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2026年の政治、世界経済は波乱が続きます。それでも日本は景気拡大持続へ。それぞれの専門分野で、深く丁寧に将来を見通します。

2026年4月6日号 週刊「世界と日本」2312号 より

 

『地経学で世界を読む』

 

一橋大学大学院

社会学研究科 教授

福富 満久 氏

ふくとみ みつひさ

英国王立地理学会フェロー。早稲田大学政治経済学部卒、2009年パリ政治学院Ph.D.(国際関係学)、2010 年早稲田大学博士(政治学)。ロンドン大学キングス・カレッジ戦争学研究科シニア・リサーチフェロー、防衛大論文審査委員等を務める。主な著書に『国際正義論』(東信堂、岡倉天心記念賞受賞)、『国際平和論』(岩波書店)、『地経学の解剖図鑑』(エクスナレッジ)など。

 2026年2月13日から15日にかけて、ドイツ・ミュンヘンで第62回ミュンヘン安全保障会議(MSC2026)が開催され、世界各国の首脳や閣僚級の要人が多数出席し不確実性を増す国際秩序と進行中の紛争について議論した。会議では欧州の戦略的自立と米国との連携、ウクライナ情勢、そして戦後秩序のあり方が焦点となった。日本からは茂木外務大臣が出席し、会議の合間にはG7外相会合も行われた。

 ドイツのメルツ首相は、開会にあたり、私たちは大国政治の時代に生きており、世界秩序は過去のものであり、我々の自由も保証されていないのだと述べた。フランスのマクロン大統領もこれに同調し、旧来の欧州安全保障構造は崩れ、欧州は戦争に備える覚悟が必要だと語った。

 世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツ創設者のレイ・ダリオは、現状を1933年になぞらえる。ミュンヘンでの指導者たちの発言に関し「世界秩序は崩壊した」と題してインスタグラムなどのSNSに投稿した。国際連盟が機能不全に陥り、各国が自国利益を優先した結果、相互不信と対抗が連鎖し、第二次世界大戦へと至った時代と今を重ねている。

 

 ダリオによると、過去500年の歴史を分析すると国家や帝国の興亡、および世界秩序の変化には一定の周期がある(「ビッグサイクル理論」)。こうした主張は、『経済大国興亡史』を描いたC.キンドルバーガーや、今や古典となった『大国の興亡』を執筆したP.ケネディ、『世界システム論』を唱えたE.ウォーラーステイン、『Gゼロ論』で一世を風靡したI.ブレマーなど多くの論者を惹きつけてきたテーマである。彼らのおおよその主張をまとめると、だいたいどれもある帝国や通貨が支配的地位を確立してから衰退するまで、通常80年?100年程度の大きなサイクルの中で「3つの局面」をたどる。優れた教育、技術革新、軍事力の強化により、生産性が向上し、貿易シェアが拡大する【上昇期 (Rise)】。次に通貨が「基軸通貨」となり、借金による過剰な消費や格差の拡大が始まる【絶頂期 (Top)】。最後に巨額の債務、国内の政治的対立、新興勢力との紛争により、既存の秩序が崩壊する【衰退期 (Decline)】である。

 

 興味深いのは、どの論者も国家の衰退の中心に経済(特にモノを造り出す力)を置いていることだ。

 特にウォーラーステインは、帝国が支配的優越性を実現するには、世界=経済における「覇権(ヘゲモニー)」を獲得することだと言い、①圧倒的な生産力、②圧倒的な流通力、③圧倒的な金融力が必要となり、そしてその結果として、④圧倒的な文化力(優秀な人材が集まる)を有することになると説明する。ここで注意すべきはヘゲモニー国家の優位性は、①、②、③の順で確立されていき、また失われる時も、同じ順で優位性が消滅していくと論じる。製造業が無くなれば経済が空洞化してしまい流通させる力も失われやがて金融の力も失われる。問題は、先に離陸した国家は人件費や福祉コストが上昇する。通貨は買われ、競争力を次第に失っていくのだ。

 こうした議論を踏まえるとトランプ米大統領が米国の座を揺るがそうとする中国に対し輸出規制を行うばかりか長年同盟国であった友好国にも関税を課したり、米国を食いものにする国は許さないと恫喝して、売りたければ国内で作れ、と言うのはあながち間違った主張ではないのだ。近年米国はIT革命によって覇権国を維持してきたが、それも後発国の研究・模倣により、追い立てられている。

 

 日本もかつて大国の誉高い時代があった。だが、時代が移り変わるにつれ、人件費などのコスト増や経済成長に伴う通貨高によって、注文や投資が安い近隣国に流れてしまった。中国が製造業によって世界を制したのは、日本の能力がなくなったわけではなく、また中国人が日本人より特に優れていたわけでもない。地経学的マクロ構造によってそうなったのだ。

 今AI時代が到来して、フィジカルAIという製造業におけるロボティクスとAIの融合が注目され、日本企業に光が当たっている。半導体を想像する機械メーカーや半導体資材を供給する企業や製造された半導体チップの検査機械を販売する企業はどれも世界的な競争力を有しており、日本の技術が再評価されている。失われた30年と言われてきたが、ここにきて日本はチャンスが巡って来ている。国土は関係なく、細かいモノがモノを言う。ナノの力=半導体である。

 

 政府は3月10日、日本成長戦略会議を開催し、人工知能(AI)を搭載したロボットの世界シェア3割超を獲得し、米中に並ぶ第三極として、2040年に20兆円の市場獲得を目指すと表明した。AIロボットやデータセンターの需要を取り込み国内で生産する半導体の売上高は40年に40兆円まで増やす見込みである。船舶や防衛にも重点的に予算を配分するとした高市政権の経済のかじ取りは正しいものだと考える。日本は島国であり、貿易運搬に船舶を使う必要があるからである。

 日本は冷静になって、米国と中国の間という地経学的にも極めて有利な位置にあることを認識し、引き続き影響力を維持していくべきだと考える。貿易相手国として米国と中国は日本にとっていずれも上位1、2位である。米国と中国にとっても日本は最上位の位置を占める。

 

 国際政治理論では、国際秩序において最も安定的なのは二極構造だとされる。二極世界では主要国同士が直接対峙し、同盟国に過度に依存せず「対内的」能力で抑止を構築するため、計算が比較的容易で安定が保たれやすいからだ。冷戦期の米ソ対峙は相互確証破壊という緊張を孕みつつも、全体として大国間の直接戦争を回避し、戦死者数も限定的だった。その後の米国一極体制では、イラクやアフガニスタンでの戦争が発生し、短期間で冷戦期よりも多くの犠牲を生んだ。理論上は、中国が責任ある大国として台頭し、米国と直接衝突せずに安定した二極構造が形成されれば、より安全な国際環境が実現する可能性がある。

 日本は、対立の最前線に立つのではなく、両者を結ぶ「蝶番」としての役割を果たすことが肝要だ。日米同盟を基軸としつつ、中国との友好的対話と経済関係を維持し、地域の安定に資する調整者となることこそ、日本の繁栄の近道なのである。

 


2026年4月6日号 週刊「世界と日本」2312号 より

 

衆院選超圧勝後の高市首相の課題

 

中曽根・小泉・安倍を超えられるか

 

評論家

ノンフィクション作家

塩田 潮 氏

しおた うしお

1946年高知県生まれ。慶大法卒。雑誌編集者、月刊『文藝春秋』記者などを経て独立。『霞が関が震えた日』で講談社ノンフィクション賞受賞。『大いなる影法師』、『昭和の教祖 安岡正篤』、『日本国憲法をつくった男 宰相幣原喜重郎』、『憲法政戦』、『密談の戦後史』、『解剖 日本維新の会』、『大阪政治攻防50年』、『安全保障の戦後政治史』。近著に『戦後80年の取材証言―私が聞いた「歴史的瞬間」』など著書多数。

 高市早苗首相は3月19日に訪米し、ドナルド・トランプ大統領と首脳会談を行った。直前の16日、大統領が3月末の訪中計画を延期し、肩透かしを食らった感もあったが、首相は翌日の夕食会で、大統領を「最強のバディ(相棒)」と呼んだ。

 その言葉を聞いて思い出したのは、43年前の1982年11月登場の中曽根康弘元首相である。就任前、「天下を取ったら必ず人気が出るから、見ててごらん」と公言し、実際に高人気を得て「奇跡の内閣」といわれた。

 中曽根氏は83年1月に訪米して当時のロナルド・レーガン大統領と会談した後、招かれた朝食会で、「私のことをロンと呼んでほしい」と話しかける大統領に「私のこともヤスと」と応じる。「ロン・ヤス」を自身の政権の大きな武器とした。

 高市首相は同時代に「ロン・ヤス」と同方向の政策で知られたイギリスのマーガレット・サッチャー元首相を私淑する。その時代の中曽根首相をモデルに、「最強のバディ」との「ドナルド・サナエ」関係を今後の武器にしたいという計算か。

 

 振り返ると、昨年10月から今年2月8日の衆院選まで、高市氏の政権戦略は本人の狙いどおりの展開だった。

 日本維新の会との連立、「初の女性首相」による高支持率、早期解散・大勝と、結果は吉の連続である。

 自民党の獲得議席316は結党後、第1位だが、その前は86年の中曽根内閣の300、60年の池田勇人内閣と2005年の小泉純一郎内閣の296、12年の安倍晋三総裁の294がベスト4だった。高市首相は今、池田氏を除く約5年超の長期在任3首相の成功例から学ぶべき点は何か、と考えているではないか。

 中曽根氏からは高人気演出、「自民党をぶっ壊す」と叫んで郵政民営化を敢行した小泉氏からは自分流貫徹の生き方、安倍氏からは選挙必勝法だろう。

 

 自民党総裁として衆参選挙6連勝を遂げた安倍氏を、次の菅義偉首相時代の21年1月に取材した。「総選挙で負けなければ、政権は大丈夫」と安倍氏は笑いながら語った。高市氏はその安倍氏を政治の師と仰ぐ。「選挙必勝が政権維持の要諦」と早くから肝に銘じてきたと思われる。

 とはいえ、政権担当者としての採点は、政権の維持や在任期間の長さではない。古今東西、政治リーダーは時代の要求に応える政治を果敢に実行し、歴史的役割を果たしたときに高い評価を得る。

 それには正確な現状認識と国民のニーズの的確な把握が不可欠だが、時代の要求に応えるのは、現状に合わせて路線や手法を変えることではない。自分流の政策と姿勢が必要とされる時期にチャンスを手にしてそれを実行・実現できるかどうかにかかっている。

 高市首相は自身が必要とされる時期に出番をつかんだのか。今回の衆院選に表れた「左派・リベラル」勢力の凋落という潮流を予見し、「保守の政治による日本再生が時代の要請」という明確な認識に基づいて政権を担ったとすれば、「歴史に使われる政治指導者」となりうる。

 だが、現段階は、衆院選も含め、高市流の「見せる政治」で立ち上がりの関門をひとまず乗り切っただけだ。「結果を出す政治」は未知数である。掲げる挑戦目標は「責任ある積極財政」「消費税減税」「経済安全保障」「高市外交」「憲法改正」「皇室典範改正」「国家情報局創設」など数多い。

 

 第2期の安倍内閣で全期間、官房長官だった菅氏が当時、取材に応じ、「第1次内閣の失敗の教訓」の生かし方について、「1回目はあれもこれもやろうとした。第2期の内閣では、順番を決め、国民に丁寧に説明し、これなら大丈夫と見極めてから勝負するという感じです」と評した。

 国民との対話、状況の判断も重要だが、結果を出すには、各テーマの本質と構造の熟知・精通、内外の政治情勢の見定め、優先順位、提示するプランの構想力と実現力などが問われる。高市首相はその点が今後の課題で、識見、手腕、力量とも未確定だ。

 

 もう一つのポイントは政権基盤である。

 衆院選大勝で盤石との見方が圧倒的だが、油断は禁物だ。第一は党内事情である。

 高市首相は菅氏、石破茂氏に続く自民党で3人目の実質的無派閥首相だ。派閥解消期にその強みを生かして台頭したが、議員数拡大で派閥復活の気配もある。菅、石破の両氏の場合、最後に無派閥首相の致命的弱点が露見し、「派閥パワー」に屈して退場となった面があるが、同じ目に遭う危険性がある。

 第二は連立体制だ。今は自維連立だが、高市首相は一方で政策や路線で親和性がある国民民主党との協議方式も維持する。「自維」と「自国」の2枚のカードを操る構えだ。

 国民民主党の玉木雄一郎代表は、衆院選後の2月27日のインタビューで、「他党との提携なし」の独自方針に立って、「われわれとしては次の参院選をターゲットにする。そこで与党は過半数を取り戻せなければ、簡単に思ったとおりにできない」と唱えた。

 実際、28年の参院選まで、「参議院は少数与党」の状況だ。高市内閣が舵取りを一歩間違えば、政権の命取りとなる場合もある。

 

 勝負は次期参院選という玉木氏の予測は外れていない。27年9月の自民党総裁改選期も含め、参院選までの2年3カ月は、高市首相の交代や政権崩壊のケースは考えにくい。

 であれば、高市首相の行く手に立ちはだかる壁は次期参院選だ。

 中曽根型の高人気保持戦略、小泉型の自分流貫徹政治、安倍型の選挙必勝戦法をすべて視界に入れる。衆議院の議席維持と参議院での過半数回復の同時実現を図るため、中曽根時代の86年の実例を手本に、42年ぶりの衆参同日選を仕掛けるかもしれない。

 そのときの選挙の大義は何か。小泉時代の05年の郵政解散にヒントがある。参院選の後の憲法改正の国会発議・国民投票への挑戦を打ち出し、是非を問うという手もある。

 その前に高市首相が降板し、作戦が計画倒れに終わる可能性も小さくはないが。

 


2026年3月16日号 週刊「世界と日本」2311号 より

 

「新しい政治」への期待

 

―高市首相の覚悟を問う

 

産経新聞編集局編集長

田北 真樹子 氏

たきた まきこ

1970年、大分県生まれ。米シアトル大学卒業後、産経新聞入社。2000年から政治部。09年からニューデリー支局長。13年以降、「歴史戦」取材班で慰安婦問題などを取材。15年に政治部に戻り、首相官邸キャップを経て、月刊正論編集長。訳書に『毛沢東の兵、海へ行く』、共著に『日本がダメだと思っている人へ』。

 2月8日の衆院選で自民党が圧勝して以降、朝日新聞が張り切っている。連日、紙面で高市早苗政権がどれほど危険なのかという印象作りに忙しいのだ。

 2月18日朝刊の3面はそれがよくわかる紙面だった。同日招集された特別国会に関する記事には「首相が意欲を示す主な政策」が添えてあった。一覧にあったのは、▼安全保障関連3文書の改訂▼「国家情報局」の創設▼スパイ防止法制の検討▼憲法9条や緊急事態条項をめぐる改憲議論の加速▼男系男子による皇位継承を優先した皇室典範改正の議論▼旧姓の通称使用の法制化▼「日本国国章損壊罪」の制定―である。

 

 記事はこれらを「高市早苗首相の思い入れの強い法案」と表現する。待ったなしの政策ばかりで、首相の思い入れが強いことを歓迎したい。だが、案の定、SNS上では一部の反高市勢力が、「完全な軍事統制思考だ」などと反応している。

 この日の3面は、当該記事のほかに、トップに「武器輸出 歯止め不透明」、下部に連載「帝国の幻影 第5章」があったが、連載記事の見出しは「ジェノサイドの島 ナミビアは忘れない」だった。こうした記事と見出しが並ぶと、高市政権からは「不穏な空気」が漂っているような印象しかない。

 なお、ジェノサイドの見出しを取った連載記事だが、2月16日から21日の紙面を確認すると、3面に入ったのは18日だけだった。

 朝日新聞などは高市首相の掲げる政策を危険視するが、一連の政策が衆院選で高市首相率いる自民党を圧勝させた要因の1つであることは認識しておく必要がある。

 

 高市首相は1月19日の衆院解散表明の際の記者会見で、「国論を二分するような大胆な政策、改革にも、批判を恐れることなく果敢に挑戦していくためには、どうしても国民の皆様の信任も必要だ」と訴えた。朝日新聞が掲載した政策一覧はまさに「国論を二分するような政策」であり、朝日新聞などの抵抗があったがためにこれまでの政治も議論から逃げ続けてきた。

 戦後80年を経て、国内情勢や日本を取り巻く安全保障環境が激変する中で、多くの有権者は「もういい加減に結論を出してほしい」と感じている。そこに一石を投じようとしている高市首相。今回の衆院選で自民党に票を投じたのは、日本を大きく前に進めてほしい、経済や安全保障で他国に依存しなくても自国でなんとかやっていける国家になってほしいという願いの表れにほかならないのではないか。高市首相への「推し活」や「空気」だけが自民党を大勝させたとの指摘は説得力に欠ける。

 

 さて、圧勝した高市首相と自民党だが、言うまでもなく問われるのはこれからだ。政策実現である。有権者の審判は来年春の統一地方選、再来年夏の参院選で下されることになる。現在自民党は参院で日本維新の会と合わせた与党でも過半数割れの状態にある。しかも、再来年の参院選は2022年に大勝した議席の改選がかかる。昨年の参院選で大敗して議席数を減らしているだけに、次回参院選では相当な議席数の獲得が求められる。高市政権の実績は欠かせない。

 成果は高市政権のみならず、今後の日本の行く末にも大きく絡んでくる。将来の基盤整備・環境づくりの一環だ。その上で、高市政権が着実に政策を推進するために期待したいことがある。

 

 まず、高市政権、とりわけ高市首相は大事を成そうとしているだけに、応援団ではなく、率直に首相に意見具申でき、旺盛に議論を交わせる人たちの存在が必要である。そのためには、多くの人と直接対話してもらいたい。首相は人と話すよりもペーパーで物事を理解することを好むようだが、それでは首相が相手をある程度理解できても、相手側に首相のやりたいことの真意はわかってもらえない。真意を世に膾炙させるためにも理解者を増やす取組は必要だ。国際会議などに頻繁に出席するような学者たちとの接点を増やすことにも期待したい。彼ら、彼女らは是々非々で、しかも外国語で首相の真意を説明できる貴重な存在だからだ。

 また、自民党内だけでなく、メディアなどからも相当な抵抗にあうことが想定されるだけに仲間が必要だ。ただ、仲間が増えれば、いろいろな意見が入ってきて、配慮せざるを得なくなり、首相の思いを貫くことが難しくなるかもしれない。そこは、今回の総選挙にあたっては、多くの人に相談をせずに衆院解散を決めた高市首相なので、このまま孤高の姿勢を貫いてもらいたいと思うが、くれぐれも孤独にならないでもらいたい。

 

 高市首相には次の首相候補を育てることにも取り組んでほしい。政界、一寸先は闇だ。何が起こるかわからない。突然の退陣などに備え、首相の意思を継ぐ後継者が必要となる。後継者を育てることもリーダーの責任だし、危機管理でもある。そのためには、派閥とまではいかないとしても、次のリーダーを育てるために政策集団を活用すべきだ。首相は派閥とは距離を置いてきたが、頼りになる仲間は政策を通じて活動を共にし、理解しあい、増えていくものだ。そういう人たちが苦しい時に一緒に闘ってくれる。少々、異なる意見を言っても、その人たちを翻意させるほどの度量を見せてほしい。

 国内外の情勢が厳しい中、政治指導者には、自身によるかじ取りがこれからの日本の命運を握るとの認識が必須である。高市首相は20日の施政方針演説で「信以て義を行い、義以て命を成す」と述べたが、その通りだ。

 

 高市政権が掲げる政策がすべて実現すれば、たちまちすべてが好転するわけではない。だが、いまやらなければ、いつやるのか。課題の先延ばしはもういらない。今回の衆院選で圧勝した結果は、いまやるべきとの民意の力強い後押しに他ならないし、その期待を裏切れば、自民党だけでなく日本の政治に対して国民は信頼を失うだろうし、何よりも日本の停滞はさらに続きかねない。

 高市政権を礼賛するのはまだ早い。だが、貶めることよりも、やるべきことを是々非々で後押しする姿勢で見ていきたい。

 私欲を捨て、公共のために尽くすと明言した高市首相。邁進するのみだ。

 


2026年1月19日号 週刊「世界と日本」2308号 より

 

2026高市政権の経済政策

 

―財政問題を中心に―

 

元内閣官房参与

本田 悦朗 氏

ほんだ えつろう

1978年、東京大学法学部を卒業後、(旧)大蔵省に入省。2012年、静岡県立大学教授に就任。2012年から16年まで、内閣官房参与として安倍内閣の経済政策アドバイザーを務め、アベノミクスを推進した。その後、2019年まで駐スイス大使を務め、現在、国家基本問題研究所理事・企画委員、京都大学大学院客員教授などを務める。

 2025年10月21日、高市新政権が発足した。高市総理は、安倍元総理が実施したデフレ不況からの脱出を目的とするアベノミクスをモデルとしつつも、デフレ脱却後の状況変化に対応して持続的な経済成長を目指す、「サナエノミクス」を提唱した。そのビジョンは、「強い経済を実現する総合経済対策」として実を結んだ(11月21日閣議決定)。高市政権の経済対策の核心は、もう二度とデフレに戻らないことを確認した上で、当面の物価対策などにも配慮しながら、持続的な経済成長を実現することであり、対外的に有効な抑止力を持ち、国内でも様々な難局を乗り切れる強靱な経済を造り上げることである。財政の健全化は、持続的な経済成長の結果として国民が豊かになり、税収が伸びることによって実現できるのであり、「経済成長か財政健全化か」という二者択一の問い自体が意味を持たない。

 

官民連携

 

 先般、成立した補正予算は、総合経済対策の財源となる予算措置を講ずるものである。その核心は、官民協調融資によって、危機管理や成長を目指した強い経済の実現を図ることであり、17の分野が列挙されている。留意しなければならないのは、我が国経済は、あくまで市場経済をベースとしており、民間ができる分野は可能な限り民間に任せることが適当である。列挙されている分野では、コンテンツ産業や資産運用の支援などが該当する。これに対し、AI、半導体、創薬、量子技術などの分野は、投資の効果が直接対象となっている分野以外にも幅広く浸透していくものであり、また、造船業、航空機、食料・エネルギー自給率確保等は、我が国の安全保障に密接に関連するものなので、政府の関与が正当化される。いずれにしても、産業と政府の関係について、節度を持って協同していかなければならない。我が国は、社会主義経済ではない。単なる補助金の供与では成功は覚束ない。

 

アベノミクスからサナエノミクスへ

 

 アベノミクスでは、積極的な財政金融政策によって、凍り付いたデフレマインドを払拭し、需要を喚起してデフレ脱却に成功したが、持続的な成長へと導くためには、需要拡大は十分ではなかった。サナエノミクスの重要な課題は、アベノミクスでは不十分であった経済成長を実現することである。そのためには、経済の供給サイドも強化しなければならない。現在でも、デフレの後遺症は残っている。デフレで萎縮した経済を解き放ち、新しい分野、生産方法の開拓に挑戦する積極的なマインドが必要なのである。さもなければ、生産性が向上せず、国民生活は豊かにならないだけではなく、十分な外交・防衛力の裏付けのある、自立した誇りある国家を再構築できないからである。経済の回復過程では、円安傾向は追い風である。輸出企業を中心に円建てで利益を上げている企業が、賃金引き上げよりむしろ米国をはじめとする海外に再投資する例が多い。デフレ下では、日本の国内市場に魅力的な需要が乏しかったためである。まずは、国内市場で売れる商品を開発しなければならない。そうすれば、国内市場が活性化し、我が国に対する対内直接投資も増えるだろう。国内市場が活性化すれば、一層、人手不足となり、機械化投資が必要になると共に、働きやすい労働環境が整えば、アベノミクス時代に労働市場への参入が徐々に活発化してきた女性の労働時間も増えるだろう。そうなれば、労働生産性が高まり、賃金上昇が実現する。

 

責任ある積極財政

 

 高市総理は「責任ある積極財政」を旗印に掲げた。それには「経済を成長させるためには財政支出や減税を活用し、需要・供給両サイドの能力を向上させる必要があるが、その財源として国債を発行する場合でも、政府が特定の期限を設定した上で、プライマリー・バランス(PB)の黒字化を目標とすることは適切ではない」ということが含まれている。これは、通常、「財政規律の問題」と呼ばれるが、むしろ、「財政の持続可能性の問題」と呼ぶべきである。持続可能な財政運営のもとでは財政規律も保たれているからである。

 PBとは、「国・地方の経費が税収で賄われていること」である。税収が経費を賄えていない場合は、その不足分と既発債の利払い分の合計に相当する国債を発行しなければならないが、もし、名目経済成長による税収増が経費の不足分と利払い分よりも大きければ、PBは赤字でも財政は持続可能である。つまり、PB黒字化は財政の持続可能性の必要条件ではない。現在の状況は、PB自体はまだ赤字であるが、名目GDPの成長率が国債金利を上回っているので、財政の持続性は維持されている。これを「ドーマーの条件」という。あるいは、政府の債務残高の対名目GDP比率(債務比率)が時間と共に下方に収束している場合は、国債金利の増え方(分子)より経済成長率(分母)の方が大きいので、債務比率は下方に収束し、財政は持続可能ということができる。しかし、デフレの時や経済ショックの際には、ドーマー条件が満たされないことがあり、その場合、持続可能性は失われる。したがって、2%の物価安定目標を達成した後は、経済ショックに備えて、PBをバランス状態に近い状態に維持しておいた方が無難である。

 

給付付き税額控除

 

 財政にはもう一つの重要な機能がある。それは、格差を是正するための所得再分配機能である。高市総理は、格差是正のための「給付付き税額控除」を検討するとした。この制度は、所得が大きくなるにつれて控除額も拡大する「所得控除」に替えて、支払った消費税の一部や社会保障目的の諸控除を「税額控除」とし、税額から控除する。税額から控除仕切れなかった分は、課税当局から還付を受けるという制度であり、諸外国には実施例もある。この制度はどのような税制上の支援を税額控除とするかなど、課題が多いが、公正な制度として今後の検討に期待したい。

 2026年はデフレ経済からの脱却を確実なものとし、成長経済へと転換する重要な年となろう。

 


2026年1月19日号 週刊「世界と日本」2308号 より

 

南海トラフ地震発生と

 

東アジアの安全保障

 

関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 
京都大学名誉教授

河田 惠昭 氏

かわた よしあき

関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長、人と防災未来センター長。京都大学名誉教授。国連SASAKAWA防災賞、防災功労者内閣総理大臣表彰など受賞多数。瑞宝中綬章受章。日本自然災害学会および日本災害情報学会の会長を歴任。著書に『にげましょう』『津波災害(増補版)』『河田惠昭自叙伝』等

南トラ地震が起これば、単なる巨大被害にとどまらない

 

 筆者らは30年前に阪神・淡路大震災が起こった時、この地震は次の南海トラフ地震が活動期に入った証拠であると確信し、その後、首都直下地震も加えて、それらの防災・減災に的を定め、現在まで研究活動を継続してきた。その甲斐もあって、政府は、公式的にこれらを国難災害と認め、東日本大震災以降、被害想定作業をそれぞれについて2度実施し、国土強靭化政策を含め、防災対策を講じてきた。そして、令和6年能登半島地震をきっかけとして、高齢化に伴う災害関連死の激増への対処も試みている。その結果、令和6年10月に発足した石破茂政権は、防災庁を創設することを公約し、1年後に高市早苗政権に代わっても、令和8年11月に発足する予定である。このように記述すれば、南トラ地震などに対する防災・減災政策は順調に進んでいるように考えられるが、現実はそうではない。国難災害の発生は、国家安全保障上も重要な課題であるにもかかわらず、歴代政権はそれに気がついていない状況が続いている。要は、国難災害が起こった途端、それがきっかけとなってわが国は疲弊すると同時に、国防力も低下を余儀なくされるということである。その影響は、東アジア全域に広がることだ。

 

南トラ地震が発生すれば、自衛隊、警察、消防は全力を挙げて初動対応する必要がある

 

 2011年東日本大震災が発生した時、これらの機関は全力を挙げて救助・救援活動をした。米軍も『おともだち作戦』と称して協力した。多くの犠牲者は津波による溺死であり、これらの機関が被災地に到着した時には、人的被害の多くはすでに発生していた。そのため、初動対応は犠牲者の捜索が中心で、生存していた被災者救助はごくわずかといってよいだろう。東日本大震災の事前の誤算は、10㍍を超えるような大津波が来襲すると想定していなかったことである。事前の津波ハザードマップは、結果的に過小な浸水域を提示することになってしまった。それだけではない。避難すれば助かった人びとが多かったにもかかわらず、避難しなくて犠牲になってしまった人が多い。岩手、宮城、福島各県で津波浸水した地域の住民が約57万人に対し、その27%が避難しなかったことがわかった。住民は『津波避難しない』という『社会現象の相転移』が発生したことを著者は明らかにした。では、南トラ地震ではどうだろうか。この地震と東日本大震災を起こした東日本太平洋沖地震の違いは、後者の方は震源が遠く、もっとも早く津波が来襲した岩手県沿岸でも約30分弱の避難時間があった。しかし、南トラ地震では、震源が沿岸に近く、早ければ10分程度で大津波の第1波が来襲する地域が、静岡県から高知県に至る太平洋沿岸部で多く発生する。そして、震源が沿岸に近いので、地震の揺れも大きく、長く継続するので、住宅の全壊・焼失被害が約235万棟と想定され、東日本大震災の約13倍にも達する。そうなると全半壊した住宅に閉じ込められた住民を救助しなければならない。阪神・淡路大震災では、隣人の共助による救助者が大半を占めたことがわかっている。しかし、大津波や1分以上も強震動が襲う被災地では、押しなべて過疎・高齢化が進行中であり、まったくレジリエンスの力を期待できない。また、沿岸部の交通網も大被害が予想され、救助・救援機関やボランティアが早期に被災地に近づくことが不可能な状態が再現されることは間違いないだろう。こうなると、自衛隊の早期大量投入が必須となることは言うまでもない。しかし、現実には東日本大震災規模の出動しか期待できない。一時的にせよ、国防力の低下は免れないからだ。

 

災害から国を守る防災力は国防力である

 

 しかし、世間的には防災力と国防力は異質のものと考えられている。実は、同質なのである。説明しよう。わが国は現在、国土強靭化を進めており、これは基本的に災害後の対応なのである。創設予定の防災庁は、本気の事前防災を目指している。そこで、筆者の『社会現象の相転移』を用いることを進言し、アドバイザー会議の議論を経て実現されることになっている。防災力は事前の予防力と事後の回復力から構成される。そのように考えると、国防力も事前の抑止力と攻撃力からなることが理解できる。問題は、歴史的には国防力を攻撃力のみで考えることから始まったと言ってよい。かつての東西冷戦時代に大陸間弾道弾による攻撃が国防力と混同されていたのはその証拠であろう。現代はそうではない。抑止力とは、予防力であり、相手に攻撃を正当化させる理由をもたせない能力と置き換えても良いだろう。

 

東アジア諸国の防災力を事前防災で向上することが期待できる。これも国防力なのである

 

 2025年11月下旬から12月にかけて東アジアのフィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、インドネシア、スリランカの6カ国で豪雨災害が続き、2200人を超える犠牲者と4兆6千億円超の甚大な経済被害が発生している。わが国は国際緊急援助隊の派遣や緊急支援物資の供与によって支援を開始した。しかし、これらは事後対策で被害そのものは減らない。地球温暖化がさらに進めば、災害は激化・広域化が避けられないだろう。わが国が『社会現象の相転移』を活用した防災庁を創設して、事前防災に成功すれば、今は防災庁のないこれらの国々もきっとわが国を真似て創設するに違いない。とくに台湾は、いつもわが国の防災体制を参考にして防災力を強化してきた歴史がある。防災力の向上によって被害を少なくすることが、国防力の向上にもつながるという世界観を是非、わが国から発信したい。『社会現象の相転移』を発見したきっかけは、阪神・淡路大震災であり、それを経験し、研鑽を重ねた結果得られた研究成果がわが国のみならず、東アジア諸国の安全保障につながることを願ってやまない。

 


2026年1月19日号 週刊「世界と日本」2308号 より

 

サナエノミクスが目指すもの

 

 

麗澤大学 特任教授

江崎 道朗 氏

えざき みちお

1962年、東京都生まれ。九州大学卒業後、国会議員政策スタッフなどを経て2016年夏から評論活動を開始。主な研究テーマは近現代史、外交・安全保障、インテリジェンスなど。産経新聞「正論」執筆メンバー。2023年、フジサンケイグループ第39回正論大賞を受賞。最新刊に『日本がダメだと思っている人へ』共著(ビジネス社)。

 高市早苗政権は、第二次安倍晋三政権が進めてきた「アベノミクス」を踏まえて、我が国の経済・金融政策を大きく変えようとしている。

 この「サナエノミクス」とも呼ばれる高市政権の経済政策がどのようにして生まれたのか、その背景について概括(がいかつ)しておきたい。

 

 2012年12月に発足した安倍政権は、①異次元の金融緩和、②機動的な財政政策、そして③成長戦略としての民間投資促進という三つの矢を柱にした「アベノミクス」という経済政策を掲げて、デフレからの脱却を志向した。

 第一の矢たる金融緩和政策では、日本銀行により大規模な量的・質的緩和が行われ、2%のインフレ目標が掲げられた。これによりデフレ脱却の目途が立ち、株価は上昇し、円安も相まって輸出が伸びるとともに、失業率の低下という経済活性化の兆しが見えるようになった。

 

 しかしながら、第二の矢である財政政策は理想通りには機能しなかった。少子高齢化の進行に伴う社会保障費の増大に対応するという理由で、消費税増税を二度断行し、社会保険料の引き上げも併せて実施した結果、国民の消費意欲は冷え込み、個人消費は伸び悩んだ。失業率低下や企業収益の改善といった成果にもかかわらず、家計の消費は回復せず、経済全体の底上げには結びつかなかった。

 第三の矢である民間投資の促進も期待を裏切る結果となった。安倍政権は、成長は民間に委ねるとの原則を堅持し、政府の役割を規制改革や制度改正による投資環境の整備に限定した。

 しかし、実態は介護産業、再生可能エネルギー、インバウンド政策といった国策が推進されたのだ。 

 まず介護産業振興では、2000年代から始まった介護保険制度の拡充に伴い、介護専門人材育成機関が増加。数多の若者が参入した一方で、待遇は必ずしも十分とは言えず、結果として低賃金層の拡大という社会課題を生んだ。

 エネルギー政策面では、東日本大震災と福島第一原発事故を契機に原子力発電所は相次いで停止し、民主党政権時代の固定価格買取制度(FIT)が、太陽光パネルなど再生可能エネルギーの普及を加速させ、電気代の高騰をもたらした。これにより製造業の経営が圧迫され、一般家庭の負担増加にもつながった。

 インバウンド(外国人観光客誘致)政策は、地方の雇用創出に寄与したものの、観光・サービス業従事者の所得は低迷し、経済の安定的成長には必ずしも結びついていない。

 しかも国策による「介護、反原発・再エネ、インバウンド」推進政策は、民間市場を歪め、若年層を低賃金労働に誘引し、技術革新の源泉となる研究開発を損ないかねない構造的問題をもたらした。

 

 一方、第二次安倍政権後半以降、国際環境は大きく様変わりした。

 まず2017年、D・トランプ米政権の発足により、対中関係は激変を迎える。従来の対中関与政策が変更され、中国を最大の安全保障上の脅威と認定した。米中貿易戦争が勃発し、先端技術の流出防止を巡る対立は激しさを増し、日本企業は脱中国依存を強いられ、経済安全保障の概念が急浮上した。

 次いで2019年末からの新型コロナウイルス感染拡大により、国際的なサプライチェーンは寸断され、多数の生活必需品が入手困難になる事態に陥った。

 さらに、2020年のJ・バイデン政権発足を契機に、世界的なサプライチェーン再編の動きが顕著となる。バイデン政権は、先端技術の海外流出阻止と中国の経済的圧力に対抗し、米国と同盟国による製造業の復権を目指した。中国に対抗してAI、半導体、量子技術、バイオ、航空宇宙などの戦略的分野での主導権を確立すべく産業スパイ対策や経済安全保障関連法制の整備が急務とされた。日本もこれらに呼応し、政府主導の技術漏洩防止と製造業再興政策を推進するようになった。

 2022年2月に始まったウクライナ戦争は、穀物とエネルギー価格を跳ね上げ、世界的な物資不足とインフレの始まりを告げた。日本はエネルギー価格高騰への対応として原子力発電の再稼働促進と再生可能エネルギー政策の見直しを余儀なくされた。

 

 激変した国際環境を踏まえ、自民党保守系政策集団「創生日本」(木原稔事務局長)は2025年5月から約2カ月にわたり、アベノミクスの成果と課題を徹底的に検証した。そして6月29日に示した新方針では、経済・金融政策において「株価上昇や輸出拡大、失業率低下、税収増加などの成果は見られるものの、設備投資の伸び悩み、個人所得および消費の停滞が課題」と指摘し、科学技術予算増額、減税、規制改革を駆使して投資喚起を図り、「科学技術先進大国、製造大国としての地位確立に挑む」方針を明らかにした。エネルギー・資源政策では、「再生可能エネルギーの国益に適合した見直しとともに、政治責任における原子力活用の拡大を推進し、フュージョンエネルギー(核融合)の早期実証発電にも全力を傾ける」と定め、人材育成面では「経済安全保障の視点から科学技術立国を担う人材育成に注力する」と明言した。

 

 こうした方針を踏まえて高市早苗政権は2025年11月4日に日本成長戦略本部を設置し、その初会合にて二つの柱を掲げた。

 第一の柱は、AI、半導体、造船、量子技術、バイオ、航空宇宙など戦略分野への投資促進と人材育成、国際標準化の推進を軸とした「危機管理投資」と「成長投資」による経済の強靱化だ。これは中国などを念頭に、CPTPPの維持・強化・拡大やWTO改革促進に政府が主導的に取り組み、(中国に対抗して)ルールに基づく自由かつ公正な国際経済秩序の堅持を目指す戦略でもある。

 第二の柱は、技術、人材、スタートアップ、金融、労働環境、介護・育児支援、賃上げ促進やサイバー対策といった分野横断的課題に対応することである。従来の縦割り行政の弊害を打破し、民間企業の発展を妨げる規制を分野横断的に改革しようとするものだ。

 高市政権は、国際環境の変化に主体的に対応し、かつアベノミクスの総括を踏まえて、更なる経済成長と賃上げを実現する科学技術立国へと、国策を大きく転換しようとしているのだ。

 


2026年1月19日号 週刊「世界と日本」2308号 より

 

多党化状況を歩む高市首相

 

~長期政権と短命政権の分岐点~

 

政治ジャーナリスト

 

島田 敏男 氏

しまだ としお

1959年山梨県甲府市生まれ。81年中央大学法学部政治学科卒、日本放送協会入局。福島、青森放送局記者を経て、報道局政治部記者となり中曽根内閣以降の政治報道に携わり、2001年より解説委員となり「日曜討論」キャスター、解説副委員長、名古屋放送局長等を歴任し、24年より現職。順天堂大学講師。

 令和7年10月21日、高市早苗氏が日本で初めての女性宰相となった。即日発足した高市内閣は日本維新の会が閣外協力で与党に加わるという変則的な「連立内閣」だが、内閣支持率は高水準のまま年を越した。

 毎月第2週に集計・公表される(つまり定点観測)のNHK世論調査で見ると、内閣発足直後の11月調査では「支持する66%」12月「支持する64%」だった。これは石破内閣の発足後2カ月の「44%」「41%」よりはるかに高い。各種調査の中には70%台の高支持率が続いているものもある。

 

 この背景について私は2点を指摘しておきたい。第一に、令和7年(2025年)が我が国における女性参政権獲得から80年の節目の年である点だ。このタイミングで誕生した女性のトップリーダーに好意的な国民感情が底流として存在している。

 もちろん男性優位の永田町で「ガラスの天井」を打ち破った高市氏が、トップに登りつめるために「ビジネス保守」「ビジネス右翼」などと揶揄されながらも、旧安倍派を中心とする勢力に寄り添ったことが成功した面もある。しかしイデオロギー的な要素よりも、女性初の首相に時間を与えてみようという空気が、与党支持者のみならず、野党支持者や無党派層の中にも存在している。問題は今後の政策展開、政権運営で、これがどう変化するかだ。

 

 第二に、皮肉な話だが、高市首相のオウンゴールに見えた11月7日の「存立危機事態答弁」が、中国側の過剰な反発で却って日本国民の素朴なナショナリズムを刺激した点だ。とりわけ大阪駐在の薛剣総領事の「その汚い首を切ってやる」というXへの投稿は、到底外交官が発する言葉とは思えない品性下劣なものだった。

 実は、あの高市答弁の10日余り前の10月26日、大阪・吹田市の大学で開かれた日本政治法律学会の日中交流セッションで、私は薛剣総領事に?みついていた。講演の中で薛剣氏が「台湾は中国の一部と」原則論を展開したのに対し、私は「台湾有事は日本有事と言い切るのには飛躍があると考えるが、多くの日本人が『そりゃそうだろう』と感じるのは日本が主権を有する尖閣諸島の周辺で中国の公船や航空機が侵犯行為を繰り返している現実があるからだ」と指摘した。これに対して薛剣氏は「日本があの島を領有したとする主張にも疑義がある」と押し問答になった。

 結局10分ほどして「不測の事態だけは避けなくてはいけない」という私の発言に薛剣総領事が「我々は中日間に存在する問題は冷静に管理していく」と応じたので深追いはやめた。それなりに外交官らしい発言だなと感じもしたからだ。

 

 ところがその人物が2週間もしないうちに、「その汚い首を切ってやる」である。一報を聞いて思ったのは、これは習近平指導部に対するごますりだ。10月30日に韓国で行われた米中首脳会談で、高関税の応酬による通商対立を避ける方向に進み、対日政策を転換したのに乗じた言動だと感じた。

 トランプ大統領が中国を最大のターゲットにして高関税を打ち出していた時期には、中国は日本を味方につけようと戦狼外交を休止していたが、対米関係の改善を機に対日強硬姿勢に転じたわけだ。

 長々と書いたが、現在の国際情勢の下で高市首相が歩む道が険しいものであることは確かだ。踏み込みすぎて中国側に付け入る隙を与えてしまった「存立危機事態答弁」を撤回したら、自民党内の支持基盤を失うのだろう。かといってホワイトハウスからも暗に緊張を高めないよう求められている中国との関係をどうコントロールするかは我慢と忍耐を要する課題だ。「戦略的互恵」という日中間の基本合意は経済関係が鍵を握っている。高市首相が経済界のリーダーたちと意思疎通を図り、官民挙げて中国側との関係再構築の道を探ることが必要になる。

 

 ここまで内閣支持率を軸に考えてきたが、一方で自民党の政党支持率はどうか。NHK調査で見ると自民党の政党支持率は他党を圧してはいるが、11月「30・7%」12月「30・6%」で内閣支持率の半分以下。石破内閣当時の数字と大差がない。石破首相の下、衆参両院選挙で2回続けて大敗を喫した自民党は党勢の急落を指摘されたが、高市首相に代わっても党勢の回復が図れないままでの越年。これが続くなら衆議院の解散総選挙どころではない。

 「責任ある積極財政」を旗印に掲げ、自民党伝統の産業界に受けがいい政策項目を掲げて令和8年度予算案も練り上げたが、この効果が出るまでには時間がかかる。その間に訪れる春の賃金交渉で、国民の多くが納得する賃上げが実現するのかが当面の注目点だ。

 そして一歩引いて、自民党の党勢低迷の背景を考えたい。もちろん岸田内閣の途中から火を噴いた政治とカネを巡る問題も依然としてあるだろう。さらに一昨年秋の衆院選大敗の頃からを考えると、「トランプ2.0」の襲来は無視できない。「長年にわたって同盟国に儲けさせてやったのだから、今度はアメリカに利益を提供して当然だ」「自分たちの安全は自分たちで守れ」というアメリカ中心主義。利益が得られるならば専制主義的国家とも手を握る取引至上主義。そして新年早々のベネズエラ軍事作戦。

 

 1955年の保守合同で誕生した自由民主党は、自由な世界を支え法と正義の守護神だったアメリカと上手く付き合うことを党是とし、多くの国民がそこに「自民党の有難み」を感じ支持してきた。しかし当のアメリカが変質した今、自民党に有難みを感じる国民が減り、国民民主党や参政党といった他の保守的政党への流出が続いているわけだ。

 今年秋の米中間選挙を契機に「トランプ2.0」が変化を見せるかは予断できない。単にアメリカに追従するという時代は終わり、日本政治の舵取りは一層複雑になっている。多党化状況の中で高市首相が長期政権を目指すならば、国際情勢の変化に一層敏感になりながら、国民に納得感のある政治を行うことが必要だ。そのためには、やりたいと思ってきたことを全てやるのではなく、我慢を重ねて取捨選択を図ることが欠かせない。

 


2026年1月5日号 週刊「世界と日本」2307号 より

 

世界秩序の大変容 ―

 

多難の時代を生きる

 

社会構想大学院大学

社会構想研究科研究科長・教授

先﨑 彰容 氏

せんざき あきなか

1975年東京都生まれ。専門は近代日本思想史・日本倫理思想史。東京大学文学部倫理学科卒業。東北大学大学院博士課程修了後、フランス社会科学高等研究院に留学。著書に『国家の尊厳』、『本居宣長:「もののあはれ」と「日本」の発見』、『批評回帰宣言:安吾と漱石、そして江藤淳』など。

 私事で恐縮だが、昨年十一月に、拙著『知性の復権』(新潮新書)を上梓した。サブタイトルを「真の保守を問う」としたのには、それなりの理由がある。昨今の世界と日本を見渡してみると、極右とか保守という言葉が飛び交っている。その意味を考えることから、新年のゆくえを占ってみたいと思う。

 まずは世界から。G7と呼ばれる先進資本主義国が、いずれも極右政党の躍進を伝えていることは、よく知られていることだろう。ヨーロッパに眼を向けてみると、戦争によるウクライナ難民に加え、アフリカ諸国からも移民が多く流入し、危機感や軋轢は日本の比ではない。当然、自国ファーストを主張し、移民対策や海外支援よりも、まずは私たち国民からという雰囲気が席捲することは頷けるだろう。

 では、アメリカはどうだろうか。一般にアメリカは次のように説明される。民主党のリベラルな政策では、移民やLGBTQ、黒人といった少数者の権利に焦点が当てられ、彼らの権利を阻害するような発言や政策は、糾弾の対象となってきた。だが、その間、アメリカ産業界には構造変化が起きていて、製造業が衰退し、一方でIT産業は飛躍した。IT産業で成功する者たちは人口全体からすればごくわずかであり、しかも高学歴な移民が雇用されている。対する製造業に従事してきたのは、白人中間層だったのであり、彼らは徐々に生活水準を落とし、未来への希望を失い、不満を募らせていった。今回、トランプ2・0をもたらしたのは、こうした反少数派=ごく普通の人びとが、無視されてきたことへの怒りの表現だったのだ。トランプの風貌からは一見、想像しにくいくらい、彼は保守的な政策を掲げて登場したのであり、アメリカをもう一度取り戻すとは、要するに、白人たちの生活リズムを取り戻すことなのだ、と。

 

 以上の世界理解は正解ではある。しかし何か物足りない。優等生が先生に言われたとおりに書いた解答にすぎない。そう思ってみてみると、まず、トランプのブレーンにバンス副大統領を含めた若手がいることに気づく。彼らの象徴的政策が関税の引き上げであり、彼らが掲げる合言葉が「保守革命」なのである。この「保守革命」という言葉は、日本人の常識からすると、形容矛盾に見えるだろう。保守と革命とは正反対の立場に思えるからだ。しかし若きバンスらにとって、保守とは、一九八一年から始まったレーガン大統領の一連の政策を意味する。それは大枠で言えば、新自由主義的なものであり、規制緩和・市場競争重視・徹底的な個人主義ということになる。再三にわたって、「若き」バンスと書いたのも、彼らの人生のほぼすべての時間が、このレーガニズムの競争主義の渦中であること、結果、地方では製造業から地場産業にいたるまで、多くの雇用が奪われ、街は疲弊し、ドラッグと治安の悪化を招いたことに注目したい。つまり、現在の40歳以下のアメリカ人にとって、一部のIT長者を除けば、この40年間は下降するアメリカの時代であり、若者が前世代よりも自分の人生がよくなる、という実感を抱けない時代だったのである。将来は不安の同義語なのであって、明るい見通しをもてない。

 だからこそ、「真の保守」が必要だと、彼らは言い始めたのである。それはレーガニズムの反対を目指すこと、つまり、地域コミュニティの復活であり、静かな信仰生活の奪還であり、地元で生活できる雇用の再生である。それを彼らは「保守革命」と名づける。関税政策も革命の一貫なのであって、確かに一時的に輸入制限によって物価が上昇したとしても、それで国内に雇用回帰が起きれば、最終的にアメリカは復活するという思想に基づいている。

 

 さて、以上をふまえて、日本を見てみよう。日本で昨今起きたのは、自民党や公明党といった老舗政党の衰退であり、参政党や国民民主党の躍進である。総じて言えるのは、日本でもまた「保守」は合言葉になっており、政党を越えて多くの政治家が自称保守を訴えていることだ。ここで注意したいのは、自民党の保守と新興政党の保守が、その国家像が大きく違うという点である。自民党が保守という場合、そこには戦後の高度成長の果実を維持管理してきたという自負が込められている。日本国民の多くは、物質的豊かさを謳歌し、肯定してきたのであり、その分配を司る政党が自民党だった。だが今、ご承知のとおり、この神通力が利かなくなっている。アメリカほどではないにしても、国内に亀裂や分断の空気が感じられ、「自分たちは蔑ろにされている」「自分たちは無視されている」という無言の実感が生まれている。終身雇用の時代は、ゆるやかに崩壊している。

 だから「失われた30年」の間、日本人は、よりバラバラになり、個人主義的になり、しかも政治が大きく何かを変えてくれる期待も失った。そうすると、私たちの興味は、私生活の充実に圧倒的に向けられる。長期的な日本国の未来など見ないで、その日、その場の生活の充実へと向かうのだ。

 その際、最も興味をもつ事柄のひとつが、「健康」である。自分の身体への興味関心がどんどん大きくなり、身体への異物の混入を防ぎ、清浄な体を維持したいと願うようになったのだ。

 ここに、新興保守政党躍進の深層心理がある。戦後=高度成長=物質的豊かさ=自民党政治だとすれば、反戦後=物質的豊かさよりも、生活スタイルの向上=新興保守なのである。新興保守政党が「反米保守」を掲げるとき、実は彼らの主張は、アメリカの「保守革命」に似ている。日本人ファーストとは、かつての高度成長を取り戻すことではない。オーガニック食品を子供にあたえ、「健やかな日本人」を作りたいと思う立場は、反戦後的ですらあるのだ。

 こうした保守思想が、世界と日本を魅了しはじめている。外交も政治も畢竟、人間論なのである。より詳細は、拙著をお読みいただきたい。

 


2026年1月5日号 週刊「世界と日本」2307号 より

 

日本の未来を取り戻す

 

経済安全保障

アナリスト

平井 宏治  氏

ひらい こうじ

1958年、神奈川県生まれ。電機メーカー、M&A助言、事業再生支援会社などを経て、2016年から経済安全保障のコンサル業務を行う株式会社アシスト代表。20年から(一社)日本戦略研究フォーラム政策提言委員。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。著書に『経済安全保障のジレンマ』、『新半導体戦争』等。

新自由主義とグローバリズム

 2025年に行われた参議院選挙で、国民は急増する外国人に違和感を覚え、“外国人問題”が論点になった。移民を推進した石破政権は、衆議院選挙と参議院選挙で国民の支持を得られず大敗した。自民党には深刻な危機感が共有され、異例の総裁選挙が行われ高市早苗総裁が誕生した。公明党は自ら連立を離脱した。

 岸田政権が進めた新自由主義的政策(あるいは市場原理主義)は、1980年代に登場した。新自由主義は、①小さな政府、②市場万能、③個人能力主義を重視する。新自由主義者は、小さな政府が実現すると、従来の規制が緩和され、国が行ってきた事業が民営化されることになる。これらの事業は市場原理に委ねられ、効率化や合理化が進む結果、国民が最大の公平と繁栄を享受するとする。すべては市場を通じて最適化されるので、政府は経済に介入すべきではないと主張える。自由競争により優勝劣敗が決まる社会では、各人が持つ能力に価値があり、能力以外の人種、宗教、民族、性別などの属性には価値がないとし、弱肉強食の厳しい競争社会が平等で民主的なものであるとする。新自由主義の世界を実現するために、政府による規制を最小化または無くすことを目指すので、「政治よりも経済が重要」と定義することが必要になる。このように、欧米のエリートにとって都合がよい考えだ。

 

米国で新自由主義と戦うトランプ政権

 セントルイス連邦準備銀行の調査部門が管理する連邦準備制度経済データによると、2025年第二四半期末時点の米国の資産の所有割合は、上位1%が、米国の全資産の36%を所有する一方、米国の50%の世帯が、全米資産の5%を分けあう状況だ。これが、新自由主義が生み出す富の格差社会である。新自由主義政策に反発する米国の有権者は、トランプ大統領を選んだ。トランプ大統領は、グローバルエリートは、米国の労働者を犠牲にして自分たちだけが豊かになることを目的に、貿易政策を含む政策を追求した。現在の状況は、数十年にわたる攻撃の産物であると斬り捨てた。第二次トランプ政権は、貧富の格差が開いた米国を立て直すために、米国の製造業を立て直す方針だ。

 

日本における新自由主義推進の歴史

 東西冷戦が終結し、米国の闘争相手であったソ連が消滅した後、米国の矛先は当時第二の経済大国であった日本に向けられた。米国により新自由主義的経営を導入させられた結果、日本が抱える主な問題は4つある。

1.終身雇用や年功序列が失われたこと

企業の利益極大化のために、正社員を減らして非正規社員を増やし配当に回せとする考えが浸透させられた。株主への配当偏重は、従業員の賃金の増加と両立しない。従業員の賃金を上げれば、人件費が、配当原資となる税引後当期利益を減少させる。雇用の安定もなくなった。小泉純一郎政権時に、非正規社員の緩和が行われ、就職氷河期に代表される非正規社員が増えた。非正規社員は、雇用期間終了後の収入の目途が立たなく生活が不安定になる。結婚を諦める国民も増え、少子高齢化の一因となっていることは、厚生労働省の資料を見ても明らかである。

2.実質的移民政策の推進

 政府は「働き方改革」という労働時間規制制度により、人為的に人手不足を発生させた。厚生労働省は、労働時間を増やしたい非正規労働者と正規労働者が計290万人いることを明らかにした。ところが、岸田政権以降、安い労働力を海外に求め、日本人とは文化、生活習慣、宗教が異なる外国人労働者を国内に入れ続け、2024年10月末で、外国人労働者は過去最多の約230万人となった。2027年からは「育成就労制度」が導入。一定の条件を満たすと家族同伴で定住への道が開かれる。

3.上場企業の株主に占める外国人比率増加

 1970年に約4%であった日本の上場企業の外国人持ち株比率は24年には32%を超えている。外国人投資家は日本企業の中長期的成長には関心が薄く、「配当を多く出せ」と主張する。石破茂内閣では、2030年までの外資による日本企業買収や不動産取得などの対日直接投資の残高目標を20兆円増額し120兆円に設定した。

4.製造の空洞化

 日本企業は「世界の工場中国」キャンペーンに乗って、中国を始めとする海外へ開発や製造拠点を海外に移転した。中国進出した日本企業は、中国による経済的威圧に怯えて中国で事業を行っている。製造の空洞化が生み出すリスクを直視し、中国などから製造拠点を国内か友好国に移転することが必要である。

 

高市政権に期待すること

 移民推進政策の見直しは喫緊の課題である。わが国特有の国のかたち、つまり日本の国体をかたち作るのは、日本語、日本史、日本文化などを共有し、「我々は日本人だ」と了解しあう日本人の国民意識だ。日本は、日本人という同質的な集団で構成され、世界に類を見ない、少なく見積もって二千年以上の歴史、政治、言語、文化の連続性を保持し、高信頼社会を形成している。この日本へ異文化および異宗教を信仰する移民が大量に入り込んだ場合、日本の社会は分断され、水や空気のように存在した日本人の一体感は失われる。国民が感じる違和感の正体である。欧州を見れば、国体が破壊されてしまうと二度と復活できないことは、明らかである。

 米国は対中国で日本の協力が必要だ。トランプ政権と親和性の高い高市政権は、日本を貧しく弱くする今までの政策や制度をやめ、終身雇用と年功序列の復活による雇用の安定と賃上げ、配当重視経営からの脱却、サプライチェーン組直しによる製造の空洞化解決、金融機関のメインバンク機能復活など、日本を再び豊かにする政策へ方向転換することで米国と合意することが必要だ。有権者は党派を問わず、日本経済弱体化政策を推進した国会議員を落選させ、反新自由主義、反グローバリズムの議員を増やし、保守政治の基盤強化が必要である。

 


2026年1月5日号 週刊「世界と日本」2307号 より

 

26年の高市首相・期待と不安は

 

自民党再生の切り札となりうるか

 

評論家

ノンフィクション作家

塩田 潮 氏

しおた うしお

1946年高知県生まれ。慶大法卒。雑誌編集者、月刊『文藝春秋』記者などを経て独立。『霞が関が震えた日』で講談社ノンフィクション賞受賞。『大いなる影法師』、『昭和の教祖 安岡正篤』、『日本国憲法をつくった男 宰相幣原喜重郎』、『憲法政戦』、『密談の戦後史』、『解剖 日本維新の会』、『大阪政治攻防50年』、『安全保障の戦後政治史』。近著に『戦後80年の取材証言―私が聞いた「歴史的瞬間」』など著書多数。

 12月21日、高市早苗内閣発足から2カ月となる。11月7日の衆議院予算委員会で飛び出した「存立危機事態」答弁による日中関係悪化を除けば、スタートは予想以上の好調だ。

 10~11月の内閣支持率は、安倍晋三元首相以降の自民党5首相の中で最高水準である。初めて政権入りした日本維新の会との連立合意で最難関だった国会議員定数削減法案の国会提出は12月5日にクリアした。2025年度補正予算も臨時国会閉幕前日の16日に成立した。国内的には「無風越年」の見通しだ。

 高市首相は「4つの初」を併せ持つ。「日本初の女性首相」「自維連立初の首相」「奈良県出身の初の首相」「就任時に少数与党だった初の自民党首相」という顔である。

 

 女性、奈良県は別として、政権を左右するのは、自維連立と、今も続く「実質的な少数政党並存政治」の壁だ(衆議院は無所属3議員の自民党会派入りで11月28日に与党過半数に到達。参議院は与党過半数割れ)。政権基盤を考えれば、高支持率が続く現状で「次の一手」が焦点となる。

 ただし、登場直後の新首相は「国民とのハネムーン100日」という「特典」がある。国民が批判や冷評などを手控え、お手並み拝見に徹するといわれる期間だ。100日目は26年1月28日で、高市流政治の真贋が試される時期が訪れる。

 ハネムーンの間は首相の実力の見極めが難しい。だが、就任までの歩みを見れば、高市首相の基本的な立ち位置は、疑いなく安倍路線継承だ。

 安倍氏と高市氏の結びつきという点で印象的だったのは、高市氏が初めて自民党総裁選に挑んで敗退した翌日の21年9月30日、安倍氏が取材に答えて発した言葉である。

 「自民党の本来の役割と方向をしっかりと見つめ直すために高市氏を総裁選で推したのだが」と語った。安倍氏は自民党の将来の担い手として高市氏を高く買っていたのだ。

 

 4年後、政権を担った高市氏の政策プランは、安倍流がモデルと見て間違いない。経済は「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「成長戦略」のアベノミクスの焼き直し、外交では「開かれたインド・太平洋戦略」、ほかに改憲志向の「戦後レジームからの脱却」も視界にあるだろう。

 26年の高市政権の課題は、安倍路線継承の場合でも、中長期と短期の両方の視点と対応能力、加えて不屈の覚悟と闘志でやり遂げる力量と手腕の備えがあるかどうかだ。

 政治指導者としての高市首相の個性と特質を観察する場合、第一のポイントは、自身が手本とするイギリスのマーガレット・サッチャー元首相と、看板の「鉄の女」の生き方である。学ぶ点は多く、今後も「日本のサッチャー」を目指し続けるに違いないが、就任後2カ月の舵取りは、残念ながら実質や実績よりも「見せる政治」で精一杯の印象だ。

 

 高市首相の第二の特徴は、はぐれガラスとなっても一人で荒海を泳ぎ切る「強烈なメンタル」である。仲間や子分は乏しくても、生き残るのは自分だけというパワーはけた外れと認める声は多い。

 とはいえ、処世と遊泳では、眼前の危機を単独で回避しなければならない場合もある。その場面での言い訳と取りつくろいの才を指摘する人物評もある。他方、人生の岐路や重要政策の決定など、決定的瞬間の決断では指導者として合格点、と評価が高い。

 自民党の首相は結党後、全26人(実数)だが、離党・復党の経験がある出戻り首相は、石破茂前首相と高市首相の2人だけだ。

 

 高市氏の第三の有効な武器は「人たらし」と「大物接近の術」である。そこが石破氏との大きな違いだ。

 高市氏は安倍氏の心をつかんだ。25年10月の総裁選では、麻生太郎元首相の支援を取りつけた。それが勝利の決定打となった。

 その結果、政権にたどりついたが、首相となった政治家が最も強く意識するテーマは、「歴史に使われた政治指導者」となりうるかどうかである。古今東西、時代の要求に応える政治に取り組み、歴史的な使命を果たしたとき、その人物は歴史に使われた指導者として高得点を獲得する。

 現在の日本で、時代の要求に応える政治とは何か。経済は「失われた30年」の後、「強い日本」復活が期待できる転換期という分析も有力だ。高市首相は経済無策と低評価だった石破氏の後に、「日本の国力を強くする」と唱え、成長重視路線を掲げて登板したが、時代の要求に応えられるかどうか。

 それには経済を含めた内外両面の政策で実現力と実行力をアピールできる強い政権基盤の構築が不可欠だ。先述のとおり、ハネムーン後に高市政権が挑まなければならないのは政権基盤強化の「次の一手」である。

 自民党は衆参両院で単独過半数に届いていない。結党70年で最大級の危機にある。

 

 26年の関心は、「次の一手」として自民党の再浮上を企図した早期の衆議院解散・総選挙があるかどうかだ。

 もう一つは与野党を含めた政党大再編の可能性である。少数政党並存政治の枠内か枠外かは不明だが、次代の政党政治をにらんで大激動の展開となった場合、高市首相はどんな動きをするのか。

 同時に、首相自ら政党大再編を視野に、次代の政党政治の主役を自己認識して「次の一手」を構想するケースはありうるのか。

 「就任時に少数与党の初の自民党首相」が出発点だった高市首相は、危機の自民党の再建という大きな宿題を背負っている。政治生命の分かれ道は、自民党新生の切り札となりうるか否かだ。

 落ち目の自民党の活路は、保守に特化する「純化型政党」、他党との共存・共闘に傾斜する「普通の党」、結党以来の伝統の「包括型保守政党」の復活の三つの選択肢のどれかだが、どの道も険しい。生き残りのかぎは、実は民意の評定である。

 「人たらし」の高市首相は、民意という大きな相手に向かって、本物の「人たらし」の腕を発揮できるかどうかが問われる。

 


2026年1月5日号 週刊「世界と日本」2307号 より

 

2026年の景気見通し~

 

「新ジャポニスム」と「サナエノミクス」が日本経済を救う!

 

大阪経済大学 特命教授

経済評論家

岡田 晃 氏

おかだ あきら

1971年慶應義塾大学卒業、日本経済新聞社入社。記者、編集委員を経てテレビ東京に異動。WBSプロデューサー、ニューヨーク支局長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長。2006年より大阪経済大学客員教授を経て、同大学特命教授。新刊『経済で読み解く昭和史』(PHP新書)

 2025年は、トランプ関税、中国の対日強硬姿勢など、国際情勢が揺れ動いた一年だった。2026年も国際情勢の変動や緊迫化が懸念される。だがそれでも、2026年の日本経済は着実に強さを取り戻していくだろう。キーワードは「新ジャポニスム」と高市早苗首相の経済政策「サナエノミクス」だ。

 

 2025年の日本経済は年初からトランプ関税に振り回されてきた。年後半には過度な悲観論が後退したものの、すでに米国向け輸出額は7カ月連続で減少するなど影響は表れ始めている。

 国内では物価高が続いた。2025年春には2年連続で5%超の賃上げとなったが、物価高のため実質賃金は依然としてマイナス傾向が続いている。

 総じて景気は停滞気味だ。民間エコノミストによる2025年度の実質GDP(国内総生産)の予測は平均0・78%で、2026年度も0・74%と低空飛行が続きそうだ(日本経済研究センター「ESPフォーキャスト調査」11月調査)。

 だがそうした内外の厳しい状況にもかかわらず、株価は年初の3万9000円台から4月に3万1000円台に急落した後に10月には5万円台まで上昇した。

 トランプ関税が年後半に一応決着したことが直接の要因だが、秋以降の高値は米国が牽引するAI革命が背景だ。その動きを見ていると、2000年前後のIT革命を思い出す。当時、米国に駐在していた筆者は、アマゾン、グーグルなどIT企業が続々と創業・上場し飛躍していく様子を目の当たりにした。彼らを主役とするIT革命が世界の産業構造を変え今日のIT社会を作ったわけだが、現在のAI革命によって新たなステージに入ったと言える。

 歴史的・長期的な視点で言えば、そうした大きな潮流が株価上昇の背景であり、その中で日本の株価も長期的には上昇軌道に乗っていると分析できる。

 株価の裏付けとなる「企業の稼ぐ力」も向上している。上場企業の2026年3月期は2%程度の減益見通しだが(日本経済新聞社集計=2025年11月時点)、最終的には増益になる可能性が高い。そうなれば5期連続で最高益となる。

 最近の株価上昇には「バブルだ」との声も聞かれる。だがPER(株価収益率)は17~18倍台で、適正水準の範囲内だ。つまり、現在の企業の利益水準が高くなり、それに見合う株価となっているのであり、バブルではない(ちなみに、バブル期のPERは70倍にも達していた)。

 このように日本経済と日本企業は着実に強くなりつつある。2026年以降、それを後押しするのが、「新ジャポニスム」と「サナエノミクス」の二つだ。

 

インバウンドの“質〟が変化

 

 第一の「新ジャポニスム」は、幕末・明治期に欧州で巻き起こった「ジャポニスム」になぞらえて筆者が勝手に名付けているもので、世界中で日本人気が高まっている現象を指す。

 インバウンドの急速な増加は周知の通りだが、重要なのはその“質〟に変化が起きていることだ。2025年1~10月の訪日客数はコロナ前のピークだった2019年同期と比べ32・2%増加したが、中国からの訪日客は0・9%増にとどまり、全体に占める中国の割合も30%から23%へと大幅に低下している。

 これとは対照的に中国と香港以外の訪日客は49・5%増加している。中でも米国が91・1%と2倍近い伸びとなっているのをはじめ、オーストラリア、カナダなどの伸びが大きい。また従来は訪日客が少なかったメキシコが約2・8倍、中東地域が約2・7倍などと驚異的な伸びを見せている。中国依存から脱却して「全方位型」へと変化しつつあるのだ。

 中国は自国民に対し日本への渡航自粛を勧告し、多くのメディアは「インバウンドは減少する」と報じている。だがこうした変化を見れば、他の国・地域からの訪日客の増加によって全体の増加を持続することは十分に可能だ。

 日本ブームはインバウンドだけではない。日本のアニメが今や世界を席巻しているのをはじめ、日本のウイスキーやワインが本場のヨーロッパの品評会で金賞を受賞するなど絶賛され、和牛やホタテ、果物など日本の食材への人気が高まっている。ホタテも、最大の輸出先だった中国が2023年に水産物輸入を全面停止したため、他の地域への販路を開拓して輸出を増やした。その結果、2023年以降も農林水産物・食品の輸出額は増加し続けている。

 工業製品や技術力に対する評価も改めて高まっている。特に電子部品や素材などは世界のITを支える重要な存在となっており、他に代替のきかない「オンリーワン」の立場を確立している。

 

積極財政で「スイッチを押す」

 

 第二の「サナエノミクス」の効果も大きい。高市政権の総合経済対策が21・3兆円となったことから、メディアは「積極財政」批判の大合唱といった様相を呈している。だが本紙前号の「マスメディア批判」で指摘したように、それらの多くは積極財政の目的を論証していない。財政健全化を自己目的化するような主張は経済成長を阻害することになりかねない。

 日本経済が強さを取り戻しつつあると言っても、まだ十分ではない。成長軌道に確実に乗せるには、あと一押しも二押しも必要なのだ。それが、高市首相の言う「日本には底力がある。そのスイッチを押す」ことなのである。

 2026年は昭和改元から満100年の年に当たる。戦前の昭和恐慌では高橋是清蔵相が積極財政に転換して不況から脱出、昭和40年不況では福田赳夫蔵相が国債発行を決断して景気を回復させ高度経済成長を持続させた。この100年、先人たちは敗戦や経済危機を乗り越えて、今日の日本経済を作り上げたのだ。

 筆者は昨年末、『経済で読み解く昭和史』(PHP新書)を上梓したが、執筆しながら、昭和の歴史には今日への教訓とヒントが詰まっていることを実感した。2026年はそうした歴史に学び、日本経済復活を確かなものにする年にしたい。

 


2025年12月15日号 週刊「世界と日本」2306号 より

 

平和的解決から逸脱せんとする中国

 

―高市首相「台湾」言及の深層―

 

麗澤大学 特任教授

江崎 道朗 氏

えざき みちお

1962年、東京都生まれ。九州大学卒業後、国会議員政策スタッフなどを経て2016年夏から評論活動を開始。主な研究テーマは近現代史、外交・安全保障、インテリジェンスなど。産経新聞「正論」執筆メンバー。2023年、フジサンケイグループ第39回正論大賞を受賞。最新刊に『日本がダメだと思っている人へ』共著(ビジネス社)。

 果たして我が国は、台湾有事に関与してはいけないのか。

 2025年11月7日、衆議院予算委員会において高市早苗首相は、台湾有事が「存立危機事態」に該当し、場合によっては自衛隊の派遣も念頭に置いていることを明言した。この発言に対し中国側は「内政干渉だ」と強硬に反発している。

 では、我が国は台湾問題にどのように向き合ってきたのか。その歴史的経緯を、六つの段階で論じたい。

 

 第一に、我が国は1945年8月、「カイロ宣言の条項は履行せらるべく」(第8項)と記されたポツダム宣言を受諾し、条件付降伏を受け入れた。カイロ宣言(1943年発出)の中には、「同盟国の目的は、満洲・台湾・澎湖諸島をはじめ、日本が清国より不当に奪取した諸地域を中華民国に返還すること」と明記されている。よって日本は台湾を「中華民国に返還する」という立場を取らざるを得ず、事実、蒋介石率いる中華民国が台湾を掌握したのである。

 

 第二に、1951年、我が国は連合国とサンフランシスコ平和条約を締結。そこでは「日本は台湾および澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と規定される一方、台湾の最終的帰属は明示されなかった。これは1949年以降、中国が中華人民共和国と中華民国に分裂し、米国を含む連合国の間で「台湾をどちらに帰属させるか」について合意が形成されなかったことによる。

 

 第三として1960年の日米安保条約の改定に伴う「極東」条項の新設だ。米軍は「極東における国際の平和及び安全の維持」にも寄与する目的で日本の施設・区域を使用できると規定され、米軍の在日基地を朝鮮半島や台湾海峡危機など極東地域への対応拠点として利用できる根拠が明確化された。日本は、台湾紛争に関与する米軍の活動を支持することになったのだ。

 

 第四として、1971年10月25日、国連総会決議2758号(通称「アルバニア決議」)が採択され、中華人民共和国が中国の正当な代表政府と認められ、同時に中華民国(台湾)の国連代表権が剥奪された。これにより国際社会と国連は「一つの中国」政策に基づき、中国の唯一の代表として中国を承認し、中国は国安保理常任理事国の議席を正式に占めた。

 

 第五として、1972年の日中共同声明だ。その第三項に「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の不可分の領土である旨を繰り返し表明する。日本政府は、この立場を十分に理解し尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と謳った。

 ここで重要なのは「尊重」であって、「支持」ではない、ということだ。その理由について交渉当事者の栗山尚一元駐米大使は、「台湾問題についての日本の立場―日中共同声明第三項の意味―」(『霞関会会報』2007年10月号)にて、以下の三点を挙げている。

(1)中国は一度たりとも台湾に実効的支配を及ぼしたことがなく、その統治は中華民国(台湾)が一貫して行ってきた。

(2)台湾の法的地位を巡る国際的枠組み、つまりサンフランシスコ条約は日本による「すべての権利、権原」の放棄にとどまり、最終的な帰属を定めていない。

(3)1960年に改定された日米安保条約第6条の「極東」条項が機能するには、台湾や朝鮮半島の平和・安全について日米双方共通の認識が不可欠だ。そして1969年11月の日米共同声明第6項には「台湾地域の平和と安全の維持こそ日本の安全保障にとって極めて重要な要素」という首相見解が明示された。

 かくして我が国は日中共同声明において中国の立場を「尊重」し、台湾海峡問題が平和的に解決されるならばこれを受容する構えを示す一方、武力紛争となれば日米安保条約に則って(台湾有事に)関与するとしたわけだ。台湾は内政問題だが、地域安全保障になるならば日米両国も関与するよ、というわけだ。

 21世紀に入ると、民主化が進んだ中華民国・台湾では、中国との統一を望まない世論が多数を占めるようになった。その一方で、中国は武力による台湾統一の可能性を公然と表明して急激な軍拡を続け、台湾海峡の緊張は著しく高まっている。

 

 そこで第六段階として第二次安倍晋三政権下の2015年、平和安全法制が整備された。これにより日本は「存立危機事態」すなわち「我が国と密接な関係を有する他国に対する武力攻撃によって我が国の存立や国民の生命・自由・幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険が生じた場合」には、「必要な自衛措置」および「外国軍との協力行動」、「物品・施設・役務の提供」などを円滑に実施できる旨が定められたのである。これは日米安保条約の「極東条項」を補完するものだ。

 これらの経緯を総括的に整理すれば、台湾問題に関する「日本政府の一貫した立場」は、以下の三点となる。

①中国の立場を「尊重する」日本は、台湾を(中国へ)「返還」すべき立場に立つ。

②我が国の平和と安全に関わるがゆえ、台湾海峡の「平和的解決」を強く期待する。

③中国が台湾を武力で攻撃し、米軍が関与する事態となれば、我が国は平和安全法制に基づき「存立危機事態」と認定し、自衛隊を出動させ、米軍支援及び武力攻撃排除の行動を遂行することができる。

 更に2022年の岸田文雄政権下、国家安全保障戦略の改定により、「武力攻撃排除や米軍支援」に向けた準備・訓練が開始された。米国側も日本側のこうした動きを強く支持し、2025年3月30日、中谷元・防衛相との会談後の記者会見でP・ヘグセス米国防長官は「中国共産党の威圧的な行動に日米は結束して立ち向かう」と述べている。

 このような経緯を踏まえ、高市首相は今回、「台湾問題の平和的解決を強く望む」が、「台湾を北京政府の完全支配下に組み込むべく武力行使がなされるのであれば」、これは「存立危機事態に該当し得る」と断ぜざるを得ない、との認識を示したわけだ。

 中国による武力統一を何としても阻止すべく、我が国としては、米国などと連携して抑止力、対処力を一層強化せざるを得ないのだ。

 


2025年12月15日号 週刊「世界と日本」2306号 より

 

今求められる経済政策とは

 

 

大正大学 客員教授

小峰 隆夫 氏

こみね たかお

1947年生まれ。1969年東京大学経済学部卒業、経済企画庁入庁、経済研究所長、物価局長、調査局長、法政大学教授などを経て、2017年から大正大学教授。現在大正大学客員教授。主な著書に「平成の経済」(日本経済新聞出版、2019年、第21回読売・吉野作造賞)、「私が見てきた日本経済」(日本経済新聞出版、2023年)など多数。

 本稿では、2026年の経済を展望した上で、今求められている経済政策について考えてみよう。2026年の展望については、日本経済研究センターが毎月発表している「ESPフォーキャスト調査(2025年11月)」の結果を紹介する。この調査は、毎月、第1線エコノミスト(35人前後)が考えている経済予測を集計して、その平均値(コンセンサスという)を公表しているものである。これによれば、2026年度の経済は、成長率(実質)は2025年度とほぼ同じ1%をやや下回るレベル(25年度0・8%、26年度0・7%)、物価(消費者物価、生鮮食品を除く総合)は、25年度より上昇率が低下(25年度2・8%、26年度1・8%)、失業率は25年度と同じ低水準(両年度とも2・5%)が続くという結果となっている。

 

 経済政策との関係でまず注目されるのは、トランプ関税の影響だ。この点に関しては、26年度の成長率が25年度とほぼ同じ成長率になりそうだということは、25年初めから課されているトランプ大統領の高関税が、日本の景気を後退させるまでの影響は及ぼさずに済みそうだということを示している。2025年初に、トランプ大統領が日本からの輸出品に25%の関税を課した時には(いわゆるトランプ2・0)、これが日本経済に相当大きな影響を及ぼすのではないかと懸念された。これは、①高関税の賦課によってアメリカ市場での日本の輸出品の価格が上昇し、これが日本の輸出を減らす、②アメリカでは、輸入品の価格上昇によって家計の実質所得が減少し、消費の減速で景気が悪化する(いわゆるスタグフレーション)、③こうした動きが世界経済全体を減速させ、それがさらに日本の輸出を減らす、というルートが考えられていたからである。

 しかし、26年に景気後退に陥ることはなさそうである。これは、2025年4月以降、日本への関税率が15%で固定され、将来への不確実性が消えたこと、日本の企業、特に自動車産業が輸出価格を引き下げたことによって、日本からの輸出が大幅に減ることが避けられたことなどによる。ただし、このことはトランプ2・0の影響が軽くて済んだということではない。15%の関税は今後も続くのだし、既に財政に組み込まれてしまっているので、トランプ大統領の任期後も続く可能性さえある。世界的な自由貿易体制が大きく揺らいだ状態も簡単にはなくなりそうもない。要するに、トランプ関税の影響は、急性期的な疾患ではなく、慢性的な症状を引き起こしているのである。政府は、緊急対策的な処方箋ではなく、長期的な観点から、CPTPP(包括的・先進的環太平洋経済連携協定)の推進、安定的なサプライチェーンの構築といった課題に取り組む必要がある。

 

 物価上昇率が2025年度より上昇率が下がり、2%を切る状態になることも重要なポイントである。物価は、2022年以降、海外資源価格の上昇によって上昇率が高まり、2025年にはコメの価格上昇と円安による輸入物価の上昇があった。これらはいずれもコストプッシュによるものであり、時間がたてば上昇率が下がるのは自然である。この時、金融政策がどうあるべきかが問題になる。政府・日本銀行が目標としている2%を下回ったのだから、物価上昇率を引き上げるべく、金融を緩和すべきだという考えもあり得る。しかし、2%を下回ったからといって、物価上昇についての国民的不満が収まるとは思えないし、金利の引き上げが進んでいないことが円安を通じて輸入物価を上昇させ、それが物価上昇の一因となっているのだから、今後の金融政策は徐々に金利を引き上げる方向に進めるべきだろう。

 気になるのは、高市早苗首相が、第2次安倍内閣の下で展開されたアベノミクス型の積極的な財政政策と緩和的な金融政策を志向しているように見えることだ。2025年11月に決定された総合経済対策が、財政支出21・3兆円、事業規模42・8兆円という大型のものとなったことはその現われである。しかし、これから2026年に至る経済環境は、アベノミクスが展開された頃とは全く異なることに注意が必要だ。

 

 第1に、物価情勢が全く異なる。アベノミクスが登場する直前の2009年から2012年の消費者物価上昇率(総合)は、ゼロまたはマイナスというデフレ状態だった。しかし、2022~2024年の上昇率は2%の物価上昇率目標を上回っており、25年に入ってからも毎月3%以上の上昇率が続いている。アベノミクスの時には物価下落への対応が求められていたのだが、現在は物価上昇への対応が求められているのだ。

 

 第2に、需給ギャップの状況が異なる。内閣府推計の需給ギャップによると、アベノミクス直前の2009~2012年の需給ギャップは、平均してマイナス0・7%、つまり需要不足、供給超過状態だった。これに対して、2025年1―3月期から7―9月期の平均はプラス0・2%、つまり需要超過、供給不足の状態にある。つまり、アベノミクスの時には、需要の拡大が求められていたのに対して、現在は供給力の拡大が求められているのである。

 

 第3に、財政の状況も異なる。財政赤字の深刻度を政府債務の状況で見ると、アベノミクスが始まる直前の2012年は政府債務が名目GDPの2・26倍だったのに対して、2024年は2・51倍と見込まれており(IMFによる)、財政の深刻度はそれほど変わらない。しかし、アベノミクスの下では、黒田東彦総裁の下で、2013年以降異次元緩和が進められ、国債の金利がほぼゼロとなった。このため、財政赤字が拡大し、国債の残高が増えても金利負担はむしろ減っていったため、財政支出はほとんど「打ち出の小槌」状態となっていた。しかし、現在は異次元緩和の終了とともに、財政も「金利のある世界」に入っている。今後財政赤字が続いて、国債残高が増え続ければ、次第に国債費の負担が高まることは確実だ。

 以上のような環境の変化を考えると、今求められる経済政策は「物価引き上げから物価安定へ」「需要刺激から供給力強化へ」、「財政出動から財政健全化へ」という変化なのであり、アベノミクスとは逆方向の政策こそが求められていると考えるべきなのである。

 


2025年11月3日号 週刊「世界と日本」2304号 より

 

高市早苗新首相は日本の背骨を入れ直せるか

 

 

フジテレビ客員解説委員

平井 文夫 氏

ひらい ふみお

1959年長崎市生まれ。立命館大学経済学部卒。フジテレビ入社。ワシントン特派員、政治部長、上席解説委員等を歴任、討論番組「新報道2001」のキャスターを10年間務めた。24年より現職。現在は「雑誌正論」での政治家との対談「平井文夫の聞かねばならぬ」ほか、寄稿、番組出演、講演など活動中。

 10月21日に行われた首班指名選挙で高市早苗氏が第104代首相に選出された。これに先立つ4日、高市氏は自民党総裁に選ばれたのだがその直後に与党内に異変が起きた。公明党が突然連立を離脱したのだ。

 これにより数の上では立憲民主党、国民民主党、日本維新の会が協力すれば首班指名で自民を上回ることになったため、国民民主の玉木雄一郎代表を首班とする野党政権成立に向けた協議も行われた。

 だが国民民主が求めた「基本政策の一致」に立憲民主が応じず野党連合は瓦解。すると維新が自民と連立を前提とした政策協議を開始した。結局自民が議員定数是正などの条件を飲んだため維新は連立入りを決断。首班指名では高市氏に投票した。

 

 衆参とも過半数には数議席足りないが、「誤差の範囲」(自民党議員)なので無所属や保守系政党などの協力があれば予算案も他の法案も通ることになる。石破政権よりは安定した国会運営ができるようになるだろう。

 では今回「玉木首班」を逃した国民民主は今後どういう立ち位置になるのだろうか。当の玉木氏は色々と面白い発信をしている。まず維新の「豹変」についてはYouTube番組で「自民党とやるなら最初に言ってよ」と怒ったが、後の祭りだ。

 玉木氏はそもそも自民と組んで首相になるという芽があったのに、公明の連立離脱で目算が狂った。たとえ国民民主が連立に入っても衆参ともに過半数に足りないからだ。

 この時点で立憲民主が「玉木首班の野党政権」に動いたのに呼応して、玉木氏は自民から立憲民主に交渉相手をスイッチしてしまった。だがこれは大いなる作戦ミスだったと思う。

 

 国民民主と立憲民主との交渉が「破談」に終わった後、公明を失った与党の「空白」に維新がするりと入ってしまったわけだが、玉木氏は18日のX(旧ツイッター)への投稿で「今の立憲民主党と政権構想を共にすることはできない」と書いている。

 「今頃気づいたのか。遅いわ」とも思うが、あの局面ではやむを得ない行動だったのかもしれない。いずれにしてもこれでようやく玉木氏は立憲民主に「決別宣言」したわけだ。

 また維新と自民が合意した議員定数削減について玉木氏が17日のBSフジ「プライムニュース」で賛成した上で臨時国会で冒頭処理するべきとの考えを示したのには驚いた。

 定数削減は衆院の比例を念頭に置いており、衆院比例の議員、特に公明、共産両党の他、小政党からは激しい反発が予想される。

 議員の身分に関わることを一部政党だけで決めることへの反発がある一方、いつまでも決められなかった定数削減が一気に進むことへの有権者の期待もあり、臨時国会の大きなテーマになりそうな気配だ。

 玉木氏は19日のXへの投稿で「高市総裁の経済政策が、私たちの考えに近いのも事実です」と認めた上で、「協力はします。約束を守る政権なら」と投稿した。これを普通に読めば「年収の壁の約束を守れば予算には賛成する」ということだろう。定数削減で協力し、年収の壁もなくなれば、国民民主が連立入りする環境は整う。

 

 自民、維新、国民民主の3党は、経済政策で多少の違いがあるものの、安保やエネルギーでは近いし、何より憲法や皇位継承で大きな違いがない。国民民主は夫婦別姓法案を出しているがよく読むと立憲民主案より維新案の方に近いし、玉木氏もそれを認めている。

 国民民主にはリベラルな議員もいるが、玉木氏と榛葉賀津也幹事長の2トップがしっかりしているので左に振れることはないと思っている。支持母体の民間労組の人たちも話してみればわかるが、自民党の人たちよりよほど保守的な人が多い。

 玉木氏は「維新が入るなら我々は連立に入る必要はない」と言っているがそうかたくなにならない方がいい。なんなら財務相にしてもいいと思う(私がするわけではないが)。

 玉木氏は意地を張らないでぜひ連立入りし、安定した保守政権を作ってほしい。それが日本という国を守ることになると思う。

 

 保守派の高市首相に対する期待は岸田文雄、石破茂両政権で左傾化した自民党を安倍晋三政権の頃のように戻してほしいということだろう。

 高市氏は総裁選でスパイ防止法の制定への着手を公約に掲げた。この法律はG7で唯一日本だけ制定されていないため、例えば中国で邦人が不当にスパイ容疑で逮捕されても、日本だけが交換ができない。他のG7各国はやっているのだ。

 これについては維新、国民民主と共に参政党も強い関心を持っており、実現に向けて協力が見込まれる。

 また皇位継承や夫婦別姓についてもこれら保守政党の協力を得れば決着をつけることができる。外国人問題についても同様である。

 高市政権に対する有権者の最大の要望が経済対策であることはわかっている。確かにここ数年、先進国で政権政党が軒並み選挙で負けているのはインフレによる物価高とグローバリズムによる格差の拡大が最大の原因だ。

 

 だが実はもう一つの「隠れた原因」があって、それは「行き過ぎたDEI政策」に対する国民の怒りだ。DEIとはダイバーシティ(多様性)、イクォーリティ(公平性)、インクルージョン(包摂性)のそれぞれの頭文字を取った言葉で、「多様な人種や価値観を認め、彼らを公平に扱い、そして受け入れる」という考え方だ。

 すなわち外国からの移民を受け入れ、LGBTを理解する。ただそれらの政策が行き過ぎると社会に怒りや不安、不満が満ちあふれる。今の欧米各国はそうなっており、米国ではトランプ大統領によるこのDEIの見直しが始まっている。

 参政党が参院選で「日本人ファースト」を掲げて14議席を獲得し大躍進したのは、日本国民も欧米と同様な不安、不満を持っていることの表れだろう。

 高市首相は7月の参院選の応援演説で「もう一回、自民党の背骨を入れ直す」と述べたのだが自民党だけでなく日本の背骨を入れ直してほしい、日本社会が崩壊しないようにタガを締め直して欲しい、という期待が集まっていると思う。

 


2025年10月20日号 週刊「世界と日本」2303号 より

 

急浮上する多文化共生の課題

 

まず「国づくりの失敗」を反省せよ

 

九州大学大学院

比較社会文化研究院教授

施 光恒 氏

せ てるひさ

政治学者、九州大学大学院比較社会文化研究院教授。1971年福岡県生まれ。英国シェフィールド大学大学院政治学研究科哲学修士(M.Phil)課程修了。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。著書に『リベラリズムの再生』(慶應義塾大学出版会)、『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』(集英社新書)、『本当に日本人は流されやすいのか』(角川新書)、『新自由主義と脱成長をもうやめる』(共著、東洋経済新報社)などがある。

国づくりの失敗を自覚せよ

 

 現在、政治家や識者は、多くの産業や地域社会が外国人労働者なしには存続できない状況にあるとして、「外国人に選ばれる日本」や「多文化共生社会」の実現の必要性を語っている。

 だが私は、それを耳にすると少々憤りを感じる。外国人頼みの産業分野や地域社会を数多く生み出したことは、国づくりの大失敗に他ならないからだ。将来の産業構造や人口構成を見据え、自国民の手で賄える自律的な政治や経済の運営を行うのが国づくりの基本であるはずだ。

 外国人労働者受け入れ問題を議論するに当たっては、まずは政治家や識者が、従来の国づくりの失敗を率直に認め、反省すべきだ。そして、真っ当な国づくりへの回帰を表明すべきである。

 

グローバル化路線の誤り

 

 なぜ国づくりの基本が疎かにされてきたのか。最大の要因は、1990年代に世界中で本格化した、新自由主義(小さな政府主義)に基づくグローバル化路線を、日本も採用したことである。

 グローバル化路線は、国境の垣根を低くし、ヒト、モノ、カネ、サービスの移動を自由化・活発化させる政策プログラムである。これにより、グローバルな企業(多国籍企業)関係者や投資家が、資本を国際的に移動させる力を背景に、各国政府への政治的影響力を過度に強めた。彼らは各国政府に対し、自分たちが稼ぎやすい環境づくりを求め、これが受け入れられなければ、投資しない、あるいは資本を引き揚げるなどと圧力をかけられるようになったからである。

 各国政府は、資本流出や資本回避を恐れ、自国民の声よりも、グローバルな企業や投資家の要求を優先する傾向が強まった。その結果、各国の政策目標が「自国民の生活の安定・向上」ではなく、「グローバルな企業や投資家が稼ぎやすい環境づくり」へと倒錯してしまった。

 欧米諸国が低賃金労働力確保のため、1990年代以降、外国人労働者や移民の大規模受け入れを進めたのも、この倒錯の一例である。日本は非正規雇用の拡大で対応してきたが、それも限界を迎え、2018年末には「特定技能」の在留資格を創設し、事実上の単純労働者受け入れに踏み切った。

 

「失われた30年」が示す失敗

 

 新自由主義グローバル化路線は、国民生活の長期的な安定・向上という国づくりの観点から見て明らかに失敗だった。

 例えば、経済産業省幹部も認めるように、新自由主義的な構造改革の結果、日本の大企業はコストカットに励み、利益は増えたものの、それは国内投資ではなく海外直接投資に向かった。経済成長は停滞し、日本は給料の上がらない国となった(『プレジデント・オンライン』2023年5月15日配信)。また、日本の大企業はすっかり株主中心主義になってしまった。構造改革前後の1997年と2023年を比較すると、大企業は、株主への配当金を約8・43倍と大幅に増やす一方、従業員給与は1・04倍と微増させただけだ。設備投資に至っては0・86倍と減少させている(相川清「経営哲学に『生命尊厳を最高の価値基準』とすることを実装するためのアプローチ」『経営哲学』第21巻2号、2025年)。

 「失われた30年」と称されるように、一般庶民の暮らしも大幅に不安定化・劣化した。平均年収や世帯平均所得は著しく減少し、結婚適齢期の若い男性の非正規雇用率も相当に上昇した。若年層の雇用環境の悪化は、少子化の大きな要因の一つである。

 

真っ当な国づくりを取り戻すために

 

 以上のように、新自由主義グローバル化路線と、その一環である非正規雇用や外国人労働者の増加策は、国づくりの観点から見て大失敗であった。

 この事実を認めず、「選ばれる日本」「多文化共生社会」などの曖昧な空文句で外国人労働者・移民の受け入れを続ければ、事態はますます悪化するだろう。賃金抑制や雇用不安定化に伴い、国内需要は減少する。また、企業による低賃金労働者への依存が進み、設備投資も進まない。それゆえ日本経済の弱体化は加速する。また、宗教や習慣を異にする外国人の大規模流入により、社会不安や日本人と外国人の軋轢が強まることも間違いない。

 事態の悪化を防ぎ、真っ当で自律的な国づくりを取り戻すために以下を提言したい。

 ?現行の国際経済秩序の変革。グローバルな企業や投資家の力を弱めるためには、各国と連携し、資本の国際的移動を一定程度規制することを認める新しい国際経済秩序を作り出す必要がある。米国のトランプ政権など欧米諸国には、グローバル化路線に懐疑的な勢力が近年、多数存在する。彼らとの連携の下、「各国の政治や経済の主人公は、それぞれの国の一般庶民である」という当たり前のことが実現できよう、現行の国際秩序の変

革を進めるべきである。

 ?国内の労働生産性の向上。大規模移民に頼らず、日本人の手で各産業を運営できる自律的な国づくりへ回帰するため、一人当たりの労働生産性を飛躍的に上昇させることが不可欠である。まずは現在の緊縮財政路線を改め、社会的インフラへの大規模かつ計画的な公共投資を行うこと、およびそれを通じて需要を生み出し、民間の設備投資を促すことが求められる。

 ?時限的な外国人労働者の受け入れ。中・長期的には、上記のように、真っ当な国づくりに回帰するための政策を実施しつつ、短期的には、これまでの国づくりの失敗の帰結である人手不足に対処するため、外国人労働者の受け入れを限定的に行う必要がある。

 その際、真っ当かつ自律的な国づくりへの回帰という目標の明確な表明、および、その実現に向けた具体的工程の明示が不可欠である。これは、受け入れが、なし崩し的に大規模移民につながるという国民の当然の懸念を払拭するために必須である。

 その上で、日本人労働者の賃金や待遇が悪化しないよう、および外国人労働者が不当な環境に置かれないよう、厳格な法規制と監督体制を確立した上で、受け入れ人数や期間を限定し、最低限の外国人労働者のみ受け入れる方策をとるべきである。

 


2025年10月6日号 週刊「世界と日本」2302号 より

 

岸信介の葛藤と決断

 

―「棺を蓋いて事まる」―

(かん) (おお)    (ことさだ)     

 

拓殖大学

政経学部教授

丹羽 文生 氏

にわ ふみお

1979年、石川県生まれ。東海大学大学院政治学研究科博士課程後期単位取得満期退学。博士(安全保障)。2022年から現職。拓殖大学政経学部法律政治学科長、大学院地方政治行政研究科教授。岐阜女子大学特別客員教授も務める。著書に『評伝 大野伴睦―自民党を作った大衆政治家』(並木書房)等多数。

 戦後の歴代首相の中で、岸信介ほど毀誉褒貶の激しい人物は見当たらない。巨魁、妖怪、黒幕、カミソリ、保守反動の権化…。これだけ多くのニックネームを持つ宰相も珍しい。融通無碍で捉えどころがなく、時には押して、時には引く。世間ではタカ派的イメージが強いが、バランスとコンセンサスを重視し、誰も見ていないところで敵に塩を送る老練さもあり、「両岸」とも称された。

 本稿を執筆するに当たり、1981年6月に文藝春秋から出版された『岸信介の回想』を再読した。日本近現代史研究の碩学で知られる伊藤隆が、岸本人と、そのブレーンで政治運動家の矢次一夫を相手にして行った合計24回にも及ぶロングインタビューを一冊にしたものである。興味深いエピソードが満載で実に面白い。亡くなる六年前に刊行されたものだが、その波乱万丈の生涯は、戦前、戦中、戦後日本政治史そのものと言える。

 

 戦前は「革新官僚」として渡満、産業開発全般を担い、満州国で権勢を誇った「弐キ参スケ」(東條英機、星野直樹、鮎川義介、岸、松岡洋右)の一人に数えられた。帰国後は商工次官、東條内閣では商工大臣を始めとする要職に就き、途中、衆議院に議席を得るも、戦後はA級戦犯の被疑者となり、巣鴨拘置所に収監される。講和後の1953年4月に国政へのカムバックを果たすと、保守合同を主導し、自民党の初代幹事長に。1957年2月、政界復帰から4年弱という最短コースで見事、トップの座を射止めた。

 首相在任中の岸が真骨頂を発揮したのは、やはり日米安保条約改定であろう。当時の日米安保条約は完全な不平等条約だった。日本は「アメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍を日本国内及びその附近に配備」する義務を負いながら、アメリカは「極東における国際の平和と安全の維持に寄与」するのみで日本を防衛する義務については明文化されていなかった。しかも「極東」と言っても具体的な行動範囲が曖昧で、アメリカが一方的に拡大解釈できるものとなっていた。

 さらには、日本に内乱、騒擾が発生した場合、それを鎮圧することができる「内乱条項」が存在し、条約期限も設けられていなかった。アメリカの「事前の同意なくして、基地、基地における若しくは基地に関する権利、権力若しくは権能、駐兵若しくは演習の権利又は陸軍、空軍若しくは海軍の通過の権利を第三国に許与しない」という条項も、自らの決定事項にアメリカからの了承を得なければならず、まさに支配者と被支配者、後見人と被後見人、保護者と被保護者のような印象を受ける内容だった。

 

 岸は、これを双務的なものに変えるべく奔走する。首相就任から4カ月後に「日米新時代」をスローガンに掲げアメリカへ。僅か3日間の滞在中、岸は大統領のアイゼンハワーと2回、国務長官のダレスと6回、合計8回の交渉に臨み、結果、日米共同声明に「安全保障条約が本質的に暫定的なものとして作成されたものであり、そのままの形で永久に存続することを意図したものではないという了解を確認した」と明記された。

 これを機に日米安保条約改定に向けた協議が本格的にスタートし、紆余曲折を経ながらも1960年1月、ホワイトハウスのイースト・ルームにおいて新条約が調印された。この場所は、ちょうど100年前、日米修好通商条約の批准書を交換するために訪米した日本使節団を、当時の大統領であったブキャナンが迎えた部屋でもあった。

 

 しかし、ここからが波乱の幕開けだった。新条約故、国会承認が必要である。野党勢力が徹底抗戦の構えを見せる一方、全国で「安保反対」の声が渦巻いた。朝鮮戦争の記憶も新しい中、改定によって日本もアメリカの仕組んだ戦争に巻き込まれる危険性があるという「巻き込まれ論」が独り歩きした。

 国会議事堂の周りでは連日のように反対派が押し寄せ気勢を挙げた。渋谷区南平台町の私邸には石や火の着いた布が投げ込まれた。議事堂構内に突っ込んできた反対派の中から22歳の全学連(全日本学生自治会総連合)主流派女性(樺美智子)が乱闘に巻き込まれ圧死するという悲劇まで起こった。

 

 このままでは岸の命も危ない。首相官邸の安全確保に危機感を募らせる警視総監の小倉謙は岸に「とても十分な官邸警備ができないから、何か事が起ってからではいけない、別の所へ移ってくれ」と求めてきた。だが、岸は頑として首を縦には振らなかった。「ここが警備できないというなら、どこへ行けば安全なんだ、全力を尽くしても、何か起ればそれはやむを得ないんだ」と拒否、最後は「兄さん、今晩ここで二人で死のうじゃありませんか」という実弟の佐藤栄作と2人で首相官邸に「籠城」した。後に首相となる佐藤は当時、大蔵大臣だった。

 

 1960年6月19日午前零時、新日米安保条約は自然承認となる。その後、21日に新条約の批准を閣議決定し、翌日にはアメリカの上院でも批准が終わり、23日、日米間で批准書が交換された。これを受け、岸は「人心一新」と「政局転換」、そして騒動の責任を取る形で首相の職を辞した。

 首相官邸を去る時、岸は中国の歴史書『晋書』に出てくる「棺を蓋いて事定まる」という言葉を漏らしたという。その人の評価は死後に定まるという意味である。これは岸の捨て台詞ではない。偽らざる本音だったのではないか。

 

 あれから65年の歳月が流れた。今や日米安保条約改定を論難する人はいない。逆に岸に対しては先を予見した大宰相との評価が定着している。

 政治家の評価は難しい。しかし、少なくとも「今」の評価だけを気にして、有権者に阿り右顧左眄するような政治家は後世に名を残すことはできまい。例え「今」の国民から反発を食らおうとも、遠い将来を見据え、同時に国家・国民の歴史性、持続性を守るために目の前の利益を損ねる覚悟を持って、次代、次々代のために斃れて後已む政治家こそが本物と言えよう。

 


2025年8月18日号 週刊「世界と日本」2299号 より

 

独立国家としての国家戦略を推進する

 

創生『日本』

 

麗澤大学 特任教授

江崎 道朗 氏

えざき みちお

1962年、東京都生まれ。九州大学卒業後、国会議員政策スタッフなどを経て2016年夏から評論活動を開始。主な研究テーマは近現代史、外交・安全保障、インテリジェンスなど。産経新聞「正論」執筆メンバー。2023年、フジサンケイグループ第39回正論大賞を受賞。最新刊に『なぜこれを知らないと日本の未来が見抜けないのか』(KADOKAWA)。

 国際政治力学が大きく変わりつつある。

 世界の警察官たる米国の力が相対的に低下したこともあって国際社会は再び「紛争の時代」に入った。こともあろうに国連常任理事国であるロシアがウクライナに対して公然と侵略戦争を仕掛け、中東でもテロと紛争が続いている。世界平和の調停役である国連は全く頼りにならず、かつ米国をもってしてもロシアの侵略を阻止できない。米国が味方になってくれればそれで安心という時代ではなくなってきたのだ。

 我が国にとって深刻な問題は、ロシアの10倍以上の経済力と軍事力をもつ中国が日本のすぐ隣に存在しているということだ。中国は21世紀に入って驚異的な経済発展を遂げ、2010年頃からインド太平洋地域で威圧的な動きを強めるようになった。南シナ海に軍事基地を設け、台湾に対する「武力統一」を公言し、台湾・沖縄を含む東シナ海で軍事訓練を繰り返している。

 中国の軍事的台頭に対して日本は幾つかの選択肢がある。

 

 第一は、中国の威圧的な対外行動を容認し、中国の影響下に入ることを甘受する道だ。

 第二は、中国による「力による現状変更」を米国によって抑え込んでもらう道だ。だが、軍事大国となった中国を、もはや米国だけで抑え込むことは困難だ。

 戦後半世紀以上にわたって我が国は安全保障を米国に依存してきた。しかし日本が主体的に動かなければ、貿易立国の基盤である「自由で開かれたインド太平洋」秩序を守れないばかりか、尖閣諸島なども喪いかねない。

 そこで2012年12月に発足した第2次安倍晋三政権は、第三の道を選択した。それは、自らの経済発展と軍拡、そして米国を始めとする自由主義陣営を結集して中国の威圧的な行動に立ち向かう道だ。

 この第三の道に向けた政権構想を作ったのは、派閥横断型政策集団・創生『日本』(平沼赳夫顧問、安倍会長)であった。

 

 創生『日本』は2012年春、中国の軍事的台頭に伴う国際情勢の激変への対応と長引くデフレからの脱却を目指し、『新しい日本の朝へ(中間報告・素案)』を策定した。その前文には以下のように記されている。

 《隣国・中国の軍事的台頭による日本周辺の軍事的・外交的環境の激変。米国は依然として最強のスーパーパワーであることは事実としても、今や力の相対化は否めず、日本の主権と独立の確保のみならず、アジアの平和と安定のために日本が果たすべき役割は増大している。

 しかし、この現実を前に、日本が何らの対応もなし得なければ、日本は独立の国家たり得ないだけでなく、「誇りある国家」として存続し得ない。そのような現実を乗りこえるべく、日本は今こそ現行の憲法を基盤とする体制を見直すとともに、国家としての明確な意思を確立することが求められている。》

 

 こうした問題意識のもと、2012年12月に発足した第2次安倍政権はアベノミクスを掲げて経済成長を目指すと共に2013年、戦後初めて日本独自の国家安全保障戦略を策定し、自由主義陣営を結集しつつ、「自分の国は自分で守る」国家体制の再構築に着手した。

 特定秘密保護法、平和安保法制などを次々と制定して「有事」に対応できる法整備を整え、日米同盟を強化するだけでなく、豪英仏加印などと軍事協力関係を構築してきた。

 この国家戦略を更に強化したのが岸田文雄政権だ。2022年12月、反撃能力の保持を謳った新たな国家戦略を策定し、5年間で43兆円の防衛費を使って防衛力の抜本強化を始めた。

 力の信奉者である中国との戦争を回避するためには、こちらも力がないといけない。そう考えて我が国はこの十数年、中国との対話を続ける一方で、日米同盟の抑止力、対処力を向上させ、かつ豪英仏加印といった同志国を糾合してきた。

 だが中国の習近平政権は台湾に対する「武力統一」を断念するつもりはなく、台湾周辺で大規模な軍事演習を繰り返している。しかも大規模演習は、恫喝目的の訓練ではなくなりつつある。米インド太平洋軍のS・パパロ司令官は2025年2月13日、ホノルル防衛フォーラムにおいて中国の軍事演習が2022年の6個旅団から2024年夏には42個旅団に拡大し、150隻の艦艇と200の水陸両用戦闘車両が参加する大規模なものに変容したと報告、これらは「単なる演習ではなく、リハーサルだ」と警告した。 

 

 こうした厳しい情勢判断のもと、米国は昨年12月23日、2025会計年度国防権限法を成立させ、実に8950億ドル(約140兆円)もの国防予算を決定した。2015年は5604億ドルだった国防予算を10年で1・5倍近く増やしたことになる。その狙いは「中国の抑止」だ。米国も必死なのだ。

 だが、それでも台湾「有事」を回避できるとは限らない。しかも中国はロシアや北朝鮮と連携して台湾だけでなく、朝鮮半島や南シナ海でも同時に紛争を仕掛けてくるシナリオも想定され、現有の米軍兵力だけでは対応できない。

 そこで3月30日、中谷元・防衛相との初会談後の記者会見でP・ヘグセス米国防長官は「中国共産党の威圧的な行動に日米は結束して立ち向かう」「西太平洋で有事に直面した場合、日本は前線に立つことになる」と言及したわけだ。

 

 こうした国家的危機に対応すべく自民党保守系議員も動き出した。6月29日、高市早苗、小林鷹之衆議院議員らが所属している創生『日本』(衛藤晟一幹事長、木原稔事務局長)は「日本がめざすべき道」とする以下のような新方針を公表した。

 《「台湾有事は日本有事」という認識のもと、自分の国は自分で守る防衛・インテリジェンス体制を強化し、同盟国・同志国との連携を深め、「自由で開かれたインド太平洋」を推進する。親の世代の家族が存命のうちに全拉致被害者の即時一括帰国を実現する。軍事組織としての自衛隊、緊急事態条項を明記する憲法改正を何としても成し遂げる。》

 平和を維持してこそ経済活動も社会保障も成り立つ。我が国の最優先事項は、台湾「有事」を抑止し、「自由で開かれたインド太平洋」を守るため、防衛費のさらなる増加を含む国家安全保障体制の拡充だ。

 


2025年8月18日号 週刊「世界と日本」2299号 より

 

創設する防災庁を

 

世界屈指の組織とするために

 

関西大学 特別任命教授・社会安全研究センター長

京都大学 名誉教授

河田 惠昭 氏

かわた よしあき

関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長、人と防災未来センター長。京都大学名誉教授。国連SASAKAWA防災賞、防災功労者内閣総理大臣表彰など受賞多数。瑞宝中綬章。日本自然災害学会および日本災害情報学会の会長を歴任。著書に『これからの防災・減災がわかる本』『にげましょう』『津波災害(増補版)』等。

 本年1月から6月まで、8回開催された防災庁設置準備アドバイザー会議を経て、最終報告書が公表された。この内容を基本として、いよいよ防災庁の具体的な組織が、国会の審議などを経て具体化されようとしている。筆者の50年にわたる防災研究を終えてもよいわけであるが、南海トラフ巨大地震(以後、南トラ地震と略称)のような国難災害が発生してわが国が没落しないように、いくつもの目標をさらに実現しなければならない。

 

内閣総理大臣をトップとする司令塔を創設する

 2016年熊本地震では、安倍首相は政府が実施した『プッシュ型支援』は成功したと発表したが、実際は失敗だった。陸上自衛隊の大型ヘリコプターが災害直前に事故を起こし、飛行禁止になって使えず、救援物資集積地の佐賀県鳥栖市から被災地への輸送は、陸上輸送に限られ、そこで大規模な渋滞が発生して、決められた時間に決められた物資を多くの避難所に届けられなかった。この責任はどこにあるのかは、明らかにされてこなかった。そのようになった原因は被災地の実情が正確に報告されず、内閣官房のトップに立つ首相の指揮命令も明確でなかったからである。防災庁が実現しても、大災害では防災大臣ではなく、首相が内閣官房のトップに立って指揮命令する必要があり、司令塔機能の常設と強化によって、被災地で発生している事象を正確に把握し、関係省庁に指示する必要があろう。南トラ地震が発生した時、陸上自衛隊は約11万人しか被災地に派遣しない。これは2011年東日本大震災とほぼ同規模であるから、まったく足らず初動は失敗する。最大限の出動ができない理由は、この震災がきっかけとなって中国による台湾侵攻が始まる危険性があるからだ。自衛隊は国防が主務である。南トラ地震のような国難災害を国防と同列に見なせない政治体制が、致命的な被害軽減の弱点のままに残る。

 

憲法に緊急事態条項を明記する

 コロナパンデミックの時、政府は東京・幕張に大きな野戦病院を創ろうとしたができなかった。病院開設に当たってあまりにも関係する法律が多く、調整に長時間を要することがわかったからである。1961年施行の災害対策基本法には、緊急事態に関する規定として、災害緊急事態の布告と、それに基づく緊急政令の制定が明記されている。しかし、過去の災害に際して一度も発令されていない。感染症の場合の野戦病院と同じ理由である。筆者は4年前から、感染症と自然災害に強い社会を目指すニュー レジリエンス フォーラムの活動に参画しているが、緊急事態条項が憲法に書かれていないと、迅速な対応が不可能なことがわかった。わが国の近代化は明治維新から始まったが、そこでは欧米の真似をすることから始まったと言ってよい。大日本国憲法は当時のプロシャの憲法を7年間検討した吉田松陰門下の伊藤博文の草案に基づいていることがわかっているが、そもそもプロシャでは日本のように一度に千人単位で死亡する大災害は起こった経験がなく、同国の憲法に危機管理に関係するような案文が入る必然性はまったくなかったと言える。憲法に緊急事態条項が明記されていなければ、首相が指揮命令する司令塔の役割を果たすことは不可能だ。

防災庁の分局を地方に複数設置し、輪番制で全国展開する

 防災庁の分局を誘致したいという要望が、21ケ所からあり、道府県の3割が名乗りを上げている。まず、地方分権の考え方であるが、“住民に身近な行政”だからという理由で権限や財源を移譲すると、失敗は免れない。なぜなら、権限や財源を移譲すると、それを適切に利用できるかどうかが問題となろう。まず、自治体などは誘致そのものが目的となっており、実現すれば、必要経費の妥当性や執行状態の適否を分局を受け持つ自治体が審査し、改善する必要がない。これを避けるために、既存の地方気象台や地方建設局など、災害に関係する政府の現業機関との協働が必須で、当初から10程度以上を候補とし、その内、初回、3程度指定し、数年後には入れ替わる形で、待機中の分局候補の実務経験を増やすことを目指した輪番制を採用することが考えられる。こうすると、防災力の全国的なレベルアップが長期的に実現すると考えられる。

 

全省庁は大被害となる事象を事前開示する

 筆者が発見した『社会現象の相転移』の発生を事前防災によって防ぐという世界初の画期的な試みを成功させなければならない。『社会現象の相転移』は、本年6月に公表されたアドバイザー会議の最終報告書の第1ページに脚注付きで紹介され、その後も2度記述されている最重要な事前防災策を構成する。まず、社会経済被害については、災害後に被害内容や特徴、大きさが具体的に判明するのが常態であり、いつも対応が後手であった。だから、初動が遅れ、社会の混乱状態が長期化した。これらが事前にわかれば、縮災(ニューレジリエンス)は必ず成功するだろう。しかも、事前に被災者や被災組織は詳しい被害がわかり、事前対策が具体的にできるはずである。また、人的被害についても、筆者の解析から、例えば、災害関連死は停電と断水を同時に経験した多くの後期高齢者で発生していることがわかり、しかも、被災と関係しない『孤独死』との区別ができず、結局、南トラ地震では合計すると26万人に達し、津波による犠牲者数を上回る危険性を提起したい。早期津波避難によって7、8割も犠牲者が減るというのは机上の空論であろう。先鋭的な防災研究のさらなる推進が期待される。

 

防災大学校を創設する

 防災庁の下で、分局を輪番制で全国展開しようとするとき、最大の問題は適切な国家、地方公務員を確保できるかどうかであろう。適切とは、実践性を有する能力と人数ということであり、まず職員研修や訓練を受けなければならない。そこで、教育・研修が可能で、かつ課題解決の研究能力を有する大学校を創設し、公務員のスキルを磨くことが求められる。大学校のひな型になるのは2002年に神戸に創設され、筆者がセンター長を務める人と防災未来センターである。このセンターは、ここで述べた機能を有しており、かつ危機管理できる人材として、すでに1万人以上の自治体職員の研修を実施してきた。したがって、この機能を高度化し、施設の拡大を図ることが先決だ。そして、分局設置を希望する複数の自治体の既存の公共施設を用いて、地方に応分の財政負担をお願いして同様の組織をもう一つ創設すれば、成功は間違いがない。また、防災教育をさらに推進・充実するには、とくに私立学校での取り組みが遅れていることに鑑みて、教育委員会が先頭に立って進めることが重要だろう。

 最後に、南トラ地震という国難災害発生を目前に控え、世界に誇るべき平和主義を自らの責任で守っていくという国民の覚悟と行動が必要だ。防災と国防は同列であり、憲法改正が視野に入る。

 


2025年8月18日号 週刊「世界と日本」2299号 より

 

自民党は結党以来の最大の危機

 

「不信任」の石破首相は退陣を表明

 

評論家

ノンフィクション作家

塩田 潮 氏

しおた うしお

1946年高知県生まれ。慶大法卒。雑誌編集者、月刊『文藝春秋』記者などを経て独立。『霞が関が震えた日』で講談社ノンフィクション賞受賞。『大いなる影法師』、『昭和の教祖 安岡正篤』、『日本国憲法をつくった男 宰相幣原喜重郎』、『憲法政戦』、『密談の戦後史』、『解剖 日本維新の会』、『大阪政治攻防50年』、『安全保障の戦後政治史』。近著に『戦後80年の取材証言―私が聞いた「歴史的瞬間」』など著書多数。

 2024年10月1日登場の石破茂首相は、自ら設定した27日の衆議院総選挙と10カ月後の25年7月20日の参議院選挙で2度とも大敗を喫した。国民主権・議会制民主主義の大原則に従えば、「国民は不信任」が明白で、退場は不可避である。

 だが、首相は21日、辞任を否定した。自民党で退陣要求の「石破降ろし」の動きが表面化したが、本稿執筆の31日の時点で、続投の方針を変えていない。

 進退問題では唯一、全面的に首相を支えてきた自民党の森山??幹事長が、28日の党両院議員懇談会で「8月末までに責任を明確に」と表明した。辞任予告で、9月末の「党役員任期切れでの幹事長交代」を示唆した形だ。

 一部に「石破首相支持デモ」などの動きもあるが、首相の続投宣言に対して、「まさか本気とは」と思った国民は多かった。

 首相の内意については、可否は別にして、大きく2つの見方がある。第1は在任満1年となる9月末ごろまでの短期の政権継続が目標ではという推測、第2は10月以降も首相を続ける長期続投が狙いではという見解だ。

 

 今後の政治の課題では、首相は誰にという選択だけでなく、与党の構成、つまり連立政権の組み替え、さらに自民党の現在と将来など、重要な問題が未定のままである。

 自民党は11月15日、1955年の結党から70年を迎える。そのうちの約66年が政権与党だった。現在、衆参両院で過半数割れでも、いまだ共に第一党だ。

 参院選後、党内には下野論もあるが、それ以上に、沈没・漂流・分解も、という「結党以来の最大の危機」を克服できるかどうか。「改革・再生」か「解党的出直し・再建」かという瀬戸際の自民党の行方も焦点となる。

 石破首相の進退はそれらの入り口のテーマだが、実は日本では、首相は国会議員である限り、ぎりぎりまでその座にとどまることができるという制度的な特典がある。

 憲法第69条によって、衆議院で内閣不信任決議案が可決されても、総辞職か衆議院解散かという選択権が留保されている。仮に与党の党首の座を追われても政権を握り続けることが可能だ。

 結局、いつどんな場面で政権を手放すかの最終判断は首相が自分で下さなければならない。そのために、首相となった政治家の本質、裸の姿は、権力者の退き際、つまり辞め方にくっきり表れる。

 首相就任までの石破氏は「民意との結託」「本音の言動」「理念と理屈の重視」という個性が武器だった。07年参院選と09年の東京都議選の敗北の際、第1次内閣の安倍晋三、麻生太郎の両元首相に事実上の退陣要求を突きつけたこともある。

 

 現在の石破降ろしはブーメラン現象といえなくもない。それを承知で、石破首相は表向き、これ以上の政権担当は無理と見定めるぎりぎりまで続投に固執する方針と映る。

 「ぎりぎり」の時期はいつか。前述の首相の本心の推理で、第1の「在任1年となる9月末ごろ」との見立ての根拠の一つに、歴代の短命首相との比較も視野にあるのでは、という分析もある。

 自民党首相は初代の鳩山一郎氏以後、計26人(実数は25人)で、在任日数は石橋湛山氏(65日)、宇野宗佑氏(69日)の次は麻生氏(358日)、福田康夫氏(365日)、第1次の安倍氏(366日)、菅義偉氏(384日)、森喜朗氏(387日)の順だ。

 石破首相も9月末前後まで在任すればこのレベルの首相となる。実際は「8月下旬に退陣表明、9月の総裁選実施、9月末か10月初めの交代」を想定済みで、残り約2カ月で政権の仕上げをと考えている可能性がある。

 

 他方、前述の第2の長期続投狙いという予想は、「ぎりぎりはまだ先」と見込む石破首相の政権への執着心に着目する。

 石破氏は「自民党離党・復党の経験がある初の首相」「首相就任直前の約8年、重要役職と無縁だった初の首相」という経歴の持ち主である。総裁選は08年の初挑戦から16年、「5度目の正直」の勝利で権力を握った。闘争心と執着力はけた外れという評も多い。

 とはいえ、民主党政権の菅直人首相時代以来、14年ぶりに政権与党内で本格的な「首相降ろし」の動きが火を噴いた。首相打倒の党内抗争では「三木降ろし」(三木武夫首相。1976年)、「森降ろし」(森喜朗首相。2000~01年)、菅降ろし(菅直人首相。10~11年)が有名だ。

 三木降ろしは、ロッキード事件発覚後、自民党内の大派閥連合軍が仕掛けたが、三木首相は民意の支持を背景に51年12月の衆議院議員任期満了までの在任に成功した。森降ろしと菅降ろしでは、民意の支持を失った首相が最後に観念して政権の座を降りた。

 これを見ても、最終的に首相降ろしの政治力学で決め手となるのは民意である。石破首相も例外ではない。

 

 24年衆院選の後、読売新聞、朝日新聞、共同通信の調査で「首相交代より政権の継続」の支持が56~65・7%に達した。少数与党で政権維持を目指し続けたその後の石破首相の「最大の後ろ盾」となった。25年参院選後の7月の朝日新聞調査では「『石破首相辞めるべきだ』41%、『必要ない』47%」だった。

 今、民意は首相交代を望んでいないという論も根強い。そればかりか、自民党内の石破降ろしも、退陣決議や総裁選実施要求などで党則上の制約もあり、結局、手詰まりに終わるという指摘もある。

 それでは石破政権は続くのか。「死に体」は疑いない。最大の失敗は衆院選後の9カ月の政権の舵取りだ。

 少数与党での政権維持で、妥協や野党傾斜を強いられた。その点は差し引いても、石破流とは対極のはずの弱腰と優柔不断への失望は大きい。安全運転最優先で、自身の達成目標や、政権のデザインとシナリオなどを国民に強く訴え、果敢に実行するという挑戦姿勢はほぼゼロであった。

 首相としての過去10カ月をじっくり観察した民意は、仮に続投を認めてもその点に変わりはない、と見抜いたに違いない。「今が辞め時」と退き際の決断を促すのは誰か。とどめを指すのは最愛の石破夫人かもしれない。

 


2025年8月4日号 週刊「世界と日本」2298号 より

 

戦間期の世界と日本

 

社会構想大学院大学

社会構想研究科研究科長・教授

先﨑 彰容 氏

《せんざき あきなか》

1975年東京都生まれ。専門は近代日本思想史・日本倫理思想史。東京大学文学部倫理学科卒業。東北大学大学院博士課程修了後、フランス社会科学高等研究院に留学。著書に『国家の尊厳』、『本居宣長:「もののあはれ」と「日本」の発見』、『批評回帰宣言:安吾と漱石、そして江藤淳』など。

 今年一月、米国の調査会社ユーラシア・グループが、「世界の一〇大リスク」を発表し、日本でも話題になった。一位が「深まるGゼロ世界の混迷」であり、第二位第三位がそれぞれトランプの支配と米中決裂だった。とりわけ興味深いのが、Gゼロ世界の混迷を、一九三〇年代と冷戦初期に匹敵する危険な時代だと定義したことである。

 筆者は偶然、一冊の本を脱稿した。一〇月に新潮新書として刊行予定のこの本で、「現代社会は、戦間期、すなわち第一次大戦と第二次大戦のあいだである。つまり、一九二〇年-三〇年代に注目すべきである」と書いていたのである。この問題意識を手掛かりに、わたしたちの現在地をさぐり、もって日本人が今度、どう生きるべきかを考えてみたい。

 戦後八〇年の節目ということもあって、私たちは太平洋戦争に関心が向きがちである。しかし今年が昭和百年にあたり、昭和元年が一九二五年であることにも、もう少し注目したほうがよい。一九二五年前後の国内外の情勢を列挙すると、次のようなことが起きていた。

 

 一九一七年、第一次大戦終結。ロシア革命でソ連の成立。翌一八年、スペイン風邪の大流行がはじまる。二〇年、パリ講和会議をへて国際連盟設立。二三年は国内では関東大震災が、外交では四カ国条約が締結され、日英同盟が事実上、破棄されたのである。翌年、アメリカで排日移民法の成立。この時期から、日米未来戦記が流行する。一九三〇年、ロンドン海軍軍縮条約が締結、統帥権干犯問題で浜口雄幸が暗殺される。もちろん前年、世界大恐慌に世界は呑み込まれている。三一年、満州事変勃発。日本の孤立は深まり、三三年、日本が国連脱退をした同年、ドイツではワイマール体制が崩壊し、ヒトラーが登場する―。

 以後、一九四一年の日米開戦まで、わが国は日中戦争の泥沼にはまり込むわけだが、私はここで戦前日本の戦争責任を云々したいわけではもちろんない。問題は、第一次大戦が、「総力戦」と呼ばれる、未曽有の犠牲者をだした戦争だったという点であり、その結果、ヨーロッパのなかから、ヨーロッパ自身の文明観や価値観への懐疑が生まれたことにある。

 

 例えば、国際連盟の設立は、しばしば提案国であるアメリカが参加しなかった結果、失敗したと言われる。教科書的なこの説明は、事実をうまく説明していない。当時、実際におきていた事態はもう少し深刻であった。その格好の事例を、外交官であり学者でもあった、E・H・カーの著作『危機の二十年』と『平和の条件』に見て取ることができる。

 今日でも岩波文庫で手軽に読むことができる二冊によれば、カーは、第一次大戦がもつ意味を、十九世紀近代システムの終焉と位置づけている。十九世紀近代システムとは、一八〇〇年代に主に西ヨーロッパで通用した価値観のことで、政治思想では自由民主主義、経済体制では自由放任主義、国際秩序では民族自決主義、そして人間の生き方としては個人主義のことである。現在でもおなじみのこの価値観は、日本ではペリー来航時に文明開化として導入されたものであった。カーが主張したのは、こうした近代システムは、決して普遍的価値観でも人類すべてが受容できる世界観でもなく、単に一八〇〇年代の西ヨーロッパの安定に資するシステムにしか、すぎないというものだった。

 

 例えば、自由放任主義は、今日風にいえば、グローバル経済のことであり、新自由主義経済によって、規制緩和と市場競争を推し進める立場のことである。また、民族自決とは、一民族一国家のことであり、小国であっても主権を認められるという考え方のことである。しかしこれを一九二〇年代の東ヨーロッパに適用してみよう。すると、第一次大戦中の総力戦体制とソ連の国家総動員体制を前にして、国家統制不在の経済が、いかに脆弱であり、貧富の格差を生みだすかが、あからさまになった。また東ヨーロッパに民族自決を適用すると、多民族が混在する地域性のため、混乱が混乱を生んで、平和も秩序も生まれない。結果的に、大国Aの侵略を防ぐためには、大国Bの支配下に入るしか小国に選択肢はなく、事実上、主権など認められない状態に陥るのである。

 こうした考察を一歩一歩進めながら、カーは、次のように言うのだった。戦間期とは、従来、普遍的価値だと思われた近代システムが終焉し、「新秩序」が求められている時代なのだ、と。要するに、西洋は没落し、それに代わり、今や新しい世界観、国際秩序観をかかげて、ドイツとソ連が台頭してきている。その魅力に注目せよと言っていたのである。

 

 さて、二〇二五年を生きるわれわれは、その結果を知っている。結果は、カーの予想通りにはならなかった。第二次大戦で、ファシズムの世界観を破った自由民主主義陣営は生き残り、一九九〇年代には共産主義にも勝利し、十九世紀近代システムは二〇二五年まで続いてきたのである。

 しかし、私たちは、トランプ大統領自身が、自由民主主義は民主党の欺瞞にすぎないこと、自由放任主義よりも関税による保護貿易主義を主張していることを知っている。また、ヴァンス副大統領が「保守革命」をかかげて、個人主義よりは古き良きアメリカの家族主義と信仰の重要性を訴えていることも知っている。そして現在、日本をふくめた国々が、経済安全保障の名の下に、一民族一国家よりも、広域経済圏構想に興味をもっていることも知っているのだ。

 かくして、百年前の戦間期に、きわめて近いことを、私たちがおしゃべりしていることが分かるだろう。戦前、日本はこの世界的危機に対して、「大東亜新秩序」という、カーの思想のアジア版を掲げて世界秩序に挑戦した。現在、近い構想は、むしろロシアや中国が目指しているといってよいだろう。

 では、いったい日本はどういう自画像をもつべきなのか。Gゼロという混沌に、どういう物語を世界に提供できるのか―これが今、私たちが取り組むべき課題なのである。

 


2025年7月21日号 週刊「世界と日本」2297号 より

 

今こそ求められるノブレス・オブリージの精神

 

富士通フューチャースタディーズ・センター特別顧問

筑波大学 特命教授

谷口 智彦 氏

たにぐち ともひこ

1957年生まれ、東京大学法学部卒。富士通フューチャースタディーズ・センター特別顧問、筑波大学特命教授、安倍第二次政権で故首相の外交政策スピーチライター。近著は『安倍総理のスピーチ』(文春新書)。記事はエコノミスト、フォーリン・アフェアーズ、ニューヨークタイムズに掲載。BBCほか国際放送出演が多数。

 「ノブレス」とはフランス語で位が高い、育ちが良い上流階級に属す者のことをいう。

 「オブリージ」は英語の「オブライジ」と同じで、両者が合わさって「ノブレス・オブリージ」となると「恵まれた、上流に属す者は自ら進んで世のために尽くすべし」という意味の言葉になる。

 この時点で筆者がそうであるように「じゃあ自分と関係ない」と思った人がいるかもしれない。ところが日本では話が違うということを、すぐ後にみる。

 

 革命で王政・貴族を倒したはずのフランスに19世紀の前半、復古王政の時代が来る。

 再び世にまかり出た貴族どもが自分らの地位を正当化するため言い出したのが、言葉のいわれなんだとか。

 英国に渡ると、同じ言葉はフランス語発音のまま、つまり発音できるかどうかで教育の有無や階級の判別ができるフレーズとして、さかんに人気を得た。

 時あたかも、大英帝国が隆盛を極めるビクトリア時代である。

 宏大な土地をもつ貴族の家に生まれた次男坊、三男坊が寄宿学校仕込みの体力・知力そして厚かましさで、世界に押し出した頃だ。

 「高貴なる者に相応の務めあり」としたこの言葉は、確固不動の階級制、それから、多少の施しをした程度ではびくともしない富の集積、偏在を前提としてこそ意味をもった。その「下部構造」が変われば、言葉は影響を被らざるを得ない。

 

 Googleの機能(Ngram)を用い「ノブレス・オブリージ」の頻出度とその変遷を英語圏についてみると、果たせるかな、1900年頃が最も多い。出現度合いはその後一貫して減り続け、今日この01は、もはや絶滅危惧種に属す。

 面白いことに日本を除いては、だ。

 江戸から明治、次いで戦前から戦後と、百年せぬうち二度も階級差を潰す大変革を遂げた日本は、世にもまれな平民社会になった。

 ビル・ゲイツ、イーロン・マスク級の大富豪がいない国である。

 だからか、「いかにも上流でござい」の感を醸すこの用語を英国などでホントの上流に属す者はむしろ嫌うのに比べ、日本ではまだよく人の口に上る。

 そしてひとを内省に向かわせる。汝、善をなすに憚ることなかりしか、というわけだ。

 

 本紙読者なら、ご記憶にあるだろう。

 1990年、経団連(当時)は「1%クラブ」を作って加盟企業に献金を呼びかけた。

 営業利益の1%ぐらいは(名称の由来)世のため人のために供すべし。それは法人のなすノブレス・オブリージなのであると、当時まだ元気だった盛田昭夫氏が言っていた。

 盛田氏らが創ったソニーは、当時米国で破竹の勢いだった分、風辺りが強かった。それをかわす一助にしようとの動機があった。

 がなんといっても、その頃まで続いた株価と地価のバブルが多くの企業に濡れ手に泡の超過利得を与えていたから、経営者は鷹揚でいられた。口にするとなんだか自分が貴種に属したような、心理的愉悦も味わえたろう。

 

 35年経って、日本と日本企業はもう御大尽ではなくなった。

 日本はその経済規模でドイツに抜かれまたインドに追いつかれ、一人当たりGDPなどは滑落の一途。往年の光輝はいまやない。

 企業会計原則はその間に大変革を遂げ、社長のポケットマネーは霧消した。太っ腹の社長などはいまの日本で求めるも無駄である。

 でももとから大した富豪が存在せず、階級差は諸外国に比べあってもなきがごとき国が日本だった。その口にする「ノブレス・オブリージ」は、ゆえにもとより特殊日本流である。概念において「貧者の一灯」とさほどの懸隔はなかった。

 懐こそかつてほど豊かでなくとも心に富貴を求め、保たんとする「ノブレス」には、カネではできない貢献のしようがある。新時代にも「オブリージ」はあり得るし、各界リーダーたちはその追求に励んでほしい。

 

 心の豊かさを後の世に残そうとするなら、日本人が日本人であるゆえんはなんで、どうすればその精華を引き継げるか熟考し続けることがいの一番だ。

 対話型人口知能の急速な進化によって、英文(に限らず外国語一切)の読み書きは、あっけないまで簡単になった。明治開国以来日本民族を悩ませ続けた語学の壁は雲散した。

 だからこそ日本語の美を我々自身で学び直し、子孫に伝えるよう努めるときは今。日本語あっての日本人だ。

 筆者は馬齢を重ね、このごろようやく気づいたことがある。

 君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで。

 天皇のお家はその連続においてまた治者の自覚を持ち続けた家系の継続において世界に比類ないもので、右の歌詞は、多少の比喩的誇張を含むものの事実の正確な描写であり、神話的捏造ではなかったという一事だ。

 だったらそれを当世当代の我々が絶やしてはならじと、厳かな認識にいざなわれる。

 かつまたこれが日本に不易を与えた一本の竜骨だったかと感じ入る。いかにしてこのことを次世代に教えるべきかに想が移る。

 

 まずはたった32という音節数でも、歌唱に要する時間(45秒~1分)でも世界各国国歌と比較し最も短い「君が代」を、みなが歌えるようにしたい。

 向後数年から四半世紀の間に中国はわが尖閣諸島を取ろうとし、台湾をわがものとすべく実力を及ぼすこと必定だ。備えにこれで十分という限度はない。

 防衛費はいまやGDPとの比率ウンヌンと外形的議論をしてよい時期ではなく、所要の額をすべて惜しみなく費やして、それでも追いつかないくらいであるとの認識が必要だ。

 ノブレスのオブリージとはこれを必要であると認めること、その合意づくりに、自らを捧げることとなろう。

 盛田昭夫がいま生きていれば、日本国あってのソニーであって国家の安保は一私企業の損得を超えるのだと、そう衒いなく言ったのではあるまいか。

 ノブレス・オブリージに果たせる役目はある。否、いまこそ重要であるとそう訴えて、稿を閉じたい。

 


2025年7月21日号 週刊「世界と日本」2297号 より

 

蔦屋重三郎に学ぶ

 

企業家精神と経営の要諦

 

大阪経済大学 特命教授

経済評論家

岡田 晃 氏

おかだ あきら

1947年大阪市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社。記者、編集委員を経てテレビ東京に異動。WBSプロデューサーを経て、ニューヨーク支局長、テレビ東京アメリカ初代社長、テレビ東京理事・解説委員長。06年より経済評論家として独立し、大阪経済大学客員教授に就任。現在、同特命教授。主な近著に『徳川幕府の経済政策―その光と影』。

 NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』が面白い。主人公の蔦重こと蔦屋重三郎がさまざまな困難に直面するも周りの人たちの協力を得て商売を成功させていく様子が描かれているが、実際の蔦重も独自のアイデアと戦略でビジネスを展開し江戸時代最大のヒットーメ―カーとなった。その成功の軌跡には、現代の企業経営にとって重要な要素が詰まっている。

 

江戸最大のヒットメーカーに

 

 蔦屋重三郎(1750~1797年)は23歳の時、吉原で書店を開業した。貸本業が中心だったが、吉原のガイドブック「吉原細見」や遊女を花に例えて紹介する「一目千本」などの新刊出版でヒットを飛ばし、続いて黄表紙(絵入りの娯楽本)を次々と出版する。

 経営基盤を確立した蔦重は34歳の時、江戸の商業の中心地・日本橋の一角、通油町(現在の中央区日本橋大伝馬町)に進出した。ここから一段の飛躍を遂げることになる。黄表紙や狂歌、浮世絵などでベストセラーを連発し、江戸を代表する版元に成長していった。

 その頃は商業経済が発展して庶民の生活水準が向上、それを背景に田沼意次が商業重視の政策をとっていた時期で、自由な気風の下、大衆文化や娯楽が広がっていた。蔦重はこうした時代の流れをとらえて成功したのだった。

 だが意次が失脚し、代わって老中に就任した松平定信が「寛政の改革」を始めると、経営環境はがらりと変化する。定信は、質素倹約、ぜいたく禁止、綱紀粛正などを打ち出した。そこで黄表紙作家たちは定信の政策を風刺する読み物を相次いで発表、蔦重が売り出したところ、これまたベストセラーとなった。

 ところが定信は出版への統制を強め、黄表紙作家の山東京伝に50日の手鎖(両手を前に出して手錠をかけたまま一定期間を在宅で謹慎させる刑罰)、版元である蔦重に財産半分没収という刑罰を科した。

 だが蔦重はそれで終わらなかった。政治風刺がダメならと、喜多川歌麿に美人画を書かせ、さらに東洲斎写楽の個性的な役者絵を世に送り出した。こうして苦難を乗り越え、再起に成功したのだった。

 

4つの成功の秘訣―差別化戦略など

 

 このように蔦重は、いわばベンチャー経営者から日本を代表する大企業経営者へと急成長していったわけだが、そこには4つの成功の秘訣があった。

 第1は、ニーズを的確にとらえたこと。前述のように、自由な気風や大衆文化への関心の高まりという時代のニーズを把握し、それに合った作品を提供していった。定信時代に代わると、政治風刺という“新たなニーズ”にも応えた。

 第2は、オンリーワン商品の開発、差別化戦略だ。日本橋には大手版元がずらりと店を構え、黄表紙や浮世絵などを手がけていた。そこで蔦重は同じジャンルでも他とは違う作品づくりを進めたのだ。

 例えば、狂歌を何本か収録した「狂歌本」はすでに人気だったが、蔦重は「狂歌絵本」という独創的な商品を開発した。狂歌師の肖像画を1ページごとに1人ずつ大きく描き、そこにそれぞれの狂歌師が読んだ狂歌をそえた多色刷りの絵本で、狂歌そのものだけでなく、見て楽しめるものだった。

 また従来の美人画は全身の立ち姿を描くのが普通だったが、蔦重はバストサイズや顔のアップの「大首絵」を歌麿に書かせた。女性の顔の表情をきめ細かく表現でき、色気も増して大ヒットした。

 これらは、「蔦重ならでは」と江戸っ子たちをうならせた。今日で言えば「オンリーワン経営」だ。

 第3は、危機に直面しても、それを乗り越える不屈の精神だ。定信に弾圧されたものの再起したことは前述の通りだ。その際、路線を修正した点も重要で、環境変化への対応力も発揮していた。

 第4は、幅広い人的ネットワークと人材育成だ。版元として、黄表紙作家、狂歌師、絵師らと幅広く交流を深め、市場ニーズの把握や情報収集に努めた。彼らとのネットワークを活用して商品開発やビジネス拡大を進めていったのだった。

 また歌麿、写楽の作品をプロデュースしたのをはじめ、若き日の葛飾北斎を援助していたほか、十返舎一九と曲亭馬琴は弟子だった。

 

「ジャポニスムの影の仕掛人」

 

 これら4つは、現代の企業経営の要諦となるものであり、蔦重の旺盛な企業家精神は現代の企業経営者を元気づけるものだ。しかも蔦重の残した遺産は、現在の日本経済にとっても重要な意味を持っている。

 それはこういうことだ。蔦重の死から数十年後の幕末・維新期に浮世絵など日本の文化が欧州に紹介され、日本ブーム=「ジャポニスム」を巻き起こしたことは周知のとおりだ。その意味で蔦重は「ジャポニスムの影の仕掛人」と言える。

 そして令和の今も、海外で日本ブームが起きている。日本の技術力と丁寧なサービス、アニメなどの文化、食、歴史、さらには安全やホスピタリティなど、幅広い分野で日本人気が高まっている。インバウンド急増はその表れだが、それだけでなく農林水産物・食品の輸出が12年連続で過去最高を記録するなど、大きな経済効果を生んでいる。筆者はこれを「新ジャポニスム」と名付けている。

 かつて「ジャポニスム」が明治の近代化と経済発展に寄与したように、「新ジャポニスム」もこれからの日本経済復活の原動力となり得るパワーを持っている。蔦重はそうした可能性も教えてくれている気がする。

 


2025年7月7日号 週刊「世界と日本」2296号 より

 

宙ぶらりん状況が続くのか?

 

~参院選後の政治の行方~

 

政治ジャーナリスト

 

島田 敏男 氏

しまだ としお

1959年山梨県甲府市生まれ。81年中央大学法学部政治学科卒、日本放送協会入局。福島、青森放送局記者を経て、報道局政治部記者となり中曽根内閣以降の政治報道に携わり、2001年より解説委員となり「日曜討論」キャスター、解説主幹、解説副委員長、名古屋放送局長等を歴任し、24年より現職。

 7月20日投開票の参議院議員選挙は、「コメ」そして「給付か減税か」が大きな焦点になっている。コメの流通目詰まりに伴う価格上昇を抑えるために起用された小泉進次郎農水相。ピンチヒッターが放った「随意契約での備蓄米売り渡し」がどこまで功を奏するか。そして自民党・森山幹事長が先頭に立って訴える「将来世代に社会保障負担を押し付ける消費税減税はNO」という主張だ。

 「野党が主張する消費税減税や消費税廃止に対抗するには弾が必要だ」こういう自民党内の切実な声に押され、石破首相は「ばらまきではない」と強弁して、国民1人当たり2万円の現金給付、子どもには1人2万円の追加給付などを党の公約に盛り込むことを決めた。4月に「カネで票を買うのか」と世間から酷評されて一度断念した現金給付を、選挙直前に蒸し返した形だ。この辺のモタモタ感は、慎重なあまりに後手に回ることが多い石破首相らしいとも言える。

 

 非改選も加えた参議院の自民党現有勢力は113で、単独では125の過半数に届かないが、公明党の27を加えて何とか140。衆議院が自公で過半数に届いていない状況でも「少数与党政権」を維持できているのは、この参議院の命綱があるからだ。

 ではこの命綱を保つためには今回の改選で何議席が必要か?自公の非改選議席は74(非改選の関口議長は無所属)なので、50を自公で確保すれば関口議長を加えて過半数の125になる。

 参議院選挙では毎回言われることだが、全国に32ある1人区での勝敗と、比例代表での議席の伸長が結果を左右する。各種世論調査の多くは、6月に入って石破内閣の支持率と自民党の政党支持率が横ばいから若干上向く傾向を見せた。随意契約での備蓄米売り渡しによって、各地のスーパーマーケットなどに5キロ2000円程度の値札が見えるようになったというアナウンス効果が支えになったのだろう。しかし、この「一種の猫だまし」のような緊急措置で有権者の気持ちが大きく自公の与党支持に向かうかは即断できない。

 

 先月22日の東京都議会選挙でも、自民党は候補者を絞ったにも関わらず、現状維持の30議席から大きく後退。コメの大消費地の東京でも効果は限定的で神通力を発揮できなかった。参院選の投票日までに、コメがどこまで全国の消費者の気持ちをつかむかが焦点になる。

 昨年秋の衆議院選挙を振り返ってみよう。岸田首相の下で抜本的解決を図れなかった「政治とカネの問題」の煽りが石破首相に襲いかかった。これが大敗の最大の理由だ。6月22日に会期末を迎えた先の通常国会でも、この問題で各党間の考え方の隔たりは大きく、結論先送りのまま参議院選挙を迎えることになった。「国民は政治とカネの問題は忘れかけている」という楽観的な見方も存在するが、そう甘くないのではないか。この点は引き続き自民党にとっての懸念材料だ。

 仮に「非改選を含め参院も自公で過半数割れ」となれば石破総理は辞任せざるを得ない。参議院選挙前に党内には「石破降ろし」の動きは現れなかった。とはいえ、2回の国政選挙で続けて与党の過半数割れを招いてしまえば、引責辞任するのが当然の姿だ。それを引き留める石破側近は限られるだろう。

 

 一方で野党側はどうかといえば、野党第一党の立憲民主党の求心力は政権交代を実現するほど強くない。ルーツは一緒なのに最も深い溝を築いているのが国民民主党。衆議院選挙で議席を4倍増させた成功体験から、2匹目の泥鰌を狙って参議院の1人区でも積極的に候補者を擁立し、野党候補一本化を探る立憲民主党の打診を断る選挙区が相次いだ。ただその国民民主党は、元衆議院議員の山尾志桜里氏に国政復帰を求めて比例代表候補に祭り上げながら、過去のスキャンダルに対するSNS上の批判などを受けて公認取り消しを決めた。玉木代表のガバナンス欠如を露呈したこの出来事は、無党派層の中の「よりましな中道保守勢力」という見立てに黄色信号を点滅させている。

 そして日本維新の会は近畿エリア以外では勢いがなく、共産党は長期低落の気配。いずれも自分たちの議席確保が最優先で「野党統一」「野党連携」といった声はどこにもない。

 

 こういう野党各党バラバラの状況にありながら、石破首相や森山幹事長が通常国会の会期末で解散・総選挙に踏み切り衆参同日選に突入する決断に至らなかったのは何故か。ひと言でいえば、自民党の勢いが上向きつつあるとはいえ、少数与党から脱する乾坤一擲の勝負に出るほどの支持を集める予測は成り立たなかったということだ。

 選挙対策に関わってきた自民党執行部のベテラン議員は、「内閣支持率が40%台後半、政党支持率が40%台半ばまで上向けば同日選挙が選択肢に浮上するのだがなあ・・・」

 ゴールデンウイーク明けの終盤国会に差し掛かったころの希望的発言だった。

 確かに自民党に対する国民の支持が、今後その水準まで急速に上向き、参議院選挙で自公圧勝、野党自滅ということにでもなれば、参院選後の臨時国会で解散・総選挙に踏み切ることがあってもおかしくない。とはいえ難題のトランプ関税対応はG7サミットでの日米首脳会談を経ても着地点が見いだせていない。秋口に向けたコメの価格も石破首相が国会で答弁した「5キロで3000円台」に進むかは不透明だ。

 

 こうして見ると、野党各党の要求を受け止めながら匍匐前進を続ける石破首相のもとで、引き続きハングパーラメント継続=宙ぶらりん状況が続く事態を覚悟しなくてはならないだろう。昨年秋からの8カ月余りを見ると、宙ぶらりん状況の下での政権運営は、度重なる与野党協議で手間はかかるが、政治過程を可視化する契機になった面もある。

 人口減少・少子高齢化が急速に進み、社会保障と税を巡る本格的な議論が待ったなしになってくるだろう。国民にとって痛みを伴う重い課題だ。安定した政権の下での「お任せ政治」から脱却することが、日本の政治家と国民に迫られている。

 


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