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エネルギー特集

エネルギーチャンネルは、石破政権の重要テーマでもある「エネルギー」の特設サイトです。週刊・月刊「世界と日本」の執筆者、東京・各地懇談会の講師、専門家のインタビュー記事等を掲載して参ります。

2025年8月4日 週刊「世界と日本」第2298号 より

《かわぐち まーん えみ》

85年シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。共著に『原子力はいる?いらない原発大国フランスと脱原ドイツ』(ワニブックス・山口昌子)最新刊は『移民難民』ドイツからの警鐘(グッドブックス)など著書多数。

 

リスク高まるヨーロッパ・ドイツの電力事情

 

作 家 

川口 マーン 惠美 

 

 2025年4月28日12時33分、スペインのグラナダの変圧所で起こった停電が瞬時で全土に飛び火。道路では信号が消え、唐突に止まった電車の中には乗客が閉じ込められ、空港も一時閉鎖された。 ブラックアウトである。しかも停電はあっという間に国境を越え、隣国のポルトガル、フランスまで巻き込んだ。

 同日午後、ペドロ・サンチェス首相が緊急記者会見で、「国内需要の約6割に相当する15?ギガワットの電源が、わずか5秒で電力系統から脱落」と説明。病院や政府機関は非常用の発電機でかろうじてその場を凌いだが、その他の場所ではインターネットも途絶えた。

 ただ、だからといってジタバタしないのがスペイン人のすごいところで、ビジネス街では、仕事を中断された人や帰宅できなくなった人がカフェで寛ぎ、公園には子供連れが繰り出したという。ちなみにこの日は晴天、絶好の太陽光発電日和だった。

 しかし、当然、日没後は国中が真っ暗。それにしても、なぜ、こんなことが起こったのか?

 電気というのは、刻々と変化する需要量に、瞬時に発電量を合わせなければならない。つまり、発電量が足りなければ増やし、多ければ減らすという複雑な作業を、各国の送電事業者が常時コンピューターを駆使して行っている。この需給バランスが崩れると周波数や電圧が乱れ、さまざまな障害が起こる。停電もその一つだ。

 

 現在のヨーロッパは巨大な電力網を共有しており、通常ならば周波数も電圧も全域でほぼ同レベルに保たれる。電力の一時低下など小さな問題には、自動で対処できる体制も整っている。ただ、万が一どこかで修正不可能なほど激しい変動が生じたなら、被害を最小に留めるため、その地域が系統から自動的に切り離される。スペインで起こったのがこれだった。

 スペイン政府が再エネの振興に力を注ぎ始めて、すでに久しい。太陽光発電の設備容量はヨーロッパで群を抜き、ブラックアウトの起こる直前、太陽光と風力で発電量の7割を占めていたことがわかっている。

 ただ、再エネの欠点は、太陽や風の具合で出力が絶えず勝手に大きく変動することだ。だから、一定の割合を超えると調整がコンピューターの手に負えず、人間の介入が必要となる。ちなみに、スペインに次いで太陽光発電の多いドイツでも、今、この発電量の再調整のためだけに年間30億ユーロが注ぎ込まれている。

 ただ、再調整には当然ながら、すぐに立ち上げたり止めたりできる電源、つまり揚水発電や火力が必要だ。ところがスペインもドイツも水力は限られており、火力は急激に縮小。つまり、調整の道具が乏しい。

 

 スペインではブラックアウトの直前、停電の発信地である南部で、周波数が通常の50ヘルツから48ヘルツまで低下した。これが即座に遠く離れたドイツ南部にも、0・217ヘルツの低下を引き起こした。ちなみに周波数が僅かでも狂えば、精密機械は正常に作動しなくなり、紡績、印刷などでは品質が崩れる。つまり、スペインで起こった2ヘルツの低下は修正不能であり、そのため自動制御が働き、連鎖反応的に全土で送電が停止した。

 実は、ずっと以前より、送電事業者がスペイン送電管理公社REEに対して、系統の安定が綱渡り状態であることを何度も警告していたことがわかっている(telecinco.esという放送局が通話の内容をリーク?)。REEは警告に対して、まさにブラックアウトの当日も、「太陽光のせいなのはわかっている」と答えている。そして、その46分後、ブラックアウトが起きた。

 しかし政府はその後、「電力の需給バランスの急変が原因」ということは認めたものの、急変の原因としては、サイバー攻撃、サボタージュ、火災などの可能性をも挙げて太陽光発電を庇った。しかし、最終的に消去法で残った犯人は太陽光だった。

 

 一方、ドイツは、21年に始まった社民党のショルツ政権が、元々高かった風力の買取値段をさらに上げ、国土の2%に風車を立てる計画を推し進めた。ハーベック経済相(緑の党)は、市民が風車建設に反対できなくなるよう法律まで変えた。この風車増設計画は、緑の党が政権から退いた今も踏襲され、強権的に進められている。また、やはり前政権の置き土産、簡単にベランダに設置できる太陽光「ベランダ発電所」も急増中だ。こちらは安全面の問題が指摘されている。

 

 現在、ドイツ全土の風車は海と陸を合わせて3万基、太陽光パネルが340万枚で、今後、さらに増えるだろう。しかし、基幹となる電力を365日供給してくれていた原子力は、すでにない。蓄電施設も送電線も不足している。

 だから、風と太陽が豊富な日には、機器のトラブルを防ぐため、余った電気をただ同然で、あるいはお金を付けて周辺国に“輸出”する。しかし、そういう日でさえ、夜になると今度は大金を払って“輸入”に切り替える。これがドイツ自慢のエネルギー転換である。

 それでもドイツは周辺国との間に大きな連携線が7本もあるのでどうにかやっていけるが、スペインは半島なのでそうはいかなかった。ましてや日本は島だ。すでに6月、猛暑に襲われたことを思えば、再エネの活用は有意義だが、そのためにはベース電源となる原発や調整用の火力発電が必須だ。そして、調整が困難なほど再エネを増やしてはいけない。そうでなければ、いつスペインと同じことが起こってもおかしくない。

 なおドイツでは2022年6月まで、輸出入の赤字分、送電線建設費用、再エネ買い取り(=事業者の儲け)など、全てのコストが再エネ賦課金として電気代に乗せられ、膨張し続けた。そこで、これでは金額が国民の目に見えすぎるとして、今では税金の中に隠されている。もちろん国民負担であることは変わりない。

 現在、ドイツの産業用電気料金はフランスの2倍。優良企業が国外に逃避するのはプーチン大統領のせいではなく、CO2をゼロにすれば経済が発展するという現実無視の政治の結果だ。しかも悲しいかな、日本でも同じことが進行中。再エネ賦課金を隠蔽しても、国富の破壊は続く。日本人が1日も早くGXの夢から覚めてくれることを願う。

 


2025年8月4日 週刊「世界と日本」第2298号 より

《こやま けん》

1986年早稲田大学大学院修士修了後、日本エネルギー経済研究所入所、2001年英ダンディ大学にて博士号取得。政府のエネルギー関連審議会委員、国連のアドバイザーなども歴任。13年から東京大公共政策大学院客員教授。17年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授を兼務。23年The OPEC Award for Research受賞。近著に『暮らしと物価の地政学』(ナツメ社)など多数。

 

新情勢下でのエネルギー安全保障強化に向けて

 

日本エネルギー経済研究所 

専務理事・首席研究員 小山 堅 

 

 エネルギーは、暮らしや経済を支えるために必要な重要物資である。その重要なエネルギーを、安定的に、必要十分な量を手頃な価格で確保すること、すなわちエネルギー安全保障の確保は、エネルギー政策にとって、エネルギー供給に責務を負うエネルギー産業にとって、最も重要な課題である。もちろん今日の世界においてエネルギー安定供給確保を図る上でも、環境への配慮は必須であり気候変動対策強化を図ることも極めて重要であることは言を俟たない。しかしエネルギーの重要性に鑑みると、エネルギー安全保障確保は「一丁目一番地」の重要性を持つ。

 

 エネルギー安定供給については、エネルギー需給が安定し価格が低廉である状況が持続すると、エネルギーが「空気や水」のようになり普通に問題なく利用できることが当たり前となってしまうことが多々見られる。逆にエネルギー需給が不安定化し価格が高騰するなどエネルギー安定供給への不安が発生すると状況は一変する。そして今日まさにエネルギーに関する先行き不安・不透明感が内外エネルギー情勢において大きく高まっている。

 

 第1の問題は激動の中東情勢など地政学リスクの高まりである。2025年6月にはイラン情勢が一気に緊迫し、エネルギー供給の大動脈であるホルムズ海峡の安全通行に関する懸念が急速に高まった。イスラエルによるイラン核施設への軍事攻撃が行われ、イランが報復、両国が交戦状況に陥った中、アメリカがイランの地下深くにある核施設を攻撃した。イランはカタールの米軍基地を攻撃し、アメリカとイランが本格的な戦争状況に突入するのではないかという不安が世界を駆け巡った。

 しかし、アメリカとの本格的戦争となれば体制存立に関わる可能性を危惧するイランが抑制的な報復攻撃に止めたこともあり事態のエスカレーションは避けられた。また、トランプ大統領主導でイランとイスラエルが停戦に合意し、今後はアメリカとイランが再び協議を開始すると予想されている。今後の展開にはまだ不安は残るが、とりあえずはイラン情勢の緊張が中東の大動乱につながる展開に歯止めが掛かる状況となった。

 

 イラン情勢に反応して原油価格は当初急騰した。イランを巡る地政学リスクが中東の石油供給支障につながることが懸念されたためである。しかしイランとイスラエルの停戦合意が報道され石油供給への影響は無いとの読みが広がり、原油価格は急落、リスクプレミアムは剥落した。しかしアメリカとイランの間で行われると予想されるイラン核開発を巡る協議がどう展開するのか先行き予断は許されない。

 再びイランを巡る地政学情勢が緊張を高め、それが中東の石油供給への不安を呼び起こす可能性もある。ホルムズ海峡の安全通行に関わる問題も再度浮上する恐れも否定できない。世界の石油供給の2割を占める巨大な石油の輸出ルートの隘路であるホルムズ海峡の安全通行問題は今後も世界にとって看過出来ない重要問題である。原油輸入の95%を中東からの輸入に頼る日本にとってイラン情勢は引き続き注視が必要である。

 また、イラン情勢だけでなく、ウクライナ情勢や東アジア情勢など、国際エネルギー市場の安定に大きな影響を及ぼし得る地政学リスクの発生・深刻化などの可能性も見逃せない。エネルギー安定供給にとって今後も地政学リスクは要注意である。

 

 第2の問題は電力安定供給に関する新たな課題である。脱炭素化への取組みによって電力化の進展が予想されることに加え、生成AIの急速な利用拡大やデータセンターの大幅増設で、世界的に電力需要増大の加速が予想されている。日本でも従来は長期的に電力需要は低下するとみられていたが、新たな情報革命の影響で長期的に需要拡大が見込まれる方向に「パラダイムシフト」が発生した。電力供給インフラの整備には長期のリードタイムが必要なため、将来の電力需要増に備えて今から対応策の展開・強化が求められるようになっている。

 本年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画においても、新たな情報革命の下で増大する電力需要に対応した安定供給対策の重要性が強く意識されている。増大する電力需要を、如何に安定的に、競争力ある価格で、そして脱炭素電源で賄うかが最重要課題と位置付けられたのである。

 そのため、再生可能エネルギーと共に原子力を最大限活用する基本方針が明示された。第4次から第6次のエネルギー基本計画では、原子力への依存度を可能な限り低減する、としていたところから大きく方針転換が行われることになった。今後、安全性を確保し国民理解を得た上で、再稼働推進・既存炉活用を進め、さらに新設・建て替え・新技術への取組みが重要となる。

 また引き続き重要な役割を担う火力発電については、燃料の安定供給確保も重要となる。第7次エネルギー基本計画では、「あるべき姿」に届かないリスクシナリオが「プランB」として示されたが、その場合、LNG輸入量は2040年にかけて現状より拡大する。不透明さを増す国際エネルギー情勢の中でのLNG長期安定供給確保も極めて重要な問題である。

 

 第3は、トランプ2・0への対応がある。米国はこれまで国際エネルギー秩序の中心として国際エネルギー情勢安定の要の役割を果たしてきた。しかしトランプ2・0の下で、むしろ国際エネルギー情勢はこれまで以上に激動に晒されるようになっている。トランプ2・0の外交・安全保障政策や経済・貿易政策で、国際情勢全般が大きく変動し、エネルギー地政学にも多様な影響が現れる中、エネルギー安全保障問題はさらに複雑化する様相を見せている。また日本にとっては、日米関係強化の重要な要素として日米エネルギー協力が位置付けられていることも見逃せない。日米双方にとって真の意味で利のある互恵関係を目指すエネルギー協力を進め、日本のエネルギー安全保障強化を図ることが求められて行こう。

 


2025年5月19日 週刊「世界と日本」第2293号 より

《こやま けん》

1986年早稲田大学大学院修士修了後、日本エネルギー経済研究所入所、2001年英ダンディ大学にて博士号取得。政府のエネルギー関連審議会委員、国連のアドバイザーなども歴任。13年から東京大公共政策大学院客員教授。17年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授を兼務。23年The OPEC Award for Research受賞。近著に『地政学から読み解く!戦略物質の未来地図』(あさ出版)など多数。

 

激動の内外エネルギー情勢に対応するエネルギー政策を

 

日本エネルギー経済研究所 

専務理事・首席研究員 小山 堅 

 

 日本を取り巻く内外情勢は大きく変化しており、それに対応する国家戦略が必要である。暮らしや経済を支えるエネルギーについても激動の内外情勢に即したエネルギー政策の実行が不可欠である。本稿ではその問題意識に基づき、2つの視点から今後の日本にとって重要となるエネルギー政策に関わる問題を論ずる。

 

 第1の課題はトランプ2・0への対応である。2025年1月の政権発足直後から異例のペースで多数の大統領令を発し、トランプ大統領は国際政治、世界経済、地政学情勢、安全保障問題などの面において世界を揺さぶってきた。国際エネルギー情勢もトランプ2・0の影響で激震に晒されている。

 トランプ2・0のエネルギー政策で国際エネルギー情勢が左右されること自体が、エネルギー供給の大宗を国際市場からの輸入に依存する日本にとって重大な問題となる。また、トランプ2・0が「パリ協定」からの再離脱を表明し、気候変動対策に後ろ向きの姿勢を鮮明にしていることも、気候変動対策を巡る国際議論のモメンタムに変化を生ぜしめ、南北対立を激化させ、中国の存在感を高めるなど、日本にとって見逃すことの出来ない国際環境変化をもたらしている。

 

 トランプ2・0の下で、米国の石油・ガス・LNG供給が拡大することは国際エネルギー市場の安定化につながることも期待できる一方、関税政策の深刻な影響で世界経済が減速し、エネルギー価格の低下がもたらされるなどの影響にも注目が集まっている。他方、イランに対する「最大限の圧力」をかけるトランプ2・0の下、イラン情勢の行方も国際エネルギー情勢を左右するポイントとなる。圧力を掛けつつ核協議を進めようとする米国が場合によっては軍事力行使もありうることを示唆するなど先行き予断は許されない。ウクライナ戦争の行方、米国にとって最も重要な競争相手となる中国への対応戦略などもエネルギー情勢や経済安全保障問題に大きな影響を及ぼす。今後のトランプ2・0による国際エネルギー情勢への影響を見極め、日本の国益のためのエネルギー政策を展開することが求められる。

 

 しかし、より直接的にトランプ2・0への対応に関連するエネルギー問題として、日米エネルギー協力に関わる課題がある。日本にとって極めて重大な問題となっている相互関税や自動車関税などを巡る日米協議においてエネルギー問題が重要な要素として取り上げられる可能性があるからである。その背景には、2月の日米首脳会談で日米協力深化の重要なポイントとしてエネルギー協力が重視されたことがある。

 関税問題を巡る日米協議では、米国側が強い関心を示しているアラスカLNGへの協力を含めLNG問題が議論の俎上に上る可能性もある。「双方にとって利のある」協力が重要だが、アラスカLNGの場合は、日本への輸送距離が短く、輸送上のチョークポイントを通らないなどのメリットがある一方、大規模パイプライン建設が必要なため初期投資コストが巨額で、経済性に課題が生ずる場合も考えられる。アラスカLNGには、関税問題によるコスト上昇や開発に相当の長期間を要する点などの課題もある。日米双方にとって有意義な成果が生まれるよう工夫と努力が必要になる。また膨大な米国LNG供給ポテンシャルを勘案し、アラスカLNGへの取組みを進めつつ他の米国LNG案件も含め、米国からの供給のスケールを拡大し、同時に消費側としては日本に加え東南アジアやインドなどの成長LNG市場も視野に入れ、日本が成長市場への橋渡し役を務めるなど、LNG協力の全体的規模を拡大することが日米双方にとって有意義となる。またLNGに限らず、原子力や稀少鉱物問題など日米双方にとって重要な意味を持つエネルギー協力の範囲を拡大し日米協力深化に貢献することが日本側の戦略としても重要になろう。

 

 第2に、長期的なエネルギー政策課題として、2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画(以下、基本計画)の実行に関わる問題がある。この基本計画のポイントは、新情勢に対応したエネルギー安全保障の強化を特に重視したことである。ウクライナ危機後の国際エネルギー情勢の不安定化を強く意識した政策となったことも重要だが、特筆すべきは電力安定供給確保を最優先課題としたことであろう。

 その重要な背景には、成熟し人口減少が進む日本でも、脱炭素化への取組みの影響に加え、生成AIの普及拡大、データセンターの大幅増設などの新たな情報革命進展で、電力需要が長期的に拡大する、との見通しが強まっていることがある。これまで、電力需要は減少すると見込まれていたところから、重要なパラダイムシフトが生じることとなった。増大する需要に対応するための供給力拡大には長い時間が必要となる。そのため、基本計画の実行は待った無しの課題である。

 

 日本にとっての最優先は、原子力の再稼働と既存炉の有効活用であろう。また長期を見据えて建替えなどに取り組む必要がある。安全性を確保し、国民理解を得て既存炉を中心に原子力の有効活用を図ることは、電力需要を安定的に、競争力ある価格で、脱炭素電力を供給する重要な対策となる。だからこそ、基本計画では原子力と再エネをともに「最大限活用する」と位置付けることとなった。従来の基本計画では原子力への依存度を「可能な限り低減する」としていたことから重大な方針転換を行ったのである。

 

 最大の電源となるべく重視された再エネの拡大を進め、合わせて供給変動に対応する蓄電システムや連系線(電力系統同士をつなぐ送電線)強化を適切に実施していくことも重要である。引き続き重要な役割を担う火力発電については、脱炭素化を着実に進めつつ、LNGの長期契約確保など、燃料安定供給対策も必要となる。また電力自由化の中で、必要な供給力や予備力を適切に確保するための制度整備なども重要となり、まさに電力安定供給確保に向けた総力戦に臨む必要がある。これらはまさに基本計画実行の最重要の要である。

 


2024年8月5日号 週刊「世界と日本」第2274号 より

《こやま けん》

1986年早稲田大学大学院修士修了後、日本エネルギー経済研究所入所、2001年英ダンディ大学にて博士号取得。政府のエネルギー関連審議会委員、国連のアドバイザーなども歴任。13年から東京大公共政策大学院客員教授。17年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授を兼務。23年The OPEC Award for Research受賞。近著に『地政学から読み解く!戦略物質の未来地図』(あさ出版)など多数。

 

国際エネルギー情勢と日本の課題

 

日本エネルギー経済研究所 

専務理事・首席研究員 小山 堅 

 

 2022年のロシアのウクライナ侵攻によって国際エネルギー情勢は不安定化しエネルギー価格は高騰した。原油価格はリーマンショック後最高値を更新、欧州天然ガス価格は史上最高値をつけた。ロシアのエネルギーに依存していた欧州を中心に国際エネルギー市場には供給不足が発生し、エネルギー安全保障が最重要課題となった。

 

 ウクライナ危機発生から2年以上が経過し、国際エネルギー情勢は一定の落ち着きを取り戻した。原油・ガス価格は2022年のピーク時から低下し、当時のような「エネルギー危機」の切迫感は無い。

 しかし、世界経済や国際政治に重要な影響を及ぼす原油価格は現在も約80ドルを中心とした推移が続いている。この価格は決して低い価格とはいえない。歴史的な観点では高い価格水準であり高止まりが続いていると見るべきである。

 しかも国際エネルギー情勢には、様々な不確実性が山積し、その展開次第でエネルギー価格がさらに上昇する可能性がある。こうした不確実性・リスク要因の第1には地政学リスクがある。国際エネルギー市場の供給の重心である中東情勢の流動化は相変わらずである。2023年10月に始まったガザ危機は未だに終わりが見えず、その中で、イスラエルとイランの軍事的衝突の発生などイランを巡る情勢も不透明である。

 

 またウクライナでの戦争が長期化する中、双方が相手のエネルギーインフラへの攻撃を強めエネルギー供給に影響が出る局面も続いている。

 また台湾新政権と中国の関係、台湾海峡の安定がどうなるのかもエネルギー安定供給に影響を及ぼし得る要因である。

 地政学リスクに加えて、本年1月にバイデン政権が発表した米国LNGの輸出許可に関する「一時停止」など、突然の政策変更がエネルギー市場の安定を揺さぶる可能性もある。政策変更に関しては、本年11月の米国大統領選挙の結果次第で、国際エネルギー情勢の安定の要である米国の、エネルギー・気候変動政策が文字通り劇的な方向転換を迎える可能性もある。長きにわたるエネルギー転換の過程において重要な役割を果たす化石燃料の安定供給にとって、適切な投資が実施されずに需給逼迫と価格高騰がもたらされる過少投資リスクも注目すべきである。

 また、重要な戦略物資であるエネルギーにおける、特定供給源への過度の依存とそれに伴う市場支配の問題も見逃せない。この古くて新しい「リスク要因」は、過去も現在も国際エネルギー情勢を揺るがしてきたが、今後も世界の分断が深刻化する中で、新たな重要課題となる。

 さらに、エネルギー需給構造における電力化が脱炭素化と共に進展していく中、生成AIの急速な利用拡大、それに伴うデータセンターの大増設などの新たな情報革命の下で電力需要が急増し、電力安定供給問題が関心の的となっている。この状況下、サイバーセキュリティ問題が電力およびエネルギー安全保障上の重要なリスク要因に浮上している。

 

 このように、エネルギー安全保障を巡る内外情勢は複雑化し、難しさを増している。ウクライナ危機によってエネルギー安全保障が最重要課題になったが、新たなリスク要因や不確実性に対応する戦略が重要となった。他方、気候変動対策も待ったなしである。COP28で示された「気温上昇を1・5℃に抑えるための野心的な目標」の実現に向け、国際社会の努力が求められている。今日の世界は、エネルギー安全保障と脱炭素化の両立を強力に進めることが必要なのである。

 しかしこの2つの両立は容易ならざる挑戦である。特に最近2〜3年で明確となった、先進国もエネルギー価格上昇には政治・経済・社会的に脆弱である点を踏まえると、エネルギー転換促進によってエネルギーコストが上昇する場合、それを社会が吸収できるかどうか、という問題がある。2023年には欧州などでエネルギーコストが上昇するような政策(内燃機関自動車の新車販売禁止など)を先送りするような動きが顕在化した。先に実施された欧州議会勢力で、左派・環境派が議席を減らし右傾化が進んだことの背景にも欧州の世論の変化の影響が指摘されている。

 従って、エネルギー安全保障と脱炭素化の両立を図る上でも可能な限りエネルギーコスト上昇を抑制することが肝要になる。そのためには、各国の国情を踏まえ最適な道筋を追求することが必要である。昨年のG7で打ち出された「多様な道筋」を認めて、最適な方法を追求していく必要がある。

 

 国際エネルギー情勢を見る上でもう一つ重要なのが世界の分断である。分断が深刻化する前は、自由貿易と国際分業による世界での最適化の貫徹が重要であった。

 しかし分断の深刻化で、戦略物資・技術については、国産化を進め、それを同盟国・戦略的連携パートナー間での協力で補完する、という取り組みが進められている。再生可能エネルギーや電気自動車などにおける製造シェアや、今後のエネルギー転換に必要不可欠なクリティカルミネラルにおける供給シェアにおける中国の存在感の大きさが、広義のエネルギー安全保障や経済安全保障の観点から重要課題となっている。

 こうした国際エネルギー情勢を踏まえた日本のエネルギー政策検討が進められている。概ね3年に一度、改定される「エネルギー基本計画」に関する議論がこの5月に始まった。現行の第6次エネルギー基本計画は2021年10月に閣議決定されたが、その後の激動の国際エネルギー情勢を踏まえた政策審議が進められている。

 前述の複雑で難しい国際エネルギー情勢に対応し、日本にとってエネルギー安全保障、環境、経済効率性からなる「3E」の同時達成を求める骨太のエネルギー政策が求められている。

 エネルギー転換に必要なイノベーションを推進し、日本の国際競争力を強化する産業政策との一体化を図るエネルギー政策を立案し、実行することが今後の日本のサバイバルにとって不可欠となっているのである。

 


2023年8月21日号 週刊「世界と日本」第2251号 より

《こやま けん》

1986年早稲田大学大学院修士修了後、日本エネルギー経済研究所入所、2001年英ダンディ大学にて博士号取得。政府のエネルギー関連審議会委員、国連のアドバイザーなども歴任。13年から東京大公共政策大学院客員教授。17年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授を兼務。23年The OPEC Award for Research受賞。近著に『地政学から読み解く!戦略物質の未来地図』(あさ出版)など多数。

 

エネルギー安全保障と脱炭素化の両立に向けて

 

日本エネルギー経済研究所 

専務理事・首席研究員 小山 堅 

 

 エネルギーは日々の暮らしや経済活動にとって必要不可欠である。またエネルギーは国家運営にとって欠かすことのできない戦略物資でもある。高い重要性を持つエネルギーだが、その価格が低位安定し供給がふんだんな時には、あたかも「空気や水」のような存在と化し、誰もエネルギー安定供給確保に注意を払わない。しかし、ひとたびエネルギー価格が高騰し供給確保に不安が発生すると事態は一変する。

 ウクライナ危機による国際エネルギー情勢の激変はその象徴的事例である。ロシアのウクライナへの軍事侵攻で、世界最大の化石燃料輸出国であるロシアのエネルギー輸出が重大なリスク要因そのものになった。世界的に原油・天然ガス・LNGの価格が著しく高騰し、電力価格も大幅に上昇した。ロシア産のガスに依存していた欧州では、買おうと思っても手に入らない「ガス不足」の発生すら懸念される事態に陥った。

 深刻なエネルギー危機に直面し、2022年以降、世界的にエネルギー安全保障強化が喫緊の重要課題となった。ロシア依存度を引き下げ、緊急時対応能力を強化し、市場安定化へ供給力確保が重視され、安定的ベースロード電源である原子力の利活用が再び注目されるようになった。厳しい需給逼迫に直面した欧州では、徹底的な省エネ・再エネ推進の上、CO2排出増を覚悟して石炭火力発電の活用も急務となった。また、劇的に低下したロシア産のパイプラインガス供給を補うため、米国産を中心に国際市場からLNGの追加調達を必死に行った。こうした対応が奏功し、かつ2022〜2023年の冬期が暖冬であったこと、中国のエネルギー需要、とりわけLNG需要が低迷したことなどもあって、欧州はガス不足を回避し、一時は異常な暴騰を示したガス価格も落ち着きを取り戻した。

 しかし、今後も予断は許されず、国際エネルギー市場は不安定な状況が続く可能性は高い。原油価格は最近再び上昇傾向を示し、ガス・LNG価格は、今冬が厳冬になり、中国の需要が回復し、想定外の供給支障が発生する事態となれば再び「争奪戦」的な状況が発生する可能性もある。大規模供給プロジェクトが立ち上がっていく2025〜2026年まで、世界のガス・LNG市場の需給環境は厳しい状況が続くだろう。

 日本では国内電力需給逼迫の問題もある。夏・冬の電力需要増大に対して予備率(発電設備の十分さ)は必ずしも万全でなく、綱渡りに近い状況も散見される。想定外の気温状況や発電設備の脱落で、一気に需給が逼迫する可能性もある。また、発電設備を持つだけでは十分でなく、設備を動かす燃料の安定調達も重要である。原子力発電再稼働への期待も高いが、安全審査や地元了解には時間もかかり、電力需給安定化は決して容易でない。この状況下、世界でも日本でも、引き続きエネルギー安全保障強化は最重要課題であり続ける。

 他方、脱炭素化の取組みも手を緩めることは許されない。ウクライナ危機でエネルギー安全保障が最重要課題となり、欧州でも石炭回帰的な動きが現れ、途上国の状況も含めCO2排出削減にとって難しい状況も現れている。しかし、世界各国はカーボンニュートラル目標を始め脱炭素化の取組みへのコミットメントを堅持している。むしろ欧州連合(EU)のように、脱ロシア(エネルギー安全保障強化)を脱炭素化推進の新たな推進力として中長期的取組み強化を図る動きも顕在化している。ウクライナ危機の影響下、エネルギー安全保障強化と脱炭素化推進の両立を図ることが今日の世界のエネルギー・気候変動政策の重点となったのである。日米欧など世界の主要国はこの両立を図る戦略方針を追求していくだろう。

 これが世界のエネルギー転換を推進する重要な力になっていく可能性がある。しかしその道程は決して平坦ではなく課題は多い。その一つは、エネルギー転換を進める際に起こりうるエネルギーコスト・価格の上昇への対応である。最近の経験で、先進国といえどもエネルギー価格の上昇は経済・社会的に大きな影響を及ぼし、補助金を活用してでも価格上昇を抑制する動きが現れることが明らかとなった。価格上昇の影響がさらに大きいのは所得水準の低い途上国であることは自明である。この状況下、今後のエネルギー転換に伴って発生しうるエネルギーコスト・価格上昇をどう抑制・最小化するか、が極めて重要になる。その際には、各国の国情やエネルギー需給・資源賦存などの差異を踏まえた対策を追求することが欠かせない。G7広島サミットで合意された、共通目標の追求にあたって「多様な道筋」を認めていくことが肝要となる。欧米が「上から目線」で「唯一の道筋」によるエネルギー転換を途上国に押し付けるようなアプローチは厳に慎む必要がある。

 もう一つ重要なのは、世界の分断の深刻化を前提とした戦略が重要になる、という点である。米中対立や西側と中ロの対立の深刻化に象徴される世界の分断は、経済安全保障を含む総合的安全保障の重視をもたらした。その一環で、クリティカルミネラルの問題がクローズアップされている。レアアースなども含むクリティカルミネラルは、エネルギー転換の推進に必要不可欠な戦略物資だが、今後の大幅な需要増大によって需給逼迫が懸念され同時に特定国への供給偏在も指摘されている。戦略物資の供給を特定国に依存することのリスクは、50年前の石油危機でも、現在のウクライナ危機でも明らかになった重大な教訓である。今後、エネルギー安全保障と脱炭素化を目指すエネルギー転換を推進していく際には、クリティカルミネラル問題などの経済安全保障も含めた総合的・戦略的検討が必要不可欠になる。またエネルギー転換を具体化していくための産業政策を適切に立案・遂行し、エネルギー転換の中で経済・産業のサバイバルや発展を追求していかなければならないのである。

 


2022年12月19日号 週刊「世界と日本」第2235号 より

《こたに かつひこ》

74年東京大学卒業後、新日本製鐵(現・日本製鉄)入社。84年コーネル大学(MBA)。2001年同社環境部長、05年中国総代表・北京事務所長を経て、09年日鉄住金建材(現・日鉄建材)専務取締役。あしなが育英会監事。16年から現職。

 

2050年カーボンニュートラルに向けて

 

— 建前論脱却を目指して — 

 

国際環境経済 

研究所理事長 小谷 勝彦 

 

 昨年(2021年)のCOP26では、産業革命以来の温度上昇を1・5度以下に抑えるための温暖化ガス削減が合意されるとともに、石炭火力の段階的逓減(ていげん)も打ち出され、環境推進派の人たちに高揚感があった。

 

ロシアのウクライナ侵攻

 ところが、今年2月のロシアのウクライナ侵略により、欧州へのロシア産ガス供給途絶の危機感が高まり、世界では温暖化対策からエネルギー確保に大きく舵が切られた。

 脱原発のドイツが廃止を延長、英仏でも原発新設の動きが起こり、わが国の岸田首相も原発再稼働を指示した。

 ロシアの低廉な天然ガスに頼っていたドイツがLNGの確保に走り出し、発展途上国は高騰するLNGにアクセスできなくなった。

 あれほど「悪者」扱いされた石炭確保にEUが走り出した。

 日本で「温暖化対策の模範生」と褒め称えられるドイツは、国内の褐炭火力を再稼働する。

 温暖化対策は、S(Safety)+3E(Environment,Economic  Efficiency,Energy  Security)のバランスが大切と言われてきたが、環境(Environment)に軸足が乗っていた。

 厳しい冬を迎え、欧州はエネルギーセキュリティーに重点を移した。

 

金融の功罪

 金融の役割は産業の潤滑油である資金供給であるが、「ダイベストメント」(特定産業の資金剥がし)の旗が振られている。

 英国イングランド銀行前総裁のマーク・カーニー氏の提唱で2021年に発足したGFANZ(温暖化ガスネットゼロを目指す金融同盟)は、化石燃料への投融資を厳格化する。

 CO2排出が多い石炭等の化石燃料を一刻も早く全廃すべきと考え、化石燃料資源を保有すると無価値な座礁資産になると主張する。GFANZ参加の金融機関は、石炭をはじめ化石燃料の資源開発に投融資しない。

 その結果、化石燃料の資源開発は抑制され、今回のエネルギー危機に石炭、LNGの供給が追いつかなかった。

 さらに、株主総会においても、環境団体が株主提案で企業に圧力をかけている。

 2022年6月のわが国の株主総会で、気候ネットワーク等の環境NGOは、Jパワーなどに気候変動対応に定款変更する株主提案を行った。(これは否決されたが)

 金融は神様の役割を担うのか。

 

時間軸をどう捉えるか

 世界は、温暖化対策よりもエネルギー確保に走り出している。

 しかし、スウェーデンの少女グレタ・トォンベリさんから「大人は恥を知れ」と言われ、新聞でも「気候危機」と煽られる我々にとって、カーボンニュートラルは大丈夫か。

 2度目標は今世紀末までに実現したいと言われていた。ところが、COP26で1・5度とより厳しい目標が合意され、2050年カーボンニュートラルと前倒しになった。

 これは実現可能なのか。

 エネルギー供給面では、原子力、水力、風力、太陽光、地熱、化石燃料と様々な代替手段があり、コストが安くCO2原単位の少ない電源を選択できる。

 需要面の鉄鋼、化学、セメントなどの製造は化学反応であり、現状プロセスを脱炭素化する代替技術は未だ確立していない。

 鉄鋼では、炭素に替えて水素を還元剤とする技術革新を行うとともに、実用化に向けて水素を大量かつ安価に調達できるインフラ整備が必要だ。

 しかも、水素還元した製品は、従来品と同等であり、膨大な研究投資に見合った製品価格を消費者が払う保証はない。

 CO2を垂れ流す製造国の「悪貨が良貨を駆逐する」かも知れない。

 

日本の立ち位置:多様性を

 温暖化先進国EUと比べて「日本は遅れている」と言われてきた。

 「今すぐ再エネ100%を目指せ」と言われても、英国や北ドイツは偏西風が年中吹くが、我が国の風力発電適地は少ない。(2022年冬に英国で風が止まり、ウクライナ侵略以前にエネルギー危機は始まっていた)

 太陽光も、わが国は国土面積あたりの太陽光設備はドイツを抜いて既に世界一位である。(メガソーラーについて、土石流等の環境被害を危惧する自治体も増えている)

 「再エネ100%」には、太陽が陰ったり風が止まった時のバックアップ電源が必要となる。(揚水発電や火力発電が待機する)

 欧州は各国間に電気やガスの融通ネットワーク網があるが、わが国は孤立した島国であり、エネルギーセキュリティーは自ら確保しなければならない。

 「再エネ一本槍」と一つのエネルギーに決め打ちするのではなく、多様なエネルギーが必要である。

 

 

図:CO2が増えるアジアがカギ
図:CO2が増えるアジアがカギ

 

日本の立ち位置:地球レベルの主導を

 地球温暖化対策は、世界の国々が手を携えて実施する性格のものである。

 京都議定書(1997年)は先進国のみの責任であったが、パリ協定(2015年)は発展途上国も含めた地球レベルの努力を謳った。

 今後の主役は、成長する発展途上国が、エネルギーを活用しつつカーボンニュートラルを実現することが大切だ。(図:CO2が増えるアジアがカギ)

 COP26で、石炭廃止を迫られたインド、中国は、「いまだ電気の通わない国民のために国内資源の石炭火力は止められない」と反旗を翻した。

 世界人口の8割を占める発展途上国にとって、エネルギー確保は成長にとって不可欠である。

 日本は、世界のわずか3%のCO2排出国であり、自虐的に「反成長」を目指す必要はない。むしろ、世界をリードする省エネ技術を移転し、発展途上国の温暖化対策に貢献すべきだ。

 来年はG7の議長国であり、かつて後進国であった経験からも、発展途上国の代弁者としての発信が期待される。

 

建前論脱却を目指して

 2030年46%削減は、官民で積み上げた26%を根拠なく上乗せした目標である。(週刊「世界と日本」昨年10月18日号に掲載)

 辻褄合わせとして、鉄鋼は1億トンから9000万トンと規模縮小させるなど、成長しない産業構造を前提としている。

 円安の下で貿易収支が悪化し、購買力が低下した衰退国家で良いのか。

 企業は国際競争に打ち勝つ成長戦略を自ら構築するとともに、国家もこれを支える産業政策でサポートすべきだ。

 1980年代、「日本の産業政策を非難していた」米国がグリーン産業政策を打ち出し、EU、中国も産業競争力強化を最優先している。

 

最後に

 ドイツのロシア天然ガス依存は、ロシアのウクライナ侵略で非難されている。

 戦後の冷戦下において、NATOは、強力なソ連地上戦車隊の西欧侵略を阻止すべく、ドイツを戦場にして核兵器で防衛する戦略を持っていた。

 西ドイツのブラント首相の東方外交は、ソ連と西ドイツをガスパイプラインで直結し、緊密な経済協力により自国の安全を確保するとともに、LNGと比べて安価な天然ガスを活用したドイツ産業競争力強化であったことを忘れてはならない。

 

 


2022年8月15日号 週刊「世界と日本」第2227号 より

《こやま けん》

1986年早稲田大学大学院修士修了後、日本エネルギー経済研究所入所、2001年英ダンディ大学にて博士号取得。政府のエネルギー関連審議会委員、国連のアドバイザーなども歴任。13年から東京大公共政策大学院客員教授。17年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授を兼務。近著に『激震走る国際エネルギー情勢』(エネルギーフォーラム)など多数。

 

ウクライナ危機下の原油・天然ガス市場展望

 

日本エネルギー経済研究所 

専務理事・首席研究員 小山 堅 

 

1.高騰する原油価格

 原油価格は、2020年前半にコロナ禍の影響で大暴落したがその後回復し2021年後半には一気に上昇、同年10月には1バレル80ドルを突破した。その後原油価格をさらに押し上げたのがウクライナ危機である。

 ロシアの軍事侵攻開始で原油価格は急騰、100ドルを超え、2022年3月初に米国がロシア産エネルギーの禁輸を発表すると原油価格は瞬間風速で130ドルを突破した。ただし、ロシア産エネルギー輸入がほとんどない米国の禁輸は影響が限定されることから、市場は冷静さを取り戻し、原油価格は100ドル前後の推移に戻った。次にロシア石油を大量輸入する欧州の動向が注目される中、5月4日にEUが2022年内のロシア産石油輸入停止の方針を提案、5月30日にはパイプライン輸入を除外して禁輸に合意した。EU禁輸を受けてロシア産石油への供給不安が高まり、原油価格は6月に入って120ドル台に上昇した。しかしその後は世界経済不安による石油需要減少が懸念され、米国原油価格は8月4日に90ドルを割り込んだ。他方、G7が検討するロシア産石油の価格上限制度導入に対するロシアの反応やEUによるロシア産石油を輸送する船舶への保険付保制限などの影響も不明であり、今後のロシアの供給については大きな不確実性がある。これらの動向次第で原油価格は大きく変動する。

 

2.欧州ガス価格は原油以上の暴騰

 ロシアのガス輸出は世界シェア25%を有し、その過半は欧州向けである。万一、ロシアのガス供給に大きな支障が発生すれば市場は大混乱に陥る。その不安から原油が130ドルを突破した3月初には、欧州天然ガス価格は100万BTU(英国熱量単位)当たり70ドル超(原油換算400ドル超)の暴騰となった。原油と同様、この超高価格から、市場は落ち着きを取り戻し、欧州ガス価格は同30ドル程度まで戻したが、6月に入ってロシアが欧州向けガス供給を停止・大幅削減する動きが続き、主力のノルドストリーム1パイプラインでの供給が大幅削減(7月11日からは停止)したことでガス価格は再び大きく上昇、同50ドル超となった。この状況下、欧州では、今冬にガス不足が発生するとの懸念が高まっている。連動してアジアのスポットLNG価格も大きく高騰した。

 6月30日、ロシアはサハリン2について、新事業主体を設立し運営移管する方針を発表した。この動きで日本企業の重要な権益が脅かされ、同時にサハリン2からの供給を主体とした約600万トンのロシア産LNG供給に対する不安感が高まる事態となった。今後のロシアの動きは、天然ガス・LNG市場でのさらなる価格高騰を招きかねないものである。

 

3.当面の原油および欧州天然ガス価格展望

 現在から2023年にかけての短期市場展望を行う際に重要なのはウクライナ危機下でのロシアのエネルギー輸出の将来である。世界経済、サウジアラビア増産、米国シェールオイル・ガス増産、主要産油・産ガス国での供給支障発生等、様々な要因が影響を及ぼすが、将来展望の基軸となるのはロシアのエネルギー輸出の将来である。

 第1のシナリオは、ウクライナを巡る地政学リスクは存在し続けるが、ロシアのエネルギー供給に大規模な途絶や支障が一気に発生することはなく、現在までの展開が継続するというものであり、これが基準シナリオとなる。その場合、原油価格は100ドルを中心として、供給不安や世界経済不安の影響でプラスマイナス20ドル程度の推移となる。天然ガスは、欧州市場で100万BTU当たり30〜40ドル(原油換算200ドル弱から200ドル台前半程度)が変動の中心で、そこからプラスマイナス10ドル程度の振れ幅となる。アジアのスポットLNG価格は欧州ガス価格に連動する(以下同様)。

 第2のシナリオは、ロシアの供給に相当規模の途絶・支障が一気に発生し市場が大きく不安定化するというものである。この場合、原油も天然ガスも、史上最高値を更新して一気に急騰する。ただし原油価格については、史上最高値を超える局面でサウジアラビアなどが余剰生産能力を活用して増産し、IEAも協調備蓄放出に打って出る。従って一気に最高値となった後、価格は抑制される方向に向かう。ただし、120ドル超の高価格が相当期間続く。より深刻なのは欧州ガス価格である。ロシアの供給途絶を補填する余剰生産能力が市場に存在せず、LNG備蓄も限定的であるため、ロシア供給減の分だけ世界の供給全体が縮小し、その中で消費国の獲得競争が激化する。そのため、史上最高値(100万BTU当たり70ドル、原油換算400ドル超)を上回る高値が相当期間持続する展開となる。

 第3のシナリオは、ウクライナ危機そのものが収束の方向に向かう、あるいは停戦が実現し、エネルギー輸出に波乱は発生しない、というものである。この場合、原油価格も欧州ガス価格も現在よりは大きく下がる。ただし、停戦が実現したからと言って、エネルギー需給そのものが改善するわけではない。従って、価格は下がっても、ウクライナ危機深刻化の前段階にまで戻る、というイメージであり、原油価格で70〜80ドル、欧州天然ガス価格で100万BTU当たり20ドルが変動の中心になる。

 ロシアのエネルギー輸出次第で上述のように将来シナリオが分かれるが、現在のエネルギー市場では、世界経済動向の影響も注目されている。エネルギー高騰などによるインフレ高進への対策として欧米で実施されつつある利上げ政策が世界経済を減速させ、インフレと景気後退が同時進行するスタグフレーションへの懸念も高まっている。世界経済が大きく減速すれば、原油も天然ガスも価格が強く下押しされる可能性は十分にある。

 ロシアのエネルギー輸出大幅低下の可能性が眼前にあると同時に、世界経済悪化とその影響も見逃せない状況となっている。これら要因の影響下で原油も天然ガスも価格は極めて不安定でボラティリティの高い状況が当面は続こう。今後の展開は要注意である。

 

 


2022年5月23日号 週刊「世界と日本」第2221号 より

《さわだ てつお》

1957年兵庫県生まれ。京都大学理学部物理学科卒業後、三菱総合研究所に入社。ドイツ・カールスルーエ研究所客員研究員、東京工業大学助教(工学博士)などを得て、22年から現職。中・高校生向け講座も多く開催。専門は原子核工学、核融合システム安全など。

 

ゼロカーボンエネルギー社会のプラットフォーム
 ―岸田首相は再稼働を加速せよ―

 

元東京工業大学助教 エネルギーサイエンティスト 澤田 哲生 氏

 

脱原発委員会健全なり

 私は2012年の発足当時から、わが国の原子力規制委員会は“脱原発”委員会であるとその根拠を示しながら主張してきた。

 設置から10年、いよいよそのことが明々白々になってきた。なぜなら、原発新設の具体的な企画はいまだに姿を表していない。新設がなければわが国の各原子力発電所はその設置から原則40年を経れば廃炉になる。

 先ごろ初代原子力規制委員長の田中俊一氏は、放射線安全フォーラムの会合で講演し、日本の原子力発電は現下の新規制基準のもとで適合したものの範囲のみで運用し、小型モジュラー炉(SMR)などの新型原子炉の新設への動きを厳しく牽制した。

 田中氏は、委員長を退いた後も現委員長の更田豊志氏などを含む私的勉強会などを通じて、隠然たる影響力を遺憾なく発揮しているのである。このような仕掛けによって、“田中イズム”が今なお原発新設を阻むくびきとなっている。田中イズムの真髄は、原発ゼロ、核燃料サイクルの廃止である。そしてそれに代替する案を提案する気はさらさらない。無責任極まりないのである。

 現行の規制態勢(制度と人)を刷新しない限りは、この国は原発の緩やかな死に向かって邁進し続ける。

 ロシアのウクライナ侵攻で化石燃料市場は逼迫し各国の奪い合いになり価格は高騰している。この状態はこの先少なく見積もっても10年は続く。なぜなら産油国などが燃料増産に舵を切ったとしても、資金調達と設備の増設には10年レンジのタイムラグがあるからである。

 このような状況を生み出した底流には、『化石燃料への依存はグリーンタクソノミー、ESG投資の観点から“悪”である』とする価値観がある。今次の戦争はそのことを際立たせたにすぎない。

 日本は、天然ガス火力、石炭火力に併せて70%以上の電源を依存している。そのような中で救世主となるのは原子力発電なのだが、目の前にある柏崎・刈羽原子力発電などは適合性審査に受かったもののうんともすんとも言わない。その状況の根源を原子力行政に仕込んだのが田中俊一氏である。それは、氏が13年4月に発出した通称“田中私案”にある。この私案によって、全国の原発は有無を言わせず一斉に停止に追い込まれた。そして新規制基準の下での適合性審査という長い険しい道に全ての原発が追い込まれた。当時田中氏はメディアの質問に答えて審査期間を6カ月程度と言い放った。しかし、これは大いなるまやかしであった。この発言から10年経っても審査中のままで適合認可を得ていない原発があることを忘れてはならない。

 

世界の趨勢に取り残される日本

 欧州はEUタクソノミーで原発がグリーン認定された。その結果、2月にフランスのマクロン大統領は最大14基の大型原発を新設すると発表した。マクロン氏が大統領に再選されたことでこの施策は加速すること必定。フランスの電源構成は、原子力67%、自然エネルギー24%、火力9%である。欧州の大国の中では電源部門の脱炭素の達成に最も近い。

 新設される原子力発電は、天然ガスの価格高騰および電気料金の上昇の対策にあると同時に脱炭素を加速するという効能がある。そして、ドイツなどの近隣諸国への輸出に振り向けられる。ドイツは22年中に残る3基の原発を閉鎖するとしているが、ウクライナ情勢によってその方針は大きく揺らいでいる。ただしドイツは自国で原子力発電を廃止したとしても、隣国から買ってくれば良いわけでこれでは脱原発を達成したとは言えない。

 イギリス政府は、4月上旬、今後最大8基の原発を新設すると発表した。50年までに電源の25%を原子力で賄う計画だ(現在は20%程度)。また約40%を天然ガス火力に依存しており、ロシアのウクライナ侵攻で高騰した化石燃料価格に対抗する意図がある。

 欧州以外では、中国、インドなどは従来通り意欲的に原子力発電を増設しているし、米国ではナトリウム冷却高速炉や高温ガス炉を28年までに建造するとしている。

 このように世界の趨勢は原子力発電の増強に向かって動いている。

 

日本の原発はなぜ動かないのか

 22年4月時点で、再稼動状態にある原子炉はわずかに10基、審査は通過したが稼働していないものが7基、審査中が10基、審査にもかかっていないものが9基もある。昨年度の原発が実質的に稼ぎ出した電力は、総需要のわずかに4%であった。

 審査は通過したがいまだに稼働していない原発が7基もある。これは異常なことである。その7基には東海第二の1基と、柏崎刈羽6、7号機が含まれる。なぜ稼働しないのか?典型的に2つの理由がある。1つには、原発から半径30㎞(3.11以前は5㎞)に広がった避難対象区域の周辺自治体が稼働に難色を示していること。もう1つは、事業者自身の問題がある。事業者のガバナンスに対する懐疑があり、それは事業者自らがなかなか解決し得ない側面がある。

どちらも政治の出番なのである。

 萩生田光一経産相は3月11日の閣議後の会見で、再稼働に向けて「国も前面に立って、関係自治体の理解が得られるようしっかりと粘り強く取り組んでいく決意だ」と表明した。

 

岸田総理は再稼働を加速せよ

 しかし、避難を含む原子力防災は原子力防災担当大臣の所掌である。要するに総理大臣が意を決しないと前には進まない問題である。

 しかしながら、このような状況に応えるべき岸田文雄総理大臣の動きは極めて鈍いままなのである。不思議というほかない。

 電力の自由化とウクライナ危機による化石燃料の逼迫・高騰は電気料金の値上がりのみならず広域停電の危機をもたらす。

 原発の再稼働、ひいては新増設がこのまま進まなければ、日本はこの先長きにわたって常に電力不足と広域停電の危機と隣り合わせの状況に置かれる。生活と産業の血である電力の欠乏は私たちの生活レベルを落とし、産業を衰退させていく。それは国家が衰亡していく事を意味する。

 このままでは過去30年の沈滞がこの先も10年どころか延々と続いていく。

 この国を衰退から救い、かつ脱炭素を実現するために原子力発電は欠くことのできないエネルギープラットフォームなのである。

 今こそ岸田総理の決断の時であり、政権の総力をもってまずは原子力発電の再稼働のスピードアップ、そして新増設に叡智と胆力を持って取り組むべきではないのか。

 

 


2022年1月14日号 週刊「世界と日本」第2213号 より

《さわだ てつお》

1957年兵庫県生まれ。京都大学理学部物理学科卒業後、三菱総合研究所に入社。ドイツ・カールスルーエ研究所客員研究員などを得て、91年から現職。中・高校生向け講座も多く開催。専門は原子核工学、核融合システム安全など。著書は『御用学者と呼ばれて』など多数。

 

デジタル化の進展に向けた
 安定的な電力供給体制の構築

 

東京工業大学助教 工学博士 澤田 哲生 氏

 

 自民党の麻生太郎副総裁は2021年12月18日、福岡市で講演した。そのなかで、日本のエネルギー政策に関し、太陽光や風力など自然エネルギーによる発電は高コストだと指摘。その上で「残るところは何かと言えば、短期的には原子力発電に頼る以外に方法がない」と述べ、当面は原発が不可欠だとの認識を示した。

 しかし、この見識は甘い。急速に進む太陽光パネルの敷設にはすでに大量の外資が入り、自然エネルギーをブリッジにして、日本の国土が事実上外資に蝕まれている状態である。さらに、太陽光や風力といった自然エネルギーは日本国内の電力需要を満たすにはあまりにも広大な土地を必要とする。そのことはコストをさらに引き上げる要因になる。海外の低コストの自然エネルギー電力を導入するというアジアスーパーグリッド構想もあるが、それはエネルギー安全保障の観点から決してあってはならないことである。

 これに先立つ2021年12月14日、トヨタ自動車は、電気自動車(EV)の世界販売台数を2030年に350万台とする目標を発表した。これまでEVシフトに消極的とみられていたトヨタが大きく舵を取った形である。

 従来型の内燃機関を主軸とした自動車とEVとでは、据置電話とスマホほどの違いがある。EVは完全にデジタル化されていて、それ自体が巨大なネットワークに埋め込まれていて、ビッグデータやAIの端末になっている。

 このように自動車のみならず、世の中はデジタルトランスフォーメーション(DX)に向かって急激に進化しようとしている。

 DXの中核を担うのは、EVのみならずモノやシステムのインターネットであるIoT(Internet of Things)/IoS(Internet of Systems)、AI/Singularityなどなど。シンギュラリティ(Singularity)は特異点の意味で、DXの世界ではAIが私たち人類を知能的にも身体的にも凌駕(りょうが)して、私たちの生活は一変するという。

 シンギュラリティーの前段階であるプレシンギュラリティーは2029年にも訪れるというという予測がある。私たちは、狩猟・農耕・工業・情報社会を経て、DXを核にした第5の社会“Society5.0”に向かっている。

 Society5.0はオール電化の世界でもある。

 日本はいま少子高齢化がどんどんと進んでいる。すると将来は人口が減少するので、日本の総消費電力が減っていくという認識が何となく共有されている。

 しかし、それは大きな誤算である。例えば、高速道路などでEVが急速充電(大型バッテリー90kWh)を行えば、EV1台の急速充電に20〜30分程度かかるとして、一時的ではあるがそこに約30世帯程度の需要家が出現することになる(4人世帯の夏場の昼間の使用電力を1時間あたり1・4kWとして計算)。日本の乗用車(二輪、軽、トラック、バスは含まない)の保有数は約4000万台である。単純計算で、その10分の1、つまり400万台が、ほぼ同じ時間帯に急速充電すれば、一時的に1200万世帯分相当の電力が必要になる。2030年にはガソリン車がゼロになると喜んでいる場合ではない。ガソリンに代替する大量の電気需要を満たす発電装置が必要になってくる。しかも、それは二酸化炭素を排出しない電源でなければ意味がない。

 原発ゼロに化石燃料火力も無くしていくと言う政治家がいる。EV需要などはDX時代の氷山の一角に過ぎない。

 脱炭素ネットゼロの世界は、家庭で言えばオール電化である。都市ガスで調理する時代は終わりになる。しかし、それも氷山の一角である。DX時代の産業全てがネットゼロに向かうとすれば、私たちの目に見えないところで『富岳』のようなスーパーコンピュータが日本中で多数昼夜を問わず懸命の稼働を続けることになる。

 科学技術振興機構低炭素社会戦略戦センターは、2030年のIT関連だけでもその電力消費量が、1480TWh/年(2016年のIT関連消費電力は41TWh)になるという予測値を報告している。これを全て太陽光発電でまかなおうとすると、東京ドーム約25万個分の設置面積が必要になる。これを各都道府県に割り当てれば、5000個となる。笑えないジョークという他ない。大型原発ならば150基程度でまかなえる。

 不安定で変動し、給電指令に応えられず、広大な土地を要する再エネではDX時代を乗り切れない。脱炭素を目指し、同時に急速な電力需要に応えるには原発に頼らざるを得ないのが現実である。

 岸田総理は、政権発足直後の2021年10月11日午後の国会で、原子力施策については「国民の信頼回復に努め、原子力規制委員会が新規制基準に適合すると認めた原子力発電所については地元の理解を得ながら再稼働を進めていくことが重要だ」と述べた。

 しかし、再稼働だけではとても間に合わない。岸田政権は、“原子力発電所の新増設とリプレース”に直ちに舵を切るべきであり、3年後をめどに改定される第7次エネルギー基本計画にはそのことが明記されなければならない。

 最近日立がカナダなどと協力してSMRの建造に乗り出すことが伝えられた。しかしそんな程度ののろまな“牛の歩み”では、DX時代にわが国は大きく出遅れてしまうことは確実である。

 デジタル化の進展向けた安定的な電力供給体制を大型原子力発電所の新増設を軸に再構築することが急務である。

 


2021年10月18日号 週刊「世界と日本」第2207号 より

《こたに かつひこ》

74年東京大学卒業後、新日本製鐵(現・日本製鉄)入社。84年コーネル大学(MBA)。2001年同社環境部長、05年中国総代表・北京事務所長を経て、09年日鉄住金建材(現・日鉄建材)専務取締役。あしなが育英会監事。16年から現職。

 

2050年カーボンニュートラルに向けて

-産業競争力の視点から-

 

国際環境経済研究所 理事長 小谷 勝彦 氏

 

ビジョンとしての「2050年カーボンニュートラル」

 

 昨年10月、菅前首相は「2050年カーボンニュートラルを目指す」と表明した。

 これを受けて、産業界は革新技術によるグリーンイノベーションに挑戦している。

 エネルギー供給面では、再生エネルギーや原子力に加え、水素・アンモニア火力、化石火力+CCUS、需要面でも、運輸の電動化に取り組む。

 製造業では、鉄鉱石の還元にコークスを使う鉄鋼、炭酸カルシウムが原料のセメント、ナフサ原料の石油化学など、確立した製造プロセスで脱炭素の「代替性」が難しい「非エネルギー分野」がある。

 鉄鋼業においては、カーボンに代わる水素還元が期待されるが、この技術は世界でも未確立であるとともに、CO2フリー水素の大量・安価な供給が必要だ。

 2050年カーボンニュートラルは、到達点の見えないビジョンである。

 

2030年46%目標の唐突感

 「我が国は2030年度において、温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指す」と菅前首相が4月に宣言した。

 従来の2030年目標は2013年比26%削減であり、エネルギー構成、産業界のコミットに基づき、各企業は技術開発・設備投資を実行しており、わが国の進捗は先進国に引けを取らない。(表1)

 今回、それが唐突に上乗せされた。

 「くっきりとした姿が見えているわけではないけど、おぼろげながら浮かんできたんです『46』という数字が。シルエットが浮かんできたんです」と小泉前環境大臣が語るように実現の裏付けはない。

 (4/23TBS)

 EUは1990年比55%削減を目標とし、米国も2005年比50〜52%の削減を掲げたが、共和党政権になれば、再びパリ協定から脱退する可能性は高い。

 中・印等の発展途上国は、自国の経済成長のために2030年深掘りの言質を与えない。G7合計(世界の28%)になる中国が削減しないと、シェア3%の日本がいくら張り切っても効果がない。

(表2)「地球温暖化対策計画」
(表2)「地球温暖化対策計画」

 政府は「2030年エネルギー基本計画」において、従来22—24%の再生可能エネルギーを36—38%と現状18%(水力を除くと7%)の倍増で辻褄合わせするが、太陽光は、既にドイツを抜いて「平地面積当たり世界一」であり、防災や景観面で自治体や住民の反発が強い。何より、日本の太陽光パネルは競争力を失い、ウイグル人権が問題視される中国製品に頼らねばならぬ。

 原発稼働が進まず、石炭・天然ガス火力は削減するが、太陽光のバックアップ電源不足のブラックアウトを懸念する。

 2050年のグリーンイノベーションの1つである洋上風力も2030年には間に合わない。

 「地球温暖化対策計画」で、産業部門は国内生産縮小等により7%から37%へ、家庭部門は39%から66%削減へ上乗せした(表2)が、国民が「何をするのか」具体的に示されない。

 

EUの深慮遠謀

 

 「遅れていた日本がEUに追いついた」と高揚する人もいるが、本当に良いことか?

 EUグリーン戦略は、金融面でも石炭悪者論を唱え、石油、天然ガスの化石燃料にまでダイベストを主張する。

 1997年の京都議定書時、EUはベルリンの壁崩壊直後の1990年を基準年としたが、東独の旧式設備を廃止し温暖化ガスの大幅削減を達成していたドイツ、北海油田開発による石炭公社の廃止で目途がついた英国の実績等、勝算があった。

 欧州各国は電力系統網が張り巡らされ、ドイツが脱原発を言ってもフランスから原子力の電気を調達できるし、ロシアとはガスパイプラインが直結している。

 これと比べて、わが国は孤立した島国であり、エネルギー安全保障は自らの責任で構築しなければならない。既に中国との天然ガス争奪戦が始まっている。

 

産業競争時代を勝ち抜くために

 

 日本経済は、GDPの3割のグローバル企業が、輸出や海外生産で外貨を稼ぎ食料や原燃料の輸入を賄っている。

 EUは、日本自動車の競争力あるHV技術を排除するなど、グリーンの名を借りた産業競争を仕掛けている。経済の屋台骨を支えてきた「モノ作り産業」が競争力を失うことなくカーボンニュートラルを実現するには、「国家として腰を据えた産業政策」が求められる。

 切り札となるグリーンイノベーションだが、サンシャイン計画で産官学挙げて開発した太陽光発電技術が、コモデティー段階で低価格の中国勢に席巻された轍を踏んではならない。

 再エネ推進の補助金として、再エネ電力固定価格買取制度(FIT)が設けられている。2012年参入者は高価格(40円/kwh、現在入札は10円台に下がっている)で20年固定買取という「濡れ手に泡」になっており、累積数十兆円のFIT賦課金は国民が負担している。これは電力炭素税に他ならない。

 わが国は、エネルギー諸税、温暖化対策税さらにFIT賦課金等が電気料金にかかっており、今後、再生可能エネルギー大量導入が実現すると、今でも世界最高水準の電気料金が更に高騰すると予想される。

 その結果、産業が国際競争力を失えば、労働者の賃金切り下げにとどまらず、国内撤退に追い込まれれば地域の雇用も失われる。

 われわれは、カーボンニュートラルという「坂の上の雲」を仰ぎ見、長く険しい道のスタートを切ったばかりだ。

 11世紀末から200年間、バチカンが掲げる「聖地エルサレム奪回」という宗教的熱狂の十字軍遠征のさなか、国益の観点から、敵サラセンとも交易を続けたべネチア共和国の「したたかさ」を今こそ学ばねばならない。(「海の都の物語」塩野七生・著)

 


最新エネルギー情報お役立ちリンク集

電気事業連合会 http://www.fepc.or.jp/

同サイト内情報ライブラリー http://www.fepc.or.jp/library/index.html 

電事連チャンネル http://fepcvcms.primestage.net/

・学校教材としても使える動画が豊富。
・海外のエネルギー事例もわかる。
・これからのエネルギーについて知ることができる。

日本ガス協会 http://www.gas.or.jp/

ガスエネルギー新聞 http://www.gas-enenews.co.jp/

経済産業省 http://www.meti.go.jp/
資源エネルギー庁 http://www.enecho.meti.go.jp/
エネルギー・環境政策一覧(経済産業省内)

 http://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/index.html
総合資源エネルギー調査会等審議会

 http://www.enecho.meti.go.jp/info/committee/index.htm

首相官邸災害対策ページ http://www.kantei.go.jp/saigai/

一般社団法人 日本経済団体連合会 http://www.keidanren.or.jp/

経済産業省関連リンク http://www.meti.go.jp/network/data/b300001j.html

NPO法人 国際環境経済研究所(International Environment and Economy Institute) http://ieei.or.jp/

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