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特集

平成28年11月7日から「天皇の公務負担軽減等に関する有識者会議」のヒヤリングが始まりました。その取組について解説していきます。

2016年11月21日号 週刊「世界と日本」第2089号 より

「天皇のお気持ちの表明」に
私はこう思う 

第二回

 

高齢化社会に伴う例外的な譲位容認を

 

国士舘大学大学院 客員教授 百地 章 氏

 11月7日から「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」のヒアリングが始まった。筆者にも意見陳述の機会が与えられることになったが、この問題については、7月13日のスクープ報道時と8月8日に陛下のお言葉を拝した後では、多少見解が変化している。

《ももち・あきら》 昭和21年、静岡県生まれ。京都大学大学院修士課程修了。法学博士。専門は憲法学。平成28年10月、日本大学法学部教授を退任、現在、国士舘大学大学院客員教授、比較憲法学会前理事長、「民間憲法臨調」事務局長、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」幹事長、産経新聞「正論」執筆メンバー。著書に『憲法の常識 常識の憲法』、『憲法と日本の再生』、『新憲法のすすめ』、『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』など多数。


 当初、筆者は陛下の譲位に反対であった。なぜなら譲位制度には様々な問題があり、明治の皇室典範制定の際にも、戦後、現在の皇室典範が制定された時にも、譲位制は否定されているからである。

 その歴史の重みを踏まえるならば、一時的な国民感情やムードで終身制を否定しまうことには慎重でなければならない。そう考えた。

 それに、立憲君主制のもと「憲法遵守」を明言され、皇位継承についても「国会と内閣の判断に委ねます」と仰しゃってこられた陛下が、まさかそのようなご発言をなさるはずがないとの疑念があった。

 しかし陛下のお言葉を拝し、少し考えが変わった。それは陛下が「高齢化社会の到来に伴う譲位制」のことを問題提起されたからである。

 超高齢化社会の現在、100歳といっても決して珍しくない。そのような中で、もし陛下が100歳になられてもお元気な場合、現在の皇太子殿下は74歳になられる。それでも即位できないとなると、これは考えざるを得ないだろう。

 そこで陛下の問題提起を受けて、筆者も例外的に譲位を認めても良いのでは、と考えるようになった。

 そこで、改めて「譲位」の問題点について考えてみると、125代の天皇のうち約半数が譲位しておられる。その背景には、権力を持った臣下の者たちが、天皇に譲位を強要したりしたことがあった。

 また、天皇が自ら上皇となって院政を敷いたりといった弊害もみられる。さらに天皇による恣意的な譲位といった問題もあった。

 この点、天皇が政治的権能を有しない現行憲法下では、そのような弊害は少ないかもしれない。しかし、天皇の権威を利用すべく、恣意的に天皇を退位させたり即位させたりする者が出てくる恐れはある。

 さらに、天皇が崩御された時は、皇嗣(こうし)が直ちに即位することになっており(皇室典範4条)、皇位継承者には「即位するかしないか」自由意志の介在する余地はない。にもかかわらず、退位についてのみ自由意志を認めることになれば、これと矛盾する。

 そこで現皇室典範制定の際、金森徳次郎憲法担当国務大臣は「天皇に私なし、すべてが公事である」との理由で、譲位規定を設けなかったと答弁している。

 加えて、譲位制度を採用した場合には、「国民統合の象徴」に分裂を招きかねないであろう。

 譲位制度のもと、先帝と新帝が同時にいらっしゃるという事になれば、先帝を敬慕する国民と新帝を歓迎する国民の間に、微妙な心理的溝が生じたり、「国民統合の象徴」が分裂したりしてしまわないか、懸念される。

 このように、「譲位制」の問題点は解消したわけではない。しかし「超高齢化社会の到来」に伴う新たな問題について対応するため、「終身制」を原則としつつ、例外的に「譲位制」を認めるための法的措置を取るのであれば、支持してもよいのではないか。

 この点、譲位をお認めするための方法として現在主張されているのは、以下の3つである。

 第1に、皇室典範とは別の特措法を制定し、それによって陛下の退位をお認めする方法である。

 第2は、皇室典範の中に何らかの根拠規定を置き、それに基づいて特措法を制定する方法であるが、こうすれば特措法は皇室典範と一体のものと見ることができる。

 そして第3が、皇室典範の改正による譲位の容認である。

 このうち、第1の皇室典範とは別の特措法を制定して生前退位を認める方法であるが、これは「皇位は、・・・皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と定めた憲法2条の明文に違反するだけでなく、あえて憲法が「皇室典範」によると定めた重みを無視することになる。

 さらに、皇室典範4条は「天皇が崩じた時は、皇嗣が、直ちに即位する」と定め、「終身制」を採用、譲位制を否定している。にもかかわらず、皇室典範以外の法律で、勝手に終身制を否定するのは矛盾であり、認められない。

 次に、第3の皇室典範そのものの改正であるが、これは簡単ではないし、時間もかかる。

 そこで浮上してくるのが第2の方法であり、現在、筆者は以下のような条文を構想している。

 まず、皇室典範の「附則」第4項に「第4条にかかわらず、天皇は特別措置法の定めるところにより、譲位することができる。」といった規定を置く。

 その上で「皇室典範に関する特別措置法」を制定し、以下の趣旨の規定を定める。「天皇は、高齢により公務をみずからすることができないときは、皇室会議の儀を経て、譲位できる。譲位があったときは、皇嗣が直ちに即位する。」

 このような規定であれば、終身制が原則であり、譲位制はあくまで高齢で天皇としての務めが果たせない時に限定される。

 また、恣意的な譲位を如何にして排除するかという点が最大の問題だが、このような規定であれば「高齢により公務をみずからすることができないとき」という客観的条件、「天皇の意思に基づく」という主観的条件が示されおり、しかも皇室会議の儀を経ることになるから、かなり問題は解消するのではなかろうかと思う。

 その上で、皇室典範の改正を、その是非も含めて慎重に審議すべきであろう。

(10月29日、記)

2016年9月19日号 週刊「世界と日本」第2085号 より

「天皇のお気持ちの表明」に
私はこう思う

 

皇室の存続を第一に考えた判断を

 

麗澤大学教授 八木 秀次 氏

 「我帝室は日本人民の精神を収攬(しゅうらん)するの中心なり」―。こう述べたのは福澤諭吉である(『帝室論』1882年)。日本人は普段は強く意識しないが、皇室を頼りにして生きている。自らの「精神を収攬するの中心」がぐらつくと途端に不安になる。私には、ご生前での退位のご意向を強く滲まされた、8月8日の「天皇陛下のビデオメッセージ」を拝した国民の反応はそのように見えた。

《やぎ・ひでつぐ》 1962年、広島県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程中退。高崎経済大学教授などを経て2014年より現職。専門は憲法学。第二回正論新風賞受賞。教育再生実行会議提言FU会合委員、法制審議会民法(相続関係)部会委員、フジテレビジョン番組審議委員など。『憲法改正がなぜ必要か』(PHPパブリッシング)など著書多数。


 

  街では足を止めて、ビルのスクリーンに映し出された陛下のお言葉に耳を傾ける若者の姿が多く見られた。その後の世論調査で8割、9割の人たちが、陛下のご生前での退位に好意的な姿勢を示したのも不安な気持ちの反映と思えた。

 今、皇位が不安定になろうとしている。天皇陛下は退位の意向を強く滲まされたが、実現には大きな困難が伴い、時間も掛かる。皇太子殿下が皇位を継承されることは明らかであるが、確実に継承されるまでは不安定な時代が続く。そればかりではない。

 ご生前での退位を制度的に、あるいは今回に限ってであれ、認めてしまえば、皇位自体が不安定になる。日本国民の精神を収攬する中心である皇位が不安定になれば、日本国民の精神はどのようになるのか。歴史上、このような場合には必ずと言っていいほど「まがごと」が起きている。

 現在の皇室典範(昭和22年)も、その基になった明治の皇室典範(明治22年)も、ご生前での退位の規定を設けていない。皇位継承は前の天皇の崩御に限定されており、天皇のご存命中は次の天皇に継承できなくなっている。

 これは法の欠缺(けんけつ)ではなく、敢えて積極的にご生前での退位を排除した結果である。皇位継承に関して当時者のご意思を関与させず、厳格なルールを決めてその通りに行うことにした。

 主な理由は2つ。

 1つは、過去に上皇や法皇という退位した元・天皇が政治的影響力を行使したり、時の権力者などによって天皇が退位させられるなど、天皇が政治利用されたり、自ら政治的に動く例が見られたことから、そのような混乱を排除するためだ。

 明治の皇室典範の起草を主導した伊藤博文は、退位・譲位は皇室の伝統ではなく、出家を求める仏教の悪弊によるものであるとし、混乱の代表例として南北朝を挙げている。

 もう1つは、より本質的な問題で、現在の皇室典範の制定時においても議論されたことだが、ご生前での退位を認めることは、当事者の意思によって皇位継承を行うことを意味する。

 退位が可能であれば、即位についても当事者の意思が関わることになる。つまり、即位しないこと、即位拒否も当時者の意思次第ではあり得ることになる。皇籍離脱も可能になる。

 それでなくても皇位継承資格者が限定されている中で、次々に即位を拒否されれば天皇・皇室は存立し得なくなる。このような配慮から、当事者である皇族方の意思に関わりなく、継承の順位にしたがって皇位が継承されるという厳格なルールを確立しているのである。

 このようなルールは、天皇陛下や皇族方には窮屈なものであることに違いない。当事者の意思が関与できないからだ。今回、天皇陛下は、ご高齢やご病気を理由に、「象徴の務め」が全身全霊でできなくなったことから退位のご意向を示された。

 お気持ちは大変尊くありがたい。しかし、たとえ陛下のご意向であっても、皇位継承の厳格なルールを変更することには慎重でなければならない。

 敢えて排除した、ご生前での退位を可能にすることは、皇位継承に当事者の意思を関与させることなり、そのことが皇位を不安定にさせ、皇室の存立基盤自体を否定することにもつながる。明治以降、封印してきた「パンドラの箱」を開けることになり、次々に「災い」が飛び出してくる可能性がある。

 皇室典範改正であれ、今回限りの特別立法であれ、ご生前での退位を可能にすれば、次世代の即位辞退、皇籍離脱も可能にすることになる。そうしなければ法理論として整合性が取れない。皇室の消滅を惹起することにもなりかねない。

 皇室の存在しない日本を私たちは歴史上知らない。日本国家は皇室とともに始まり、国民は皇室を常に心のよりどころとしてきた。その皇室がなくなってしまったとき、どのような世の中になるのか、見当も付かない。今回の陛下のご意向が皇室や日本国家の「終わりの始まり」につながらないような慎重な対応が求められる。

 陛下は、在位された上でのご公務の大幅な縮小や摂政の設置、国事行為の臨時代行に消極的なご意向も示されている。しかし、それらの解決策は、皇位を安定させるために慎重に考え抜かれた上での制度である。これを排除されれば、上述のように皇位は確実に不安定になる。

 陛下は天皇としての「務め」を強調され、「務め」ができなくなれば、その地位から退くべきと考えておられるように思われる。「務め」を重視される陛下の強い責任感は尊くありがたいが、天皇には「務め」の大前提としてご存在自体の尊さがある。

 神話に由来し、神武天皇以来一貫して男系継承されてきた、誰も代わりのいないご存在が天皇陛下である。そのようなご存在が「務め」をなさることに意義があり、尊く、人心に安定をもたらすのである。「務め」が先にあって、その「務め」ができれば他の誰かでもよい、ということではない。

 この上は、天皇陛下のご意向をよく理解しつつも、皇室の存続を第一に考えた判断が求められる。

 ご生前での退位を認めることの長短を示しながら、最後は陛下や皇族方に納得していただく他はない。

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