリー・バランスは1.3兆円の黒字。黒字は28年ぶり。

 こうしてみると高市財政批判は過大で、市場の反応もイメージ先行であることがわかる。

 

〝元祖〟は髙橋是清~積極財政で恐慌脱出

 

 実は、「責任ある積極財政」は100年近く前に登場していた。髙橋是清の財政政策だ。

 昭和4年、米国発の世界大恐慌の波が日本にも押し寄せ、「昭和恐慌」と呼ばれるデフレ不況に陥った。ところが当時の民政党政権(浜口雄幸内閣、第二次若槻礼次郎内閣)は井上準之助蔵相が主導する緊縮財政にこだわり、不況はますます深刻化した。

 そのような状態が2年も続いて政権が行き詰まり、昭和6年12月に犬養毅内閣(政友会)が発足する。この時に蔵相に就任したのが髙橋是清だ。髙橋はそれまでの緊縮財政策を否定し積極財政に転換した。不況が特に深刻だった農村の救済事業や公共事業など財政支出を思い切って拡大し、財源として赤字国債を増発した。

 その結果、景気は急速に回復し始めた。欧米はまだ世界大恐慌のどん底にあったが、日本だけが立ち直ったのだ。景気回復を確認した髙橋は、財政支出抑制と国債発行縮小に切り替えた。〈詳しくは、拙著『経済で読み解く昭和史』(PHP新書)を参照されたい〉

 この考えは、髙橋が積極財政を打ち出した当初から表明していた。現在とは経済環境や政策の内容が異なるものの、まさに「責任ある積極財政」の“元祖”と言えるものだ。

 ただこれには続きがある。高橋は景気回復後の財政支出抑制の一環として軍事費を抑制しようとしたが、これに軍部が激しく反発した。そのため昭和11年の二・二六事件で、髙橋は襲撃され悲劇的な最期を遂げたのだった。高橋亡き後、軍事費拡大は歯止めがなくなり、その財源として国債発行も際限なく増加していった。

 これは繰り返してはならない歴史であることは言うまでもないが、髙橋の「責任ある積極財政」の精神は正しく継承し、令和に活かしていきたいものだ。

 現在、国際情勢の緊迫度が増しているが、それを乗り切るためにも日本経済が強さを取り戻すことが不可欠であり、「責任ある積極財政」の必要性が高まっている。高市政権にとっては、市場や国民へのきめ細かい情報発信によって理解を広げることが一段と重要だ。

 


2026年4月20日号 週刊「世界と日本」2313号 より

 

熊本地震から10年

 

重要な五つの教訓から学ぶ

 

関西大学 特別任命教授・社会安全研究センター長 
京都大学 名誉教授

河田 惠昭 氏

かわた よしあき

関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長、人と防災未来センター長。京都大学名誉教授。国連SASAKAWA防災賞、防災功労者内閣総理大臣表彰など受賞多数。瑞宝中綬章受章。日本自然災害学会および日本災害情報学会の会長を歴任。著書に『にげましょう』『津波災害(増補版)』『河田惠昭自叙伝』等

 この震災は、今後のわが国の防災政策を進める上で、重要な五つの教訓をもたらした。そして、防災の倫理学の観点から、復旧・復興手順の模範になる可能性を有している。順を追って説明しよう。

 まず、最初はこの震災の対処の過程で、現行の災害救助法や災害対策基本法の適用限界が判明したことである。筆者は、直後に内閣府防災の『熊本地震を踏まえた応急対策・生活支援策検討ワーキンググループ』の主査を担当して、災害対応の是非を現地調査した。その結果、この震災より被害が大きくなると、現行の災害関連法では対処不可能で、そのままでは不作為になるという限界があることが分かった。そこで、政府は、急遽、地震学会などの同意を得て、東海地震は予知できないことにした。この措置によって、首相の警戒宣言の代わりに、気象庁長官の臨時情報が発令されることになった。これがきっかけとなって、南海トラフ地震に関する情報が飛躍的に増加したが、肝心の『いつ頃起こるのか』という予知そのものは、現在に至るまで不可能である、ことを忘れてはいけない。

 

 二つ目は、蒲島郁夫熊本県知事の要請で、直後に『くまもと復旧・復興有識者会議』が設置されたことである。委員7人は、すべて学識経験者で色々な視点から知事に助言できる体制であり、知事も議論に加わった。政府にいくつかの要求を出すことになったが、それを1カ月近く延期した。なぜなら、伊勢志摩サミット(G7)を控えており、すぐに提出すれば、政府は迅速な災害対応を余儀なくされ、それはサミットの失敗につながる危険があったからであり、政府の立場を重視したのである。このような配慮が功を奏した可能性があり、復興経費の約95%が国費で賄われることにつながった。もちろん要求の提出を延期している間にも復興計画の充実を図ったことは言うまでもない。また、県の災害対策本部会議で議論されたことの有識者会議へのフィードバックは随時行われ、例えば、避難所における男女別の仮設トイレの配置なども、この震災以降、標準化されることになった。

 

 三つ目は、地震時に『社会現象の相転移』(月刊 世界と日本 No.1358号(2024年)等で紹介)が起こらなかったので、被害が極端に大きくならならなかったことが分かった。まず、地震マグニチュードM6・5の前震で、住宅の一部損壊や半壊した住民を含む約10万人が避難したので、28時間後にM7・3の本震が起こったが、そのとき全壊・倒壊した住宅には大半の住民が不在だったために、人的被害は大きくならなかった。熊本県の事前の被害想定によれば、地震マグニチュードM7・3の本震がいきなり起こっておれば、住宅の全壊・倒壊という相転移によって、約850人が犠牲になってもおかしくなかったことが分かっている。一方、災害関連死が218人となり、直接死の4倍以上を数えたので、初めてその深刻さを認識した震災だった。しかし、2024年に能登半島地震が起こり、避難所に避難した住民が熊本地震の38%であったにもかかわらず、災害関連死が497人を数え、すでに熊本の2・3倍以上に急増中である。熊本地震で注目された災害関連死が、能登半島地震によってきわめて深刻化した。

 

 四つ目は、この震災が起こるかなり前から、被災地域一帯は地域計画に則ってすでに開発が進行中であって、震災発生がさらにそれを積極的に進めるきっかけとなったことであろう。県によれば、震災後間髪を入れず『創造的復興の先にある“地方創生”の実現に向けて』の活動が始まっていたのである。その創造的復興のシンボルとなったのが、阿蘇くまもと空港の新大空港構想である。経済的に豊かになりつつある東南アジア諸国に、特産の農産物を輸出するという振興策の実施や豊富な土地と地下水を資源として、台湾企業誘致によるわが国の半導体産業の大規模な展開につながっている。

 

 五つ目は、有識者会議は、被災市町村の要望を真摯に受け止め、復旧・復興の最適解を模索し続けたことである。具体例を示してみよう。大西一史熊本市長は、熊本城が全壊し、観光のシンボルが喪失したことに大きな危惧を示された。そこで、会議は、20年以上を要する城の復興事業を公開し、『城郭をどのようにしてつくるかを誰も見たことがないので、それを観光資源として見学できる空中歩廊を併設すること』を提言した。これらの試みは復興と観光を両立させ、日本建設業連合会のBCS賞受賞にもつながり、熊本城の観光客は震災前よりもはるかに増加して、城下一帯のにぎわいが常態化し、成功した。また、震度7を2度も経験した益城町が、早期復興まちづくりが可能なように、神戸市の協力を得て都市計画の基礎資料の収集に努め、“田園と都市の調和する町”を実現した。例えば、震災で約1500人の住民が減少したが、県道の4車線化などによるまちづくりを通して現在はほぼ回復し、しかも2019年以降、人口の増加傾向が継続している。

 

 実は、この震災後、有識者会議は使命を果たしたことになっていた。ところが4年後の2020年夏に線状降水帯による豪雨で、球磨川の氾濫災害(流域だけで死者50名)が起こった直後、知事から再度要請があり、現地調査を経て、会議を再開した。この水害は、これまでの破堤氾濫から越流氾濫への相転移が起こった最初の災害であり、従来の対策工法を変化させる必要があることを暗示させた。この水害の以前には、流域の市町村と合意したダムに依存しない『緑の流域治水』が進捗中であった。しかし、水害時の降雨量や洪水流量などの水文資料が整い始めて解析すると、ダムの築造を伴わない治水計画では、洪水氾濫を避けることは不可能であることがわかった。そこで議論の結果、常時湛水しない「流水型ダム」である川辺川ダムを2027年度着工予定として治水策をまとめることができた。そして、これらの復旧・復興で示された熊本県の取り組みは、『防災の倫理』の観点からも、被災地の復旧・復興策として高く評価できた。

 


2026年4月6日号 週刊「世界と日本」2312号 より

 

『地経学で世界を読む』

 

一橋大学大学院

社会学研究科 教授

福富 満久 氏

ふくとみ みつひさ

英国王立地理学会フェロー。早稲田大学政治経済学部卒、2009年パリ政治学院Ph.D.(国際関係学)、2010 年早稲田大学博士(政治学)。ロンドン大学キングス・カレッジ戦争学研究科シニア・リサーチフェロー、防衛大論文審査委員等を務める。主な著書に『国際正義論』(東信堂、岡倉天心記念賞受賞)、『国際平和論』(岩波書店)、『地経学の解剖図鑑』(エクスナレッジ)など。

 2026年2月13日から15日にかけて、ドイツ・ミュンヘンで第62回ミュンヘン安全保障会議(MSC2026)が開催され、世界各国の首脳や閣僚級の要人が多数出席し不確実性を増す国際秩序と進行中の紛争について議論した。会議では欧州の戦略的自立と米国との連携、ウクライナ情勢、そして戦後秩序のあり方が焦点となった。日本からは茂木外務大臣が出席し、会議の合間にはG7外相会合も行われた。

 ドイツのメルツ首相は、開会にあたり、私たちは大国政治の時代に生きており、世界秩序は過去のものであり、我々の自由も保証されていないのだと述べた。フランスのマクロン大統領もこれに同調し、旧来の欧州安全保障構造は崩れ、欧州は戦争に備える覚悟が必要だと語った。

 世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツ創設者のレイ・ダリオは、現状を1933年になぞらえる。ミュンヘンでの指導者たちの発言に関し「世界秩序は崩壊した」と題してインスタグラムなどのSNSに投稿した。国際連盟が機能不全に陥り、各国が自国利益を優先した結果、相互不信と対抗が連鎖し、第二次世界大戦へと至った時代と今を重ねている。

 

 ダリオによると、過去500年の歴史を分析すると国家や帝国の興亡、および世界秩序の変化には一定の周期がある(「ビッグサイクル理論」)。こうした主張は、『経済大国興亡史』を描いたC.キンドルバーガーや、今や古典となった『大国の興亡』を執筆したP.ケネディ、『世界システム論』を唱えたE.ウォーラーステイン、『Gゼロ論』で一世を風靡したI.ブレマーなど多くの論者を惹きつけてきたテーマである。彼らのおおよその主張をまとめると、だいたいどれもある帝国や通貨が支配的地位を確立してから衰退するまで、通常80年?100年程度の大きなサイクルの中で「3つの局面」をたどる。優れた教育、技術革新、軍事力の強化により、生産性が向上し、貿易シェアが拡大する【上昇期 (Rise)】。次に通貨が「基軸通貨」となり、借金による過剰な消費や格差の拡大が始まる【絶頂期 (Top)】。最後に巨額の債務、国内の政治的対立、新興勢力との紛争により、既存の秩序が崩壊する【衰退期 (Decline)】である。

 

 興味深いのは、どの論者も国家の衰退の中心に経済(特にモノを造り出す力)を置いていることだ。

 特にウォーラーステインは、帝国が支配的優越性を実現するには、世界=経済における「覇権(ヘゲモニー)」を獲得することだと言い、①圧倒的な生産力、②圧倒的な流通力、③圧倒的な金融力が必要となり、そしてその結果として、④圧倒的な文化力(優秀な人材が集まる)を有することになると説明する。ここで注意すべきはヘゲモニー国家の優位性は、①、②、③の順で確立されていき、また失われる時も、同じ順で優位性が消滅していくと論じる。製造業が無くなれば経済が空洞化してしまい流通させる力も失われやがて金融の力も失われる。問題は、先に離陸した国家は人件費や福祉コストが上昇する。通貨は買われ、競争力を次第に失っていくのだ。

 こうした議論を踏まえるとトランプ米大統領が米国の座を揺るがそうとする中国に対し輸出規制を行うばかりか長年同盟国であった友好国にも関税を課したり、米国を食いものにする国は許さないと恫喝して、売りたければ国内で作れ、と言うのはあながち間違った主張ではないのだ。近年米国はIT革命によって覇権国を維持してきたが、それも後発国の研究・模倣により、追い立てられている。

 

 日本もかつて大国の誉高い時代があった。だが、時代が移り変わるにつれ、人件費などのコスト増や経済成長に伴う通貨高によって、注文や投資が安い近隣国に流れてしまった。中国が製造業によって世界を制したのは、日本の能力がなくなったわけではなく、また中国人が日本人より特に優れていたわけでもない。地経学的マクロ構造によってそうなったのだ。

 今AI時代が到来して、フィジカルAIという製造業におけるロボティクスとAIの融合が注目され、日本企業に光が当たっている。半導体を想像する機械メーカーや半導体資材を供給する企業や製造された半導体チップの検査機械を販売する企業はどれも世界的な競争力を有しており、日本の技術が再評価されている。失われた30年と言われてきたが、ここにきて日本はチャンスが巡って来ている。国土は関係なく、細かいモノがモノを言う。ナノの力=半導体である。

 

 政府は3月10日、日本成長戦略会議を開催し、人工知能(AI)を搭載したロボットの世界シェア3割超を獲得し、米中に並ぶ第三極として、2040年に20兆円の市場獲得を目指すと表明した。AIロボットやデータセンターの需要を取り込み国内で生産する半導体の売上高は40年に40兆円まで増やす見込みである。船舶や防衛にも重点的に予算を配分するとした高市政権の経済のかじ取りは正しいものだと考える。日本は島国であり、貿易運搬に船舶を使う必要があるからである。

 日本は冷静になって、米国と中国の間という地経学的にも極めて有利な位置にあることを認識し、引き続き影響力を維持していくべきだと考える。貿易相手国として米国と中国は日本にとっていずれも上位1、2位である。米国と中国にとっても日本は最上位の位置を占める。

 

 国際政治理論では、国際秩序において最も安定的なのは二極構造だとされる。二極世界では主要国同士が直接対峙し、同盟国に過度に依存せず「対内的」能力で抑止を構築するため、計算が比較的容易で安定が保たれやすいからだ。冷戦期の米ソ対峙は相互確証破壊という緊張を孕みつつも、全体として大国間の直接戦争を回避し、戦死者数も限定的だった。その後の米国一極体制では、イラクやアフガニスタンでの戦争が発生し、短期間で冷戦期よりも多くの犠牲を生んだ。理論上は、中国が責任ある大国として台頭し、米国と直接衝突せずに安定した二極構造が形成されれば、より安全な国際環境が実現する可能性がある。

 日本は、対立の最前線に立つのではなく、両者を結ぶ「蝶番」としての役割を果たすことが肝要だ。日米同盟を基軸としつつ、中国との友好的対話と経済関係を維持し、地域の安定に資する調整者となることこそ、日本の繁栄の近道なのである。

 


2026年4月6日号 週刊「世界と日本」2312号 より

 

衆院選超圧勝後の高市首相の課題

 

中曽根・小泉・安倍を超えられるか

 

評論家

ノンフィクション作家

塩田 潮 氏

しおた うしお

1946年高知県生まれ。慶大法卒。雑誌編集者、月刊『文藝春秋』記者などを経て独立。『霞が関が震えた日』で講談社ノンフィクション賞受賞。『大いなる影法師』、『昭和の教祖 安岡正篤』、『日本国憲法をつくった男 宰相幣原喜重郎』、『憲法政戦』、『密談の戦後史』、『解剖 日本維新の会』、『大阪政治攻防50年』、『安全保障の戦後政治史』。近著に『戦後80年の取材証言―私が聞いた「歴史的瞬間」』など著書多数。

 高市早苗首相は3月19日に訪米し、ドナルド・トランプ大統領と首脳会談を行った。直前の16日、大統領が3月末の訪中計画を延期し、肩透かしを食らった感もあったが、首相は翌日の夕食会で、大統領を「最強のバディ(相棒)」と呼んだ。

 その言葉を聞いて思い出したのは、43年前の1982年11月登場の中曽根康弘元首相である。就任前、「天下を取ったら必ず人気が出るから、見ててごらん」と公言し、実際に高人気を得て「奇跡の内閣」といわれた。

 中曽根氏は83年1月に訪米して当時のロナルド・レーガン大統領と会談した後、招かれた朝食会で、「私のことをロンと呼んでほしい」と話しかける大統領に「私のこともヤスと」と応じる。「ロン・ヤス」を自身の政権の大きな武器とした。

 高市首相は同時代に「ロン・ヤス」と同方向の政策で知られたイギリスのマーガレット・サッチャー元首相を私淑する。その時代の中曽根首相をモデルに、「最強のバディ」との「ドナルド・サナエ」関係を今後の武器にしたいという計算か。

 

 振り返ると、昨年10月から今年2月8日の衆院選まで、高市氏の政権戦略は本人の狙いどおりの展開だった。

 日本維新の会との連立、「初の女性首相」による高支持率、早期解散・大勝と、結果は吉の連続である。

 自民党の獲得議席316は結党後、第1位だが、その前は86年の中曽根内閣の300、60年の池田勇人内閣と2005年の小泉純一郎内閣の296、12年の安倍晋三総裁の294がベスト4だった。高市首相は今、池田氏を除く約5年超の長期在任3首相の成功例から学ぶべき点は何か、と考えているではないか。

 中曽根氏からは高人気演出、「自民党をぶっ壊す」と叫んで郵政民営化を敢行した小泉氏からは自分流貫徹の生き方、安倍氏からは選挙必勝法だろう。

 

 自民党総裁として衆参選挙6連勝を遂げた安倍氏を、次の菅義偉首相時代の21年1月に取材した。「総選挙で負けなければ、政権は大丈夫」と安倍氏は笑いながら語った。高市氏はその安倍氏を政治の師と仰ぐ。「選挙必勝が政権維持の要諦」と早くから肝に銘じてきたと思われる。

 とはいえ、政権担当者としての採点は、政権の維持や在任期間の長さではない。古今東西、政治リーダーは時代の要求に応える政治を果敢に実行し、歴史的役割を果たしたときに高い評価を得る。

 それには正確な現状認識と国民のニーズの的確な把握が不可欠だが、時代の要求に応えるのは、現状に合わせて路線や手法を変えることではない。自分流の政策と姿勢が必要とされる時期にチャンスを手にしてそれを実行・実現できるかどうかにかかっている。

 高市首相は自身が必要とされる時期に出番をつかんだのか。今回の衆院選に表れた「左派・リベラル」勢力の凋落という潮流を予見し、「保守の政治による日本再生が時代の要請」という明確な認識に基づいて政権を担ったとすれば、「歴史に使われる政治指導者」となりうる。

 だが、現段階は、衆院選も含め、高市流の「見せる政治」で立ち上がりの関門をひとまず乗り切っただけだ。「結果を出す政治」は未知数である。掲げる挑戦目標は「責任ある積極財政」「消費税減税」「経済安全保障」「高市外交」「憲法改正」「皇室典範改正」「国家情報局創設」など数多い。

 

 第2期の安倍内閣で全期間、官房長官だった菅氏が当時、取材に応じ、「第1次内閣の失敗の教訓」の生かし方について、「1回目はあれもこれもやろうとした。第2期の内閣では、順番を決め、国民に丁寧に説明し、これなら大丈夫と見極めてから勝負するという感じです」と評した。

 国民との対話、状況の判断も重要だが、結果を出すには、各テーマの本質と構造の熟知・精通、内外の政治情勢の見定め、優先順位、提示するプランの構想力と実現力などが問われる。高市首相はその点が今後の課題で、識見、手腕、力量とも未確定だ。

 

 もう一つのポイントは政権基盤である。

 衆院選大勝で盤石との見方が圧倒的だが、油断は禁物だ。第一は党内事情である。

 高市首相は菅氏、石破茂氏に続く自民党で3人目の実質的無派閥首相だ。派閥解消期にその強みを生かして台頭したが、議員数拡大で派閥復活の気配もある。菅、石破の両氏の場合、最後に無派閥首相の致命的弱点が露見し、「派閥パワー」に屈して退場となった面があるが、同じ目に遭う危険性がある。

 第二は連立体制だ。今は自維連立だが、高市首相は一方で政策や路線で親和性がある国民民主党との協議方式も維持する。「自維」と「自国」の2枚のカードを操る構えだ。

 国民民主党の玉木雄一郎代表は、衆院選後の2月27日のインタビューで、「他党との提携なし」の独自方針に立って、「われわれとしては次の参院選をターゲットにする。そこで与党は過半数を取り戻せなければ、簡単に思ったとおりにできない」と唱えた。

 実際、28年の参院選まで、「参議院は少数与党」の状況だ。高市内閣が舵取りを一歩間違えば、政権の命取りとなる場合もある。

 

 勝負は次期参院選という玉木氏の予測は外れていない。27年9月の自民党総裁改選期も含め、参院選までの2年3カ月は、高市首相の交代や政権崩壊のケースは考えにくい。

 であれば、高市首相の行く手に立ちはだかる壁は次期参院選だ。

 中曽根型の高人気保持戦略、小泉型の自分流貫徹政治、安倍型の選挙必勝戦法をすべて視界に入れる。衆議院の議席維持と参議院での過半数回復の同時実現を図るため、中曽根時代の86年の実例を手本に、42年ぶりの衆参同日選を仕掛けるかもしれない。

 そのときの選挙の大義は何か。小泉時代の05年の郵政解散にヒントがある。参院選の後の憲法改正の国会発議・国民投票への挑戦を打ち出し、是非を問うという手もある。

 その前に高市首相が降板し、作戦が計画倒れに終わる可能性も小さくはないが。

 


2026年3月16日号 週刊「世界と日本」2311号 より

 

「新しい政治」への期待

 

―高市首相の覚悟を問う

 

産経新聞編集局編集長

田北 真樹子 氏

たきた まきこ

1970年、大分県生まれ。米シアトル大学卒業後、産経新聞入社。2000年から政治部。09年からニューデリー支局長。13年以降、「歴史戦」取材班で慰安婦問題などを取材。15年に政治部に戻り、首相官邸キャップを経て、月刊正論編集長。訳書に『毛沢東の兵、海へ行く』、共著に『日本がダメだと思っている人へ』。

 2月8日の衆院選で自民党が圧勝して以降、朝日新聞が張り切っている。連日、紙面で高市早苗政権がどれほど危険なのかという印象作りに忙しいのだ。

 2月18日朝刊の3面はそれがよくわかる紙面だった。同日招集された特別国会に関する記事には「首相が意欲を示す主な政策」が添えてあった。一覧にあったのは、▼安全保障関連3文書の改訂▼「国家情報局」の創設▼スパイ防止法制の検討▼憲法9条や緊急事態条項をめぐる改憲議論の加速▼男系男子による皇位継承を優先した皇室典範改正の議論▼旧姓の通称使用の法制化▼「日本国国章損壊罪」の制定―である。

 

 記事はこれらを「高市早苗首相の思い入れの強い法案」と表現する。待ったなしの政策ばかりで、首相の思い入れが強いことを歓迎したい。だが、案の定、SNS上では一部の反高市勢力が、「完全な軍事統制思考だ」などと反応している。

 この日の3面は、当該記事のほかに、トップに「武器輸出 歯止め不透明」、下部に連載「帝国の幻影 第5章」があったが、連載記事の見出しは「ジェノサイドの島 ナミビアは忘れない」だった。こうした記事と見出しが並ぶと、高市政権からは「不穏な空気」が漂っているような印象しかない。

 なお、ジェノサイドの見出しを取った連載記事だが、2月16日から21日の紙面を確認すると、3面に入ったのは18日だけだった。

 朝日新聞などは高市首相の掲げる政策を危険視するが、一連の政策が衆院選で高市首相率いる自民党を圧勝させた要因の1つであることは認識しておく必要がある。

 

 高市首相は1月19日の衆院解散表明の際の記者会見で、「国論を二分するような大胆な政策、改革にも、批判を恐れることなく果敢に挑戦していくためには、どうしても国民の皆様の信任も必要だ」と訴えた。朝日新聞が掲載した政策一覧はまさに「国論を二分するような政策」であり、朝日新聞などの抵抗があったがためにこれまでの政治も議論から逃げ続けてきた。

 戦後80年を経て、国内情勢や日本を取り巻く安全保障環境が激変する中で、多くの有権者は「もういい加減に結論を出してほしい」と感じている。そこに一石を投じようとしている高市首相。今回の衆院選で自民党に票を投じたのは、日本を大きく前に進めてほしい、経済や安全保障で他国に依存しなくても自国でなんとかやっていける国家になってほしいという願いの表れにほかならないのではないか。高市首相への「推し活」や「空気」だけが自民党を大勝させたとの指摘は説得力に欠ける。

 

 さて、圧勝した高市首相と自民党だが、言うまでもなく問われるのはこれからだ。政策実現である。有権者の審判は来年春の統一地方選、再来年夏の参院選で下されることになる。現在自民党は参院で日本維新の会と合わせた与党でも過半数割れの状態にある。しかも、再来年の参院選は2022年に大勝した議席の改選がかかる。昨年の参院選で大敗して議席数を減らしているだけに、次回参院選では相当な議席数の獲得が求められる。高市政権の実績は欠かせない。

 成果は高市政権のみならず、今後の日本の行く末にも大きく絡んでくる。将来の基盤整備・環境づくりの一環だ。その上で、高市政権が着実に政策を推進するために期待したいことがある。

 

 まず、高市政権、とりわけ高市首相は大事を成そうとしているだけに、応援団ではなく、率直に首相に意見具申でき、旺盛に議論を交わせる人たちの存在が必要である。そのためには、多くの人と直接対話してもらいたい。首相は人と話すよりもペーパーで物事を理解することを好むようだが、それでは首相が相手をある程度理解できても、相手側に首相のやりたいことの真意はわかってもらえない。真意を世に膾炙させるためにも理解者を増やす取組は必要だ。国際会議などに頻繁に出席するような学者たちとの接点を増やすことにも期待したい。彼ら、彼女らは是々非々で、しかも外国語で首相の真意を説明できる貴重な存在だからだ。

 また、自民党内だけでなく、メディアなどからも相当な抵抗にあうことが想定されるだけに仲間が必要だ。ただ、仲間が増えれば、いろいろな意見が入ってきて、配慮せざるを得なくなり、首相の思いを貫くことが難しくなるかもしれない。そこは、今回の総選挙にあたっては、多くの人に相談をせずに衆院解散を決めた高市首相なので、このまま孤高の姿勢を貫いてもらいたいと思うが、くれぐれも孤独にならないでもらいたい。

 

 高市首相には次の首相候補を育てることにも取り組んでほしい。政界、一寸先は闇だ。何が起こるかわからない。突然の退陣などに備え、首相の意思を継ぐ後継者が必要となる。後継者を育てることもリーダーの責任だし、危機管理でもある。そのためには、派閥とまではいかないとしても、次のリーダーを育てるために政策集団を活用すべきだ。首相は派閥とは距離を置いてきたが、頼りになる仲間は政策を通じて活動を共にし、理解しあい、増えていくものだ。そういう人たちが苦しい時に一緒に闘ってくれる。少々、異なる意見を言っても、その人たちを翻意させるほどの度量を見せてほしい。

 国内外の情勢が厳しい中、政治指導者には、自身によるかじ取りがこれからの日本の命運を握るとの認識が必須である。高市首相は20日の施政方針演説で「信以て義を行い、義以て命を成す」と述べたが、その通りだ。

 

 高市政権が掲げる政策がすべて実現すれば、たちまちすべてが好転するわけではない。だが、いまやらなければ、いつやるのか。課題の先延ばしはもういらない。今回の衆院選で圧勝した結果は、いまやるべきとの民意の力強い後押しに他ならないし、その期待を裏切れば、自民党だけでなく日本の政治に対して国民は信頼を失うだろうし、何よりも日本の停滞はさらに続きかねない。

 高市政権を礼賛するのはまだ早い。だが、貶めることよりも、やるべきことを是々非々で後押しする姿勢で見ていきたい。

 私欲を捨て、公共のために尽くすと明言した高市首相。邁進するのみだ。

 


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