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刻々と変化する国際情勢を各国の政治・経済など様々な視点から考察する。

《たけさだ・ひでし》

1949年兵庫県生まれ。専門は朝鮮半島論。慶應義塾大学大学院修了。韓国延世大学韓国語学堂卒業。1975年から防衛省防衛研究所に教官として36年間勤務。その後2年間、韓国延世大学国際学部教授を経て現職。著書は『東アジア動乱』(角川学芸出版)、『韓国はどれほど日本が嫌いか』(PHP研究所)など多数。

 

2019年12月16日号 週刊「世界と日本」第2163号 より

 

協定延長 しかし対立は続く
文政権の対日政策に変化なし

 

拓殖大学大学院 客員教授 武貞 秀士 氏

 

11月22日、韓国が日本との間の日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を延長する決定を下した。ひとまずは、この地域の安定にとって重要な仕組みが維持されることになった。韓国の金有根(キムユグン)国家安保室第1次長は、「我が政府は、いつでもGSOMIAの効力を終了させることができるという前提条件の下で、2019年8月23日の終了通報の効力を停止させることにし、日本政府はこれに対する理解を示した」と述べた。

 

GSOMIA条件付き協定延長

 

 韓国大統領府高官は、日本が半導体材料3品目の輸出管理を強化した措置をめぐり、「対話が正常に進んでいる間は、WTO(世界貿易機関)への提訴手続きを停止する」と述べた。「GSOMIAの延長は日本の輸出管理政策の変更が条件になる」という主張に沿う説明である。

 しかし、日本の経済産業省は同日の発表で「韓国側が貿易管理体制の改善に向けた意欲を示していることから政策対話を行う」と述べ、日韓間で論争が起きる事態となった。

 細かなやりとりは別として、この問題は韓国が「条件付きで保護協定を延長する」と宣言したことで、日本の輸出管理政策という日本の国内問題や、元徴用工への補償問題というやっかいな日韓間の争点と絡みあう展開になってきた。

 

日本と韓国が対立するのはなぜか

 

 日韓が対立するのは、第1に、韓国が国際地位の上昇で自信を持ったことがある。「日本に追いつき、追い越すチャンスが到来した」と見たのは李明博政権(2008~2013年)時代だった。この時期、韓国の国際地位は急速に上昇した。

 1996年に経済協力開発機構(OECD)に加盟したあと、20年間で経済規模は2倍になり、輸出額は6倍になった。サムスン電子、現代自動車は世界のブランドになった。中国経済が急成長し中韓貿易は急伸した。島根県竹島に上陸した李大統領は「日本が反発しても国際的影響力は大きくない」と言って日本側の反発をかった。

 第2に、韓国の国内政治的背景がある。文在寅氏は大学生であった朴正煕政権時代、投獄された経験がある。

 日本の技術、資金を活用して高度経済成長をなしとげた朴正煕大統領に対する韓国民の尊敬の念は格別で、朴正煕氏の長女である朴槿恵氏は大統領選挙で文在寅氏に勝利した。

 今年11月、ソウル中心部の光化門で文在寅政権退陣を叫ぶ集会を見たが、「朴正煕革命を引き継ごう」という文言が目立った。朴正煕氏の業績を肯定するか否かの歴史論争が韓国内で進行中だ。文在寅氏にとり韓国社会の「朴正煕=親日派」を一掃することは、革新政権が今後、安定した政権を維持するために必要なのである。文大統領は「日本」を否定し続ける宿命を背負っている。

 第3に、朝鮮半島には独特の歴史観がある。「儒教文化は中国大陸で興り、朝鮮半島で発展した。日本に伝わったのはその一部にすぎない」という歴史観だ。「儒教の師匠は朝鮮半島なのに、生徒の日本が1910年から35年間統治した」との思いが、反日の背景にある。

 2019年夏、「日本に勝つ」ことに邁進してきた文在寅政権は正念場を迎えた。日本が輸出管理上、韓国を「ホワイト国」(当時)から外す措置をとったことで、8月2日の閣議で文大統領は「二度と日本に負けない。勝利の歴史を作る」と激しい言葉を使った。

 8月14日には韓国国防部が国防中期計画(2020~2024)を発表し、年間4兆3千億円の国防予算を使い、自衛隊が取得する軽空母と垂直離着陸機の導入を検討する内容を盛り込んだ。日本を意識した内容である。

 8月15日の「光復節」(解放記念日)演説で文大統領は、「解放から100年の節目の2045年に南北統一を。統一したら日本に優る力量が生まれる」と語った。

 しかし、日本と距離をおこうとする文在寅政権に対して、北朝鮮はなぜか冷たい。一度はGSOMIAの破棄を決めた文在寅政権との対話を拒否し、金剛山観光の事業から韓国を除外する発言をし、南北首脳会談には応じていない。

 北朝鮮は、文政権が融和政策一辺倒であるので圧力を加えても対話路線を放棄しないと見ているのである。韓国が北朝鮮に対する制裁を独自に解除し、開城工業団地の操業再開を決断すべきと考え、実行しない文政権に不満なのである。

 10月15日、平壌でのワールドカップサッカー2次予選の南北対決が観客、取材陣、中継なしの試合になったのは不満の表れだった。

 

不安定な東アジア

 

 ビーガン国務副長官と崔善姫・第一外務次官の米朝協議の行方に注目が集まるが、トランプ政権も米朝合意を急がない。2020年の大統領選挙を考えると外交リスクは避けたいからである。北朝鮮は米国に対する核抑止力を確保するために核開発をしてきたので、核を放棄することはない。

 11月、北朝鮮は米朝首脳会談開催を最優先にして米国との調整を続けたが、新しい核放棄案を提案していない。米朝関係が膠着状態であっても北朝鮮の核開発が進展するだけで、北朝鮮は損をすることはないとの判断だろう。米朝関係は破綻しないけれども合意がないまま続くことに双方の利益がある。

 9月、筆者は北朝鮮を観光で訪問したが、経済制裁下でも百貨店には商品が揃い、タクシー、トロリーバス、原付自転車の数は増え、中国とロシアからの観光客が増えていた。

 経済状況から、北朝鮮が核合意を急ぐようには見えない。日朝対話に北朝鮮が消極的であるのは、米朝間で制裁緩和が決まれば、日本が日朝関係改善に乗り出すと見ているからである。

 韓国はGSOMIAを維持する決定を下したが、日韓間で懸案をめぐる議論が白熱する時代がやってきた。米韓、日韓間のノイズを北朝鮮、中国、ロシアは歓迎しているだろう。

 東アジアは大変な時代に突入した。

 


《かわそえ・けいこ》

1986年より中国(北京・大連)の大学へ留学。2010年の『中国人の世界乗っ取り計画』(産経新聞出版)は、Amazon〈中国〉〈社会学概論〉の2部門で半年以上、1位を記録するベストセラー。その他の著書として、『トランプが中国の夢を終わらせる』(ワニブックス)、『中国・中国人の品性』(ワック・共著)(Amazon〈中国〉部門1位)など。

 

2019年12月2日号 週刊「世界と日本」第2162号 より

 

大転換期に突入した世界
貿易戦争は「貿易」戦争ではない

 

ノンフィクション作家 河添 恵子 氏

 

 米国に、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ政権が発足して以来、米中関係は大きな転換期にある。マスメディアは、「米中貿易戦争」との表現で矮小化したがるが、関税交渉の話は入口に過ぎない。米中は冷戦時代に突入し、さらに言及すれば1世紀に一度の世界の大転換、地殻変動が起きていると考えられる。

 

「G2時代」は数年で死語に

  振り返ってみるとオバマ政権(2009年1月~17年1月)の2期目に、中国に習近平政権(2013年3月~)が発足し、「米中G2時代」という表現がメディアを通じて世界に流布された。

 だが、この3年ほどの間、「米中G2」を推進する、唱える声は、反トランプ勢力である民主党からも「消えている」。すなわち“死語”になったのだ。

 それどころか、「偉大なる中華民族の復興」を掲げ“ビッグブラザー”(イギリスのジョージ・オーウェルが描いた小説『1984年』で描かれたような、地球市民を監視する独裁者)を目指す習近平政権への警戒モードを最大限に上げている。

 10月24日、ウッドロウ・ウィルソン国際学術センター(ワシントンD.C.)主催で行われたマイク・ペンス副大統領の演説には、このような内容が含まれる。

 「トランプ大統領が何度も述べているように、わが国は過去25年間に中国を再建しました。まさにその通りで、その時代は終わりました。歴史が示すように、3年も経たないうちに、トランプ大統領はその物語を永遠に変えてしまいました。米国とその指導者たちはもはや、経済的関与だけで、共産主義中国の権威主義国家が、私有財産、法の支配、国際通商規則を尊重する自由で開かれた社会に変わることを期待しないでしょう」

 

米国は何と戦ってきたのか

 戦後の長い年月、米国は何と戦っていたのか。共産主義を掲げるソビエト社会主義共和国連邦を敵とし、核開発で牽制し合いながら、共産主義思想と戦ってきた。

 そして1989年11月、ドイツを東西に分断していた東西冷戦の象徴だった「ベルリンの壁」が崩壊し、ソ連の衛星国(旧東欧やバルト三国など)が次々と民主化を果たした。ソ連も、1991年12月に崩壊し、ロシア共和国他に解体された。

 この時点で、西側社会すなわち資本主義社会は「共産主義に勝利」したことになった。しかし、実はまだ巨大な共産主義国家が、地球上に存在し続けた。言うまでもなく、中国共産党が統治する中華人民共和国である。

 米国は、信仰の自由を含む「自由と民主(主義)」「法の下の平等」「人権」という価値観を持つ。そして、この価値観を共有しようとしない大国が、中国共産党による独裁体制で、「世界同時革命」すら夢見る習近平政権ということになる。

 中国政府による、新疆のウイグル人など100万人以上が強制収容所に入れられている実態、チベット民族への残虐行為、寺院や教会の破壊などが、英字メディアに続々と報じられている。

 すかさず、欧州議会も「動いた」。9月19日に、「未来の欧州のために、過去の欧州の価値を想起する決議案」を採択したのだ。その中には、「20世紀にナチスと共産主義政権が人類史上見られない規模での大量殺人、大量虐殺、強制送還を行い、人々の生命と自由を奪った。ナチスによるホロコーストという恐るべき犯罪を想起し、ナチス、共産主義者、その他の全体主義政権による侵略行為、人道に対する罪、大量の人権侵害を最大級の強い言葉で非難する」との一文が盛り込まれた。

 さらには、中華人民共和国建国70周年の記念行事を目前に控えた9月末、米国と英連邦王国、欧州、香港と台湾などの世界45都市で、「反全体主義(Anti Totalitarianism Rallies)」を掲げるデモ行進が行われたのだ。

 

香港デモは戦争の「可視化」

 「今、活動しなければ明日はない」

 2019年6月9日、香港で大規模デモが起き、プラカードにはこのような決意めいた文字が踊った。主催者発表によると参加者103万人(警察発表24万人)。香港の主権が英国から中国に返還された1997年7月1日以来、最大規模のデモとなった。

 実のところ、天安門事件から30年を迎える6月、香港においてデモが起きることを、私は事前に知っていた。このデモは長期化すること、そして世界の「自由と民主」「法の下の平等」「人権」陣営VS.「全体主義」中国共産党との代理戦争になることも予測していた。

 5G(次世代高速通信システム)時代が到来する前に、次々とさまざまな手を打たなければ、米国の覇権が危機的状態に陥りかねない中で「起きた」、いや、「起こした」20世紀型の“アナログ戦争”とも考えている。すなわち、戦争の「可視化」である。

 中国当局は「(香港デモの)背後に米当局者がいる」と非難し、関与を止めるよう再三要求してきた。

 米中央情報局(CIA)、そして香港を22年前の6月末まで統治していた英国の情報機関(通称MI6)が主軸となり、香港住民の民主化リーダーらを後方支援し、住民を扇動しているのだろう。1984年12月に締結した英中共同声明の内容、「50年不変」を反故にされた英国も、リベンジに燃えているはずだ。

 香港デモは、加えて反共産党系の華僑華人、反習近平一派(江沢民一派など)、黒社会、ディープステート(国際金融資本家)など、利権に絡む内外のさまざまな勢力も複雑怪奇に連動していると考えられる。

 香港を主戦場とする、この“ハイブリッド戦争”のゴールは、共産党政権を崩壊させることである。事実、欧州の“変心”を含め、習近平政権への包囲網は日に日に強まっている。

 世界が大転換期に突入した今、日本は新元号「令和」を迎えた。「日中友好」「世界の工場」「13億人の市場」といった、中国共産党による耳当たりの良いスローガン、工作に騙されてきた「平成」時代から、脱却できるのだろうか?

 


《ちの・けいこ》

横浜市生まれ。1967年に早稲田大学卒業、産経新聞に入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長。外信部長、論説委員、シンガポール支局長などを経て2005年から08年まで論説委員長・特別記者。現在は客員論説委員として産経新聞などに執筆している。97年度ボーン上田記念国際記者賞を受賞。著書は『戦後国際秩序の終わり』(連合出版)ほか多数。

 

2019年11月18日号 週刊「世界と日本」第2161号 より

 

「トランプ現象」を再考する
トランプ後の問題 青写真の欠落

 

ジャーナリスト 千野 境子 氏

 

 「トランプ現象再考」について、私なりの解釈では2つの視点がある。1つは文字通りトランプ現象の再考、もう1つはトランプ大統領の再考である。2つは「鶏と卵」と同じで、社会がすでにトランプ現象化していたからトランプ大統領が出現したとも言えるのだ。そして今、来年の米大統領選挙に向けてレースは始まり、トランプ現象は再考の時を迎えている。

 

 トランプ現象についてその前に要約すれば、アメリカ・ファーストに象徴される自国第一主義、ポピュリズム、反エスタブリッシュメント、反グローバリズムなどが主な特徴ということになろう。

 「永遠の同盟はない。あるのは永遠の国益のみである」という英国政治家の言葉の通り、国家はもともと自国第一主義ではあるが、まともな国は公言などしない。ところが超大国アメリカで、これを選挙スローガンに大統領選に勝利したから世界に激震が走った。振り返れば、オバマ前大統領の「アメリカは世界の警察犬ではない」発言は前段で、素地はあったのである。

 ポピュリズムは英国でも乱舞した。トランプ大統領の登場と同じ2016年6月の国民投票によるブレグジット(英国のEU離脱)だ。混迷は今も続き、キャメロン、メイ両首相に続く3人目のジョンソン首相はズバリ、ミニ・トランプと言われる。

 反エスタブリッシュメントはポピュリズムと一卵性双生児もしくはコインの裏表のような関係にある。エリートや既成政治家が嫌い。トランプ大統領のコアな支持層である白人・高卒・労働者がそれをよく体現している。さらにグローバリゼーションも格差を拡大させた元凶と評判が悪い。

 もちろんトランプ現象には熱い支持者がいる一方、強固な反対者も少なくない。社会の分断や対立の激しさもトランプ現象の特徴である。

 この間、トランプ現象は何を目指し、世界へいかに対処してきたのだろうか。ゴールはまだ分からない。ただ1つ明らかなのは既存の体制や秩序への挑戦である。そしてその先頭に立っている指導者がトランプ大統領だ。

 大統領の事実上の初仕事として、2017年1月23日の環太平洋パートナーシップ(TPP)協定離脱のための大統領令に署名した後は、地球温暖化パリ協定、国連教育科学文化機関(ユネスコ)、イランとの核合意と立て続けに協定や国際機関からの脱退を表明した。

 その後も米ロ中距離核戦力(INF)全廃条約離脱、北大西洋条約機構(NATO)や同盟国へ応分の負担要求など、異議申し立てが続く。

 最初、私はこれらをオバマ前大統領の業績潰しくらいに考えていたが、根はもっと深い。オバマ嫌い以上に、トランプ大統領はブレトンウッズ体制や自由貿易体制、そして国連などによる国際協調という戦後国際秩序が気に入らないのである。

 それらを作ったのは他ならぬアメリカだが、トランプ大統領にすればその結果、アメリカは不利益を被り、損をしている。したがって、壊れたところで痛痒はないし、むしろそんなものは壊してしまった方がよいと考えているのではないだろうか。

 かくて世界は地殻変動を起こし、各地で混乱が顕在化し、国際情勢は一段と不安定化し危うくなった。代表的なのが中東だ。イスラム国(IS)がようやく崩壊したと思ったら、米軍のシリア撤退発表を待っていたようにIS退治の立役者クルド人勢力をトルコが攻撃、シリアとトルコはつかの間の停戦に合意した。

 脈絡なきトランプ外交を見て、ロシアのプーチン大統領は虎視眈々と中東への影響力の浸透を狙っている。反米イランと親米サウジアラビアの対立も底なしだ。トランプ大統領の足元を見た北朝鮮は、ミサイルの発射実験を繰り返している。

 と散々なトランプ現象にも評価すべき点はある。中でも米中貿易戦争は中国の野放図な経済発展や軍事大国化に警鐘を鳴らし、中国再考の機運を世界的に作り出した。欧州連合(EU)は対中政策見直し文書を作成したし、これまで対中融和路線の仏独も同様だ。しかも貿易問題が一件落着しても覇権競争は長期戦の可能性が高い。「一帯一路」は正念場である。

 またNATOも日米同盟も過去、アメリカへの依存症が否めないから、経費負担増の要求はあながち無理難題とは言えない。

 トランプ現象の反面教師的な役割も無視できない。TPPは日本や残る国々の努力と結束により2018年末には発効したし、パリ協定もカリフォルニア州など15州とプエルトリコ(自治領)がUS Climate Allianceを結成するなど、州は独自の道を歩き始めた。トランプ現象は皮肉にも各国で地方やNPO、NGOなど民の活性化を促している。

 トランプ現象の継続はトランプ大統領の再選に負うところが大きい。民主党の候補乱立で再選の可能性は高いと言われてきた。しかしここへ来て、ウクライナ疑惑がトランプ大統領の足元を脅かしている。弾劾の動きはかつてないほど勢いを見せ、与党共和党内には動揺が広がっていると伝えられる。とは言え弾劾された大統領は皆無で、ハードルが高いことは間違いない。

 ウォーターゲート事件のニクソンのように「辞任」はトランプの辞書にあるだろうか。予測不可能といわれるトランプ大統領だけに、何が起きてもおかしくない。今はそうした想像力とその時への備えが必要だ。ただし、たとえトランプ大統領が表舞台から消えたとしても、それはトランプ現象の終わりを意味しない。

 自国第一主義もポピュリズムも、反エスタブリッシュメントも反グローバリズムも世界を見渡せば、失速したとまでは言えない。既成政治家をはじめとして既得権層に対する有権者の失望や怒りは深く、トランプ現象の大本の問題は未解決のままだからだ。トランプ現象には人々を惹きつける磁場が依然としてある。

 ただトランプ現象の最大の問題は、破壊の後の青写真、つまり長期的なビジョンがないことだ。先進国の中でトランプ現象からもっとも遠いところにいると思われる日本こそ、トランプ現象からの出口をそろそろ示すべきではないだろうか。

 


《しゃちょうてい》

1946年台北市生まれ。国立台湾大学卒業。大学在学中に弁護士試験をトップの成績で合格。司法官試験も合格。74年日本・京都大学法学修士後、同大学博士課程修了。台北市議会議員、立法委員(国会議員)、高雄市長を歴任。民主進歩党主席、行政院長(首相)、07年第12代総統選挙民主進歩党候補者、16年6月より現職。

 

2019年11月4日号 週刊「世界と日本」第2160号 より

 

国の総意“一国二制度”での統一反対
台湾人の誇り 民主国家「台湾」

 

台北駐日経済文化代表処代表 謝長廷 氏

 

今年9月、太平洋の島嶼国であるソロモン諸島とキリバスが中華民国(台湾)と相次いで断交した。これにより、台湾と正式に国交がある国はわずか15カ国となった。この数字を見ただけでも、台湾を取り巻く国際環境が、かつてないほどの厳しい状況にあることがわかる。今年1月、中華人民共和国(中国)の習近平・国家主席は、台湾に対して「一国二制度」での統一を受け入れるよう求めた。

 

  これに対し、台湾の蔡英文総統は「断じて受け入れない」と突っぱねたが、中国は台湾に対する圧力を強めた。台湾の外交関係の切り崩しもその一環だといえる。しかし、力で台湾に迫るやり方は逆効果となるだろう。中国が主張する「一国二制度」による統一に反対することは、もはや台湾人の総意だからだ。

 「一国二制度」下にある香港では今年、「逃亡犯条例」改正案に反対する大規模な抗議デモが起きた。このデモをきっかけに、激しい抗議運動が半年近くにわたり続いている。

 その根底にあるのは、このままでは香港の自由が失われるのではないかという危機感と中国当局に対する不信感だ。そして、普通選挙でトップを選出できない民主主義制度の不足が、膠着状態の解決をより一層困難にしている。

 一方、台湾は1987年の戒厳令解除以来、人々の努力により、自由、民主主義、人権を重視する民主国家を作り上げてきた。今の香港の現状を見て、台湾では「今日の香港は、明日の台湾」という危機感が強まっている。

 大多数の台湾人は今ある自由と民主主義が後退する「一国二制度」を望んでいない。

 台湾と正式な国交のある国は少ないとはいえ、台湾は世界各国と緊密な実務関係があり、台湾人がノービザまたはランディングビザのみで行ける国・地域は140以上もある。

 これは、台湾が実際には世界各国から高く信頼されていることを意味している。また、台湾の国民健康保険のカバー率は99.8%、平均寿命は81歳に達している。そして言論の自由は保障され、国のトップである総統は国民による直接選挙で選ばれている。

 台湾は小さな国であっても、国民一人一人が幸せに生きられる民主国家であり、それは多くの台湾人にとっての誇りとなっている。

 台湾の歴史を振り返ると、1949年に中華民国政府が台湾に移り、中国大陸に中華人民共和国が成立して以来、台湾は1秒たりとも中華人民共和国に統治されたことはない。

 これまで金門島の八二三砲撃戦や、1996年の台湾海峡ミサイル危機など、中国側からの武力威嚇に対しても冷静に対処し、中華民国は台湾に70年以上存在している。

 台湾が「一国二制度」を受け入れることは「中華民国」が消滅し、「中華人民共和国」に併合されることを意味する。

 だからこそ、「一国二制度」に反対し、国家主権を守ることが、台湾における大多数の民意であり、与野党のコンセンサスになっている。蔡総統は10月10日の国慶節演説で、自由と民主主義の旗の下、国家主権を守っていく決意を改めて表明した。

 最近、米国と中国の貿易等をめぐる対立が深刻化しているが、これは単に経済面だけを見るべきではなく、中国の覇権的拡張主義をめぐる安全保障面からも注視すべきである。

 中国がソロモン諸島とキリバスを取り込み、台湾と断交させたことも、中国の太平洋への勢力拡大の動きと重なるものであり、安全保障上も大きなインパクトがある。

 つまり、中国は経済的には豊かになったが、民主化しないまま軍事的にも強大化し、外国に対する影響力も増していることが対立の根本的要因であり、この価値観の対立は短期間で解決するものではない。

 台湾は自由、民主主義、人権、法治などの価値観を共有する国々との関係を強化していくことを望んでいる。

 米国とは「台湾関係法」があり、台湾への武器売却等、米国は台湾の防衛を支え、台湾海峡の現状維持、アジア太平洋の平和と安定の後ろ盾となっている。

 昨年は、米国で「台湾旅行法」が成立し、台米間の政府高官の相互交流も促進されるようになった。

 また、台米間の「グローバル協力訓練枠組(GCTF)」に基づき、今年3月に台湾で開催された汚職防止に関するワークショップに日本が初参加した。

 その後も女性経済エンパワーメント、サイバーセキュリティー、太平洋先住民文化の保存・振興などのGCTFワークショップに日本も続けて参加するなど、台日米3カ国協力の動きが進んでいる。

 米中対立が深刻化する中で、台日関係の強化は極めて重要である。

 特に台湾は日本が主導する「先進的かつ包括的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」への参加を望んでおり、台日間の経済・貿易は相互補完関係にあることから、台日双方に利益をもたらすことを確信している。

 また、CPTPPへの台湾の参加は、台日が連携して東南アジア市場などを開拓することにも役立つ。

 台湾は米国、日本をはじめ、世界各国と良好な協力関係を築いていくことを願っており、国連「持続可能な開発目標(SDGs)」にも積極的に貢献していく所存である。

 しかし、台湾は政治的理由で国連に加盟できないばかりか、「世界保健機関(WHO)」、「国際民間航空機関(ICAO)」、「国際刑事警察機構(インターポール)」、「国連気候変動枠組条約(UNFCCC)」など世界各国の緊密な協力が求められる重要国際機関の会議や活動にも正式に参加することができない。

 台湾は長年の努力により、医療、航空安全、刑事捜査、環境保護などの面でいずれも高水準にあるが、国際会議に出席できないことで情報共有が同時取得できなければ、緊密な国際協力に支障をきたすことになりかねない。

 台湾が国際社会に存在しているのは客観的事実であり、国際社会はこの点について、公平・公正に評価すべきである。日本政府および各界の台湾の国際機関参加に対するご支持に感謝申し上げるとともに、今後も緊密な協力を期待している。

 


《みやざき・まさひろ》

昭和21年金沢生まれ。早稲田大学中退。「日本学生新聞」編集長、雑誌『浪曼』企画室長を経て、貿易会社を経営。57年『もうひとつの資源戦争』(講談社)で論壇へ。国際政治、経済の舞台裏を独自の情報で解析する評論やルポルタージュに定評がある。中国ウォッチャーとしても健筆を振るう。著書多数。

2019年11月4日号 週刊「世界と日本」第2160号 より

 

退路断たれたか 中国経済
暗号通貨利用は“吉”とでるか

 

評論家 宮崎 正弘 氏

 

いよいよ中国経済は断末魔、悲壮な悲鳴が聞こえないか。株安、人民元安、不動産市場の崩壊が近く、そのうえ国有企業(ゾンビ企業ともいう)の社債デフォルトが続き、年内に償還を迎える中国企業のドル建て社債は320億ドル。こうなると時限爆弾がカチカチ鳴りだした。

 

  ここに加わるのが習近平の目玉だったBRI(一帯一路)の世界各地での挫折。外貨の枯渇が主因であり、「借金の罠」と騒がれて国際的非難が重なり、鳴り物入りだったAIIB(アジアインフラ投資銀行)は、機能不全に陥っている。

 進むも地獄、退くも地獄。目の前には借金の山がある。これをいかに返済するか、それともデノミ強行か、新札発行、あるいは徳政令にするか、深刻な岐路に立っている。

 そこで起死回生を目論む手段が、「デジタル人民元」の発行である。

 貝殻、コインから紙幣へと進んできた世界の通貨戦争、その第四幕の主役はデジタル通貨である。

 日本でも仮想通貨市場は花盛りで、「ビットコイン」「イーサリアム」「リップル」「NEM」など8種類が取引されている。投資家の国籍の特定は難しい。

 現代世界は「通貨戦争4・0」に突入した。

 戦後の世界経済はドル基軸体制となり、そのうえドルは1971年まで金と兌換できたため絶大な信用が生まれた。通貨の信任とは誰が信用を保障するのか、その支払い能力、信用度との代替価値で決まる。

 「七つの海」を支配した英国のポンドは凋落し、ユーロ、日本円がIMFの「SDR」(特別引出権)の通貨バスケットに加わり、中国の台頭、経済力の躍進があり、2016年10月からは中国の人民元もSDRに加わってハードカレンシー(国際決済通貨)となった。

 けれども2019年の世界はドル基軸が揺るがない。この現代世界の通貨事情を「通貨戦争3・5」とみておこう。

 ブレトンウッズ体制(第2次世界大戦後、米国を中心につくられた国際通貨体制)は壊れた、と言う人がいるが、ドル基軸体制は当面揺らぎそうにない。

 もしドル基軸体制がひび割れし、激しい動揺が始まるとすれば、その主因となるのはビットコインに代表される暗号通貨の本格登場と普及である。日本では「仮想通貨」と呼ばれているが、世界の常識では「暗号通貨」(クリプトカレンシー)だ。

 ビットコインに大規模に群がったのは、投機好きの中国人だった。

 「中国人投資家がビットコイン市場に雪崩を打って参加している」(ロイター、2019年8月14日)。資産を合法的かつ秘密裡に海外へ移動できるからだ。

 9月になって中国の人民銀行(中央銀行)の易綱総裁が「デジタル人民元」に初めて言及した。

 フェイスブックが準備するデジタル通貨(暗号通貨)「リブラ」を詳細に研究した結果、中国は2019年11月から試験的に「デジタル人民元」の発行を開始するという。周小川(中国人民銀行前総裁)、易綱氏らの発言をまとめると、ドルに代わる国際通貨の地位を人民元が狙うという通貨覇権の意思が強く出ている。

 だいそれた野心に満ちて覇気満々という鼻息の荒さを感じたが、実力とはかなりの乖離がある。

 中国中央銀行は人民元を過大評価している。

 ともかくフェイスブックが計画するリブラが、中国のバンカーに対して強烈な刺激となった。北京の金融当局を衝き動かした。

 仮想通貨の代表格である「ビットコイン」は5月以来、相場が1万ドルから1万2000ドル台に跳ね上がった。この活況を見て金価格も急騰を続け、5月ごろは1200ドル台だったが、人民元安となった8月6日に1オンス=1340ドル、8月17日には1513ドルに急騰した。

 日本でも、田中貴金属などゴールドショップには朝から長い列ができた。筆者も田中貴金属に取材に行ったが、2時間から3時間待ちだった。日本にでさえ、金の売買が庶民の間には静かに流行していた。なぜなら金こそは永遠の通貨となりうるからである。

 反面、独裁体制の中国共産党にとって政府の管理も統制も行き届かない暗号通貨が普及することは、危険極まりないという認識がある。

 このため中国人投資家が狙った取引所は日本をはじめ外国の取引所である。それも昨今は地中海に浮かぶマルタだ。

 しかしフェイスブックの仮想通貨リブラに対して、欧米主要国の中央銀行ならびに財務省が強く反対している。

 ジョセフ・スティグリッツ(コロンビア大学教授。ノーベル経済学者)は、「リブラは透明性が高いというが、それで暗号通貨というのは基本的矛盾」と指摘した。

 ビットコインはまさに「一国一通貨」という原則を飛び越えた異次元の通貨として、2009年から国際間で通用し始めた。その急速な普及と発展は1996年から開始されたインターネット社会の劇的な進化と平行した。

 米大統領選挙をツイッターが激変させ、政治資金がクラウドファンディングとなったように、あるいは香港の民主化運動がSNSのフル活用で実現したように、こうしたネット社会のありよう、推移をじっと観察し研究を続けてきたのが、想定外の中国、その中央銀行だったのである。

 西側先進国で、リブラに前向きなのは英国の中央銀行だけである。ほかの欧米諸国の中央銀行は反対もしくは慎重である。

 中国は、はたして暗号通貨を利用して、何をしようと企んでいるのだろう?

 


《きむら・ひろし》

1936年生まれ。京都大法学部卒、米コロンビア大博士号取得。北海道大学スラブ研究センター教授、国際日本文化研究センター教授などを経て現職。ロシア政治専攻。2016年第32回正論大賞受賞。『プーチンとロシア人』『プーチン 外交的考察』『対ロ交渉学 歴史・比較・展望』など著書多数。

2019年10月14日号 週刊「世界と日本」第2159号 より

 

プーチンは何を考えているのか
生き残りを謀るプーチン

 

北海道大学名誉教授 木村 汎 氏

 

ロシア経済の“三重苦”

 ロシアは、2014年7月以来、経済の“三重苦”に見舞われている。原油価格の暴落、ルーブルの下落、先進7カ国(G7)による制裁の3つである。

 物質的困窮から国民の眼を逸らすために、これまでプーチン政権は「勝利を導く小さな戦争」を活用してきた。軍事力を背景にしての対ウクライナやシリアへの干渉行為である。

 だがその方法よってロシアの対外的出資は嵩(かさ)み、人々の経済的負担はさらに増大した。国民がこのことに気付くようになったために、プーチン大統領はもはやナショナリズムや愛国心の高揚を期待しえなくなった。

 結果として、プーチン大統領の人気は陰(かげ)りはじめた。かつてクリミア併合時には84%、シリア空爆開始時には89.9%にまで急上昇した同大統領の支持率は、現在、64%にまで落ちている。プーチン政権の御膝元のモスクワでは、2019年夏、「プーチンなしのロシア!」のスローガンを叫ぶ反政府デモが繰り広げられた。そして、9月8日のモスクワ市議会選挙では、政権与党「統一ロシア」は議席数を38から25へと激減させた。

 要するに、非常に緩慢なスピードではあれ、ロシアにも新しい波が徐々に訪れつつあるのだ。一例を挙げるだけにとどめるにしても、「プーチン世代」の誕生である。2000年5月に発足したプーチン政権は、既に20年近くも存続している。

 その間に生まれ育ちつつあるロシアの若者たちは、同政権に皮肉な結果をもたらす。彼らは、同政権が空前のオイル・ブームによって可能になった物質的水準の向上を当然のことと見なす。

 それにプラスして、彼らは今や、政治的権利の保障や拡大を要求する。今年の夏に反対勢力グループのデモに参加した者の多くは、そのような世代に属する人々だった。

 

今やサバイバルが至上目的

 このような新しい状況に直面して、では、プーチンはいったい何を考えているのか?

 彼は、新しい政策を講じて事態に対応しようとしているのか?

 答えは、ノーである。一般論として、政治家に学習能力を期待するのは、魚に木登りを欲するようなもの。というのも、大抵の政治家は、現場で得られる体験によって、己の戦術を転換(「単純学習」)することはあっても、基本的な哲学や戦略を変更する(「複合学習」)ことは稀だからである。

 さらにいうと、現在プーチンの頭を占めているのは、いったいどうすれば彼自身が残りの任期を無事にやり過ごし、サバイブ(生き残り)しうるか―この一点に集中している。

 因みにのべるならば、プーチンは英語でいう「サバイバー」でなく、「サバイバリスト」なのである。「サバイバー」が単に生き残る人間を意味するのに対して、「サバイバリスト」とは何が何でも生き残ろうと欲する強い意志を有し、そのためには全力を傾ける者を指す。

 プーチンは現第4期政権で、自身のサバイバルだけを第一義とみなす。そのために、彼の現政策は万事、守旧的な性格なものとなり、斬新性が全く感じられない。結果として、今日のプーチノクラシーは18年間に及んだブレジネフ政権末期の「停滞(ザストイ)」と極めて似かよった様相を呈し、社会全体に閉塞感が漂っている。1、2、実例をしめそう。

 経済“三重苦”から脱出する一方法として、プーチン政権はロシア国民に対する年金受給年齢の開始時期を延長することを思いついた。

 ところが、元来プーチン支持層であるはずの年金生活者本人たちばかりでなく、ロシアの一般市民までもが同提案に反発をしめし、街頭に繰り出し反対デモの手段に訴えた。吃驚したプーチン大統領は、直ちに原案に部分的修正を加え妥協に応じる失態をしめした。

 日本との平和条約交渉でも、同大統領は同様の臆病な態度に終始している。安倍晋三政権は日本側として到底許されない位、ロシア側に一方的に有利な譲歩提案を行っている。

 にもかかわらず、プーチン大統領は受け入れようとしない。北方領土のうち一島であれ日本に引き渡せば、ロシアの軍部や国民の反発を買う。このことに極度なまでに臆病になって、彼は対日ディール(取引)を躊躇しているのだ。

 

独裁には降りる道がない

 さらに大胆な予想をおこなうならば、プーチンは次のような希望すら心中に秘めているのだろう。任期満了の2024年後においてすら、事実上ロシア政治のナンバー・ワンの地位に止まろうとの虫の良い考えである。ひとつには、そうしなければ、自身および二人の娘の身の安全が保てない。どうやらこう惧れているようなのだ。

 プーチンはこれまでの強権的な統治によって無数の政敵や人間の恨みをこしらえてしまった。ごく一例を挙げるに止めるにしても、チェチェン共和国の過激派テロリストたち、財産を没収した挙げ句の果てに海外へ追放したオリガルヒ(新興寡占財閥)、軍事介入したジョージア(旧グルジア)やウクライナの民族主義者たち。

 いったん大統領ポストを降り無冠の身の上になったプーチンは仮に地球上のどこに赴こうとも、彼らはプーチンをしつこく追跡し積年の恨みを晴らそうと試みるに違いない。

 このような懸念から、2024年の任期終了直前になるとプーチンは次のいずれかのサバイバル法を選ぶことになろう。

 1は、己の操り人形になる人物を傀儡大統領ポストに就ける、すなわち、第2次「タンデム(双頭)政権」を開始する(「鄧小平方式」)。2は、ロシア憲法を改正して、プーチン自身が永世大統領に就任する(「習近平方式」)。

 わが国における独裁研究の第一人者、故猪木正道教授が屡々引用された『プルターク英雄伝』での次の言葉は、プーチノクラシーにも当てはまるようである「独裁は美しい場所であるがいったん登ってしまうと降りる道がない」。

 


《り・そうてつ》

専門は東アジアの近代史・メディア史。中国生まれ。北京中央民族大学卒業後、新聞記者を経て1987年に来日。上智大学大学院にて新聞学博士(Ph.D.)取得。98年より現職。同年、日本国籍取得。テレビのニュース番組や討論番組に出演、情報を精力的に発信。著書に『日中韓メディアの衝突』『北朝鮮がつくった韓国大統領―文在寅政権実録』『「反日・親北」の韓国 はや制裁対象!(共著)』など多数。

2019年10月1日号 週刊「世界と日本」第2158号 より

 

文政権 保守勢力壊滅作業の行方
チョ氏法相起用は「吉」とでるか

 

龍谷大学教授 李 相哲 氏

 

 文在寅韓国大統領が残り半分の任期を乗り切るため大幅な改閣を決断し、7人の閣僚候補者を指名したのは8月9日。目玉人事は文在寅政権発足以来推し進めてきた「積弊清算(長年積もりに積もった弊害を一掃する)」の先頭にたって大勢の前政権の高官を逮捕、起訴する作業を指揮してきた元ソウル大法科大学院教授で、文在寅政権発足とともに民情首席秘書官を務めた、チョグク氏の法相起用だった。

 ソウル大教授時代から「公平と公正・正義」を盾にして保守系の腐敗、不正を容赦なく批判してきたチョ氏は進歩・左派のシンボル的な存在でもあった。ところが法相に指名され、それまでの経歴や言動を検証しようとしたところ、表向きのイメージとは裏腹に家族や親族が不正に塗れていて、それにチョ氏本人が関与したのではないかという疑惑が次から次へと持ち上がった。

 「不動産投機、税金のがれ、論文盗用、息子の兵役逃れ、偽装転入」は、文氏が大統領選挙公約で公職者になってはならない「人事登用の5大原則」だったが、この5つの不正行為すべてにチョ氏は該当する可能性がある。

 文氏はチョ氏に法相任命状を渡した後発表した談話で「本人に違法は確認できなかった」と述べたが、すでに妻の違法行為を隠蔽するため証拠隠滅を図ったとの証言が出ているうえ、民情首席秘書官時代に「私募投資ファンド」に関与した疑い、娘と息子に実態のない「インターン証明書」を勤め先のソウル大名義で発行する過程に関与した疑いなど証拠隠滅の疑い、職権乱用、業務妨害の疑いも持たれている。

 それに、妻は私文書を偽造して娘を釜山医科専門大学院に試験なしで不正入学させた容疑で起訴され、親族は不透明な投資ファンド運営、贈与税逃れの疑いなどで追及されている。妻が勤め先の総長名義の表彰状をかってに自分の娘に渡したのが事実と判明すれば、娘の入学は取り消される可能性もある。

 チョ氏は道徳的にも法的基準からしても法相にはふさわしくないとみる国民が半数以上を占めるにもかかわらず、9月9日文氏はチョ氏を法相に任命した。

 野党は「チョ氏の任命で韓国の法治主義は死んだ」(自由韓国党)と猛反発、チョ氏を徹底的に追及する構えだ。

 それでも、文氏がチョ氏を「正義の府」であるはずの「法務部」の長に任命した理由はなんなのだろうか。

 まず、チョ氏と文政権は運命共同体。チョ氏が崩れれば文政権も崩れ落ちる可能性があるからだ。文氏はチョ氏を旗振り役にして「改革」を進めてきたが、その当為性も問われかねない。チョ氏に任命状を授与したあと文氏は任命を強行した理由をこう説明した。

 「(チョはその間)私を補佐して権力機関改革のために邁進してきて成果を見せてくれた」。文政権は発足以来、前政権およびその前の保守政権の高官を100人以上逮捕、起訴し、政府の各部署に作業部会(タスクフォース)をつくり、前政権の残余勢力を一掃する「保守勢力壊滅」作業をチョ氏と二人三脚でやったという意味だろう。

 その人物が道徳性に問題があり違法に手を染めたとして任命を撤回すれば、「左派の非」を認めることになる。そうなれば、無条件で文氏と文政権を支持してきたコアな支持層が離れてしまい、政権の基盤が揺らいでしまう。

 次に、更なる「改革」を進めるにはチョ氏が必要だったからだ。文氏は、チョ氏の任命は長年、どの政権もできなかった「検察改革」を実現するためと言ったが、文政権の「改革」は単純に検察組織をいじることに目的があるのではない。

 政治評論家のゴソングクによれば、「文政権がやろうとするのは“改革”の名目で権力機関すべてを掌握することだ」。文氏やチョ氏が目指したのは、単純に検察組織を改革することではなく、「韓国のかたち」、すなわち国のアイデンティティを変えることだ。

 これまでに明らかになった、文氏とチョ氏の発言や報道内容を総合すると、文政権が実現しようとする社会は、自由民主主義を基本秩序とするものではなく「社会主義的な要素を取り入れた」公平で平等な社会だ。この点で文氏とチョ氏は同じ方向を目指していると言える。

 チョ氏はかつて「南韓社会主義労働者同盟」の活動に加担したとして逮捕、起訴され実刑判決を受け、半年近く服役した経歴の持ち主だ。この組織は参下に武器製造部署、毒薬研究部署をおき、暴力的な手段で韓国を社会主義国家にすることを目的としていた。

 人事聴聞会で、野党議員から「候補者(チョグク)は、いまも社会主義者か」「その思想から“転向”(思想を変える)したか」と質問されたが、それに答えず「韓国社会はいまでも社会主義的な要素が必要」と主張、その考えはいまも変わらないと答えた。

 つまり、チョ氏らがいう「公正で公平」な社会というのは社会主義社会のように大財閥だけに富が集中する構造や市場経済を否定することにある。事実上、文政権は誕生以来、財閥に厳しく当たった。

 現在韓国の上位100位までの企業のなかの約6割が、文政権から何らかの調査をうけている。サムソングループに至っては実質的なオーナーであるイジェヨン副会長が逮捕、起訴され2審で有罪判決を受けた後、一旦保釈されたものの、最高裁が2審判決を差し戻し、再び収監される可能性がでてきた。

 文氏がチョ氏に拘る理由は検察改革を皮切りに、国家機構を改造し、最終的には憲法を改正して「国体」を北朝鮮に近い「民主主義」社会にすることを夢見ていたからである。

 この「夢」を実現するため、文氏はまず、来年4月に実施される総選挙と、2年先の大統領選挙に勝つ必要がある。チョ氏問題で国民が真っ二つに分かれ、左と右が対立し、国家が分裂状態になっても、なお我が道を固執するのは、もしも文大統領の次の政権が保守政権になれば、改革がストップするだけでなく、文氏やチョ氏、そしてその周辺の幹部たちの身に危険が及ぶことが、火を見るより明らかだからである。

 


《とみさか・さとし》

1964年愛知県生まれ。単身台湾に渡った後、北京語言学院を経て北京大学中文系に進む。『週刊ポスト』『週刊文春』記者を経てフリージャーナリストとして独立。『龍の伝人たち』で21世紀国際ノンフィクション大賞(現・小学館ノンフィクション大賞)優秀賞受賞。近著に『「米中対立」のはざまで沈む日本の国難』。国家基本問題研究所企画委員。

2019年9月16日号 週刊「世界と日本」第2157号 より

 

韓国の協定破棄
米中関係にどんな影響を
中国 「脱米」に動き出すか

 

拓殖大学教授 富坂 聰 氏

 

韓国の日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄は、「中露を利する」とのメディアの論調が目立つ。だが、事はそう簡単ではない。以下で、このことを視野に入れながら、米中の今後を追ってみる。

 

 本稿締め切りの直前(8月22日)、韓国のGSOMIA破棄のニュースが日本に飛び込んできた。日本のメディアはたちまちこの話題一色に染まったが、気になったのは多くのメディアの論調に「中露を利する」との単調な視点が目立ったことだ。

 優等生的な記事で、作文なら「〇」をつけたいところだが、現実はそうではない。

 韓国のGSOMIA破棄は大国間のバランスを崩す意味も大きく、中露にとっても今後は複雑な対米外交を求められることとなり、ストレスも小さくないからだ。

 少し乱暴だが、例えば、国際競技大会で予選落ちした二つの国が、互いに「ルール違反だ」と罵りあっていた問題が、大会全体の運営を左右する潜在的な対立に火をつけかねないということだ。

 米中の今後という意味では、とりあえず安定している両国の安全保障関係に外部から強い刺激が加わることで、この地域での大国同士の関係を一から見直さなければならない変化が起きかねないのだ。

 「日米」から「韓」が引き離されるというメリットよりも、「従来とは違う関係の構築」に備えなければならないというストレスの方が勝るかもしれず、なかでも警戒するのは、アメリカが強い危機感に突き動かされ、強引なプレゼンス拡大に乗り出して中露にプレッシャーを与えることだ。そうなればアジアの緊張は一気に高まる。

 ただ現状を見る限り、そうはなっていない。世界の目は、むしろ同じ時期に火を噴いた米中の新たな報復関税合戦に向けられたからだ。

 世界を俯瞰してみれば、世界経済の行方に激震をもたらす米中の対立に比べれば、日韓の対立など、しょせん世界大会で予選落ちする二つの国の小さな諍いなのだ。

 その米中は8月23日、中国が米国の発動する制裁関税「第4弾」への報復措置として、原油や農産物など約750億ドル分(約8兆円)の米国製品に、5~10%の追加関税をかけることを公表した。

 中国の対抗策の発表に激怒したトランプ大統領は、対中関税のさらなる引き上げに加えて、米企業の中国からの事業撤退を要求し、対決姿勢を鮮明にした。

 米中対立は、第4弾となる制裁関税の発動を前に、深刻さを増したといえるだろう。

 当然、米中の行方をテーマに原稿を書いている立場からすれば、将来を悲観せざるを得ないのだが、その予測は第4弾を境に大きく変わったのか、と問われれば決してそうではない。というのも、米中の対立の方向性は、おそらくトランプ政権が中国の通信機器メーカー大手・華為技術(HUAWEI=ファーウェイ)をターゲットに攻勢を強めたところから変わっていないからだ。

 ファーウェイという企業は次世代通信技術5Gで先頭を走る企業であると同時に、ハイテク産業を育成してさらなる中国経済の浮揚を模索する習近平政権の政策を象徴する存在でもある。中国が「メイド・イン・チャイナ2025」を掲げ、それにアメリカが狙い撃ちしたことでも理解できる。

 ファーウェイとの取引停止は、個々の企業の対応によって現実にはそれほど大きな問題は起きていない。メディアでは、基幹部品の提供を得られなくなるファーウェイの苦境ばかりがクローズアップされてきたが、米企業にとってもファーウェイは大口の取引先であり、そこからの需要が消えれば、それこそ倒産の危機に瀕するのだから当然だろう。

 制裁などといっても必ずしも一方的なものとはならないことを、いみじくも証明した形である。

 だが、この制裁はファーウェイ及び中国には深刻な危機感を植え付けた。いざとなれば潰されるほどのツールを、アメリカに握られたままでは安心できないということを知らされたのだ。ここで中国は静かな“脱米”に動き出す。換言すれば、アメリカが本格的に中国排除に動いたとしても、生き残っていける態勢づくりである。

 アメリカ抜きに、といえば日本人のほとんどは「そんな非現実的な・・・」と、眉に唾する反応をするかもしれない。しかし注目すべき点は、中国に勝機があるということだ。

 理由の一つは、アメリカが国力を挙げて中国を攻撃するのではなく、政権浮揚の駆け引きとしてこれを使い、中国は国の力を結集して対抗しながら、逆に強化されてしまうという過程をたどることが予測されるからだ。

 その片鱗が垣間見られたのが、今春の習近平政権による外交攻勢とその結果である。中国は習近平を筆頭に李克強、栗戦書と党序列上位3人を続けてヨーロッパに送り込んだ。その結果として欧州におけるファーウェイ排除は完全に綻び、アメリカの呼びかけに最も応ずべきイギリスが真っ先に5G建設でファーウェイを採用したのである。

 中国はこの流れを一帯一路からアフリカにつなげ、「東から西へ」と完全に切り替えたのである。人口や今後の経済発展の中心を考えれば、アメリカ中心の仲良しクラブにこだわる必要はない、という見切りだ。

 問われるのはアフリカや発展途上国市場がファーウェイ規格で覆われたとき、日本がどうするつもりなのかという問題だ。

 同じく安全保障の視点からも、流れは複雑化が避けられない。米ロが中距離核戦力全廃条約(INF)を破棄したことで、今後は中距離ミサイルの配備を巡る攻防と国際政治の駆け引きが活発化する。

 これはアメリカが韓国にTHAADを配備したときの拡大版だと考えるとよい。中距離ミサイル配備を巡る米中露の対立はアメリカと欧州の間に亀裂をもたらし、日中間にも深刻な対立を引き起こす。

 日本のマタサキ状態が、政治と経済の両面から加速することが予測される。

 


《わたなべ・つねお》

1963年生まれ。東北大学歯学部を卒業。歯科医師を経てニュースクール大学(米国ニューヨーク市)で政治学修士。戦略国際問題研究所で上級研究員等を務めた。2005年に帰国、三井物産戦略研究所主任研究員、東京財団上席研究員を経て、現職。戦略国際問題研究所非常勤研究員を兼任。近著に『大国の暴走』(共著、講談社)あり。

 

2019年8月1日号 週刊「世界と日本」第2154号 より

 

揺るがぬ 日米同盟の価値

 

(公財)笹川平和財団 上席研究員 渡部 恒雄 氏

 

 トランプ大統領が大阪G20サミット出席のため訪日し、「不足していたものも、失敗も何一つなかった」「このように素晴らしく、よく運営されたG20を主催した安倍首相をお祝いする」と述べて日本を去った。

 トランプの「置き土産」はこれだけではなかった。6月29日の記者会見で、日米安全保障条約について「不公平な合意だ。もし日本が攻撃されれば、私たちは日本のために戦う。米国が攻撃されても日本は戦う必要がない」と話し、その上で安倍首相に「変えないといけないと伝えた」と述べ、ただ破棄は「全く考えていない」とも話した。

 これは日米同盟の危機を予見するものなのか。答えはイエスでありノーだ。日本は、これまでも、トランプ氏のような米国人の「素朴な」疑念を念頭に、日米同盟が危機を招かないように同盟関係を進化と深化をさせてきた。その成果は着々と蓄積され、日米同盟の価値は日米の双方にとって上がっているのが現状だ。

 第一に、トランプ発言を考える際に、彼の交渉スタイルを考える必要がある。おそらく彼は、参議院選挙後の日本との通商交渉のディール(取引)を前に、厳しい「牽制球」を投げて、自分の交渉を有利にしようと考えているはずだ。

 第二に、これまでの人生で、不動産ビジネスとテレビ番組の人気キャラクターとしての経験しかなく、軍隊にも入隊していない(合法的な徴兵逃れをしたという批判もある)トランプ氏の頭の中に、同盟国の価値を適切に評価するマインドが欠けていることがある。

 第三に、トランプ氏は大統領になってからも補佐官や閣僚の言うことを素直に聞かないため、1980年代の日米貿易摩擦時代の認識のまま、その後の日本の政策や日米同盟の進化を知らないままに、あたかもタイムスリップしたように現在の発言をしている。

 1987年、ビジネスマンだったトランプ氏は、9万4801ドルを投じて、「ニューヨークタイムズ」などの米国主要紙に、時のレーガン政権に対して政策広告を掲載した。その広告は、「この数十年、日本や他の国家は、アメリカを出し抜いてきた」と始まる。そして湾岸地域からのエネルギーに頼っている日本に代わり、地域の安全を保障しているのはアメリカであり、そのコストを日本に払わせるべきだとし「米国のような偉大な国が他国から笑いものになる状況を止めるべきだ」と結んでいる。

 このトランプ氏の87年の広告は当時のアメリカ人の気持ちを代弁したものだったことは確かだ。すでにソ連との冷戦の勝利は目前で、同盟国の価値というのは下がりつつあったし、日本や西ドイツからの輸入車に押されて、米国産自動車の衰退は深刻だったからだ。

 実際には、その後、日本は米国からの度重なる市場開放要求、そしてプラザ合意という輸出には不利な、急激な円高の容認という厳しい決断を迫られた。さらに、1991年の湾岸戦争において、130億ドルの戦費も支出して相応のコストを負担しているのである。

 それにも関わらず、イラクから侵略されたクウェートからの感謝広告に、日本の名が抜け落ちた。当時の日本政府は、戦闘参加は無理だが、せめて後方支援や停戦後のペルシャ湾の掃海などの任務のために、多国籍軍に自衛隊を参加させるべく努力したが、「平和ボケ」した当時の世論と政治は、それを許さなかった。

 しかしこの経験こそが、その後の日本が、日米同盟および国際安全保障活動での自衛隊の役割を拡大するために動きだすきっかけとなった。

 筆者も含め、日米同盟に関わってきた日米の関係者は、1980年代のトランプ氏のような米国民の草の根の日米同盟への不満を十分に意識して進化のために努力してきた。

 そして2015年の平和安全法制などにより、日本の安全保障に影響を受ける事態においては、日本は集団的自衛権を行使して米軍と共同行動を取ることもできるし、戦闘任務は別にして、国連平和維持活動や有志連合による国際安全保障活動に特措法なしに参加できるようになり、参加の実績も積んできた。

 さらに重要なことは国際環境の変化だ。現在の米国の仮想敵国ナンバー1は中国であることに異論をはさむ人はいないだろう。米国本土から太平洋を隔てて、中国に対峙する前線基地ともいうべき日本列島の地理的位置と、米軍の常駐を可能にする日米安保条約の価値は、冷戦期と比べても飛躍的に高まっている。

 日本にとっても、冷戦期のソ連への対抗も重要ではあったが、尖閣諸島周辺への中国からの公船の侵入や戦闘機による領空侵犯の頻度が増え、日米同盟の価値は死活的に高まっている。

 かつての60・70年代の安保闘争の時代の日本では、日本が望まない米国の戦争に「巻き込まれる」懸念が大きかったが、今や米国からの「見捨てられ」の懸念のほうが勝る状況にある。

 トランプ大統領の支持率は30%台後半から40%前半の低さだが、共和党支持者の90%を固めており、彼の認識は侮れない。しかし米国に「見捨てられないように」トランプ氏のわがままに付き合えと言っているわけではない。

 国家は冷静な国益によって動く。トランプ氏も、国内のメディアからは、北朝鮮の金正恩委員長は「お世辞」を言うかもしれないが、実際には冷徹に国益を考えて容易に核放棄はしないと警告されている。日本が冷徹に国益を踏まえて行うべきは、トランプ大統領に代表される米国民の「覇権維持」に疲れた心理も踏まえ、日本がより積極的にインド太平洋地域の秩序維持に関わることである。

 ただし常識的に考えて、国力が下り坂にある日本が、米国に代わって、上り調子の中国とがっぷり四つに組んで対抗できるはずがない。人間でいえば壮年期にあたる日本は、大人の知恵を使う必要がある。

 国際秩序の現状維持に利益を見出すオーストラリアやインド、そして東南アジア諸国と協力して、米国を地域秩序に関与させ続け、中国が地域の共通ルールを尊重するように硬軟両面で誘導していくことだ。その意味で、日本政府の「自由で開かれたインド太平洋構想」は戦略的に有効な着想なのである。

 


《わたなべ・ひろたか》

1954年生まれ。東京外語大仏語科卒。同修士課程、慶大博士課程、パリ第一大学国際関係史博士課程修了。在仏日本大使館公使。東京外大国際関係研究所所長を経て、2019年4月より帝京大教授。著書に『ミッテラン時代のフランス』『フランス現代史』『ヨーロッパ国際関係史』『シャルル・ドゴール』など。

2019年7月15日号 週刊「世界と日本」第2153号 より

反EUポピユリズムの伸び 頭打ち
問題 メディアの大衆迎合主義

 

帝京大学法学部教授 東京外国語大学名誉教授 渡邊 啓貴 氏

5月下旬、欧州議会選挙が行われた。わが国では、この選挙の結果をポピュリズム(大衆迎合主義)台頭と欧州統合の危機と多くが報じた。しかしヨーロッパは、欧州統合派と反統合ポピュリストの二項対立の構図に変貌したわけではなかった。反EUポピュリズムの伸びは頭打ちとなったというのが現実だ。

 

 欧州議会選挙では、総数751議席を人口比で加盟各国に割り当て、議席数を比例代表選挙の投票率に応じて配分する。それぞれの国では政党名や支持母体が異なるので、欧州議会では近しい政党が集まって会派を形成する。
 会派別に見た6月の最新情報では、反EUポピュリストは全議席の約3分の1を占めたが、すでに前回2014年の選挙で欧州懐疑派の議席はそれまでの約2倍増の140議席以上になっていた。しかし今回「反EUポピュリズムの津波(大躍進)」という予測が強かったにもかかわらず、結果は179議席だった。予想は外れたのだ。
 しかも各国右派ポピュリストの不統一性も暴露したのが、今回の選挙結果だった。EU離脱の急先鋒の英国「ブレグジット党」は、排外主義ではない。
 ポーランドで大勝した政党「法と正義」も同系列だ。ポーランドの最近の世論調査では、国民の90%がポーランドがEU加盟国であることを支持するという結果が出ている。右派ポピュリストは決して一枚岩ではない。
 主に排外主義と対露関係をめぐる立場が異なるからだ。同時にだからと言って、ポピュリスト勢力が後退したとも言えないところが今回の選挙の微妙なところだ。
 他方で、これまで40年間過半数の議席を有してきた統合支持派の2大会派「欧州人民党EPP」と「社会民主」派が後退し、過半数を失った。しかし、その退潮は今回に始まったことではなかった。5年前の前回の選挙でも両会派の総議席は約60議席も減っていた。退潮に歯止めがかからなかったというのが実態だ。
 しかしそうした既成政党の後退の一方で、環境保護派とリベラル民主派の躍進が見られた。リベラル民主派にはマクロン仏大統領与党勢力が加わり、勢力を拡大した。両派は統合支持派だから、ポピュリズムへの対抗的な「均衡勢力」となった。統合派は優に過半数を制した。
 そして欧州議会勢力分布は多党分立化の様相を呈することになったというのが現状だ。ポピュリズムには警戒が必要だが、今回の選挙は決して欧州統合の後退ではなかったし、二極分化でもなかった。
 加えて、4半世紀ぶりに投票率が過半数を回復し、51%に達したことはEU加盟国有権者の関心の高まりを意味し、EU内での参加デモクラシーの機運が高揚した。デモクラシーの復権だ。とくにこれまで国民的関心が薄かったポーランドでは投票率が前回の17%から32%に上昇、ハンガリーでも13%上昇して37%だった。欧州市民としてのEUへの関心の高揚の現れと、欧州では見なしている。
 こうした中での英国のEU離脱(BREXIT)の行方はどうなるだろうか。メイ首相が痛恨の涙とともに辞任して、イギリスでは保守党党首選挙の真っ最中だ。離脱は、急先鋒のボリス・ジョンソン前外相が最有力と見込まれている。欧州議会選挙で勝利したファラージ率いる「ブレグジット党」とともに離脱派の意気軒昂ぶりもうかがえるが、他方で残留派も抱える労働党など欧州支持派や再国民投票を主張する勢力の伸長もある。事態は予断を許さない。
 欧州議会選挙はEUデモクラシーの命脈を占う一つの試金石であったが、離脱をめぐって醜悪な政治劇が演じられている英国の結末は、揺らぎを図るもう一つの試金石だ。欧州統合は今差し迫った危機ではない。むしろ今回の選挙結果は欧州のデモクラシーの復権の兆しであるともいえる。
 日本ではしばしば欧州統合は負の部分が大きく扱われる。日本ではヨーロッパを一方で極端に理想化する扱い方と、その反動からか極端に悲観的に扱う見方の両極端論に分かれる。そして悲観論こそリアリズムだという解釈となる。しかし筆者は理想主義的リアリズムこそ欧州統合の真実だと思う。
 筆者は80年代半ば以後の域内市場統合は、70年代の危機から立ち直れない、EU先進国の「国境を越えたリストラ」、つまり困難を共有する加盟国がその克服のために協力した国際的な制度的再編の試みと考えている。欧州統合は、理想の夢を追いかけた団結というよりも、苦渋の決断による団結といった方がよい。その意味では、共倒れをいかにして回避するかという痛みを伴ったリアリズムそのものだ。
 しかしそれを支えた理念は「デモクラシーによる安定と繁栄」という理想主義だ。その看板をヨーロッパは降ろすわけにはいかないのである。なぜならこの理想こそが統合の求心力だからだ。そうでなければヨーロッパは各国の国益のもとに空中分解してしまうことになる。
 ポピュリズムをデモクラシーの代償と見ることはできないだろうか。それはひとつの統合の試練であり、プロセスでもあろう。
 しかしわが国では依然として「欧州統合」は理想主義というステレオタイプでのみ語られ、ポピュリズムの騒擾(そうじょう)を欧州統合の「夢破れたり」という「統合終焉論」に引きずられた議論が蔓延する。
 アメリカでは歴史的ライバル意識からか、欧州統合に対しては悲観論が一般だ。日本では国際政治を語るときにどうしても米国の論調の影響を受けやすい。欧州問題もその例外ではない。欧州統合をめぐる議論は昨今ではもっぱら悲観論一辺倒だ。
 したがって今回も反EUポピュリズム台頭論の不安をあおる議論が主流となった。
 そこにはポピュリズムを非難しつつも、それを煽るメディアのポピュリズム(大衆迎合主義)が露呈してはいないか。恐るべきは、むしろそのような風潮にあるように思う。

 


《みやざき・まさひろ》
昭和21年金沢生まれ。早稲田大学中退。「日本学生新聞」編集長、雑誌『浪曼』企画室長を経て、貿易会社を経営。57年『もうひとつの資源戦争』(講談社)で論壇へ。国際政治、経済の舞台裏を独自の情報で解析する評論やルポルタージュに定評がある。中国ウォッチャーとしても健筆を振るう。著書多数。

2019年7月15日号 週刊「世界と日本」第2153号 より

米中関係 冷戦に入った
強まるか 次世代技術争奪

 

評論家 宮崎 正弘 氏

 

米中貿易戦争とは高関税の掛け合いでしかなく、お互いに産業競争力を弱める。米国は経済繁栄よりも国家安全保障を最優先させると決意した。トランプ大統領の個人プレイではなく、連邦議会が法案を制定し、大統領にこれを迅速に実行せよと迫り、メディアがこぞって支援する。ということは米国の総意なのである。

 

 貿易戦争というより現段階は米国が発動した国防権限法、並びに付随した諸法律により中国の経済、金融、そして軍事力の拡大阻止という「総合戦」に移行している。
 ペンス副大統領の演説は、まさに米中冷戦に突入した状況を意味し、スパイ防止のため中国による企業買収を阻止し、留学生のヴィザを規制し、技術流失を防衛する一方で、市場から中国のハイテク企業を排斥し、「2025 中国製造」戦略を遅らせるか、破産に導く。
 その象徴がドル基軸依存の中国の金融システムを痲痺させ、同時に商務省作成のEL(エンティティリスト)が象徴するファーウェイなどの締め出しである。
 5月24日、倒産寸前だった内蒙古省が拠点の「包商銀行」を中国は国家管理にするとして、89%の株式を取得、国有化された。
 具体的には中国銀行保険監督管理委員会(CBIRC)が「公的管理」し、元本の30%削減という措置をとった。このため取り付け騒ぎは起こらず、営業店舗は継続している。
 心理恐慌の拡大を懸念する中央銀行(中国人民銀行)は6月2日になって「これは単独の案件であり、金融不安は何もない」と発表した。すると投資家の不安はかえって拡がった。
 包商銀行は不動産バブル、株投機の裏金処理、インサイダー取引のATMだった。当該銀行を倒産させないで、救済したのはリーマンショックの前兆に酷似してきたと金融界が認識することを怖れたからだ。
 中国にはおよそ4000の銀行、地方銀行、信用組合があるが、このうち420の金融機関がリスクを抱えている。
 ついでファーウェイの経営危機である。
 2014年頃から米国は連邦政府職員、軍人のファーウェイのスマホ使用を禁じ、トランプ政権になってからファーウェイの全面禁止が検討され、まずは地上局から排除された。
 2018年12月1日、CFOの孟晩舟がカナダで拘束された。同日、サンフランシスコで「中国物理学の神童」と言われた張首晟教授が自殺した。
 2019年に入ると米国はファーウェイを「スパイ機関」と認定し、米国内の部品メーカーに至るまでファーウェイ部品を使わないよう通達が及んだ。5月、トランプは「非常事態」を宣言し、国防権限法によりファーウェイの米国市場からの駆逐を決め、同盟国に呼びかけた。英・豪・加に続いて日本も追随し、携帯電話各社はファーウェイ新機種の予約受付を中止、もしくは延期するに至った。
 市場でファーウェイのスマホの値崩れが起こり、中古スマホは大暴落、OSのグレードアップをしたら使えなくなったなどの苦情が殺到した。いよいよ正念場である。
 同社のスマホは、世界で2億台を突破している。中国市場で優に5割のシェア。しかしOSはグーグルのアンドロイドだ。マイクロソフトと同様に、OSそのものは公開されているが、数々のアプリは、アンドロイドが基礎になる。
 ところが米中貿易戦争の勃発、トランプ政権のファーウェイ排除によって、スマホ販売は激しく落ち込み、それもOS「アンドロイド」が使えなくなるとどうなるのか、と消費者は顔面を引きつらせた。げんにフェイスブック、インスタグラムなどはファーウェイのスマホへのアプリ事前搭載をやめた。
 フラッシュメモリーの大手「ウェスタン・デジタル」もファーウェイとの「戦略的関係」をやめると発表し、フォックスコンは生産ラインの一部を停止した。
 インテルがZTE(中興通訊)への半導体供給をやめたように、米国が同社への供給を中断すれば、次に何が起きるかは眼に見えている。
 ファーウェイの部品供給チェーンは、国内生産が25社、米国が33社、日本が11社、そして台湾が10社。他にドイツ、韓国、香港のメーカーがファーウェイに部品を供給してきた。まさに国際的サプライチェーンである。
 深圳が中国ハイテクの本丸である。香港に隣接し、港湾も空港も複数あって、グローバルアクセスの要衝だ。1975年頃だったか筆者は初めて周辺を取材した経験がある。貧しい漁村で当時の人口は僅か3万人、屋台が商店街で、冷蔵庫はなく、ビールも西瓜も冷えておらず、肉は天日の下で売っていた。
 深圳の人口は、いまや1300万人。ハイテクパーク、科技大道、加えて付近には衛星都市の中山、仏山、東莞、厚街などを抱える。ZTEも、テンセントも、本社はここである。ファーウェイ本社は深圳西海岸の悦海地区にあって本社従業員が8万人。このうち3000人がRD(研究開発)に携わっている。
 ファーウェイは記者会見して「『独自OS』(鴻蒙)のスマホを8月か9月には販売開始できる」と胸を張った。しかし発売はさらに数カ月遅れると追加の発表があった。
 かくしてトランプは中国の次世代技術覇権を握らせないと固い決意の下、さらに強硬な策に出るだろう。米中関係は冷戦に入ったと見るべきである。

 


《わたなべ・つねお》
1963年生まれ。東北大学歯学部を卒業。歯科医師を経てニュースクール大学(米国ニューヨーク市)で政治学修士。戦略国際問題研究所で研究員を務めた。2005年に帰国、三井物産戦略研究所主任研究員、東京財団上席研究員を経て、現職。戦略国際問題研究所非常勤研究員を兼任。近著に『大国の暴走』(共著、講談社)あり。

2019年6月17日号 週刊「世界と日本」第2151号 より

成果はあったのか トランプ訪日
両者望んだ 日米関係強化

 

(公財)笹川平和財団 上席研究員 渡部 恒雄 氏

 

 今回のトランプ訪日の意味は、米国と日本では大きく異なる。日本にとっては目に見える外交成果といったものはなかったが、来月の大阪G20や夏以降の日米貿易協議、そして現在進行中の米中貿易戦争および米イランの軍事緊張に対して、日本主導の重要な外交布石を着実に打った。

 

かじ取りに成功した安倍外交

 今回の訪日は、世界で唯一といっても過言ではない安倍首相とトランプ大統領という首脳同士の緊密な関係を中国、イラン、北朝鮮を含む世界各国に認識させることで、日本の存在感を世界にアピールしたことになる。
 かたや、米国からすれば、日本の「おもてなし」攻撃に晒されたトランプ大統領の「観光ボケ」が批判され、訪日中に見せた対北朝鮮、対イラン姿勢での国家安全保障担当大統領補佐官との不協和音が批判される「パッとしない」外遊と報道されている。
 ただし冷静に見れば、日米の同盟関係を再確認したことは、中国に圧力をかけている米国の立場を強くするし、直近にイランを訪問する安倍首相との会談は、イランとの緊張感緩和に役立つ意味のあるものだったはずだ。

 

トランプ訪日にシニカルな米国リベラルメディア

 しかし米国側、特にトランプ大統領に批判的なリベラルメディアは、どうしても見方がシニカルになっている。例えば、5月28日付のワシントンポスト紙の「Trump basked in spotlight in Japan, even as his focus seemed elsewhere」(トランプは日本でのスポットライトでいい気持ちになった。彼の関心は拡散してはいたが・・・)という記事が米国からのシニカルな見方を代表している。
 この記事では日米首脳会談後の両首脳の共同記者会見で、トランプ大統領は北朝鮮の金正恩との交渉に熱心な姿勢を見せたのに対して、北朝鮮の短距離弾道ミサイルの発射について、これを国連決議違反とするボルトン国家安全保障担当補佐官および同盟国の安倍首相との明確な立場の違いを示したということを批判している。
 また、トランプ大統領は安倍首相との共同記者会見の席で、イランへの体制変革(レジームチェンジ)は考えていないと発言した。
 これは日本の首相の公式訪問としては40年ぶりになるロウハニ大統領との首脳会談を、トランプ大統領と前向きに話し合った安倍首相のラインと一致はしている。しかしイランの体制変革が持論のボルトン補佐官とは明確に異なる。
 ワシントンポストだけでなく、CNNなどのリベラル系の報道機関は、この政権内の矛盾をトランプ大統領帰国後も継続して批判的に取り上げている。
 5月28日付のニューヨークタイムズ紙は、「Trump Under-cuts John Bol-ton on North Korea and Iran」(トランプは北朝鮮とイランでボルトンの立場を弱めている)という記事で、ボルトンがオフレコではトランプ大統領への不満を述べていることや、トランプ大統領が、ベネズエラのマドゥロ大統領排除のために米軍派遣も視野にいれているとされるボルトンの強硬策にも不満を持っていることなどを示し、両者の不協和音をクローズアップしている。
 また、前述のワシントンポストの記事は、北朝鮮が、来年の大統領選挙に出馬表明をしているトランプ大統領の対抗馬の一つである民主党のバイデン前副大統領を「低いIQのバカ」と呼んでいることに安倍首相との共同記者会見の席で「同意する」と発言したことを問題視している。
 それは、「国内の政治対立は水際まで」という暗黙のルールを破ったことと、自国の元副大統領よりも米国と対立する独裁者の肩を持ったことを批判している。
 ただし、ワシントンポストは同記事で、トランプ大統領が北朝鮮の拉致被害者の家族と同席したことも、写真入りで報じており、これと、宇宙分野での日本との協力強化を表明したことは、トランプ大統領の実質的な成果を残す試みとして肯定的に報じている。

 

日本から見るトランプ訪日の成果

 しかし日本の立場から見れば、トランプ大統領と安倍首相の北朝鮮などへの立場の違いなどにもかかわらず、トランプ訪日は大きな成果であった。
 ワシントンポストの記事の中で、テンプル大学日本校のジェフ・キングストン教授は「北朝鮮と中国に日米の強力な関係を見せたことで安倍首相は満足しているだろう」とコメントしている。ここは重要な点だ。さらに「日本政府にしてみれば、トランプ大統領を注意深く観察し、どのようにすれば彼に対して影響を与えることができるかを理解して、彼らの最大のゴールである日米関係強化を達成することだった」とも分析している。これらは正確な分析だと思う。
 付け加えれば、リベラル系メディアのトランプ批判記事の中に、日本政府や安倍首相に対する否定的な評価はほとんどなく、批判自体はトランプ大統領に向けられていることも、特筆すべきことだ。
 かつて、安倍首相は、米国のリベラル系のメディアからは、日本のナショナリストで「歴史修正主義者」だ、というレッテルを貼られ、恰好の批判の対象であったことを考えると、反トランプ感情の強さが、むしろ安倍首相への評価を一変させたことがわかる。
 その背景には、米国抜きのTPPを主導し、日EU経済協力協定を早期合意させるなど、今や安倍首相こそが、世界と地域のリベラルな国際秩序維持という責任から逃れようとしている「アメリカ・ファースト」のトランプ大統領を、ポジティブな方向に誘導している、と評価されているからだろう。
 一方で、保守系のウォールストリートジャーナルは、5月29日のマイク・バードの連載コラムで、「安倍対トランプ、真夏の対決に備えよ」を掲載した。トランプ大統領と安倍首相は、米国産牛肉の食事を共に楽しんだが、そのお祭り気分も、今夏には消化不良に変わるとして、「TPP11」が昨年末に米国抜きで発効して、米国産牛肉に引き続き38.5%の関税が課される一方で、新協定によってオーストラリア、カナダ、ニュージーランド産牛肉の関税は26.6%に下がり、16年で段階的に9%まで引き下げられることで、過去10年で日本は米国産牛肉の最大の輸出先となり、現在は全体の4分の1程度を占めている現状に大きな変化がもたらされることを指摘している。
 このコラムは、農業が思い通りにならないとすれば、米国の自動車輸入関税引き上げが俎上に乗り、農業を巡る通商交渉が夏には重要な話になるということを示唆するものだ。
 これは、トランプ大統領が安倍首相とゴルフを楽しんだ後のツイッターで、参議院選挙後の8月には大きな数字が期待できるという発信とも符合するものだ。
 日米通商協議は、夏の参議院選挙以降の今秋に佳境を迎える可能性は高い。米中貿易戦争の結果、米国の農家は、対中輸出農産品に報復関税を課せられ、苦しいことは間違いないからだ。だからこそ、今回、安倍首相がトランプ大統領をもてなし、良好なコミュニケーションチャンネルを維持したことは、日米通商協議に備えるためにも重要といえる。
 今後の日本外交に楽な道はないが、安倍首相はそれなりに難しいかじ取りに成功していることを示したのが、今回のトランプ訪日といえる。「おもてなし」も重要な外交術の一つなのだ。

 


2019年5月6日・20日号 週刊「世界と日本」第2148・2149合併号 より

トランプ治世 「3年目」考
注視すべき米国の内政動向

 

同志社大学法学部教授 村田 晃嗣 氏

 

 ドナルド・トランプ大統領の治世も3年目に入った。来年11月3日には、大統領選挙を迎える。トランプ氏の言動は奇抜でスキャンダルに満ちており、そのため、アメリカの国際的イメージを大きく害し、国内の分断も深まった。だが、この2年間の彼の政策と政権運営は当初予想されたほど支離滅裂ではなく、それなりの成果を上げた面もある。しかも、トランプ氏はアメリカの混乱の原因ではなく、混乱に起因する現象である。

 

 高卒の白人男性中年層の平均寿命が下り、その死因の上位を自殺や薬物中毒が占めている。チャイナ・ホワイトと呼ばれる中国産の医療用麻薬の違法使用が全米で広がっている。こうした社会層の不安や怒りが、トランプ大統領を支えているのである。
 2019年に入ってからも、トランプ大統領は外交と内政で2つの危機を乗り越えた。
 まず外交面で、2月に北朝鮮の金正恩・国務委員長と2度目の首脳会談に臨んだが、北朝鮮の核放棄について安易に妥協せず、物別れに終わった。北東アジアの安全保障について、アメリカ合衆国大統領が決して融通無碍ではないことを示したのである。
 次に内政では、ロシアゲート事件の捜査をめぐって、ロバート・ムラー特別検察官がウィリアム・バー司法長官に対して最終報告書を提出し、トランプ陣営とロシア政府との共謀や大統領の司法妨害について決定的な証拠はないとの判断を示した。もちろん、嫌疑が晴れたわけではないが、トランプ大統領にとっては最悪の事態は回避され、野党・民主党は肩透かしを食った格好である。だが2019年には、トランプ大統領は2つの難題に直面しなければならない。まず、アメリカの景気後退である。2018年のアメリカの経済成長率は2.86%だったが、国際通貨基金(IMF)の予測によると、19年は2.33、さらに20年は1.87、21年には1.77に鈍化するという。
 しかも、これに後述のように米中経済対立が加わる。好景気の時には許された大統領の言動が、不景気では思わぬ反発を招くかもしれない。次いで、連邦議会下院で多数を制した民主党の攻勢である。下院の反対のため、トランプ大統領の固執するメキシコとの国境沿いの壁建設予算も計上されなかった。史上最長の連邦政府閉鎖の末に、大統領は下院に屈したのである。
 実に、アメリカ国内政治の最大の特徴は、大統領ではなく連邦議会の強さなのである(合衆国憲法第一条は議会に関する規定であり、大統領に関するそれは第二条である)。
 トランプ氏はムラー報告書での難は逃れたものの、同報告書は議会に提出され、民主党はその内容を追及しようとしている。情報委員会などで大統領周辺の証人喚問や偽証罪告発を重ねようとするであろう。おそらくトランプ大統領は、より内向きになる。よほどの成算がなければ、3度目の米朝首脳会談にもより慎重になるであろう。だが、米中対立は続くし、より本格化するだろう。これは外交問題であると同時に内政問題であり、トランプ大統領やその側近たちを超えた、欧米エリート層の広範なコンセンサスを基礎としているからである。
 貿易問題は入り口にすぎない。すでに中国の対米投資、とりわけ、先端技術部門や安全保障関係への投資が問題になっているうえ、一部の中国人留学生による産業スパイも問題視されている。アメリカには100万人の外国人留学生がおり、その約3分の1が中国人である。こうした人的交流にも規制がかかるかもしれない。
 さらに、アメリカは金融分野でも中国との対決を辞さないかもしれない。他方、習近平国家主席にとって、補助金に支えられた国有企業の体質改革は、米中関係だけでなく内政上も難問であろう。
 こうした米中対立では、当然、アメリカも相当な深手を負う。それでもアメリカは戦い続けるだろう。今戦わなければ、10年後には中国を阻止できなくなるかもしれないからである。中国の急速な軍拡や「中国製造2025」に見られるようなハイテク分野での躍進とパラダイム・チェンジへの危惧感が、そこにはある。
 2030年代には、中国の国内総生産(GDP)がアメリカを抜く。つまり、中国は世界一の経済大国になる。
 だが、その頃までには、急速な少子高齢化や貧富の格差の拡大、環境破壊、天然資源の枯渇が、中国を襲う。50年代になれば、中国には世界秩序を大きく揺るがすほどの力はなくなるかもしれない。20年ほどの間、強くて脆い中国の暴走や内爆発を阻止することが、アメリカの長期戦略であり、そのためにアメリカと日本、オーストラリア、インドの「戦略的ダイヤモンド」の協力強化が期待されている。
 さらに、米ロ関係も厳しい。中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱決定などを受けて、ある世論調査によると、アメリカ人が敵国に一番に挙げるのはロシアである。ここでも、ロシアゲート事件という内政が絡みつく。だが、ロシアのGDPは今や中国の8分の1で、韓国と同規模にすぎない。ロシアは反米感情を大国としてのアイデンティティーにしているが、現実にはアメリカと渡り合うほどの力を失って久しいのである。しかし、中ロが結びつくことは、できれば避けたい。INF全廃条約にしても、真の問題はそこに中国の核戦力が含まれていないことなのである。
 日本としては、まず、2020年の大統領選挙に向けたアメリカの内政動向を注視しなければならない。またこの間、朝鮮半島情勢についても、日米の連携を強化しなければならない。米中関係の悪化によって、日中関係には改善の兆しがある。
 この二国間関係を実務的に改善しながら、アメリカ主導の「戦略的ダイヤモンド」にどのように関与するのかが、日本外交の難題であり、宿題である。また、米中経済摩擦が日米に飛び火しないようにするためにも、アメリカの内政への配慮と分析が欠かせない。
 北方領土問題には閉塞感が満ちてきたが、より大局的に、日本が米ロ関係改善への一助となりうることを、モスクワに説き続けなければならない。トランプ時代のアメリカと「令和」の日本の関係安定には、内政への研ぎ澄まされた配慮とダイナミックで戦略的な視点が欠かせないのである。

 


《り・そうてつ》
専門は東アジアの近代史・メディア史。中国生まれ。北京中央民族大学卒業後、新聞記者を経て1987年に来日。上智大学大学院にて新聞学博士(Ph.D.)取得。98年より現職。同年、日本国籍取得。テレビのニュース番組や討論番組に出演、情報を精力的に発信。著書は『金正日秘録 金正恩政権はなぜ崩壊しないのか』『日中韓メディアの衝突』『北朝鮮がつくった韓国大統領―文在寅政権実録』など多数。

2019年4月1日号 週刊「世界と日本」第2146号 より

米朝会談
決裂は核危機再来の前兆

 

龍谷大学教授 李 相哲 氏

 

金正恩の非核化 意志に疑問

 2月末にハノイで行われた2回目の米朝首脳会談が決裂した原因は、北朝鮮が非核化をするつもりはないことをアメリカが確認できたからだ。
 ドナルド・トランプ米大統領は2月28日、記者会見で、北朝鮮は核施設の一部を廃棄する代わりに「経済制裁の全面解除を求めた。現時点で合意文書に署名するのは適切でないと思った」「我々はそれ以上のことを求めた」と説明した。会談終了後に出てきた様々な証言を総合すると、トランプ大統領が語った「それ以上のこと」とは、北朝鮮が隠し通そうとしたウラン濃縮施設だった。
 北朝鮮の核能力は、(1)20~68発の核弾頭(2)約1000基あるとされる長距離、中距離、短距離ミサイル(3)核物質やミサイルの生産施設に大別できる。
 2回目の米朝会談で北朝鮮が廃棄すると約束したのは、寧辺(ヨンビョン)の核団地にある約390の施設のなかの一部だった。寧辺の核団地は、北朝鮮核開発・生産能力の5割を占めるという(韓国の情報当局)。
 すなわちハノイで金正恩氏がアメリカに廃棄を約束したのは、前記(3)の中の一部にすぎない。それに呆れたトランプ大統領が席を立ってホテルに戻ったところ、金正恩は慌てて外務次官の崔善姫にメモを握らせ、米側に伝えたとされるが、その内容は寧辺施設の一部ではなく全部を廃棄する用意があると表明したとされる。それもアメリカ側は拒否したとされる。
 アメリカは、条件が合わなかったからではなく、北朝鮮がいまだに不誠実な態度で交渉に臨んでいることを確認したから席を立ったのだろう。

 

米国の要求はCVIDにプラスアルファ

 

 会談決裂後の夜中に北朝鮮外相の李容浩(リ・ヨンホ)は記者会見を開き、「我々は寧辺の施設を全部廃棄するかわりに、国連が我々に課した11の制裁措置のなかの2016年から17年までの間の、民生と人民経済にかかわる部分を解除してほしい」と要求したのに、アメリカは応じなかったと不満を露わにした。
 北朝鮮は、あたかもトランプ大統領が事実を歪曲して、「北朝鮮が制裁の全部を解除しろと要求した」と言ったが、本当は「制裁の一部」しか要求していなかったという意味だった。しかし、事実を歪曲したのは北朝鮮だったのである。
 国連は2017年12月までに、北朝鮮に対する計11の制裁決議案を採択しているが、16年11月、17年6、8、9、12月に採択した決議案が、厳しい内容を盛り込んでいる。
 それまでの制裁決議案は中国、ロシアの反対と妨害にあい、厳しい内容を盛り込むことができず、北朝鮮経済に実質的な打撃を与えるものではなかった。
 米朝関係をウォッチしてきた専門家の中には、トランプ大統領が2回目の会談を打ち切った背景を、国内政治状況(「コーエン証言」など)が影響したとの見方を示すこともあるが、米国は当初より適当な妥協はしないつもりでいた。
 会談開催直前の2月22日、CIA(米国中央情報局)傘下のコリアミッションセンターの元責任者、アンドリュー・キムはスタンフォード大学でおこなった非公開講演で、米国が北朝鮮にどのような要求を突き付けていたかを明らかにした。それによると、アメリカが北朝鮮に求めた非核化の要求は広範囲でかつ完全なものであった。
 トランプ大統領は、北朝鮮が取るべき措置として、(1)非核化のための出発点として北朝鮮は核・ミサイル実験の持続的に中断をすること(2)核リストの申告は、核武器、ミサイル、核物質、生物化学兵器を含むこと(3)すべての核施設に対する米国専門家の査察と検証が許されること(4)廃棄すべきは、核施設のみならず、核武器・ミサイル、核物質、生物化学兵器を網羅(5)2003年、北朝鮮が脱退したNPT(核拡散防止条約)への再加入、IAEA(国際原子力機構)の査察を許すことを要求した。
 アンドリュー・キムの証言を基にすれば、この要求は、2018年7月の段階で、平壌を訪れたマイク・ポンペイオ米国務長官によって北朝鮮に伝わっていたものだ。その要求に対し、北朝鮮は「アメリカの強盗的な心理の表われだ」(18年7月7日付「朝鮮中央通信」)と非難した。
 つまり、アメリカは北朝鮮に対するCVID「完全かつ検証可能で後戻りできない非核化」に加え、生物化学兵器までを放棄させるという目標は捨てていない。トランプ大統領がハノイ会談で金正恩に「広範囲な非核化」を持ちかけたのは、国内の政治状況に影響されたからではなく、アメリカ政府の一貫した立場であったことがわかる。

 

金正恩に残った道は2つ

 

 2度目の首脳会談が終わったあとジョン・ボルトン米国家安全保障補佐官が3月5日、米国のメディアの取材で明らかにした、トランプ大統領が金正恩氏に渡したとされる「広範囲な非核化」の要求を盛り込んだ文書は、おおむねアンドリュー・キムが明らかにした内容と一致するものではないだろうか。
 北朝鮮が譲歩できる上限線は寧辺の核施設の廃棄であり、しかもアメリカが先に制裁を解除すること、という意味だ。この要求をアメリカがのむことはまずないだろう。ところが、金正恩はなぜ、このような無理な要求をアメリカに出したのだろうか。
 まず、根拠のない自信過剰に陥っていたのではないか。これまで文在寅韓国大統領や習近平中国国家主席は、金正恩を必要以上に礼遇した。若い金正恩は、核保有寸前の自分の立場をトランプも尊重せざるを得ないと考えたのではないか。
 さらにそのほかに、焦りがあったからだ。北朝鮮の経済は2年連続マイナス成長を記録、昨年末までに外貨備蓄が底をついたという証言もある。
 ハノイ会談で金正恩は、「急がない」を連発するトランプ大統領に対し、「我々は1分たりとも貴重だ」と焦りを隠せなかった。
 どうしても制裁を解除しなければならないという切羽詰まった気持ちが表に出たのだ。北朝鮮の内部事情を知り尽くすアメリカは、焦らず、これからも制裁を強化していく構えだ。
 金正恩が取り得る選択は、2つしかない。アメリカの要求を無条件に受け入れるか、核能力を強化し、核技術を輸出するなどして難局を打破しようとするかだ。金正恩が後者を選択すれば、間違いなく、新たな核危機は再来するだろう。

 


《こくぶん・りょうせい》
1953年東京生まれ。81年慶應義塾大学院修了後、同大学法学部専任講師、助教授、教授、東アジア研究所長、法学部長。2012年4月より現職。ハーバード大、ミシガン大、復旦大、北京大、台湾大の客員研究員を歴任。専門は中国政治・外交、東アジア国際関係。元日本国際政治学会理事長。著書に『中国政治からみた日中関係』など。

2019年2月18日号 週刊「世界と日本」第2143号 より

米中摩擦 その歴史的本質を探る
厳しさを増す、米国の対中「脅威認識」

 

防衛大学校長 国分 良成 氏

 

 米中関係は、ジョン・ヘイ国務長官による1899年の門戸開放宣言に始まったと言われる。今から120年前のことである。西部開拓を通じて西海岸に到達した米国は太平洋国家として登場した。しかし、当時この地域はすでに多くの西欧列強が進出し、後発の米国が中国大陸に入り込む余地はなかった。それが門戸開放と機会均等の訴えとなった。
 中国大陸に対する米国の関心はやがて日本と衝突し、太平洋戦争となった。日本の敗退後、国民党と共産党の内戦が勃発し、米国は国民党を支援したが共産党が勝利した。米国は中華人民共和国ではなく、台湾に逃れた国民党の中華民国を正統政府と認めた。その直後の1950年6月に朝鮮戦争が勃発した。
 米国はこれに介入したが、中国の参戦によって米中は直接戦火を交えた。また、50年代にも台湾海峡で何度か米中間の危機が発生した。このように、戦後のアジアにおける冷戦は米中冷戦であった。
 米中冷戦の終結は、71~72年の米中接近とニクソン訪中であった。米中を接近させたのはソ連という巨大な敵対パワーの存在であった。その後、米中は79年に国交正常化、80年代には、米ソ新冷戦の中で米国は中国との連携を強めた。
 この良好な関係が崩れかけたのは、89年の天安門事件であった。米国は経済制裁を科し、高官の接触を禁止したが、実際には事件直後から米中間では秘密裏の接触が行われていた。
 そして92年に鄧小平が社会主義市場経済のもとで大胆な市場化を進めると、米中間の溝は一挙に溶解した。クリントン政権は発足当初、中国の人権問題を糾弾したが、成長路線が本格化すると江沢民との間で戦略的パートナーシップ(伙伴)関係を結んだ。
 米国はこれ以降、「エンゲージメント(関与)政策」を掲げ、中国を国際社会に引き入れることを目標とした。つまり、この段階で米国は中国を発展途上国として認識し、中国も鄧小平のもとで米国に対して低姿勢を貫く「韜光養晦(とうこうようかい)」に徹していた。
 21世紀に入り、ブッシュ政権は台頭する中国に対決姿勢を示したが、9.11以後は対テロ戦における中国の協力が必要となり、融和姿勢に変わった。この時代の対中姿勢の基本は「責任あるステークホルダー(利害関係者)」であり、経済的に巨大化し、国際社会の重要な一員となった中国に責任ある行動をとるよう促すものであった。
 つまり、この段階で米国は中国を台頭するパワーとして認知したが、脅威認識はまだ低かった。
 オバマ政権は当初から中国批判を避け、経済を重視して共存姿勢を示した。しかし、2008年の北京オリンピック、10年の上海万博を経てGDPで世界第2位になると、中国は居丈高に自己主張を強めた。米国の対中警戒心が増幅されたのは言うまでもない。
 2016年、米大統領選でトランプ氏が勝利した。トランプ大統領個人は、現在にいたるまで中国の政治・安全保障問題に多くを語らず、もっぱら通商問題に集中している。今月末には米国の対中経済制裁発動の猶予が終わるが、世界的な株価の暴落を見るにつけ、共倒れを避けるべく落としどころを見いだしたいのがホンネであろう。
 しかし、米国の対中認識は民主党も含めて厳しさを増している。その象徴が言うまでもなくペンス副大統領の昨年10月の演説である。対中不信は通商だけでなく、一帯一路、政治、軍事、サイバーなど、すべての分野に及んでおり、最終的には中国の現体制そのものを問題にしているようにも見える。ペンス演説は最後の部分で中国の改革・開放の継続に期待を示しており、冷戦の一歩手前で踏み止まっている。
 中国はこれにどう対応するのであろうか。習近平主席は毛沢東とも鄧小平とも異なる。彼の父・習仲勲は文化大革命で毛沢東に敵視され、鄧小平とも天安門事件などに関して意見を異にした。習仲勲は共産党の中で毛沢東の極左でもなければ、鄧小平の右でもなく、強いて言えば文革の最大の犠牲者・劉少奇の正統的マルクス主義観に近かった。
 それ故であろうか、近年、息子の習近平が最も口にする理念は「マルクス主義」である。今後、習政権は米国の圧力回避のために一時的に対米融和を図るであろうが、党と国家の存続こそが最大の核心的利益である習政権にとって、米国の要求を簡単に受け入れることはできない。
 最後に、以上のような米中関係の歴史的考察から何が読み解けるのか。
 (1)歴史的に見れば、米中関係は対立局面から協調局面への復元力が強かった。それは、特に米中接近や天安門事件、あるいは9.11の場合などに顕著であった。
 中国側は一貫して米国を重視する一方で、米国の対中外交は、民主・自由の理念重視と経済・ビジネス重視の間を揺れる傾向があった。ただ、中国が経済発展するとともに、米国も経済・ビジネスを重視して対立から協調局面に変わることが多かった。
 (2)しかし、今後は不透明である。歴史が示すように、米国の対中認識は時の経過とともに徐々に警戒心を増してきた。90年代の「エンゲージメント」は発展途上国の中国をどう国際社会に引き入れるかであり、21世紀初頭の「責任あるステークホルダー」は台頭する中国に責任ある行動を促すものであり、両者ともに中国を「我々の側」にとらえていた。
 しかし最近のペンス副大統領の演説は、中国を既存の国際秩序に挑戦する「修正主義者」としてとらえており、脅威認識が前面に出ている。
 もちろん、ここから単純に米中冷戦に進むわけではない。米ソ冷戦の本質がイデオロギーというよりパワーやヘゲモニー(覇権)であったように、今日の米中間の亀裂は中国という異質なパワーに対する米国の脅威認識から広がっている。それだけに米中関係には以前ほどの復元力はなく、徐々に悪化する可能性が高い。
 (3)中国国内の状況に注目する必要がある。鄧小平の改革・開放路線をそのまま進めれば、共産党一党独裁の維持は難しくなる。習近平は時計の針を戻し、マルクス主義を唱えるが、それは時代錯誤である。マルクス主義で失敗したからこそ、改革・開放があった。しかも、中国社会と個人の意識は改革・開放によって多様化・多元化している。そうした中で、社会と遊離した政治的強権に何の意味があるのか。
 また、中国の経済成長は限界にきており、選挙のない中国で権力の正当性をどう担保するのか。民生を無視して軍事と重工業に偏りすぎたソ連が辿った運命を、中国は避けることができるのであろうか。外部から中国を変えることは難しい。問題の根源は内側にある。

 


《やまざき・しんじ》
昭和46年東京外大卒。時事通信社に入り、南米特派員、ニューデリー特派員、ニューヨーク支局長を経て、外信部長、解説委員兼時事総合研究所主任研究員を歴任。現在は山形大学客員教授、早稲田大学大学院客員教授、時事通信社客員研究員、(社)ラテン・アメリカ協会理事。

2019年2月4日号 週刊「世界と日本」第2142号 より

中南米は今、2つのポピュリズム政権
ブラジル新大統領 左派路線から決別、親米へ
メキシコ大統領 「3度目の正直」で当選も・・・

 

 

山形大学客員教授 山﨑 眞二 氏

 

 2019年の「中南米情勢」の行方を占う上で、左右2つの「ポピュリズム(大衆迎合主義)政権」が注目される。ブラジルの右派ボルソナロ政権と、メキシコの左派ロペス・オブラドール政権だ。両政権成立の背景と特徴、課題などを探ってみた。

 

ブラジル新大統領

 「国民が一つになり、家族を大切にし、ユダヤ・キリスト教的伝統を尊重しよう」―新年1月1日、ブラジル首都ブラジリアの連邦議会での就任式でボルソナロ大統領は、こう高らかに宣言、長年の左派路線からの決別と保守回帰を表明、同時に市場開放の推進を約束した。
 ボルソナロ氏は多くのメディアが伝えているように、これまでのブラジルの政治家とは異なるタイプ。元軍人だが、政治の素人ではない。7期28年にわたり下院議員を務めている。ずっと少数政党に属し、政治エリートではない点が特徴の1つ。徹底した左翼嫌いで、過去の軍事政権を礼賛し、治安改善のための武力行使を主張。
 これが“極右”政治家とも評されるゆえんだ。女性などへの差別的発言や「ブラジル第一」「ブラジルを再び偉大な国に」といった発言から、“ブラジルのトランプ”とも呼ばれるのは周知の通りだ。
 昨年10月の大統領選で当初、泡まつ候補扱いされたものの、第1回投票でトップに立ち、決選投票で左派の労働党候補を大きく引き離して当選したボルソナロ氏の勝因は明確だ。汚職まん延や治安悪化、経済不振を招いた旧来の政治への国民の絶望的不信感をバックに「改革者ボルソナロ対エリート既得権益層」という構図を描き、有権者の心をつかんだ。
 ブラジルでは2003年以来、長期にわたり労働党の左派政権が続いた。労働党政権は当時の資源ブームを背景に貧困層に手厚い社会政策を推進した。しかし、その後、資源価格急落により経済は失速、時を同じくして労働党幹部が絡む過去最大級の政界汚職疑惑が広まる。
 2014年のサッカー・ワールドカップ(W杯)や、16年リオデジャネイロ五輪の前後には、大規模な反政府デモが展開される事態に。この間、治安も急速に悪化した。労働党政権の社会政策で、あまり恩恵を受けなかった中間層の不満が増大。この中間層がボルソナロ氏を支持し、同氏勝利の大きな要因の1つになった。
 もう1つ、ボルソナロ当選の重要要因はキリスト教福音派の強い支持を受けたことだ。ブラジルではカトリック教徒が多数派だが、実はプロテスタントが人口の約2割に当たる4000万人もいる。ボルソナロ氏は、近年信者数が急増しているキリスト教福音派との親密な関係を築いてきた。この点でも、米国最大の宗教勢力といわれる福音派を重要な支持基盤とするトランプ大統領と共通する。
 ボルソナロ大統領は内政面では経済改革、汚職撲滅および治安回復を最優先課題とし、野心的な年金制度改革も目指す。しかし、大統領の与党は上下両院で少数派。議会とどのように折り合いをつけるかが大きなカギになる。
 対外面では親米路線が展開されるのは間違いない。一方、反米左派のキューバ、ベネズエラとの関係が冷却化するのは確実。また、ブラジルと中国の関係にも変化が起きる可能性もあり、ブラジル外交の大転換が予想される。

 

メキシコ大統領

 

 ボルソナロ政権発足1カ月前の昨年12月1日、メキシコでオブラドール大統領の就任式が行われた。新大統領は就任演説で汚職撲滅と治安回復に全力で取り組むと表明した。
 オブラドール氏は、以前から有力政治家として内外で名を知られていた人物。この点がブラジルのボルソナロ大統領とは異なる。オブラドール氏はかつてメキシコ市の市長を務め、その政治的手腕は高く評価された。2006年と12年の大統領選に出馬するも、いずれも次点に終わり、涙を飲んだ。昨年の大統領選で当選したのはまさに「三度目の正直」。
 大統領選勝利の背景には、右派系の2大政党による長年の特権エリート政治に対する、国民の強い不満と失望感がある。政府と麻薬カルテルとの間で06年から続く「麻薬戦争」の激化によって治安情勢が極度に悪化。国民の7割近くが日々の生活で身の危険を感じているとの世論調査結果もある。政治家や官僚の収賄、マネーロンダリング(資金洗浄)に関するスキャンダルも後を絶たない。
 一貫して不正や汚職追放を政治スローガンとし、過去の政権の治安対策を批判してきたオブラドール氏が、国民の半数以上から支持を集めたのは当然かもしれない。
 加えてメキシコ経済が近年、低成長が続く中、貧困や経済格差拡大の問題が深刻化。オブラドール氏が汚職を減らし、高級官僚の給与を削減してその分を社会政策の強化に充てると主張したことも、当選をもたらした重要な勝因だろう。
 同氏の政党「国民再生運動」(MORENA)も上下両院で大幅に躍進、第1党に。MORENAと連携する他の政党を合わせると、両院で過半数の議席を確保したのは大統領にとっては追い風となる。
 オブラドール大統領はポピュリスト的性格が強いものの、従来の中南米の左翼政治家とは違う点も多い。例えば、新自由主義的政策には明確に反対しているが、民間資本や外資も有効に活用すべきとも主張。大統領は確かにポピュリズムの流れに乗って登場した政治家ではあるが、旧来の社会主義を遂行しようとするガチガチ左翼ではないようだ。
 オブラドール大統領の“懸念材料”として多くのメキシコ専門家が一様に指摘する点がある。それは既に工事が始まっていた首都の新空港の建設中止を、簡易な「国民投票」で決定したことだ。大統領は選挙期間中から空港建設事業が汚職の温床で、コストが高すぎるなどと批判していた。
 しかし、国民投票といっても、有権者の1%程度の住民へのアンケート調査。「法的根拠のない住民調査で建設反対が多数を占めたとして中止を決定したのは横暴」(在メキシコ日本企業幹部)との批判が強い。国家の重要な政策をポピュリズム的手法で覆すことが今後も行われるとすれば、新政権の前途には暗雲が立ち込めることになろう。
 いずれにせよ、中南米の2大国、メキシコそしてブラジルで発足した新政権の行方は、今後の同地域の政治的潮流にも重要な影響を及ぼすことになりそうだ。

 


《とみさか・さとし》 1964年愛知県生まれ。単身台湾に渡った後、北京語言学院を経て北京大学中文系に進む。『週刊ポスト』『週刊文春』記者を経てフリージャーナリストとして独立。『龍の伝人たち』で21世紀国際ノンフィクション大賞(現・小学館ノンフィクション大賞)優秀賞受賞。近著に『トランプvs習近平そして激変を勝ち抜く日本』。国家基本問題研究所企画委員。

2019年1月21日号 週刊「世界と日本」第2141号 より

米中貿易戦争
ひとまず「休戦」か
米国内 「対中強硬」に一定支持が

 

拓殖大学教授 富坂 聰 氏

 

 12月1日夜、アルゼンチンの首都・ブエノスアイレスで、トランプ大統領と習近平国家主席の夕食会を兼ねた会談が行われ、世界が注目した米中貿易戦争は、ひとまず「休戦」となった。

 

 米側の発表では、2019年1月に予定されていた追加関税率の引き上げを90日間凍結し、米中が新たな通商協議を始めることで合意したという。「凍結」である以上、協議の内容次第では90日後に追加関税の引き上げに踏み切る可能性も残し、中国サイドが「宿題」を背負った形となった。
 中国側の説明には90日間という文言は見当たらないが、〈改革を深化させ、開放を拡大する〉ことで〈米国が関心を寄せる一連の経済貿易問題が解決される〉との表現で、アメリカの要求に応えていく姿勢を示した。
 アメリカによる徹底した“中国潰し”を期待していた論者には、極めて残念な結果―といっても何度も繰り返されてきたことではあるが―となったが、かといって米中が対立構造を完全に払拭(ふっしょく)でき「蜜月」へと向かう素地ができたかといえば、決してそうではない。
 ただ90日間の宿題という意味では、米中が合意にたどり着く可能性を示したと言えるだろう。
 中国はそもそも、アメリカと対立して政権が最も望む経済発展が実現できるとは考えていない。トランプ政権が対中貿易での不公正さに言及し始めた当初から、大幅な譲歩案を用意していたと考えられている。一方のアメリカも、中国による報復関税により、長期的には自国経済が痛むことは避け難いとの判断が働いていたはずだ。
 つまり、何らかの障害が間にあったものの、米中が折り合いをつける前提はあったと考えられるのだ。
 では、なぜ米中の対立はこれほど複雑にこじれ、激しい応酬を繰り広げるまでになってしまったのだろうか。
 1つには習近平政権が、見せかけだけで中身のない提案を続けたことがあるが、なんといっても対立の性格を大きく変えてしまったのは、ZTE(中興通訊股份有限公司)の問題だ。
 米側の再三にわたる警告にもかかわらず、イランに対し制裁を無視したハイテク部品を提供し続けたことで、同社が制裁の対象となり、最終的には倒産寸前まで追い詰められてしまった問題だ。
 中国の通信の未来を担い「5G時代の旗手」と位置付けられてきたZTEが、米国から基幹部品の提供を絶たれるだけで、たちまち干上がってしまうという弱さを世界にさらしてしまったのだ。
 ウィークポイントを知られてしまった中国は、貿易交渉にとどまらず対米外交において、大いに劣勢に置かれることになるのだが、ここで米政権内に「対中強硬派」が台頭するという変化が生じた。
 その典型的な動きが、中国がムニューシン財務長官との間でこぎつけた合意をひっくり返されたことだ。貿易戦争の緒戦で、同長官との共同声明(5月19日)で「(制裁は)保留」との言質を引き出した合意だ。
 これ以降のトランプ政権の対中攻勢は一気にボルテージを上げていく。
 ボルトン大統領補佐官(安全保障担当)、ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表、ロス商務長官、ナバロ大統領補佐官などの発する声が高まり、中国が防戦一方の様相を呈していくのである。
 この時期の中国は、アメリカが強く求めていた金融緩和に関する具体的な措置を次々と打ち出し、上海では輸入拡大のための、「第1回中国国際輸入博覧会(CIIE2018)」を開催し、米国側の出席を呼びかけるなど妥協的な姿勢に終始した。
 だが、そんな中国の態度を一変させたのは、トランプ政権の周囲から中国を「安全保障上」の懸念としてとらえる声が高まると同時に、台湾問題で中国を刺激する言動が目立ち始めたことだった。
 いうまでもないことだが、台湾問題は、もし少しでも妥協すれば中国共産党が政権党としての資格を失う敏感な問題である。
 つまり、この問題に踏み込まれた瞬間から習近平政権は、合理的な判断を捨てても応じるしかなくなるのだ。これはトランプ氏が大統領選挙に勝利した直後に、台湾問題で従来のアメリカの対中政策を無視するような発言をして、中国が極度に警戒した当初への逆戻りといえよう。
 言いかえれば「経済がボロボロになろうと最後まで戦いに付き合う」ということになってしまったのである。
 米中対立の絡まった糸は、ここに極まったということだ。
 だが、先に触れたように本音のところで中国には米国と対立する意思はない。それでも台湾問題という絶対に譲ることのできない問題に踏み込んだ状況で、妥協策を示すこともできないのである。
 では、なぜ米中は、最終的にアルゼンチンで「一時休戦」へと至ることができたのだろうか。
 謎を解くカギは、実はペンス副大統領がハドソン研究所で行った講演にある。
 この演説は、メディアによっては中国への「宣戦布告だ」とまで表現されていただけに意外に思う読者もあるだろう。
 しかし見逃せないのは、中国を全否定するかのような講演のなかで「一つの中国政策を尊重し続ける」との一言を紛れこませている点だ。
 これが11月1日のトランプ・習近平電話会談へとつながったのである。
 ただ冒頭にも触れたように米中間に構造としてのライバル関係が定着したことは、ペンス演説の中で明確に「メイド・イン・チャイナ2025」政策を批判していることでも明らかだ。
 それはつまり、米国内に「対中強硬」を唱えることで得られる一定の支持が存在することを意味し、今後もことあるごとに中国バッシングは続くことを示しているのだ。

 


《こんどう・せいいち》 1972年外務省入省。広報文化交流部長を経て、2006年からユネスコ日本政府代表部特命全権大使。08年よりデンマーク大使。10年より13年まで文化庁長官を務め、三保松原を含めた富士山の世界文化遺産の登録を実現。現在、近藤文化・外交研究所代表、東京都交響楽団理事長、東京藝術大学客員教授などに就任。

2019年1月21日号 週刊「世界と日本」第2141号 より

日韓の「文化・人的交流」支援に向けて

 

元文化庁長官 近藤 誠一 氏

 

 国際社会は、このところ急速に不透明さを増している。戦後の秩序に揺らぎが見え、各国は「国のありかた」、「国際関係の処し方」の基準を見失い、“将来の不透明さ”に戸惑っている。こうした中で明治開国150年を終え、御代の交替を迎えるいま、日本はどのようなかじ取りによって21世紀を生き抜くべきだろうか。それは、志を同じくする諸国、とりわけ近隣諸国との間に長期的利益を基礎にした協力関係を構築し、官民をあげてそれを維持するという、基本に戻ることである。

 

 典型的なケースが日韓関係である。1965年の日韓正常化以来、両国関係はある時は国際政治のうねりに翻弄(ほんろう)され、ある時は歴史や領土問題という、主権国家にとって中心的な問題の処理に、多くの時間と政治資本を費やしてきた。同一文化圏にありながら、思わぬ国民性の違いに戸惑うこともしばしばあった。
 日韓関係の特徴のひとつは、「歴史」の問題がその時々の政治や社会情勢によって、現れては消え、また頭をもたげることだ。こうした問題の繰り返しは、両国国民に「またか」という印象を与え、それが国民感情に長期的にマイナスに働くことは明らかである。
 何とかしなければ、両国が協力から得られるはずの潜在的利益を損なってしまう。こうした危機感から、これまで日韓関係改善の試みは数多くなされてきた。その中でも「歴史的和解」として高く評価されているのが1998年に小渕首相と金大中大統領との間で交わされた「日韓パートナーシップ宣言」である。
 しかしその後も両国関係の不安定さに目立った変化はみられなかった。そこでこのパートナーシップ宣言20周年を迎えた2018年夏、両国政府はそれぞれ改めて日韓関係の基礎である文化、人的交流に焦点を絞って、有識者の提言を求めることにした。日本側の有識者が10月3日に河野外務大臣に提出した提言には、いくつかの重要な指針が含まれている。
 この提言で指摘されたことは、以下の5つに要約される。
 第1は、日韓関係の過去の進展を素直に受け止めるべきだということである。両国交流は、実は一般に考えられている以上に大きな進展を遂げてきた。この20年間に貿易は約2倍、国民交流は約3倍に伸びた。我々はこのことにもっと自信を持つべきだという点である。
 第2は、政府は国民交流については環境整備に徹するべきだということである。政府が歴史や領土といった主権にかかわる問題の適切な解決に努力をするのは当然だ。しかし国民交流は民間のイニシアチブに任せ、交流促進の妨げになっている障害の除去や、留学制度の拡充など、交流を促進する環境づくりに徹することが望ましい。
 第3は、民間交流の推進である。その最大の目的は、相互訪問により、「顔の見える」友人関係を構築するということである。
 訪問の目的は単なる物見遊山ではない。日韓両国民が、個人として多くの信頼できる友人をつくることである。それにより、仮に新たな政治問題が起こった際にも、まずその友人の顔を目に浮かべることで、報道や過激な発言に惑わされることなく、冷静に受け止めることができる、成熟した関係になる。
 日韓両国には、残念ながら日韓関係の改善を快く思わぬ一部の勢力があり、国民や企業は彼らの反応を忖度(そんたく)して、前向きな発言や行動を差し控えるという現象がみられる。しかし相手国に多くの親しい友人がいれば、何か起きたときもこれらの勢力に無用に影響されずに、勇気をもって前向きの発言や行動をすることができる。
 韓国人で日本の渡航歴がある人は、経験がない人に比べ、日本によい印象を抱く回答が3倍あったという。「言論NPO」が2018年6月に発表した世論調査は、相互訪問の意義を明確に実証したものと言えよう。
 第4は、上記の第2の措置とも関連するが、政府は政治的問題が発生、再燃したときには、時として主権国家として毅然たる態度をとるべきだが、同時に国民に対しては、民間交流は継続すべきであるという明確なメッセージを出すべきであるという点だ。
 これは今回の提言で初めて明言されたものである。日韓両国民には、政府に問題が起こると、それに配慮して本来の交流を手控える傾向があることに注目した、極めて重要な提言といえるであろう。
 厳しい政府間のやりとりの中でも、関係者の多くは民間交流は影響を受けずに粛々と継続すべきと考えている。しかし黙っていたのでは、国民は「忖度」によって交流や文化行事を差し控え、それが伝搬して関係が冷えてしまう。
 政府からの積極的発言によってそれを防ごうというのが、この提言の中核を成す発想である。
 この提言が外務大臣に提出された後、有識者のコアメンバーは訪韓し、韓国の康京和(カン・ギョンファ)外交部長官や、長官の下に設置されたタスクフォースと意見交換をした。
 その際にさまざまな有意義な討議がなされたが、先方が異口同音に評価したのが、最後の2点、すなわち「顔の見える」友人関係の構築の必要性と、政府が市民交流は続けてほしいというメッセージを出すべきという点であった。
 後者は、政府にとってもかなり勇気のいることかもしれない。しかし提言直後、自衛隊旗の掲揚問題が起きた際の記者会見において、河野外務大臣が日本政府の立場を述べた上でこの提言に触れ、民間の交流は続けてほしいと発言された。大きなニュースにはならなかったが、これは我々にとって誠に嬉しい発言であった。
 今後とも、日韓関係には政治や経済の問題が起こるであろう。問題が複雑であるほど、その処理は感情的になりやすい。
 それをできるだけ冷静に処理するには、国民の間の信頼関係が最も重要である。国民相互の信頼、顔の見える友人関係は、いまの問題の処理の環境をつくるとともに、将来における問題発生防止や、適切な処理に必ずや貢献すると思われる。

 


2018年12月17日号 週刊「世界と日本」第2139号 より

TPP11 18年12月30日に発効へ

日本は「グローバル社会」主導する役割を

 

 

中央大学経済学部教授 谷口 洋志 氏

 

 「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」、いわゆる「TPP11協定」は、2018年12月30日に発効する。TPP11に参加するのは、北米のカナダとメキシコ、中南米のチリとペルー、大洋州のオーストラリアとニュージーランド、アジアの日本、シンガポール、マレーシア、ベトナム、ブルネイ・ダルサラームの計11カ国である。

 

TPP11の発効

 TPP11の前のTPP(環太平洋パートナーシップ)交渉は、15年10月5日に完了し、16年2月4日に米国を含む12カ国が署名していた。しかし、17年1月に米国トランプ政権が、TPP交渉・協定からの離脱を表明したことから、米国抜きで交渉が進められた。11カ国は、17年11月に大筋合意、18年1月23日に交渉終了、同年3月8日に署名した。
 TPP11は、少なくとも6カ国が国内法上の手続き完了を、寄託国のニュージーランドに通報した日の60日後に発効する。18年6月のメキシコを皮切りに、日本、シンガポール、ニュージーランド、カナダと続き、10月31日に6カ国目のオーストラリアが手続き完了を通報したことから、60日目の12月30日に発効することとなった。なお、11月15日にはベトナムの手続きも完了して計7カ国となっている。

 

TPP11の効果

 

 世界銀行の17年データによると、TPP11参加国の規模は、人口が5億人強(世界の6.7%)、GDP(国内総生産)が10.6兆ドル(同13%)で、人口は日本の4倍、GDPは同2.2倍弱である。米国が参加していれば、人口は8.3億人(世界の11%)、GDPは30兆ドル(同37%)となっていた。
 日本は現時点では相対的に大規模とはいえ、総人口が減少し、先例のない少子高齢化が進行しており、市場の長期的縮小が避けられない。それに対し、TPP11参加国には先進国・新興国・途上国が混ざっており、全体の人口やGDPも拡大が見込まれ、しかも大量の中産階級を発生させる余地が大きい。その意味で有望な市場であり、巨大な販路を獲得する一方、より安価で良質な財・サービスを入手できることが期待される。
 17年12月21日に公表された内閣官房TPP等政府対策本部の試算では、TPP11への参加によって実質GDPが約1.5%(16年度GDP換算で約8兆円)押し上げられ、労働供給も約0.7%、約46万人が増加するとされている。
 こうした経済拡張効果が生じるのは、関税・非関税障壁のコスト低下によって、
 (1)貿易や投資が増大して企業間・産業間連携が強化されて生産性が向上する。
 (2)生産性の上昇が実質賃金を上昇させて労働供給を増加させる。
 (3)実質所得の増大が貯蓄・投資を増加させ、資本蓄積を高め、生産力を拡大させる。
 ・・・からである。供給面の拡大が需要の拡大を伴って経済規模を押し上げるという訳だ。

 

TPP11の問題点と課題

 

 TPP11は、参加国の地域統合や協力を促進し、財・サービスの貿易や投資の機会を増大させることで地域の所得水準を向上させ、人々に経済的機会を創出することが目的である。
 参加国が多ければ多いほど、全体の規模が大きければ大きいほど、こうした経済的メリットは大きいと考えられる。しかし、それは集計的なメリットであり、こうした貿易・投資促進効果によって利益を得る部門もあれば不利益を被る部門もある。
 日本では、不利益を被る部門の典型が農業部門である。ただでさえ低い食料自給率がさらに低下して食料安全保障を脅威にさらすとか、地域の農業・畜産業に打撃を与えて地域農業の衰退を招くといった問題が提起されてきた。農業をはじめとする不利益部門に対しては、互恵的で透明かつ公平なルールに従って一定の保護をすることが避けられない。
 ところで、TPP11は、関税の完全撤廃を目指す「自由貿易協定(FTA)」を超えて、サービス、知的財産、労働、医療、環境などの規則・慣行や制度の調和をもめざす「経済連携協定(EPA)」である。
 したがって、(関税の特恵待遇が受けられる)原産地規則、食の安全性基準、自動車の排ガス規制、金融商品・サービスや金融機関に対する規制、医療機器・医薬品の認証、独占禁止法の解釈・適用など、さまざまな領域での合意と透明性・公平性に基づく運用が求められる。
 さらにTPP11協定は、地域統合の一環でもあるから、域内では、モノ・サービスだけでなく、カネ・ヒト・情報の国境を越えた自由な移動が将来的な課題となる。TPP11は、EU(欧州連合)のように、共通の農業政策、通貨、中央銀行システム、環境政策、労働政策、移民政策などの導入まで進むのか。

 

日本の役割

 米国が参加した当初のTPPは中国排除の枠組みと言われたが、米中不参加のTPP11ではそうした要素が薄れ、インパクトも弱い。とはいえ、TPP11の経験を通じて共通のルール化・制度化を図ることで、アジア太平洋地域での将来の広大なEPAの土台となりうる。
 また、米国優位の枠組み作りが不可能となったことで、日本の存在感が強まり、発言権が増したのである。
 日本はTPP11に参加する前に、すでにTPP11参加国のうちカナダとニュージーランドを除く8カ国との間で2国間EPAを締結し、すでに発効済みである。その意味では、TPP11は、既存の2国間EPAを多国間EPAに拡大したものである。こうした多国間主義は、2国間主義にこだわるトランプ政権とは一線を画すものである。
 アジア太平洋地域にはTPP11以外にも、アセアン・大洋州諸国や日中韓印が参加するRCEP(東アジア地域包括的経済連携)や日中韓FTAなどの動きがある。ここで注目されるのは、中国が主導権を握るかどうかである。しかし、中国は成熟した市場経済国とはいえず、発言権は増しても主導権をとることは難しい。
 このように、米中がリーダーシップを発揮できない状況では、TPP11での透明かつ公平な多国間主義をベースに、日本がグローバル社会を主導していく役割は非常に大きいのである。

 

 


2018年12月3日号 週刊「世界と日本」第2138号 より

米国中間選挙

「分割政府」厳しい政権運営へ

日米関係は課題山積、したたかな外交を

 

同志社大学法学部教授 村田 晃嗣 氏

 11月6日の米国中間選挙は、世界的な注目を集めた。多くの専門家が前回の大統領選挙で予想を外したため、今回は慎重な発言が多かったが、上院での共和党の多数維持と、下院での民主党の逆転勝利は、大方の予想通りであった。いわゆる分割政府、日本風に言えば、「ねじれ国会」の出現である。大統領1期目の中間選挙が、こうした結果になることは、ごく普通のパターンといえる。

 

 下院で民主党が多数を制したため、トランプ大統領は今後、より慎重な議会対策を求められる。下院では、現職の再選率がきわめて高い。今回は共和党現職の引退が多かったことも、民主党には有利に働いた。だが、それは共和党がよりトランプに忠実な党に変容したという意味でもある。
 また、当初期待されていたような民主党の圧勝ではなかったから、ブルー・ウェイブが起こったとは言えまい。青は民主党を示す色である。だが、多くの女性や性的マイノリティーの候補が登場し、かなりの当選者を出したことから、ピンク・ウェイブやレインボー・ウェイブは起こったのである。ピンクは女性を、虹色は性的マイノリティーを、それぞれ象徴する。
 ロシアゲート事件などのスキャンダルについて、民主党主導の下院は公聴会を開き、証人喚問を続け、偽証罪の告発も辞さないであろう。もちろん、下院の過半数で大統領弾劾を発議することもできる。しかし、上院で3分の2以上の賛成がなければ弾劾は成立しないから、結果を伴わない弾劾発議は共和党やトランプ支持者の怒りを惹起するだけで、かえって民主党の無力を示すことになるから、彼らにとって現実的な選択肢ではない。
 また、これまでは大統領と上下両院の多数がすべて共和党であったから、民主党に失政の責任転嫁をすることはできなかったが、トランプ大統領は今後、下院民主党の反対や抵抗に自らの失敗の責任すら転嫁するであろう。
 上院では、共和党が議席を伸ばした。これに注目すれば、共和党の善戦と呼ぶこともできる。カバノー最高裁判事の承認人事をめぐって、民主党が強く反対したため、共和党の結束を強め、この善戦につながったと見る向きもある。カバノー人事によって、9人の最高裁判事はすでに保守派が5人、リベラル派が4人と、保守優位になっている。
 しかも、リベラル派には85歳のギンズバーグら高齢の者が含まれている。早くも、ギンズバーグの転倒事故が注目されたが、彼らが引退したり死亡したりすれば、トランプ大統領は若手の保守派を後任に指名し、共和党多数の上院がそれを承認する。トランプ政権の間に、保守絶対優位の最高裁を確立することこそが、共和党保守派の悲願である。その意味でも、上院での多数死守は重要であった。
 さらに、日本のメディアはそれほど報じていないが、州知事選挙も重要である。今回は33州で知事選挙が行われた。全米50州の多くは、共和党が優勢の赤い州(赤は共和党の色)と民主党が優位の青い州に分かれる。
 だが、どちらとも言い切れない州が12ある。これらをスウィング・ステート(揺れ動く州)と呼ぶ。中でも大統領選挙人の割り当ての多いのが、フロリダ(割り当て数29人)とペンシルバニア(同20人)、オハイオ(同18人)、ミシガン(16人)である。16年の大統領選挙では、この4州ですべてトランプが勝利した。
 今回の中間選挙では、フロリダでは票の再集計が行われているが共和党が優勢で、オハイオでも共和党が勝利した。だが、ペンシルバニアでもミシガンでも、民主党の現職が再選された。改選前は共和党の州知事が圧倒的に多かったが、今回の選挙によって、州知事の数は、共和党と民主党でほぼ互角になった。
 アメリカでは10年に1度国勢調査が行われ、その結果を受けて選挙区の区割りを変更する。次の国勢調査は2020年に実施され、区割り変更は22年の選挙から適用される。この区割り変更を決めるに当たって、州知事と州議会が大きな役割を果たす。民主党の知事が増えれば、それだけ民主党に有利な区割りが行われる可能性が高まるのである。
 だが、その区割り変更も、20年の大統領選挙には関係しない。トランプが再選される可能性は十分にある。とりわけ、民主党が有力な大統領候補を見い出せるかどうかが、鍵になろう。
 さて、今後内政が混乱すれば、ますますトランプ大統領が一貫性のある外交を遂行できなくなるかもしれない。貿易問題でより強硬な姿勢をとったり、逆に朝鮮半島問題で中身のないままに妥協してしまうかもしれない。
 日本としては、前者では日本の自動車メーカーがアメリカで170万人もの雇用を創出している事実を粘り強く説かなければならない。後者については、日朝間には、核やミサイルという安全保障上の問題以外に、拉致問題が横たわっている。
 トランプ大統領は拉致問題に理解を示しているが、彼の態度は豹変するかもしれない。むしろ、トランプの支持層には、宗教色が濃く、家族の価値や絆を重視する人たちが多い。日本としては、こうしたトランプ支持層にも、拉致問題への理解と関心を深めてもらう働きかけが必要であろう。
 さらに、米中関係である。アメリカの厳しい対中姿勢は、選挙のための一過性の現象ではない。単に雇用や貿易問題だけではなく、両国の間に産業技術力とグローバルな覇権をめぐって深刻な対立があることは、アメリカでは超党派のコンセンサスになっている。
 米中の間にあって、日本はこの対立と無縁ではいられない。日米同盟を維持・強化しながら、日中間で不測の衝突を避ける努力を重ねる二重外交が必要である。また、同盟国としての日本の価値を維持するために、人口が急速に減少する中で生産性の向上を図らねばならない。
 日本にとって、これは今までにないむずかしい課題である。アメリカ政治に対する理解と分析の精度を高めながら、したたかな外交を展開する―中間選挙後の日米関係は課題山積なのである。

 


《かみや・またけ》 1961年京都市生まれ。東大教養学部卒。コロンビア大学大学院(フルブライト奨学生)を経て、92年防衛大学校助手。2004年より現職。この間、ニュージーランド戦略研究所特別招聘研究員等を歴任。専門は国際政治学、安全保障論、日米同盟論。現在、日本国際フォーラム理事・上席研究員、日本国際問題研究所客員研究員、国際安全保障学会理事。主な著作に『新訂第5版安全保障学入門』『新段階の日米同盟のグランド・デザイン』『日本の大戦略』など。

2018年8月1日号 週刊「世界と日本」第2130号 より

 

半島情勢

トランプの楽観を懸念

 

 

防衛大学校教授 神谷 万丈 氏

 

 初の米朝首脳会談からひと月になる。あの会談は、トランプ米大統領が主張するような「大成功」だったのだろうか。私は、そうは思わない。

 

 今回の会談が何も成果を生まなかった、というつもりはない。金正恩という独裁者が、自らが「朝鮮半島の完全な非核化」にコミットすることが明記された「共同宣言」に署名し、『労働新聞』で30枚以上のカラー写真とともに大々的に報じて、人民に知らしめたことは無意味とはいえない。
 ミサイルエンジン実験施設の破壊の約束も悪くはない。北朝鮮は最近、ミサイルの性能向上のためのエンジン開発に励んでいたからだ。会談により米朝間の緊張が緩み、戦争の恐れが当面遠のいたことも間違いなかろう。
 だが、今回の会談には問題点が多過ぎる。会談の焦点は、米国が求める「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」と「直ちに(早期一括)の非核化」を、北がどこまで受け容れるかにあるとされていた。
 ところが、共同声明には“CVID”という語が入らず、「検証可能」と「不可逆的」が消えてしまった。また、北がコミットするのは「北朝鮮の完全な非核化」ではなく、「朝鮮半島の完全な非核化」だということになってしまった。
 米国の求めていた早期一括の非核化も、声明には盛り込まれなかった。会談翌日の朝鮮中央放送は、両首脳が北の望む「段階別・同時行動原則」の遵守が重要だとの認識をともにしたと報じた。それが本当ならば、北にとっての大勝利だ。
 ポンペオ米国務長官はすぐに報道を否定したが、北の外交部は、同長官が非核化交渉を進めるために7月6~7日に訪朝した後の談話でも、米側が「CVIDだ、申告だ、検証だと言って一方的な非核化要求を持ち出した」のは「強盗的」で「遺憾きわまりない」とし、「段階的、同時行動の原則で解ける問題から、一つずつ解決していくこと」を主張してみせた。
 また、共同声明では、非核化に向けた北の具体的行動は何も約束されていない。トランプ大統領は、北が核実験場を破壊したことやミサイルエンジン実験施設の破壊を約束したことを褒めちぎったが、これらは、意味がある動きではあっても、核やミサイルを減らす行動ではない。
 にもかかわらず彼は、会談後の記者会見で、北に見返りを与えるかのように米韓軍事演習の中止を突如言明してしまった。しかも彼は、同演習を「戦争ゲーム」と呼び、「とてつもなく金がかかる」ので「好きではない」し、「非常に挑発的だ」と述べた。
 今後の北の動向次第では、米韓軍事協力がこれまで以上に重要になることさえ考えられるにもかかわらず、米国の大統領が、「戦争ゲーム」とか「挑発的」といった、北が演習を非難するために用いてきた言葉を口にし、あまつさえ「金がかかる」ことを理由に演習を好まないと公言したことには愕然(がくぜん)とさせられた。
 大統領はまた、「完全な非核化までは技術的に長い時間が必要だが、そのプロセスを始めることができれば、非核化の作業はほとんど終わったのも同然だ」と、北の今後の出方について著しく楽観的な見方を示した。その甘さにも驚かされた。
 私は、南北首脳会談や米朝首脳会談が行われる見通しとなった3月以来、日米韓などの対北政策に関して「4つのべからず」を唱えてきた。その概要は本紙6月4日号への寄稿(「北の動きをどう理解すべきか」)で述べた通りである。
 (1)北の変化を過大評価すべからず(2)北の過去の行動を忘れるべからず(3)核・ミサイル問題の「解決」を急ぐべからず(4)抑止と圧力を緩めるべからず、ということだ。この「4つのべからず」から今回の米朝会談を振り返ると、トランプ大統領の言動には懸念される点がいくつも指摘できる。
 まず、(1)について。トランプは、北が昨年1年間だけでも何をしたのかを忘れてしまったようだ。新型中距離弾道弾や米国東海岸にも到達可能とされる大陸間弾道弾(ICBM)を繰り返し発射し、9月の核実験の際には水爆実験の成功を主張。11月末のICBM「火星15」の発射後には、金正恩が「国家核武力完成の歴史的大業、ロケット強国偉業が実現されたと矜持高く宣布」した。それからまだわずか半年余りなのだ。われわれは、北が本当に変化しつつある可能性があることには注意を払うべきだが、過大評価は禁物だ。
 (2)について、私は、北朝鮮は、「右にカーブを切る際には、あらかじめ左に大きくカーブを切っておき、その後右に戻ることで小さな動きを大きく見せようとする」ごまかし戦術を得意としてきたことを指摘してきた。
 最近の金正恩の「微笑外交」は、このパターン(自ら緊張を高めておき、それを緩めてみせる)で説明がつくし、核実験場やミサイルエンジン試験施設の破壊は、もうこれ以上左には行かないという証ではあっても、右に戻る行動ではない。だが、トランプはそのことに気づいていない。
 (3)、(4)について私は、北の核やミサイルは、自殺覚悟でなければ使えない兵器であり、北は自殺をするような国ではないと考えてよいと論じてきた。われわれは、抑止さえしっかりとしておけば、北の核やミサイルを耐え忍ぶことができるのだという自信と覚悟に基づいて、こちらから北に対話を求め過ぎないようにし、北が核とミサイルの放棄に向けた具体的行動をとるまでは圧力も制裁も緩めないことが肝心だというのが、私の主張だった。
 だが、トランプは対話に前のめりになり過ぎ、その結果、国際社会による北への圧力に、既にほころびが見え始めているのではないか。
 トランプは、金正恩は非核化に「非常に真剣」で、彼とは「大変気が合う」と言う。彼は、北の独裁者がすっかり改心して「いいやつ」に変わったと信じているようだ。そうであれば結構だが、問題は、そうでない可能性が一顧だにされていないようにみえることだ。
 先にみた、最近のポンペオ訪朝後の北の態度は、金正恩の真剣さへの疑念を強めるものだった。米国大統領の過度の楽観がもたらしかねないものを懸念せざるを得ない。
(7月8日記)

 

 

 


2018年7月2日号 週刊「世界と日本」第2128号 より

 

米朝首脳会談

「非核化」通じた米朝接近を評価
金正恩氏 核を捨てても体制存続を模索

 

 

大阪大学大学院 法学研究科教授 坂元 一哉 氏

 

 6月12日、史上初となる米朝首脳会談がシンガポールで開催され、両国の首脳は、朝鮮半島の「完全な非核化」と、米国による北朝鮮の「安全保証」をうたう共同声明にサインした。北朝鮮の核放棄にめどをつけるとともに、東アジア国際政治の構図に、重大な変化をもたらすプロセスを生み出す会談になったと思われる。それも、昨年来心配されていた軍事力行使をともなうプロセスではなく、平和裏に進むことが期待できるプロセスである。

 

 会談については、共同声明に非核化の進め方が具体的に書かれてないとか、「完全な非核化」という文言が、米国や日本がずっと求めてきた「完全かつ検証可能で後戻りできない非核化」という文言から後退している、といった理由から、北朝鮮に逃げ道を与える大失敗だった、との批判もある。
 だが、この会談における米朝の力関係から考えれば、共同声明が北朝鮮を厳しく追い詰めるものになっていないのは、トランプ大統領が実質的に非核化の圧力を弱めたからというより、北朝鮮の若い独裁者、金正恩・朝鮮労働党委員長の面子をつぶさず、彼が非核化の決断を国内向けに説明しやすくするために配慮したから、と理解するのが妥当だろう。
 金委員長はこの会談に臨む前に、核放棄の決断をしていたはずである。トランプ大統領は、従来の米国大統領のように中国頼みではなく、米国主導で北朝鮮に圧力をかけ、本気で非核化を実現しようとしている。
 もし北朝鮮が非核化を拒否し続ければ、大統領は国際社会を巻き込んだ経済制裁をさらに強化してくる。北朝鮮の最大の貿易相手国である中国も、大統領の圧力を受けてその制裁に参加しており、このままでは北朝鮮の生き残りは経済的に難しくなる。
 仮にその間、自分が核開発を進めても、それが米国の安全を脅かすものになれば大統領は、今度は、核・ミサイル施設への限定的な軍事攻撃に踏み切り、それによって北朝鮮の強制的な非核化をはかろうとするだろう。
 もし北朝鮮がそれに反撃し、韓国や日本を攻撃すれば、大統領は国連での演説でも口にしたように、全面的攻撃で北朝鮮そのものを破壊する。
 金委員長はそうなる可能性を恐れ、自分が追い詰められていることを見極め、核を捨てても北朝鮮が生き残れる道を真剣に探しはじめた。これに対して大統領は「完全な非核化」を実行すれば、経済制裁の撤回だけでなく、米国からの「安全保証」が得られ、そのうえ日本や韓国などの経済協力によって経済発展が進むという道を提案し、委員長はそれを受け入れた。それがこの会談における取引(ディール)の骨子だろう。
 むろんわれわれは、北朝鮮がしたたかな外交を展開する国であることを知っている。合意された取引に反して、何とか核を持ち続けようとするのでは、と疑うのは意味のないことではない。
 だが今回の場合、そのしたたかさは、トランプ大統領に約束した「完全な非核化」を、ぐずぐずいって実行しない、といったあまりにも大きな危険をおかすことではなく、むしろ迅速に実行して世界を驚かせ、非核化の代価である「安全保証」や経済発展に関して、なるべく多くのものを得るために発揮される。そう期待すべきだろう。
 共同声明のなかで注意が必要だと思うのは、米国が北朝鮮に「安全保証(security guarantees)」を与える、という文言である。米国が北朝鮮の体制の安全を保証したといわれることが少なくないが、それは誤解をまねく言い方だろう。米国が北朝鮮のような体制はもちろん、そもそも他国の体制の存続を「保証」することなどできるはずがない。
 かといってこの言葉が単に、米国は北朝鮮を武力攻撃しない、安全保障上の脅威にならない、というだけの意味なら、北朝鮮としても安心して非核化することはできないだろう。北朝鮮にとって安全保障上の脅威は、米国に限らないだろうからである。われわれは北朝鮮が、中ロという2つの核大国に国境を接している事実を忘れるべきではない。
 そう考えると、この「安全保証」は、北朝鮮が核を放棄すれば、放棄後の北朝鮮の安全保障全般に米国が関与する、との文言になりうると見るべきだろう。そして、もしそうだとしたら、それは東アジアの国際政治に重大な意味を持つ。
 いま経済的、軍事的に台頭し、東アジアに覇権を求めるかのように行動する中国の隣国、北朝鮮に米国の大きな影響力が及ぶことになるからである。そうなれば中国は、たぶんに形骸化しているとはいえ、同盟関係にある唯一の国を失うことになりかねない。中国の東アジアにおける影響力は低下し、米国とその同盟国は、南シナ海問題も含めて中国の覇権的行動を抑制しやすくなるだろう。
 この会談の評価は、朝鮮半島の非核化だけでなく、その非核化を通じた米朝接近も含めてなされるべきである。
 この会談でトランプ大統領は、安倍晋三首相との約束を守り、拉致問題を議題にとりあげた。そのこともあって、秋までにも日朝の首脳会談が開催される見込みだが、会談の結果は2つの意味で安倍首相の交渉を後押しするだろう。
 まずこの会談で非核化にめどがたったので、日本が交渉のカードとして使う経済援助が、核開発の資金として使われる心配がなくなった。次にこの会談のおかげで、金委員長を次のように説得することも可能になった。
 あなたは非核化して米国からの「安全保証」に頼る、という安全保障政策をとられるようだが、米国は民主主義の国です。その政策が長期的に成功するには、あなたの国がまっとうな国になる努力をしている、と米国人の目に見えることが絶対に必要です。そうでないと、せっかくの非核化の大英断が台無しになってしまいます。
 まっとうな国になる努力はまず、米国の親密な同盟国であり、東アジアにおける米国のプレゼンスを支えている日本との間で、北朝鮮がかかえる、重大な人道問題の解決から始めてください、と。

 

 

 


《しゃちょうてい》
1946年台北市生まれ。国立台湾大学卒業。大学在学中に弁護士試験をトップの成績で合格。司法官試験も合格。74年日本・京都大学法学修士後、同大学博士課程修了。台北市議会議員、立法委員(国会議員)、高雄市長を歴任。民主進歩党主席、行政院長(首相)、07年第12代総統選挙民主進歩党候補者、16年6月より現職。

2018年6月18日号 週刊「世界と日本」第2127号 より

 

台湾を取り巻く国際環境

 

 

台北駐日経済文化代表処代表 謝長廷 氏

 

日本の隣国である台湾を取り巻く国際環境の変化は、日本にとっても他人事ではない。台湾はすでに自由、民主主義、法治、人権といった普遍的価値観を重視する民主国家であり、日本とも価値観を共有している。台湾の人々は、このような民主的な社会の現状を維持したいと願っている。しかし、近年、台湾をめぐる情勢の変化が次々と起こっている。

 

中国の一方的な航空路運用

 今年1月4日、中国は台湾との事前協議なく、一方的に台湾海峡の中間線に極めて近い北上航空路の運用を開始した。台湾と中国当局は2015年に協議を経て同北上航空路を暫時運用しないことに合意していたにもかかわらず、一方的な航路運用開始は、合意に反する上、台湾海峡中間線という緩衝地帯に緊張が高まる恐れがある。
 4月中旬には、蔡英文総統が外遊に出かけたタイミングで、中国空軍の爆撃機が台湾周辺空域を飛行した。さらに、その後も軍機飛行による挑発が続いている。台湾は軍事的緊張の高まりを望んでおらず、両岸間の前提条件なしの対話再開を呼びかけている。
 にもかかわらず、中国は5月にドミニカ共和国と西アフリカのブルキナファソに多額の援助を与え、その引き換えに台湾と断交させた。

 

利益誘導といやがらせ「シャープパワー」とは

 

 前述の有形の威嚇を含む「ハードパワー」、文化などによる「ソフトパワー」に加え、近年は「シャープパワー」というキーワードが注目されている。「シャープパワー」とは、利益誘導といやがらせをセットに相手国に影響力を与えるやり方のことだ。中国は「シャープパワー」を駆使して各国の民間企業にも影響を与えようとしている。
 一例を挙げると、最近では航空会社などの国際企業が、地図や国別欄などで「台湾」を国扱いしていたとして中国側から訂正を求められる事件があった。これらの企業の一部は、中国での事業を継続するために当局の意向に従って「訂正」に応じ、謝罪した。シャープパワーで脅かされた企業の多くは、事実を曲げてでも中国当局を怒らせないよう気を使うようになる。
 米国国務省がこの件に関して声明を発表し、「中国共産党の政治的立場の強制」を、「全体主義のばかげた措置だ」と一蹴し、強く抗議した。

 

優遇の衣をまとった31項目対台湾措置

 一方で、中国はこのほど台湾に対する31項目の措置を発表した。これらは台湾企業の投資、土地・税率、銀行の営業、教育研究、文化映像産業、公益・医療などに関するもので、中国側から言わせれば「優遇措置」であるが、実際には実利で台湾の資金、人材、技術を吸収し、台湾内部を分断し、中国の影響力を高めることが目的といえる。
 台湾は、この31項目の措置に対応するために、学術研究環境の改善、起業の後押し、従業員の報酬アップ、医療従事者の就労環境改善、業務上の秘密保持強化、産業高度化、株式市場の活性化、映像産業の発展強化など8つの具体策を講じ、台湾自身の実力を強化していく。
 両岸の交流と協力は、対等かつ互恵の原則に基づくべきであり、中国は台湾から進出する企業および個人に対して、投資の権益、生命・財産の安全、人身の自由を保障すべきである。

 

CPTPPと台湾旅行法

 

 最近、米国と中国の貿易摩擦の懸念が国際社会で高まっている。台湾も日本も、米中双方と経済関係が密接であり、米中対立の影響から逃れられないが、台日が互いに協力し合うことで、影響を少しでも抑えることは可能だ。
 とりわけ、日本主導で3月8日にチリで調印されたCPTPP(包括的かつ先進的な環太平洋パートナーシップ協定)は、米中以外の環太平洋諸国との多国間経済連携であり、米中対立の衝撃を和らげる役割を果たすことが期待され、台湾も参加を望んでいる。
 台日経済関係は、サプライチェーンの補完関係が確立されており、台湾のCPTPP参加または日本との経済連携強化は、日本にも必ずメリットをもたらすと確信している。
 また、台米間の政府高官を含む相互訪問交流を奨励する米国の法律「台湾旅行法」が、3月16日にトランプ大統領が署名して成立した。これは台米関係の大きな進展である。同法成立後に訪台したアレックス・ウォン国務次官補代理は、「米国の台湾への支持は変わらず、台湾の人々との関係を強化し、台湾が民主主義制度を守れるように支えたい」と強調した。
 蔡英文総統が「自由と民主主義は台湾の生存の道であり、平等と互恵こそが両岸の健全な発展のカギである」と強調しているように、台湾は中国大陸とは法律や社会制度が異なる。
 「国境なき記者団」が発表した2018年度の世界報道自由度ランキングによると、180カ国の中で台湾はアジアで最も高い42位だったのに対し、中国はワースト5の176位だった。「自由と民主主義」は、台湾が極めて重視する核心的価値観である。

 

WHO参加は世界の「共生」のため

 

 両岸社会に違いがあるとはいえ、敵対する必要はない。互いに尊重し、平和的に「共生」する関係であるべきだ。しかし、中国はWHO(世界保健機関)の年次総会への台湾の参加にも反対し、WHOおよび加盟各国に対し台湾の参加を支持しないよう圧力をかけた。
 健康に国境はなく、台湾は「すべての人の健康」を目的とするWHO関連活動に参加する権利があり、台湾の民選政府だけが台湾2300万人を代表する資格を有する。台湾との「共生」を拒み、排除しようとする中国の威圧的なやり方は、台湾の人々および国際社会の共感は得られない。
 台湾のWHO参加に関し、日本政府をはじめ各界の支持に深く感謝の意を表したい。
 台湾は先進的な医療技術を有しており、世界各国に派遣された医療チームが現地に貢献している。台湾がWHOに支障なく参加できれば、国際社会との連携は一層スムーズになり、より多くの貢献ができる。
 台湾と日本は、自然災害等が発生した際にお互いに助け合う「共生」の関係がすでに形成されている。それは形式や政治を超越した「善の循環」により、温かい関心を寄せ合う「運命共同体」の意識まで高められたもので、世界平和の模範といえる。今後は、政府間でも両国の発展と世界平和のために、できる限り高いレベルまで堂々と交流できるようになることを願っている。

 


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