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防衛・安全保障チャンネルは、1976年に始まった『国防論』の延長線上にある企画です。『なぜ今必要なのか?集団的自衛権の(限定的)行使』の刊行等、これらの難解な問題を皆様に十分理解していただける内容となっております。

《こたに けん》

1973年京都府生まれ。専門は国際政治学、インテリジェンス研究。ロンドン大学キングス・カレッジ修士課程修了、京都大学大学院博士課程修了。防衛省防衛研究所主任研究官、英国王立統合軍防衛安保問題研究所(RUSI)客員研究員等を歴任。著書に『日本軍のインテリジェンス』、『日本インテリジェンス史』など多数。

セキュリティー・クリアランスは国家安全保障の「根幹」

日本大学 危機管理学部教授  小谷 賢 氏

週刊「世界と日本」2023年11月20日 第2257号より

 近年の経済安全保障の議論と高まりともに、セキュリティー・クリアランス(以下SC)についても注目されるようになってきた。SCは、国家の機密や民間の技術情報を守るためのもので、ひいては国家安全保障の根幹となるべき制度であるといえる。

 

 まずSCとは、機密情報に触れる必要のある人物の安全性を、国が保証する制度である。安全性とは、情報を外に漏らす危険性が限りなく低い、というものであり、その人物が外国政府の影響を受けているのか、借金はないか、薬物依存に陥ってないか等、国の機関が調査し、問題がないと判断されれば、年限を付けて機密情報へのアクセス権を与える制度だ。もし秘密を故意に外部に漏らした場合は刑事罰に処されることになる。

 

 日本では2013年の特定秘密保護法の導入に伴い、国家公務員と一部民間企業に限定した適性評価制度が、SC制度として機能している。ただし本制度は主に国家公務員を対象としており、適合事業者は防衛産業に係る企業に限定されている。令和3年度の適性評価制度の実施においては、2万7602件の内、適合事業者は1117件であり、民間の割合は4%に留まっている。米国ではSC保有者400万人の内、120万人が民間事業者といわれているので、その割合は30%となる。つまり日本の現行のSC制度は、国家公務員を主な対象としており、民間企業の従業員はほとんど想定されていない。また民間人へのSC付与は、プロジェクト制となっており、同じ人物が異なる国のプロジェクトに従事する場合は、新たにSCを申請する必要性が生じる。そもそも特定秘密保護法とそれに伴う適性評価は、国からの機密漏洩を防ぐために設けられた制度であり、同盟国からの懸念を払拭する意味合いが大きかった。

 

 それでは今後、民間業者にSCは必要なのだろうか。結論から言えばイエスだ。まず民間企業からの情報流出を防ぐ手立てがなければ、技術情報は悪意のある外国政府勢力に吸い上げられることになる。本年6月に産業総合研究所の研究データを、中国人研究者が外部に流出させ、逮捕された件は記憶に新しいが、このようなケースは枚挙に暇(いとま)がない。もちろん官民の組織において情報流出への配慮はなされてはいるが、外国政府機関が積極的に情報を取りに来た場合、それを防ぐのは難しい。そのためSC制度の導入によって、最先端技術を扱う人物に外国政府との接点はないか、付け込まれる弱みはないか、といった点をチェックし、安全と認められた人物のみに機微な情報を扱わせる必要がある。

 

 さらに国と民間の情報共有のためにも制度は必要だ。両者の間では、防衛装備品関連の情報以外にも、様々な機微情報が共有されているが、中でも重要なのはサイバー攻撃に関する脅威情報であろう。例えば国の機関や民間のインフラ関連企業にサイバー攻撃が実施された場合、速やかに官民の間で脅威情報を共有し、想定される攻撃に備える必要がある。もちろん現状でも情報の共有は実施されているものの、それはリアルタイムではなく、また民間企業はサイバー攻撃を受けたことについて報告することに消極的だ。ここで官民が同じレベルのSCを有していれば、互いの情報を速やかに共有することができる。ただしそのためには情報共有のための土俵が必要で、これが政府クラウドとなる。同クラウドには強固な強固なセキュリティー対策をほどこし、官民問わずSCを有している人物が、政府クラウドにアクセスし、情報をやり取りできるというのが理想的である。

 

 他方、欧米各国においては、民間企業従業員のSC取得は日常的に行われている。例えば米国の企業であれば、米国政府の仕事を請け負う際にSCがあれば有利に働くし、機微な情報があってもそれを共有することができる。筆者が聞いた話では、日本のあるコンピューター会社が某国政府の行政機関にパソコンを納入する際、日本企業の側にはSC保有者がいなかったので、間にSCを保有する外国人を間に入れて交渉したそうだ。ただし先方のニーズの詳細は、SCを保有しない日本の本社従業員には伝えられなかったので、結局使用目的を理解しないまま、注文された台数をそのまま先方に納入したとのことであった。

 

 このようにSCを保有していなければ、顧客の求めるものがわからない、ということも生じる。

 さらに近年では経済安全保障の観点から、民間企業の技術開発者であっても、AIやEV、医療用ワクチンなど新技術を国際共同開発する際にSCを求められることが増えてきている。例えば米英の間ではSC制度は規格が統一されているため、米英の民間企業の技術開発者は同じ土俵で研究開発や込み入った議論が可能となるが、そこにSCを持たない日本の技術者は入っていけない。そうなると今後、日本の技術開発がどんどんガラパゴス化していくことも想定されるのである。そのため、海外で事業展開する民間企業ほどSCへの要望は切実で、一刻も早い制度の整備、それも国際的に通用するような仕組みを導入することが望まれている。

 

 最後に、日本にSC制度を導入するためには、官民ともに意識改革を行っていく必要がある。日本ではプライバシーの観点から、国の機関が個人情報、特に財産や負債、犯罪歴等について調べることに忌避感(きひかん)が強く、また調査のための時間やコストも問題視されがちであるが、諸外国ではSCを有することはその人物の安全性の証であり、SCを取得すれば職場での権限が増し、給料も上がることが期待されるため、むしろ進んで取得することが普通である。日本でもSC制度導入の際には、このような意識づけが必要となってくる。

 また流行りの経済安全保障という言葉も、「経済」が中心のような印象があるが、諸外国ではどちらかといえば「安保」に重きが置かれる。つまり国の安全保障が最優先であり、いざとなれば経済的損失は度外視する、といった物の見方も場合によっては必要になるということだ。これまで経済至上主義でやってきた戦後の日本社会が、安全保障にも等しく目を向けられるかが試されてるともいえる。

 

 


《こたに けん》

1973年京都府生まれ。専門は国際政治学、インテリジェンス研究。ロンドン大学キングス・カレッジ修士課程修了、京都大学大学院博士課程修了。防衛省防衛研究所主任研究官、英国王立統合軍防衛安保問題研究所(RUSI)客員研究員等を歴任。著書に『日本軍のインテリジェンス』、『日本インテリジェンス史』など多数。

セキュリティー・クリアランスは国家安全保障の「根幹」

日本大学 危機管理学部教授  小谷 賢 氏

週刊「世界と日本」2023年11月20日 第2257号より

 近年の経済安全保障の議論と高まりともに、セキュリティー・クリアランス(以下SC)についても注目されるようになってきた。SCは、国家の機密や民間の技術情報を守るためのもので、ひいては国家安全保障の根幹となるべき制度であるといえる。

 

 まずSCとは、機密情報に触れる必要のある人物の安全性を、国が保証する制度である。安全性とは、情報を外に漏らす危険性が限りなく低い、というものであり、その人物が外国政府の影響を受けているのか、借金はないか、薬物依存に陥ってないか等、国の機関が調査し、問題がないと判断されれば、年限を付けて機密情報へのアクセス権を与える制度だ。もし秘密を故意に外部に漏らした場合は刑事罰に処されることになる。

 

 日本では2013年の特定秘密保護法の導入に伴い、国家公務員と一部民間企業に限定した適性評価制度が、SC制度として機能している。ただし本制度は主に国家公務員を対象としており、適合事業者は防衛産業に係る企業に限定されている。令和3年度の適性評価制度の実施においては、2万7602件の内、適合事業者は1117件であり、民間の割合は4%に留まっている。米国ではSC保有者400万人の内、120万人が民間事業者といわれているので、その割合は30%となる。つまり日本の現行のSC制度は、国家公務員を主な対象としており、民間企業の従業員はほとんど想定されていない。また民間人へのSC付与は、プロジェクト制となっており、同じ人物が異なる国のプロジェクトに従事する場合は、新たにSCを申請する必要性が生じる。そもそも特定秘密保護法とそれに伴う適性評価は、国からの機密漏洩を防ぐために設けられた制度であり、同盟国からの懸念を払拭する意味合いが大きかった。

 

 それでは今後、民間業者にSCは必要なのだろうか。結論から言えばイエスだ。まず民間企業からの情報流出を防ぐ手立てがなければ、技術情報は悪意のある外国政府勢力に吸い上げられることになる。本年6月に産業総合研究所の研究データを、中国人研究者が外部に流出させ、逮捕された件は記憶に新しいが、このようなケースは枚挙に暇(いとま)がない。もちろん官民の組織において情報流出への配慮はなされてはいるが、外国政府機関が積極的に情報を取りに来た場合、それを防ぐのは難しい。そのためSC制度の導入によって、最先端技術を扱う人物に外国政府との接点はないか、付け込まれる弱みはないか、といった点をチェックし、安全と認められた人物のみに機微な情報を扱わせる必要がある。

 

 さらに国と民間の情報共有のためにも制度は必要だ。両者の間では、防衛装備品関連の情報以外にも、様々な機微情報が共有されているが、中でも重要なのはサイバー攻撃に関する脅威情報であろう。例えば国の機関や民間のインフラ関連企業にサイバー攻撃が実施された場合、速やかに官民の間で脅威情報を共有し、想定される攻撃に備える必要がある。もちろん現状でも情報の共有は実施されているものの、それはリアルタイムではなく、また民間企業はサイバー攻撃を受けたことについて報告することに消極的だ。ここで官民が同じレベルのSCを有していれば、互いの情報を速やかに共有することができる。ただしそのためには情報共有のための土俵が必要で、これが政府クラウドとなる。同クラウドには強固な強固なセキュリティー対策をほどこし、官民問わずSCを有している人物が、政府クラウドにアクセスし、情報をやり取りできるというのが理想的である。

 

 他方、欧米各国においては、民間企業従業員のSC取得は日常的に行われている。例えば米国の企業であれば、米国政府の仕事を請け負う際にSCがあれば有利に働くし、機微な情報があってもそれを共有することができる。筆者が聞いた話では、日本のあるコンピューター会社が某国政府の行政機関にパソコンを納入する際、日本企業の側にはSC保有者がいなかったので、間にSCを保有する外国人を間に入れて交渉したそうだ。ただし先方のニーズの詳細は、SCを保有しない日本の本社従業員には伝えられなかったので、結局使用目的を理解しないまま、注文された台数をそのまま先方に納入したとのことであった。

 

 このようにSCを保有していなければ、顧客の求めるものがわからない、ということも生じる。

 さらに近年では経済安全保障の観点から、民間企業の技術開発者であっても、AIやEV、医療用ワクチンなど新技術を国際共同開発する際にSCを求められることが増えてきている。例えば米英の間ではSC制度は規格が統一されているため、米英の民間企業の技術開発者は同じ土俵で研究開発や込み入った議論が可能となるが、そこにSCを持たない日本の技術者は入っていけない。そうなると今後、日本の技術開発がどんどんガラパゴス化していくことも想定されるのである。そのため、海外で事業展開する民間企業ほどSCへの要望は切実で、一刻も早い制度の整備、それも国際的に通用するような仕組みを導入することが望まれている。

 

 最後に、日本にSC制度を導入するためには、官民ともに意識改革を行っていく必要がある。日本ではプライバシーの観点から、国の機関が個人情報、特に財産や負債、犯罪歴等について調べることに忌避感(きひかん)が強く、また調査のための時間やコストも問題視されがちであるが、諸外国ではSCを有することはその人物の安全性の証であり、SCを取得すれば職場での権限が増し、給料も上がることが期待されるため、むしろ進んで取得することが普通である。日本でもSC制度導入の際には、このような意識づけが必要となってくる。

 また流行りの経済安全保障という言葉も、「経済」が中心のような印象があるが、諸外国ではどちらかといえば「安保」に重きが置かれる。つまり国の安全保障が最優先であり、いざとなれば経済的損失は度外視する、といった物の見方も場合によっては必要になるということだ。これまで経済至上主義でやってきた戦後の日本社会が、安全保障にも等しく目を向けられるかが試されてるともいえる。

 

 


《むらい ともひで》

1949年奈良県生まれ。東京大学大学院国際関係論修了。米国ワシントン大学国際問題研究所研究員、防衛大学校国際関係学科教授、東京国際大学国際戦略研究所教授を経て現職。平和安全保障研究所理事、国際安全保障学会理事。著書は『日中危機の本質』(2021年)など多数。

米中対立と日本の戦略

東京国際大学特命教授 防衛大学校名誉教授 村井 友秀 氏

週刊「世界と日本」2023年10月16日 第2255号より

 日本は太平洋戦争前、ドイツの電撃作戦の成功を見て「バスに乗り遅れるな」と焦り、判断を誤って負ける側につき戦争に負けた。現在の世界は米中対立の中にある。多くの国が米中のどちらにつくか迫られている。日本も今度は判断を誤らないようにしなければならない。

 

 米中対立には3つの見方がある。①民主主義対権威主義 ②戦国時代モデル(地政学)③「文明の衝突」である。

 

  民主主義の米国と権威主義の中国の対立という見方は米国の主張である。米中対立が、民主主義と権威主義の対立ならば、米中対立は正義と悪の対立である。世界中の国は正義を支持しなければならない。中国も共産党の独裁体制を「中国式民主主義」といっている。しかし、現代の世界を見ると、約200の国家の内、政治が民主的に運営されている国は60以下である。民主主義国は世界の多数派ではない。米国が民主主義を振り回せば、正義よりも経済的豊かさを望む多くの国を中国側へ押しやることになる。但し、民主主義の米国と権威主義の中国の対立という図式は、基本的に正義と悪の対立であり、多くの国は表立って中国支持を表明することを躊躇するだろう。

 

  戦国時代モデルは中国の主張である。中国の主張は、世界中の国は覇権を求めて戦っているというものであり、中国の言い方によれば「一つの山に二匹の虎はいない」ということである。米国も中国も全ての国は世界という山の頂点に立とうとしているのであり、この主張には良い国も悪い国もない。

 戦国時代モデルは地政学の見方でもある。地政学では、伝統的に世界の対立構造をランドパワーとシーパワーの争いと考える。ランドパワーとシーパワーに善悪の区別はない。19世紀以来、ランドパワーとシーパワーの争いは常にシーパワーが優位であった。多くの場合、ランドパワーは背後の陸上国境から強力な隣国の脅威にさらされており、全力を海に向けることができなかった。他方、シーパワーは海に囲まれ陸上国境からの脅威がない。したがって、全力でランドパワーに対抗することができる。これがシーパワー有利の構造であった。

 中国はランドパワーであり米国はシーパワーである。中国の歴代王朝は常に北方の脅威に悩まされてきた。北方の遊牧民に首都を占領されたこともある。現代の中国の北方の脅威はロシアである。50年前には100人を超える戦死者を出した国境紛争もあった。40年前にはソ連軍の将軍が一週間で北京を占領できると筆者に話したことがあった。今でもロシアの核兵器は中国にとって深刻な脅威である。しかし、現在のロシアはウクライナ戦争で急速に国力を消耗している。中国にとってロシアの脅威は縮小している。ランドパワーの大きな弱点であった北方の脅威が消えつつある。他方、米国には陸上国境があるが、カナダやメキシコは米国の脅威になり得ず、陸から攻められる心配のないシーパワーとしての基本構造は不変である。現在の米国と中国の対立は、北方の脅威から解放されて海に全力を向けることができるようになったランドパワー中国とシーパワーとしての強みをフル活用できる米国の対立である。

 陸を支配するランドパワーより海を支配するシーパワーの方が有利であるとするのが地政学であったが、軍事技術の発展はこの構造を変えつつある。中国は自らを新ランドパワーと称して多様なミサイルを開発し海に向かって展開することによって、沿岸近くの海域ではシーパワーよりランドパワーの方が優位に立ったと主張している。実際、中国の敵対勢力が東シナ海や南シナ海に入ることは以前より難しくなった。しかし、中国軍の拡大は続いているが、米軍の近代化も進んでいる。今でも世界の海を支配する米国の軍事力はあらゆるレベルで圧倒的である。近い将来、東シナ海でも南シナ海でも米国の優位は動かないだろう。

 経済を見ても、10年前には9%前後であった中国の経済成長率は昨年3%に減少し、5年後には米国と同程度の3%から4%になる。米国と同程度の経済成長ならば中国は経済的に米国を圧倒することは出来ない。合計特殊出生率は米国が1・64、中国が1・09である。米国民の平均年齢は38歳、中国は39歳である。米国の方が中国より若い国である。仮令(たとい)10年以内に中国のGDPが米国を上回っても2050年前後に再逆転されるだろう。米中対立が戦国時代モデルならば、中国が米国を打倒して世界の覇者になることは無理だろう。

 

  「文明の衝突」という側面を見ると、最近、中国の指導者は盛んに中国の古典を引用して中国の長い歴史を誇るようになった。中国の保守的知識人は、米中対立が文明の衝突ならば、世界中の国が底の浅い新興国家である米国よりも歴史のある中国文明を尊敬するだろうと考えている。他方、米国では一部の上院議員が、米中対立を神の意志を実現しようとする善意の大国である米国と、欧米文明を否定し世界を中華化しようとする異質な大国中国の対立と説明するようになった。米国の知性であるハーバード大学のアリソン教授は、記者の質問に答えて、米国が中国のような国に追い抜かれるなどということは感情的に受け入れられない、と答えている。米中対立が文明の衝突であり、理性ではなく感情の世界の問題ならば米中が妥協できる余地はほとんど無い。

 

 以上見てきたように、米中対立の構造が、①民主主義対権威主義、②戦国時代モデル(地政学)、③「文明の衝突」、何れの場合であっても中国が勝つ可能性は低い。

 日本は米中対立の最前線に位置しているが、軍事力行使に極めて臆病な日本が米中両国の政策決定に影響を与えようとしても無理である。

 日本に出来ることは負ける側についた戦前の轍(わだち)を踏まないことである。

 


《やまだ よしひこ》

東海大学海洋学部教授、1962年生。学習院大学卒、埼玉大学大学院修了、博士(経済学)。金融機関を経て日本船舶振興会(現日本財団)に勤務。2009年から現職。専門は、海洋政策、海洋安全保障、海洋経済等。海洋に関するコメンテーターとして活動。国家基本問題研究所理事。八重山自然大使(石垣市、竹富町、与那国町による指名)。

海洋安全保障からわが国の権益確保を考える

 

東海大学海洋学部教授 山田 吉彦 氏

週刊「世界と日本」2023年10月2日 第2254号より

 

 日本を取り巻く海洋安全保障情勢は、新たな展開を迎えている。中国、北朝鮮、ロシアは、日本を敵国のように扱い、日本の周辺において軍事的示威行動を続けている。 

 北朝鮮のミサイル発射実験は後を絶たず、日本海に安堵の時間は無くなってしまった。今年6月には、石川県能登半島北北西沖およそ250キロメートルの我が国の排他的経済水域内に2発の弾道ミサイルが発射された。当時、日本海の中心部にある大和堆付近にはベニズワイガニ漁のために山陰地方の漁船が出漁していた。また、能登半島からはイカ釣り漁船が現場海域の方向に向け出航していた。ベニズワイガニ漁船、イカ釣り漁船ともに被害はなかったが、極めて危険な状況になっていたのである。北朝鮮は、日本を威嚇するために、漁船の動きも意識してミサイルを発射したようである。また、北朝鮮が頻繁に弾道ミサイルを落下させる日本海の北海道西方海域には、イカなどの魚介類の好漁場があり、日本中から多くの漁船が出漁している。

 

 北朝鮮のミサイル開発、核開発にはロシアの技術的、経済的な協力が不可欠である。9月に日本海沿岸のウラジオストクでロシアが開いた東方経済フォーラムに合わせ、北朝鮮の金正恩総書記がロシアを訪問するなど、北朝鮮の動向からは、片時も目を離すことはできない。ウラジオストクには、ロシアの太平洋艦隊の基地があり、多くの軍艦が日本海から宗谷海峡を通り太平洋へと行動を展開している。今年8月には、ロシア海軍の情報収集艦が、津軽海峡を通過し三陸沖を経て千葉県南西部伊豆諸島海域に姿を見せ日本の海洋警備動向を探っていた。また、ロシア海軍は中国海軍と歩調を合わせることがある。ウクライナ問題を抱え国際社会から多くの批判を受けているロシアは、台湾へ進出するとともにアジア海域における海上覇権を目指す中国と利害関係が一致し、両国の海軍は太平洋における合同パトロールを行うなど連携を強化している。昨年7月には、中国海軍とロシア海軍のフリゲート艦各1隻が、尖閣諸島周辺海域に進入した。ロシアと中国は、アジア海域の安全を維持にしようとする日本および米国を挑発しているのだ。

 

 本来、中国とロシアは友好関係にあるとは言えないが、国際社会で孤立しつつある両国は、日米という共通の敵を見出し、協力関係を構築している。特に、中国は、外交および国内経済が悪化している中、国内にたまる政府への不満の矛先を、日本を始めとした周辺国へ向けようとしている。ロシアと中国、北朝鮮の連携を阻止する外交的、防衛的な圧力が不可欠である。

 現在の中国は、敵対する勢力に包囲されつつある。南シナ海においては、フィリピンが、経済的な利益を重視し中国に対しても柔軟な対応を見せたドゥテルテ政権から、明確に親米スタンスを見せるマルコス政権にかわり、中国に対する警戒を強めている。同国に歩調を合わせるようにベトナムも対立姿勢を強化している。また、東シナ海においては、韓国が中国寄りの外交姿勢をもった文在寅大統領から保守系の尹錫悦大統領に代わり、朝鮮半島沿岸にも海軍および海警局を増強する必要が出ている。中国を取り巻く海洋情勢は急速に厳しさを増し、同国は海洋軍事力の建て直しを余儀なくされているのだ。台湾侵攻に向け動き出した中国にとって、軍事力を多方面に割くことは難しく、ロシアの協力が必要なようだ。

 また、日本の東シナ海における海上安全保障力の強化が中国の対する抑止効果を発揮し、中国は東シナ海戦略、ひいては台湾戦略も見直しを余儀なくされている。

 

 今年1月、石垣市が尖閣諸島周辺海域の海洋調査を行った際、海上保安庁は徹底した警備体制を敷いた。石垣市がチャーターした調査船を8隻の巡視船で包み込むように警護したのを始め、総勢20隻の巡視船による尖閣諸島周辺海域の警備体制を見せた。中国海警局は、4隻の海警船を日本の領海内に侵入させ調査船をけん制する動きを見せたが、海保は巡視船で海警船の針路を阻み調査船に近付くことさえ許さなかった。調査船が魚釣島から2キロほどの調査地点に到達した時には、海警船は10キロほど離れた海域まで引き離されていた。接続水域に2隻の海警船を待機させていたが、その2隻の動きも海保により封印されていた。

 中国は、前述のように南シナ海、東シナ海ともに、かつてないほど海上警備力を充当しなければならない状況にあり、尖閣諸島海域に送る海警船を増強することはできず、海上保安庁のダイナミックな警備体制に現状では太刀打ちすることはできないのだ。

 

 現在も、中国は毎日のように尖閣諸島海域に海警船を送り込んでいるが、以前の4隻体制から1、2隻の体制に減船している。中国は、尖閣諸島侵攻体制も含め中国海警局の組み直しに着手しているようだ。現在、尖閣諸島海域において中国海警局だけの能力では、海保に対抗することはかなわず、海軍力を導入し海保に対峙することになるだろう。海上保安庁の装備は、準軍隊組織となっている中国海警局よりも脆弱である。海警船には軍艦を転用したものが多く、また、76ミリ速射砲を装備している船もある。海保巡視船に搭載されている最大の武器は、40ミリ機関砲であり、互角の船舶隻数であれば中国の方が優位になることもあるだろう。しかし、日本は、与那国島、奄美大島、宮古島と陸上自衛隊の配備を進め、今年3月には、石垣島に駐屯地を建設するなど、海保の警備力と合わせ、東シナ海を包み込む防衛力整備している。日本は海保と自衛隊の連携強化が鍵になる。

 現在、中国の東シナ海進出は、歯止めが掛かった状態であり、日本は尖閣諸島の管理に向けて大胆に動き出す機会である。速やかに同諸島に上陸し、詳細な調査を行うとともに、島の管理拠点を設置すべきである。

 世界をめぐる安全保障情勢が緊迫する中、国民の生命を守るため自国の領土・領海・領空の管理を強化しなければならない。今、まさに動き出すべき時なのである。

 


《かわの かつとし》

1954年、北海道生まれ。防衛大学校を1977年に卒業し、海上自衛隊に入隊。護衛艦隊司令官、統合幕僚副長、自衛艦隊司令官、海上幕僚長を歴任。2014年に第5代統合幕僚長に就任。2019年4月、退官。2020年9月に『統合幕僚長 我がリーダーの心得』(ワック)を出版。

我が国を巡る安全保障環境を踏まえた防衛の在り方

 

元統合幕僚長 河野 克俊 氏

週刊「世界と日本」2023年8月21日 第2251号より

 

1「自由で開かれたインド太平洋構想」と中国の海洋進出

 

 1949年に建国された中華人民共和国(以下中国という)では、毛沢東の下、幾多の混乱を経て、鄧小平が実権を握ることになった。そして1980年代から、いわゆる経済面では改革開放路線に舵を切り、今や世界第二の経済大国となった。それと同時に海軍力の大増強を命じたのである。その結果、今や数的には米海軍を上回った。

 国家の経済発展が海軍力増強と海洋進出を伴うのは、ある意味、歴史的必然とも言える。大航海時代のポルトガル、スペインそれに続くイギリス、オランダ、近年では米国と日本も同様の道を歩んだ。

 なぜなら、経済発展をすれば、そのための海洋権益、豊富な海洋資源が必要となり、通商交通路としてのシーレーンの安全確保も必要になる。その意味で中国が経済発展に伴って海洋進出することは当然であるが、問題は海洋に対する中国の姿勢、考え方である。

 第三国が領海を単に通航することは、軍艦でさえ「無害通航権」として国際法上認められている。したがって「自由で開かれたインド太平洋構想」の基本理念は、「みんなのものである海洋を利用して、みんな楽しく仲良く豊かになりましょう」というものだ。その意味で地域の経済的繁栄を目指したもので、本来は中国包囲網ではない。

 ところが中国は、太平洋・東シナ海に事実上第一、第二果ては第三列島線と勝手に線を引き「海洋の自由」に反する行動に出ている。そして、緊張が高まれば第一列島線の中国側を国土防衛のためにも排他的なコントロール下に置くことを狙っている。また、南シナ海の大半を歴史的に中国の管轄海域だと主張し、これまた勝手に九段線という線を引いた。これを国際仲裁裁判所が2016年に国際法違反として否定しても判決文を紙屑と称してはばからない。要する国際法に基づく「海洋の自由」という価値観を中国が共有していないことが大問題なのである。

 「自由で開かれたインド太平洋構想」は、本来地域の経済的繁栄を目指したものだということは先に述べた。しかし、そのためにはインド太平洋地域における海洋の平和と安定が保たれていることが前提である。中国が心を入れ替えて自己の価値観を変えることは、体制が変わらない限り無理であろう。しかし、その行動を抑制することはできる。そのための枠組みの一つが日米豪印のクアッドだと考えている。アセアンもこの地域の重要なパートナーではあるが、対中国という観点からは一枚岩ではないし、海軍力という観点でもクアッドに比べるとやはり見劣りする。ニュージーランドはファイブアイズのメンバー国であり、立派な民主主義国家であるが、海軍力という観点からすればやはり力不足の感は否めない。韓国は、対中国という観点で価値観を共有しているかとなると未だ疑問である。その意味で、当面はクアッドが安全保障面でリードしていくことが現実的であろう。ウクライナ戦争を契機にNATOとインド太平洋地域の連携が促進されている。「合従連衡」を狙う中国に対しては、多国間で対応することが得策である。

 

2 台湾を巡る米中対立

 

 アメリカを含む多くの国が、中国が経済発展を遂げ、世界貿易機関(WTO)に加入すれば世界のルールに従う国になり、価値観を共有できると期待して見守ってきた。そして中国は2001年にWTOに正式加盟した。多くの日本企業もそのことを期待し、中国に進出して行ったと思う。しかし、ここに至って、世界は中国に利用されただけで、中国は明らかに違う異質の国だと気づくことになった。ペンス副大統領(当時)の2018年10月のハドソン研究所での演説続き、ポンぺオ国務長官(当時)は、2020年にニクソンライブラリーで行った演説で、米国の対中政策は間違っていたと言明し、中国は全く異質な国であり価値観が交わることはないと宣言したのである。このような米国の対中認識は超党派のものであり、中長期的には変わらないであろう。その結果、当面の最大の米中間の懸案事項が台湾海峡危機であることは間違いない。

 

3 台湾有事と日本の防衛態勢

 

 このような安全保障環境の変化を受けて、日米同盟のあり方も変えていかなければならない。日米同盟は、本来あくまで日本防衛のためのものであったが、今後は日米が共に協力して地域の平和と安定を創造する同盟に発展させていく必要がある。

 そのためには日本は防衛力の増強とともに安全保障上の役割を拡大し、日米がともにリスクと責任を分かち合う関係にすることが必要である。

 もとより台湾問題は外交により平和的に解決すべきものであり、それが大前提だ。しかし、この問題は、あくまでも中国の意思に依存しているのである。残念ながら外交努力が実らず、中国が軍事侵攻を決意した際の台湾有事は想定しておかなければならない。

 台湾有事が起きれば、与那国島と台湾は110キロであり、南西諸島も含めて一つの戦域になることは軍事的には常識だ。すなわち台湾有事は日本有事ということだ。したがって、米国と協力して対中抑止力を早急に確立する必要がある。政府が策定した「安保三文書」で「反撃能力の保有」が明記され、トマホークの導入が決定されたことの意義は極めて大きい。

 日米同盟は、「盾」と「矛」の関係と言われてきたが、「盾」も「矛」も日米共同でオペレーションする時代に入ったということだ。今までは、「専守防衛」を戦術面にまで適用し、攻撃用の装備の保有を抑えてきたが、今後は攻撃、防御ともにバランスの取れた装備の保有を目指すべきである。国際紛争を武力で解決はしないが、侵略されたら全力で跳ね返すことは何ら「専守防衛」の精神に反しないと思う。その意味で日本は「戦略的専守防衛」の国家であるべきだ。

 中国は台湾を併合するという固い決意をもっていることを忘れてはならない。

 中国が台湾進攻を決意した場合は、事態は次のステージに移る。そのステージに移った後のことを考えておかなければならない。ここが、日本の危機管理の最も弱いところだ。平和的解決で思考がストップし、有事は考えない。結果として想定外ということになる。根拠なき楽観主義は禁物である。

 


《たにぐち ともひこ》

1957年生まれ。1981年東京大学法学部卒業。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科前教授。安倍晋三第2期政権を通じ、初め内閣審議官、2014年4月以降は同総理退任まで内閣官房参与。05〜08年外務省外務副報道官。それ以前は「日経ビジネス」編集委員など。主な著書に「通貨燃ゆ」(日経ビジネス人文庫)、「日本人のための現代史講義」(草思社文庫)、「誰も書かなかった安倍晋三」(飛鳥新社)、「安倍総理のスピーチ」(文春新書)など多数。

日本の抑止力とアジアの安定

 

元内閣官房参与 谷口 智彦 氏

週刊「世界と日本」2023年4月3日 第2242号より

 

 この先日本の周辺環境は危険を増す。その程度たるや、長い日本の歴史を通じ前例のないものとなるだろう。

 日本海の対岸・大陸側では、ロシア、北朝鮮、中国が「惑星直列状態」をなす。

 三国がみな核兵器をもち、核弾頭と、その運搬手段となる弾道ミサイルの数を増やしつつある。権力を縛る民意はどの国でも無力。日本と日米同盟に復仇心(ふっきゅうしん)、敵愾心(てきがいしん)を抱く。

 こうみてみると、現状の危険は、質・量とも、日本史に例がないことに気づく。世界を見渡しても、例えばG7諸国の中で、日本ほど危険な住所をもつ国はどこにもない。

 中でも急迫度、深刻さが他に勝るのは、台湾を中国がどうするかだ。その点は後に見るとして、危機が三方面、いや国内を含め四方面で同時に多発する恐れを忘れたくない。

 三方面の危機とは、中国が台湾軍事侵攻に踏み切るや否や北朝鮮とロシアがすぐさま同様の行動に出て、日本と日米同盟の対応を絶望的なまでに分散させてしまう場合だ。

 ロシアのウクライナ侵攻は、通信網とサイバー空間への攻撃を伴った。しかしキーウはクリミアを奪われた先例に学び備えを密にしていたとみえ、ロシアの攻撃に耐えた。

 日本が想定しておくべきは、再び力を整え直すロシアに加え、サイバー空間で銀行強盗を働かせると指折りの力をもつ北朝鮮、さらに中国の三国がここでも歩調を一にし、日本と在日米軍の通信インフラに攻撃を集中させる事態だ。これと、軍事行動とが同期する可能性である。

 そのときは日本の銀行システムから携帯電話網までが狙われる。人心がパニックを起こしたとしたら、それこそは敵の企図するところ。そしてまさにこの時の日本に、東日本大震災クラスの災害が見舞ったとしたら…。

 最悪なうえにも最悪の事態を想定し、いつ何をどう判断するか、日頃から頭の体操を怠ってはならない。

 それが、総理と、総理を支える国家安全保障局の重要任務だ。総理には、自衛隊幹部と常日頃対話を重ねておくことが必要。そのゆえんもここにある。

 主要紙の総理動静欄に見る限り、岸田総理のもとへは自衛隊の統合幕僚長が防衛省の防衛政策局長と対になって、月に二度訪れている。会合の時間は月初がやや長め。両度とも国家安全保障局長や外務省幹部が合流する。

 制服組の長、統幕長がせめて月に二度総理に会うだけでも、安倍第二期政権より前に比べ進歩だとはいえる。

 しかし総理は陸海空三幕僚長と定期的に会っているのだろうか。防衛省情報本部長の説明を受けた形跡は、半年余りのあいだわずかに二度(報道に見る限り)を数えるのみだ。岸田総理と防衛首脳部との接触は、安倍総理の時代に比べ薄く、細くなったかにみえる。同時多発的危機への対応は果たして十分といえるのか。一抹、不満が残らざるを得ない。

 北京は、台湾に硬軟両様で臨むだろう。

 2024年1月、台湾は総統選挙を実施する。蔡英文総統は規定によって三選を狙えない。この機に民進党を台湾政治から取り除き、国民党を政権に据えて新総統との間でなんらか新機軸を打ち出すシナリオが一つ。

 中国共産党が昨年刊行した「台湾白書」は言語極めて明瞭で、民進党を危険な分離主義者であるから除去すべしと述べた。北京は今後台湾に向けた心理作戦に力を注ぐだろう。

 台湾の世論は目下のところ北京に対し警戒的だ。チャイニーズであるよりも台湾人だとする自我認識が過半を占める。けれども世論は移ろう。北京に対し弱腰の総統が出現した暁、中国共産党は時間をかけて自方へ有利な向きに世論を変えようと努めるだろう。

 昨年の党大会で総書記として異例の三期目を得た習近平氏は、5年後の2027年、次回大会を迎えるまでを正念場とみていよう。

 それまでに実績を積まない限り、毛沢東さえも凌駕する真に偉大な指導者として歴史に名を刻むことはできない。これが強い動機となって習氏の行動を束縛する。しかも習氏に待ったをかけ得る人物は、党内にいない。

 米国と日米同盟の力に比べ我に利ありとみた場合、習氏の中国はすかさず台湾に武力攻撃を仕掛けるとみるのが第二の、硬派のシナリオである。その実現性を軽視する愚だけは避けたいものだ。

 岸田政権が旧年末に打ち出した安保政策は第二のシナリオに備えようとする。軍事的抑止力を高めておいて、中国が台湾に影響力を浸透させ、第一の筋書きが実現するのを防ごうとするものとみる。

 報道は長射程のミサイルを手に入れ敵を叩く力を備えようとしているところに関心を寄せた。これに勝るとも劣らぬ重要性を帯びるのが、第一に弾薬を増加しその備蓄庫に抗堪性(こうたんせい)をもたせようとしたところ、第二に、戦時下に逃れ出る人々を日本が受け入れると明示した点にある。

 少ない予算を新鋭艦船や航空機など大型の装備に費やす余り弾薬、砲弾、ミサイルの数は増えなかった。艦齢が高い船は新造船の持ち分から砲弾を融通してもらうなど、隊内カニバリズム(共食い)でやりくりした。

 戦争など起きないと高を括っていたわけである。それが初めて本気になった。難民を受け入れると述べたところも戦争のリアリズムに正対した証だ。

 ウクライナ難民を、ポーランドは大規模に受け入れた。台湾に対し、日本はポーランド的立場に立つと内外に宣明した意味をもつ。

 青写真ができただけでは能力はつかない。実行し実現しなくてはならない。安倍元総理亡きいま、政権に鞭を入れるジョッキーは総理であって総理以外にいない。岸田氏の双肩に期待がかかる。

 対中抑止力を日本の努力と日米さらには日米豪印4カ国の協力で高め、習氏が軍事的冒険に走るのを抑えつつ、「平和的解決」によって台湾が中国の一部になってしまう事態を避けねばならない。

 台湾を失うと、日本は自己決定空間を失う。日米同盟の自由度も大きく損なわれる。一日、一日が勝負だ。

 


《やまだ よしひこ》

東海大学海洋学部教授、1962年生。学習院大学卒、埼玉大学大学院修了、博士(経済学)。金融機関を経て日本船舶振興会(現日本財団)に勤務。2009年から現職。専門は、海洋政策、海洋安全保障、海洋経済等。海洋に関するコメンテーターとして活動。国家基本問題研究所理事。八重山自然大使(石垣市、竹富町、与那国町による指名)。

尖閣諸島を守り抜け
2023年実態調査から考える

 

東海大学海洋学部教授 山田 吉彦 氏

週刊「世界と日本」2023年3月20日 第2241号より

 

 尖閣諸島は紛れもない日本の領土である。しかし、現在、同諸島は無人島であり、小さな魚釣島灯台が設置されている以外は、何ら活用されていない。2012年、日本国政府は尖閣諸島の魚釣島、南小島、北小島を民間人の所有者から買い上げ、海上保安庁の管理地とした。以来、国家公務員以外の島への立ち入りを禁じ、地元地方自治体である石垣市による現状確認さえ拒んでいる。

 

  島の領有権を主張するためには、実効支配と領有権を公示することが重要である。実効支配を示すために海上保安庁は、多くの巡視船を投入し島の警備体制を敷いている。しかし、中国は、海警局の警備船(海警船)を頻繁に尖閣海域に侵入させ、海保の警備による実効支配を覆そうとしている。昨年、海警船が同海域に侵入したのは、336日。また、昨年12月には、72時間以上日本の領海内に居座った。さらに、日本の漁船に接近し、あたたかも法執行をしているかのように見せかけていた。その映像を国営放送の中国中央電視台(CCTV)などのメディアを通じ世界に発信し、中国が尖閣諸島を実効支配しているような虚像を作り出している。政府は、中国の行為に対し抗議するだけではなく、海警船の侵入を阻止しなければならない。このままでは、尖閣を自国領だとする中国の無体な主張が世界に広がり、既成事実化される可能性があるのだ。

 政府関係者の中には、尖閣は日米安全保障条約第5条の規定により、中国が行動を起こした場合には、米軍が中国勢力の排除に動いてくれると信じている者がいるようだ。しかし、日米安保条約では、施政下にあってのみ米軍は行動が可能になる。国民が上陸できないような現状では、米国議会、米国国民は、尖閣が日本の施政下にあるとは判断しないであろう。また、台湾有事の緊張が高まった場合、米軍は台湾支援に力を傾け、尖閣防衛に向ける余力もないだろう。いずれにしても日本の領土である尖閣の島々は、日本が守らなければならないのである。

 中国の侵出に危機感を感じる尖閣を行政区域に持つ石垣市は、平成25年に制定した石垣市海洋基本計画において、市民生活を守るために尖閣諸島の管理を打ち出した。そして、独自に尖閣の管理施策を検討してきた。その一つが、尖閣の島々に島名を記載した石碑を置く準備である。

 すでに石碑は完成し、石垣港の近くに保管されている。施政下を示すためには、行政権の公示が必要となる。そのためには、地名の表示は、基本的な方法である。しかし、政府は、その石碑の設置さえ許可していない。石垣市は、政府が許容する範囲で、具体的な活動を模索してきた。

 石垣市は、国連により採択された「持続可能な開発目標」SDGsを重要な施策とし、その中でも、SDGs14「海の豊かさを守ろう」に着目し、2022年1月、尖閣の海洋環境調査及び水産資源調査を行うこととした。この調査は、政府との調整の上、極秘裏に準備され海上保安庁の警備を受け実施され、具体的な調査は、東海大学に委託された。その調査の報告は、各メディアで伝えられ国の内外から施政権を示す行為として注目された。

 さらに石垣市は、海洋調査を継続することで、同諸島の管理を明確に示すことを目指した。そして、去る1月30日、2回目の調査を実施した。今回の調査の実施は、石垣市から事前に発表されたため、中国当局も認知していた。海上保安庁も万全な体制を整え、石垣市の調査の警備に当たった。

 1月29日、夕刻、石垣市長及び石垣市議会議員6名と調査団を乗せた調査船は、石垣港を出港した。途中、石垣島沖で海洋調査を行い、深夜、尖閣諸島魚釣島海域に向かった。

 調査船が魚釣島までの距離約50キロの海域に到達した午前4時頃、船の搭載しているレーダーに海警船らしい2隻の存在が示された。調査船には、海保巡視船が左右各1隻と後方に1隻に付き警備に当たった。さらに、姿を現した海警船には、巡視船が1隻づつ対応に当たった。海保は、接続水域に入る以前から海警船を調査船に近付けない体制をとり、むしろ遠ざけていた。調査船が魚釣島の沖に到達したときには、海警船は目視できないほど離れていた。

 魚釣島沖には、3隻の巡視船が島を守るべく配置されていた。調査船は、その3隻も合わせ8隻の巡視船に囲まれ、調査の準備に入った。今回の調査の核は、ドローンによる島の状況撮影であった。ドローンを飛ばす際に海警船による電波妨害などが危惧されたが、海保の警備により、調査船から引き離された海警船からは、調査の様子さえ確認できなかったことだろう。このドローンによる撮影により、魚釣島ではヤギの食害と考えられる植物の減少と土壌の崩壊が進んでいる様子が確認された。センカクモグラやセンカクサワガニといった稀少動物の生態や、アホウドリを始めとした野鳥の営巣にも悪影響が出ている可能性が高い。政府は、衛星により管理しているというが、衛星ではモグラやサワガニなどの生態の確認は不可能で一刻も早く、上陸しての詳細な調査が必要である。

 また、島の北部海岸は、プラスチック類などの漂着ごみで埋め尽くされており、ごみの撤去をしなければ、これも生態系に悪影響を及ぼすことになるだろう。

 この日、日本の領海内に侵入した海警船は4隻、その他に2隻の海警船が接続水域に入っていたが、海保の万全な警備により調査を遂行することができた。この調査が報道されたことにより、国際社会は尖閣が日本の施政下にあることを意識したことだろう。

 海洋環境および水産資源を守る行政の行動は、多くの国民の賛同を得るとともに、諸外国の理解を増進することにつながる。

 石垣市は、尖閣諸島の情報収集および情報発信をテーマとして「ふるさと納税」を呼びかけ、多くの方々から資金が提供されている。今後も、石垣市による尖閣海洋調査は継続されるであろうが、国としても明確な尖閣諸島における施政権を示す行為が求められる。

 


《かみや またけ》

1961年京都市生まれ。東大教養学部卒。コロンビア大学大学院(フルブライト奨学生)を経て、92年防衛大学校助手。2004年より現職。この間、ニュージーランド戦略研究所特別招聘研究員等を歴任。専門は国際政治学、安全保障論、日米同盟論。現在、日本国際フォーラム副理事長、日本国際問題研究所客員研究員、国際安全保障学会副会長。2022年5月4日にロシアが発表した入国禁止リストに挙げられた日本人63名の一人。

日米同盟の現代化が急がれる根本的理由
ルールを基盤とした国際秩序を守り抜くために

 

防衛大学校教授 神谷 万丈 氏

週刊「世界と日本」2023年2月20日 第2239号より

 

 今回の日米首脳会談では、直前に開かれた日米安全保障協議委員会(2+2)とともに、日米同盟の「現代化」がキーワードとなった。昨年12月の安全保障三文書の策定により、日本が反撃能力の保有や防衛費の大幅増を含め安全保障政策の大転換に踏み切ったことを踏まえて、日米が同盟の抜本的な強化に取り組み、安全保障における日米の一体化を加速させる意思を示したことばであり、両国間の同盟協力をさらに新たな段階に引き上げる決意を象徴しているといえる。

 

 だがなぜ今、日米同盟の現代化が急がれるのだろうか。北朝鮮の核・ミサイル開発の加速や、中国の軍事力増強と尖閣諸島周辺などでの挑発の激化が日本にとっての深刻な脅威であることは間違いない。だが、岸田首相はそれだけではなく、さらに大きな問題にも目を向けている。それは、これまで数十年間にわたりアジアと世界の平和と繁栄の土台となってきたルールを基盤とする国際秩序を将来にわたっていかにして守っていくかという問題だ。

 それが岸田首相にとっての安全保障上の最大の関心事であることは、安全保障三文書をみれば明らかだ。三文書は、「力による一方的な現状変更」を許さない旨を随所で強調しているが、これこそは、ルールを基盤としたリベラルな国際秩序(最近岸田政権は、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」という表現を用いることが多い)を守り抜かねばならないという、首相の問題意識を示したものに他ならない。

 中央政府を欠いた国際社会では、強国は、その気になれば、力により勝手なふるまいができてしまう。だが過去数十年間、この状況は、米国が主導し日本を含むリベラルデモクラシー諸国が中心になって支える、大国も小国も国際的なルールを尊重して力任せの行動を控えるべきだとする思想に基づく秩序の下で緩和されてきた。それが、ルールを基盤とする国際秩序だ。ところが、今この秩序が、力によって国益を追求し現状の変更を試みることをためらわない中国やロシアのふるまいによって大きく揺らいでいる。もしこの秩序が崩れてしまえば、世界は力がものをいう弱肉強食の場に戻ってしまう。それを防ぐことこそが、日本にとっても世界にとってもこれからの平和のために最も重要だというのが岸田首相の考えであり、それが、今回の日米首脳会談や、それに先立つG7(主要国首脳会議)諸国歴訪を貫く大テーマだった。

 そのことをはっきりと示したのが、日米首脳会談の直後にワシントン市内で首相が行った「歴史の転換点における日本の決断」と題した講演だ。この中で首相は、自身が行った外交・安全保障政策に関する二つの大きな決断、すなわちロシアのウクライナ侵略を受けての対露政策の転換と三文書の策定による戦後の日本の安全保障政策の転換について、「同じ世界観」に基づくものだと述べている。それは、今国際社会が「歴史的な転換点」にあり、「自由で開かれた安定的な国際秩序」が、ロシアのウクライナ侵略や「日本の周辺国・地域」における急激な軍備増強や力による一方的な現状変更の試みなどによって危機にさらされているというものだ。講演で岸田首相は、この秩序を守るために日本が能動的に行動する決意を強調したが、三文書でそのために必要なこととして、防衛力を抜本的に強化して「自分の国は自分で守り抜ける防衛力」にすることと並んで重視されているのが、同盟国・同志国との連携だ。そして米国は日本にとって唯一の同盟国であり、G7諸国は、基本的な価値や理念を共有する日本にとって最も重要な同志国だ。

 今回のG7歴訪(首相が近く来日予定のドイツを除く)の大きな目的は、G7諸国から、今年議長国を務める日本として来る広島サミットでの協力をとりつけることにあったが、その際首相が最も腐心したのが、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」を守るためのG7の結束を固めることだった。同時に首相は、これらの同盟国・同志国との安全保障協力の強化を進めた。米国から日本の安全保障政策の大転換に対する全面的支持をとりつけるとともに、日米安全保障条約に基づく日本の防衛に対する米国の揺るぎないコミットメントをバイデン大統領から表明せしめ、この条約が尖閣諸島にも適用されることの確認もとりつけた。その上で、同盟を現代化し、日本の反撃能力の整備に関するものを含め同盟協力の強化をうたい上げたことは、中国や北朝鮮に対する抑止力と対処力の強化につながる重大な成果だった。フランスとは、「特別なパートナー」である日仏が進むべき道を示す「新しいロードマップ」の作成で一致し、イタリアとは、両国関係の「戦略的パートナー」への格上げで一致。英国とは、日英防衛協力の新たな基盤となる日英部隊間協力円滑化協定に署名、カナダとの間でも、自由で開かれたインド太平洋の実現に向けた連携などを再確認した。

 こうした同盟国・同志国との安全保障協力の強化は、日本の防衛の直接的な強化につながることはむろんだ。同時にそれは、日本が自らにとって死活的に重要なルールを基盤とした国際秩序を中露などの挑戦から守るための能動的努力を展開しようとする際の土台作りでもある。このような一連の合意をなし得たことは、今回の岸田外交の大きな成果だ。

 だが、こうした安全保障協力強化の前提として、日本が三文書で宣言した防衛力の抜本的強化の実行が求められていることを忘れてはならない。米国やG7諸国は、ルールを基盤とした国際秩序を守り抜く日本の決意を評価し、協力する意思を示したが、同時に日本のこれからの安全保障政策の動向を注視していよう。現在中国の国防支出は日本の約5倍であり、日本が防衛関係の支出を倍増できたとしても、中国の挑戦を前に望ましい国際秩序を守ることは容易ではない。岸田首相の実行力と日本の安全保障政策改革の真価が問われるのはこれからなのだ。

 


《にしはら まさし》

1937年大阪生まれ。62年京都大学法学部卒。72年米国ミシガン大学大学院政治学卒。政治学博士取得。73年京都産業大学助教授、のち教授。78年防衛大学校教授、2000年防衛大学校長、06年退職。同年6月財団法人平和・安全保障研究所理事長、21年3月退職。同年4月同研究所副会長。安全保障懇話会会長。2013年産経新聞正論大賞。

日本が進むべき道-民主陣営の強化と抑止戦略

平和・安全保障 研究所副会長 西原 正 氏

週刊「世界と日本」2023年2月6日 第2238号より

「吉田ドクトリン」期は早期に終えるべきだ

 

 筆者は昨年11月『「吉田ドクトリン」を越えてー冷戦後日本の外交・防衛を考える』(内外出版)という題名の著書を出版した。第二次世界大戦敗北後の日本の再興を導いた吉田茂首相の戦略は、防衛は「平和憲法」の下で米国に全面的に依存し、ひたすら経済復興に重点に置いたものであった。筆者はそこで戦後77年が経過した今日においても、国会が憲法第9条の改正を怠っていることを批判した。

 この「吉田ドクトリン」という表現は筆者が1978年の英語論文で最初に使用しており、それを米学者が自分の論文で引用したという経緯があったが、永井陽之助氏(東京工大教授)が「吉田ドクトリン」の命名者として通っていた。これに対して岡崎久彦氏(外務省初代情報調査局長、駐タイ大使など)は「吉田首相は自分の考えをドクトリン(教義)として論じるような人ではなく、実際的な人だった」という批判をしていた。

 しかしこの批判はその後聞かれなくなった。むしろ「吉田ドクトリン」の表現は吉田首相退陣後も日本の外交・防衛政策を表現するのに便利なのだろう。

 日本にとって、吉田ドクトリンが必要だと考えられた時期は1970年代半ばあるいは遅くても1990年代半ばで終わっているべきであった。1975年にベトナム戦争が終わり、その後南北ベトナムが統一されたことで、米国主導の反共機構である東南アジア条約機構(SEATO)が1977年に解体した。そしてそれより10年前の1967年にすでに結成されていた東南アジア諸国連合(ASEAN)が引き続き地域安定化要因としての機能し始めていた。

 こうした中で、1989年の中国の天安門事件に見られた権力闘争は中国政治の不安定さを見せた。日本は自国の安全保障の強化に努力できる機会であったが、歴代の政権は、東南アジアへの経済援助を通した地域安定化に専念し、政治的な外交政策は日本への警戒心を招くことを恐れて政治的役割を果たすことを控えてしまった。

 1994年にASEAN10カ国を中核として域内の16カ国とEUを加えた計26カ国と1地域によってASEAN地域フォーラム(ARF)が結成された時にも、日本は有力メンバーとして参画はしたが、自国の安全保障は米国に依存したままであった。自衛隊の武器の性能は高まったが、国防の在り方を規定する憲法第9条は改正されず、したがって吉田ドクトリンは継続したのである。永井氏らが吉田ドクトリンを使用して以後、吉田ドクトリンに言及する人が増えたが、多くは筆者と同様に「吉田ドクトリンの時代は早期に終えるべきだ」とした。しかし国会は憲法改正に躊躇したままであった。

 

安倍政権による外交・防衛政策の画期的転換

 

 しかし事態は安倍晋三首相の登場で一変した。安倍首相は合計3188日(第1次と第2次内閣の間には数年の間隔があった)の長期政権において、それまでの外交・防衛政策に画期的な転換をもたらした。2012年の最初の所信表明演説で安倍首相は早くも憲法改正の必要を強調した。2015年9月に出来た平和安全法制は集団的自衛権の部分的行使を合憲と認めた。

 そのことで日本の外交政策および防衛政策に柔軟性を与えた意義は大きかった。従来の憲法解釈では、現憲法第9条は集団的自衛権の行使を認めていなかったが、これによって自衛隊の行動範囲が拡大した。例えば、公海上でミサイル監視中の米艦を防護するとか、米国本土が武力攻撃を受けた場合その武力攻撃に反撃を加えるとか、などである。

 安倍首相は2017年には「新憲法の施行を2020年としたい」と説いた。

 また憲法第9条に自衛隊の法的根拠規定を追加することを提案し、憲法学者から「(首相に)憲法を改正する資格はない」、「総理大臣が最も憲法を順守していない」などの非難を受けた。しかし首相はまた2020年5月に憲法に緊急事態条項を加える必要性を説いた。

 同時に安倍首相は2015年4月29日の米議会演説で日米同盟の重要性を力説し、好評を得た。また「自由で開かれたインド太平洋」という表現を創り、同盟国および友好国との連携を重視した。さらにNATO(北大西洋条約機構)、英仏独などとの軍事協力、日米豪印(QUAD)との政治協力などを促進した。ただ中韓との関係は思うように進まなかった。

 

岸田政権と自衛隊の反撃能力

 

 2021年10月に誕生した岸田文雄政権は、専守防衛の定義をより広く解釈して、日本には防御的な反撃能力をもつ権利があるとした。こうして日本は2022年末の「安全保障3文書」の採択と併せて、より効果的な防衛を保持することが出来るとの立場を採った。そして自衛隊が自衛のための反撃能力を持つことを憲法上認めることとした。

 その際、重要なのは敵国が長距離弾道ミサイルで日本を攻撃する場合は発射直前に日本が自国の長距離弾道ミサイルで敵のミサイル基地を攻撃できることである。敵の発射予定を見極めての発射直前のミサイル基地攻撃は先制攻撃ではない。それは防御的攻撃であるとされる。自衛隊は米軍とともに反撃能力を発揮すれば、日米同盟における日本の役割を強化することになる。また日本は反撃能力を持つことで、台湾有事などで中国軍の南西諸島(沖縄諸島)への攻撃を抑止することが出来る。

 

抑止戦略と民主主義を守る気概

 

 日本の効果的な外交は効果的な防衛力による支えが必要である。日本は今後中国、ロシア、北朝鮮などとの関係が一層困難になることを想定して効果的な防衛力を発揮できるよう努力すべきである。日本は台湾有事などこれまでとは異なる対応をすることが出来る。

 集団的自衛権の行使容認を「自由で開かれたインド太平洋」に適用し、それによって共通の脅威を抑止することが出来る。日本の反撃能力は抑止戦略の慎重な一部でなくてはならない。そうすることで、反撃行動は憲法第9条が容認する専守防衛の制約を受けた行為となる。

 日本は抑制された反撃能力を持つことで日米同盟を強化することになる。それと併せて、自由陣営の1リーダー国として、G7の強化、自由で開かれたインド太平洋の活性化、それにグローバル・サウスの民主主義を指向する国々との連携などと取り組む国民の気概が不可欠である。

 


《かわの かつとし》

1954年、北海道生まれ。防衛大学校を1977年に卒業し、海上自衛隊に入隊。護衛艦隊司令官、統合幕僚副長、自衛艦隊司令官、海上幕僚長を歴任。2014年に第5代統合幕僚長に就任。2019年4月、退官。2020年9月に『統合幕僚長 我がリーダーの心得』(ワック)を出版。

防衛力強化に向けて迅速な対応を

前統合幕僚長 河野 克俊 氏

週刊「世界と日本」2022年11月7日 第2232号より

 

 ウクライナ戦争は、長期化の様相を呈してきたが、この戦争が世界の安全保障に一大転機をもたらしたことは確かであり、当然のことながら日本の安全保障にも大きく影響することになった。

 

 すなわち、ウクライナ戦争は、戦後世界の人々が信じて疑わなかった安全保障の二つのスキームを大きく突き崩すことになった。

 第一は戦後の核管理を支えてきたNPT体制つまり核不拡散条約体制の実質的な崩壊である。NPTは、核軍縮を目的に1968年に国連総会で採択され、1970年に発効した。190カ国が加盟しているが、インド、パキスタン、イスラエルは未加盟であり、北朝鮮も脱退を表明してから核開発を進めている。その意味で、NPT体制は世界の規範として今まで機能してきたことは間違いない。

 端的に言えば、NPT体制は米国、中国、イギリス、フランスそしてロシアの5カ国以外の核兵器の保有を禁止する条約である。つまり5カ国に核の保有・管理は全面的に委ねて核兵器の拡散を防ごうとするものであるが、その前提は、核保有国である5カ国は、言わば「大人で分別がある立派な国」ということだ。少なくとも世界がそれを信じないことにはこの話は前に進まないのである。元々変な話ではあるが、建前はそういうものだ。したがって、5大国以外の国々は核を持たなくても安心して下さいということになる。ところが今回のロシアによるウクライナ侵略は、少なくともロシアは「大人で分別がある立派な国」でないことを白日の下にさらすことになった。

 これはNPT体制が想定していなかったことであり、NPT体制に風穴が開いたことを意味している。つまりウクライナ戦争を契機に核拡散の可能性が出てきたということである。これは日本の安全保障にも当然のことながら大きく影響することになる。ウクライナ戦争は北朝鮮の核保有に正当性を与えてしまったからだ。残念ながら北朝鮮の非核化の可能性は限りなくゼロになった。

 その結果、日本は、中国、ロシア、北朝鮮という核を保有する専制国家に取り囲まれるという世界で最も厳しい戦略環境の中に立たされることになった。この現実を前提に我が国は今後の防衛戦略を練り直す必要がある。

 第二は、核戦争の可能性を考慮し軍事的に動かない米国を世界は初めて見たということである。

 ここで1991年の湾岸戦争を想起してほしい。この戦争は当時のイラクのサダム・フセイン大統領が隣国クェートを侵略したことにより生起した。この時は当時のブッシュ大統領(父)は、「これを放置すれば、冷戦後の国際秩序は崩壊する」として米軍を中心に約30カ国で多国籍軍を編成し、1カ月でイラク軍をクェートから放逐した。

 しかし、ウクライナの場合、米国のバイデン大統領は、早々に軍事介入はせず、厳しい経済制裁で対応することを宣言した。何がこの違いをもたらしたのか?それはロシアが核大国だからである。米国がウクライナに軍事介入すれば、ロシアと直接ぶつかることになり、核戦争へエスカレーションする可能性があるため軍事介入しなかったのだ。

 台湾海峡、尖閣諸島問題を抱える我が国の最大の脅威は中国だが、中国はロシア同様NPT体制を支える核大国である。我が国は、核抑止を米国の「核の傘」に全面的に依存しているが、我が国の場合、核の脅威にさらされた時に米国は「核の傘」をかけてくれる「はず」だなのだ。どこにも明文の規定はなく、念書もない。あくまで日米の信頼関係に頼っているのである。

 要約すれば我が国を巡る戦略環境は、ウクライナ戦争により大きく変化したと言える。

 第一は、今後の世界においては、核拡散の可能性が出てきたということである。少なくとも北朝鮮の核廃棄は望めなくなった。

 第二は、「核の傘」を提供してくれるはずの米国が、ウクライナ戦争では核戦争を考慮し軍事的に動かなかった。それを日本も見てしまった。この記憶をもはや消し去ることはできない。

 第三は、米ソ対決を軸とした冷戦時代の世界の安全保障の最前線はヨーロッパ、とりわけ「ベルリンの壁」を挟んだラインであった。すなわち西ドイツが西側の最前線に立っていたわけであるが、今後の安全保障の対立軸は米中となったことから、日本は世界の安全保障の最前線に立ってしまったのである。アジアではNATOのような集団的自衛権のネットワークは存在しない。少なくとも米中対立を日本は我がこととして捉える必要があるということだ。

 今後の米中対立を想定した場合、主たる戦いの場は太平洋ということになる。

 米国との対立、対決が予想される中国としては、少なくともいわゆる第一列島線の内側、具体的には日本海、東シナ海及び南シナ海は、有事の際は聖域化することが必要と考えている。これがA2/AD(接近阻止・領域拒否)と言われるものである。中国にとっては、この構想を完成させるために障害となっているものが3つ存在している。それは、香港、台湾そして尖閣諸島である。香港は1997年に「一国二制度50年」の約束で英国から香港に返還されたが、米国と対決しなければならない中国にとって、何かあったら反中国政府の立場から騒ぎ立てる香港を許容できるはずがない。その結果、2020年国家安全維持法を制定し、自由な香港を潰した。残るは台湾と尖閣諸島である。その意味で尖閣諸島を含めた台湾の併合は中国にとって「中国の夢」という位置付けでなく、まさに対米戦略上不可欠な課題なのである。

 第20回共産党大会においても習近平総書記は台湾の軍事的併合の可能性について今まで以上に強調している。したがって、この問題はそうそう悠長に構えていられる話でないことは確かである。

 日本は今や世界の安全保障の第1戦線に立ったのである。このような厳しい安全保障環境を考慮すれば、防衛力強化も従来の延長線上の議論では追い付かない。防衛費は、政治の意思としてGDP比2%の実現を掲げてほしい。核の問題も含め、我が国の国民、国土を守るためには、もはやタブーはない。

 


《むらい ともひで》

1949年奈良県生まれ。東京大学大学院国際関係論修了。米国ワシントン大学国際問題研究所研究員、防衛大学校国際関係学科教授、東京国際大学国際戦略研究所教授を経て現職。平和安全保障研究所理事、国際安全保障学会理事。著書は『日中危機の本質』(2021年)など多数。

日本は正義の戦争ができるか

東京国際大学特命教授 防衛大学校名誉教授 村井 友秀 氏

週刊「世界と日本」2022年10月3日 第2230号より

国際関係の正義

 現在の国際関係の基本はその地域の住民の意志が尊重されることである(民族自決)。台湾問題は台湾に住む人の意志が尊重されることが正義である。これが中台関係の基本である。台湾の世論調査を見る限り、独立または永遠に現状維持を望む台湾人は過半数を超えている。台湾人の望みは独立とみるべきである。

 日本政府が国際関係の正義を尊重するのならば、台湾の独立を支持することが正義である。中国の暴力によって、台湾人の望みが押し潰されることがないように努力することが国際関係の正義である。

 日本は正義のために何をすべきか。日本の正義を実行できる力を持つことである。日本の正義は日本の民族自決である。今、日本は領土問題で中国と対立している。正義を実行するためには中国の侵略を防ぐ軍事力を持つことが必要である。日本の軍拡は日本の正義であり、国際関係の正義である。

 

ウクライナの抵抗力

 ウクライナがこれほど侵略に抵抗し、NATOがこれほど団結してウクライナを支援することを戦争前にプーチン大統領が認識していれば、「特別軍事作戦」の判断に影響を与えたと思われる。ウクライナの失敗は、戦争前にウクライナとNATOの覚悟と力を十分にロシアに認識させることが出来なかったということである。

 日本にとって戦争を抑止するために必要なことは、ウクライナの失敗を繰り返さないことだ。外国の援助は外国が決めるが、日本の抵抗は日本が決める。日本に出来ることは、日本が侵略に抵抗する決意と能力を持っていることを、明確に敵に示すことである。

 ロシアの10倍の経済力を持つ経済大国中国は経済制裁を恐れないだろう。しかし、国民の同意ではなく国民を強制することによって政権を維持している中国共産党にとって、中国共産党を支える強制力の中核である軍隊が大きく傷つくことは避けたいだろう。中国に対しては軍事力による抵抗がキーポイントになる。

 したがって、日本も世界の経済制裁に頼るより自国の軍事的抵抗力強化に努めるべきである。

 

抑止のポイント

 日本にとって抑止のキーポイントは、侵略に抵抗する覚悟を明示して、敵が簡単に勝てないことを証明することである。

 例えば、冷戦時代のフランスの抑止戦略は、ソ連の攻撃を受けた場合、核兵器による攻撃によってフランスの国力の90%は破壊される、しかし、フランスの原子力潜水艦による核報復攻撃によってソ連も国力の15%を破壊されるだろう、15%の破壊はソ連にとって耐えられる限度を超えるだろう、ソ連がフランスを攻撃すればフランスは死ぬが、ソ連も耐え難い損害を被ることになる、というものであった。合理的に考える敵なら敢えてそのようなリスクを冒さないだろう、という考え方である。

 日本の場合も同様であろう。日本の敵に耐えがたい損害を与えることが保証されれば、敢えて日本を攻撃する合理的な敵はいないだろう。フランスの場合は、敵に耐えがたい損害を与えることを保証する兵器は核兵器だと考えて核兵器を配備していた。日本の場合も核兵器で同様の保証を得ることは可能であるが、必ずしも核兵器である必要はない。現代の米ロの戦略でも、従来核兵器が担当していた戦略を、精密誘導される通常兵器が担当するようになっている。日本の選択肢も増えている。

 

日本の非常識

 ウクライナ戦争で日本人が学んだことは、悪・侵略に抵抗しないことは悪・不正義である、悪に対しては命を懸けて抵抗することが正義である、これが世界の常識であるということだ。日本で多くの政治家、ジャーナリスト、学者が主張していた「侵略されたらすぐ降伏して命乞いをする」のは不正義だということである。

 日本の左派は、自衛隊は創立以来一人の敵も殺さず、一人の戦死者も出ていない、憲法9条のおかげである、と主張する。左派の主張が証明しているのは、自衛隊には実戦経験がないという事実である。日本の左派は良いことだと考えているようだが、世界の常識では、実戦経験がないということは信頼できない軍隊だということである。

 現代の日本では、反戦すなわち無抵抗主義が正義であるという世界の非常識が蔓延していたが、ウクライナ戦争に対する世界の反応が、日本人の常識に大きなショックを与えた。日本人の戦争観には世界の非常識が多い。現代日本人の戦争イメージは、民間人とは無関係に正規軍同士がリングの中で正々堂々と戦うミッドウェー海戦や硫黄島の戦闘(一種のスポーツ)、または、多数の市民が犠牲になる原爆、東京大空襲(戦争で犠牲になるのは何時も弱い市民)であり、市民が侵略者と戦うイメージはない。日本人は、市民が侵略者と戦う戦争が近代の戦争の主流であることを認識する必要がある。欧州人の戦争観は、独ソ戦でドイツ軍に両親を殺された12歳のロシア人少年の戦いを描いた映画「ぼくの村は戦場だった」(1962年)のイメージであろう。

 日本人が、戦争になっても自分は関係ない、自分はすぐ降伏するから死なないと思っていても、実際の戦争になれば全く違う事態、すなわち自分がここで戦わなければ自分も家族も死ぬという状況に直面することになる。その時に日本人はどうするのか。ウクライナ戦争はその現実を日本人の前に示して見せた。

 戦争とは、「戦友は助けよ。自身は死すべし」ということである。生存本能をもつ人間が、「自身は死すべし」を可能にするには、「戦闘意欲を最も昂進させる要因は、イデオロギーや対敵感情ではなく、部隊を構成する兵士の間に培われた家族同然の精神的連帯感(primary group tie)である」(S.L.Marshal)、ということである。すなわち、国民の間に国民全体を家族と感じる愛国心が広がれば、国民(家族)のために「自身は死すべし」が可能になるだろう。

 


《えざき みちお》

1962年、東京都生まれ。九州大学卒業後、国会議員政策スタッフなどを経て2016年夏から評論活動を開始。主な研究テーマは近現代史、外交・安全保障、インテリジェンスなど。産経新聞「正論」執筆メンバー。2020年、フジサンケイグループ第20回正論新風賞を受賞。主な著書に『緒方竹虎と日本のインテリジェンス』(PHP新書)など。

日本を取り巻く戦略環境を考える

評論家 江崎 道朗 氏

週刊「世界と日本」2022年8月1日 第2226号より

 

 我々はいま、核の脅しを使って力による現状変更を試みる三つの国、中国、ロシア、北朝鮮と対峙している。その三つのなかで最大の脅威は中国だ。2017年秋、アメリカで安全保障について議論をした際に米軍関係者から次のように指摘された。

 「われわれは現在、二つの大きな脅威に直面している。短期的には北朝鮮。長期的には中国が自国の利益を確保するために軍事力を使おうとしていることだ。北朝鮮の脅威は軍事だけで、経済力がないため、中国に比べればそれほど難しくない。

 この北朝鮮の問題を混乱させているのがロシアだ。ウクライナ問題でもロシアは事態を混乱させる方向で動いている。

 中国は経済力をもっているため、軍事は重要だが、外交、インテリジェンス、経済などの分野でも中国を抑止していくことが重要だ」

 この指摘で重要なことは、中国とロシアと北朝鮮は連動しており、最大の脅威は中国であるということと、経済力がある中国に対しては軍事だけでなく、外交、インテリジェンス、経済面での対策も必要だと米軍関係者は考えているということだ。要は外交、インテリジェンス、軍事、経済面で同志国との国際的な連携を強化することが中国を抑止するためには重要だということだ。

 Diplomacy(外交)、Intelligence(インテリジェンス)、Military(軍事)、Economy(経済)の四つを組み合わせて国家安全保障戦略を考えることをその頭文字をとって「DIME」と呼ぶ。このDIMEに基づいて日本が独自の国家安全保障戦略を策定したのは第二次安倍政権の2013年12月のことだ。それまで日本は省庁縦割りで、外交、インテリジェンス、軍事、経済はバラバラで、戦略的な対外政策を打ち出したことはなかった。

 しかし第二次安倍政権以降、日本は戦略的な動きを始めた。国家安全保障戦略のもと、特定秘密保護法や集団的自衛権の行使を可能とする平和安保法制を制定して、インテリジェンスと軍事、経済面においてもアメリカ、オーストラリア、インドと「クアッド(Quad)」という名の戦略的枠組みを構築しつつある。また、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想を打ち出し、ASEAN諸国だけでなく、カナダ、ニュージーランド、イギリス、フランス、オランダ、そしてNATO(北大西洋条約機構)など引き込むことで、中国に対峙する国際ネットワークを形成してきた。

 準軍事協力関係を意味するACSA(物品役務相互提供協定)もすでに、米、豪、英、仏、加、印の6カ国と締結している。日本の同志国はアメリカだけではなくなっているのだ。現に昨年10月には、沖縄南西海空域で海上自衛隊の護衛艦「いせ」「きりしま」「やまぎり」が米空母「カール・ヴィンソン」「ロナルド・レーガン」、英空母打撃群の「クイーン・エリザベス」の三つの空母と、オランダ、カナダ、ニュージーランドの各国海軍艦艇が結集し、6カ国による共同訓練を行った。

 ところが、ロシアによるウクライナ戦争の影響でこの対中戦略に翳りが見えていた。

 ロシアによるウクライナ侵略を受けて今年3月1日、J・バイデン米大統領は一般教書演説において、国内問題とウクライナ問題ばかりに言及し、「中国」「インド太平洋」についてはほとんど触れなかったばかりか、これからロシア・ウクライナ問題に注力すると明言して、対中戦略を軽視するかのようなメッセージを中国側に送ってしまった。しかもNATOや欧州の国々もウクライナ問題に専念しなければならない状況が続くことになれば、インド太平洋方面に空母などを派遣する余裕はなくなる。つまり、中国と真剣に対峙する国は、日豪両国と台湾ぐらいになってしまう。

 そこで岸田政権は巻き返しを始めた。5月23日、日米首脳会談の共同声明では「欧州で進行中の危機のいかんにかかわらず、両首脳は、インド太平洋がグローバルな平和、安全及び繁栄にとって極めて重要な地域であり、ルールに基づく国際秩序に対する高まる戦略的挑戦に直面していることを改めて確認」し、日米が連携して対中抑止に取り組むことを明言した。

 次いで参議院選挙中にもかかわらず、スペインを訪問した岸田文雄総理は6月29日、NATO首脳会合に出席したが、これも極めて戦略的だ。

 NATOはそれまでロシア宥和(ゆうわ)派のドイツ、フランスと、ロシア警戒派のポーランドやバルト三国などとが対立し、機能不全に陥っていた。特にドイツの親ロ政策は酷く、D・トランプ前米大統領も呆れるほどであった。

 ところが、ロシアのウクライナ侵略をきっかけにロシアの脅威に対峙するという線で、実にソ連崩壊以来20数年ぶりに結束したのだ。NATO再結束という歴史的な会合に日本もわざわざ呼ばれたことは大きな成果だ。岸田政権がロシアへの制裁について明確な態度を示していなければ呼ばれなかったはずだ。

 NATOは今回、ロシアに対峙する戦略を定めたわけだが、それは言い換えると、ロシア問題に専念する、インド太平洋方面については二の次にする、ということになりかねなかった。

 しかし安倍政権以来、日本は「ロシアと中国は連携しているのだからNATOと日本も連携すべきだ」と働きかけ続けてきた結果、今回、NATOは「欧州とインド太平洋の安全保障が切り離せない」として中国への警戒に言及し、引き続き「自由で開かれたインド太平洋」実現に協力することを明記したのだ。

 実はバイデン政権やNATOのロシア・シフトに対して、これまで対中強硬姿勢をとってきたアメリカの政治家や「中国を最も重要な戦略的競争相手と位置づけている」米国防総省は危機感を募らせていて、これら対中強硬派と連携して岸田政権は見事に巻き返しに成功したわけだ。

 中国、ロシア、北朝鮮の軍事的台頭とその脅威は強まるばかりだ。

 だからこそ日本は日本単独で対峙するのではなく、日米豪印戦略対話(クアッド)を強化すると共に、自由で開かれたインド太平洋構想のもと、ASEAN諸国やNATOと連携を強めてきた。いまやアメリカだけが同志国ではないことを自覚したいものである。

 


《やまだ よしひこ》

1962年千葉県生まれ。学習院大学経済学部卒業、埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。専門は海洋安全保障など。2008年東海大学海洋学部教授、14年には、海洋問題の研究により第15回正論新風賞を受賞。『日本の海が盗まれる』(文春新書)など著書多数。現在、東海大学静岡キャンパス長・学長補佐、海洋学部教授。

遠い他国の話ではない「国家の主権」を守ること

尖閣海洋調査から日本の果たすべき役割を考える

東海大学海洋学部教授 山田 吉彦 氏

週刊「世界と日本」2022年4月4日 第2218号より

 

 日本はロシアに北方領土を実効支配され、竹島を韓国に奪われ、「国家の主権」が侵蝕されている。しかし、国土の四方を海に囲まれた日本の多くの国民は、主権について考えることが無い。

 ロシアによるウクライナ侵攻は、大国が隣国の国家の主権を脅かし、領土を侵食、そして国民の命が奪われることが実際に起こり得ることを知らしめた。ウクライナで起こっていることは、遠い他国の話ではないことに気付いた日本人も多い。

 そして、隣国の侵略の脅威は、尖閣諸島(沖縄県石垣市)で現実の起きている問題なのだ。

 2021年、尖閣諸島海域に中国海警局の警備船(中国海警船)は、荒天時以外、ほぼ毎日のように姿を現している。あたかも尖閣諸島を管理しているのは中国政府であるかのように振る舞い、その様子を、メディアを通して世界中に発信している。しかし実際の尖閣諸島海域では、日本の海上保安庁が厳戒態勢で中国海警船の行動を規制している。残念ながら、その姿が日本国民に伝えられることは少ない。

 2022年1月31日、石垣市の中山義隆市長は、市長として初めて尖閣諸島の調査を行った。尖閣諸島は紛れもない日本固有の領土であり、沖縄県石垣市の行政区域内にある。しかし、政府は、尖閣諸島の政府関係者以外の上陸を禁じ、石垣市による行政調査さえ拒み続けている。その理由は、尖閣諸島の領有権を強硬に主張する中国を刺激しないためだと言われている。

 石垣市は、「石垣市海洋基本計画」を策定し、海洋利用と海洋環境保全の両立を目指している。その中に尖閣諸島に関しても記載されている。尖閣諸島を管理することは、市民生活の安全を守るとともに、島と周辺海域の貴重な生態系を維持することにつながる。

 2015年、国連サミットでSDGs(持続可能な開発目標)が採択されて以降、石垣市においてもSDGsに係る行政施策が求められていた。今回の石垣市海域状況調査は、SDGs14「海の豊かさを守ろう」に従い計画された。さらに、周辺海域は、高級魚の獲れる漁場であり、漁業者からは出漁の安全のため、通信施設や待避施設の設置を求める声も強い。今回の調査は、海洋環境保全と漁場の保護と小規模漁業の支援が目的であり、尖閣諸島を調査し、状況を把握し市政に反映したいと考えていた。

 石垣市は、国際航行が可能な調査船「望星丸」(2174トン)を持つ東海大学に海洋調査を委託し、尖閣諸島を含む石垣市海域の海洋調査を実施した。2012年に東京都の石原慎太郎知事が、尖閣諸島購入を計画し、その一環として東京都が行って以来、10年ぶりの行政機関による海洋調査であった。

 2月1日にこの世を去った石原慎太郎氏は、日本を愛し国家の主権に対する強い思いを持っていた。海洋国家日本にとって、管轄海域の起点となる国境の島は、主権を守る最前線である。他国の侵入に目を光らせるとともに、島の実効支配体制を維持しなければならない。石原氏は、尖閣諸島と縁が深く、1978年、現在の魚釣島灯台の前身となる灯台建設に関与した。2012年には、「尖閣諸島は東京都が買い、東京都が守る」と発言した。東京都は、尖閣諸島を購入するための寄付金を募り、14億円以上集まった。そして、同年9月、尖閣諸島の海洋調査に着手したのだ。不思議な縁である。1月31日、東京都が実施して以来、10年間閉ざされていた尖閣諸島海域の調査が行われた。その翌日、石原氏は息を引き取ったのである。

 今回の調査が検討され始めたのは昨年5月。以降、実現性を考え、具体的な計画を煮詰め政府に提案していた。9月、政府関係者から、石垣市が主体となり、国内法と国際条約に抵触しない調査であれば、政府は止めることはできないと消極的ながら了承を得ることができた。

 今回の調査に当たり最も注意を要したのは、中国海警船による妨害である。中国海警船による実力行為により調査団、調査船が危険な状態になることは避けなければならない。また、中国海警船により、行動を阻害され、排除されるようなことがあっては、日本の施政下にあることを否定されかねない。外部に調査計画が漏れないように情報管理を徹底した。その結果、中国側は調査を把握していなかったようだ。

 1月31日、調査船が尖閣海域に接近した時に現れた中国海警船は2隻、中国の新年行事を行う春節の期間であり、通常の半分の数だった。警備する海上保安庁は、5隻の巡視船により、調査船が航行する海域を警備し、さらに、魚釣島沿岸には3隻の巡視船が待機し、ゾーンディフェンス体制が敷かれていた。海保の厳戒警備により中国海警船は、調査船に近付くことさえできなかった。また、日の出の時間には、上空を海上自衛隊の哨戒機が飛行し、付近の海域の情報が海上保安庁と海上自衛隊で共有された。海保、海自の連携した尖閣警備が行われているのである。

 海上保安庁は、中国海警船に対しては、優位に警備行動が執れる。しかし、海上民兵を乗せた小型船が大挙して押し寄せた場合、対応に苦慮するであろう。やはり、島を守るためには、陸上に拠点を形成しなければならない。まずは、尖閣諸島に公務員を常駐させ、管理体制を構築することである。

 太平洋戦争末期、魚釣島近海で疎開船が米軍の攻撃を受け、この島に流れ着いた。この時、数人の方が亡くなり、遺体は魚釣島に埋められている。石垣市では、遺骨収集と慰霊行事を行いたい意向だが、政府の許可を得ることができない。

 今回の調査により、魚釣島の周辺には、漂流ゴミも多く、また、土壌の崩落も進んでいる。政府に対しては、海洋調査だけではなく、人道的見地、環境保全の立場から尖閣諸島へ上陸しての調査を行う許可を求めたい。

 アジアの平和のためには、中国とロシアの連携にも注視しながら、台湾問題も意識し、国際社会の中で、日本の主権を明確にすべきである。世界が混とんとしている今が、日本が主権を守るために、行動を起こすべき時期であると考える。

 


《あさの かずお》

1959年東京生まれ、82年慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了、法学博士。中部女子短期大学、関東学園法学部を経て、2003年平成国際大学法学部教授、同大学院法学研究科長。日本法政学会理事・事務局長、日本地域政治学会代表。日本李登輝友の会常務理事。日台関係研究会理事・事務局長。著書に『台湾と日米同盟』、『日台運命共同体』など多数。

台湾と日米同盟

 2019年10月、台湾の蔡英文総統は、「中国は権威主義体制で民族主義と経済力を結びつけ、自由民主の価値と世界秩序に挑戦している。だからこそ、インド太平洋戦略の一角に位置する台湾は民主の価値を守る最初の防衛ラインとなる」と宣言した。蔡総統の現状認識は明快であり、ここから台湾と日米同盟の役割がくっきりと浮かび上がる。

平成国際大学法学部教授

同大学院法学研究科長 浅野 和生 氏

週刊「世界と日本」2022年3月14日 第2217号より

 中華人民共和国は、憲法前文においてマルクス・レーニン主義と毛沢東思想、鄧小平理論に加えて、習近平の中国の特色をもった社会主義を正統思想として掲げている。

 さらに第一条では、中国は人民民主専制の社会主義国家であり、中国共産党による指導が中国の特色ある社会主義の本質であると宣言し、いかなる組織も個人もこの社会主義制度を破壊することは許されない、と明言している。

 つまり中国は、中華思想と皇帝専制の歴史を引き継いでいるだけはなく、中国共産党独裁を国是とし、上記思想のみを許容するイデオロギー国家である。中国については、この事実を軽視すると判断を誤ることになる。中国は、自由、民主と法の支配を尊重する日本やアメリカ、台湾とは価値観において根本的に異なっている。だからこそ習近平政権の現状変更の試みに対抗して、価値観を共有する日米台は手を携えて「自由で開かれたインド太平洋」の維持に努めなければならないのである。

 また、習近平主席は、昨年7月1日の中国共産党創設100年記念式典、10月9日の辛亥革命110周年式典などの重要演説において、台湾併合による「祖国完全統一」を繰り返し明言している。

 しかし中国のゴールは、さらに進んで21世紀半ばまでに軍事強国となり、世界覇権国になることである。その手始めとして、日本列島から南西諸島、台湾を経てフィリピンに至るいわゆる第一列島線までを中国の海にしようとしているのである。

 こうして中国が東シナ海と南シナ海を中国の海にしようとするとき、その結節点に位置するのが台湾でありその北東に隣接するのが尖閣諸島である。

 だからこそ、2020年の秋頃から中国軍の戦闘機、爆撃機などが台湾の防空識別圏を頻繁に侵すようになったのであり、その数は昨年10月の最初の5日間には150機に達した。一方、尖閣諸島海域では、中国公船が我が物顔に航行している。今年に入ってからは、今日まで中国公船が接続水域に入らなかった日は一日もない。中国は従来から、台湾、尖閣諸島の領有権を主張してきたが、今や実力行使に出ているのである。

 また、筆者は去る2月14日に日本最西端の与那国島を訪ね、糸数健一町長から話を聞く機会を得たが、人口1650人余りの与那国島における島民の生活の安定と、将来にわたる人口の維持は、離島振興問題ではない。日本の国土の維持、安全保障問題そのものである。

 実は、与那国島を通る東経123度線が日台の防空識別圏の境界線とされている。このため、島の東側3分の1は日本の、西側3分の2は台湾の防空識別圏に含まれる。

 したがって、万一台湾が中国の支配下に入れば、与那国島は111キロの至近距離で中国と対峙するばかりでなく、島の3分の2が中国の防空識別圏に入ることになる。

 さて、現在、与那国島には150人余りの自衛隊が配備されているが、これは沿岸監視隊であって対敵攻撃力はない。石垣島にはミサイル部隊が配備されるが、今日まだ基地は建設中である。そして、与那国島から沖縄本島まではるか520キロの距離がある一方、台湾までは111キロであり、石垣島から沖縄本島まで410キロあるが、台湾とは270キロである。その台湾を中国が占拠すれば、中国軍がそこまでやってくる。

 あるいは尖閣諸島を中国が奪取して恒久施設を建設すれば、南西諸島と台湾の間に中国がくさびを打ち込むことになる。

 これに対して、トランプ政権以後のアメリカは、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を国防・安全保障の基本としている。昨年1月5日、政権交代を目前に控えたトランプ政権のオブライエン国務長官は、「インド太平洋戦略枠組み(U.S. Strategic  Framework  for  the  Indo-Pacific)」の機密指定を解除した。それによると、日本は「インド太平洋安全保障体制の柱(Pillar  of  the  Indo-Pacific  security  architecture.)」として最重要の同盟国に位置付けられ、台湾はパートナーとして重視されている。

 それから間もない1月20日、共和党から民主党へと政権が交代すると、バイデン政権はこの戦略を継承した。こうして、昨年4月の日米首脳会談でも、6月のG7サミットでも、「自由で開かれたインド太平洋」の維持が謳われ、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促す」ことが首脳宣言に書き込まれた。

 また4月の日米首脳会談で日本は、防衛力強化の決意を示したが、これについて岸信夫防衛大臣は宇宙やサイバーなど、すべての領域で防衛力を強化し、日米同盟における日本の役割を拡大していく考えを示した。

 他方、アメリカは蔡英文政権の台湾に、改良型のF16その他兵器の売却を進め、台湾軍の訓練支援のために米国軍人を派遣している。

 台湾支援の根拠として、米国には、台湾関係法その他、米台関係強化の根拠となる法が整備されている。しかし残念ながら、日台間に公式の安全保障協力関係は存在しない。

 幸い、昨年8月28日に、自民党政調会の佐藤正久外交部会長と、大塚拓防衛部会長が、台湾・蔡英文政権与党の民進党の外交、防衛担当議員との間で与党間2プラス2対話を実現させた。これ以後、与党間対話が継続的に実施されている。これを活用して、今年中に改定が予定されている国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛計画の戦略3文書の見直しに際して、日台与党間の意思疎通や合意事項を反映させることが望まれる。

 しかし、中国の軍事行動による台湾有事、尖閣奪取に備えるためには、与党間対話を日台政府間の安全保障協力へと格上げしなければならない。これによって、米台関係の強化と合わせて、日米台の安全保障協力体制の構築へと歩を進めるべきである。

 

 


《はまぐち かずひさ》

1968年熊本県菊池市生まれ。防衛大学校材料物性工学科卒。日本大学大学院総合社会情報研究科博士前期課程修了。陸上自衛隊、日本政策研究センター研究員、栃木市首席政策監を経て、現職の他に一般財団法人防災教育推進協会常務理事・事務局長、ニューレジリエンスフォーラム事務局長などを務める。

災害の日常化と生命を守る行動力

拓殖大学大学院地方政治行政研究科特任教授

同大学防災教育研究センター長 濱口 和久 氏

週刊「世界と日本」2022年3月1日 第2216号より

災害との闘い

 

 平成の時代は歴史の教科書に載るような災害が多発した。令和の時代に入っても甚大な災害が続いている。新型コロナウイルスの感染も未だ収束する気配はない。

 首都直下地震や南海トラフ巨大地震、富士山の噴火のような国難級の災害が起きる可能性も高まっている。大型台風や大雨による洪水や土砂災害も心配だ。

 日本は世界的に見ても災害の起きる頻度の高い国である。「備えあれば憂いなし」の精神で個人から国レベルまで、それぞれの立場で事前対策を怠るべきではない。

 東日本大震災では災害が起こる前にしっかりと対策を講じることで、何も対策を講じていないときに比べて、その後の復旧・復興コストが安くなり、被災者の生活再建がスムーズに進むことが証明されている。

 

自衛隊は「便利屋」ではない

 

 令和元(2019)年9月の台風15号の襲来によって、千葉県内では多くの住宅の屋根が吹き飛ぶ被害が出たため、自衛隊は災害派遣要請に基づき、ブルーシートで屋根を覆う作業を行った。

 自衛隊は「便利屋」ではない。果たしてこんなことまで自衛隊が行う必要があるのか。

 自衛隊の第一の任務は「国防」である。自衛隊の災害派遣は「緊急性」「公共性」「非代替性」の3要件が求められる。自衛隊は災害派遣の要請があれば、国民のために一生懸命に働くことを厭わない組織であり、隊員たちも国民の期待に応えるために活動している。

 だからといって、自治体は過度に自衛隊の災害派遣に依存するのではなく、住民で構成される自主防災組織や、阪神・淡路大震災の教訓から始まったNPO法人日本防災士機構が認証する民間資格「防災士」を持った住民を積極的に活用する体制を日頃から構築しておくべきだ。

 防災士の資格を持った住民の災害対応レベルには個人差があるものの、今年1月末現在で全国に22万2730人いる。消防官よりも多く、自衛官に迫る人数である。特に公費(税金)で防災士を養成している自治体は、彼らを災害対応に従事させるべきである。その他の住民も災害対応に無関心でいるのではなく、地域の安全は自分たちで守るという自覚を持って行動するべきだろう。

 繰り返しになるが、自衛隊の「主たる任務」は自衛隊法第3条第1項に規定されている「国防」であり、災害派遣は同法第3条第2項の主たる任務に支障ない範囲で行われる「従たる任務」にあたる。

 自衛隊の第一の任務が国防であるということを私たち国民は忘れるべきではない。

 

地域の災害リスクを知る

 

 地域の災害リスクを知る手段としては、自分の暮らす自治体が作成するハザードマップがある。このマップはインターネットでの閲覧や市役所などの窓口に行けば無料で貰える。

 一般に「災害予測地図」とか「防災地図」と訳され、起こる可能性がある災害を予め知らせることと、被害を防ぐために何をすべきかを伝えることの2つの機能を持っている。

 日本で本格的にハザードマップが作成されるようになったのは、阪神・淡路大震災がきっかけだ。

 そして、東日本大震災を経て身近な防災対策のツールとして活用されるようになったが、実際に見たことがある人はまだまだまだ少ない。

 では、ハザードマップは地域の災害リスクを知る手段として完璧なツールなのかと言えば、そうではない。あくまでもシミュレーションであり、予測を超える災害が起きる可能性があるからだ。

 東日本大震災ではハザードマップの浸水想定を超えて津波が押し寄せ、犠牲者が出た地域が数多くあった。ハザードマップを百パーセント信用するのは危険だが、判断材料にはなる。自助の防災対策に役立てることも可能だ。

 また、ハザードマップでは自宅から避難所へ向かう途中の道路の細かい危険情報(マンホールの場所、側溝の幅、段差の道など)は表示されていない。地震のときにブロック塀が倒れてきそうな場所や、看板・窓ガラスの破片が上から落ちてくる可能性がある場所などを「平時」に確認しておこう。

 自分の目と足で正確に危険個所を把握し、勝手な思い込みをなくすことが、地域で起こる災害リスクから自分や家族の生命を守ることにも繋がる。

 

早めの避難を心掛ける

 

 全国には「土砂災害警戒区域」が約36万カ所ある。近年、大雨が原因の土砂災害が増加している。加えて、梅雨の時期になると、線状降水帯がたびたび形成され、各地で河川の氾濫や市街地の浸水が起きている。

 土砂災害と同様に河川の氾濫や浸水による避難の遅れも被害を拡大する要因となる場合がある。

 平成30(2018)年7月の西日本豪雨や、令和2(2020)年7月の九州南部豪雨の被害は記憶に新しいところだ。

 昨年5月の災害対策基本法の一部改正により、災害時における円滑かつ迅速な避難の確保のため、避難勧告と避難指示が「避難指示」に一本化された。避難指示は気象庁が発表する土砂災害警戒情報などに基づいて、市区町村の判断で出すことになっている。

 本来避難すべきタイミングで避難せず、逃げ遅れにより犠牲になる人が後を絶たず、また避難勧告と避難指示の違いが十分に理解されていないという現状を踏まえての改正だったが、未だに避難指示の意味が住民に理解されていない。

 行政サイドも避難指示に一本化されたことで、昨年7月に起きた静岡県熱海市の土石流災害では、市長が避難指示を出すタイミングに迷った結果、住民の避難が遅れ被害が拡大した。

 仮に熱海市から避難指示が出されなくても、住民は前日までの雨量や、この地域が土砂災害警戒区域であることを知っていたはずであり、安全な場所に自主避難するべきだった。

 私たちは、熱海市の土砂災害を他人事とせず、日頃から自分事として捉え、高齢者や要介助が必要な人がいる家庭などでは早めの避難を心掛けてほしい。

 そして、各人が防災意識の定着を図り、最悪の事態を想像し行動できる能力を身に付けておくことが、最大の防災対策となる。

 

 


《にしはら まさし》

1937年大阪生まれ。62年京都大学法学部卒。72年米国ミシガン大大学院政治学科卒。政治学博士。77年防衛大学校教授(国際関係論)、93年防衛研究所第一研究部長兼任、2000年防衛大学校長、06年平和・安全保障研究所理事長、21年同研究所副会長。安全保障懇話会会長、国際安全保障学会顧問。08年瑞宝重光賞。

『岸田政権の安全保障政策と重要論点』

 岸田政権は昨年10月4日に誕生以来すでに5カ月目に入っている。就任直後から「新時代リアリズム外交」を掲げてきた。去る1月17日の国会における施政方針演説でも強調した。果たして岸田首相の安全保障政策はこのスローガンに合ったものになりつつあるのだろうか。主要な論点を考えたい。

平和・安全保障研究所副会長 西原 正 氏

週刊「世界と日本」2022年2月14日 第2215号より

非現実的な敵基地攻撃能力

 

 首相は昨年12月の国会での所信表明演説で、2013年に採択された国家安全保障戦略を改定することに言及した。

 日本は自国を取り巻く安全保障環境の急速な変化に対応する必要があるとし、敵基地攻撃能力を改定戦略に含めると述べた。

 しかしこれには野党の批判を始め、与党である公明党からも慎重論が出された。今後の扱いが注目される。

 岸田政権は、対日ミサイル攻撃を想定した中国や北朝鮮の、発射前のミサイル粉砕を水中に潜む潜水艦からの弾道ミサイルで行うことを考えているようである。

 その際、日本を攻撃しようとする中朝にとっては、先制攻撃で自衛隊の航空機や水上艦艇に打撃を与えても、どこに潜むか分からない海自の潜水艦から反撃される可能性を考えると、日本を攻撃しにくくなると想定する。

 しかし実戦でそうなるかは不確かである。岸田政権の敵基地攻撃の想定は非現実的である。

 第一、日本は先方がどの基地からミサイルを発射するのかを確定できるのだろうか。当方のミサイルが北朝鮮のミサイルを確実に粉砕できるとは限らない。粉砕できても、自衛隊は北朝鮮の他の基地からの攻撃を排除できるのだろうか。その場合、中国や北朝鮮との戦闘が拡大することを覚悟しなくてはならない。

 岸田政権は、台湾海峡における中国との交戦でも戦闘が日本側に有利に展開することを想定できるだろうか。自衛隊の経戦能力(戦闘を続ける能力)にも限界がある。

 そして戦闘は米軍もからんで一挙に拡大しそうである。これらのことを考えておかなければ、敵基地攻撃を成功させることは難しい。

 

台湾有事は「存立危機事態」だが

 

 自衛隊は日米同盟のもと防衛戦略と防衛力を備えてきたが、過去70年の歴史の中で、現在は最も緊迫した事態に立ち向かう覚悟が必要である。

 台湾有事となれば、沖縄を始め日本国内の米軍が最初から出動態勢に入るとともに、陸海空自衛隊も警戒行動以上の動きに入るだろう。場合によっては与那国島を含む南西諸島や尖閣諸島までもの防衛が必要になるであろう。

 自衛隊が台湾防衛にどこまで踏み込めるかは「武力攻撃事態等」ないしは「存立危機事態」にあると判断されたときであるが、この判断は国会の同意が必要になり、簡単ではない。国会の同意がない場合はどうするのだろうか。

 日本は米国の台湾支援を政治的、軍事的に支える覚悟が必要である。台湾が中国の支配下に落ちれば、日本の尖閣諸島、沖縄諸島、南西諸島の防衛が困難になるばかりか、中国の西太平洋地域および南太平洋地域(第二列島線)への進出、さらには豪州に対する脅威に対抗することも困難になる。

 

極超音速ミサイルへの対抗策

 

 また北朝鮮の極超音速ミサイルも今後配備の段階に進む時、日本は日米同盟のもと北朝鮮の脅しに対抗できるミサイル配備など報復体制を明示して抑止効果を狙わねばならない。中国との貿易を復活させた北朝鮮に対して経済制裁の効果は期待できない。日本に中露の経済支援ルートを断絶する効果的な制裁は無理であろう。それでも懸念されるのは、首相がこうしたなかで北朝鮮のミサイル攻撃の示唆や経済援助再開要求に屈してしまい、拉致問題の解決を延ばしてしまうことである。中国の極超音速ミサイルに関しても同じことが言えそうである。

 岸田政権は2022年度の防衛予算を思い切って増額したが、中朝の弾道ミサイル、なかでも極超音速ミサイルの実戦化などに容易に対抗できそうにない。その上、中露の軍事力は日本にとって一層大きな脅威となっている。政府は防衛予算を倍増し、対GDP比2パーセントにする方針を打ち出している。日本の防衛費がNATO基準になることは望ましいが、その実現がいつになるかは不透明である。

 

経済安全保障政策は戦略的に

 

 他方、一国の安全保障は軍事力だけで達成できるものではない。外交力、経済力、技術力などの総合的対応によらなければならない。技術問題を含む経済安全保障は岸田政権の重要政策である。岸田首相は昨年10月の組閣にあたって経済安全保障担当大臣ポストを創設し、同大臣に技術革新問題も担当させた。

 さらに岸田首相は10月13日、国家安全保障会議(NSC)を開き、2013年に策定された国家安全保障戦略を改定することを明示した。また「経済安全保障一括推進法」(仮称)を目指して、有識者会議も開催した。

 経済安全保障の分野は広いし、戦略的に進めなければならない。貿易、金融政策、投資、経済援助、エネルギー政策、サイバー対策、技術協力などにおいて優先順位をつけ巧みに有利な立場を作る努力が必要である。

 その関連で機密情報の保護、技術関連の人材開発を進めることで、技術などの対中依存度を極力下げるべきである。

 また脱炭素エネルギーなどによる経済力競争で、中国の軍民融合戦略や「中国標準2035」に対して日本は優位に立たねばならない。こうした競争は米欧諸国との協調を得てこそ効果のあるものになる。岸田政権が果たしてこういう環境を迅速に構築できるかは中国の覇権外交を牽制するためにも緊要である。

 岸田首相は、インド太平洋地域を「自由で開かれた」地域(FOIP)と唱導するものの、日米を含め域内の多くの国が中国と強い経済関係を維持している点で、FOIPの限界を示している。

 日本は、TPP(環太平洋パートナーシップ)への台湾の加盟を早期に実現し、中国の加盟を牽制することで、FOIPを側面的に強化すべきである。

 それによって日米豪印から成るクワッド(4カ国連携)を支え、クワッドが中露に対して優位に立つ道を示すべきである。

 

 


《かわの かつとし》

1954年、北海道生まれ。防衛大学校を1977年に卒業し、海上自衛隊に入隊。護衛艦隊司令官、統合幕僚副長、自衛艦隊司令官、海上幕僚長を歴任。2014年に第5代統合幕僚長に就任。2019年4月、退官。2020年9月に『統合幕僚長 我がリーダーの心得』(ワック)を出版。

インド太平洋の安定と日本の抑止力

前統合幕僚長 河野 克俊 氏

週刊「世界と日本」2021年10月18日 第2207号より

 

1 「自由で開かれたインド太平洋構想」と中国の海洋進出。

 

 1949年に建国された中華人民共和国(以下中国という)は、毛沢東の下、幾多の混乱を経て、鄧小平が実権を握った。そして1970年代後半から、いわゆる改革開放路線に舵を切り、今や世界第2の経済大国となった。

 国家の経済発展が海軍力増強と海洋進出を伴うのは、ある意味、歴史的必然とも言える。

 なぜなら、経済発展をすれば、そのための海洋権益が必要となり、通商交通路としてのシーレーンの安全確保も必要になる。その意味で中国が海洋進出することについては理解できる。問題は海洋に対する中国の考え方である。

 海洋は本来自由というのが国際法の精神だ。領土、領空に他国が無断で侵入すれば、絶対にアウトだが、領海については条件付きだが基本的にセーフである。したがって「自由で開かれたインド太平洋構想」の基本理念は、「みんなのものである海洋を利用して、みんな楽しく仲良く豊かになりましょう」というものだ。その意味で本構想は、地域の経済的繁栄を目指したもので、本来中国包囲網ではないはずである。

 ところが中国は、太平洋・東シナ海及び南シナ海で第一、第二果ては第三列島線そして九段線と勝手に線を引き「海洋の自由」に反する行動に出ている。要する国際法に基づく「海洋の自由」という価値観を中国が共有していないことが大問題なのである。

 地域の経済的繁栄を目指すためには、海洋の平和と安定が保たれていることが前提である。そのためにも中国の国際法を無視した海洋における勝手な振る舞いを極力抑制しなければならない。そこで価値観を共有し、あるレベル以上の海軍力を保有している国々が連携することが必要になってくる。そのための枠組みが日米豪印のクワッドだと考えている。これにさらに米英豪(AUKUS)の枠組みが加わることになる。いずれはこの2つの枠組みが合流して5カ国の枠組みになることが望ましいと思う。いずれにしても、各個撃破を狙う中国に対しては、多国間で当たることが得策だということだ。

 

2 日本の戦略環境の変化

 

 4月17日未明(日本時間)、日米首脳会談がワシントンで行われた。ここでやはり特筆すべきは、日米共同声明の中に「台湾海峡の平和と安定の重要性」が明記されたことであろう。

 冷戦時代の世界の安全保障の最前線は、米国を中心とするに西大西洋条約機構(NATO)とソ連を中心とするワルシャワ条約機構が対峙するラインであった。しかし、今や世界の安全保障の最前線は第一列島線に移り、日本は、好むと好まざるとに関わらず冷戦時代の西ドイツのような位置に「立っちゃった」のである。なぜなら、米国が中国を脅威ナンバーワンに据えたからである。「立たされた」となるとあまりに自主性に欠け情けない。「立った」となると、今のところそこまで自発的かとなると少し疑問が残るので、やはり「立っちゃった」が実態に合っているように思う。

 バイデン大統領は、同盟国重視を打ち出した。しかし、これは米国が同盟国を庇護するということではなく、同盟国と一緒にやりましょうということだ。つまり同盟国もそれ相応の責任を果たせということである。この観点からすれば、米国の対中戦略上の最大のパートナーが地政学的にも、価値観、国力等の観点からも日本であることは自明である。

 

3 日本の抑止力の構築

 

 このような日本を取り巻く戦略環境の変化を受けて日米同盟のあり方も見直す必要がある。

 日米同盟は、本来あくまで日本防衛のためのものであったが、今後は日米が共に協力して地域の平和と安定を創造する同盟に発展させていかなければならない。そのためには日本は防衛力の増強とともに安全保障上の役割を拡大し、日米がともにリスクと責任を分かち合う関係にすることが必要である。

 台湾有事が起きれば、南西諸島も含めて1つの戦域になることは軍事的には常識だ。すなわち、台湾有事は日本有事になる可能性が極めて高い。

 台湾という日本のシーレーンを扼する戦略的位置を考えると、台湾が今のような我々と価値観を同じくする民主主義国であってくれた方が日本の国益に明らかに資する。

 それでは、中国による台湾武力統一を起こさせないためにはどうすればよいのか。それは中国に対する抑止力を強化し、台湾進攻のリスクを中国に認識させることである。

 ここでは抑止力の観点から中距離ミサイルに焦点を絞りたい。米国にとって中距離ミサイルのギャップを埋めることは喫緊の課題だ。将来的には第一列島線への中距離ミサイルの配備が議論されることになろう。その際、米国の中距離ミサイルの配備とともに、日本独自の中距離ミサイルの配備も求めてくる可能性がある。それは「同盟国と一緒にやりましょう」というのが米国の考え方だからだ。その場合、日本では専守防衛の観点から大議論になるはずである。しかし、これを契機に日米同盟の「盾」と「矛」の関係を見直すべきだ。これは簡単に言えば日本は専守防衛の観点から基本的に防御だけ、攻撃はアメリカに依存するというものである。もちろん日本は他国を攻撃する国であってはならない。その意味で、戦略的専守防衛の国であるべきだ。しかし、他国の攻撃によって、日本の国民の安全が脅かされるときには戦術的攻撃は認められるべきだ。それもすべて米国に依存するというのでは国家の品格に欠ける話だ。

 第一列島線への中距離ミサイルの配備は通常弾頭でも大きな抑止力になることは間違いない。なぜなら、こちらの中距離ミサイルは中国本土を射程に収めるが、中国のミサイルはアメリカ本土を射程に収めることはできないからだ。これが引いては日本の抑止力を高めることにもなる。つまり、INF条約によって地上発射型中距離ミサイル全廃へと導いた当時のヨーロッパの戦略環境と同じ状況を創り出すことができるのだ。

 いずれにしても米国から言われたからではなく、日本独自の判断で通常弾頭中距離ミサイル配備の問題をとらえるべきである。

 


《やまだ・よしひこ》

1962年千葉県生まれ。学習院大学卒業後、金融機関を経て日本財団に勤務。海洋グループ長、海洋船舶部長などを歴任。勤務の傍ら埼玉大学大学院にて博士号(経済)を取得。2008年東海大学海洋学部教授。専門は海洋政策、海洋安全保障、離島経済。15年、海洋問題に関する評論により正論大賞新風賞受賞。主な著者は『日本の国境』(新潮新書)、『日本は世界4位の海洋大国』(講談社)など多数。

必須 独自の難民対策の樹立

東海大学海洋学部教授 山田 吉彦 氏

週刊「世界と日本」2021年7月19日 第2201号より

 我が国は、四方を海に囲まれた海洋国家であるがため、歴史的にみても難民および不法入国者への対応が定まらず、難民政策は脆弱である。近年、欧州におけるシリア難民、アジアにおけるロヒンギャ難民の問題が発生し、我が国においても、入国管理法の改正が求められ、難民に相当する外国人の受け入れ、不法入国者、不法滞在者の処遇に目が向けられている。

 

 近年は、人権問題が重要しされ、難民および不法入国者の対処には慎重を要する。しかし、これまで我が国に、難民として入国しようとした中に偽装難民が多く存在していたことも判明している。さらに北朝鮮からの工作員の侵入などの事件があり、不法入国の取り締まりに時間と労力を割いているのが現状である。

 第2次世界大戦直後、我が国は、朝鮮半島からの大量の不法入国者の流入に苦慮した。朝鮮戦争における紛争地から難を逃れてきた人々と、ビジネスによる一攫千金あるいは職を求めて日本への流入を目指す人々が混在していたのである。戦後の混乱状態にあったため、厳密な難民か不法入国かの区別もなく、入国を黙認せざるを得なかった。さらに、この入国者たちは日本にコレラを持ち込み、朝鮮半島に近い九州をはじめとして国内全域において大混乱を招く一因となった。

 1948年に創設された海上保安庁は、朝鮮半島からの感染症の流入を防ぐため、不法入国者を取り締まる必要性からGHQにより創設が指示されたといわれている。

 1952年1月、韓国の初代大統領・李承晩が、同国の一方的な主張により「海洋主権宣言」を発し軍事力を背景に、国際法に反した境界線いわゆる「李承晩ライン」を設定した。このことにより、朝鮮半島からの不法入国は落ち着いたが、李承晩ラインに厳格な対処を怠ったため、竹島問題をはじめとした日韓の境界が未だ問題になっている。

 朝鮮半島からの不法入国が収まると、海を越えた不法入国や難民の流入は極めて少なくなったが、時を経て東シナ海を越えて来る外国人の問題が発生した。

 1975年4月30日、ベトナム戦争終結時、旧ベトナム共和国(南ベトナム)から多くの人々が国外へ逃亡し難民となった。これらの人々の多くは、船に乗り新天地を目指し、「ボートピープル」と呼ばれた。当時、香港が受け入れたベトナム難民は20万人といわれている。そして、小型船で逃げた人々は、遠く日本まで流れ着いた。

 75年、日本へ漂着したボートピープルは、9隻126人であった。76年11隻247人、77年には25隻833人、その後も増え合計1万1000人以上のベトナム難民を受け入れている。ボートピープルの日本漂着は、1980年にピークを迎え、その後は、減少していた。しかし、1989年、再びボートピープルの漂着が増加したのだ。

 主に流れ着いたのは、九州各県の海岸であった。当時の様子を長崎県五島列島の小値賀島で調査をした。小値賀島の人が記憶しているのは、同島の沖15㌔㍍にある孤島・<RUBY CHAR="美良","びりよう"><RUBY CHAR="島","しま">が、89年5月29日、アジア系の人々に占拠されてしまったというのだ。美良島は、東西、南北、それぞれ1㌔㍍ほどの東シナ海に浮かぶ小さな島だ。この島に、長さ20㍍ほどの小型の木造船が漂着し、この船には107人もの人が足の踏み場もないほどに乗っていた。乗船していた人々は、美良島に上陸し、実質的に占領したのである。

 この年、東シナ海に面した九州各県のみならず、日本海沿岸の鳥取県にまでボートピープルが漂着し、漂着事案は、22隻2804人に上り、漂流しているところを発見され洋上で救助された者も含めると3498人のボートピープルを保護している。

 同年8月に、熊本県の天草諸島牛深に、167人の外国人が漂着し上陸を始めた。地元の人々は、警察に通報したが、漂着民の内、28人がすでに姿を消していたのだ(翌日までに全員を保護)。

 当初、漂着した外国人は、本人の供述によりベトナムからの難民であると考えられていたが、翌年、中国人留学生の女性から「上陸した漂着民のなかに自分の夫がいる」との申し出があり、入国管理局がボートピープルを再調査した。その結果、漂着した2804人のボートピープルは、ほぼ全員が中国人であり、主に中国福建省を密出国した偽装難民であることが判明した。

 当時、中国では1978年以降鄧小平の指導の下、改革・開放政策が導入され、一時、経済が自由化に向かった。しかし、急速な自由化の進展を警戒した中国政府は、自由化の抑制を始めた。1989年には民主化を求めて天安門広場に終結した人々を、共産党政権が武力鎮圧する六四天安門事件が起き、海外に逃げ出す人が現れたのだ。

 その動きの中で、「蛇頭」と呼ばれる犯罪組織が、福建省を中心とした中国人に偽造のベトナムの出生証明書などを与えベトナム難民を装い、日本へ送り込んだ。日本に不法入国した偽装難民は、翌91年6月までに、1520人が中国に強制送還されている。

 海上保安庁による沿岸監視の強化などにより、偽装難民の動きは断ち切れたが、その後も中国からは、貨物船や漁船を使っての密入国、偽装留学など、新手の密入国が後を絶たなかった。そして、一部の不法入国者や不法滞在者が犯罪組織を作り、多くの薬物事件や暴力事件を起こしている。

 難民および保護・収監中の外国人に対する人権的な配慮は不可欠である。我が国は、欧州を始めとした諸外国とは、海に囲まれているという地理的要件や宗教観等において大きな隔たりがあり、独自の難民政策が必須である。また、我が国が政治難民を受け入れたとして、警備体制・保護システムが整わず、国内においての安全を保証することは難しいのが現実だ。

 現在、我が国には大量の難民を受け入れる施設、不法入国者を収容する施設は少なく、早急に対処すべきである。また、難民か不法入国者・滞在者であるかの判断も迅速化しなければならない。東アジア情勢が不安定な状況下において、朝鮮半島および中国、台湾において騒乱が発生した場合に備えた難民対応を準備する必要があると考える。

 


《やまだ・よしひこ》

1962年千葉県生まれ。学習院大学卒業後、金融機関を経て日本財団に勤務。海洋グループ長、海洋船舶部長などを歴任。勤務の傍ら埼玉大学大学院にて博士号(経済)を取得。2008年東海大学海洋学部教授。専門は海洋政策、海洋安全保障、離島経済。15年、海洋問題に関する評論により正論大賞新風賞受賞。主な著者は『日本の国境』(新潮新書)、『日本は世界4位の海洋大国』(講談社)など多数。

中国の海洋支配 尖閣諸島を守り抜け

東海大学海洋学部教授 山田 吉彦 氏

週刊「世界と日本」2021年5月24日 第2197号より

 中国の尖閣諸島侵出は、最終局面に近づいている。恒常的に海警局の警備船が我が国の接続水域内を航行し、月に3回程度の割合で領海にまで侵入している。さらに、領海内において我が国の漁船を追尾し、海域から排除する行動に出ている。これは、尖閣諸島に中国が主権を持っているかの行為であり、日本政府は早急に排除しなければ、領土および管轄海域を失うことになり、周辺で活動する国民の安全を脅かしているのだ。

 

 国際法では、船舶は他国の領海内においても沿岸国に害を及ぼす可能性がなければ、自由に通航することが許されている。無害通航権と呼ばれるものである。

 中国警備船の行動は、日本の漁船の行動に危害を加えており、無害通航に当たるものではない。しかし、日本の海上保安庁は、海域からの退去を勧告するだけである。海保は、原則として、他国の公船に法執行することは許されていないのだ。尖閣諸島周辺における中国海警局の勢力は日本の海上保安庁の体制を上回り、その行動は過激さを増している。いずれ、漁民だけでなく、海保の巡視船さえも排除する動きを見せるだろう。

 中国の尖閣諸島への侵出の目的は時代と共に変遷している。1970年代は、東シナ海に眠る海底油田の利権を獲得することが主な目的であった。1990年代以降は、中国の経済が発展し、対外貿易を担う海上輸送路の確保、管轄海域の拡大を目指した。そして、現在は、中国にとって「核心的利益」である台湾を攻略するための戦略の中で尖閣諸島の獲得に向け突き進んでいる。中国の最高指導者である習近平は、香港の取り込みに成功し、次なる目的を台湾の制圧に向けている。中国共産党にとって、台湾の制圧は悲願である。その目標の達成には、台湾の北側における日米の軍事的優位性を排除しなければならない。海底資源の確保や管轄海域の拡大は、あわよくば手中に収めたいというレベルであったが、台湾問題が絡むと尖閣諸島の意味合いも変わる。尖閣諸島は、「取りたい島」から「取らなくてはならない島」に代わっているのだ。

 中国は台湾への軍事的な野心を隠さず、航空機や航空母艦などを周辺に派遣するなど挑発的な行動を続け、台湾と親密な関係にある日米両国にとり、看過できる限界を超えている。今月行われた日米首脳会談においては、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」と共同声明に明記し、中国の過激な動きをけん制した。

 特に世界がコロナウイルスの被害に苦しみ始めてから、中国の海洋侵出が加速し、常軌を逸している。今年、フィリピンなどと管轄権を争う南シナ海スプラトリー諸島周辺海域に、200隻を超える1000㌧級の漁船を並べ、この海域を実効支配していることを示した。この時、洋上にいた中国漁民は1万人を超えていた。中国の遠洋漁業に携わる漁民の多くは、所属する企業単位で中国当局に管理され、その指示のもとに活動する。また、彼らは、軍事訓練を受けているため海上民兵と呼ばれる。海上民兵は、武装もせずに他国の海域に侵入し、海域のみならず領土さえも占領する。1998年、フィリピン・ルソン島の西約230㌔㍍にありフィリピンが領有権を主張するスカボロー礁では、4隻の中国漁船が送り込まれた。この漁民をフィリピン軍が拘束したところ、人民の保護の名目で中国海軍の攻勢が始まった。そして、武力に勝る中国は、2012年までに実効支配体制を完了し、翌2013年には軍事施設を建設している。いずれ尖閣諸島にも同様な施策をとることが考えられる。

 2018年中国の海上警備機関である中国海警局は、中央軍事委員会の指導を受ける武装警察部隊に編入され軍事組織に変貌した。さらに、今年2月には、海警法を制定し、海警局を中央軍事委員会の命令に基づき「防衛作戦」を担う機関に位置付けている。海警局は、国家の主権や管轄権が、他国の組織、個人に侵害されたとき、武器の使用も含めたあらゆる必要な措置をとることとされ、さらに、中国の許可を受けずに中国の島・岩礁などに建設した構築物は、強制的に取り壊すことができるとした。海警法は、国連海洋法条約に抵触する可能性が高いが、中国にとって国際法は意味を持たない。中国は、独善的な国際法解釈を行い、自国の正当性のみを主張するからだ。実際に、2016年、中国の九段線による南シナ海の支配を否定した仲裁裁判所の判決を、紙くずと述べ黙殺したのだ。

 中国海警法の想定は、海保との対峙にある。海保に力ずくで立ち向かう宣言をしたのだ。

 日本国内には、日米安全保障条約第5条1項に基づき、米国の行動に期待する考えもある。しかし、我が国が行動を起こす前に米国が動くことはない。また、中国が島を占領し、日本の施政権を奪ったならば、米国が見解の変更をすることも考えられる。さらに、同条2項では、日米安全保障条約に基づいた行動は、速やかに国連安全保障理事会に報告することになっている。しかし、中国は安保理の常任理事国であり、中国との紛争を報告することにも無理があり、国連の崩壊へとつながることになる。尖閣諸島は、他国に頼らず自力で守れる体制を作らなければならないのだ。

 4月20日、自由民主党議員による「尖閣諸島への公務員常駐実現に向けた勉強会」が開催された。施政権を国の内外に示すために、国の機関を置き公務員を常駐させることを目指す。自民党は「2012年政策集」において、尖閣諸島における公務員の常駐を政策として決定している。しかし、9年の年月が経っても、政策は実行されず、尖閣諸島の危機はさらに深まった。ようやく、責任感のある議員が行動に転じたのだ。

 今、我が国が尖閣諸島を守り抜くことは、台湾をはじめアジア全域の平和と安定に寄与するものである。また、今すぐにでも動かなければ、事態がさらに悪化することは必定だ。胆略的な日中友好を重視するのではなく、将来を見据えた安全保障戦略を優先すべきと考える。

 



関連情報リンク

防衛白書は、わが国防衛の現状と課題およびその取組について広く内外への周知を図り、その理解を得ることを目的として毎年刊行しており、令和2年版防衛白書で刊行から50周年を迎えました。

(防衛省ホームページより)

https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/


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