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防衛・安全保障チャンネル

防衛・安全保障チャンネルは、1976年に始まった『国防論』の延長線上にある企画です。『なぜ今必要なのか?集団的自衛権の(限定的)行使』の刊行等、これらの難解な問題を皆様に十分理解していただける内容となっております。

《さとう へいご》

1966年、岡山県生まれ。一橋大学(博士)1999年。拓殖大学海外事情研究所所長・国際学部教授。防衛庁防衛研究所主任研究官を経て、2006年より拓殖大学教授。専門は、国際関係論、安全保障論、軍備管理軍縮等。

防衛装備品輸出自由化 試される日本の底力

拓殖大学 教授

佐藤 丙午 氏

2026年6月15日号 週刊「世界と日本」第2316号 より

 

 2026年4月21日に、日本政府は防衛装備移転三原則と運用指針を改正し、従来の政策を大きく転換した。この改正では、これまで、移転可能な防衛装備を安全保障面での協力関係にある諸国との間で、五類型(救難、輸送、警戒、監視、掃海)に限定していたのに対し、改正によって原則自由化された。この措置により、今後全ての完成品、部品、技術及び修理等の役務の提供が原則可能になった。ただし、特に自衛隊法上の武器については、個別案件の審査と移転後の適正な管理の確保の必要性も強調されている。

 

 自衛隊法上の武器については、各種答弁や白書等の定義によると、自衛隊が任務を果たす上で使用する「火器、火薬類、刀剣類その他直接人を殺傷し、又は武力闘争の手段として物を破壊することを目的とする機械、器具、装置」とされる。改正された防衛装備移転三原則では、運用指針の1-(2)-ア-(ァ)で「自衛隊法上の武器(弾薬を含む。以下に同じ。)に該当しない完成品に係る防衛装備の海外移転」も、日本の安全保障政策上積極的な意義がある場合は移転の許可を規定している。つまり、自衛隊が採用していない兵器であっても、政策上の意義が規定できるとすれば、移転可能と解釈できる。

 

 これら措置は、防衛産業側にとってこれまでにない規制緩和となるだろう。

 実態として、この好機は防衛産業側が自ら積極的に望んだものではなく、政府の安全保障政策上の考慮で生まれた。政府は三原則見直しの意義として、防衛装備移転推進を通じた同盟国・同志国の抑止力・対処力強化をあげ、これら諸国と同じ装備品を保有し、生産・維持整備基盤の共有による相互支援環境の構築を展望している。政府のこの「展望」の前提として、装備品の「相互運用性の確保」ではなく、「同じ武器の保有」を指摘したことの意味は大きい。同じ「武器」の性能にも左右されるが、自衛隊の使用する防衛装備という観点からは、これは輸入と自国生産の選択の判断基準が、取得効率の差になる可能性もある。

 ただし、防衛装備移転の推進では、「有事に必要な継戦能力を支える国内生産能力の確保」とも述べられている。継戦能力には、国内での生産基盤に依存し、有事増産可能な生産設備の確保という側面と、有事における武器弾薬の供給を、海外の防衛産業に依存する体制の構築という二つの意味がある。

 

 前者では、日本の防衛産業が平時と有事の切り替えを円滑に行い、平時における「余剰」生産能力を有事増産に転用する形(平時は民生品等を生産し、有事に武器弾薬生産に切り替える)を取るか、平時の生産能力を拡充し、余剰生産分を海外に移転するか、あるいは有事の発生を予見して遊休状態の生産体制を維持し続けるか、という選択肢がある。改正された防衛装備移転三原則を見ると、政府は、諸外国で見られるように、防衛産業の内外比率(国内外の収益源の割合)において、外需に依存する体制への移行を目指しているとも解釈できる。この場合、防衛産業の海外展開は必須となり、欧米や韓国など諸外国のように、海外の市場開拓において政府の手厚い支援が必要となる。

 

 継戦能力確保の後者の選択肢において、海外に依存する場合、同盟国や・同志国の防衛産業基盤に依存する方式と、日本の防衛企業が現地で防衛生産を行い(工場の移転やライセンス生産等)、有事に際して現地から日本への「逆輸入」の方式などが想定できる。このため、運用指針には、防衛装備に係る対外直接投資(M&A、出資等)については、「防衛装備移転三原則の趣旨を踏まえた運用を行う」とされた。

 ただ、この場合、現地国と日本との貿易が経済制裁や隔離によって物理的に妨害される場合や、現地国が紛争への関与を恐れ、日本への武器輸出を認めない場合がある。したがって、防衛装備品等の生産能力の確保と、日本への武器支援のタイミングの問題は、別個のプロセスとして想定する必要があるだろう。

 安全保障政策の一環としての防衛装備移転の問題には、多くの課題が存在するが、そのうち、移転する装備品の性質に応じた移転先の限定の問題と、民間企業同士の防衛装備品の移転問題を取り上げたい。

 殺傷・破壊能力がある「武器」の移転では、日本との間で防衛装備品技術移転協定の締結国に限定され、改正三原則発表時(2026年4月)の時点で、17カ国(米国、英国、豪州、インド、フィリピン、フランス、ドイツ、マレーシア、イタリア、インドネシア、ベトナム、タイ、スウェーデン、シンガポール、UAE、モンゴル、バングラデシュ)存在する。これら国家は、外交、経済あるいは安全保障上の考慮に基づいて防衛省等が主導して選定されてきたが、今後、防衛企業が既存の締結国以外との間で、生産や技術協力関係を構築したい場合、あるいは相手国(企業)による第三国移転などの要求が出された際、どのような政治過程で検討され、決定されるのかが明確ではない。

 

 また、民間企業同士の防衛装備移転では、移転先国の企業がビジネスとして防衛装備や関係部品等を日本から調達することを検討する場合(仲介貿易等を実施する場合)など、多くの方式が想定される。それらは、移転審査過程において、国家安全保障会議や国家安全保障会議幹事会、あるいは関係省庁での連携の前段階の、経済産業省で検討されるレベルのものかもしれない。しかし、武器の移転に関する安全保障政策上の判断を行う困難さを考えると、経済産業省は判断を機械的に上のレベルに上げるか、あるいは自己の段階で承認を拒否することでリスクを回避することを選択するだろう。

 

 これら二つの問題は、政府が政策上の判断基準を持ち、それに基づき可否を判断する体制が整備されているかどうか明確ではないという、現在の防衛装備移転制度の実情に起因する。政府による防衛装備移転の支援は、展示会参加の支援や、政府間での移転交渉をまとめることだけではない。政策方針を明確にすることも重要な支援となる。

 そして何より、企業の輸出マインドを持つことが重要であり、日本の防衛関係企業のチャレンジ精神に期待したい。

 


《おりた くにお》

昭和27年愛媛県生まれ。昭和49年防衛大学校卒業(18期)、航空自衛隊に入隊、F4戦闘機操縦者として第6航空団(小松)に勤務。第301飛行隊長(新田原)、第6航空団司令、航空幕僚監部防衛部長を経て航空支援集団司令官を最後に退官。米国空軍大学留学、スタンフォード大学客員研究員。退官後東洋学園大学客員教授を経て、令和4年から現職、元空将。令和4年、瑞宝中綬章を受章。令和4年より産経新聞「正論」執筆メンバー。第38回正論大賞を受賞。

「米国家安全保障戦略2025」と日本の覚悟

麗澤大学特別教授 元空将

織田 邦男 氏

2026年2月2日号 週刊「世界と日本」第2309号 より

 

 トランプ米政権は昨年12月4日、外交・安全保障政策の指針を示す「国家安全保障戦略」(NSS2025)を公表した。自国利益を追求する「米国第一」を前面に打ち出し、「同盟国が米国の安全保障にただ乗りしてきた」との批判を色濃く反映させている。「アトラス(天球を支える神)のように米国が世界秩序全体を支える時代は終わった」として、冷戦後、「不可能な目標」を追い求めてきた覇権追求の終焉を宣言した。第2次トランプ政権発足後1年にして、自由主義社会の盟主たる面影は消滅したかにみえる。

 

 欧州大陸との相互不干渉を唱えた「モンロー・ドクトリン」を改めて主張したのも特徴的だ。特にEUに対しては、ロシアへの融和姿勢とは対照的に「政治的自由を奪い、言論の自由を抑圧してきた」「信頼できる同盟国であり続けるか全く明らかでない」と敵意さえ伺える。

 西半球を第1優先地域としたのも目新しい。正月早々、ベネズエラを攻撃し、ニコラス・マドゥロ大統領を拘束して実行に着手した。グリーランド領有についても再び述べている。アジアは第2優先地域に格下げされた。NSS2017では、中国を「現状変更勢力」「戦略的競争相手」とし、明確な対立姿勢を示していた。だが今回、中国を直接的に名指しすることは避け、「敵」というよりは「商売相手」として実利優先の方針が示された。

 

 他方、台湾を巡る安全保障面では強硬姿勢が貫かれている。「台湾海峡の一方的な現状変更を支持しない」として台湾有事抑止を「優先課題」とした。この「ちぐはぐ観」はトランプ政権内に二つの安全保障系列があることを暗示する。J・D・バンス副大統領を筆頭とする「一国主義者(MAGA)」と中国を強力で危険な敵対国とみなすマルコ・ルビオ国務長官を筆頭とする「優先主義者」の二系列である。NSS2025の公表が予想より数カ月遅れたのも、また分量が半分程度に削減されたと伝えられるのも、二系列の相克の結果といわれる。

 

 日本に最も影響を与えるのは、対中姿勢である。中国の覇権主義的行動を抑止できるかどうかは米国次第である。だがNSS2025では「協調」、「競争」を併存させており、対中姿勢の不透明性が漂う。

 台湾が奪取されれば第2列島線(小笠原諸島―グアムーパラオ)へのアクセス権を与えるとして、圧倒的軍事力優位で抑止することを優先している。だが中国による侵略阻止は、「米軍が単独で遂行することは不可能であり、そうすべきでもない。同盟国は集団的防衛のため、支出を増やすだけでなく、より重要なのは行動すること」と同盟国の責任を強調する。

 

 米国の「アジア関与の限界」を見据え、日本、韓国、豪州などの同盟国に当事者意識と覚悟と行動を求めている。近年、第1列島線(南西諸島~台湾~フィリピン)を超えた中国海軍の活動が常態化し、艦載機によるレーダー照射事案のような危険な事象も発生している。これまでのような米国頼りの甘えた姿勢はもはや許されない。

 「引きこもり傾向」の米国を引き留め、アジアへの関与を続けさせるためにも、日本など同盟国が防衛力を抜本的に強化して米国の負担、責任を軽減する必要がある。特に手薄な太平洋側の防衛力強化は喫緊の課題だ。日本の防空網は旧ソ連を主な脅威としたままであり、太平洋側に弱点がある。早急に硫黄島を作戦基地として整備し、同島を含む小笠原諸島にもADIZ(防空識別圏)を設定するなど、太平洋側の防空網構築を急ぎ、防衛力強化を図るべきである。

 

 NSS2025には、もう一つの懸念材料がある。北朝鮮の核に対する記述が抜け落ちていることだ。北朝鮮は2023年、憲法に核戦力強化を明示し、核戦力増強を図っている。米政府は公式には北朝鮮を核保有国と認めていない。だが、トランプ大統領は2期目の就任直後、金正恩氏について「彼とは関係がよかった。核保有国だが、うまくやれた。私の復帰を喜ぶだろう」と述べた。

 第1次トランプ政権は、北朝鮮の核の「完全で検証可能かつ不可逆的廃棄」を主張し、朝鮮半島非核化に熱心だった。その時でさえ、米国に届かない中距離弾道ミサイルの開発については「シンゾウ(安倍晋三首相=当時)の問題だ」(2019年)と切り捨て、「核の傘」は綻びを見せていた。

 

 2024年、北朝鮮はワシントンに届く「火星19」の発射実験を成功させ、昨年1月には新型極超音速の中距離弾道ミサイルの発射実験を成功させた。このミサイルは日本全土をカバーするが、日本にはこれを迎撃する能力はない。NSS2025で北朝鮮の核への言及がなく、綻びかけていた「核の傘」の信頼性が更に低下していることを我々は直視しなければならない。

 日本は核兵器を保有した三つの独裁国家に囲まれている。ウクライナ戦争ではロシアが核による威嚇、恫喝を繰り返し、中国は現在600発といわれる核弾頭数を2030年には1000発に大軍拡する計画が進んでいる。北朝鮮は先述した能力に加え、「日本列島ごときは、一瞬で焦土化できる能力を備えて久しい」と金正恩総書記は述べている。(2017年8月9日)

 

 2024年、核廃絶を訴えてきた日本原水爆被害者団体協議会(被団協)がノーベル平和賞を受賞した。喜ばしいことだが、核が廃絶されるまでの間、どう国民を核から守るかも真剣に考えねばならない。「核廃絶」「非核三原則」を念仏のように唱えるだけでは国民は守れない。

 昨年、政府筋による「核保有発言」が炎上した。だが、メディアはダチョウが穴に首を突っ込むように核議論封殺に走った。現存する核の脅威に、思考停止することは許されない。今こそ全ての選択肢を俎上にのせ、国民一人一人が冷静かつ真剣に核抑止戦略を議論する時である。

 NSS2025は、同盟国を突き放し、自立と覚悟を求めている。これまでのように安全保障をワシントンに丸投げにし、金儲けに専念できた時代は終わった。ある意味、日本が自らの国は自らで守るという普通の国に脱皮する好機でもある。まさにNSS2025は日本の覚悟を求めているのだ。

 


《ながしま じゅん》

中曽根平和研究所研究顧問・元空将。1960年、東京都生まれ。防衛大学校を卒業後(29期)、航空自衛隊に入隊。筑波大学大学院修士課程修了。ベルギー防衛駐在官、初代の国家安全保障局・危機管理担当審議官などを歴任し、2019年に退官。著書に『新・宇宙戦争』(PHP新書)、『経済安全保障と技術優位』(共著・勁草書房)がある。

なぜ今、月なのか

宇宙を巡る国際競争と日本の進路

中曽根平和研究所研究顧問

長島 純 氏

2026年2月2日号 週刊「世界と日本」第2309号 より

  宇宙、とりわけ月面を舞台とする国際環境は、一見すると、人類の夢や国際協調を象徴する平穏な空間と受け止められがちである。しかし現実には、国家戦略、安全保障、経済的利害が複雑に交錯する、静かながらも熾烈な競争の最前線となりつつある。現在、国際的な月探査・利用の方向性を左右する主要な枠組みとして、米国が主導し60カ国がかかわるアルテミス計画と、中国・ロシアを中心に推進される国際月面研究ステーション(ILRS)が存在する。両者は2030年代における月面有人活動拠点の確保を見据え、事実上の主導権をめぐる競い合いを続けている。

 

月の位置づけの変化 探査対象から戦略拠点へ

 

 この構図は冷戦期の米ソ宇宙開発競争を想起させるが、決定的な違いがある。それは、月がもはや一時的な探査対象ではなく、持続的な人類の活動を前提とした拠点として再定義されている点である。月は、地球重力圏を離れた先に広がる深宇宙への「玄関口」として、技術・運用面から合理性を備えた中継拠点とみなされているのである。低重力環境を活用した資源利用(ISRU)や燃料製造、通信・測位インフラの構築、長期滞在型の有人拠点の運用といった取り組みは、地球近傍では十分な検証が難しい。月面は、将来の深宇宙活動の成否を左右する基盤的能力を実証するための、前哨基地であり重要な実験場となっている。それ故、今日の月を巡る競争は、個別の探査計画の優劣を超え、火星をはじめとする深宇宙時代を見据えた宇宙覇権競争の序章(プレリュード)に位置づけられる。

 

先行者が握るルールと資源

 

 さらに重要なのは、月面で先行的に活動する国家が、宇宙における運用ルール、技術標準、行動規範の形成において優位に立ち得る点である。とりわけ、レアメタルなどの戦略的物資を要石とするサプライチェーンの主導権を重視する中国は、地上と同様に、宇宙空間、さらには月面においても、資源へのアクセスと制度設計の両面で先行的立場を確保しようとする可能性が高い。これは経済安全保障の観点から、将来の持続的成長に不可欠な希少資源へのアクセスが他国によって制限されかねないという、極めて現実的な懸念を伴う。こうした文脈において、月は未来を切り拓く基盤であると同時に、危機感と緊張感をもって向き合うべき戦略空間となっている。

 

月面における安全保障と秩序形成

 

 安全保障上の重要論点として浮上しているのが、月面における「立ち入り禁止区域」設定の可能性である。アルテミス合意では、他国の活動を不当に妨げない範囲での安全確保が想定されているが、原子炉建設など月面エネルギー確保を前提とした運用次第では、事実上の排他的利用につながる懸念も否定できない。これは月面活動の安全確保を名目としたプレゼンスの問題であり、宇宙領域における抑止や防護の在り方にも直結する。国連を中心に宇宙資源利用や行動規範を巡る議論は続いているものの、主要宇宙国の利害は鋭く対立しており、包括的な国際ルール形成への道のりは依然として険しく、その解決にはまだまだ時間がかかる。

 

日本の立ち位置と責任

 

 日本は、宇宙デブリ対策や技術開発、国内法・ガイドライン整備を通じ、宇宙空間の平和と安定を支える国際的ルールメーキングに主体的に関与してきた。これらの取り組みは、月面における安全保障上の懸念を和らげる上でも重要であり、今後さらに積極的な関与が求められる。同時に、日本はアルテミス計画の単なる参加国ではなく、その中核を担う立場にあることを自覚することが求められている。月周回拠点「ゲートウェイ」への物資補給や居住モジュール、月面探査技術など、日本が果たすべき責任は大きく、期待も高い。素材、推進、精密加工といった日本の強みを深化させるとともに、民間の先端技術やデュアルユース技術を取り込み、官民一体で挑戦できる制度的・戦略的環境を整えることが不可欠である。

 

インドとの協力と戦略空間の拡張

 

 この文脈で、日本にとって重要なパートナーの一つがインドである。インドは独自の月・惑星探査で実績を重ね、コスト効率と技術力を両立させながら存在感を高めてきた。日本とインドは、2014年の「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」締結以来、宇宙分野が両国協力の柱の一つとして位置づけている。特に、インド宇宙研究機関(ISRO)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が進める、月南極の水資源調査を目的とした月極域探査機(LUPEX)計画はその象徴である。今後は、日印間の宇宙協力を、個別事業にとどめず、長期的な国家戦略の中に体系的に位置づけ直すことが求められる。さらに、インド太平洋と宇宙空間を連続した戦略空間として捉えるならば、日印宇宙協力は、日米豪印の戦略対話(QUAD)を補完・強化し、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の理念を全領域に拡張する触媒となり得る。月や深宇宙は、単なる競争の舞台ではなく、宇宙から得られる知見や技術を気候変動の影響を受ける地球環境や人類全体の繁栄に還元するための基盤となるべきだ。

 

日本の取るべき道

 

 日本はすでに宇宙に関する戦略や基本政策を有している。しかし、経済性と公共性、安全保障と国際協調を統合した包括的な深宇宙戦略を描けるかどうかは、宇宙とインド太平洋を一体として捉えた戦略空間における日本の主体性を示す試金石となる。世界で唯一無二となり得る宇宙技術を国家として育成し、官民一体の推進体制を整え、志を同じくする国々との協調を着実に進めること―その積み重ねこそが、競争と対立が先鋭化する宇宙空間を再び国際公共財としての領域へと近づける道である。

 月を巡る静かながらも熾烈な競争の帰趨は、主要関係国の戦略的決断に委ねられよう。日本もまた、当事者として、より積極的かつ責任ある月への関与を通じ、自らの深宇宙戦略の方向性を切り拓かなければならない。そして、その判断を下す時間は、決して無限ではない。

 


《おはら ぼんじ》

1985年 防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院(地域研究修士)修了(修士)。2003~06年駐中国防衛駐在官。09年第21航空隊司令、11年IHS Jane?s アナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャーを経て、13年東京財団研究員を経て、17年より笹川平和財団上席研究員を務める。23年より現職。

ディールに向けたマウントの取り合い

中国習近平政権の対米政策

(公財)笹川平和財団 上席フェロー

小原 凡司 氏

2026年1月19日号 週刊「世界と日本」第2308号 より

 

 2025年10月30日、米国のドナルド・トランプ大統領と中国の習近平国家主席が韓国の釜山で会談し、追加関税率の修正や輸出管理措置の1年間の停止で合意した。この首脳会談によって、米中間の貿易対立は一段落したように見受けられる。

 しかし、ここまでの貿易対立は、米中ディールの前哨戦に過ぎない。米中首脳会談の直後、駐米中国大使は、トランプ大統領と習主席の間で決定された貿易休戦を維持するため、台湾、民主主義と人権、中国の政治体制、中国の発展の権利という四つの敏感な問題を避けるよう米国に求めると述べた。ここで挙げられた四つの問題について米国が口も手も出さないということが、中国が求める米中ディールの核心だろう。今の段階は、本格的なディールの際に自らが優位に立てるよう、米中両国がマウントの取り合いをしている状態とも言える。

 そのため、米国の有識者の間にも、米中関係は1年間の停止期間を待たずに再度緊張するとの予測がある。他の国々と異なり、中国は米国に阿る態度を見せない。各国首脳が、トランプ大統領に気に入られようとする中、中国は一貫して米国の圧力に対する対抗措置を見せ続けている。

 

 中国の対米姿勢は、中国が米国との対等なディールを求めている証左であり、相互に核心的利益に干渉しない対等な大国関係を築きたいという中国の意思を示すものだ。トランプ流のディールは、まず一方的に米国の力を誇示した後、相手との力関係によって落とし所を決め、当初の圧力を緩和するものである。そのため、米国と対等な関係を主張する中国との間で、マウントの取り合いといった事態が生起している。

 米中が誇示するのは経済力だけではない。特に中国は軍事力を用いて米国を牽制している。中国は、もし中国が台湾に軍事侵攻しても米国は軍事介入しないという合意を得たいのであるから、中国が軍事的にも米国に対抗できることを示さなければならない。

 

 12月4日のロイター通信によると、中国海軍および海警局が、100隻以上の艦艇および巡視船等を東アジア海域に展開したと報じた。これまでで最大規模の海軍兵力等の展開である。この展開に関して、中国国防部を始め、中国政府機関は公式のコメントを発していない。

 これら展開した艦艇のうち、少なくとも一部は、限定的ではあっても戦闘を想定した艦隊を編成していた。そのうちの一つが空母「16遼寧」を中心とした艦隊であり、日本に向かった。同月6日、空母「16遼寧」、055型駆逐艦「101南昌」、055D型駆逐艦「117西寧」、055DL型駆逐艦「124開封」から成る艦隊は、沖縄本島と宮古島の間の海峡を南東進し、太平洋に向けて航行した。

 同日、空母「16遼寧」は、日本の防空識別圏の内側で発着艦訓練を実施した。防空識別圏内での発着艦訓練が非常に挑発的な行為であるのは、訓練海域が日本の領海・領空に非常に近いからである。同艦が発着艦訓練を実施した海域は沖縄本島から200㌔前後しか離れておらず、例えば、艦載戦闘機がマッハ1で飛行したとすれば、10分弱で到達できる距離なのだ。

 

 さらに中国はNOTAM(ノータム)といった航空情報および航海警報等を出しておらず、突然、日本領空の近くに機影を出現させ、日本を驚かせたかったのだと考えられる。中国は以前も同様の行動をとったことがある。2025年2月下旬、中国海軍の055型駆逐艦「108遵義」、054型フリゲート「568衡陽」、903型総合補給艦「887微山湖」の艦隊はオーストラリアの東方海域を南進し、タスマン海において、突然、実弾射撃を実施したのだ。

 この時も中国はNOTAM等を出しておらず、当該中国海軍艦隊から射撃訓練の通報を受けたのは、飛行中の民間航空機のパイロットであった。この実弾射撃訓練によって航路変更を余儀なくされたオーストラリアとニュージーランドを結ぶ定期航空便は49便にも上ったという。

 

 そして、2025年12月上旬、「16遼寧」艦隊が日本に向かっていた頃、075型強襲揚陸艦「31海南」、055型駆逐艦「106延安」、054/054A型フリゲート(艦番号不明)、903型総合補給艦「907駱馬湖」から成る艦隊が、フィリピン東方海上を南進し、オーストラリアに向かっているのが確認された。オーストラリア海軍は警戒を強め、同艦隊の行動を監視している。

 このように、日本やオーストラリアを緊張させるのは、その背後にいる米国に中国の軍事力をより強くアピールするためであると考えられる。同盟国である日本やオーストラリアが中国の軍事行動に大きな反応を示すほど、米国が中国の軍事力を意識するからだ。

 これら行動は、米国に対する牽制のために、中国が国家の意思として行ったものだろう。「16遼寧」艦隊の行動が非常に挑発的であったのは、高市総理の発言などによって、より強く日本に圧力をかけるように指示されたからである可能性もある。ただ、「16遼寧」から発艦したJ―15戦闘機が、これら中国機に対する対領空侵犯措置のために飛行していた航空自衛隊のF―15闘機にレーダー照射したのは、パイロットや「16遼寧」艦長、あるいは艦隊の指揮官等、現場の判断で行われた可能性も否定できない。

 

 先述のとおり、中国は米国に対して四つのレッドラインを示したが、真に目指しているのは、米国と同等の大国となり、中国にとって有利な国際秩序の形成を主導することである。中国は2010年代から国防白書等の公式文書で、中国が米国に並び立つ存在であることを示唆している。

 米国も中国の威嚇に対して黙っている訳ではない。2025年11月に発表された米国の国家安全保障戦略(NSS)は、一般的な評価とは異なり、中国が嫌がる内容であった。NSSは中国を名指ししていないが、台湾の重要性を、台湾が第二列島線に直結しているからだとし、南北アメリカ大陸から中国の影響力を排除すると言わんばかりである。

 中国は、同年12月11日、『中国のラテンアメリカ・カリブ政策文件』を発表した。こちらは、米国がラテンアメリカから中国の影響力を排除しようとしても無駄だと言いたいようだ。米中間のディールが落ち着くまで、両国がマウントを取り合う状況は変わらないだろう。しかも、ディールが成立するかどうかも分からない。大国間ゲームのプレイヤーにはなれない日本は、米中が過度に対立しないよう、双方の計算に影響を及ぼすことを考えるべきだろう。

 


《かわの かつとし》

1954年生まれ。防衛大学校を1977年に卒業し、海上自衛隊に入隊。護衛艦隊司令官、統合幕僚副長、自衛艦隊司令官、海上幕僚長を歴任。2014年に第5代統合幕僚長に就任。2019年4月、退官。

存立危機事態と憲法

元統合幕僚長

河野 克俊 氏

2026年1月19日号 週刊「世界と日本」第2308号 より

 

 昨年11月7日の衆議院予算委員会で高市総理は、立憲民主党の岡田克也元外相の質問に対し、「中国が戦艦を使って武力の行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」との認識を示した。これに対して在大阪中国総領事は、X(旧ツイッター)で「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない、覚悟はできているのか」と投稿した。この常軌を逸した発言は論外として、中国政府は高市発言を「日本が集団的自衛権を行使して台湾に軍事介入する意思を示した」として強く反発し、日本への渡航中止勧告、福島の水産品の輸入再停止、日本関連の中国における公演中止、果ては在中国の日本人によるスパイ行為に対する監視強化まで打ち出した。ここまでは主として経済的な制裁カードであったが、12月6日には空母「遼寧」搭載のJ-15戦闘機が対領空侵犯措置に当たっていた航空自衛隊のF-15戦闘機に火器管制レーダーを照射するという軍事的カードまで切ってきた。

 果たして中国が言うように「存立危機事態」が台湾への直接的な軍事介入を伴うものなのか、改めて整理してみたい。

 

 「存立危機事態」は、2015年に成立した平和安全法制の中で制定された事態である。安倍総理は、日米同盟の信頼性を高め、持続可能なものにするためには、日米同盟をより双務的なものにしなければならないとの問題意識を持っておられたが、そのためには集団的自衛権に踏み込む必要があった。しかし、内閣法制局の従来の見解は「集団的自衛権の行使は必要最小限を超えるため違憲」というものであった。また、過去の国会答弁との整合性を図る必要もあり、その結果、いわゆるフルスケールの集団的自衛権まで踏み込むことができず、限定的集団的自衛権までが精一杯であった。私の認識では、安倍総理が集団的自衛権にチャレンジされたのは、個々具体的な事象を念頭に置いたものではなく、日米同盟の強化がその目的であったと思う。

 その限定的集団的自衛権の行使を前提とした「存立危機事態」の発動要件は、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」である。これはほぼ個別的自衛権に限りなく近い概念である。一方個別的自衛権が行使できる「武力攻撃事態」の発動要件は、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」である。この二つのケースの場合に、自衛の措置として武力の行使が憲法上許容されることになる。すなわち自衛隊に対し防衛出動が下令されるわけである。その際も「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと」と「必要最小限度の実力を行使すること」という要件がさらに課されている。

 

 つまり我が国において、限定的集団的自衛権と個別的自衛権の行使の違いは、防衛出動のタイミングの違いであり、結果としての武力行使の態様はいずれも我が国を守るための自衛の措置の範囲内である。当然のことながら他国に兵力を派遣して戦闘することは想定していないし、それは自衛のための必要最小限を超えるものとされ憲法上許されないというのが政府の立場である。

 中国の激しい反発がこのことを十分理解した上で敢えて言っているのか、そのような厳しい制約が課せられていることを知らずに言っているのか、そこは分からないが、中国側の反応を素直に見ると、日本が集団的自衛権の行使に言及した以上、台湾に武力介入すると捉えている可能性がある。ただ、残念ながら集団的自衛権に関して言えば、中国のこの提え方の方が国際常識に沿ったものと言える。

 

 そこで、次は「集団的自衛権」について整理してみたい。

 国連が1945年に設立されて以降、戦争は国際法違反とされている。ただし、国連のお墨付きがある場合と自衛権に基づく場合は武力の行使は認められている。国連憲章上、自衛権にはもちろん個別的、集団的両方が含まれる。自衛権は個人で言えば「正当防衛」「緊急避難」に相当する自己を最終的に守るための自然権とも言えるものだ。すなわち自然権ともいうべき自衛権の行使に条件を課すこと自体があり得ないことなのだ。なぜなら自衛権を行使する段階は安全を確保するためにギリギリの状態だからである。自衛権の行使に条件を課している国はおそらく日本だけであろう。それは憲法9条2項があるからだ。したがって、中国に善意に解釈すれば、中国にとって集団的自衛権は無条件の集団的自衛権であり、これにより日本が台湾に軍事介入する意思を示したと解釈した可能性は高い。本来の集団的自衛権は「助太刀」の概念である。友人が危ない時には駆けつけて友人を助け、自分が危なくなれば友人が助けに来てくれるというものだ。いわゆる相互防衛である。しかし、日本独特の限定的集団的自衛権の場合、自分がやられそうな時だけ友人を助けるというものだ。これでは友人から感謝されない。

 

 このように我が国は自然権ともいうべき自衛権の行使を自らの憲法で制約している極めて特異な国家なのだ。実場面においては、限定的集団的自衛権はその条件の厳しさから、おそらく行使できる場面は極めて限定され、間髪を入れず個別的自衛権の行使に移行することになるのではなかろうか。

 台湾危機への抑止力を高めるためにも、日米同盟の信頼性を向上させるためにも本来はフルスペックの集団的自衛権に踏み込み、日米同盟が相互防衛の形になることが望ましい。しかし、限定的集団的自衛権を超える集団的自衛権に踏み込む場合は、憲法改正が必要というのが政府の立場だ。その際に問題になるのが憲法9条2項である。自公連立政権では、憲法9条2項に手をつけることは公明党の反対で事実上無理であったが、新たな連立相手である日本維新の会は憲法9条2項の廃止を訴えている。自民党議員の中にも同様な考えを持つ議員も相当数いるのではないか。高市政権には自国の憲法が自国の存立のために必要な自衛権の行使を縛っている非常識な現状を是非とも解消して頂きたい。

 


《ちぢわ やすあき》

2001年広島大学法学部卒業。07年大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程修了。博士(国際公共政策)。防衛省防衛研究所教官、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付主査、防衛研究所主任研究官などを経て、25年より同研究所国際紛争史研究室長。近著に『戦争はいかに終結したか』(中公新書、石橋湛山賞)、『世界の力関係がわかる本』(ちくまプリマー新書)など。

ロシア・ウクライナ戦争終結への

 道筋とトランプ仲介外交の陥穽(かんせい)

防衛省防衛研究所 国際紛争史研究室長

千々和 泰明 氏

2025年12月15日号 週刊「世界と日本」第2306号 より

 

28項目の和平案

 

 混迷の度合いを深めるロシア・ウクライナ戦争をめぐって、米トランプ政権は11月20日に、新たな28項目の和平案をウクライナ側に提示した。

 同案では、ウクライナの主権が確認される一方、ウクライナ軍の縮小や、ドネツク州におけるロシア軍の未占領地域を含むウクライナ領土のロシアへの割譲など、ウクライナ側には受け入れ困難な条件を含むものだった。また、ウクライナには「安全の保証」が与えられるとしながらも、その具体的な内容については明らかにされなかった。

 このような和平案の提示に対しウクライナのゼレンスキー大統領は21日、「歴史上最も困難な局面の一つ」と述べ、また欧・加・日各国首脳が22日に発出した共同声明は、同案の一部は「ウクライナを将来の攻撃に対して脆弱にする」との立場を表明した。

 

トランプ仲介外交の1年

 

 トランプ氏は2024年の大統領選挙期間中から、大統領職に返り咲けばロシア・ウクライナ戦争を就任後「24時間で終わらせる」と主張し、その後「半年」と発言を後退させたが、いずれにしても早期の戦争終結を模索してきた。ただその方策は、侵略をおこなっている当のロシアに対してではなく、ロシアの侵略を受けているウクライナに圧力をかけるというものだった。2025年3月1日のトランプ氏とゼレンスキー氏の首脳会談が決裂したことは世界に衝撃を与えた。もし米国がウクライナ支援から手を引けば、ウクライナは現在の戦線を維持することさえ難しくなる。実際にトランプ政権はこの時、ウクライナへの軍事支援の一時停止に踏み込んだ。

 これに危機感を募らせた欧州諸国は、英仏が中心となって打開策のとりまとめに奔走する。そこでの主眼は、トランプ政権の意向を尊重し、まずはウクライナが停戦に同意することで、米ウクライナ関係の修復を図ることだった。そのうえで、ウクライナの戦後の安全を保証するための様々な方策が議論された。

 一方、ロシアのプーチン大統領は、2月12日におこなわれたトランプ氏との電話会談で、ロシア側から見た「紛争の根本原因の除去」を主張し、その後も停戦に合意することはなかった。

 ウクライナが停戦するためには、現在の戦線を越えてロシア軍が再侵攻してくることを抑止する体制を構築することが不可欠であり、さもなくばロシア側がウクライナの属国化というかたちで「紛争の根本原因の除去」をおこなってしまう将来の危険が残るだろう。一方で、戦後ウクライナの安全の保証の実効性を高めれば高めるほど、プーチン氏が「紛争の根本原因の除去」をめざす限り、ロシアが受け入れるところとはならない。こうしてトランプ大統領の就任から半年を過ぎても、停戦は実現しないままとなった。

 

 世界が再び緊張したのは、8月15日にアラスカで開催された米露首脳会談である。この席でプーチン氏は、ウクライナ軍のドネツク・ルハンスク両州からの撤退と引き換えに、南部戦線で停戦することを「譲歩」として持ちかけ、これを受けてトランプ氏は翌16日、単なる停戦ではなく(領土問題の解決を含意する)「和平合意」を求めるとSNSに投稿した。

 18日の米・ウクライナ・欧州各国首脳会談では、トランプ政権がウクライナ側に一方的な領土の割譲を強いる展開は避けられたものの、プーチン氏の狙いが和平合意を「不動産取引」と同様のものとトランプ政権側に意図的に誤解させることにあるのが透けて見えることとなった。

 その後西側では、現在の戦線における非武装地帯の設定、第三国・中立国によるパトロール、NATO(北大西洋条約機構)が訓練したウクライナ軍による後方での防衛、欧州主導の抑止戦力の提供と米国の支援、などが提起された。しかしウクライナの戦後の安全の保証を巡るこれらの動きに対し、プーチン氏は9月5日に「ウクライナに展開する西側部隊は正当な標的」と恫喝した。戦後ウクライナの安全の保証と、ロシアが言う「紛争の根本原因の除去」とのあいだに、根本的なジレンマがある。ウクライナの事実上の降伏が、ウクライナにとっても西側にとっても望ましくないものである以上、ロシアの認識が変わるまで、抵抗を続けていくしかないということになるだろう。

 

大国戦争における仲介の陥穽

 

 東欧から中東に目を転じると、10月9日、イスラエルとイスラム組織ハマスはトランプ政権による和平案の第一段階に合意し、ハマスが拘束していた人質が解放された。

 トランプ政権はロシア・ウクライナ戦争に対してもこれを弾みとしたようである。一方、28項目の和平案に危機感を募らせる欧州諸国も対案を準備し、23日には米国とウクライナが関係国間の連携を確認する共同声明を発出した。ウクライナはもとより、「紛争の根本原因の除去」を求めるロシアが受け入れるような和平の先行きは依然として不透明である。

 たしかにトランプ政権は、イスラエル・ガザ紛争では和平の道筋を示すことに一定の成果を収めた。ただそれとて、ハマスの武装解除やイスラエル軍の撤退といった、より困難な次の段階にスムーズに進めるかは予断を許さない。それ以上に重要なのは、ロシア・ウクライナ戦争の場合はイスラエル・ガザ紛争とは異なり、一方の当事国がロシアという大国だということである。大国が当事国として関与する戦争に対し、第三者の仲介が効果を発揮するのは容易ではない。

 たとえば、第一次世界大戦において当初米国のウィルソン大統領は、自らの仲介によって連合国・中央同盟国間で早期に「勝利なき平和」が達成されることを期待したが、実現しなかった(結局米国は連合国側に立って参戦する)。その理由について歴史家のA・J・P・テイラーは、「両陣営とも同じ目的をめざして戦っていた。つまり、二度と戦争が決して起きないような保障を増大させるという目的であった」と指摘する。大国間(あるいは一方の当事者が大国)の戦争において、妥協点が見出せないなか、たとえ大国といえども第三者の立場でこれを止めるのは容易なことではないのである。

 


《こたに けん》

1973年京都府生まれ。専門は国際政治学、インテリジェンス研究。ロンドン大学キングス・カレッジ修士課程修了、京都大学大学院博士課程修了。防衛省防衛研究所主任研究官、英国王立統合軍防衛安保問題研究所(RUSI)、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)客員研究員等を歴任。著書に『日本インテリジェンス史』など多数。

諸外国と同水準のスパイ防止法制定を

日本大学 危機管理学部教授

小谷 賢 氏

2025年11月3日号 週刊「世界と日本」第2304号 より

 

 本年7月の参議院選挙において、参政党がスパイ防止法の制定を公約に掲げたことが話題の一つとなったが、その他にも国民民主党、日本維新の会、日本保守党、そして自民党の一部議員も同法の制定に積極的とされている。そもそも1985年に当時の中曽根自民党政権が、所謂「スパイ防止法」を国会に提出したが、死刑という量刑の重さなども相まって、反対多数で法制化には至らなかった。ただその後も中露によるスパイ事案が後を絶たず、日本は「スパイ天国」と呼ばれて久しい。最近では国家機密だけではなく、民間企業や研究機関の持つ技術情報が狙われることも多くなってきた。2020年にはロシアの情報員がソフトバンクの部内情報を、中国の情報員が積水化学工業の部内情報をそれぞれ摂取し、23年には産総研の中国籍の研究員が研究データを中国企業に漏洩させている。どの事案も情報が漏洩した後に発覚したもので、未然に防ぐことはできず、また中露の情報員は事案の発覚前に本国に逃れている。つまり現在も日本はスパイ天国と揶揄された状況からそれ程変わっていないともいえる。本稿では日本の現状を紐解きながら、外国のスパイ行為を未然に防ぐために何が足りていないのかを検討していく。

 

現行の法制

 

 近年、日本政府は情報漏洩への対策を進めてはいる。2013年には「特定秘密の保護に関する法律(特定秘密保護法)」が制定され、防衛・外交・テロ・特定有害活動分野で、漏洩すると「我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがある情報(諸外国ではTop Secret、またはSecretに相当)」を保護することができるようになった。また24年には「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律(重要経済安保情報保護法)」が成立し、国と民間企業の共有する情報で、漏洩すると「我が国の安全保障に支障を与えるおそれがある情報(諸外国ではConfidentialに相当)」が保護されるようになった。

 さらに不正競争防止法では、民間企業の持つ営業秘密の漏洩も処罰の対象となる。既述のソフトバンクや積水化学の事件では、この法律が適用されている。

 

 特定秘密保護法と重要経済安保情報保護法では、情報の不正取得や取得のための働きかけやそそのかし(教唆)も処罰の対象となったため、一見、外国の情報機関による情報の不正摂取に対応できる仕組みにも見える。しかしこれら法律は基本的には、漏らす側、つまり日本の国家公務員や民間企業の従業員に焦点を合わせたもので、外国の政府機関を念頭に置いているとは言い難い。なぜなら情報を取りにくる行為を未然に防ごうとするなら、その行為を監視する必要性があるが、特定秘密保護法などはそのような監視行為を規定しているわけではないからである。これらの法律では、情報が漏洩した後の対処しか想定していないことになる。そうなると国や民間の情報流出をどう未然に防ぐのかが論点となろう。

 

何が必要なのか

 

 現状、日本国内における諸外国のスパイの監視は、警察庁、公安調査庁、防衛省・自衛隊等によって担われているが、基本は目視による監視や尾行である。しかしこのような監視活動は膨大な労力がかかる割に、相手の意図まで調べることが難しい。これに対して欧米諸国では通信傍受による情報収集が主流となっている。相手の電話、メール、SNS等をチェックすることができれば、効果的な監視活動を実施できることは言うまでもない。しかし通信傍受については、個人のプライバシーが侵害される恐れがあるとして、日本国内の世論やマスメディアは慎重な姿勢を崩していない。また通信傍受の実施は、日本国憲法第21条2項の「通信の秘密」にも関わる事項であるため、今後広範な議論は必要だろう。

 

 ただしここで通信傍受の対象となるのは、日本の秘密を非合法に得ようとする外国政府勢力、もしくは外国政府の利益のために働く外国エージェントが対象であり、後者は登録法を制定して、登録を義務化する必要がある。他方で、日本人の通信を傍受することは想定されていない。欧米諸国においても基本的には自国民の通信を傍受することには厳しい制限がかかっている。また憲法第12条では公共の福祉を謳っており、公共の利益のために通信傍受を実施するという解釈も可能であろう。既に能動的サイバー防御の分野においては、サイバー空間での外国通信の監視を実施することになっている。これは通信の中身は見ないという制限つきではあるが、海外からのサイバー攻撃を未然に防ぐために導入された方策であり、これを日本国内に存在する、外国スパイに対する通信傍受にまで拡大することも不可能ではないだろう。

 

 さらに監視の手段として身分偽装も挙げられる。これは警察官等、監視を行う側が民間企業の従業員等に身分を偽装し、接近してくる外国の情報機関員をチェックするものである。これについては、本年1月に特殊詐欺や闇バイト対策として刑法や警察官職務執行法に基づき、警察庁の通達によって実施されているが、今後、この仕組みを外国スパイに対する監視にも援用できることが好ましい。この点については法制化も視野に入れて検討していく必要性があろう。

 

 最後の論点としては、スパイ交換の実施である。現在、日本政府は海外で拘束、収監されている邦人を取り戻す手段を有していない。特に中国では十数名の邦人がスパイ容疑で拘束されたままとなっている。これに対して諸外国では、自国のスパイが外国で拘束された際には、自国内で活動する当該国の情報員をスパイ防止法で取り締まることで、スパイ交換が成り立つというわけである。そのためには一旦捕らえた外国人スパイを釈放する手続き等が必要になるため、やはり何らかの制度設計が必要となってくる。

 以上、情報漏洩を未然に防いだり、海外で拘束された邦人を救出するためには、スパイ防止法が必要になってくるが、監視手段やスパイ交換の制度までも視野に入れる必要があろう。

 


《くろさき まさひろ》

東京大学大学院総合文化研究科国際関係論博士課程単位取得退学後、防衛大学校講師・准教授を経て現職。この間、オランダ・ライデン大学グロチウス国際法研究所客員研究員、米国海軍大学ストックトン国際法研究所客員研究員、 国連軍縮研究所(UNIDIR)外部コンサルタント(安全保障・科学技術プログラム)等を歴任。

能動的サイバー防御法制の

運用に向けた国際法上の課題

防衛大学校 教授

黒﨑 将広 氏

2025年10月6日号 週刊「世界と日本」第2302号 より

 

 本年5月16日、いわゆる能動的サイバー防御(以下、ACD:Active Cyber Defense)の国内法枠組みとなる「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律」および同整備法(以下、ACD法)が成立した。ACDは2022年12月に閣議決定された「国家安全保障戦略」で導入することが明らかとなったものであるが、その目的は「武力攻撃に至らないものの、国、重要インフラ等に対する安全保障上の懸念を生じさせる重大なサイバー攻撃のおそれがある場合、これを未然に排除し、また、このようなサイバー攻撃が発生した場合の被害の拡大を防止する」ことにある。

 

 こうした目的ゆえに、ACD法が自衛のための武力の行使を要する―つまり憲法9条の制約が問題となる―武力攻撃に対処することを目的としたものではないということは、今般のACD法の本質を理解する上でまず押さえておくべき重要な点だろう。サイバー攻撃の脅威を無害化する具体的なACD上の措置を実施するのは警察官と自衛官であることが同法で定められているが、これはあくまで武力攻撃「未満」の重大なサイバー攻撃を、その「おそれ」の段階で「未然に」―つまり能動的に―防ぐことを目的としたものである。武力攻撃に比肩した重大なサイバー攻撃については、すでに2018年12月に閣議決定された「防衛計画の大綱」で自衛隊が(その着手の段階から)「相手方によるサイバー空間の利用を妨げる能力」を用いた武力の行使で対処することとなっているため、今般の法律はそれ未満の事態対処に専念することで、国外からの様々なレベルのサイバー攻撃に日本が切れ目なく対処できる安全保障上の態勢を整えることを目指したものといえるだろう。

 

 これを実施するための三本柱としてACD法では、①官民連携、②通信情報の利用、および③アクセス・無害化が中心に据えられている。確かにACDを効果的に行うには、平素から官民連携の下で政府が情報収集を行い、可能な限り早い段階で国外からのサイバー攻撃の脅威を無害化できる態勢を構築しておくことが必要不可欠である。このうち法案審議ではとくに②と③の問題について議論が集中し、筆者も3月28日に開催された衆議院内閣委員会での審議に有識者参考人として参加することで、これらの論点について国会で私見を述べる機会を得た(詳しくはインターネット審議中継または会議録を参照)。以下では、そこでの議論を踏まえた上で、ACDの課題を国際法の観点から改めて簡単に述べたいと思う。

 

 まず、②の通信情報の利用について、ACD法では純粋な国内での通信―いわゆる「内内通信」―が対象から除外されるとともに、IPアドレス等の「機械的情報」に対象が限定された点が特徴的である。国際法から見て、これは国際基準よりも自制に努めたものと評することができる。自国の安全保障上必要な範囲でプライバシーが制約されることを認める国際法では、ここまで情報収集の対象を厳格かつ具体的に限定することが一般的に求められるわけではないからである。これは、国際法上の制約によるというよりも、日本へのサイバー攻撃の99・4%が海外のIPアドレスを発信元としているという現状や、憲法で保障される通信の秘密への特別の配慮といった国内事情によるところが大きいように思われる。

 

 むしろ国際法からすれば今後一層重要になる課題は、アクセス・無害化措置の合法性確保にあるといえる。政府はこの点を十分に踏まえた上で、問題となる国際法上の既存の枠組みを整理し、適切な運用に向けて周到に備えていることが国会審議の過程からもうかがえた。しかしそれでもなお、そうした既存の枠組みが日進月歩のサイバー空間での活動に今後もどこまで適用可能であるかどうかについては予断を許すものではない。とりわけアクセス・無害化措置が国際法上禁止される武力の行使や他国の主権侵害になる可能性は国会で最も懸念された国際法上の問題であったが、たとえ日本のACDによって他国に引き起こされる実際の被害が微少であったとしても、国際法上はそれ自体がこれらの懸念を払拭する決定的な要因になるとは限らない。この点でサイバー通信情報監理委員会や外務大臣による歯止めが日本の国際法違反を防止する上で重要となることは言うまでもない。しかしそれでもなお、サイバー国際法が他の分野に比して発展途上である以上、今後ACDの合法性をめぐり、日本は、分断化が進む国際社会の様々な場において普遍的価値を共有しない一部の国々との「法戦(lawfare)」を覚悟しておくべきであろう。とくに国際法違反であるとの批判が国際場裡でなされた場合にも毅然と対応できるよう、慎重なACD法の運用とそれを支えるサイバー国際法の発展への貢献を持続的に可能にする態勢整備が今後不可欠である。これは、法案審議の際に衆参両院で附された附帯決議に示された国際法上の課題にも通ずるところである。

 

 以上のことを実現する上で、サイバー国際法の専門的知見を有した人材を長期にわたり確保しておくことも不可欠であることは言うまでもない。ACDを支える人材育成については技術者ばかりに注目が集まりがちであるが、ACDが対外関係を主戦場とする以上、長期にわたって「法戦」に従事できる専門家が政府内外に存在しなければ、せっかくのACD法も「仏作って魂入れず」の状態と化してしまう。官民連携なくしてACDは実現できないのであるなら、サイバー外交・安全保障は政府に任せておけばよいという当事者意識を欠いた姿勢はもはや許されないだろう。民間セクターを含むすべてのステークホルダーが日本のACDを国際基準とするためには何ができるのかを真剣に考え、国民レベルでサイバー時代の国家安全保障に向き合っていくことが成功への鍵となる。

 


《かわの かつとし》

1954年生まれ。防衛大学校を1977年に卒業し、海上自衛隊に入隊。護衛艦隊司令官、統合幕僚副長、自衛艦隊司令官、海上幕僚長を歴任。2014年に第5代統合幕僚長に就任。2019年4月、退官。

今後の日米同盟のあり方 平凡なる常識を踏まえて

元統合幕僚長

河野 克俊 氏

2025年9月1・15日号 週刊「世界と日本」第2300・2301号 より

 

 海洋国家日本の安全保障にとって、価値観を共有し、現時点ではナンバーワンの海洋国家である米国との同盟が最善の選択であることは、日本国民の大方のコンセンサスを得ていると言えよう。しかし、混迷の時代を迎えた世界において、今までのように片務的とも言われる日米同盟関係をそのままの形で維持することが日本の安全保障にとって果たしてプラスなのか。この問題から目を背けることなく、議論する時期を日本は迎えている。

 そこで先ず同盟国である米国の変貌を冷静に見てみたい。

 

 先ず、バイデン前大統領である。米国は2021年8月アフガニスタンから撤退した。

 その際にバイデン前大統領は「アフガン兵が自国のために戦わないのに米兵が血を流す必要はない」と述べた。当然である。しかし一方でウクライナでは、ウクライナ国民は自国防衛のために懸命に戦っている。しかし、バイデン前大統領は、「米国が軍事介入すればロシアとの間で核戦争にエスカレーションする可能性がある」として軍事介入しなかった。

 一方、トランプ大統領の基本ポリシーは「アメリカ・ファースト」である。1期目のトランプ大統領は、外交防衛については経験がなかったため安倍元総理に助言を求めた。しかし、 2期目のトランプ大統領は自信を深め、「アメリカ・ファースト」にさらに磨きをかけている。現在、ウクライナ戦争を終結させるためにロシアのプーチン大統領、ウクライナのゼレンスキー大統領そして欧州各国首脳と精力的に交渉を続けている。ただ、ロシア・ウクライナ間で和平が成立したとしても、和平後のウクライナの「安全の保証」については欧州各国を前面に立たせ、米国は側面支援するスタイルを追及している。台湾に関してもコルビー国防次官は、台湾に対し防衛費をGDPの10%にすべきと発言している。これは台湾に一層の自助努力を要求しているのだ。言うまでもなく、オバマ大統領は既に2013年の時点で「米国は世界の警察官ではない」と言明し

ている。

 

 米国は、本来モンロー主義すなわち孤立主義の国であり、第一次世界大戦時も最後まで世論は米国の参戦に消極的だった。 1939年に勃発した第二次世界大戦でも世論は参戦に消極的だったが、 1941年の真珠湾攻撃で参戦に踏み切ったのである。

 このような米国の動向を冷静に見れば、第二次世界大戦後の米ソ冷戦時代に西側のリーダーとならぎるを得なかった米国が特殊だっただけで、今や本来の米国に戻りつつあると見ることもできる。

 米国が本来の孤立主義の米国に変貌しつつあるのであれば、憲法9条により片務的な同盟関係を求める日本から米国が離れていく可能性がある。同盟の基本は相互防衛であり、片務性など本来あり得ない。安倍元総理は、このような問題意識の下、平和安全法制を成立させたが、そこで認められたのは「限定的集団的自衛権」である。その要件は「密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」だ。これはほぼ個別的自衛権の範疇に近い概念である。もとより安倍元総理は現行憲法の解釈の範囲内で最善のことをされたと思う。

 

 昨年4月には岸田前総理は米議会で演説され、「米国は独りではない。日本は米国とともにある」「日米が国際秩序を先頭に立ってリードする」と述べられた。そのためには対等の同盟関係にステップアップする必要があるのではないか。「限定的集団的自衛権」を超えるものは憲法上認められないというのが内閣法制局の見解である以上、憲法改正は日米同盟を維持・発展させるためにも避けて通れない。

 トランプ大統領は「日米同盟は不公平だ」と述べた。これは1期目でも「米国は日本を助けるために命懸けで戦うが、日本は米国が戦争をしていてもソニーのテレビで観ているだけだ」と述べている。このように日米同盟に対する不公平感はトランプ大統領の信念ともなっている。これをトランプ大統領特有の見方だと軽視する向きが我が国の有識者の間に見られるが、2000年に出された「アーミテージ・ナイレポート」は、「日米同盟は米英同盟のようになるべきだ」として、日本に集団的自衛権に踏み込むことを既に求めていた。アーミテージ、ナイ両氏とも反トランプの立場だ。

 このように米国が抱く不公平感は、日米同盟の最大の弱点とも言える。米国が圧倒的なパワーを持っていた時代は、大きな問題になることはなかったとしても、中国の脅威が増大し、米国のパワーが相対的に低下している現在、米国が今後ともこの不公平感を許容するかは甚だ疑間だ。これに対し日本は基地を提供しているのでバランスが取れているという意見があるが、これは同盟の根幹がリスクの共有であることを考えれば、少なくとも米国の理解を得ることはできない。

 

 米国が同盟関係を結んでいる韓国、フィリピン、オーストラリアとの条約では、武力攻撃に対する共同対処義務が発生する地域はいずれも「太平洋地域」となっている。しかし、日米安保条約のみがその適用範囲を「日本国の施政の下にある領域」としている。

 まさに、これが、日米同盟が片務的とされている所以である。

 前述したとおり、本来は、憲法を改正してフルスペックの集団的自衛権を行使できるようにするべきだと思うが、今の政治状況を見るに憲法改正の道のりはかなり遠いと見るのが現実的である。しかし、厳しい安全保障環境はそれを待ってはくれない。そこで厳しい要件は課せられているが、「限定的集団的自衛権」の行使を前提として、日米安保条約の適用範囲を「太平洋地域」、そのハードルが高いのであれば「西太平洋地域」とし、少なくともグアム等の防衛には日本が関与することにより、米国の不公平感を解消することが必要ではないか。このことが日米同盟の信頼性を向上させ、抑止力向上につながることになろう。

 人間関係でもどちらかが不公平感を持てば、その関係は長続きしない。これが平凡なる常識である。

 


《くろさき まさひろ》

東京大学大学院総合文化研究科国際関係論博士課程単位取得退学後、防衛大学校講師・准教授を経て現職。この間、オランダ・ライデン大学グロチウス国際法研究所客員研究員、米国海軍大学ストックトン国際法研究所客員研究員、 国連軍縮研究所(UNIDIR)外部コンサルタント(安全保障・科学技術プログラム)等を歴任。

戦後日本外交のレガシーとしての

「国際法に基づく国際秩序」

防衛大学校 教授

黒﨑 将広 氏

2025年8月4日号 週刊「世界と日本」第2298号 より

 

 2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降、国連を中心とする戦後国際秩序は最大の危機を迎えている。ロシアは、主権・領土一体性・武力行使の一般的禁止といった戦後秩序の基本原則を定める国連憲章を正面から否定する侵略をウクライナに対して行い、今なおその手を緩めることはない。超大国の地位を獲得した中国もまた、さらなる海洋権益の拡大を目指して国連海洋法条約の枠組みを逸脱した政策を展開し、圧倒的な軍事力を背景に周辺諸国との軋轢を生みだしている。国連安保理常任理事国の一角をなすこれら両大国の力による一方的な現状変更に対し、日本と多くの欧米諸国は既存の「法の支配に基づく国際秩序に対する挑戦」と激しく非難してきたが、既存秩序に対する非欧米諸国の不信も根深い。しかも、これまで既存の国際秩序の盟主だった米国さえもが、新政権の発足とともに米国第一主義を掲げ、同秩序から距離をとり始めている。この状況を利用するかのように、中国は国連創設80周年となる今年に国際紛争処理機関として「国際調解院」を香港に設置し、「一帯一路」構想に参加する新興・途上国32カ国が創設メンバーとして名を連ねた。同機関は国連の国際司法裁判所と同等の地位を目指しつつ、これを基軸に既存秩序に代わる新たな国際法秩序形成に向けてグローバル・サウスの発言権を向上させていくことが狙いとされている。

 こうした分断化が進む国際秩序の現状を前に、日本は、「戦後、最も厳しく複雑な安全保障環境」(国家防衛戦略)との認識を示しつつも、「我が国が守り、発展させるべき国益」として「自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値や国際法に基づく国際秩序を維持・擁護する」決意を表明した(国家安全保障戦略)。しかし、このように厳しい現状にあって日本がなおも国連を中心とする既存のリベラルな国際秩序を堅持する選択をしたのはなぜなのか。その背景には、少なくとも自らが既存の国際秩序への挑戦を試みた過去への痛烈な反省があることを忘れてはならない。

 

 かつて日本は、国連の前身である国際連盟を脱退し、欧米帝国主義からの自主独立を目指した「大東亜共栄圏」という地域的国際秩序構想のために「大東亜戦争」へと舵を切った。敗戦後、その反省は1946年に制定された憲法前文で謳われた次の決意に込められている―「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」。むろん、ここでいう「国際社会」とは、その前年に誕生した国連を指している。国連は国際の平和と安全の維持を「正義及び国際法の原則に従って実現すること」(国連憲章1条)を目的とし、法の支配に基づく普遍的な国際秩序を目指して、今日、事実上世界のすべての国を加盟国とする存在となった。その戦後秩序構想における自由で開かれた規範的価値の恩恵があったからこそ、日本は、サンフランシスコ平和条約や日ソ共同宣言等の一連の戦後処理を経た1956年に「平和愛好国」(国連憲章4条1項)として国連に加盟することができたのである。以来、日本は国連中心主義を外交の基本方針の一つと位置付け、加盟国最多となる12回の安保理非常任理事国を務めてきたが、それも戦後日本の在り方を規定した憲法の前文で「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」としてきたからに他ならない。こうした歴史的経緯があるからこそ、安保理常任理事国による挑戦によって最大の危機を国連が迎えている今、その存在意義についてどれほど厳しい批判にさらされようとも、これを擁護し続けることで過去の分断の歴史を繰り返してはならない責務が日本と日本国民にはある。

 

 では、日本が国際社会を代表する国連の場で「国際法に基づく国際秩序を維持・擁護する」にはどうすれば良いのか。日本はすでにそのための努力を積み重ねてきている。

 国際法は、すべての国を拘束する普遍的な国際社会の法であり、受範者である国自身がこれを定立し発展させる。したがって「国際法に基づく国際秩序」の拠点となる場は、一部の国で構成される安保理よりも、すべての加盟国が集う総会の方がふさわしいことは論を待たない。総会に「国際法の漸進的発達及び法典化」の任務が与えられているのもこのためである(国連憲章13条1)。その活動を支える補助機関として国連には国際法委員会という専門家集団が存在するが、実は日本は国連加盟の翌年1957年から一貫して委員を輩出し続けている(現在は浅田正彦・同志社大学教授が委員)。また、国際司法裁判所は、国家間の紛争を処理する世界法廷のみならず、国連の「主要な司法機関」(国連憲章92条1)として国連の活動に「勧告的意見」と呼ばれる法的助言を与えるなど、中国が主導する上述の「国際調解院」では代替できない、いわば国連の法律顧問という独自の役割を有しているが、現在、その所長を務めているのは他でもない、日本の岩沢雄司裁判官である。さらにいうなら、国連と連携関係を持ち、国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪を裁く国際刑事裁判所の現所長もまた、日本人である(赤根智子裁判官)。その他にも、各種国際裁判機関の裁判官その他の重要ポストに多くの日本人が就いてきた。

 

 こうした「国際法に基づく国際秩序」に対する日本のこれまでの貢献は、個々人の能力によるところが多分にあるとしても、「国際社会において名誉ある地位を占めたい」という戦後日本の積年の外交努力が実を結んだ結果でもあることは間違いない。未曽有の危機を前に、この戦後国際秩序の根幹をなすレガシーをどうするかは、我々に課せられた課題である。

 


《はまぐち かずひさ》

1968年熊本県生まれ。防衛大学校材料物性工学科卒、名古屋大学大学院環境学研究科博士課程単位取得満期退学。陸上自衛隊、栃木市首席政策監などを経て現職。一般財団法人防災教育推進協会理事長、国立研究開発法人防災科学技術研究所客員研究員、日本CBRNE学会副理事長なども務める。日本危機管理学会「学術貢献賞」受賞。

「防災大国」に進化するための人材育成

拓殖大学地方政治行政研究所特任教授

同研究所付属防災教育研究センター長

濱口 和久 氏

2025年8月4日号 週刊「世界と日本」第2298号 より

 

 石破茂政権の目玉政策の1つが令和8年度中の設置を目指している防災庁だ。政府は防災庁設置に向けて、昨年11月1日、内閣官房に「防災庁設置準備室」を立ち上げた。そして、防災庁設置準備アドバイザー会議を計8回開催し、6月4日に報告書が赤澤亮正防災庁設置準備担当大臣に提出された。報告書には、筆者が第4回会議(4月4日)で「防災庁に求められる防災教育」というテーマで発表した内容も盛り込まれている。

 また、筆者が事務局長を務める民間団体ニューレジリエンスフォーラム(会長・日本製鉄株式会社三村明夫名誉会長)も、6月13日に首相官邸で石破首相に第5次提言『防災庁の設置に必要な視点』を手交している。

 

防災人材の育成

 現在、内閣府(防災担当)の職員の多くが各省庁から約2年間の出向となっている。これではいつまでたっても防災に関して専門性の高い人的資源の蓄積はできない。防災庁の職員は各省庁からの出向ではなく片道切符で防災庁に移籍することを前提とすべきである。併せて、民間の防災実務者や研究者なども中途採用すべきだろう。

 文部科学省所管外の学位が取得できる大学校として、防衛省・自衛隊は防衛大学校や防衛医科大学校、海上保安庁は海上保安大学校、気象庁は気象大学校がある。防災庁も気象大学校規模の防災大学校を創設し、防災庁の中核となる専門性の高い幹部職員の養成を目指すべきだ。

 加えて、防災大学校には災害時の第1次対応を担う基礎自治体職員の防災力強化の教育訓練や、防災政策に関するシンクタンク機能、海外からの研修生受け入れなどの任務を持たせるべきである。

 災害対応は公助レベルの強化だけでは駄目だ。自助・共助レベルにおいても、他人事から自分事への意識変革が求められる。そのためには義務教育段階から「防災学」を教科とすべきである。小中高校の段階ごとに体系的な防災知識の習得や災害時の判断・行動能力を身に付ける時間を確保し、防災教育の質的向上を図るべきである。

 一部の大学では教職課程に防災科目を取り入れているが、殆どの大学で防災科目の履修は行われていない。教員(保育士も含む)が現場において必要な防災知識と実技(救命・救急講習等)を習得できるよう、教職課程等においても防災科目を必修化するべきである。

 

全国一斉の訓練

 大正関東地震(関東大震災)が起きた9月1日は「防災の日」とされ、政府や地方自治体などが主催する防災訓練が毎年行われている。しかし、これらの防災訓練に参加している人は日本全体から見ればごく一部でしかない。9月1日が「防災の日」であることすら知らない人がいる。年に1度は国民全員が一斉に参加する防災訓練が必要ではないか。

 台湾では中国からのミサイルなどの攻撃を想定した年に1度の防空避難訓練が実施されている。街頭には空襲警報のサイレンが鳴り響き、国民のスマートフォンにも警報のメッセージが送信され、それぞれの部署で決められた行動に従って訓練に参加することになっている。

 日本でいきなり台湾のような防空避難訓練のレベルは無理かもしれないが、地震に対する一斉防災訓練の取り組みとして、一部の地方自治体で既に実施されている2008年に米国の南カリフォルニア州で始まった「シェイクアウト訓練」を、防災庁が中心となって全国一斉に実施してはどうだろうか。

 シェイクアウト訓練では、『命を守る3つの安全行動』として、「姿勢を低くする」「頭を守る」「揺れが収まるまで動かない」を徹底する。そのときにいる場所で地震が起きたと想定して、とっさに身体を守るという動作を身に付けさせる効果がある。同時に、防災意識の向上にも繋がるだろう。

 

国民防災力の強化

 現在、地域防災力の中核を担っているのが消防団だ。しかし、昭和20年代には200万人を超えた消防団員は令和6年度時点で約75万人にまで減少している。少子化が進む中、消防団に入団する人が劇的に増えることはない。

 いつまでも消防団に依存するのではなく、将来的には、自衛隊の予備自衛官制度を参考にした教育訓練への参加を18歳以上のすべての国民に実施し、日本全国で防災力の均等化を図る体制を整備すべきである。この場合、給与保障、訓練参加時の休暇取得制度も法律で定める必要あるだろう。加えて、自然災害だけでなく、国民保護やCBRNE(化学、生物、放射性物質、核、爆発物)災害に関する研修・訓練も行うべきである。

 一方で、阪神・淡路大震災を契機として地域の共助を担う人材育成としてスタートしたNPO法人日本防災士機構が実施している民間資格の防災士制度がある。同機構のホームページによると、防災士資格取得者は現在30万人を超えている。

 防災士資格は2日間(12時間)の講習と最後に筆記試験がある。全額自己負担で取得した人もいるが、地方自治体のなかには地域防災力を強化する一環として、防災士の養成を公費(税金)で行っているケースも多い。本来、公費で防災士資格を取得した人に関しては、何らかの役割や訓練(研修)参加を義務づけるべきであるが、防災士の人数を増やすことだけに熱心で、何も義務を課していない地方自治体が殆どだ。これでは地域防災力の強化には繋がらず、税金の無駄遣いに終わってしまう。

 防災士は公助を担う自衛隊、警察、消防よりも人員は多いが、防災士とて活動している(活動する意思がある)人は日本全国で1000人もいない。これでは運転しないペーパードライバーと同じでペーパー防災士と同じだ。

 防災庁の設置を契機として、国が責任を持って地域防災力を担う人材を育成する「国民防災力プログラム」の制度を整備し、すべての国民に対して教育訓練を義務化することで、防災庁が目指す事前防災の強化にも繋がり、日本が「災害大国」から「防災大国」に進化するのである。

 


《おりた くにお》

1952年愛媛県生まれ。1974年防衛大学校卒業、航空自衛隊入隊。1983年米国の空軍大学へ留学。1990年第301飛行隊長、1992年米スタンフォード大学客員研究員、1999年第6航空団司令、航空幕僚監部防衛部長などを経て、2005年空将。2006年航空支援集団司令官(イラク派遣航空部隊指揮官)。2009年航空自衛隊退職。(一社)日本戦略研究フォーラム政策提言委員。2022年、正論大賞を受賞。

「教育」こそが最大の国防である

麗澤大学特別教授 元空将

織田 邦男 氏

2025年7月21日号 週刊「世界と日本」第2297号 より

 

 世界数10カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べる世界価値観調査(World Values Survey)がある。2021年1月に行われた調査で「もし戦争が起こったら、国の為に戦うか」の問に対し、「はい」と答えた日本人は13・2%で79カ国中、飛びぬけて最下位だった。

 日本に次いで低い国はリトアニアであるが、それでも33%を超す。ちなみに1位はベトナムで96・4%、近隣諸国では中国が88・5%、台湾が76・9%、韓国67・4%だった。平均が約60%なので日本の異常な低さが際立つ。同時に「わからない」と答えた日本人は38・1%であるが、これも断トツ1位である。この数字は何を意味するのだろう。

 

 筆者は今、大学で安全保障を教えている。講義の初回と最終回(14回目)に同じアンケート調査をすることにしている。設問は同じで答えを「はい」「逃げる」「降参する」「分からない」の4択にしている。

 学生数は150~190名と学期によって差はあるが、回答はほぼ一定である。講義の初回では、「はい」と答える学生は約15%である。だが、最終講義ではこれが90%前後となる。何より注目すべきは、初回で「分からない」と答えた学生は40%前後だが、最終回では、これがほとんどゼロになることだ。

 筆者は別に「国の為に戦うべきだ」と教えているわけではない。講義は、「国家」「国益」「抑止力」「パワーバランス」「核兵器」「国際連合」「安全保障政策」といった安全保障の基礎知識を教える。加えて講義の最初の30~40分は、最近の国際社会の出来事をブリーフし、世界情勢のリアリズムを学ばせることにしている。

 

 毎回、授業レポートを提出させるが、「知らなかった」「初めて聞いた」「驚いた」の所見が多い。「抑止力」という言葉を初めて聞いたという学生もいた。大半の学生は、新聞を読まず、テレビも見ない。SNSでニュースのヘッドラインは知るが、内容はほとんど知らない。だが学生は情報や知識には飢えている。講義冒頭の国際情勢ブリーフには寝る学生はいない。国際情勢を学べば学ぶほど、リアリストに変身していくのは自然なことだ。

 最終講義でのアンケートで「はい」と答えた学生も、多くが「自衛隊に入って戦うわけではないが、何らかの形で戦わざるを得ない」という答えである。現実的で健全な意識だと思う。何より「分からない」と答える学生がゼロになるのは、安全保障を他人事ではなく、我が事として考えるようになったということだ。若者の国防意識の低さは、「教えざる罪」、つまり我が国の教育の欠陥によるものだと思う。

 

 日本の学校教育では、特に軍事や安全保障は忌避され、考えないことが平和に繋がるという誤った雰囲気を蔓延させている。日本の頭脳が集まるとされる日本学術会議が、「軍事研究」はしないと宣言していることの悪影響は大きい。

 ウクライナ戦争をみるまでもなく、戦争は一旦始まったら、終わらせる方がはるかに難しい。日本は平和主義が徹底しており、他国を侵略することはない。だが、侵略されることはあり得る。敵の攻撃があって初めて立ち上がるという「専守防衛」は国民に犠牲が出ることを前提としている。国民の犠牲を前提にする政策など政策たり得ない。「専守防衛」を採用するのであれば、絶対に日本を侵略させない強固な抑止力の構築が不可欠である。

 抑止力は攻撃されたら反撃する「意志」と「能力」の掛け算によって成り立つ。どちらが欠けても抑止力はゼロになる。加えて日本が反撃する強い意志と能力があることを敵に認識させなければならない。「13・2%」の防衛意識で、敵が「日本与み易し」と認識すれば、戦争は抑止できない。

 

 ウクライナはロシアの侵略に対し、自らの国を自らで守るという強い意志で戦っている。だからこそ国際社会は、支援を続けられる。「13・2%」が本当の日本の姿であれば、抑止力が成り立たないばかりか、国際社会の支援どころか、日米同盟も機能しないだろう。

 筆者は「13・2%」が日本人の真の姿とは思わない。日本人のDNAには先人が示したように気高く、愛国心に満ち、御国のために尽くすことを善とする本能が刻み込まれている。ただ、「教えざるの罪」によってこういった本能が抑圧されているのだ。

 筆者は自衛隊に約40年奉職したが、このことを身をもって体験した。平均的若者は「教えざるの罪」の犠牲者であるが、自衛隊で教育訓練を受けると、持ち前のDNAが発芽し、真の紳士、淑女、そして素晴らしい戦士に育つ。

 

 自衛官の質的レベルは高い。他国と共同訓練をやっても一目置かれる存在だ。今や国民に最も信頼される組織となっている。だが自衛隊には特別な人が入隊するわけではない。「13・2%」を象徴する平均的な若者が入って来る。君が代が歌えない、礼儀を知らない、挨拶ができない、満足な言葉遣いもできない若者も多い。

 だが、自衛隊の教育を受ければ、親も驚くほど変身する。自衛隊の教育は一言で言うと「『公』の復活」である。入隊したら宣誓をする。「事に臨んでは危険を顧みず・・・」と。「個」や「私」の優先から、一転して「公」に尽くす価値観を教えられる。教育訓練を通じ、人に尽くす喜び、国家に尽くす生甲斐を自覚すれば、立派な自衛官に変身する。

 

 人間は本来、世の為、国の為に尽くすことを喜びとするDNAを持っている。「あらゆる人間愛の中でも、最も重要で最も大きな喜びを与えてくれるのは祖国に対する愛である」と歴史家キケロは語る。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」と聖書にもある。このような普遍的価値観を教え、日本人が本来有するDNAが発芽した時、若者は真の日本人に変身する。自衛隊生活約40年で実体験したことだ。筆者はこれまでの経験から、確信を持って言えることがある。「最大の国防は良く教育された市民である」(トマス・ジェファーソン米大統領)ということだ。

 



関連情報リンク

防衛白書は、わが国防衛の現状と課題およびその取組について広く内外への周知を図り、その理解を得ることを目的として毎年刊行しており、令和2年版防衛白書で刊行から50周年を迎えました。

(防衛省ホームページより)

https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/


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