防衛・安全保障チャンネル
防衛・安全保障チャンネルは、1976年に始まった『国防論』の延長線上にある企画です。『なぜ今必要なのか?集団的自衛権の(限定的)行使』の刊行等、これらの難解な問題を皆様に十分理解していただける内容となっております。

《くろさき まさひろ》
東京大学大学院総合文化研究科国際関係論博士課程単位取得退学後、防衛大学校講師・准教授を経て現職。この間、オランダ・ライデン大学グロチウス国際法研究所客員研究員、米国海軍大学ストックトン国際法研究所客員研究員、 国連軍縮研究所(UNIDIR)外部コンサルタント(安全保障・科学技術プログラム)等を歴任。
戦後日本外交のレガシーとしての
「国際法に基づく国際秩序」
防衛大学校 教授
黒﨑 将広 氏
2025年8月4日号 週刊「世界と日本」第2298号 より
2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降、国連を中心とする戦後国際秩序は最大の危機を迎えている。ロシアは、主権・領土一体性・武力行使の一般的禁止といった戦後秩序の基本原則を定める国連憲章を正面から否定する侵略をウクライナに対して行い、今なおその手を緩めることはない。超大国の地位を獲得した中国もまた、さらなる海洋権益の拡大を目指して国連海洋法条約の枠組みを逸脱した政策を展開し、圧倒的な軍事力を背景に周辺諸国との軋轢を生みだしている。国連安保理常任理事国の一角をなすこれら両大国の力による一方的な現状変更に対し、日本と多くの欧米諸国は既存の「法の支配に基づく国際秩序に対する挑戦」と激しく非難してきたが、既存秩序に対する非欧米諸国の不信も根深い。しかも、これまで既存の国際秩序の盟主だった米国さえもが、新政権の発足とともに米国第一主義を掲げ、同秩序から距離をとり始めている。この状況を利用するかのように、中国は国連創設80周年となる今年に国際紛争処理機関として「国際調解院」を香港に設置し、「一帯一路」構想に参加する新興・途上国32カ国が創設メンバーとして名を連ねた。同機関は国連の国際司法裁判所と同等の地位を目指しつつ、これを基軸に既存秩序に代わる新たな国際法秩序形成に向けてグローバル・サウスの発言権を向上させていくことが狙いとされている。
こうした分断化が進む国際秩序の現状を前に、日本は、「戦後、最も厳しく複雑な安全保障環境」(国家防衛戦略)との認識を示しつつも、「我が国が守り、発展させるべき国益」として「自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値や国際法に基づく国際秩序を維持・擁護する」決意を表明した(国家安全保障戦略)。しかし、このように厳しい現状にあって日本がなおも国連を中心とする既存のリベラルな国際秩序を堅持する選択をしたのはなぜなのか。その背景には、少なくとも自らが既存の国際秩序への挑戦を試みた過去への痛烈な反省があることを忘れてはならない。
かつて日本は、国連の前身である国際連盟を脱退し、欧米帝国主義からの自主独立を目指した「大東亜共栄圏」という地域的国際秩序構想のために「大東亜戦争」へと舵を切った。敗戦後、その反省は1946年に制定された憲法前文で謳われた次の決意に込められている―「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」。むろん、ここでいう「国際社会」とは、その前年に誕生した国連を指している。国連は国際の平和と安全の維持を「正義及び国際法の原則に従って実現すること」(国連憲章1条)を目的とし、法の支配に基づく普遍的な国際秩序を目指して、今日、事実上世界のすべての国を加盟国とする存在となった。その戦後秩序構想における自由で開かれた規範的価値の恩恵があったからこそ、日本は、サンフランシスコ平和条約や日ソ共同宣言等の一連の戦後処理を経た1956年に「平和愛好国」(国連憲章4条1項)として国連に加盟することができたのである。以来、日本は国連中心主義を外交の基本方針の一つと位置付け、加盟国最多となる12回の安保理非常任理事国を務めてきたが、それも戦後日本の在り方を規定した憲法の前文で「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」としてきたからに他ならない。こうした歴史的経緯があるからこそ、安保理常任理事国による挑戦によって最大の危機を国連が迎えている今、その存在意義についてどれほど厳しい批判にさらされようとも、これを擁護し続けることで過去の分断の歴史を繰り返してはならない責務が日本と日本国民にはある。
では、日本が国際社会を代表する国連の場で「国際法に基づく国際秩序を維持・擁護する」にはどうすれば良いのか。日本はすでにそのための努力を積み重ねてきている。
国際法は、すべての国を拘束する普遍的な国際社会の法であり、受範者である国自身がこれを定立し発展させる。したがって「国際法に基づく国際秩序」の拠点となる場は、一部の国で構成される安保理よりも、すべての加盟国が集う総会の方がふさわしいことは論を待たない。総会に「国際法の漸進的発達及び法典化」の任務が与えられているのもこのためである(国連憲章13条1)。その活動を支える補助機関として国連には国際法委員会という専門家集団が存在するが、実は日本は国連加盟の翌年1957年から一貫して委員を輩出し続けている(現在は浅田正彦・同志社大学教授が委員)。また、国際司法裁判所は、国家間の紛争を処理する世界法廷のみならず、国連の「主要な司法機関」(国連憲章92条1)として国連の活動に「勧告的意見」と呼ばれる法的助言を与えるなど、中国が主導する上述の「国際調解院」では代替できない、いわば国連の法律顧問という独自の役割を有しているが、現在、その所長を務めているのは他でもない、日本の岩沢雄司裁判官である。さらにいうなら、国連と連携関係を持ち、国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪を裁く国際刑事裁判所の現所長もまた、日本人である(赤根智子裁判官)。その他にも、各種国際裁判機関の裁判官その他の重要ポストに多くの日本人が就いてきた。
こうした「国際法に基づく国際秩序」に対する日本のこれまでの貢献は、個々人の能力によるところが多分にあるとしても、「国際社会において名誉ある地位を占めたい」という戦後日本の積年の外交努力が実を結んだ結果でもあることは間違いない。未曽有の危機を前に、この戦後国際秩序の根幹をなすレガシーをどうするかは、我々に課せられた課題である。

《はまぐち かずひさ》
1968年熊本県生まれ。防衛大学校材料物性工学科卒、名古屋大学大学院環境学研究科博士課程単位取得満期退学。陸上自衛隊、栃木市首席政策監などを経て現職。一般財団法人防災教育推進協会理事長、国立研究開発法人防災科学技術研究所客員研究員、日本CBRNE学会副理事長なども務める。日本危機管理学会「学術貢献賞」受賞。
「防災大国」に進化するための人材育成
拓殖大学地方政治行政研究所特任教授
同研究所付属防災教育研究センター長
濱口 和久 氏
2025年8月4日号 週刊「世界と日本」第2298号 より
石破茂政権の目玉政策の1つが令和8年度中の設置を目指している防災庁だ。政府は防災庁設置に向けて、昨年11月1日、内閣官房に「防災庁設置準備室」を立ち上げた。そして、防災庁設置準備アドバイザー会議を計8回開催し、6月4日に報告書が赤澤亮正防災庁設置準備担当大臣に提出された。報告書には、筆者が第4回会議(4月4日)で「防災庁に求められる防災教育」というテーマで発表した内容も盛り込まれている。
また、筆者が事務局長を務める民間団体ニューレジリエンスフォーラム(会長・日本製鉄株式会社三村明夫名誉会長)も、6月13日に首相官邸で石破首相に第5次提言『防災庁の設置に必要な視点』を手交している。
防災人材の育成
現在、内閣府(防災担当)の職員の多くが各省庁から約2年間の出向となっている。これではいつまでたっても防災に関して専門性の高い人的資源の蓄積はできない。防災庁の職員は各省庁からの出向ではなく片道切符で防災庁に移籍することを前提とすべきである。併せて、民間の防災実務者や研究者なども中途採用すべきだろう。
文部科学省所管外の学位が取得できる大学校として、防衛省・自衛隊は防衛大学校や防衛医科大学校、海上保安庁は海上保安大学校、気象庁は気象大学校がある。防災庁も気象大学校規模の防災大学校を創設し、防災庁の中核となる専門性の高い幹部職員の養成を目指すべきだ。
加えて、防災大学校には災害時の第1次対応を担う基礎自治体職員の防災力強化の教育訓練や、防災政策に関するシンクタンク機能、海外からの研修生受け入れなどの任務を持たせるべきである。
災害対応は公助レベルの強化だけでは駄目だ。自助・共助レベルにおいても、他人事から自分事への意識変革が求められる。そのためには義務教育段階から「防災学」を教科とすべきである。小中高校の段階ごとに体系的な防災知識の習得や災害時の判断・行動能力を身に付ける時間を確保し、防災教育の質的向上を図るべきである。
一部の大学では教職課程に防災科目を取り入れているが、殆どの大学で防災科目の履修は行われていない。教員(保育士も含む)が現場において必要な防災知識と実技(救命・救急講習等)を習得できるよう、教職課程等においても防災科目を必修化するべきである。
全国一斉の訓練
大正関東地震(関東大震災)が起きた9月1日は「防災の日」とされ、政府や地方自治体などが主催する防災訓練が毎年行われている。しかし、これらの防災訓練に参加している人は日本全体から見ればごく一部でしかない。9月1日が「防災の日」であることすら知らない人がいる。年に1度は国民全員が一斉に参加する防災訓練が必要ではないか。
台湾では中国からのミサイルなどの攻撃を想定した年に1度の防空避難訓練が実施されている。街頭には空襲警報のサイレンが鳴り響き、国民のスマートフォンにも警報のメッセージが送信され、それぞれの部署で決められた行動に従って訓練に参加することになっている。
日本でいきなり台湾のような防空避難訓練のレベルは無理かもしれないが、地震に対する一斉防災訓練の取り組みとして、一部の地方自治体で既に実施されている2008年に米国の南カリフォルニア州で始まった「シェイクアウト訓練」を、防災庁が中心となって全国一斉に実施してはどうだろうか。
シェイクアウト訓練では、『命を守る3つの安全行動』として、「姿勢を低くする」「頭を守る」「揺れが収まるまで動かない」を徹底する。そのときにいる場所で地震が起きたと想定して、とっさに身体を守るという動作を身に付けさせる効果がある。同時に、防災意識の向上にも繋がるだろう。
国民防災力の強化
現在、地域防災力の中核を担っているのが消防団だ。しかし、昭和20年代には200万人を超えた消防団員は令和6年度時点で約75万人にまで減少している。少子化が進む中、消防団に入団する人が劇的に増えることはない。
いつまでも消防団に依存するのではなく、将来的には、自衛隊の予備自衛官制度を参考にした教育訓練への参加を18歳以上のすべての国民に実施し、日本全国で防災力の均等化を図る体制を整備すべきである。この場合、給与保障、訓練参加時の休暇取得制度も法律で定める必要あるだろう。加えて、自然災害だけでなく、国民保護やCBRNE(化学、生物、放射性物質、核、爆発物)災害に関する研修・訓練も行うべきである。
一方で、阪神・淡路大震災を契機として地域の共助を担う人材育成としてスタートしたNPO法人日本防災士機構が実施している民間資格の防災士制度がある。同機構のホームページによると、防災士資格取得者は現在30万人を超えている。
防災士資格は2日間(12時間)の講習と最後に筆記試験がある。全額自己負担で取得した人もいるが、地方自治体のなかには地域防災力を強化する一環として、防災士の養成を公費(税金)で行っているケースも多い。本来、公費で防災士資格を取得した人に関しては、何らかの役割や訓練(研修)参加を義務づけるべきであるが、防災士の人数を増やすことだけに熱心で、何も義務を課していない地方自治体が殆どだ。これでは地域防災力の強化には繋がらず、税金の無駄遣いに終わってしまう。
防災士は公助を担う自衛隊、警察、消防よりも人員は多いが、防災士とて活動している(活動する意思がある)人は日本全国で1000人もいない。これでは運転しないペーパードライバーと同じでペーパー防災士と同じだ。
防災庁の設置を契機として、国が責任を持って地域防災力を担う人材を育成する「国民防災力プログラム」の制度を整備し、すべての国民に対して教育訓練を義務化することで、防災庁が目指す事前防災の強化にも繋がり、日本が「災害大国」から「防災大国」に進化するのである。

《おりた くにお》
1952年愛媛県生まれ。1974年防衛大学校卒業、航空自衛隊入隊。1983年米国の空軍大学へ留学。1990年第301飛行隊長、1992年米スタンフォード大学客員研究員、1999年第6航空団司令、航空幕僚監部防衛部長などを経て、2005年空将。2006年航空支援集団司令官(イラク派遣航空部隊指揮官)。2009年航空自衛隊退職。(一社)日本戦略研究フォーラム政策提言委員。2022年、正論大賞を受賞。
「教育」こそが最大の国防である
麗澤大学特別教授 元空将
織田 邦男 氏
2025年7月21日号 週刊「世界と日本」第2297号 より
世界数10カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べる世界価値観調査(World Values Survey)がある。2021年1月に行われた調査で「もし戦争が起こったら、国の為に戦うか」の問に対し、「はい」と答えた日本人は13・2%で79カ国中、飛びぬけて最下位だった。
日本に次いで低い国はリトアニアであるが、それでも33%を超す。ちなみに1位はベトナムで96・4%、近隣諸国では中国が88・5%、台湾が76・9%、韓国67・4%だった。平均が約60%なので日本の異常な低さが際立つ。同時に「わからない」と答えた日本人は38・1%であるが、これも断トツ1位である。この数字は何を意味するのだろう。
筆者は今、大学で安全保障を教えている。講義の初回と最終回(14回目)に同じアンケート調査をすることにしている。設問は同じで答えを「はい」「逃げる」「降参する」「分からない」の4択にしている。
学生数は150~190名と学期によって差はあるが、回答はほぼ一定である。講義の初回では、「はい」と答える学生は約15%である。だが、最終講義ではこれが90%前後となる。何より注目すべきは、初回で「分からない」と答えた学生は40%前後だが、最終回では、これがほとんどゼロになることだ。
筆者は別に「国の為に戦うべきだ」と教えているわけではない。講義は、「国家」「国益」「抑止力」「パワーバランス」「核兵器」「国際連合」「安全保障政策」といった安全保障の基礎知識を教える。加えて講義の最初の30~40分は、最近の国際社会の出来事をブリーフし、世界情勢のリアリズムを学ばせることにしている。
毎回、授業レポートを提出させるが、「知らなかった」「初めて聞いた」「驚いた」の所見が多い。「抑止力」という言葉を初めて聞いたという学生もいた。大半の学生は、新聞を読まず、テレビも見ない。SNSでニュースのヘッドラインは知るが、内容はほとんど知らない。だが学生は情報や知識には飢えている。講義冒頭の国際情勢ブリーフには寝る学生はいない。国際情勢を学べば学ぶほど、リアリストに変身していくのは自然なことだ。
最終講義でのアンケートで「はい」と答えた学生も、多くが「自衛隊に入って戦うわけではないが、何らかの形で戦わざるを得ない」という答えである。現実的で健全な意識だと思う。何より「分からない」と答える学生がゼロになるのは、安全保障を他人事ではなく、我が事として考えるようになったということだ。若者の国防意識の低さは、「教えざる罪」、つまり我が国の教育の欠陥によるものだと思う。
日本の学校教育では、特に軍事や安全保障は忌避され、考えないことが平和に繋がるという誤った雰囲気を蔓延させている。日本の頭脳が集まるとされる日本学術会議が、「軍事研究」はしないと宣言していることの悪影響は大きい。
ウクライナ戦争をみるまでもなく、戦争は一旦始まったら、終わらせる方がはるかに難しい。日本は平和主義が徹底しており、他国を侵略することはない。だが、侵略されることはあり得る。敵の攻撃があって初めて立ち上がるという「専守防衛」は国民に犠牲が出ることを前提としている。国民の犠牲を前提にする政策など政策たり得ない。「専守防衛」を採用するのであれば、絶対に日本を侵略させない強固な抑止力の構築が不可欠である。
抑止力は攻撃されたら反撃する「意志」と「能力」の掛け算によって成り立つ。どちらが欠けても抑止力はゼロになる。加えて日本が反撃する強い意志と能力があることを敵に認識させなければならない。「13・2%」の防衛意識で、敵が「日本与み易し」と認識すれば、戦争は抑止できない。
ウクライナはロシアの侵略に対し、自らの国を自らで守るという強い意志で戦っている。だからこそ国際社会は、支援を続けられる。「13・2%」が本当の日本の姿であれば、抑止力が成り立たないばかりか、国際社会の支援どころか、日米同盟も機能しないだろう。
筆者は「13・2%」が日本人の真の姿とは思わない。日本人のDNAには先人が示したように気高く、愛国心に満ち、御国のために尽くすことを善とする本能が刻み込まれている。ただ、「教えざるの罪」によってこういった本能が抑圧されているのだ。
筆者は自衛隊に約40年奉職したが、このことを身をもって体験した。平均的若者は「教えざるの罪」の犠牲者であるが、自衛隊で教育訓練を受けると、持ち前のDNAが発芽し、真の紳士、淑女、そして素晴らしい戦士に育つ。
自衛官の質的レベルは高い。他国と共同訓練をやっても一目置かれる存在だ。今や国民に最も信頼される組織となっている。だが自衛隊には特別な人が入隊するわけではない。「13・2%」を象徴する平均的な若者が入って来る。君が代が歌えない、礼儀を知らない、挨拶ができない、満足な言葉遣いもできない若者も多い。
だが、自衛隊の教育を受ければ、親も驚くほど変身する。自衛隊の教育は一言で言うと「『公』の復活」である。入隊したら宣誓をする。「事に臨んでは危険を顧みず・・・」と。「個」や「私」の優先から、一転して「公」に尽くす価値観を教えられる。教育訓練を通じ、人に尽くす喜び、国家に尽くす生甲斐を自覚すれば、立派な自衛官に変身する。
人間は本来、世の為、国の為に尽くすことを喜びとするDNAを持っている。「あらゆる人間愛の中でも、最も重要で最も大きな喜びを与えてくれるのは祖国に対する愛である」と歴史家キケロは語る。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」と聖書にもある。このような普遍的価値観を教え、日本人が本来有するDNAが発芽した時、若者は真の日本人に変身する。自衛隊生活約40年で実体験したことだ。筆者はこれまでの経験から、確信を持って言えることがある。「最大の国防は良く教育された市民である」(トマス・ジェファーソン米大統領)ということだ。

《ひらい こうじ》
1958年、神奈川県生まれ。電機メーカー、M&A助言、事業再生支援会社などを経て、2016年から経済安全保障のコンサル業務を行う株式会社アシスト代表。20年から(一社)日本戦略研究フォーラム政策提言委員。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。著書に『経済安全保障のジレンマ』、『新半導体戦争』等。
トランプ新政権下での日本企業の経済安全保障の備えは
経済安全保障 アナリスト
平井 宏治 氏
2025年4月7日号 週刊「世界と日本」第2290号 より
トランプ大統領は上下両院の両院で議席を確保した。その政策は大統領選挙の公約である「米国を再び偉大に」に基づいたアプローチとなる。主な経済政策は、減税、財政赤字の均衡、規制緩和、関税の4つである。米国の貿易相手国に対し米国が公正とする基準に基づいて、米国の産業と消費者が可能な限り最良の取引を行おうとする。
米政府は、米国企業の利益を優先する政策を基本に世界各国との経済関係を再構築するだろう。経済安全保障から見ると、再エネ政策の優先順位が低下し化石燃料投資の復活を軸とする新エネルギー政策、米国製造業の国内回帰(先端半導体、量子計算、人工知能やデータセンターなど)が主な論点となる。
抑止力を発揮するには、広範囲にわたる敵の標的を破壊できるための迅速かつ大規模生産ができる供給網を構築し、敵の意志に影響を与えることが肝要だ。米国は経済のグローバル化で製造業が空洞化し、防衛産業が兵器を大量生産する能力を失ったことに気がついた。米海軍情報局の調査では、中国の建造能力は米国の232倍の差がついた。
トランプ政権は、抑止力を回復・維持し、米国を豊かに強くするために、中国との機微技術や軍民両用技術のデカップリングを進め、他国と差別化された技術を使用する兵器や製品を国内で生産し、経済安全保障と国家安全保障とを両立させる方向に動くだろう。
米国は経済安全保障政策を国家安全保障問題と一体で考えている。中国の軍民融合政策に対抗するため、行政では挙国一致的な組織横断的な組織が発足し、民間企業との協議も行われる。超党派の米国議員から、トランプ政権に対し、サプライチェーンの安全確保や新興技術における優位性の創出と維持に必要な投資に加え、近代的な防衛産業基盤への投資を含む米国内の製造基盤への投資を加速する圧力が高まる。産業政策では、軍民両用技術を中心に中国企業に対してより厳しい規制を課すだろう。さらに、日本は、トランプ政権が、南北アメリカと大西洋を重視する方向に転換したことにも留意する必要がある。
日本政府は、経済安全保障の役割が高まり、国家ならびに国際経済安定のための戦略的ツールとなったことを認識することが必要である。
製鉄業は米国の防衛産業にとり必要不可欠な存在である。バイデン前大統領は、日本製鉄によるUSスチール買収を阻止した。トランプ大統領は、石破総理との会談で、USスチールの経営権は渡さないと発言した。先日の日米首脳会談では、関税問題など肝心な日米間の交渉事項は話し合われた様子がなく、記者会見で「仮定の話には答えない」と発言した石破首相は、満座の失笑を買い首脳会談は失敗した。今後、日米関係は円滑に進むだろうか。
トランプ政権を洞察できずに「この案件は、教科書的な相乗効果があるから、案件を実行しないのはおかしい」と教科書的発想を超えられない意見を述べる有識者もいる。日本製鉄には稲山嘉寛元社長が中国の製鉄業育成に心血を注いで協力し、武漢製鉄所、宝山製鉄の立ち上げ(のちに両社は合併し、宝武製鋼となる)に協力した過去がある。今年2月、進藤孝生日本製鉄取締役相談役が、日中経済協会の訪中団団長として二百名以上の経済人を引き連れて北京ほかを訪問し、この様子は、中国メディアを中心に米国を含む世界中に配信された。米国は日本製鉄の要求をのむだろうか。
企業経営者には、地政学的な問題を頭に入れ、西側諸国の一員としてふさわしい行動をとることが求められる。米国は先端技術を軸に製造業の再建に取り組むので、米製造業復活を念頭に置いた経営戦略が必要になる。
昨年12月、米通商代表部は、中国のレガシー半導体の調査に入り、先端半導体のみならず、レガシー半導体も対中規制が強化される。米国はCHIPS法に基づき、半導体の国産化に着手する。この流れに乗り、米国に半導体材料や半導体製造装置の拠点を設け、製造業再建の波に乗り米国事業を拡大する。中国製造2049に加担した暁には、中国市場から追放される運命が待つ。双循環戦略を進める中国から早く撤退し、製造拠点を日本国内や米国に移転することが、企業経営者が会社を護るためにすべきことである。
エネルギー政策では、再エネが過去のものになりつつある。トランプ政権は、「(石油・ガスを)掘って掘って掘りまくれ!」と言い、化石燃料投資の復活を軸とするエネルギー政策を進める。この好機を見逃す理由はない。わが国には、二酸化炭素排出量を最大で10分の1に減らせる独自の二酸化炭素分離技術を持つ会社がある。酸素吹きの石炭ガス化炉以外は高効率な液化天然ガス(LNG)発電と同じである。既存の石炭火力と全く異なる差別化された発電方式だ。米国、アルゼンチンなどからLNGを、豪州からは石炭を輸入し、わが国独自の発電技術で、安価で安定した発電を行い、電気代を下げ、製造業の国内回帰を進めるべきだ。米国からのエネルギー輸入を増やせば、トランプ政権が求める対日貿易赤字の削減にも寄与する。しかも、地政学的に危険な南シナ海や台湾近海を通らずにエネルギーを輸入できる。再エネ発電は水力だけで十分だ。
政府は周回遅れの再エネ推進のために太陽光発電所や風力発電所建設を推進するが、これらは、固定電気買取制度やフィードインプレミアム制度、再エネ賦課金等の利権の温床と結びついている。再エネ拡大で、再エネ賦課金は上がり国民負担は増え続ける。政治家が再エネ利権と決別し、火力発電を使う安価な電力供給を行わなければ、国民の理解と共感は得られない。
トランプ政権は、「国境のない経済」から「国境のある経済」へ政策転換し、日本企業の国際戦略にも大きな影響が出る。過去の路線踏襲ではこれからを乗り切ることはできない。経営者の環境の変化へ適合する能力と経営手腕が問われる。

《かわの かつとし》
1954年生まれ。防衛大学校を1977年に卒業し、海上自衛隊に入隊。護衛艦隊司令官、統合幕僚副長、自衛艦隊司令官、海上幕僚長を歴任。2014年に第5代統合幕僚長に就任。2019年4月、退官。
自衛隊「統合作戦司令部」発足へ
元統合幕僚長
河野 克俊 氏
2025年3月3・17日号 週刊「世界と日本」第2288・2289号 より
1 自衛隊の統合化への歩み
報道によれば常設組織である統合作戦司令部が今年度末の3月24日に発足するとのことである。自衛隊統合化の懸案であった統合作戦司令部が実現することになったことは、かつて統合化に携わった者として感慨無量である。しかし、ここまでたどり着くには長い道のりが横たわっていた。そこで、先ずここに至るまでの自衛隊の歩みを今一度振り返ってみたい。
1954年に防衛庁・自衛隊が発足し、昨年で70年を迎えたが、発足当初から自衛隊は政治的には55年体制の下に置かれることになった。55年体制とは与党は自民党そして野党第一党は日本社会党という体制である。当時、日本社会党は自衛隊違憲の立場であり、外交防衛政策としては「非武装中立」を主張していた。また、国民世論も自衛隊違憲論が多数を占め、その意味で「非武装中立」論も一定の支持を集めていた時代だった。しかし議会制民主主義の国において、野党第一党が自衛隊違憲の立場というのは防衛政策を進める上で極めて重大な支障をもたらすことになった。すなわち違憲である自衛隊の存在を前提にした議論には応じないということになる。その結果、与党自民党も自衛隊を動かそうとすると国会、国民世論の猛反発を覚悟しなければならないため、そのような発想は、一部災害派遣を除き思案の外ということになる。その結果、自衛隊は存在すれども動かない時代が約40年近く続くこととなった。
その状況が一変したのが1990年の湾岸危機である。冷戦終結直後、イラクのサダム・フセイン大統領が隣国クェートに武力侵攻した事案である。当時のブッシュ米大統領(父)は国連決議を得て多国籍軍を編成し、原状回復を図ろうとした。そして当時経済大国第二位の日本にも参加を求めたのである。自衛隊を動かすという発想がなかった当時の日本政府は大混乱をきたし、日本中に論争を巻き起こした。しかし議論すれども結論は出ず、結局130億ドル(約1兆7000億円)を拠出したにも関わらず、国際社会から評価されなかった。さすがに国際的孤立を恐れた日本政府は1991年の湾岸戦争の終結を受けて、戦後処理の名目で掃海部隊をペルシャ湾に派遣した。これを契機に自衛隊は「存在する自衛隊」から「動く自衛隊」となり、「オペレーションの時代」に入ったのである。
それ以降、PKO、阪神淡路大震災への災害派遣、2001年の同時多発テロを受けてのインド洋補給オペレーション、イラク・クウェートへの派遣、今に続く海賊対処行動、2011年の東日本大震災への災害派遣そして北朝鮮への弾道ミサイル防衛等、一連のオペレーションが続くことになる。
オペレーションの時代になると、当然それに対応できる組織編成への要請が起きてくる。それまでは、制服自衛官の最高位としての統合幕僚会議議長とそれを補佐する統合幕僚会議事務局が存在したが、統合部隊を編成する時以外はオペレーションに関する権限はなく、陸海空がそれぞれでミッションを遂行する態勢であった。しかし、実任務が多様化すれば、当然陸海空が協力しながら任務を遂行しなければならない。その結果2006年にオペレーションに関して実質的権限を有する統合幕僚長のポストと統合幕僚監部が発足したわけである。自衛隊の統合化は、オペレーションの時代を迎えたことによる必然の結果と言える。ただ、統合作戦司令部の創設については懸案として残されていた。
2 統合作戦司令部の創設と日米同盟
統合幕僚長の役割は大きく言えば、一つは自衛隊の最高指揮官である総理大臣そして防衛大臣への軍事面からの助言・補佐であり、もう一つは、政治サイドからの命令を自衛隊部隊に実施させる役割である。この後者の役割を統合作戦司令官は担うことになる。
統合幕僚長は、制服自衛官の最高位のポストであるが、指揮官ではない。従来はミッションごとにその都度、統合任務部隊が編成され、司令部を構成する指揮官、幕僚等もその都度任命する仕組みだった。東日本大震災の災害派遣を例にとれば、発災後直ちに10万人を超える統合任務部隊が編成され、陸自東北方面総監を指揮官とし、増強幕僚を海空自衛隊からも派遣した。しかしその結果、指揮官、幕僚が初顔合わせというケースも当然起こってくる。軍事的合理性の観点からも問題だった。
米軍の場合は、制服組トップの統合参謀本部議長が大統領、国防長官を軍事的に補佐し、インド太平洋軍等の地域統合軍及び戦略軍等の機能統合軍の指揮官が大統領、国防長官の命令を受けてオペレーションを遂行する。その意味では、統合作戦司令部の設置により規模は異なるが、仕組みとしては米軍と同様となる。
統合作戦司令官の新設により、統合幕僚長のカウンターパートとしてワシントンの統合参謀本部議長がおり、一方、統合作戦司令官の作戦レベルのカウンターパートとしてハワイのインド太平洋軍司令官が位置付けられ、極めてクリアな関係が構築される。
従来は陸海空自衛隊が米軍のそれぞれのサービスと緊密な関係を築いてきたが、それに加えて統合作戦司令部が創設されれば、インド太平洋軍との間で共同作戦計画等の詳細が調整されることになろう。その意味で、日米防衛関係はワンランクアップした関係になるものと期待している。
この関連で、在日米軍司令部の作戦司令部化が計画されているようである。その詳細については知る立場にはないが、そうなれば統合作戦司令部にとっての日常的な調整先は在日米軍司令部となろう。その場合、在日米軍司令官と第7艦隊司令官、沖縄の第3海兵遠征軍司令官等との指揮関係はどのように整理されるのか、個人的には関心があるところだ。
トランプ政権で国防次官に就任したエルブリッジ・コルビー氏も著書「アジア・ファースト」で、「統合化された軍事力を持った日本」を期待すると述べている。
いずれにしても日米同盟は、「統合作戦司令部」の創設を契機により効果的な統合オペレーションの遂行に向けた新時代を迎えることになる。

《ながしま じゅん》
中曽根平和研究所研究顧問・元空将。1960年、東京都生まれ。防衛大学校を卒業後(29期)、航空自衛隊に入隊。筑波大学大学院修士課程修了。ベルギー防衛駐在官、国家安全保障局・危機管理担当審議官などを歴任し、2019年に退官。著書に『新・宇宙戦争』(PHP新書)、『ウクライナ戦争と激変する国際秩序』(共著・並木書房)がある。
戦闘領域化する宇宙の安全保障
中曽根平和研究所研究顧問
長島 純 氏
2025年2月17日号 週刊「世界と日本」第2287号 より
宇宙の戦闘領域化
近年、宇宙は科学技術のフロンティアとして、また経済成長の推進基盤としてその活用が進み、人工衛星を使った測位(GPS)、通信、放送、観測(リモートセンシング)を通じて、人類の持続可能性(サステナビリティ)にとって不可欠な空間領域となっている。
それは、宇宙が誰でも自由に、そして安全に利用し得る国際公共財と位置づけられる所以であるが、宇宙関連の技術進化と宇宙の商用・民間利用の拡大は急テンポで進んでいる。今後、新たな資源の獲得を図る国家や企業間の競争、敵対、輻輳が進み、人類の活動が宇宙依存をより強める中で、宇宙は国家間の衝突や対立の舞台になる危険と隣り合わせの状況にあると言えよう。
宇宙の軍事利用は、米ソの宇宙開発競争の端緒となったスプートニク・ショック(1957年10月)前後から始まったが、不用意な宇宙アセットへの攻撃がお互いの偵察監視や衛星通信に大きな影響を与えることから、21世紀初頭まで、宇宙は軍事的な挑戦を控える「聖域」とみなされた。しかし、2007年1月に中国は対衛星兵器(ASAT,Anti-Satellite weapons)を用いた人工衛星の破壊実験を強行し、世界の宇宙関係者に大きなショックを与えた。何故なら、その実験の結果、軌道上に残置される不要な人工物体としての宇宙デブリ(ゴミ)が平和的な人工衛星にも破壊的な被害を与える危険性を高めたからである。
宇宙空間の安定的利用を求める西側諸国は、改めて宇宙システムの脆弱性を認め、宇宙アセットの抗堪性(レジリエンス)を高める必要性を痛感することになった。そして、軍事面でも、指揮通信、画像情報、ナビゲーション、早期警戒という作戦・戦闘面での宇宙の不可欠性が一層強まる中、2018年、米国は初の「国家宇宙戦略」において宇宙空間を軍事作戦の対象となる「戦闘領域」と位置づけたのである。
宇宙における抑止
世界的に、情報通信技術(ICT)や先進技術の急速な進化によって、従来の陸海空の戦闘領域と宇宙空間やサイバー空間の連接性が強まり、仮想空間の攻撃が現実空間にも死活的な影響を及ぼすことが現実のものになりつつある。その現状を踏まえて、軍隊では戦闘領域を区別せず、あらゆる領域での優位性を獲得するための変革が続けられている。しかし、国際公共財としての宇宙の安全を確保するという観点から、危険な宇宙デブリの発生を伴うような物理的な戦闘を生じさせないことは、責任ある国家として抑止と対処の大前提であることは言うまでもない。そのため、攻撃者に攻撃の成果に見合わないコストを計算させることで、物理的な宇宙アセットへの攻撃を思いとどめさせる拒否的抑止のアプローチが妥当なものと考えられ、宇宙システムに関する脆弱性を排除し、そのレジリエンスを高めることへの努力が重視されるようになった。
具体的には、先ず、宇宙物体の運用・利用状況及びその意図や能力を把握する宇宙状況の監視(SDA)態勢を強化し、宇宙の監視・管理を通じて攻撃主体の特定、すなわち敵の帰属(アトリビューション)特定の正確性と迅速性の実現が急がれる。
次に、軍および民間企業、学界、同盟国が提携し、最先端のデュアルユース(軍民両用)技術を宇宙システムへ積極的に導入し、あらゆる領域における技術競争で優越性を確保する。
最後に、宇宙における技術の急速な進化と民間能力の増大を背景として、中露をはじめ新規参入国との競争に米国だけで勝利することが困難な現状において、多国間の相互協力、国際パートナーシップの強化を実現して、協調的な宇宙抑止・防衛態勢を確立することが求められている。
日本の進むべき道
日本は、二国間レベルでは日米同盟、多国間レベルで日米豪印の協力枠組み「クアッド(QUAD)」、そして米国が主導する有志国レベルの「アルテミス(Artemis)計画」などの既存の宇宙協力のための基盤を拡充し、それらの抑止主体を有機的かつ効果的に機能させることで、宇宙抑止の実効性を確保していくべきであろう。既に、日米両国は、宇宙空間での攻撃に対しても、米国の対日防衛義務を定める日米安保条約第5条を適用することを確認している。また、首脳会合の機会を有するQUADでは、宇宙協力を通じてインド太平洋地域の安定と繁栄に寄与する具体的なイニシアチブが期待されている。
同盟国としての米国では、トランプ新政権が誕生し、その宇宙政策の方向性について未だ不透明ではあるが、前トランプ政権では、72年ぶりとなる新たな軍種としての宇宙軍の新設、最終的に有人火星探査の実現を目指すアルテミス計画の始動など、強力なリーダーシップの下で大胆な宇宙政策が実現された事実が思い出される。これらを踏まえれば、今回の就任演説において火星探査への強い意志を示したトランプ新政権は、宇宙の安全保障についても同盟国、友好国との連携・協力の強化を図り、対宇宙兵器の開発を進める中国、ロシアに対しては宇宙での攻撃態勢への転換を含む強硬な立場を示すことが想定される。
日本は、米新政権の宇宙政策の変化を冷静にとらえ、宇宙安全保障面で民間部門が果たす役割が増しつつあることに鑑み、宇宙政策を省庁横断的に統括し、米国及び友好国との政策協調を柔軟かつ迅速に進め得る政策・作戦司令塔として一元的な調整組織が必要となるであろう。日本は、事態の推移を傍観するだけでは変化の早い宇宙の安全は確保できず、グローバルで国家横断的な宇宙施策の立案とその実現の加速化が求められている。

《ちぢわ やすあき》
2001年広島大学法学部卒業。07年大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程修了。博士(国際公共政策)。防衛省防衛研究所教官、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付主査などを経て、13年より防衛省防衛研究所主任研究官。近著に『戦争はいかに終結したか』(中公新書、石橋湛山賞)、『日米同盟の地政学』(新潮選書)など。
第二期トランプ政権とロシア・ウクライナ戦争の「終結」
防衛省防衛研究所 主任研究者
千々和 泰明 氏
2025年2月3日号 週刊「世界と日本」第2286号 より
ロシア・ウクライナ「停戦」に向けて動く第二期トランプ政権
トランプ米大統領の再登板は、ロシア・ウクライナ戦争の行く末に影響を与えることになる。
トランプ氏は選挙期間中から、自分が当選すれば戦争を24時間以内に終わらせることができると主張してきた(その後、「半年」に修正)。実際に当選後、政権移行チームが戦争終結構想を検討していると報じられている。報道によれば、①現在のロシア・ウクライナ両軍の接触線での停戦、②ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟の棚上げ、が柱のようである。
これにロシアが応じない場合は、ウクライナへの武器支援を拡大し、またウクライナにも武器支援の条件として停戦交渉を飲ませる考えとされる。トランプ氏流のディール(取引き)である。
また、停戦ラインを非武装地帯とし、イギリスやフランスなどヨーロッパ諸国が「平和維持軍」を派遣する案も浮上している。
ここで課題となるのは、このような形態での戦争終結が、ウクライナの恒久的な平和につながるかどうかだ。
「紛争原因の根本的解決」に固執するロシア
戦争終結には、大きく分けて「紛争原因の根本的解決」と「妥協的和平」の二つの形態があると考えられる。交戦相手の政治体制を完全に打倒して、勝者にとっての将来の禍根を絶つか、それとも、戦闘継続による犠牲の増大を回避するために、途中で終わらせるか、の選択ということになる。
ロシアは2022年の全面侵略開始当初、ウクライナの「非ナチ化」を掲げ、西側寄りの姿勢を強めるウクライナのゼレンスキー政権を打倒して、同国の非武装化・中立化を図るため、首都キーウ陥落をめざした。ロシア側から見た「紛争原因の根本的解決」を求めたわけである。
たしかに、ウクライナ側の徹底抗戦や、それに対する西側からの支援によって、ロシア軍はウクライナ全土ではなく、東部・南部の確保に集中せざるをえなくなった。ここで、ウクライナ側の反転攻勢が成功していれば、さらなる「妥協的和平」に転じざるをえなくなっただろう。
だが、現在取り沙汰されているような終戦案が、ウクライナ側が消耗し、西側も支援疲れによってこれ以上ウクライナを支えきれないという文脈で提起されるものであれば、ロシアが妥協する必要はないことになる。同国のプーチン大統領が、ウクライナへの西側からの武器支援の継続や、いかなる名目であれ西側部隊の駐留を含意する妥協に、簡単に応じるとは考えにくい。
むしろ攻勢に打って出て、交渉で停戦ラインが確定するまでに可能な限り占領地を拡大することにメリットを見出すだろう。その上で、一時的に停戦に応じるそぶりを見せ、態勢を建て直したうえで合意を破って再度侵攻することも可能なのだ。
「朝鮮半島方式」との違い
先ほど述べたようなトランプ政権の終戦構想を、報道では「朝鮮戦争方式」と称する向きもある。
たしかに、1950年に北朝鮮の韓国侵攻により始まった朝鮮戦争では、1953年に休戦協定が結ばれ、両国のあいだでは正式な戦争終結はいまだになされていないものの、現在まで70年以上にわたり大規模な軍事衝突は発生していない。
しかし、仮にウクライナのNATO加盟が実現しないままで、現在のロシア・ウクライナ両軍の接触線での停戦がなされるとすると、朝鮮戦争休戦とは以下の点で違いがある。
第一に、朝鮮戦争で韓国軍および韓国を支援した国連軍は、北朝鮮軍および北朝鮮を支援した中国軍を、開戦時の境界だった北緯38度線まで押し返している。侵略を受けた側の領土が、広範に占領されたままの状態で停戦がなされたわけではなかった。
第二に、朝鮮戦争休戦協定は、その3カ月後の1953年10月に署名された米韓相互防衛条約とセットだったのであり、休戦後も引き続きアメリカ軍が韓国に駐留することになった。再侵攻に対する抑止が、同盟国軍の駐留によって担保されてきたのだ。
報道されているトランプ政権の終戦案は、むしろ「冬戦争方式」に近いといえる。第二次世界大戦中の1939年に始まったソ連によるフィンランド侵略で、ソ連はナチス・ドイツとの事前の取り決め通りにフィンランド全土を制圧しようとしたが、断念した。結局戦争は1940年にフィンランド側が国土の10%ほどをソ連に奪われるかたちで終わった。
ゼレンスキー大統領は、占領された領土を軍事力で完全に奪還するとの従来の立場から転じ、外交で取り返していくとの考えを示している。だが、ロシア軍が居すわる限り、基本的には現状が続いていくことになるのではないか。
一方ソ連側がフィンランドの全土制圧を断念したのは、フィンランド側の徹底抗戦に加え、国際政治学者のダン・ライターによれば、ソ連の最高指導者スターリンが、イギリスやフランスなどの連合軍の介入を恐れたからだったという。西側の軍事介入の可能性が、ソ連の再侵攻に対する抑止になったわけである。
将来の戦争の危険
冬戦争の終結を手がかりにすると、ロシアの再侵略を抑止し、ウクライナの戦後の安全を保証するうえでもっとも有益なのは、NATO加盟だと考えられる。だが、ロシアが認めないことに加えて、先ほど見たようにトランプ政権側も棚上げを想定しているようである。
そもそも、今侵略を受けているウクライナに直接軍事介入しないNATOが、次回の侵略では直接軍事介入する、という理由は見出しにくい。ウクライナのNATO加盟は現実味に欠けると言わざるをえないのが実情だろう。仮に平和維持軍が展開されることになっても、ロシアの再侵略の際には、直接交戦を避けようとして、2022年までウクライナで活動した欧州安全保障協力機構(OSCE)の特別監視団がそうであったように、撤退する可能性が否定できない。
とすれば、戦後もロシアに対する抑止を機能させるためには、今戦われている戦争で「ウクライナへの再侵略はとても無理」だと、ロシア側が思い知る必要があるといえる。そのことを欠いたままの停戦には、近い将来次の戦争を招きかねない危険が残るだろう。

《ひらい こうじ》
1958年、神奈川県生まれ。電機メーカー、M&A助言、事業再生支援会社などを経て、2016年から経済安全保障のコンサル業務を行う株式会社アシスト代表。20年から(一社)日本戦略研究フォーラム政策提言委員。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。著書に『経済安全保障のジレンマ』、『新半導体戦争』等。
半導体が世界を引き裂く―米中の対立
経済安全保障 アナリスト
平井 宏治 氏
2025年1月20日号 週刊「世界と日本」第2285号 より
今月、米国では、ドナルド・トランプ氏が、二度目の米国大統領に返り咲く。すでに、発表されている人事をみると、マルコ・ルビオ氏が国務長官に、ピーター・ナヴァロ氏がトランプ大統領の上級顧問(通商・製造業担当)に就任する。ルビオ氏は、中国政府の産業政策「中国製造2025」計画について「その後の10年間で中国が米国を完全に失墜させる」事態を避けるため、米国に新しい製造業政策が必要だと呼びかけている。トランプ氏は声明で「私の第一期政権で、ピーターほど『米国製品を購入せよ』『米国国民を雇用せよ』という私の二つの神聖なルールを効果的かつ粘り強く執行した人物はほぼいない」とナヴァロ氏を高く評価する。さらに、駐中国大使に対中強硬派のデビッド・パデュー元上院議員を指名すると発表した。トランプ政権下での輸出管理政策を展望すると、半導体、高度なコンピューティング、スーパーコンピューティングなどのハイテク分野に対する規制が、引き続き国家安全保障と外交政策の焦点となる。このように、トランプ政権は、中国に対し厳しい姿勢で臨むことを旗幟鮮明にしており、世界覇権をめぐる米中対立が先鋭化することは明らかである。
さらに、バイデン前政権下の昨年11月、米議会超党派で構成される米中経済・安全保障調査委員会(USCC)は、恒例の年次報告書を公表した。USCCは、米中間の貿易・経済関係が米国の国家安全保障に及ぼす影響を調査し、立法・行政措置の提言を盛り込んだ年次報告書を議会に提出する。提言は、米議会の立法動向や米政府の政策に大きな影響を与え、実施に至るものが多い。昨年の報告書の中で特に重要とする10の提言の筆頭は、米議会に対し、マンハッタン計画のような、汎用人工知能に関する計画を作成し、資金を投入して汎用人工知能の競争優位を確保することを要求している。
ロシアによるウクライナ侵略戦争を見てもわかるように、戦争形態は従来の情報化戦争から人工知能技術を戦争に取り入れる智能化戦争へ移行しつつある。人工知能の技術力が世界覇権を決めるといっても過言ではないだろう。この人工知能技術開発に必要不可欠なのが、GPU(Graphics Process Unit)である。GPUは、画像処理装置として画像や動画、3DやCADデータの処理に使われる半導体だ。生成人工知能のサービス化などでも使用される。GPUの世界ナンバー1企業は、米国のNVIDIAであり、米国は、先端半導体技術で中国に対し優位に立つ。中国は、合法・非合法のあらゆる手段を駆使して、米国や西側諸国から先端半導体の技術を移転している。その目的は、中国共産党人民解放軍が、智能化戦争で米軍に勝利し、華夷秩序にもとづく国際秩序を実現するためである。第19回中国共産党大会(2017年10月)で、習近平国家主席は智能化戦争の重要性に言及し、昨年3月、全国人民代表大会でも習近平国家主席は人工知能に代表される先端技術の軍事利用の加速を指示している。
米国は、中国が人工知能技術を軍事利用することを遅らせるために、2022年、23年、24年と三回にわたる(中国を念頭に置いた)半導体規制を実施した。米国が行ってきた先端半導体用製造装置に関する規制は、2022年10月に規制対象となる性能の基準を回路線幅10nm(ナノメートル)以下から14nm以下に変更。18nm以下のDRAMメモリーや積層数が128層以上のNAND型フラッシュメモリーの製造装置の対中輸出を禁止した。これに対し、中国は、台湾積体電路製造(TSMC)から技術者を引き抜き、ダブルパターニングという技術をつかい、規制されていない露光装置(半導体製造装置のひとつ)を使い、7nmの半導体を作り、この先端半導体をファーウェイのスマホに搭載した。中国は古い半導体製造装置を駆使して先端半導体製造に成功した。
これに対し、2023年10月、米政府は第三国の半導体製造装置メーカーに対する規制を強化した。世界最大手の露光装置メーカーASMLは深紫外線液浸露光システムの対中輸出を停止した。ちなみに、ASMLとわが国のキヤノン、ニコンの三社が世界の露光装置市場を押さえている。
さらに先月、米政府は、エンティティーリスト(ブラックリスト)に140社を記載し、事実上の禁輸対象に追加した。輸出規制対象に24種類の半導体製造装置、3種類の半導体開発用ソフトウェアツール、High Bandwidth Memoryを追加した。
中国政府は、米国で働いていた中国人半導体技術者を、海亀政策で中国に帰国させ、先端半導体を量産しつつある。欧米では、軍事転用を避けるため大学や研究所から中国人の留学生や研究者のビザを取り消し、ビザの新規発給停止が顕著である。わが国では、軍事転用を念頭に置いた半導体関連技術の窃取対策がおこなわれていない。一例だが、東北大学は中国科学院半導体研究所と提携している。
米国は、単独では規制の効果が出ないので、先端半導体を製造するための材料や製造装置に強みをもつわが国やオランダ、先端半導体の量産で世界ナンバー1のTSMCのある台湾と連携して、中国への半導体規制を強化している。
習近平が台湾を侵略しようとする目的の一つが、台湾がもつ先端半導体の生産技術を奪い取ろうとしていることは明らかだ。TSMCも中国による台湾侵略戦争に備え、工場をわが国や米国、欧州に分散を始めている。
今後、デリスキングやデカップリングが起きれば、わが国から半導体など軍民両用技術を中国へ移転・販売することはできなくなる。特に、半導体材料や半導体製造装置に強みをもつ企業は、米国から中国との関係を旗幟鮮明にすることが求められる。
時代は国境なき経済から国境のある経済への過渡期にある。安倍晋三総理亡き後、トランプ氏との会談の目途が立たない政府には不安だらけだ。政府を頼れない難しい時代だからこそ、企業経営者の力量が問われる。
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(防衛省ホームページより)