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刻々と変化する国際情勢を各国の政治・経済など様々な視点から考察する。

《わたなべ・ひろたか》 

1954年生まれ。東京外語大仏語科卒。同修士課程、慶大博士課程、パリ第一大学国際関係史博士課程修了。在仏日本大使館公使。東京外大国際関係研究所所長を経て、2019年4月より帝京大教授。著書に『ヨーロッパ国際関係史』『ポスト帝国』『米欧同盟の協調と対立』『アメリカとヨーロッパ』など。

2021年7月19日号 週刊「世界と日本」第2201号 より

 

不透明な時代の欧州の「世界戦略」

 

帝京大学法学部教授 東京外国語大学名誉教授  渡邊 啓貴 氏

 

 インド・太平洋での英仏軍と自衛隊・米軍の合同演習が話題となっている。米中摩擦と「政冷経熱」と揶揄される日中関係を前に日本の外務・防衛当局は欧州の安全保障上の協力姿勢を歓迎する。しかし欧州の真意はどこにあるのか。はたしてそれはどこまで期待できるのか。

 

欧州の「インド・太平洋」戦略

 欧州の東アジア・インド太平洋への関心の拡大は、英国が「グローバル・ブリテン」を打ち出しBREXITを決定した2016年頃にまでさかのぼる。当時の離脱支持派は、「大英帝国」再生の道を求めた。そして本年3月には、それはBREXIT後の世界戦略を発表した。

 フランスはすでに2013年の段階で安倍政権の学術・官僚との接触を通してインド・太平洋をめぐる議論を開始していたが、2018年6月に『フランスとインド太平洋地域における安全保障』を発表し、2019年5―6月には軍需省(防衛省MOD)による『インド・太平洋におけるフランスと安全保障』『インド・太平洋におけるフランスの防衛戦略』、さらに同年6月には欧州・外交問題相(外務省)による『インド・太平洋におけるフランスの戦略《内包的(inclusive)インド・太平洋を求めて》』という包括的戦略を発表した。2020年9月にはドイツも『インド・太平洋ガイドライン』を発表した。こうした欧州主要国のインド太平洋への関心強化を受けて、本年4月半ばEUは「インド太平洋協力戦略(以下「戦略」)」の結論(骨子)を発表した。

 一連の欧州のインド太平洋への関心の増加の背景にある認識は、この「戦略」に記されたこの地域をめぐる利害関心だ。インド太平洋地域は、世界人口の60%を占め、世界の国内総生産(GDP)の60%、世界の経済成長の3分の2に相当し、2030年までに予想される世界の中間層24億人のうち90%がインド太平洋地域の人々だ。この地域の重要性は今後一層大きくなるが、この地域では通商貿易・サプライチェーンは、不安定な政治・安全保障環境に晒されている。

 

「接近」と「警戒」の対中姿勢

 しかし日本の多くのメディアが論じたようにこうした欧州のインド太平洋へのコミット強化を対中包囲網の一環とみなすことは早計だ。現実はそう単純ではないからだ。中国をめぐる対応では日米欧の間には隙間がある。

 EUが指摘する「インド太平洋地域」とは、アフリカの東海岸から太平洋諸島諸国までを包含する広範な地域を意味する。日本で議論されている東シナ海を中心としたコミットだけではない。中国包囲網という狭い視野だけでEUの戦略を見るのは誤りである。

 たしかに一連の欧州のアジア戦略の拡大の背景には対中観の変化があることは事実だ。しかしここに来てEUが対中認識を大転換させたとする見方は誇張になると筆者は思う。

 たしかに、冷戦後良好であった対中関係の「警戒」の表れは習近平政権誕生後認められた。2012年には「16+1」という形で中国が旧東欧圏のEU加盟国に接近、他方で習近平は「中国の夢」を語り、「一帯一路」構想を提唱したが、そうした中国アプローチがEU加盟国間の連帯にくさびを打つことは明らかだった。EUが2019年3月『EU・中国戦略展望』の中で中国を価値観や考え方が違う「システム・ライバル(制度面の競争者)」と性格づけたことはEUの警戒感を物語っていたことは明らかだ。

 しかし、また一方でEUは昨年末にそれまで滞っていたEU・中国包括投資協定を締結した。EU対中政策は硬軟両様の対応なのである。EUは気候変動や新型コロナウイルスなどでの中露との協力は期待されている。米中衝突の危険をいかに回避するか。むしろそのための役割をEUは模索する。「接近」と「警戒」という対中硬軟両様対応の姿勢が大転換したとはいえない。

 

多極時代の「接続性」の世界戦略

 それは一連の文書に中国を敵視する文言が明示されていないことにも明らかだ。それどころかインド・太平洋地域には確実に中国がその一員として想定されている。EUの基本的趣旨は中国のとり込みにあるといえる。

 その背景には本年2月本紙で述べたように、2016年のEU文書『グローバル戦略』で標榜された欧州の「戦略的自立」志向がある。米欧関係の不安定さ、米中摩擦の強まりの中で、米中対立に巻き込まれることなく、欧州も自立したアジア戦略をもたねばならないという発想はある意味では当然である。それはインド太平洋地域を含む欧州の「世界戦略」ともいうことができる。

 多極的世界の中で米中欧露などの各勢力圏がそれぞれ区分され、対立するのではなく、インフラ支援協力を通して「連結性・接続性」を強化するという相互依存関係の深化をEUは摸索する。EUは2018年9月「欧州・アジア連結性戦略」、2019年4月に日EU定期首脳会議で欧州・アジア連結性に関する協力を確認、同年9月「欧州連結性フォーラム」に当時の安倍首相が出席し、「持続可能な連結性と質の高いインフラに関する日EUパートナーシップ」文書に調印した。EUのインド太平洋への拡大戦略はまさにそうした接続性の延長の路線だ。

 欧州主要国は、今後この地域での政治・経済秩序をめぐる全般的なプレゼンス拡大を意図する。その場合欧州諸国が必ずしも日本の思惑通りの支持をしてくれるかどうかは不透明だ。世界観と利益の違いがそこに反映されることにもなる。たとえばEUは国連海洋法による領土問題の利益折半の解決を主張するが、それが尖閣諸島をめぐる日本の主張でないことは確かだ。インド太平洋地域での欧州との接近協力は歓迎すべき1つの方向ではあるが、同床異夢の側面も併せ持つ。次のステップの模索が必要だ。その中にほかのアジア諸国、とくにEUが同じ地域統合機構として強い関心を持つASEANとの協力を通した協力の在り方も重要な課題の1つとなるであろう。

 


《かせ・ひであき》 

1936年、東京生まれ。慶応、エール、コロンビアの各大学で学ぶ。『ブリタニカ国際大百科事典』初代編集長、日本ペンクラブ理事、松下政経塾相談役などを歴任。著書は『グローバリズムを越えて自立する日本』『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか』ほか多数。

2021年7月5日号 週刊「世界と日本」第2200号 より

 

変転する政権は政権か

人事しかない日本の政権

 

外交評論家  加瀬 英明 氏

 

 本紙から「政権を支えた政治家」というテーマをいただいて筆をとったが、日本に政権が存在していても、いったい国際的に「政権」と呼ぶに価するものかという、大きな疑問が立ちはだかった。菅義偉首相は明治18(1885)年に近代内閣制度が発足してから、99代目の総理大臣に当たる。伊藤博文公が初代総理大臣だが、1人平均すると1年4カ月在職している。

 

 日本が近代に入って、大きな危機によって弄ばれた10年といえば、昭和6(1931)年の満州事変から昭和16(1941)年の真珠湾攻撃にいたる10年間だった。

 このあいだに、11人の首相が交替した。平均して在職1年に満たない。いったい1年4カ月か、1年ももたなくて、政権と呼べるのだろうか。

 占領下で連合国が行った、いわゆる東京裁判では満州事変から敗戦までの13年間のあいだに、日本の指導的な地位にあったとされた39人が、アジアを侵略した「平和に対する罪」によって裁かれて、東條英機大将以下7人が絞首刑となった。このあいだ、15人の首相が入れ替わった。

 東京裁判の訴状によれば起訴された39人が「共同謀議」を行ったが、事実は、39人は巣鴨刑務所の運動の時間中、はじめて話し合えたのだった。このように内閣が頻繁に交替しては、一貫した政策も、戦略もあったものでない。

 閣僚になると、入れ替わりがもっと激しくなる。平成19(2007)年に防衛庁が防衛省に昇格してから、今日まで18人の防衛大臣が登場した。1人平均して1年つとめていない。これでは、大臣が防衛政策や戦略を練ることは、とうていできない。

 私は日本に政治があるのだろうか、という不安に駆られてきた。人事しかないのではないか。

 私は安倍晋三前総理が首相として返り咲いてから7年8カ月後に辞任すると、憲政史上在職期間がもっとも長くなったが、新聞や、雑誌から「長《なが"》すぎた」という、批判の声があがったのに唖然とした。アメリカでは大統領が2期8年つとめるほうが多いし、他の先進諸国で7、8年が長すぎるといわれることは、ありえない。

 日本には「指導者」、英語をそのままカタカナにして「リーダー」が言葉として存在するが、指導者という概念がない。つい150年あまり前まで、江戸時代には日本語のなかに「指導者」「指導」という言葉が存在しなかった。明治以後に、英語の「リーダーleader」、ドイツ語の「フューラーführer」などの西洋語を訳するために翻訳語として造られたものだ。

 それまで日本語では上に立つ者を「頭目、棟梁、重立ち衆」などと呼んだが、リーダーとはまったく異なるものだった。リーダーシップはリーダーの個性から発する。合議制の上に成り立ってきた日本の民俗、伝承文化にそぐわない。

 一神教の神がリーダー、フューラーと、フォロアーである従う人々との上下関係に擬《なぞら》えてつくられたのに対して、日本は八百万《やおよろず"》(無限の数)の神々の社会である。フォロアーは辞書をひくと、「信奉者、追随者」と説明されている。

 アメリカをとると、大統領の下に閣僚以下課長あたりまでの数千人にのぼる政治任命職(ポリティカル・アポインティ)がおり、全員が大統領の代理人、あるいは大統領の人格の延長とみなされている。

 菅内閣の閣僚は菅首相を支えているが、首相の代理人ではない。

 いったい、日本の政権が何によって支えられているのだろうか?

 日本の政権は国民的、あるいは大多数のコンセンサス―意見、感情などの一致、総体的で曖昧な合意によって支えられている。世論といっても論理が欠けているから、総体的な感情といったほうがよいだろう。

 では、日本のコンセンサスはどうやってつくられるのだろうか。

 日本民族はしばしば得体が知れないコンセンサスによって、支配されてしまうことが多い。日本では人々が得体も知れないものに、寄りかかることが起きる。

 護憲主義や、国連信仰がそれに当たる。無防備によって平和が保たれるはずがないし、国連は諸国の国益が激突する場だから、“平和の殿堂”でありえない。

 いったん、奇怪なコンセンサスが生まれてしまうと、それによって呪縛されて身動きできなくなる。

 日本ではほんとうは不十分なものであるのに、あたかもそのものに大きな力が備わっており、権威があるかのように、まわりから作りあげることが起こる。戦前の極端な神国思想や、軍国主義のように、まったく得体の知れないようなものが、コンセンサスとして権威をもって横行することが多い。

 私たち日本人にはどこか無意識に、満場一致を求める心情が働いている。そして、なぜか動かないものに対して憧れを持ちやすい。

 多くの日本人にとっては、自我の中心が自分のなかにあるよりも、集団のなかにある。

 しっかりした自分を確立することがないので、自分をひとりぼっちの人間として意識することがなく、自分が属している集団の部分としてみる。人々が中心を探り合ううちに、コンセンサスの中心として、得体がしれないものが生まれてしまうことが多い。

 人間生活ではあらゆるものが流動しているから、状況に合わせてゆかねばならない。憲法も手段であるはずなのに、現行憲法を墨守しようとする。

 安倍晋三政権は、多くの戦略的決定を行えた。日本における珍しい政権だったといえた。

 


《おはら・ぼんじ》

1985年防衛大学校卒。98年筑波大学大学院(地域研究)修了(修士)。2003〜06年、駐中国防衛駐在官。09年第21航空隊司令。11年IHS Jane,s アナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャー。13年東京財団を経て、17年6月から現職。著書に『中国の軍事戦略』、『軍事大国・中国の正体』、『何が戦争を止めるのか』、『曲がり角に立つ中国』(共著)等多数。

2021年6月21日号 週刊「世界と日本」第2199号 より

 

重要 米中の戦略的競争の文脈

変化なし 米の対中強硬姿勢

 

(公財)笹川平和財団 上席研究員 小原 凡司 氏

 

 台湾海峡をめぐる緊張が高まっている。2021年4月17日にワシントンDCで実施された日米首脳会談後に発表された共同声明には、「台湾海峡」という文言が盛り込まれた。首脳による共同声明として台湾に言及したのは、1969年以来、初めてのことである。

 中国は型通りの反発を見せただけで公式には強い米国批判を避けているが、『環球時報』などには本音も見える。4月17日付の同紙は、「日米同盟は、当時の日独伊のように、アジア太平洋の平和に致命的な破壊をもたらす枢軸になる危険性がある」と日米両国を非難した。

 このように中国が危機感を強めるのは、台湾統一の可能性が低くなるからだ。台湾は中国共産党の統治の正統性に関わる問題である。中国共産党は、自らの権威を維持するためにも台湾統一を必ず成し遂げなければならない。

 1977年8月の中国共産党第11回全国代表大会および1978年3月の第5期全国人民代表大会第1回会議において採択された『中華人民共和国憲法』には、「必ず台湾を解放しなければならない」という方針が規定されている。

 しかし間もなく、1978年5月にカーター米大統領が米中関係正常化に舵を切ると、この方針は変更された。米中両国による国交樹立のための交渉の過程で、鄧小平氏が方針を調整したのである。「台湾を解放しなければならない」という言葉を「台湾が祖国に回帰し、統一という大事業を実現する」という表現に変えたのだ。以後、中国では、「解放」という言葉の代わりに「解決」という言葉が使われている。

 中国の台湾統一は実現に近づいている訳ではない。それどころか、中国は台湾独立を心配している。2016年5月、台湾に民進党の蔡英文総統が誕生すると中国は危機感を強める。さらに同年11月、米国大統領選挙においてトランプ氏が勝利し台湾との関係を深化させると、中国の危機感はさらに強くなった。

 危機感を強めた中国は台湾に対して強硬な態度を見せる。2019年1月2日、習近平主席は、『台湾同胞に告げる書』発表40周年記念大会における講話の中で、台湾独立分裂主義者およびその活動に対し、「武力の使用を放棄せず、あらゆる必要な措置をとる選択肢を保留する」と述べ、台湾武力統一の可能性を示したのである。

 同年、中国の香港民主派弾圧が苛烈さを増すと、台湾における中国共産党および「1国2制度」に対する信頼は地に落ち、中国は台湾の平和的統一の望みが薄くなったと感じている。中国は、ますます軍事的手段に頼らざるを得なくなったのだ。H―6K爆撃機を含む軍用機が頻繁に台湾に接近し、また、空母「遼寧」機動部隊が台湾周辺海域で演習を繰り返すのはその例であると言える。

 2021年1月には、中国のネット上で「逼統」や「冷武統」という言葉が広まった。「台湾の平和的統一の望みはなくなった。しかし、武力侵攻すれば中国が受ける傷が大き過ぎる。そのため、武力による圧迫の下で平和的統一に導く」という趣旨のものである。2021年1月10日に中国共産党が発表した『法治中国建設計画(2020―2025年)』でも、改めて「『1国2制度』台湾方案を模索し、祖国の平和統一の過程を促進する」ことが明記されたが、台湾に対する軍事的圧力はますます強くなっている。

 バイデン政権は、中国に対する強硬姿勢を引き継いでいるが、その特徴は同盟国との協力の重視である。中国は米国の軍事力行使を恐れてA2/AD(接近阻止、領域拒否)能力を構築してきたが、米国は第1列島線に精密打撃ネットワークを構築するなど同盟国のアセットを用いて中国のA2/ADに穴を開け、米軍の兵力の中国へのアクセスを確保しようとしている。

 これは、日米等にとっては中国の軍事力を用いた現状変更に対する抑止である。しかし、中国にとっては、台湾武力統一というオプションを失うことを意味する。中国は実際に武力統一したいと考えている訳ではないが、武力統一の現実味が失われれば、台湾に対する軍事的圧力は意味を失う。

 中国は、東シナ海から南シナ海にかけての海域は中国が軍事的にコントロールできることを示し、米国の抑止は効果がないと台湾や周辺国に信じさせなければならない。一方の米国は、東シナ海や南シナ海は中国軍がコントロールしているのではないと示すために軍事プレゼンスを示す作戦を活発化させる。米中双方が、相手の抑止は効果がないと示すために軍事プレゼンス競争を行っているのだ。同じ海空域に、対抗する2国の軍事力が集中すれば、両国ともに戦争を避けたいと考えていても、予期せぬ軍事衝突の危険性は高まってしまう。

 台湾だけでなく、東シナ海や南シナ海の情勢も、米中の戦略的競争の文脈の中で捉えなければならない。これら海域の状況は相互に関連し、尖閣諸島も台湾情勢の影響を受けるのである。しかし中国は、直ちに実力をもって尖閣諸島を奪取することはないだろう。日本が怒って米国との協力を深化させ中国に対抗するのは、中国にとって最悪のシナリオだからだ。

 中国は、バイデン政権の対中姿勢を見て、米国は単独で中国に対抗する意思も能力も不足していると認識している。そうすると、米国の圧力を低減させる最も効果的な方法は、同盟国を米国から切り離すことである。そのため中国は、日本に対して、協調とけん制の2つの姿勢を使い分けながら、米国と距離を置くよう要求を強めるだろう。

 4月17日の『環球時報』の記事は、「近代以来、何度も中国に危害を加えたことを日本は忘れたのか?」と問い、「最後に日本に忠告する。台湾問題から離れろ。他の問題は、外交手段を用いなければならないが、台湾問題に巻き込まれたら、いずれヤケドする。関与の程度が深くなれば、支払う代償は大きくなる」という日本への威嚇で締めくくられている。

 日本は中国の実力による現状変更を受け入れられない。一方米国は、日本に対して協力を強めるよう要求し、総体的国家安全保障観を掲げる中国は経済制裁等も用いて日本をけん制する。日本は難しい舵取りを迫られているのである。

 


《り・そうてつ》

専門は東アジアの近代史・メディア史。中国生まれ。北京中央民族大学卒業後、新聞記者を経て1987年に来日。上智大学大学院にて新聞学博士(Ph.D.)取得。98年より現職。同年、日本国籍取得。テレビのニュース番組や討論番組に出演、情報を精力的に発信。著書に『日中韓メディアの衝突』『北朝鮮がつくった韓国大統領—文在寅政権実録』『「反日・親北」の韓国 はや制裁対象!(共著)』など多数。

2021年6月7日号 週刊「世界と日本」第2198号 より

 

文氏 退任後の行く末は

辿るのか 歴代大統領運命の道を

 

龍谷大学教授 李 相哲 氏

 残り任期1年を切った文在寅(ムンジェイン)韓国大統領の最大の関心事は退任後安全に余生を送れるか否かということのようだ。2017年の大統領選挙で自由韓国党(現最大野党、国民の力の前身)候補として文氏と闘った洪準杓(ホンジュンピョ)議員は5月14日、記者懇談会で「李在明(イジェミョン)京義道知事が大統領になれば文在寅大統領は1年以内に監獄に入るだろう。それだけは自信をもって言える」と言った。

 

 李在明氏は現与党、共に民主党に党籍をおく知事で次期大統領にもっとも近い人物とされる。韓国ギャラップが5月4日から6日にかけて満18才以上の1002名の有権者を対象に実施した「次期大統領候補好感度」に関する調査で李氏は25%の支持を獲得して1位、野党有力候補の尹錫悦(ユンソクヨル)前検事総長の22%支持率を抜いて先頭に立った。

 これまでの韓国メディアの次期大統領選挙に関する報道を総合すればこのような傾向は続く可能性が高い。各種世論調査で尹氏の支持率は李氏を上回る場合が多いが尹氏はまだ大統領選に立候補する意向すら明らかにしていな状況であり、いまのところ李知事は大統領にもっとも近い人物と言ってよい。

 

与党候補に文氏の後継者なし

 「東亜日報」によれば「いま、文大統領の立場では退任後自身の安全を保障してくれる候補を探すのが最大の課題だ」(5月14日付)が、今のところ与党内では李氏と競争できる人物は見当たらない。文氏の後継者とみなされた曺国(チョグク)前法相(現ソウル大教授)は、いまや起訴され裁判を受けている身。

 もう1人、文氏の秘蔵子と言われた現慶尚南道知事は選挙法違反で1審、2審とも2年禁錮刑が言い渡され、大法院(最高裁判所)で争っているので次期大統領選挙には間に合わない。これから韓国政界によほどの異変が起こらないかぎり野党候補か、李氏が大統領になるのは必然の趨勢とみられる。野党候補が大統領になった場合でも文氏の失政の責任を問わないわけにはいかないだろう。

 韓国では、歴代大統領が悲惨な末路を辿ることがほぼ常識とされてきたが今後はこのような悪しき「伝統」は断ち切るべきとの意見もあるが、大勢の有権者、識者、メディアは文在寅大統領までは仕方ない、必ず責任を追及すべきという意見が圧倒的に多い。文氏の指示に反して時の権力者の曺氏の不正を暴き、文氏の関与がささやかれる事件にメスを入れようとして辞任に追い込まれた尹氏に有権者の多くが拍手喝采をおくり、支持していることからもわかる。いまや、尹氏は大統領選挙に立候補さえすれば当選されそうな勢いだ。

 このような世論を意識したからだろうか。昨年の新年記者会見で文氏は、「退任後私は忘れた存在になりたい」と語り、今年に入っては退任後、政治の世界から離れ田舎で農業を営むつもりであることを見せかけるためか、慶尚南道東部の田舎、梁山に巨大な農地を購入して大邸宅建設を始めたが果たして文氏が描く人生設計通り上手くいくかは疑問だ。

 

時限爆弾抱える文在寅

 まず、文氏はいくつもの時限爆弾を抱えている。

 これまで文氏の関与が疑われる事件は表に出ているものだけで3つある。①2018年6月の地方選挙で文氏は、自分の長年の友人を蔚山広域市長選挙に当選させるため大統領府をはじめ政府の8つの部門と地方警察庁長官を動かして各種選挙不正を働いたという事件。②政権公約の脱原発を無理やり押し通すため、データを改竄し最良の状態の原発を停止させ、建設中の原発工事を中断させ1兆ウォンにのぼる損失を出していながら、北朝鮮に原子力発電所の建設を推進したのではないかという疑惑、③企業から賄賂を受け取るなど不正を働いた元青瓦台国務調整室管理官、後に金融政策局長、釜山市副市長を歴任した柳在洙(ユジェス)に対する捜査もみ消し事件への関与などなどだ。他に、北朝鮮との関係では市民団体からすでに「与敵罪(反逆罪)」で告訴されている。

 これら事件捜査は現在すべて宙に浮いた状態だ。尹検事総長が在任中に手を着けたものの文氏が任命した法相により悉く潰された。法相はこれら事件捜査に当たる検事数十人を左遷、捜査チームを解体すると同時に、指揮権を発動して検事総長の尹氏を捜査から排除、それでも捜査を続けようとすると職務停止処分、懲戒処分まで下した。最終的に尹氏は辞職に追い込まれ、いまこれら事件への捜査は止まったままだが、政権がかわれば再調査するのは間違いないだろう。つぎに、在任中に作った安全措置が崩れつつある。文氏は政権の命運をかけ「検察改革」を推進、検察の権限の一部を警察に移譲させ、新たに法律をつくり大統領のコントロールが効く「高位公職者犯罪捜査処(高捜処)」を発足させた。

 目的は検察の権限を大幅に縮小、勝手に大統領やその親族、高位公職者の捜査はできなくするものだが、「高捜処」については違憲の疑いがあるという意見が根強い上、組織づくりすら円滑に進んでいない。政権が代わればどうなるかわからない。また、退任後を睨んで法務部、検察、大法院の要職に「親文勢力」で固めてはいるものの、政権が求心力を失い、レームダック化が進めばこれら安全措置はもろく崩れ落ちるだろう。すでに、これまで文氏や文政権に関係ある事件への捜査を決死阻止してきたとして「防弾検事」と言われるソウル中央地方検察庁の検事長で文氏がもっとも信頼する李盛潤(イソンユン)氏は、5月12日、職権乱用、権利行使妨害容疑で起訴された状態だ。検察組織のナンバーツーに当たるソウル地検検事長の起訴は史上初めてのことだ

 3番目に、国会の3分の2の議席を占める与党が、文氏退任後の安全な暮らしを保障する法的措置(憲法改正など)を取ることも考えられるが国民から支持されず、求心力低下が進む文氏のために自分の政治生命をかけようとする議員はいまのところいない。

 文氏が歴代大統領のような運命を辿るまいともがいてもその前轍を踏むのは間違いなさそうだ。

 



《かみや・またけ》

1961年京都市生まれ。東大教養学部卒。コロンビア大学大学院(フルブライト奨学生)を経て、92年防衛大学校助手。2004年より現職。この間ニュージーランド戦略研究所特別招聘研究員等を歴任。専門は国際政治学、安全保障論、日米同盟論。現在、日本国際フォーラム理事・上席研究員、日本国際問題研究所客員研究員、国際安全保障学会副会長。主な著作に『新訂第5版安全保障学入門』『新段階の日米同盟のグランド・デザイン』『日本の大戦略』など。

2021年4月5日号 週刊「世界と日本」第2194号 より

 

日米同盟は対等な「対中同盟」へ

 

防衛大学校教授 神谷  万丈

 

 3月16日の日米安全保障協議委員会(2+2)は、日米同盟が2つの意味で新たな段階に入ったことを実感させた。1つはこの同盟が、ついに双方がお互いの力を必要とし合う対等な同盟になったということだ。もう1つはこの同盟が、中国の突きつける安全保障上の挑戦に立ち向かうための同盟という性格を強めたことだ。
 最近まで、米国は日本を対等な安全保障上のパートナーとはみてこなかった。集団的自衛権の行使禁止をはじめとするさまざまな国内的制約により、日本が同盟国として十全の役割を果たすことができないことへの不満があったからだ。

 だが第2次安倍政権の誕生以降、状況は大きく変わった。安倍晋三前首相は日米同盟重視を唱えるとともに防衛費を増額し、集団的自衛権の行使を限定的に可能にする憲法解釈の変更に踏み切るなど、同盟強化のための方策を相次いで実行した。またトランプ政権下の米国が国際的リーダーシップを発揮できなかった空白を埋め、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想を提唱し「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」を締結に導くなど、自己主張を強める中国を前にアジアや世界の戦略的問題に対処する上で主導的な役割を果たした。その結果、ついに米国側も日本を対等な同盟国と認めるようになった。昨年12月に出された第5次アーミテージ・ナイ報告書は、2000年に最初の報告書を発表してから20年目にして初めて、日米同盟を「対等な同盟」と呼んだ。
 報告書で印象深かったのは、「日米同盟は……相互依存へと移行しつつある」というフレーズだ。これまで、日本が安全保障上米国の力を必要としているのに対し、米国にとっての日米同盟の価値は、日本の力よりも在日基地の戦略上の意義などが中心だと考えられがちだった。だが今や米国も、中国や北朝鮮などの挑戦に立ち向かう上で日本の力を必要とするようになっている。このフレーズにはそうした意味が込められている。今回の2+2は、バイデン政権が日米同盟をまさにそのような目でみていることを浮き彫りにするものだった。
 今回の2+2が、菅・バイデン時代における日米連帯の再確認を目指したことは確かだ。だがブリンケン国務長官は、会合の冒頭で「同盟を再確認するだけではなく実行するために日本に来ている」と述べたと報じられている。今回双方は、日米同盟がインド太平洋地域の平和、安全、繁栄の礎であり続けることを再確認し、拡大する地政学的な競争や新型コロナウイルス、気候変動、民主主義の再活性化といった課題の中で、FOIPとルールに基づく国際秩序を推進していくことで一致したが、右の発言は、これをレトリックに終わらせることなく着実に実践していかなければならないという米国側の決意と、そのためには日本の力が必要だという認識の表れとみることができる。
 中国の台頭などによる国際的な力のバランスの変動の結果、FOIPもルールに基づく国際秩序も、今や米国単独では達成できない。そこで重要になるのが、この8年積極外交を続ける同盟国日本の力だ。国務・国防両長官がバイデン政権の閣僚による初の外国訪問先として日本を選んだのも、菅義偉首相がバイデン大統領と対面式で会談する初の外国首脳となるのも決して偶然ではない。米国外交の中での日本の位置づけは、頼りにできる同盟国としてかつてなく重みを増している。日本にとっては好ましい変化だ。
 そこに、中国が「21世紀における最大の地政学的なテスト」(ブリンケン長官)だとの認識が重なる。日本側も「インド太平洋の戦略環境は以前とは全く異なる次元にある」(茂木敏充外相)と呼応する。日米同盟は、冷戦後はアジア太平洋地域の安定化装置であり特定の国に向けられたものではないとされてきた。だが今回の共同発表では、日米は中国の「既存の国際秩序と合致しない行動」への警戒を隠していない。「ルールに基づく国際体制を損なう、地域の他者に対する威圧や安定を損なう行動に反対する」との表現で、中国の力任せの国益主張や現状変更の試みに対抗する意思が明確にされた。中国海警法への深刻な懸念も明記され、尖閣諸島への日米安保条約第5条の適用や、台湾海峡の平和と安定の重要性も強調された。香港や新疆ウイグルの人権状況にも懸念が示された。
 会合後の記者会見でブリンケン長官は、「中国が言い分を通そうとして強制や侵略を行った時に必要であれば押し返す」との決意を表明した。日米同盟が「再々定義」されたわけではないが対中同盟の性格が強まったといえるだろう。米国が経済的な考慮などから中国に甘過ぎる姿勢をとる可能性が低下したのは、やはり日本にとって好ましい。
 かくして日本にとって望ましい形で新段階に入った日米同盟だが、この状況を発展させるためには条件がある。まず、近年の積極外交の継続だ。FOIPを促進し続けること、その核として最近活性化が著しい日米豪印のクアッド協力でも主導権を発揮すること、コロナ、気候変動、人権などの問題に対応するための多国間協力でも積極的な役割を果たすこと。こうした取り組みを継続し、米国に日本の価値を認めさせ続けることが必要だ。
 安全保障努力のさらなる強化も不可欠だ。今回の共同発表には日本が「国家の防衛を強固なものとし、日米同盟を更に強化するために能力を向上させることを決意した」との文言が入ったが、米国はこれが実践されるかどうかを注視するだろう。新段階に入った日米同盟を「更に強化する」ためには、インド太平洋全域における日本の安全保障活動の拡大や、中国の「既存の国際秩序と合致しない行動」への抑止力と対処力を強化するための能力整備が求められる。
 日本国民がそれを負担増ではなく自国に必要な投資とみることができるかどうかが、今後の日米同盟のあり方を大きく左右しよう。

 


《おはら・ぼんじ》

1985年防衛大学校卒。98年筑波大学大学院(地域研究)修了(修士)。2003~06年、駐中国防衛駐在官。09年第21航空隊司令。11年IHS  Jane,s アナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャー。13年東京財団を経て、17年6月から現職。著書に『中国の軍事戦略』、『軍事大国・中国の正体』、『何が戦争を止めるのか』、『曲がり角に立つ中国』(共著)等多数。

 

2021年3月15日号 週刊「世界と日本」第2193号 より

 

バイデン政権  その姿勢は

是々非々の対中政策

 

(公財)笹川平和財団 上席研究員 小原  凡司

 

トランプ政権下の米中関係
 政権交代を伴うバイデン政権の誕生は米国の対中政策に変化をもたらすだろう。その変化を理解するために、まず、トランプ政権の対中政策を概観する。トランプ政権は、米中関係を新冷戦構造に導こうとするかに見えた。「『冷戦後』の終焉」の認識を示すかのように、信頼情勢枠組みから撤退すると同時に、経済的には中国製品を自身の市場から締め出し、軍事的にも圧力をかけ、ポンペオ国務長官(当時)の講演等によってイデオロギー対立を鮮明にして見せたのである。
 こうした米国の姿勢に対して中国は反発しながらも、米中新冷戦を回避しようとしてきた。全面的な米中対立が中国にとって不利になるからである。中国の目的は中国共産党による安定統治の継続であり、これが変わることはない。そのため、共産党は権威を誇示して国民の支持を得なければならい。中国は発展して強大になり「中華民族の偉大な復興」を成し遂げたと、目に見える形で国民に示さなければならない。この目的をいかに達成するかが戦略であり、理想である目的と制限を伴う現状のギャップを埋めるものだとも言える。目的は変化せずとも、状況が変化すれば戦略は変化し得るのである。

中国のバイデン政権に対する見方
 そして、バイデン政権の誕生という状況の変化が生じた。中国は、バイデン政権の閣僚等の発言や論文を分析し、その対中政策を見極めようとしている。中国は、トランプ政権が課した経済制裁が簡単には解除されないと認識しているが、米国が軍事力を行使しないという保証を得た上で、米国が中国の行動を妨害せず、協力の側面を強調するという状況を作らなければならないと考えている。中国では、「冷戦思考は米国の長期的な競争力を犠牲にする」と主張するサリバン・キャンベル論文などがその根拠として取り上げられている。また中国は、米国の経済界に対する世論工作等を強めれば、経済制裁の解除もあり得るという。
 「米中新型大国関係」という表現は使用されなかったが、2020年11月に習近平主席がバイデン氏に送った祝電の中に「非衝突非対抗、相互尊重、協力ウィンウィン」の3つが掲げられた。この3つは、2013年6月にパームスプリングスにおいて実施された米中首脳会談の中で、習近平主席がオバマ大統領(当時)に働きかけた「米中新型大国関係」の核心とされたものである。しかし、中国が創出したい状況は同様であっても、2013年当時に比して現在の中国の経済力および軍事力は飛躍的に高まっている。同様の状況を追求するにしても、米国や周辺国、さらには国際社会に対する中国のアプローチはより自信に満ちた強硬なものになり、時には攻撃的なものになるだろう。

変わらない対中強硬姿勢
 2021年2月4日、バイデン大統領は国務省において外交政策についての演説を行い、中国を「最も容易ならない競争相手」と呼び、「我々は、中国の経済力の乱用に立ち向かい、中国の攻撃的で威圧的な行動に対抗し、人権、知的財産、グローバル・ガバナンスに対する中国の攻撃を後退させる」と述べる一方、続けて「しかし、我々は、米国の利益になる時には中国政府と協働する準備ができている」とも述べた。
 バイデン政権の演説の内容は、是々非々の対中政策という政権の基本的な考え方を示すものだ。バイデン政権は、台湾問題でも中国に対して強い態度を示している。2021年1月23日、米国務省は、中国が台湾を含む近隣諸国や地域の威嚇を図っていると「懸念」を表明し、中国政府に対して台湾への軍事、外交、経済的な圧力を停止し、台湾との「意味ある対話」に取り組むよう促す声明を発表している。

空白は中国に有利
 一方でバイデン政権は、気候変動問題では中国との協力を模索するだろう。さらに、バイデン政権の対中政策やインド太平洋への関与の方針が固まるまでに6カ月から1年程度の時間がかかる可能性がある。中国は、この期間に能動的に動けば、米中関係において中国が優位な位置を占めることができると主張する。
 実際に中国は、対外政策の方針が固まった米国が中国と向き合おうとした時に、中国に対して軍事力を行使したり、中国を国際社会や市場から排除したりすることができない状況を創出しようとしている。中国は、投資に関する合意を結んで欧州との経済協力を深化させ、王毅外相が歴訪するなど東南アジア各国に対して積極的な外交攻勢をかけるとともに、軍事力増強にも余念がない。
 バイデン政権は、トランプ政権が課した対中経済政策を継続すると考えられており、ウイグル族等少数民族に対する人権侵害や台湾に対する軍事的圧力に関して中国を非難しているが、具体的な政策や行動を取るまでに時間がかかれば、自らに有利な状況を作る時間を中国に与えることになりかねない。さらに、バイデン大統領やサリバン大統領補佐官が用いる「中産階級のための外交政策」といったスローガンは、バイデン政権が経済安全保障を重視する意図を示すものと考えられ、中国に対して経済的圧力を継続する一方、軍事力の行使が米国中産階級の利益にならないと認識される可能性もある。

日本がなすべきは
 しかし、バイデン政権が日本にとって有利か不利かを議論することに意味はない。バイデン大統領は選挙によって米国民が選択した米国の政治指導者である。日本がなすべきは、バイデン政権を批判することではなく、米国が引き続き「自由で開かれたインド太平洋」構想に積極的に関与するよう外交努力を継続することである。日本単独の対米、対中影響力は限定的であることから、欧州や豪州といった米国の他の同盟国、インドや東南アジア諸国といった友好国との協力も不可欠である。そして、米国および中国に対する日本の影響力を向上させ、他国に日本との協力の必要性を認識させるためには、日本自身の外交力、経済力、軍事力を高い水準で維持しなければならない。

 


《むらた・こうじ》

1964年、神戸市生まれ。同志社大学法学部卒業、米国ジョージ・ワシントン大学留学を経て、神戸大学大学院博士課程修了。博士(政治学)。広島大学専任講師、助教授、同志社大学助教授を経て、現職。専攻はアメリカ外交、安全保障研究。サントリー学芸賞、吉田茂賞などを受賞。『現代アメリカ外交の変容』(有斐閣)など著書多数。

 

2021年3月1日号 週刊「世界と日本」第2192号 より

 

バイデン 限られている持ち時間

カギは国内再建の成否

 

同志社大学法学部教授 村田 晃嗣 氏

 

 様々な混乱の末、2021年1月20日にアメリカでジョー・バイデン民主党政権が発足した。78歳と史上最高齢の大統領の登場である。南北戦争以来、最も困難な状況の下での大統領就任と言われている。おそらく、バイデンは1期4年で退任しよう。しかも、少なくとも最初の1年はコロナ対策で忙殺されるし、22年11月の中間選挙で敗れれば、早くもレイムダック化する。持ち時間は限られている。

 

 バイデン大統領は長い政治経験を持ち、対立や怒りではなく妥協と中庸の人である。高齢という共通点を別にすれば、個人的資質では、前任者のドナルド・トランプと好対照である。

 しかし、トランプがバラク・オバマ政権のレガシーを強く否定したように、バイデンも政権発足直後に数々の大統領令を発して、トランプ政治を覆していった。

 また、民主党の支持基盤や党内左派に配慮して、バイデン政権は多くのマイノリティーを起用している。文化的、社会的属性をめぐる争い、「アイデンティティー・ポリティックス」は、バイデン政権にも継承されている。カマラ・ハリス副大統領は、初の黒人、アジア系、女性の副大統領であり、多様性の象徴である。2024年の大統領選挙で彼女が民主党の大統領候補になれば、共和党内のトランプ派は反発を強めるであろう。

 さらに、バイデン政権は対中政策でもトランプ政権の強硬路線を概ね継承することになろう。アントニー・ブリンケン国務長官やロイド・オースティン国防長官ら主要閣僚も、中国への強い警戒心を表明している。リチャード・ニクソン以来の対中関与政策を、トランプは大きく軌道修正した。しかも、ヘンリー・キッシンジャーなしに。

 トランプ政権内には、ブリンケンやジェイク・サリバン(国家安全保障担当大統領補佐官)、カート・キャンベル(インド太平洋政策調整官)のように、日米同盟を機軸に中国に対処しようとする同盟派と、ウイグルや新疆、チベット、香港での人権問題、民主化問題を重視する人権派、地球環境問題などグローバル・アジェンダで米中協力を模索する環境派が共存している。とはいえ、コロナ・パンデミック以降、世論は総じて中国に否定的である。バイデン政権内の合従連衡でも、当面は同盟派が中心となろう。

 2028年とも予測されるGDPでの米中逆転、軍事技術での中国の急速な追い上げに直面して、これは現実的な対応である。サリバンが指摘するように、勢力均衡を考慮すれば、同盟関係や多国間協力はアメリカの「武器」なのである。また、バイデン政権は米ロ関係の改善にも意欲を示している。ただし、ニクソン・キッシンジャー外交のように戦略的三角形を操縦するには、相当の力量が求められる。

 このような外交課題を抱えながらも、バイデン政権は当面、国内再建を最優先せざるをえない。国内インフラの整備や教育への再投資なしには、中国との競争を勝ち抜くことはできない。あくまで国内再建を優先させつつ、同盟重視の対中政策で時を稼ぎ、人権や環境問題でアクセルとブレーキを踏む―これがバイデン政権の構図であろうか。

 イギリスの前首相ウィンストン・チャーチルが「民主主義は最悪の政治形態である。ただし、過去に試みられた他のすべての政治制度を除いては」と語って、逆説的に民主主義を礼賛したことはよく知られる。「アメリカ人は常に正しいことをする。ただし、他のあらゆる可能性を試みた後に」とも、そのチャーチルは述べている。試行錯誤を重ねながらも、アメリカ人は最後には成功を手にする、という確信である。

 地理学者のジャレッド・ダイアモンドも、アメリカの恵まれた地理的環境と豊かな天然資源、人口増大などを指摘して、「中国やメキシコがアメリカを破壊することはできない。アメリカを破壊できるのはアメリカ人自身だけである」と喝破している。むしろ、アメリカが中国との競争を勝ち抜いた後に、トランプ流の外交レバレッジを再活用し、果てには「ならず者の超大国」になるのではないか、と懸念する専門家もいる。

 他方、中国はすでに生産人口の大幅な減少局面に突入し、世界一のGDP大国になる頃に世界一の人口大国の地位をインドに譲り渡す。人口性比(女性100人当たりの男性数)も105といびつである。

 実は、日本も人口減少に苦しみながら、すでに総人口の2.3%を外国人が占めるようになっている。2050年には、日本の総人口は1億人を割り、その1割が外国人との予測もある。性的マイノリティーも社会的存在感を増している。「アイデンティティー・ポリティックス」は、日本の問題にもなりつつある。われわれはアメリカの国内的対立と和解への努力から学びつつ、アメリカの国際的関与を促す努力を一層重ねなければならないのである。

 日本でも昨年9月に、菅義偉内閣が成立した。菅首相とバイデン大統領はともに70代、優れた実務家であり、年下の上司を支えてきた経験もある「苦労人」である。長期的には地球環境問題への対処、短期的にはコロナ対策と政策アジェンダも共有している。安倍晋三前首相とトランプ前大統領のような良好な関係を構築することは可能であり、また大いに必要でもある。もし今年9月の自由民主党総裁選挙で菅首相が再任されれば、2024年9月まで菅内閣が続く可能性もある。同年11月にはアメリカも大統領選挙を迎える。そうなれば、日米両国政府は時間軸を共有しながら政策調整を行い、次のリーダーを育成することができる。

 しかし、コロナ対策の遅れや相次ぐスキャンダルから、菅内閣の支持率は低迷している。来るべき衆議院選挙で自民党が現有議席数(282議席)を維持することはどのみち至難の業だが、単独過半数(233議席)を確保することは容易である。「菅首相では選挙は戦えない」という議論は、ボーダーライン如何によるイメージ論という側面が強い。コロナ対策の成否が菅内閣の命運と日米関係の将来をたぶんに左右することになろう。

 


《わたなべ・つねお》

1963年生まれ。東北大学歯学部を卒業。歯科医師を経てニュースクール大学(ニューヨーク市)で政治学修士。戦略国際問題研究所で上級研究員を務めた。2005年に帰国、三井物産戦略研究所主任研究員、東京財団上席研究員を経て、現職。戦略国際問題研究所非常勤研究員を兼任。近著に『2021年以後の世界秩序』(新潮新書)がある。

 

2021年2月15日号 週刊「世界と日本」第2191号 より

 

遠い団結への道のり

バイデン選出「天の配剤」

 

(公財)笹川平和財団上席研究員 渡部 恒雄 氏

 

 1月20日、米国ではバイデン新大統領が就任演説を行った。演説の中心テーマは、米国の団結だった。それは、1月6日に「トランプ大統領は不正な選挙によってバイデン候補に敗れた」と信じる暴徒による議事堂への乱入で5人の死者が出た事件を反映している。バイデン氏は「数日前、暴力が議事堂の土台を揺るがそうとしたこの神聖な場所で、我々は、神の下、分かたれることのない1つの国家として結集し、2世紀以上続けてきたように、平和的な権力の移行をしている」として、民主主義の勝利と国民の団結を訴えた。

 

 ただし、実際の団結への道のりは遠い。1月10日から13日に行われたワシントン・ポスト/ABC共同世論調査によれば、回答者の32%および共和党支持層においては7割が「バイデン氏は大統領選で正当に勝利しなかった」と考えている。

 このような状況で共和党議会の与党民主党への協力が和解の鍵となる。通常、新大統領就任後、100日間ぐらいは「ハネムーン期」といって、野党議会もある程度反対姿勢を控える。

 通常であれば、大統領選挙で勝利した与党は、大統領の人気に便乗する形で、議会選挙でも議席を増やすことが多い。これは大統領のコートの裾に乗って当選するという意味で「コートテール効果」というが、今回、上院では1月5日のジョージア州決選投票での民主党2議席勝利の結果を受けて、民主党対共和党が50議席対50議席の同数で、カマラ・ハリス新副大統領による1票だけの過半数である。下院でも民主党222対共和党211のわずか11票差の過半数だ。今回、バイデン氏のコートテール効果はほとんどなかった。当然ながら、政府高官の承認や法案審議で共和党議会の影響力は大きくなる。

 しかも民主党内も一枚岩ではない。バイデン氏は中道派だが、バーニー・サンダース上院議員らの党内左派と昨年の民主党予備選で指名を争い、米国の民主主義を壊しかねないトランプ大統領を打倒することで合意して、サンダース支持の左派がバイデン支持でまとまった経緯がある。しかし共通の敵であるトランプ氏が退場した後、バイデン政権は政策に乖離がある左派を繋ぎとめることも必要だ。党の分裂は、それでなくとも薄氷の議会の過半数を、2022年11月の中間選挙で、共和党からより深刻な挑戦を受けることになる。

 現在、バイデン政権は、共和党議会と党内左派の両にらみで政権運営を行っている。例えば、イエレン前FRB(連邦準備制度)議長の財務長官指名は、両にらみの産物だ。彼女はオバマ政権からトランプ政権にかけてのFRB議長として、安定した経済成長を支えた人物として、共和党議会と市場の信認がある人物である。同時に、貧富の格差是正に大きな関心を持つ労働経済学者としての顔は民主党左派からの信任も得られた。

 バイデン政権の最大の課題は、コロナ感染対策と、コロナ感染から深刻なダメージを受けている経済、特に雇用の回復だ。バイデン大統領と民主党議会は、1兆9000億ドルという大規模な追加経済対策の実現のために、議会で共和党と協議している。しかし、小さな政府を志向し、かつバイデン政権の正統性に疑いをもつ支持者が多い共和党の合意を得ることは難しい。実際、トランプ前大統領に最も批判的な共和党のミット・ロムニー上院議員ですら、国家財政に大きな負担となる1兆9000億ドルという規模には疑問を持っている。これらの大規模な政府支出は、その財源として、バイデン氏が提案している法人税増税や高所得者層への増税に繋がりかねず、それは「小さな政府」を志向し、高所得層を支持基盤とする共和党議員には容認できないからだ。

 このような中で、民主党上院は、共和党との歩みよりのために、「パワーシェアリング」という協議を行っている。これは、上院で50対50の同数で副大統領の1票だけの過半数の与党民主党が、本来ならば上院の委員長ポストを独占できるところを、共和党側にも委員長職をシェアすることで、協力を求めることだ。

 民主党としては、与党が60議席を確保すれば防げる野党のフィリバスターと呼ばれる議事妨害を、このパワーシェアリングにより、回避したいと考えていたようだ。実際に、このパワーシェアリングは2000年の上院で50対50の議席になり、副大統領の1票差の与党だった共和党が、民主党に持ち掛けて実現したことがある。

 このようにバイデン政権と民主党は、共和党との一定の歩み寄りを図っている。例えば、トランプ前大統領が1月6日の議事堂乱入の暴動を扇動したことに対して、下院は2度目の弾劾決議を通したが、上院での弾劾裁判開始について、民主党は1月中の開始を予定していたが、共和党はトランプ前大統領に十分な準備期間を与えるように要求していた。民主党はこれを受け入れ、2月8日からの開始となった。この妥協によりバイデン政権の政権人事に共和党からの協力を期待したが、これまでのところ、ヘインズ国家情報長官、オースティン国防長官など、共和党側が指名に難色を示す可能性がある閣僚人事においても、共和党上院は協力的で、2人の就任は承認された。

 ただし、2月からのトランプ氏への弾劾裁判は、バイデン政権にとって両刃の剣である。共和党内には依然として根強いトランプ支持者がおり、国内の分断を深めかねない。一方で、マコネル上院院内総務などの共和党指導部がトランプ氏の弾劾に投票すれば、弾劾が成立しなくとも、共和党が分裂含みとなり、民主党の議会運営は大分楽になる。

 そもそもアメリカ国民を分裂させ、共和党支持者の多くをトランプ支持に向かわせた背景の1つには、議会の機能不全と、それに対する国民の信頼低下という要素がある。ジェラルド・フォード大統領(1974―1977年)以来の生粋の「議会人」であるバイデン氏が大統領に選ばれたのは「天の配剤」かもしれない。国民の分断を回避するためには、議会における党派間協力が最優先課題だからだ。

 


《り・そうてつ》

専門は東アジアの近代史・メディア史。中国生まれ。北京中央民族大学卒業後、新聞記者を経て1987年に来日。上智大学大学院にて新聞学博士(Ph.D.)取得。98年より現職。同年、日本国籍取得。テレビのニュース番組や討論番組に出演、情報を精力的に発信。著書に『日中韓メディアの衝突』『北朝鮮がつくった韓国大統領―文在寅政権実録』『「反日・親北」の韓国 はや制裁対象!(共著)』など多数。

2021年2月1日号 週刊「世界と日本」第2190号 より

 

文在寅を待ち受ける険しい道

尾を引く「検察改革」

 

龍谷大学教授 李 相哲 氏

 1月に入り文在寅韓国大統領の支持率は最低を更新した。政権寄りとして知られる世論調査機関、リアルメーターが1月4日より6日にかけて韓国の成人男女1505名に対し行った調査で文氏の国政運営を肯定的に評価した国民は35.1%、否定は61.2%という結果が出た。

 

 深刻なのは、「文大統領が良くやったと思うのは何か」という質問に対し44%が「なし」と答えたことだ。韓国与論調査機関の幹部によれば「これまでの歴代政権は、否定的評価が55%を超える瞬間から崩れていった」。ただ、韓国の憲法を条文通り解釈すれば、文氏が任期途中大統領の座から降りる可能性は2つのケースしか考えられない。

 自分の意志で任期途中に辞任するか、弾劾によるものだが、文氏が自ら下野(辞職)することも、与党が3分の2を占める国会で文氏が弾劾される可能性もない。それにしても支持率低下が止まらなければ文政権は求心力を失い、レームダック状態に入るのは間違いない。

 

K防疫で無能、無責任ぶり露呈

 これまで文氏はコロナ対策をテコに野党と保守系を抑え、懸案をごまかし、辛うじて政権の求心力を維持してきたが、今回の調査では、文氏を支持しない理由の2番目が「コロナ対策(K防疫)」だった。

 昨年5月文氏は、大統領就任3周年を記念して行われた対国民特別演説で「我が国は防疫で世界を先導する国になりました」と鼻高々に宣言、12月9日には「(コロナで苦しんだ)長いトンネルの終わりが見えた」とコロナ対策を自慢してきたが、皮肉にも文氏がコロナ終息を口にする度に感染が増え、12月の談話を発表した3日後には1日の感染者1000名を突破する事態となった。

 元国情院高官で評論家のチョンオクヒョン氏は「多くの国民が怒っているのは、K防疫で“世界を先導している”という幻想に駆られ、本当に必要な対策は取っていないことだ」(1月8日付、「YouTube安保正論」)と怒る。

 これまで文政府はワクチン確保を怠っていたが、昨年暮れにそのような実態が明らかになり批判を浴びるようになると、「ワクチンの深刻な副作用に鑑み、国民の健康を最優先に考慮して協議を進行してきたため確保が遅れた」と説明した(保健福祉部、疾病管理庁)。その後、説明が説得力のないことに気づいたのか、大統領府は「(2020年)4月から(大統領は)ワクチンを多すぎると思うくらい確保しろと指示してきたのに」と弁明した。この説明が本当であれば、いま、韓国では文氏の指示が執行されていないという意味になる。

 さらに、政府が管理するソウル拘置所で昨年11月27日にコロナ感染者が確認されたが、12月中旬になって慌てて措置を取ったため収容者の40%の1000人以上が感染してしまった事実が発覚した。

 このことについても、政府は予算がなかったからマスクを支給するなど措置を取れなかったと弁明したが、野党代表は「文政権はコロナ防疫の成果を広報するのに1200億ウォンを使っていながらマスクを買う予算がなかった(12月13日付『中央日報』、保健福祉部は否定)というのは到底理解できない」と批判した。このことについても大統領府関係者は「文大統領は参謀たちとの会議で何度もこの問題の解決を指示した」(2021年1月3日付韓国の『毎日新聞』)と弁明した。文氏はいつものとおり指示はしたから責任はないということだろう。

 

文氏を待ち受ける過酷な結末

 文氏がコロナ対策を疎かにした背景は、昨年1年間、国政の優先課題に「検察改革」をあげ、検察とのバトルに明け暮れたからだと批判する専門家は多い。

 問題は、改革の目的はあくまで文氏が絡んでいるとみられる不正事件の捜査に乗り出した現検察総長、尹錫悦氏を追い出すのが目的ではなかったかと国民の多くが文氏を疑っていることだ。文氏は大統領就任後、3年余りの時間をかけて大法院(最高裁判所)を含む司法部と憲法裁判所、警察組織を完全に掌握したが、検察組織は「改革」できなかった。

 文氏は検察を制御する手段として最初は曺国氏(玉ネギ男)を法相に据え、「検察改革」に乗り出すが担当者の曺氏が様々な不正に手を染めた事実が発覚して途中落馬したため挫折、その後、突破力を買って「韓国のジャンヌ・ダルク」と言われる秋美愛元民主党代表を法相に当て、「言うことを聞かない尹錫悦」(秋法相のことば)を追い出そうと露骨に法的な手続きまで行い尹氏降ろしに没頭したが、結果的に秋長官が辞任を余儀なくされた(文氏が後任人事を指名しているにも関わらず秋氏はまだ法務部に居座っていることに対しても国民の不信を買っている)。

 文氏が、自分が任命した検察総長の追い出しにここまで執念を燃やしたのは、自分と、政権中枢への捜査を阻止するのが目的だったとされる。韓国メディアは、これまでの一連の騒ぎに対し、「文氏は国民に対し、法律で任期が保障されている検察総長の首を切ろうとするのは自分ではない」と言いたいがために後ろに隠れている、卑怯だと批判する。

 

4月の補欠選挙に文氏の運命

 新年になってから、文大統領の支持率は下がる一方で文氏が絡んでいるとみられる蔚山市長選挙への介入、原子力発電所1号機の経済性評価を改竄(かいざん)して無理やり停めた事件など「生きている権力」への捜査を辞めようとしない尹錫悦検察総長に対する支持率はウナギ登りの勢いだ。いまや30%を超える国民が次期大統領候補にふさわしい人物として尹氏を挙げる。文氏に対する本当の意味での審判はこれからだが、試金石になるのは今年4月に行われるソウル市と釜山市の市長選挙だ。この選挙で与党が負ければ、来年3月に行われる大統領選挙で与党が勝つ可能性は低くなる。そうなれば、過去の歴代大統領がそうであったように、文氏を待つのは過酷な結末しかないのではないか。

 


《しゃちょうてい》

1946年台北市生まれ。国立台湾大学卒業。大学在学中に弁護士試験をトップの成績で合格。司法官試験も合格。74年日本・京都大学法学修士後、同大学博士課程修了。台北市議会議員、立法委員(国会議員)、高雄市長を歴任。民主進歩党主席、行政院長(首相)、2007年第12代総統選挙民主進歩党候補者、16年6月より現職。

2021年1月18日号 週刊「世界と日本」第2189号 より

 

主権を堅持  平和に貢献

 

 

台北駐日経済文化代表処代表 謝長廷 氏

骨抜きにされる香港 台湾は「1国2制度」拒否

 台湾をとりまく国際環境はますます急速に変化している。昨年からの新型コロナ禍の中で、台湾は厳格な防疫対策により感染を封じ込めることに成功し、国際社会からも高く評価された。一方、各国が新型コロナ肺炎の対応に追われるなか、その隙をつくように中国は香港の「1国2制度」を香港版国家安全法で骨抜きにし、さらに中国の軍機が台湾海峡の中間線を越えて飛来するなど、中国の脅威がますます高まっている。

 中国の習近平国家主席は「1国2制度」による統一を台湾に迫っているが、最近の香港情勢を見ての通り、民主運動のリーダーや民主派を支持する新聞社のトップなども逮捕され、民主派が次々と口封じされており、民主主義社会と共産主義の独裁体制は共存できない。しかも香港と台湾は歴史的背景も異なり、中華民国(台湾)は決して中華人民共和国の一部ではない。したがって、台湾の蔡英文総統は「1国2制度」の受け入れを明確に拒否している。

 蔡総統は昨年10月10日の中華民国国慶日の演説のなかで、両岸関係は相互尊重と善意により、平和の道を共に話し合うべきであり、「対等」と「尊厳」の原則の下、意義ある対話をしたいと呼びかけている。台湾は両岸の平和と安定を守る決意がある。しかしこれは台湾単独で実現できるものではなく、両岸双方の責任である。

 

米国の台湾支持は超党派 日台間も交流基本法が必要

 台湾の安全保障において米国との関係は非常に重要である。米国の「台湾関係法」は、台湾の防衛に必要な武器売却の法的根拠となっている。この「台湾関係法」を基礎に、台湾と米国は緊密かつ良好な関係が築かれている。また、近年米国は「台湾旅行法」、「アジア再保証イニシアチブ法」、「TAIPEI法」(台湾友邦国際保護強化イニシアチブ法)などの台湾に対する友好的な法案を次々と成立させ、台米関係はトランプ政権の4年間で明らかなレベルアップが見られた。

 今後の台米関係がどうなるかについては、台湾は米国政府、上下院議会、与野党、シンクタンク、民間団体など、常に緊密な関係を築いており、トランプ政権時代に成立した台湾に友好的な法案も超党派で可決されたものである。台湾を支持することは、超党派のコンセンサスであり、米国の主流民意となっている。民主党のバイデン政権になっても台米関係は引き続き共通の利益と価値に基づき、より一層深まることと確信している。

 台米間には「台湾関係法」があり、両国の関係の法的基礎となっている一方で、台日間にはこのような法的基礎が欠けている現状がある。現実には2019年に台日間で700万人を超える往来があり、これらの人々の権益を守る法整備が必要である。さらなる台日交流協力の制度化のためにも、「日台交流基本法」を法制化していただけるよう期待している。

 昨年10月26日に石川県加賀市で開催された「日台交流サミット」では、台湾との交流を進めている日本各地の地方議会議員が集まり、台湾のWHO(世界保健機関)およびCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への参加と「日台交流基本法」の制定を支持する「加賀宣言」が発表された。日本の地方レベルとしっかり関係を築いていくことは、長期的に中央レベルにも良い影響をもたらすと信じている。

 

防疫は世界共通の課題 台湾の多国間協力と貢献

 新型コロナウイルスの感染をいかに封じ込めるかは、世界共通の課題であり、台湾は防疫対策の経験を、各国と分かち合い、「Taiwan Can Help」の精神で積極的に貢献していくことを望んでいる。しかし、中国の政治的圧力により、WHOは台湾を不当に排除しており、台湾が関連会議に完全な形で参加できず、国際社会とリアルタイムでの情報共有に支障をきたしている。これはWHOおよび国際社会にとっても損失である。

 台湾は近年、米国および日本と「グローバル協力訓練枠組み」(GCTF)をプラットフォームとして人材育成の国際協力を進めており、今年は公衆衛生、法執行、グリーンエネルギー、インターネットの自由とデジタル経済など幅広いテーマでワークショップを行う。このような形で台日米の協力を今後も深めていけることを期待している。

 

コロナ後の経済立て直し 台湾のCPTPP参加を

 米中貿易対立が当面続くなかで、今年日本が議長国を務めるCPTPPは極めて重要であり、台湾はCPTPPへの参加を強く望んでいる。台湾と日本の経済関係は極めて密接であり、台日間の貿易は工業製品および農産品のいずれも補完関係が確立されており、台日双方にメリットがある。

 半導体の製造が得意な台湾はグローバル・サプライチェーンの重要な一角を担っており、世界のデジタル産業は台湾と密接な関わりがある。また、5G通信設備から中国製を排除する動きが進むなど、民主主義陣営と中国の対立は、サプライチェーンの構造を大きく変える可能性がある。

 台湾は信頼できる経済・貿易パートナーであり、多国間貿易体制下の公約と義務を遵守、履行している。台湾のCPTPP参加は、アジア太平洋における経済の安定発展に役立つと確信している。

 

民主国家が一致団結し共通の価値を守る

 昨年8月に訪台したチェコのミロシュ・ビストルチル上院議長が、台湾の立法院(国会)で「民主国家が一致団結し、共通の価値を守る」と題して演説したことは、多くの台湾の人々を感動させた。ビストルチル議長は、演説の中で「困難な状況で民主主義を守る人々を支援することは、すべての民主主義者の義務である」と強調した。

 台湾は今後も中国共産党の圧力に屈することなく主権を堅持し、自由、民主主義、人権といった普遍的価値観を基礎として、理念の近い国々との関係を積極的に強化しながら、世界の平和と安定に貢献していきたい。

 


《なごし・けんろう》

1953年岡山県生まれ。東京外大卒。時事通信社に入社し、バンコク、モスクワ、ワシントン、モスクワ各支局で勤務、外信部長、仙台支社長などを経て退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授、国際教養大学特任教授。著書は『北方領土の謎』(海竜社)『北方領土はなぜ還ってこないのか』(海竜社)『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)等。

2021年1月18日号 週刊「世界と日本」第2189号 より

 

遠い北方領土問題解決

迫られる戦略の再検討

 

拓殖大学海外事情研究所教授 名越  健郎 氏

 安倍晋三前首相が悲願としたロシアとの北方領土問題解決が不調に終わった後、菅義偉政権下で日露関係は後退している。新型コロナウイルス拡散の影響もあり、日露間の交渉や交流は停滞。1992年に始まった北方4島とのビザなし交流も、昨年は初めて中止となった。一方でロシアは、北方領土に対空ミサイルや最新型戦車を配備し、島の要塞化を進めている。北方領土問題解決はますます遠ざかりそうだ。

 

ゼロ回答に「断腸の思い」

 安倍氏は八月末の退陣会見で、ロシアとの平和条約が実現しなかったことを「断腸の思い」と表現したが、戦後安倍氏ほど領土問題解決に使命感を持ち、ロシアに融和的な政策を進めた首相はいなかった。

 安倍氏は計11回訪露し、プーチン大統領とは27回会談した。国是の「4島返還」を「2島プラスアルファ」に譲歩し、米国の対露封じ込めにも同調しなかった。対露経済協力のための8項目提案を行ったり、対露経済協力担当相まで設置した。

 だが、こうした涙ぐましい努力もロシアには通用しなかった。両首脳は2018年のシンガポール会談で、歯舞、色丹2島の引き渡しを明記した56年日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速化することで合意。19年から本格交渉に入ったが、ロシア側首席代表のラブロフ外相は、4島のロシア領有を合法と認めることが交渉の前提条件と強調した。これを認めるなら、領土問題は法的に決着するわけで、日本側は応じられない。

 プーチン大統領も日米同盟の破棄に言及したが、これも日本側は到底応じられない。ロシア側は日本が拒否することを承知で強硬姿勢に出ており、結局「ゼロ回答」だった。

 7月には、「領土割譲禁止」条項を含む憲法改正を採択し、安倍氏の融和外交への強烈なしっぺ返しとなった。

 この間、安倍氏はどのような勝算があって平和条約締結に前向きな発言を繰り返したのか。一方のロシアは、欧米から厳しい制裁を受け、孤立するのに、なぜ安倍政権の融和外交に応じなかったのか―。安倍・プーチン交渉には解明されていない謎が残っている。

 

バイデン政権の行方を注視

 菅首相は就任後、北朝鮮の拉致問題には積極的に発言するが、北方領土問題に触れることはほとんどない。政府関係者は「総理はロシアに関心が低い。優先順位が低下した」と述べた。ロシアと交渉しても効果がないことが分かった以上、菅首相が安倍氏のように頻繁にロシアを訪問することは考えられない。

 菅政権発足後、日露首脳による最初の電話協議は9月29日に行われ、プーチン大統領はシンガポール合意を基礎に平和条約交渉を進めるよう求めた。ロシア側から領土問題を提起するのは異例だった。菅首相は就任後の会見で、「4島の帰属問題を解決して平和条約を結ぶ」と「4島」に言及したことから、歯舞、色丹の「2島」があくまで交渉の土台だと念押しした可能性がある。

 安倍政権の「2島」論は、今井尚哉前秘書官ら首相側近が主導したが、外務省は冷ややかで、「4島」に戻そうとする動きがある。プーチン大統領はそれにストップをかけようとしたかもしれない。とはいえ、ロシアが「2島」すら返さない構図は変わらない。

 ラブロフ外相は最近の会見で、今後の日露交渉について、「多くの分野で実際の政策がどう形成されるか見守る必要がある」と述べ、対日交渉を急がない姿勢を示した。ロシア側は当面、バイデン政権発足後の日米関係や米露関係を見極めようとしている。

 ロシアに親近感を持つトランプ大統領は安倍政権の対露外交を容認したが、バイデン次期大統領は対露、対中政策で同盟国の結束を重視している。ウクライナ危機後の16年、安倍氏がロシア訪問を計画していた時、オバマ前大統領が安倍氏に電話し、「今ロシアと対話すべきでない」とし、中止を求めたことがあった。安倍氏は制止を振り切って訪露し、プーチン大統領を喜ばせたが、この時、オバマ氏に電話させたのは、米政府でウクライナ外交の責任者だったバイデン氏だったとされる。

 バイデン氏は副大統領時代の8年間にウクライナを6回も訪問し、ウクライナに肩入れする。選挙戦中、ロシアを「米国にとって最大の脅威」と公言し、同盟国が結束してロシアを封じ込める発言をした。同盟国の結束を最優先するバイデン氏は、日本の単独行動を許さないだろう。

 

北方領土を要塞化

 日本にとっても、中国公船による尖閣諸島への挑発行為が強まっていることから、日米の連携がますます必要になっている。バイデン政権誕生で、日米関係を危うくする政策はとれない。ロシアも日米離間は困難と認識しており、北方領土交渉はさらに後退しそうだ。

 実際、菅政権誕生後、領土問題をめぐってロシアの強硬姿勢が一段と目立っている。ロシア軍は10月、最新鋭のT72B3型戦車の北方領土への配備を開始した。12月には、地対空ミサイル、S300Ⅴ4を択捉島に実戦配備した。S300はシリアなどに配備されており、射程は推定400キロ。航空機やミサイルの迎撃が可能で、北海道東部を射程に収める。

 近年ロシアは、約3000人の部隊が展開する択捉島と、約500人が駐留する国後島の「要塞化」を進めており、18年からは、択捉島に最新鋭戦闘機、スホイ35が3機常駐した。

 米露関係の悪化で、ロシア軍にとってオホーツク海の重要性が高まっている。戦略的要衝である北方領土の防空能力や航空戦力を強化しているようだ。

 12月には、改正憲法の「領土割譲禁止」条項を踏まえ、違反した行為に最大10年の刑を科す刑法改正案を可決した。今後、ロシア側交渉担当者は「10年の刑」を意識しながら交渉に臨むことになる。

 こうみてくると、プーチン体制が続く限り、北方領土問題の進展は難しい。日本側は解決長期化を踏まえて戦略を再検討する必要があろう。

 


《ちの・けいこ》

横浜市生まれ。1967年に早稲田大学卒業、産経新聞に入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長。外信部長、論説委員、シンガポール支局長などを経て2005年から08年まで論説委員長・特別記者。現在の肩書は客員論説委員、フリーランスジャーナリスト。97年度ボーン上田記念国際記者賞を受賞。著書は『戦後国際秩序の終わり』(連合出版)ほか多数。 

2020年12月14日号 週刊「世界と日本」第2187号 より

 

日米の課題は対中問題に尽きる

問題の核心は尖閣諸島

 

ジャーナリスト 千野  境子 氏

 菅義偉首相とバイデン次期米大統領との初の電話会談(11月12日)は、日本側の最大の懸念―尖閣諸島(沖縄県石垣市)は日米安保第5条の適用範囲―をいきなりクリアし、拍子抜けするほどだった。しかもバイデン氏が先に言及したという。まさに緊張孕む東アジアの海洋環境や米国の厳しい対中認識ひいては米中関係を象徴するものだが、バイデン氏は対中宥和派のイメージを自ら払拭したかったのかもしれない。

 

 電話でのコミットメントとはいえ日米関係は順調に第1歩を踏み出した。米国の日本防衛義務を定めた第5条への尖閣諸島の言及はオバマ政権に始まり、トランプ政権、次期政権と継承され、日米は一層の緊密な協力を通して同盟の強化を目指す。案の定、中国は猛反発している。

 この一事で明らかなように、日米の課題は今や対中問題に尽きるといっても過言ではない。かつての経済摩擦や通商・貿易問題などがほとんどマネージ可能になったのと対照的に、中国ファクターは増大、複雑化の一途で、特に安全保障分野は日本に覚悟と準備を迫るものとなっている。

 問題の核心はいうまでもなく尖閣諸島だ。中国艦船による尖閣諸島周辺の領海外側接続水域の航行は常態化し、領海侵入も急増。全人代(全国人民代表大会)は海警局の武器使用を可能にする権限などを明記した海警法案を審議し、成立は時間の問題とされる。海警局は既に海軍の傘下にあって、海上保安庁とは異なる。

 中国がここへきて尖閣諸島の主権を一段と声高にし、航行と侵入の頻度を増す意図は何か。南沙諸島で中国は長期戦略の下に東南アジア諸国を欺き、着々と領土・領海を広げていった。

 「5条の適用範囲」の言質を得たからといって安心は禁物だ。当事者はあくまで日本。加藤勝信官房長官は記者会見で「断固、守り抜く」と述べたが、事態はもはや言葉の段階を過ぎている。中国に武力行使の口実を与えず、日本の実効支配を盤石にする個別具体的な施策と、その実施は喫緊の課題ではないだろうか。それがひいては東アジアの平和と安定にも資する。

 海外では「中国が尖閣を奪取するか否かではない。問題は中国がいつ、それをするかだ」との声まであるというのに、政府は腰が重すぎるように感じる。

 バイデン氏は政権の最優先課題に(1)新型コロナウイルス感染症対策(2)経済再建(3)人種(問題)(4)気候変動の4点を、選挙中から挙げてきた。このうち(1)のコロナ対策は日米の課題としても優先度は高く、双方がその気になれば、協力はすぐにも可能なはずだ。米国が世界ワーストの感染拡大に歯止めをかけない限り、来年の東京オリンピック・パラリンピック開催は難しい。これも大事なのは言葉より行動である。

 次いで(4)の気候変動も恰好の課題だ。バイデン氏も民主党も温暖化対策に積極的で、地球温暖化はフェイク・ニュースといって憚らないトランプ大統領や同政権との最大の相違点ともいえる。バイデン氏は温暖化防止のための国際的枠組みであるパリ協定への復帰も表明済みだ。

 菅首相が遅ればせながら所信表明演説で「温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロにする」と米国に歩調を合わせたのは、日米協力の観点からも、日本の脱炭素社会へ向けても適切だった。

 ただバイデン氏は気候変動では米中協力が可能と考えており、一方中国はこれを梃子に中国包囲網を切り崩していく戦略とみられる。それだけに日本は気候変動問題でも、欧米とともにリーダーシップの一角を占める気構えが必要だ。

 パリ協定復帰が示すように、バイデン外交はトランプ時代の米国第1主義から基本的に国際協調と多国間主義、同盟重視へと移る。世界保健機関(WHO)への再参加も確実だ。ただし環太平洋パートナーシップ協定(TPP)は、バイデン氏が推進したくても最優先課題(2)の経済再建や党内左派の反対などから、早期の再加盟は難しいだろう。

 またトランプ支持が大統領選史上2番目に多い7300万票もあったように、米国第1主義の潮流も根強い。このため国際協調といっても、米国の力が圧倒的だった時代のそれに戻るわけではないことも認識しておく必要がある。だからこその同盟重視であり、同盟の役割分担を増やすということである。

 欧州なら北大西洋条約機構(NATO)をコケにするのでなく、再評価し加盟国には国防費の負担増を仰ぐ。もともとバイデン氏の関心は太平洋より大西洋を向いてきた。その意味で日本は率先して「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を東南アジア諸国連合(ASEAN)や太平洋島嶼国にも拡げていく役割を担うことが、日米関係の今後にとって重要だ。その核である日米豪印4カ国戦略対話(クアッド)の推進も同様である。

 バイデン氏がトランプ大統領のように前政権の内外諸政策の否定に走るかどうかは未知数だが、FOIPはトランプ政権が熱心だっただけに今後の展開により注視する必要がある。

 さて個別アジェンダに勝るとも劣らず気になるのは、菅首相とバイデン氏の相性だ。直感と予測不可能な行動で世界を翻弄したトランプ大統領と良好な関係を築き、各国が羨望したという安倍前首相のようにはいかない。ご本人も相手もキャラが違い過ぎる。

 バイデン氏は上院議員36年、外交委員会が長く同委員長も務めた外交のベテランで、普通ならお飾りの副大統領の時代も外交問題でオバマ大統領(当時)を助言、重責も担った。日韓慰安婦合意では米側の担当で、日韓関係改善にも意欲があるはずだ。従って日本は徴用工問題をはじめ日韓問題で日本の立場の正当性を早めに説明することが大事だ。

 一方でバイデン氏は民主党中道派として議会対策に手腕を発揮し、共和党に多くの知己を持ち、官房長官として約8年、縁の下の力持ち的仕事師だった菅首相とも一脈通じる。トランプ大統領が相手にならなくて良かったと安堵したかもしれない。

 菅首相は早期に渡米し、地味でも手堅く、信頼し合える関係を確立することが一番の課題であり、揺るぎない日米関係への鍵も握る。

 


《せき・へい》

1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部を卒業。1988年に来日。神戸大学文化学研究科博士課程修了後、民間研究所勤務。2002年にフリーの立場で評論活動に入る。著書に『中国を作った12人の悪党たち』、『アメリカは絶対に許さない!「徹底抗戦」で中国を地獄に導く習近平の罪と罰』など多数。

 

2020年12月1日号 週刊「世界と日本」第2186号 より

 

際立つ習政権の狂気

「世界の癌」 巨大国家中国

 

評論家 石  平 氏

 

 巨大国家の中国は今、世界全体にとっての災いの元、「世界の癌」となりつつある。今年に入ってからはまず、中国武漢からコロナウイルスの感染拡大が発生した。そしてそれに対して中国政府が初期段階において悪質な情報隠蔽を行ったことの結果、疫病が世界中に広がって地球上の人々に多大な命の犠牲と経済的損失を与えていた。現在でも、多くの国々ではコロナ禍は依然として猛威を振るっており、完全終息の目処はまったく立たない。このような惨状を作り出したことに対し、情報隠蔽の中国政府には逃れることのできない責任があろう。

 

  しかし中国政府は今でも、自らのもたらしたコロナ禍に対して責任をいっさい認めないし、世界中の人々に対してお詫びの一言もない。それどころか北京市政府は、世界中がコロナ禍で大混乱に陥っていることに乗じて、まさしく火事場泥棒よろしく、さまざまな悪事を働くこととなっているのである。

 南シナ海では中国政府は新たな行政区を設置したりして実効支配を強める一方、日本の固有領土の尖閣諸島に対して、中国海警局の武装した公船は執拗にその周辺の日本の領海を侵犯したりして日本の主権を脅かしている。

 その一方、隣国のインドとも国境を挟んで準軍事的紛争を引き起こし、南半球のオーストラリアに対しては輸入品に法外な制裁関税をかけるなどして露骨な虐めを始めている。そして独立国家であるはずの台湾に対しては、9月中旬あたりから中国軍機が台湾海峡の中間線を超えて台湾側の上空に侵入したり台湾周辺で軍事演習を繰り返したりして軍事恫喝を強めている。

 こうした中で6月30日、中国は香港の1国2制度を完全に破壊してしまうような暴挙に出た。共産党の御用機関である全人代は「香港国家安全維持法」という天下の悪法を可決して香港に押し付けたのである。

 中国政府へのあらゆる反対意見と反対勢力の徹底的排除はこの「法律」もどきもののそもそもの狙いである。そして香港におけるこの「法律」の執行機関は中国本土から派遣された公安幹部や秘密警察によって構成される「国家安全維持法公署」である。「公署」には香港の基本法と香港政府を凌駕して「法の執行」の権限を与えられているから、香港の法治はこれで完全に破壊されていて、香港は中国警察の完全支配下に置かれてしまう。これでは香港市民は今までの自由と法治を失うだけでなく、国際金融センターとしての香港の地位も徐々に失われていくのである。

 反対勢力一網打尽のために国際大都会の香港そのものを殺してしまうという習近平政権のやり方はもはや狂気の沙汰、常識からは理解不可能な域に入っているのである。

 その一方習政権は、国内の諸民族に対しても許しがたい民族弾圧・民族浄化の政策を強行している。新疆地域では100万人単位のウイグル人を強制収容所に送り込み、内モンゴルではモンゴル人の子供たちから自国の言葉を勉強する権利を奪っている。

 こうした習近平政権の狂気は結果的に、国際社会における中国自身の孤立化を招いている。10月5日、ニューヨークで開かれた人権問題討議の国連総会第3委員会では、ドイツが39カ国を代表して香港・ウイグル人などに対する中国政府の人権侵害を厳しく批判したが、その39カ国の中には、アメリカ・イギリス・フランス・日本などの西側先進国はほぼ全員が入っている。それに対抗して、中国が26カ国を糾合して反撃を行ったが、中国陣営に入った26カ国には、キューバや北朝鮮、イラン、シリアやジンバブエなど、世界の問題児国家、ならず者国家がずらりと並んでいる。中国は今、世界のチンピラ国家の餓鬼大将に成り下がっているのである。

 しかしこのような中国は今後、一体どうなっていくのか。

 1つのシナリオとして考えられるのは、この巨大国をとんでもない方向へと導いている習近平政権はどこかで行き詰まって終焉を迎え、新しい指導者と政権の誕生によって方向性が変わることである。もしそうであれば中国共産党政権は生き延びることもできようが、問題は今、政権の中で反習近平の人々が大勢いても、独裁者となっている習近平主席を最高権力の座から引き降ろせる勢力が結集していないことだ。当面の間、習近平独裁体制が続きそうである。

 しかし習近平政権の下で中国の狂気がそのまま続けば、この国は一体どうなるのか。最近、アメリカに亡命している中国共産党中央党校元教授の蔡霞氏は「このままいけば5年以内に中国が天下大乱に陥ろう」との警告を発しているが、彼女の予言は本当に当たってしまう可能性はないわけでもない。つまり中国共産党政権は習近平と共倒れする、ということである。

 習近平政権は国内で勝手に潰れていたらそれに越したことはないが、われわれにとっての問題はむしろ、習政権と中国は、その崩壊する前の段階で、まさに崩壊回避の究極な手段として対外的冒険に打って出ることである。

 例えば台湾に対してである。前にも触れたように、中国政府と中国軍は今年9月から台湾に対する軍事恫喝を頻繁に行っており、10月に実施された台湾海峡周辺での軍事演習においては、台湾の市街地を模擬したセッティングで市街戦の訓練を行って中央テレビで堂々と放映している。習近平政権は今、喉から手が出るほど「台湾併合」の達成を欲しがっていて、時期を狙って強行する構えなのである。

 しかしもし、中国は台湾への武力侵攻を断行すれば、台湾の独立が脅かされるだけでなく台湾海峡の平和が破壊され、日本を取り込むアジアの安全秩序が根底から崩れてしまうのであろう。

 こうしてみると、今の中国はまさに世界にとっての「癌」であって平和と安全を脅かす最大の「悪の帝国」となっていることが明々白々である。そしてこのような中国にどう対処していくのかは、日本にとっての安全保障上と外交上の最大の問題となっている。われわれは常に、この問題を真剣に考えなければならないのである。

 


《わたなべ・つねお》

1963年生まれ。東北大学歯学部を卒業。歯科医師を経てニュースクール大学(米国ニューヨーク市)で政治学修士。戦略国際問題研究所で上級研究員を務めた。2005年に帰国、三井物産戦略研究所主任研究員、東京財団上席研究員を経て、現職。戦略国際問題研究所非常勤研究員を兼任。近著に『大国の暴走』(共著、講談社)がある。

 

2020年11月16日号 週刊「世界と日本」第2185号 より

 

世界での求心力低下に備えよ
大統領選後の米国は?

 

(公財)笹川平和財団上席研究員 渡部 恒雄 氏

 本稿、大統領選挙の1週間前に執筆しており、まだ結果はわからない。執筆時点ではバイデン候補やや優位ではあるが、トランプ大統領が新型コロナ入院から数日で退院して以後、活発な再選キャンペーンを展開していることもあり、支持率で優位に立つバイデン候補とトランプ大統領との差は開いておらず、どちらが勝利してもおかしくない状況にある。大統領がトランプ、バイデンどちらになっても確実に言えることがある。それは、今回の選挙を通じて、米国内の分断はさらに深まり、米国の世界での求心力をさらに弱めるということだ。

 

 特に、大統領選挙の結果が接戦となればなるほど、混乱が生じる可能性が高くなる。今年の大統領選挙は、投票所での密を防ぐという新型コロナ感染防止対策のため、州によっては、郵送による不在者投票の制約を緩めたために、郵送による投票が圧倒的に増える。これにより開票に時間を要し、選挙結果が確定するまでに時間がかかる。この記事を皆さんが読んでいる時点でも、選挙結果は確定していないかもしれない。

 郵送による投票を選ぶ人は、コロナ感染を懸念する人たちが多く、バイデン支持者のほうが確実に多いと考えられる。すでに投票した人への調査などから、郵送票ではバイデン票がトランプ票の2倍あるといわれている。そこで想像できるのは、もし投票日当日の出口調査でトランプ優位の数字が出ていれば、その時点で勝利宣言をして、郵送による投票は不正の可能性が高いので数えない、として打ち切る作戦をトランプ陣営が取ることだ。当然のことながら、バイデン側はこれを不服として裁判となるだろう。

 トランプ大統領の姪である精神分析の専門家、メアリー・トランプ博士による告発本「世界で最も危険な男」(小学館、英語タイトルはToo Much and Never Enough)が示唆するところは、トランプ大統領の父、フレッド・トランプの「負け」や「弱さ」を認めない教育方針や、幼少時の愛情の欠如により、ドナルド・トランプは、どんな手段を使ってでも勝つことを優先し、負けていてもそれを認めずに「勝っている」と強弁するような歪んだ人格が形成された。彼女の分析に則れば、トランプ大統領は、選挙で負けないために、裁判闘争などあらゆる手段を使ってもおかしくはない。

 2000年の大統領選挙では、ブッシュ対ゴアのフロリダ州での僅差の票差をめぐり、民主党候補のゴア陣営が、すべての票を数え直すように要求していたが、最終的に最高裁において、「票の数え直し」(リカウント)は現実的でなく混乱を引き起こすだけなので、すべきではないという趣旨の判決が出た。これを受けて、ゴア側は勝利の可能性はなくなったと考え、出口のない戦いで米国に不必要な混乱をもたらすべきではないと考え、敗北宣言をした。この時の最高裁の判事は、共和党に任命された保守系の判事の数が、リベラル系の判事を上回っていた。

 今年の大統領選挙で、もしトランプ側が郵送票を認めないような強引な勝利宣言をして、裁判で決着することになれば、トランプ側が優位となるだろう。2000年のようにバイデン側が、接戦となった州の郵送によるすべての票を数えるように求めて裁判をした場合、最高裁は2000年の判例も踏まえ、数え直しは混乱が生じるからすべきではない、という判決を出す可能性もある。現在、最高裁の判事はトランプ大統領が任命した2人を含む保守派5人、リベラル派3人で保守派優位だ。しかも、トランプ大統領が9月に指名したバレット判事が投票日前の10月26日に上院で承認されたため、保守派6人対リベラル3人となり、最高裁は大統領がコントロールできるものではないが、共和党には優位となる。

 もしこのような経緯でトランプ大統領が再選されるということになれば、民主党側の不満は高まり、それでなくても対立的な民主党議会は、ますますトランプ政権の足を引っ張ることになる。議会選挙では、下院で民主党が過半数を維持するのは間違いなく、上院でも民主党が過半数を取る勢いだ。米国の分断が深まるだけでなく、政府が機能しなくなる。

 バイデン候補が勝利した場合は、政府と議会の上下院をすべて民主党がコントロールする可能性も十分にある。そうなるとバイデン政権と民主党議会は、トランプ政権の政策をすべてひっくり返す立法を行うはずで、トランプ大統領を熱狂的に支持してきた支持層がそれを受け入れるとは思えない。オバマ政権が、リーマンショック後の自動車産業と金融業界を救済、および大規模な政府支出による経済対策に反発し、ティーパーティーという草の根の保守運動が米国内に広がり、公的医療保険を拡充したオバマケア法案にも反対してきた。これがトランプのコアな支持層と重なっている。トランプは、白人至上主義者の支持も受けており、バイデン政権に対して、より過激で暴力的な運動が展開されてもおかしくはない。

 第2次世界大戦後の国際秩序を支えてきた米国が、国際秩序維持に興味がないトランプ再選や、バイデン政権が国内の対立で機能麻痺に陥ることを喜ぶのは、既存の米国主導の秩序に不満を持つ国家であり、日本やアジアと欧州の民主主義国には大きなダメージだ。

 しかも選挙投票日後に次期大統領が決まらずに、米国内の対立が高まり騒乱状態になることは、既存の秩序の現状変更には絶好のチャンスとなる。フィナンシャル・タイムズのギデオン・ラックマンは、10月23日の日経新聞に寄稿し、米大統領選をめぐる騒乱に隠れているが、中国の人民解放軍が中間線を越えて台湾側に侵入を繰り返している状況を指摘し、大統領選挙投票日以降の混乱が、中国に行動を起こすチャンスだというシグナルを送る可能性を懸念している。トランプ政権の対中姿勢は強硬に見えるが、トランプ大統領自身の台湾を守る姿勢はそれほど固くないことは、ジョン・ボルトン前国家安全保障担当補佐官が回想録で暴露している。警戒が必要だ。

 


《かわかみ・たかし》

1955年、熊本県生まれ。大阪大学博士(国際公共政策)。フレッチャースクール外交政策研究所研究員、(財)世界平和研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学法学部教授等を経て現職。著書は『「無極化」時代の日米同盟』『アメリカ世界を読む―歴史を作ったオバマ』『米軍の前方展開と日米同盟』『米国の対日政策』『国際秩序の解体と統合』  ほか多数。

2020年11月2日号 週刊「世界と日本」第2184号 より

 

中東情勢の現在

トランプの中東和平工作

 

拓殖大学海外事情研究所長・教授 川上 高司 氏

 イスラエルが次々とアラブ諸国と和平を締結している。今年8月13日には、アラブ首長国連邦(UAE)がイスラエルとの国交正常化の合意文書に署名し、バハレーンもこれに続いた。この動きにオマーン、カタールが呼応する可能性がある。これにサウジアラビアが平和共存に動けば中東情勢は大きく変わる。

 

 

中東情勢の大転換―トランプのノーベル平和賞受賞狙いの中東和平なるか

 トランプ大統領はイスラエルのネタニヤフ首相とタッグを組み、中東でこれまでの「イスラエル対アラブ」から「イランが共通の敵」という対立構図にもっていこうとしている。アラブ諸国が今回、トランプ和平に合意する背景にあるのは、イスラム教シーア派イランの台頭である。イランはここ数年、イラクやシリア、イエメンなどで、親イラン勢力を通じて影響力を拡大してきた。UAEやサウジアラビアなどイスラム教スンニ派諸国との対立は深まり、イエメン内戦では双方の「代理戦争」が続いている。

 さらに、アラブ諸国は「脱石油」の経済改革を図っているため、アメリカの支援に加えドローンなどハイテク技術に優れたイスラエルとの関係正常化は、経済での利点もある。

 この中東和平に向けての動きが成功すれば、トランプ米大統領は中東和平を仲介したという大きな成果を国民にアピールできる。トランプ大統領にとってUAEとイスラエルとの和平協定締結は大きな得点となった。

 イスラエルがこれらの中東諸国と国交を回復すれば、アメリカにとっての宿敵、イランに対する包囲網の形成も可能となるだろう。それに加えて、トランプ大統領が主導した新たな中東和平が実現したとしてノーベル平和賞の受賞も視野に入ってくるだろう。トランプ大統領の頭の中には、キャンプ・デービッド合意でのノーベル平和賞を受賞したジミー・カーター大統領の影がちらついているに違いない。

 

UAEの腹づもり

 一方、UAEがアメリカの仲介でイスラエルと和平合意に応じたのは、米最新鋭戦闘機F35が欲しいからである。中東でF35を保持している国は現時点でイスラエルだけである。米軍が中東から撤退すれば、UAEはペルシャ湾を挟んで直接イランと対峙せねばならなくなる。イランを牽制するためにも是が非でも手に入れたい。

 しかし、F35の海外への売却は米政府により制限されていて、その売却には米議会の承認が必要であるが、イスラエル以外の国がF35を所有すればイスラエルの軍事的優位が脅かされるため米議会は売却には消極的である。

 もし、F35を手に入れられなかった場合、UAEはイスラエルとの和平合意を反故にしてロシアへ接近する可能性もある。先例としてトルコを見てみればわかるように、F35の売却がキャンセルされたトルコはロシアに接近しS―400防空システムの導入に踏み切った。UAEとイランが接近すれば、ペルシャ湾やホルムズ海峡はイランの支配下に置かれ、湾岸諸国の石油はイランそしてロシアにコントロールされることになりかねない。

 イスラエルの事情はどうであろうか。UAEとの和平合意と同国へのF35売却は、イスラエルのネタニヤフ首相にとってメリットが大きい。ネタニヤフ首相は国内で評判が悪く、コロナ対策の失政への国民の批判、連立政権の失敗、財政の逼迫、汚職での訴追という「危機」に立たされている。それらを中東諸国と和平を締結し、反イラン同盟を作り上げたという快挙でかわそうと狙う。

 

イランの巻き返し

 しかし、イスラエルとアメリカ連合によるイラン包囲網の動きはイスラム諸国にとっては諸刃の剣である。中東諸国があまりにもイスラエル寄りになれば、イスラム国家の中でイスラエルや政府への不満が渦巻き、政情不安やイスラム過激派が再び台頭する可能性は大きい。

 イランでは、革命防衛隊のソレイマニ司令官が今年1月に米軍に殺害されて以来、反米姿勢が強まっており、保守強硬派が議会で主導権を握りそうな勢いである。そうなればますます米国との対立がより先鋭化する。しかも、イランではコロナウイルスが蔓延し深刻化しており、米国を中心とする制裁により医療機器や医薬品も慢性的に不足している。

 その分、イランはロシアと関係を強化している。ロシアはS―300防空システムをイランへ提供、それに続きS―400防空システムの売却を計画している。さらに、イランは中国との連携も強化している。中国との長期計画は、ハメネイ最高指導者と革命防衛隊からの支持を得ていて、ロウハニ大統領が中国との間の25年間の包括的な協力関係を6月21日に閣議決定した。その計画は、イランは中国から4000億㌦相当の投資を受ける。その見返りとして、ペルシャ湾のキーシュ島を25年間中国にリースし、イラン産原油を割引価格で売却する。しかも、中国施設を警備する目的で中国人民解放軍5000人がイランに駐屯することになる。まるで、イランと中国が準安全保障同盟を締結したようなものである。ここに、イラン、ロシア、中国による一大勢力圏が中東に誕生しているのである。中東での「米国が支援するイスラエル、アラブ諸国」と「ロシアと連携するイラン、トルコ」の対立が強まりかねない。その結果、中東のバランスを崩し紛争が激化する可能性がある。

 さらに、アメリカのイランへの金融制裁が、「アメリカを中心とする金融ブロック」と「中ロを中心とする金融ブロック」に分かれていく分かれ道となりかねない。それにアメリカの対中デカップリング政策もあり、世界は「中国、イラン、トルコ、北朝鮮それにロシア」によるもう1つの陣営の形成が明確化され始めたと言える。

 今回のトランプ大統領の国内での人気取りやノーベル平和賞狙いという要素がある「中東和平計画」は、場当たり的で戦略を欠いた無責任な政策で中東諸国がアメリカ離れを起こし、軍事的にも政治的にも「中東問題は中東で解決する」という方向になる可能性が大きい。

 


《あらき・のぶこ》

昭和38年生まれ。横浜市立大文理学部国際関係課程卒。筑波大大学院地域研究研究科・東アジアコース修了。訳書『「偉大なる将軍様」のつくり方』、『金大中仮面の裏側』。『ある朝鮮総督府警察官僚の回想』、『日本時代を肯定的に理解する』(編集協力)。著書『なぜ韓国は中国についていくのか』(草思社)。

2020年10月19日号 週刊「世界と日本」第2183号 より

 

慰安婦問題

日・韓の「病い」が露呈

日本にとって必要なこと

国家レベルでの対応

 

韓国研究者 荒木 信子 氏

元慰安婦の告発

 今年5月、慰安婦問題は思いがけない展開を見せた。

 同月2度にわたり、元日本軍慰安婦を名乗る李容洙(イ・ヨンス)氏が会見を開き、正義連(日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯、前身は挺対協・韓国挺身隊問題対策協議会)前理事長尹美香(ユン・ミヒャン)氏が、慰安婦団体への補助金や寄付金を私的に流用するなど不正な会計を行っていると告発した。

 会見直前、4月に行われた総選挙で尹氏は与党「共に民主党」から比例代表で当選して国会議員となることが決まっていた。9月14日にはソウル西部地検によって詐欺、背任、業務上横領などの嫌疑で尹氏は在宅起訴された。

 これだけを書けば、韓国でよくあるタイプの横領事件の1つに見えるかも知れない。現在(10月時点)も秋美愛(チュ・ミエ)法相の息子が兵役に関して特別待遇を受けていた等々で連日メディアは賑わっているし、前任の曹国(チョ・グク)前法相も収賄罪で公判中である。

 他方、今回の件は慰安婦運動の主要人物が横領をしていたという倫理的問題以外にも問題点を浮かび上がらせた。1つは元慰安婦の証言に疑義が呈され慰安婦問題の根本が揺らいでいること、もう1つは慰安婦問題の影に北朝鮮が見えることである。

 こうしたことは以前から指摘されていたが、改めて注目すべき点である。なぜならそこには韓国だけでなく日本における危機的状況の一端が示されているからである。

 

根本が揺らぐ

 1991年に元慰安婦だと称する女性が名乗りを上げ、慰安婦問題が勃発し、たちまち外交問題と化した。慌てた日本政府は、謝罪し強制性を認めてしまった。その時期以降、朝鮮人慰安婦は強制連行だった、性奴隷だったと国際的にも大きく宣伝された。こうした流れの中で大きな役割を担ったのが正義連の前身、挺対協である。

 その挺対協時代から慰安婦運動を担ってきた尹氏に疑惑の目が向けられていると同時に、慰安婦問題自体にも疑義が呈されている。

 運動を推進した人たちは、元慰安婦のおばあさんたちを公の場に引っ張り出し、身の上を語らせた。証言は慰安婦問題の大きな根幹を成していた。

 冒頭で触れた李氏も経験を語っているのであるが、その証言が変転していると韓国内で指摘が出ている(黄意元「若き韓国人が書いた慰安婦証言の変転」『正論』8月号掲載)。

 それによれば、1993年に証言をして以来の発言を検証したところ、慰安婦になった経緯と年齢が全て変わっているという。甚だしくは1947年まで日本軍の慰安婦をしていたと発言しているそうだ。言うまでもなくその年には日本軍自体が存在していない。

 こうした証言の不確実さに関しては、元慰安婦たちを嘘つきだと責める以上に、彼女たちの経験を利用しようとした者たちの存在が重要である。

 

北朝鮮の影

 そして2点めは、尹氏と夫金三石(キム・サムソク)氏ひいては運動の背後に北朝鮮の影が見えるということである。

 例えば、両氏は、2018年、疑惑の対象となった慰安婦施設において、脱北者である中国の北朝鮮食堂で働いていた北朝鮮女性らとマネージャーに対して北朝鮮へ帰るよう懐柔しようとした(『朝鮮日報電子版』5月21日付)。

 尹氏は2013年からパリで慰安婦集会を開いていたが、その際毎回参加していたフランス人高級官僚は2018年北朝鮮に核情報を漏洩した容疑でフランス当局に逮捕されているという(『産経』6月8日付)。

 金氏は1993年に妹金銀周(キム・ウンジュ)氏と共に北朝鮮へのスパイ容疑で逮捕され、実刑判決を受けた経験がある活動家である(その後再審請求し、いくつかの容疑で無罪となった。『東亜日報電子版』5月11日付)。

 そうした人脈が慰安婦運動に繋がっていると今回の件をきっかけに報じられている。

 

韓国の危機

 いま慰安婦運動家の倫理に反する行為が明らかになった。それに伴って再び慰安婦問題の根本に疑義が呈され、慰安婦運動に北朝鮮の存在が見え隠れする実態に光が当たった。

 この30年間、慰安婦問題によって日韓関係が振り回されてきたことは不毛の一言に尽きる。

 両国関係は今では歴史問題に支配され、現実的な課題に建設的に協力し合うことは容易でない。国内外のこのような実状は韓国自身をも傷つけている。

 日韓両国の周囲には、朝鮮半島情勢、米中対立、コロナ対策等々、国の将来を左右する難題が山積している。そんな中で、慰安婦問題を対日関係の材料にし、韓国政府が従北的な態度をとり続けている。韓国内でもそれではいけないと訴える人たちはいるものの、大きな動きになっているとは言い難い。

 “日本憎し”の観念的な対日態度と独裁国家北朝鮮への従属的態度は、韓国にとって、病とも言える危機的状況ではないだろうか。

 

日本にとっての危機

 では日本にとってはどうであろうか。この件は、韓国の慰安婦運動の倫理性と慰安婦問題の虚構性を追及し、韓国の行状を国際的に宣伝し反撃する好機とも言える。ところが残念なことに、既に日本政府が強制性を認めてしまっている。その後、アジア女性基金による「償い金」や日韓合意での財団設立支援金といった形で日本のお金を拠出してもいる。

 慰安婦証言の疑問点を質(ただ)すことは有効な反撃手段と考えられるが、前述のような経緯もあることから、今更こちらから訊くのも妙なものである。せっかくの好機が訪れても活かしきれない。

 慰安婦問題において韓国は国家レベルで日本に向かって来ている。戦時労働者問題(いわゆる「徴用工」)、世界遺産(軍艦島)など他の歴史認識問題も同様である。

 これまで日本では民間の人々が前面に立って戦っているが、日本側も国家レベルで総合的、長期的な対策が必要ではないだろうか。

 外国からの攻撃に国家として対応しきれていない現状は日本の病を示していないだろうか。韓国への批判だけでは済まない問題である。

 


《り・そうてつ》

専門は東アジアの近代史・メディア史。中国生まれ。北京中央民族大学卒業後、新聞記者を経て1987年に来日。上智大学大学院にて新聞学博士(Ph.D.)取得。98年より現職。同年、日本国籍取得。テレビのニュース番組や討論番組に出演、情報を精力的に発信。著書に『日中韓メディアの衝突』『北朝鮮がつくった韓国大統領―文在寅政権実録』『「反日・親北」の韓国 はや制裁対象!(共著)』など多数。

2020年10月5日号 週刊「世界と日本」第2182号 より

 

徴用工問題 日韓関係の時限爆弾

日本 新政権誕生を待つのみか

 

龍谷大学教授 李 相哲 氏

 文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領の任期は20カ月を切った。文政権誕生後、史上最悪の関係に陥った日韓はこれからも好転の見込みはない。というのも、文氏はその間、日韓の間で解決したはずの歴史問題を蒸し返しておいては、問題が大きくなると逃げ腰になり、それを放置してきたからだ。慰安婦問題しかり、徴用工問題しかり、GSOMIA(日韓軍事秘密保護に関する包括協定)問題しかりだ。

 モグラゲームのように叩いてもたたいても再浮上する政権絡みの各種スキャンダルの対処に忙殺されているからか、最近文氏は、日韓関係に言及すらしなくなったが、それは今、日韓関係は改善に向かっているからではなく、避けているからだろう。中には時限爆弾となっていつ爆発してもおかしくない問題があるにもかかわらずだ。

 

強制執行は時間の問題

 韓国大法院(最高裁)が日本製鉄(旧新日鉄住金)に対し訴訟を起こした元徴用工(旧朝鮮半島出身労働者)1人あたり1億ウォン(約9000万円)の賠償金支払いを命じる判決を出したのは2018年10月、今年の8月4日には強制執行手続きをはじめた。これから韓国大法院は「債務者尋問(省略可能)」「尋問書送達」手続きを踏んだあと、日本製鉄の約4億5千万ウォン相当の株(日本製鉄と韓国最大の製鉄会社のポスコが合弁で設立したPNRの株)に対する「売却命令」を出すだろう。ただ、日本製鉄が株の鑑定額について異議を申し出たこと(抗告)により、時間を稼ぐことはできたものの強制執行は時間の問題となった。

 韓国が大法院の判決どおり日本の民間企業の財産を没収する事態になれば、日韓関係は収拾不可能な事態に陥るのは間違いない。日本政府は報復をちらつかせながら韓国に警告を発しているが、厄介なのはこの問題にかぎって日本ができることは殆どない。ボールは韓国側にある。韓国でも日韓関係の破綻を懸念して早く収拾策を講じるよう呼びかける声が高まっているが文政権は表立った動きをみせずにいる。

 韓国メディアは8月4日、一斉に徴用工問題が新しい段階に入ったと報じ、日韓関係の破局だけは避けるべきだという論調を展開した。『国民日報』は、「現金化破局、見守るだけでよいか」と題する社説で、「政府は司法府の独立的な判決に関与するのは適切ではなく、(この問題は)徴用被害者と日本製鉄の間で解決すべき問題との立場だが、無責任だ」と政府の姿勢を批判した。

 

根本問題は文氏の歴史認識

 世間を騒がし、国民与論を分断するような敏感な問題では口を噤むか、立場を曖昧にし、逃げ腰になる文氏だが、日韓の間の歴史問題については自分の立場を表明してきた。大統領就任100日を記念して行った記者会見で文氏は、「植民地支配から70年以上たっても強制動員の苦痛は続いている」と述べ、北朝鮮との共同調査の意向を表明、最近では「大法院は1965年の韓日請求権協定の有効性を認定しながらも個人の『不法行為賠償請求権』は消滅していないと判断した。大法院の判決は大韓民国の領土内では最高の法的権威と執行力を持っている」(8月15日、光復節祝賀演説)と述べた。徴用工問題が一向に解決しないのは文氏のこのような認識が韓国政府の方針となっているからだ。

 弁護士資格を持っているはずの文氏がこのような認識を持っていることには驚く。徴用工ら個人の請求権が消えていないという根拠として文氏は、「日本の植民地支配が不法だったから」と主張するが、1965年の日韓請求権協定(日韓基本条約)で決着をつけた問題だ。つまり、争わないことにした問題だ。また、韓国大法院の判決が最高の権威と執行力を持つと考えているようだが、「条約法に関するウィーン協約」(以下「協約」)では、国内法と条約の規定との間に齟齬が生じた場合国家間の条約を優先すると宣言している。

 「協約」第27条は、「如何なる当事国も条約の不履行を正当化する方法として国内法規定を援用してはならない」とある。韓国はこの「協約」の署名国家でもある。

 安倍総理(当時)をはじめ日本の政府関係者が「韓国は約束を守るべきだ」と強調するのは二重の意味がある。国際法を守ると同時に、日韓の間の約束、すなわち「日韓請求権協定」を守れ、という意味だ。

 盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代に韓国では徴用工らに対する賠償責任を日本に問うべきという議論がなされ、2005年8月に「(1965年の)韓日会談文書公開の後続対策民間行動委員会」を発足、6カ月にわたり3万ページを超える文書を検討した結果、日本に賠償を求めるのは難しいとの結論を出した経緯がある。当時、この委員会に政府を代表して関わったのが大統領秘書官だった文在寅だ。

 文氏がこの問題を蒸し返したのは単純に無知だからでもなく、日韓関係を再成立するためでもない。日本との関係を意図的に悪くするためであるとしか思えない。その背景には文氏の北朝鮮中心の対外政策がある。北朝鮮との関係を改善し、協力関係にするには日本とは一線を画す必要があるからだろう。文在寅が残り任期中にこのような危険な「信念」を捨てる見込みはない。残念ながら日本ができることは、日韓関係を破綻に陥れる危険性のある時限爆弾を抱えたまま、文氏以後の政権の誕生を待つしかない。

 


《わたなべ・つねお》

1963年生まれ。東北大学歯学部を卒業。歯科医師を経てニュースクール大学(米国ニューヨーク市)で政治学修士。戦略国際問題研究所で上級研究員を務めた。2005年に帰国、三井物産戦略研究所主任研究員、東京財団上席研究員を経て、現職。戦略国際問題研究所非常勤研究員を兼任。近著に『大国の暴走』(共著、講談社)がある。

 

2020年9月7日号 週刊「世界と日本」第2180号 より

 

3カ月に迫った 米大統領選挙
確率は4割 トランプ再選

 

(公財)笹川平和財団上席研究員 渡部 恒雄 氏

 11月3日の大統領選挙投票日まで3カ月となった。今回の選挙の特徴を一言でいえば「コロナ選挙」である。まず新型コロナ感染拡大が、経済成長の実績を訴えて再選を確定させようという現職のトランプ大統領の目論見を狂わせた。一方、コロナによりチャンスが転がり込んだバイデン前副大統領陣営だが、感染拡大防止のため大規模な集会は開催できず、スター性のあるカマラ・ハリス上院議員を副大統領に指名しながら、全国大会はウェブ上で行わなくてはならない。

 

 さらに投票所での「密」を避けて感染拡大を防ぐために、各州がそれぞれに、郵送による事前の不在者投票を拡大できるようにルールを大きく変えていることで、開票の混乱が予想されている。これに輪をかけているのが、郵送による投票は外国勢力の干渉を招きかねないという根拠のない理由で、トランプ政権が制約しようとしていることだ。民主党側の反発と相まって、選挙結果が接戦の場合は、勝者の確定まで、数日、数週間、あるいは数カ月、そして2000年のような裁判にもつれこむ泥仕合が懸念されている。

 異例の状況下、執筆時点(8月17日)では挑戦者のバイデン前副大統領が優位にある。5月の本紙への寄稿で、筆者は、全米の世論調査の平均はトランプ対バイデンで、43.2%対47.7%とバイデン有利だが、「賭け屋」の予想では50.5%対41.8%と現職優位であり、選挙までに経済に一定の回復があれば現職のトランプ優位で、大恐慌レベルの経済危機となれば挑戦者バイデンが優位、その間の場合は予想不可能な接戦と予想した。

 現在、米国の失業率は10%を超え、深刻な経済危機下にあるため、現職のトランプが苦しみ、挑戦者のバイデンが優位に立っている。全米の世論調査の平均では、トランプ対バイデンは42.8%対49.8%と、5月とそう変わってはいないが、「賭け屋」の予想では、トランプ対バイデンは、41.6%対56.6%と、バイデン優位に逆転した。プロ(賭け屋)の予想が、トランプ優位から、バイデン優位に変わったのである。

 賭け屋の予想がバイデン優位に変わった日付は6月1日である。この日、トランプ大統領は、5月25日に黒人のフロイド氏が白人警官に首を圧迫されて殺害されたことへの抗議が全米に広がる中で、ホワイトハウスの前のデモ参加者に対して、警察や州兵に命じてペッパーガスやゴム弾などの強硬措置で排除し、近くの教会の前で聖書を掲げるという選挙パフォーマンスを行った。国民をまとめるどころか、選挙目的で分断を煽る大統領の姿勢は、マティス前国防長官をはじめ、保守派からも批判が相次いだ。

 この事件が有権者に示したことは、トランプ大統領にとっては、黒人の人権や、新型コロナ感染よりも、自身の大統領選挙での再選が優先するという自己中心的な姿勢だった。その頃から現在まで一貫しているのは、コロナ感染による死者が増加したとしても、11月の再選のために最重要な経済再開を進めることである。その間、コロナ感染は、民主党の支持基盤のニューヨーク州のような都市部だけでなく、選挙のカギを握る接戦州の1つであるフロリダ州を始め、全米に拡大した。執筆時点で、コロナ感染による死者数は17万人を超え、多くの有権者がトランプのコロナ対策に不満を持つようになった。しかも感染拡大は景気回復にも大きな障害となっている。

 おそらく、現時点で投票が行われればトランプの敗北は間違いない。しかし実際の投票は3カ月後である。プロ(賭け屋)はトランプ勝利の可能性を41.6%、つまりトランプにも4割の勝機があるとみている。それは、依然として有権者の4割前後といわれるコアなトランプ支持層の気持ちが変わっていないからだ。彼は、コロナと経済停滞の責任は、トランプ大統領にではなく、ウイルスの封じ込めに失敗して世界に感染を広めた中国にあると考えている。しかも、いち早く経済を再開した中国は、香港の民主化運動を弾圧し、中印国境、南シナ海、尖閣諸島などで、周辺国への軍事的な圧力を高めて、米国に挑戦している。トランプ政権は対中強硬姿勢をエスカレートさせ、一定の支持を得ている。

 そもそも、保守とリベラルに真っ二つに割れた米国において、保守系の有権者が民主党候補に投票するためのハードルは極めて高い。5月から8月にかけてバイデン優位の流れを作り出したのは、無党派層が経済とコロナ対策に不満を持ち、バイデン支持に傾いたからだ。したがって、トランプ陣営が残り3カ月の間で流れを変えることは不可能ではないし、いくつかの逆転カードが予想される。

 1つには、トランプ大統領より3歳年上で、その認知能力を疑われているバイデン氏が、10月に予定されているテレビディベートで失態を冒す可能性だ。バイデン氏が質問に対して沈黙するなど、少しでも認知能力を疑われる動きをすれば、徹底的なネガティブキャンペーンで逆転チャンスが出てくる。そのためにも、州によっては9月から始まる郵送による不在者投票を、今から制限することは意味がある。投票が早まるほどバイデンが有利になるからだ。

 もう1つのカードはワクチンの早期認可だ。副作用を考慮して認可に慎重なFDA(米食品医薬品局)に圧力をかけて、10月中にワクチンを認可できれば、米国内の雰囲気が大きく変わるかもしれない。その後に副作用に苦しむ人が出ても気にしない、というトランプ氏の自己中心性は強みとなる。現在、強引な経済再開により、感染者は増えているが、経済は少しずつ上向きになっている。コロナと経済に「打ち勝った」というメッセージを効果的に発信できれば、コアなトランプ支持者に加えて、無党派層を取り込み逆転できるかもしれない。今後、3カ月、あらゆる事態が想定される。しかしそれらの仕掛けが不発に終われば、バイデン候補が勝利するだろう。

 


《みやざき・まさひろ》

昭和21年金沢生まれ。早稲田大学中退。「日本学生新聞」編集長、雑誌『浪曼』企画室長を経て、貿易会社を経営。57年『もうひとつの資源戦争』(講談社)で論壇へ。国際政治、経済の舞台裏を独自の情報で解析する評論やルポルタージュに定評がある。中国ウォッチャーとしても健筆を振るう。著書多数。

2020年9月7日号 週刊「世界と日本」第2180号 より

 

香港殺す「国家安全法」
手負いの龍と化するか 中国

 

評論家 宮崎 正弘 氏

 

 「香港は死んだ」と産経新聞が1面トップ(7月1日)で報じた。中国共産党が全人代常任委で急遽可決した「香港国家安全法」が同日から施行され香港では自由が奪われた。議会選挙は民主派候補の立候補を認めず、ついでにコロナを理由に1年延期という暴挙にでた。

 

 「死んだ」のではない。香港は「殺されたのだ」と民主派は強く非難した。

 香港の少数派である親中派にとっては香港国家安全法により、社会秩序が回復すると安堵し、投資家はむしろ安定すれば株価は上昇すると読んだ。しかし市場とは情報の透明性、表現の自由が確保されなければ国際取引は成立しにくくなる。いずれ香港の国際金融都市としての機能は失われるだろう。

 だが、現実を見ると香港株は下落しなかった。

 5年前の上海株暴落直後に当局は「株を売るな」と命令し、ついで「悪質な空売りは犯罪として罰する」と証券会社の一部を営業停止とし、裏から資金手当てして証券会社に株を買わせた。この強権発動で「売り」が消え、暴落を防いだ。同じ手段を香港でも駆使した。

 ウォール街から中国企業の上場が排斥される一方、アリババなどが香港で重複上場を行って香港株式市場に潤滑油の役割を果たした。その上でSMIC(中芯国際集成電路)の上海株式市場への上場が続き、投資家は買いに走った。

 8月5日、香港の裁判所は2019年の香港騒乱のデモを始動した黄之鋒(ジョシュア・ウォン)、周庭(アグネス・チョウ)らに禁錮刑を言い渡す前提となる罪状認否を行った。香港大乱での逮捕者は9200名、起訴された者がおよそ2000名。すでに服役している民主活動家も多い。

 また前立法委員の羅冠聡(ネイサン・ロー)ら海外に渡った6名を指名手配とした。羅は事実上ロンドンに亡命しており、今後は海外での言論活動を展開する。

 香港の自由民主派の活動は抑え込まれ、その上コロナ禍によって3人以上の集会が禁止されている。このタイミングをはかって8月11日には黎智英(ジミー・ライ)ら民主活動家10名を逮捕する(翌日釈放)。

 欧米はこの事態にいかに対応したか。

 トランプ大統領は7月14日に「香港自治法」に署名した。これまでの香港への特別待遇を撤廃し、金融報復を示唆した。

 英国は香港市民350万人へBNO(英国国籍パスポート)の滞在期間を半年から5年間に延長し、97年返還から半世紀、「一国両制度」を認めた約束の反故を非難し、ついでにファーウェイの5G展開を中止した。

 かくして中国を敵視する西側の包囲網にはフランス、豪、カナダ、NZ、インドが加わる。

 ならば最後の勝負を決める「原爆」に匹敵するリーサルウェポンは何か?

 トランプ政権の究極の標的は「香港ドルの米ドルペッグ制」にある。

 中国4大銀行との取引停止、ドル交換停止を香港自治法では謳っている。

 すでに香港民主人権法により、中国人の在米資産凍結がいつでも可能。加えて国防権限法などにより、中国が保有する米国債の凍結も可能だから中国の富裕層は在米資産の移管を急いでいる。

 中国が売ろうにも売れないのは保有する米国債権だ。1兆1000億ドルの米国債を担保にして中国は国際金融活動を展開できたのだ。

 しかし中国がこれまでに購入した米国企業や不動産などはあらかた売却し、留学生の多くも引き揚げ、共産党幹部は隠し口座の移し替えに躍起である。

 これまでの一連のトランプの措置は、ピンポイント空爆でしかなく、序幕戦の段階だった。

 中国は最悪のシナリオを用意している。孫子の兵法の国ゆえに、自分ならこうするから相手もこうするに違いないという発想が基底にあるからだ。

 米国が考慮しているシナリオのなかで核弾頭に匹敵するのは「人民元とドルとの交換停止」、つまり中国を国際通貨交換システムから排除し、経済を麻痺させ、中国を敗北させることにある。

 任志剛の警告がある。彼は1993年から2009年まで香港通貨当局(HKMC)のトップだった。1997~8年のアジア通貨危機と、2008年のサブプライム危機に遭遇し、香港ドルを守った「功績」がある。現在も林鄭行政長官の財政アドバイザーだ。

 この任志剛が、「次の異様な金融危機が視野に入った」と発言した。任によれば1997~8年の「アジア通貨危機」は強欲資本主義の投機筋が仕掛けてきた「グローバル金融の危機」であり、HKMCは1180億HKドルを投入して投機筋に対応した。

 「2008年、リーマンショックによる金融危機は『国際金融文化』の危機だった」。任志剛は次の金融危機が視野に入った理由をこう述べる。

 「米国のゼロ金利が向こう2年続くとすれば、ドル安に傾くのは当然であり、一方でドルペッグ制のHKドルは、ドル預託の安定通貨であるために買われる。4月以来、29回HKMCは香港ドル高を防ぐために介入し、1093億ドルを投入した。中国のユニコーンの香港市場への上場が重なり、香港の株式市場に夥しい資金が投下されたためだ」(サウスチャイナモーニングポスト、2020年7月27日)。

 その膂力(りょりょく)もドル交換停止となれば尽き果てるだろう。

 米中対決は「自由」vs「専制」という価値観の戦争である。

 米国の制裁措置によって中国は手負いの龍となり、ますます凶暴化するだろう。

 


《かみや・またけ》

1961年京都市生まれ。東大教養学部卒。コロンビア大学大学院(フルブライト奨学生)を経て、92年防衛大学校助手。2004年より現職。この間、ニュージーランド戦略研究所特別招聘研究員等を歴任。専門は国際政治学、安全保障論、日米同盟論。現在、日本国際フォーラム理事・上席研究員、日本国際問題研究所客員研究員、国際安全保障学会理事。主な著作に『新訂第5版安全保障学入門』『新段階の日米同盟のグランド・デザイン』『日本の大戦略』など。

2020年8月24日号 週刊「世界と日本」第2179号 より

 

米中対立は「体制間競争」へ

 

防衛大学校教授 神谷 万丈 氏

 

  2年前、『産経新聞』の「正論」欄に「中国との体制間競争を勝ち抜け」と題した小論を寄せ、次のように論じたことがある。冷戦期は米ソ両陣営が体制の優劣を競い合った時代だったが、冷戦後、米国をはじめとするリベラルデモクラシー諸国は、中国に対してはそうした考え方をとらず、中国の発展を助けることでその体制をより自由な方向に動かそうとしてきた(「関与政策」)。

 だがその期待は裏切られた。中国は豊かさを手にするにつれて共産党独裁と言論・思想統制を強化する方向に動いたし、対外的にも、尖閣諸島周辺や南シナ海で顕著なように、国際的なルールを尊重せず力によって現状を変えようとする姿勢を強めている。今やわれわれは、自由な諸国と中国との体制間競争が始まっているのだという認識を持ち、リベラル国際秩序を守るために対中競争に勝ち抜かなければならない。

 しかし賛同は多くはなかった。関与政策が期待はずれだったとしても、中国との対立を深めれば経済面での密接な結びつきが損なわれ、米国やリベラルデモクラシー諸国にとって打撃となる。中国にとっても、米国などとの相互依存は経済成長に不可欠だ。したがって、リベラルデモクラシー諸国と中国との対立には自らブレーキがかかり、体制間競争には至らないはずだ。2年前にはそうした見方が主流だったのだ。

 だがこの5月20日に発表した議会への報告書「中国に対する米国の戦略的アプローチ」で、米国政府は、米中関係をイデオロギーを異にする体制間の戦略的競争関係と明確に位置付けた。これにより、1979年の国交正常化以降最悪といわれていた米中対立は、さらに次元の異なる領域に入った感がある。

 同報告書は、関与政策の失敗を強調しつつ、中国共産党が「自由で開かれたルールを基盤とする[国際]秩序を悪用し、国際システムを自らに有利なように作り変えようとしている」、「中国共産党の利益とイデオロギーに合致するように国際秩序を変えようとしている」と警鐘を鳴らした。

 こうした中国の挑戦に対応するために、米国は「競争的アプローチ」を採らざるを得ないと報告書はいう。「関与」に代わる米国の新たな行動指針とされるのが「原則に沿った現実主義」だ。主権、自由、開放性、法の支配、互恵主義という「原則」にのっとって、米国は「米中が戦略的競争関係にあることを認識しつつ、中国共産党の直接的挑戦に対応し、国益を適切に守る」という。中国との協調は排除されていないが、中国だけではなく米国も国益を増進できるような「建設的」で「選択的」かつ「結果志向」の協調でなければならないことが強調されている。

 注目されるのは、報告書が、米国の国民や国土や生活様式を脅かしている中国の行動が、中国共産党の「悪い(malign)」性質に起因しているとの見方を隠していないことだ。中国が国内で人権や自由を抑圧したり、外交・安全保障面で国際的なルールを無視して、力づくで国益を増進しようとする根本的理由は、中国共産党のイデオロギーと独裁的体質に求められるという見方だ。

 この立場からは、中国がその体質を根本的に変化させ、「悪い」行動をとらなくならない限り中国との妥協はあり得ないことになる。報告書は、「米国は、われわれの二つのシステム間の長期的な戦略的競争を認識している」とし、「原則に沿った現実主義」に基づいて、米国の利益を守り国際的影響力を増大させると述べる。同盟国やパートナー国などとの連携を強化して中国の挑戦に打ち勝つ決意も表明されている。まさに、これまでとは次元の違う厳しい対中対決が打ち出されているのだ。

 その後6月から7月にかけて、オブライエン国家安全保障担当大統領補佐官、レイ連邦捜査局(FBI)長官、バー司法長官、ポンペオ国務長官という4人の高官が行った一連の演説の中でも、今や米中が体制間競争を闘っており、中国共産党の「悪い」性質を変える必要があるのだとする見方が強調され、同盟国やパートナー国とともにこの競争に勝利する米国の決意が繰り返された。

 いずれも内容は激烈だ。オブライエン補佐官は、「習近平は自分をスターリンの後継者だとみている」と述べた。レイ長官は、中国共産党は自らが米国を経済的・技術的に追い越すための闘いの中にあるとみており、そのためにスパイ活動などの違法行為を行っていると非難した。バー長官は、中国共産党が中国人の巨大な力と生産性と知恵を利用して「ルールを基盤とする国際システムを転覆し、世界を独裁制にとって安全なものにしようとしている」と主張した。

 そして締めくくりとなる7月23日の演説で、ポンペオ国務長官は、「中国共産党の体制はマルクス・レーニン主義の体制」であり、「習総書記は破綻した全体主義イデオロギーの熱狂的信者」であるとして、自由を愛好する国々は中国に変化を促さなければならないと強調した。「自由世界はこの新たな専制国家[中国]に勝利しなければならない」というのが長官のメッセージだった。そのためには「志を共にする国々が結集し新たな民主主義国の同盟を作る時かもしれない」とも長官は訴えた。

 米国市民の対中意識も悪化している。今年3月のピュー・リサーチセンターの世論調査では、中国に対して「好意的ではない」回答者が66%に達した。中国を脅威とみる割合は約9割で、62%は中国を「重大な脅威」とみているとの結果も出た。

 また、中国に厳しいのはトランプ現政権に限った現象ではない。最近の米シンクタンクのウェブセミナーをみても、対中強硬姿勢は超党派の路線となっており、バイデン政権になっても対中融和への回帰が起こるとは考えにくい。

 中国がイデオロギー体質を変えるとは思われない以上、米中の体制間競争は長期的な闘いとなろう。日本には、米国の同盟国として、この競争に対する当事者意識が求められよう。

 


《ちの・けいこ》

横浜市生まれ。1967年に早稲田大学卒業、産経新聞に入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長。外信部長、論説委員、シンガポール支局長などを経て2005年から08年まで論説委員長・特別記者。現在の肩書は客員論説委員、フリーランスジャーナリスト。97年度ボーン上田記念国際記者賞を受賞。著書は『戦後国際秩序の終わり』(連合出版)ほか多数。

2020年8月3日号 週刊「世界と日本」第2178号 より

 

コロナ危機 なぜ独裁はなくならないのか

 

ジャーナリスト 千野 境子 氏

 

 新型コロナウイルスは世界の矛盾や問題を次々に炙り出している。独裁の復活と跋扈(ばっこ)もそのひとつだ。かつて私は中東の独裁者が相次ぎ失脚した「アラブの春」に触発されて『なぜ独裁はなくならないのか』(国土社刊)を著わしたが、今回のパンデミック(世界的大流行)でも独裁は息を吹き返し、新たな信奉者を生んでいる。アフターコロナの世界は歴史の終わりならぬ、民主主義の終わりが懸念される。 

 

 一般に戦争や大恐慌、天災など国家の非常事態には、強い政府と指導者が求められる。独裁者とその予備軍もそこにつけ込む。コロナ危機も例外ではなかった。

 中でもいち早く便乗したのが、ハンガリーのオルバン首相だった。3月末に首相権限を無期限で大幅に拡大する法案を通し、コロナ以降の統治まで可能にした。加盟する欧州連合(EU)からの批判など柳に風で、親に似ぬ鬼っ子は独裁を着々と固めている。

 カンボジアのフン・セン首相も抜け目なかった。コロナ対策を大義名分に4月、非常事態法を成立させ、国王にのみ与えられていた非常事態宣言の権限を手中にした。3カ月の期限は延長可能なため、ハンガリー同様に事実上の無期限だ。

 早や首相の座に27年余り。近年は野党を解体し、一党支配による半永久政権を目論む。感染収束の前から中国に応援労働者の派遣を表明するなど親中ぶりもエスカレート、独裁政権同士「類は友を呼ぶ」典型だ。

 平時は国際社会の目を多少とも意識し、自制心を働かす独裁者たちも、世界中が自分のことで精一杯の非常時ともなると、ブレーキの壊れた車のように暴走、本性を現す。

 筆頭はやはり中国をおいていない。習近平国家主席から戦狼報道官に至るまで、パンデミックへの罪の意識などカケラもなく、一党独裁の優位性の宣伝に奔走、内では国民監視システムの強化を正当化し、外では感染拡大に歯止めのかからない欧米をしり目にマスク外交で恩を売っている。

 さらに香港の一国二制度を反古(ほご)にする国家安全維持法の導入、中国公船による尖閣諸島周辺への連続航行86日(7月8日現在)や領海侵入など、法と民主主義を無視し、今ややりたい放題の感がある。

 中国がコロナ禍のダメージを多大に受けながら習近平政権がかくも強気なのは、国威発揚に加えて、コロナ危機をいち早く制御したとの自信が大きい。そこから一党独裁による権威主義体制優位の主張も導き出される。

 確かに自由や民主主義を掲げる英仏はじめ欧米諸国が軒並み感染拡大を余儀なくされる中、コロナ対策に奏功した独裁国家は中国以外にもある。

 中でもベトナムは7月8日現在、累計感染者がわずか369人、死者数0は世界を驚かせた。カンボジアも同141人、同0だが、統計への信頼度が低いのが玉にきずだ。中国の8万3572人(同4634人)も世界の現況に照らせば成功の部類に入るだろう。

 しかし以上を以て独裁の優位性を説くのは早計だ。独裁的なドゥテルテ大統領のフィリピンは強権発動も効果なく、感染者4万7873人、死者1309人で今も1日1000人超単位で増加中だ(数字はNNAニュースによる)。

 感染がアメリカに次ぐブラジルのボルソナーロ大統領も、感染死者の発表を中止して経済を優先、議会が決めた公共の場でのマスク着用義務を自ら破るなど独裁的言動に終始し、遂に本人も感染した。

 改憲により長期独裁に道を開いたプーチン大統領のロシアも、感染封じ込めに失敗している。そもそもプーチン大統領にコロナと戦う意志があるのか疑わしくさえある。

 これではコロナ制圧に独裁が優位などと到底言えない。独裁の形も感染拡大の要因もさまざま、独裁には成功も失敗もあるという至極当然の帰結になる。

 むしろ問題は、コロナはいずれ収束するとしても、危機に乗じて増殖した独裁は、そう簡単には退場しないことだ。独裁は蜜の味だから権力者はなかなか手放したがらないし、独裁の復活と跋扈はコロナ以前からの世界的潮流でもあるからだ。

 その要因として、ここでは(1)5年前に欧州を混乱に陥らせた難民危機(2)反移民を標榜するポピュリズムの台頭とポピュリスト政党の躍進(3)「アメリカ・ファースト」と国境の壁建設を公約に掲げたトランプ米大統領の登場の少なくとも3つを指摘したい。

 中長期的な大きな流れとしては(1)だが、短期的には(3)の影響が大きい。コロナ禍で「外敵」難民への人々の警戒心は高まり、強権的統治に人気が集まる。人々が独裁を求めるのだ。一時しのぎにはなるかもしれない。しかし破綻国家や貧困問題に手が打たれない限り、難民とは生存への証である以上、難民危機は再燃する。

 そしてトランプ現象。ドゥテルテ氏、ボルソナーロ氏、あるいはポーランドのドゥダ大統領などトランプ流を真似、ミニ・トランプと呼ばれるのを喜ぶ信奉者もいる。

 しかもどうやらトランプ氏自身が独裁願望を有し、独裁との親和性も結構ありそうに見える。北朝鮮の金正恩労働党委員長や習近平国家主席を「いい奴だ」と持ち上げながら、同じG7のメルケル独首相を毛嫌いし(彼女もトランプ氏を嫌いだからお互いさまだが)、マクロン仏大統領との相性も良くなさそうで、「陣営を間違えてはいませんか」と言いたくなる。

 お得意の偽悪的表現と割り引いても、トランプ氏の言動は共産主義に対抗し、戦後国際秩序を主導してきたアメリカへの敬意を減じ、結果的にアメリカの国益を損なっているのではないか。アメリカにも国際社会にも好ましい事態とは言えない。

 米大統領選の投票が近づいている。独裁の跋扈に一矢を報いるためにも、次期大統領にはポピュリズムに走らず、米国益も国際益も包摂する強靭な指導力を期待したい。

 習近平政権には英国の歴史家アクトン卿の名言「絶対的権力は絶対に腐敗する」をあげたい。独裁は意のままに権力を謳歌し拡大もできるが、ヒトラーに代表されるように、その終着駅は崩壊である。

 巨大になり過ぎて滅亡した恐竜にも似ている。大は中国から小は北朝鮮まで、危惧すべき国は多い。

 


《かわそえ・けいこ》

1986年より中国(北京・大連)の大学へ留学。2010年の『中国人の世界乗っ取り計画』(産経新聞出版)は、Amazon〈中国〉〈社会学概論〉の2部門で半年以上、1位を記録するベストセラー。その他の著書として、『トランプが中国の夢を終わらせる』、『米中新冷戦の正体』(共著)(ワニブックス)、Amazon〈中国の地理・地域研究〉1位など。最新刊は7月発売の『習近平が隠蔽したコロナの正体―それは生物兵器だった!?』(WAC BUNKO)。

2020年7月20日号 週刊「世界と日本」第2177号 より

 

習「隠蔽」と「新たな戦時体制」

 

ノンフィクション作家 河添 恵子 氏

 

 コロナ禍による未曽有の非日常から、日本は徐々に回復しつつある。だが、「ソーシャルディスタンス」「テレワーク」、そして「子供の感染が増えている」「コロナの第2波が来る」などにより落ち着かない日々が続いている。

 

「見えない戦争」の正体

 トランプ政権が発足し、米中新冷戦が熾烈さを増すなか、5G元年の今年上半期が、世界の大転換期になるだろうと予測していた私は、この数年、「見えない戦争(Stealth War)」に注視していた。

 これまで世界を〝赤く〟染めてきた中共のスパイ、産業スパイ、そして看板こそ「民間企業」だが、その実、軍系の企業(軍企)を徹底的に警戒し、対峙する姿勢を米国のみならず、米英を核とする情報・諜報機関のファイブアイズ(米国・英国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド)が示していたためだ。そのため、「サイバー空間が主戦場になる」と考えていた。

 ところが、1月20日、世界が劇的に動き出した。習近平国家主席が「新型コロナウイルスの感染蔓延の断固阻止」や「社会安定の維持」を求める「重要指示」を出したのだ。患者の早期隔離が防疫に最も有効な手立てであることは常識だが、最初の患者が確認されて40日以上を経ていた。

 数日間、武漢ウイルスに関する情報収集に明け暮れた段階で、私の頭は完全に切り替わった。「見えない戦争」は、新型コロナウイルスによって火蓋が切られたのだと。

 武漢市の医療現場からの叫びに似た声に触れ、「1人の感染で家族全滅」との悲惨かつ異常な事実もわかり、旧正月(春節)のシーズンで、中国から人の往来が激増する日本は大変なことになると焦った。

 米政府や軍に対して、生物化学兵器・毒素兵器に関する相談役を、多年にわたり行ってきたコロラド州立大学名誉教授のアンソニー・トゥー(杜祖健)博士と、私は2月初旬からメールでやり取りを始めた。

 すでに世界の識者は、「武漢のウイルス研究所などから人工のコロナウイルス(もしくは生物兵器)が漏れた?」との仮説をたてていた。同時に、人工ウイルスの起源と犯人捜しがヒートアップしていた。

 私はその頃、大枠で3つの仮説をたてた。

(1)1979年にソ連で起きた事件―スヴェルドロフスクの生物兵器研究所から炭疽菌が漏れた事件と同様、人工的なコロナウイルスが武漢のウイルス研究所から空気のように周辺地域に漏れた。

(2)人工的に操作された、コロナウイルスに侵された実験動物(コウモリ?)が転売され、市場で食べたり、触ったりしたことからヒトにうつっていった。

(3)ウイルス研究所の研究員が、実験室で人工的に操作していたコロナウイルスの扱いをミスって、患者0(ゼロ)号になった。

 すなわち、中国当局が流す「武漢の海鮮市場でコウモリを食べた人が感染し、ヒトからヒトへうつっていった」という〝物語〟を疑い、習政権が隠蔽してきたことからも、「天然のコロナウイルスではありえない(天災ではなく人災)」と結論づけ、専門家のトゥー博士とのやり取りからも「生物兵器の類ではないか?」と推測した。

 3月に来日したトゥー博士が、まず驚いたのは、「日本が、新型コロナウイルスが天然なのか人工なのか議論していない」ことだった。

 また、中国が公式に発表する感染者と死者数は、実態と大きく乖離しているのではないかという疑念。

 何より、習政権による「隠蔽工作」によって(私はだから「習隠蔽」政権と呼んでいる)、各国の防疫対策が後手にまわり、パンデミックに陥り、現在進行形で地球上に多くの感染者と死者を出し、経済活動、日常生活が自粛に追い込まれていること・・・。

 普段は、眉をしかめて責任論や人権、人命について声高に叫ぶテレビの論客という名の“電波芸者〟が、この基本的な事実すら触れようとはしない。

 ジャーナリズムは死に、政治、国会もまともに機能していない・・・。日本の中枢が、中国共産党の手足に成り下がっていることを、コロナ禍であらためて痛感した。

 

世界はコロナの研究をしていた

 4カ月ほど武漢ウイルスの正体を取材し、書いてきた中で、モヤモヤしていることは幾つもある。その1つは、「武漢で発生した新型コロナウイルス」と日本に入ってきた武漢ウイルスの〝毒性レベル〟は異なるのではないか? という疑問である。

 英国の情報機関とのやり取りがある知人に尋ねたところ、「H5N1元の人工ウイルス、H5N6元の人工ウイルス、ハンタウイルス元人工ウイルス、H5N1人工ウイルス変異型・・・と6~8種類が確認されている」との話だった。

 とすれば世界(中国に限らず)は「人工ウイルス(生物兵器!?)を研究していた=作っていた?」。そして、何らかの目的でいつか使うつもりがあったと推測しても不自然ではない。さらには、「ウイルスの悪意ある漏れ」すなわち、誰かが意図的に撒いたりする可能性もゼロではない。

 もちろん、こういった内容を公にすれば、多くから〝陰謀論〟の一言で片づけられることを知っている。ただ、前出のトゥー博士は、「もし、武漢の研究所でウイルスを作っていたとしたら、やはり攻撃用でしょう。流行っていないものを研究する必要はありますか?」と淡々と語っていた。

 生命に対して真摯かつ純粋な学者・研究者は、「どうやったら1人でも多くの命が助かるのか? 無駄死を避けられるのか?」などと考え日々、研究に邁進しているのだろう。

 だが、その逆で、「いかにピンポイントで暗殺できるか?」「いかに大量に絶滅させられるか」について熱心に研究する類、研究開発を指示する支配者(国家)が存在してもおかしくはない。

 それと、たとえ核兵器が地球上に存在しない時代が来たとして、〝恐怖の兵器〟が地球上から全てなくなることを意味するのか? 残念ながら、それはあり得ない。

 マスメディアは「ウイルスとの『共生』が必要」などと美しい表現を使うが、我々は「見えない兵器!?を恐れて対峙する」という「新たな戦時体制」に突入したと言うべきではないか。

 


《とみさか・さとし》

1964年愛知県生まれ。単身台湾に渡った後、北京語言学院を経て北京大学中文系に進む。『週刊ポスト』『週刊文春』記者を経てフリージャーナリストとして独立。『龍の伝人たち』で21世紀国際ノンフィクション大賞(現・小学館ノンフィクション大賞)優秀賞受賞。近著に『「米中対立」のはざまで沈む日本の国難』。国家基本問題研究所企画委員。

2020年6月22日号 週刊「世界と日本」第2175号 より

 

中国の現在

新冷戦へ突入なのか

 

拓殖大学教授 富坂 聰 氏

 

 原稿を書いている現在、東京で新たに34人が新型コロナウイルスに感染したというニュースが大きく報じられ、ちまたでは「感染拡大の第2波か」と騒ぎになっている。思い出されるのは、都市の封鎖が解除されて間もなく6人の感染者が見つかった中国・武漢だ。同じ時期、ソウルでも第2波が疑われる事例が確認された。感染再拡大への対応では、中韓に大きな差が生じたことは周知の事実だ。

 

 中国は自由主義世界にはなじまない抑止力を発揮し、最終的に自ら「平常化の目安」とした全国人民代表大会をやり終え、感染がコントロールされていることを内外にアピールした。つまり現状を見る限り、ありとあらゆる問題を指摘されながらも、気が付いてみれば結果を出したことになる。これも繰り返されてきた“中国問題”のデジャヴだ。

 本原稿のテーマは「中国の現在」だが、実に多くのことを考えさせられる。日本には中国の「現在」がほとんど伝わってないのだ。

 武漢の封鎖解除と前後して安倍政権は緊急事態宣言を発した。感染対応では個々の自治体の評価が分かれ、大阪の吉村知事が名を上げた。しかし、称賛されたその「大阪モデル」に目新しさはない。どれもこれも1月末から2月の上旬にかけて中国が採った対策ばかりなのだ。武漢経験を学んでいれば、事前に問題の芽を摘むこともできたはずだ。

 だが日本人は中国からは学びたくない。それどころか「でたらめを繰り返す中国」が「感染をコントロールできるはずはない」と信じている。だから日本のメディアに「隠ぺい」や「改ざん」を報じるニュースがあふれても、淡々と現実を報じた記事は見当たらない。結果、武漢で何が起きたのか、詳細を知る日本人は皆無だ。武漢を反面教師にするにも元となるデータ自体が存在しないことに、誰も疑問を感じないのだろうか。

 封鎖直後の武漢は、全国から派遣された6000人の医療スタッフをどうやって迎え、彼らの住居や通勤の足を提供したのか。到着からわずか50時間で診療を始められた理由は何か。なぜ武漢市は人々の生活物資の不足を、ごく短期間で解決できたのか。なぜ火神山病院の建設を10日間と期限をつけて建設に着手したのか。マスクや消毒剤、防護服はなぜ不足しなかったのか。習近平がこれを兵站(へいたん)戦と呼んだ理由は何なのか。そして党中央はいったい何に最も怒っていたのか・・・。

 中国専門家でも、こうした疑問を的確に答えることは難しいはずだ。

 同じことは、現在進行形の米中関係にも当てはまる。不可思議な解説も目白押しで、なかでも中国がコロナ後の覇権を狙い強気な外交を展開しているとの見立てには驚かされた。

 中国のランボーとも呼ばれ、大ヒットした映画「戦狼(ウルフ・オブ・ウォー)」から名付けた「戦狼外交」との表現までが日本のメディアにあふれたことには開いた口が塞がらなかった。「なんとなく、それらしくまとまった話」と事実は明らかに区別されなければならない。

 第一、中国が自らアメリカとの関係をこじらせるメリットはない。コロナのダメージからいち早く回復したい中国には、対米・対欧州との貿易が不可欠だ。

 それを放棄してアメリカに挑発し続ければ、習政権に対する国内の突き上げは凄まじいものとなるだろう。

 国も潤わなければ、政権にも追い風が吹かないのなら、政治家が行動する理由はない。

 そもそも1月の貿易交渉で一定の成果を得た米中関係が本格的にぎくしゃくし始めたのは、3月中旬からのことで、比較的新しい。

 確かにそれ以前にも、1月30日にロス米商務長官が「新型コロナウイルスの感染拡大はアメリカ経済にとって有利だ。製造業の国内回帰のきっかけとなる」と発言して中国側が反発したこともあった。

 激しい舌戦という意味では、その幕開けを2月末から3月にかけてのトランプ大統領や閣僚らから「中国ウイルス」、「武漢ウイルス」との発言が相次いだ頃とすることもできる。中国外交部の趙立堅報道局副局長が「ウイルスは米軍が武漢に持ち込んだかも」とツイッターで発信し、アメリカが抗議するという場面もあった。

 だが3月27日のトランプ大統領と習近平国家主席との電話会談では、大統領は「習主席はとてもよくやっている」と称賛。「彼らは早い時期に(感染拡大を)経験しており、我々はその情報を手にしつつある」とリップサービスしていたのである。

 関係が本格的に激化するのは、トランプ氏が新型肺炎への対応の拙さを指摘され、次の大統領選挙に不利に働くと考え始めた頃からだ。同じ時期、米政治専門紙「ポリティコ」は、共和党の選挙参謀の一人のメモをすっぱ抜く。そこには選挙に勝つため、感染拡大の責任が中国にあることを強調し、同時に民主党が中国と近いというイメージを付けることが大切だと指摘されていたことを暴露した。

 中国も4月中旬からは反論を飛び越し、相手への攻撃を公然と始める。3月中旬には楊潔チ国務委員が、ポンペオ国務長官との電話会談中に「アメリカの政治屋」という言葉を使い、その兆候を見せていた。

 政治屋とは自らの利益(自分が選挙で当選したいなど)のために中国との関係を利用する政治家のことだ。

 4月下旬になると、この「政治屋」を具体的に個人名で攻撃を始める。ターゲットはポンペオ国務長官である。事ここに至り、すでに中国は引くつもりがないことを宣言したと言えるだろう。

 通常であれば、ここで「トランプ政権との関係を断念した」と言うべきところだが、そうではない。アメリカからの対中圧力には、貿易不均衡の数字の是正を目指すグループと、ファーウェイへの制裁に代表されるワシントンの風。そしてポンペオ国務長官を筆頭とする共産党政権への根本的不信感を持つグループと、国民感情の悪化を利用して政治的ポジションを上げようとする勢力というように、少なくとも4種の強い逆風と向き合わざるを得なくなっているのである。これは単なる「長期戦」という言葉では表現できるものではない。

 新冷戦は、双方が失う利益が大きすぎるが、それでも水面下では本格的に対立する時代へと突入したとみて間違いないはずだ。

 


《わたなべ・つねお》

1963年生まれ。東北大学歯学部を卒業。歯科医師を経てニュースクール大学(米国ニューヨーク市)で政治学修士。戦略国際問題研究所で上級研究員を務めた。2005年に帰国、三井物産戦略研究所主任研究員、東京財団上席研究員を経て、現職。戦略国際問題研究所非常勤研究員を兼任。近著に『大国の暴走』(共著、講談社)がある。

 

2020年6月8日号 週刊「世界と日本」第2174号 より

 

トランプ再選は?

最大の鍵 経済危機対処

 

(公財)笹川平和財団上席研究員 渡部 恒雄 氏

 

 2020年11月大統領選挙は、執筆時点ですでに全米で9万人以上の死者を数えている新型コロナウイルス感染と、1930年代の大恐慌以来といわれる経済危機の影響を受けることは間違いない。2016年の選挙で下馬評を覆し、ドナルド・トランプ候補が選出された背景には、保守とリベラルに分かれ、2つに分断されたアメリカがあった。しかし新型コロナ感染は、米国が団結するきっかけとはならず、むしろ分断を進めている。これはトランプ再選の可能性にどう影響するのだろうか?

 

 トランプ候補は、4年前、全米の総得票数ではヒラリー・クリントン候補よりも286万票も少なかったにもかかわらず、州ごとの選挙人の合計で勝敗が決まる特殊な制度の恩恵により勝利を収めた。

 選挙のスローガン「アメリカ・ファースト」と「アメリカを再び偉大な国に」は、共和党主流のエリート・富裕層に向けられたものではなく、中西部の激戦区(ウィスコンシン・ミシガン・オハイオ・ペンシルバニア)の「ラストベルト」(錆びついた工場地帯)に住む白人の労働者層をターゲットにしたものだった。その結果4州全てで勝利を収め僅差で勝利した。

 ラストベルトに住む白人労働者層は、経済のグローバル化や同性婚などのリベラルな社会風潮に反発を抱いていた。前回の選挙では、トランプ候補が女性や性的マイノリティへの数々の差別発言を行ったが敗因とはならずに、むしろクリントン候補が、トランプ支持者を「嘆かわしい人々」と呼んだことで反発を受け、ラストベルトでの支持を失った。

 前回も今回も、保守とリベラルに分断したアメリカにおいて、勝負は、11州前後の接戦州で勝てるかどうかだ。民主党側もそれを理解しているからこそ、ペンシルバニアの中流家庭出身で、放言癖はあるが、エリート臭がないジョー・バイデン前副大統領を候補に選んだ。

 選挙の最大の争点は、新型コロナ感染により、4月には失業率が14.7%に達した経済危機への対処だ。米大統領選挙では現職候補が有利だが、直近で現職が敗れた選挙は、1980年のカーター(レーガンに敗北)、1992年のブッシュ(父)(クリントンに敗北)。いずれも要因は景気後退だ。経済が回復しない場合、現職のトランプ大統領には厳しい選挙となる。

 しかしトランプの再選が絶望的なわけでもない。有権者の40%前後と考えられるトランプ大統領の岩盤支持層は、新型コロナ感染と経済危機後も、まったく揺らいではいない。

 反トランプのCNNニュースは、トランプのコロナ対策の失敗を日々報道し、その視聴者は、7%しか政権のコロナ対策を支持しない。かたやトランプ支持のFOXニュースは、政権に好意的な報道を行い、視聴者の63%が政権のコロナ対策を支持している。

 しかも、新型コロナによる死亡者は、都市部に住む黒人やヒスパニックなどのマイノリティなどの民主党支持者が圧倒的に多い。この層は収入が少なく十分な医療保険を持っていないことや、医療や物流などを現場で支える職に就いているため、死亡率が高いといわれている。

 都市部に住む共和党支持の高所得者層は、危険な都市部から離れて過ごすだけの経済力がある。中西部や南部の地方に住む白人層、および富裕層の共和党支持者にとって、新型コロナ感染による悲劇はまだまだ他人事なのだろう。

 とはいえ、経済危機は否定できない現実であり、トランプ政権は一刻も早い経済再開を望んでいる。そして不況下での選挙となった際には、保守派の岩盤支持を動員するような争点を設定して選挙を戦うはずだ。

 これには前例がある。2004年、ブッシュ(子)大統領は、イラク戦争の難航と経済の悪化、ハリケーン災害対応の遅れなどを批判され、再選に赤信号が灯っていた。折しもマサチューセッツ州で同性婚が合法化された時期で、ブッシュ陣営は、対抗候補で同州を地盤にする民主党のジョン・ケリー上院議員に対して、同性婚の合法化等を争点にして、経済よりも保守的価値観を重視するキリスト教福音派の動員を図り、再選を勝ち取った。同時に、ケリー候補のベトナム戦争での輝かしい軍歴を疑う退役軍人グループを組織し、徹底的なネガティブキャンペーンにも成功した。

 キリスト教福音派からは、トランプ続投に大きな期待がある。トランプ政権になり、保守派の最高裁判事が2人、任命されているからだ。トランプ政権があと4年続けば、高齢で健康問題を抱えているリベラル派のギンズバーグ判事の後任に保守派を任命できる可能性が高まる。そうなれば、最高裁での保守派の数の優位により、憲法上、人工妊娠中絶が容認された1973年の最高裁判決を覆す希望が出てくる。

 ただし人工妊娠中絶禁止を声高にすることは、女性票を敵に回す両刃の剣である。そこで、かつての部下からセクハラで訴えられたバイデン候補へのネガティブキャンペーンが効果的となる。これによりバイデン支持の女性票を分断できる。しかも彼は、コロナ感染下の移動の制約により、米国民に幅広く訴える機会が閉ざされている。それに比べ、毎日テレビ放送に登場する現職は有利である。

 バイデン候補に対しては中国と絡めたネガティブキャンペーンも行われるだろう。息子のハンター・バイデン氏は、ウクライナのエネルギー会社から高給を得ていたことで疑惑をもたれたが、中国企業ともビジネスをしており、バイデン親子を「中国の傀儡」というネガティブキャンペーンはすでに始まっている。

 トランプ大統領にとっては、新型コロナで中国を強く批判することは、政権の対応の遅れへの批判の目を逸らせることにもなり、一石二鳥だ。実際、共和党支持者だけでなく、民主党支持者も含め、アメリカ人の6割以上が、アメリカを襲った新型コロナの責任は中国にあると考えている。

 最新の全米の世論調査では、トランプ対バイデンは、43.2%対47.7%とバイデン有利だが、「掛け屋」の予想では、トランプ対バイデンは、50.5%対41.8%と現職優位だ。

 選挙までに経済に一定の回復があれば現職のトランプが優位で、大恐慌レベルの経済危機となれば挑戦者バイデンが優位。その中間の場合は、予想不可能なレベルの接戦となるのではないか。

 


《かせ・ひであき》

1936年、東京生まれ。慶応、エール、コロンビアの各大学で学ぶ。『ブリタニカ国際大百科事典』初代編集長、日本ペンクラブ理事、松下政経塾相談役などを歴任。著書は『グローバリズムを越えて自立する日本』『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか』ほか多数。

 

2020年5月25日号 週刊「世界と日本」第2173号 より

 

外交交渉秘話

常任理事国承認と在韓米軍撤収

戦後日本から消失 国の芯

 

外交評論家 加瀬 英明 氏

 

 福田赳夫内閣が昭和51(1976)年12月に発足した前月に、アメリカの大統領選挙で民主党のジミー・カーター前ジョージア州知事が当選していた。私は40歳だったが、首相特別顧問の肩書を貰って、対米交渉に当たった。本紙から、外交交渉の裏話を書くように求められたから、差し支えない範囲内で披露しよう。

 

 福田首相にとって、はじめての日米首脳会談が春に行われることになったが、“目玉”がなかった。園田直官房長官を通じて献策を求められたので、カーター大統領に日本が国連安保理事会の常任理事国となることを支持すると言わせることができると、メモを提出した。

 私はカーター政権の国家安全保障会議(NSC)特別補佐官となったブレジンスキ・コロンビア大学教授、新大統領が師として仰ぐハンフリー元副大統領と親しかった。12月に訪米したときに、カーター大統領当選者の郷里の村であり、政権準備事務所が置かれたジョージア州プレインズで半日を過ごした。

 前もってハンフリー上院議員(になっていた)から電話を入れてもらったので、カーター氏の母親のリリアン夫人、溺愛していた美しい妹のルース(キリスト教の神霊治療師(フェイスヒーラー)だった)、ホワイトハウスの官房長となったハミルトン・ジョーダン氏などが歓迎してくれた。

 私はブレジンスキ教授、ハンフリー上院議員に、来たるべき日米首脳会談でアメリカ側から日本が国連安保理常任理事国となる資格があると表明すれば、日米の絆が強まると話して賛同を得ていた。

 もっとも安保理事会常任理事国である中国、ソ連が反対しようから、実現しないのを承知していたし、アメリカとして口先で言えばすむことだった。

 私は東京から電話で確認していたので、総理一行が到着する前日にワシントンに入って、ホワイトハウス、国防省、議会などをまわって、翌日、ホワイトハウスの脇にある迎賓館のブレアハウスで、総理、鳩山威一郎外相と合流して、首尾がよかったことを報告した。

 もう1つ、私は福田首相から密命を授けられていた。

 当時、日米間の最大の懸案が核燃料再処理問題だった。

 私は核燃料についてまったく無知だったので、出発前に東海村の原子力研究所で講義を受けた。私は核武装論者だったが、研究所幹部から夕食の席上で「国民が核武装を決意したら、2年以内に核爆弾を完成させます」と言われて、大いに励まされた。

 私はワシントンへ出発する前日、国会院内で短時間、福田総理と打ち合わせた。カーター大統領は選挙戦中に、在韓米軍の撤退を公約の柱の1つとして掲げていた。朴正煕大統領は清廉だったが、韓国の政府、軍などの腐敗があまりにもひどかったので、アメリカの世論が“韓国切り捨て”を望んでいた。

 この時に、福田総理から「何とか在韓米軍の撤収を止められないか」と、懇請された。しかし、日本政府からそのように要請したら、アメリカから責任分担することを求められようから、できなかった。

 私はカーター政権を囲む人々に、あくまでも「私見」だと強調したうえで、「もし在韓米軍が撤収したら、日本は核武装することを強いられる」と警告した。

 政府の役職にある者が言えることではなかった。

 私はワシントンへ向かう前に、「役割分担でいきましょう」と外務省に話したが、なぜか外交が専管事項だと思い込んでいたから、敵視された。外務省がいう「二元外交」という言葉は、日本語にしか存在しないのではないか。

 ほどなく、カーター政権は在韓米軍撤収の公約を取り下げた。私は韓国の金鍾泌(キムジョンピル)首相(当時)と親しかったが、韓国の諜報機関から情報を得たのか、後に在韓米軍の撤収を思いとどめさせたことに感謝して、流暢な日本語で、「そのうちに勲章をあげましょう」と言われたが、固辞した。もし「親韓派」という烙印を押されたら、私は活動できなくなった。

 第1回福田・カーター首脳会談から20年経って、国防省、国務省で1974年から日本を担当したロナルド・モース氏が来日して、麗澤大学教授となった。私は教授と対談して、(『21世紀日本は沈む太陽になるのか』、廣済堂出版)を出版した。

 この時に、モース教授が「20年前にもし日本がアメリカの合意なく核燃料再処理を強行したら、在日米軍が出動して東海村を占領する計画があった」と打ち明けたので、慄然とした。

 その後、私は福田、大平内閣で園田外相の顧問、中曽根内閣で首相特別顧問として、対米折衝を手伝った。

 中曽根内閣では、谷川和穂防衛庁長官の顧問をして、谷川・ワインバーガー防衛技術交換協定の交渉を手伝った。ワシントンの防衛駐在官事務所は、ニクソン大統領が失脚したことで有名になった、ウォーターゲート・ビルにあった。

 防衛駐在官は戦前の駐在武官と違って、大使の指揮下にあった。交渉の機微を大使館に知られると妨害されるので、移動には駐在官の自分の車を利用し、東京との連絡は大使館の公電を使わなかった。

 日本の外交官は能吏であるものの、ごく僅かな例外を除いて、任地国の人々と親しい関係を結ぶ能力がない。宮仕えに汲々としているから、相手の地位、役職と付き合うことがあっても志(こころざし)や、夢を欠いているために、心を通わせることができない。

 戦後の日本から国家として、志や、理想が失われたからだろう。

 外務省だけではない。国の芯が失われてしまったために、日本人が小粒になったのだ。

 


《しゃちょうてい》

1946年台北市生まれ。国立台湾大学卒業。大学在学中に弁護士試験をトップの成績で合格。司法官試験も合格。74年日本・京都大学法学修士後、同大学博士課程修了。台北市議会議員、立法委員(国会議員)、高雄市長を歴任。民主進歩党主席、行政院長(首相)、2007年第12代総統選挙民主進歩党候補者、16年6月より現職。

2020年5月11日号 週刊「世界と日本」第2172号 より

 

際立った コロナ防疫対応と対策

門戸を開け WHO台湾参加

 

台北駐日経済文化代表処代表 謝長廷 氏

 

 台湾は今年1月11日に総統選挙が実施され、現職の民主進歩党の蔡英文総統が817万票(得票率57%)の高得票で再選された。これは中国の習近平・国家主席が主張する「一国二制度」による統一について明確に拒否した蔡総統の姿勢が台湾の人々の支持を得たことを意味する。蔡総統は、再選された際の演説で、両岸関係の平和と安定を維持していくことを重ねて表明し、「平和、対等、民主、対話」により両岸対話の重要性を強調した。

 

台湾における防疫の取り組み

 

 中国で1月に湖北省武漢で新型コロナウイルスによる肺炎が蔓延したため、当面の間、防疫が最優先課題となった。新型肺炎がパンデミックとなり、世界各国で猛威をふるうなか、感染の流入を最小限に食い止めている台湾が、いま世界で改めて注目されている。

 台湾は昨年12月に中国武漢でSARS(重症急性呼吸器症候群)と似た肺炎が発生しているとの非公式情報をつかみ、専門家を派遣して状況を把握した後、この問題の特別グループを設置した。

 症例が増えてきたタイミングで中央感染症指揮センターを開設し、衛生福利部(厚生労働省に相当)を中心に、各省庁の力を合わせ、経済部(経済産業省に相当)は生活支援と医療物資の確保を、外交部(外務省に相当)は国際感染状況を把握し、水際対策も担当部署が厳格に実施した。

 また、台湾は健康保険のカバー率が極めて高く、健康保険カードを用いてマスクが全国民に行き渡るようにし、必要な防疫物資は国営企業も生産に加わった。

 さらにビッグデータを用いて感染が確認された患者の濃厚接触者を効果的に探し出した。

 そして、最も重要なことは感染情報の可視化であり、今回、陳時中・衛生福利部長が中央感染症指揮センター指揮官を務め、記者会見を毎日開いて感染状況を丁寧に説明し、的確な情報公開でパニックを防いでいる。それにより、大多数の国民は政府を信頼して政府の防疫方針に進んで協力してくれている。

 

日本との緊密な協力

 

 今年2月、船内で新型肺炎の感染が拡大したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜港に停泊した際、台湾人乗客の入院、下船、チャーター機による帰国などに際しての、日本側の多大な協力に改めて感謝を申し上げたい。

 また、台日間の良好な協力の下、3月末にペルーで足止めされていた日本人旅行客らに台湾のチャーター機に乗ってもらい、ペルー出国を手助けすることができた。さらに4月1日には、インドで足止めされていた台湾人12人を日本の飛行機で東京まで乗せていただいた。まさに「困ったときの友こそ真の友」であることを実感した。

 

台湾の防疫面での国際協力と貢献

 

 台湾の外交部と米国在台協会(AIT)台北事務所は今年3月18日、「台米防疫パートナーシップ共同声明」を発表し、新型コロナウイルスの迅速な検査に向けた研究開発、ワクチンの研究・生産、医療用物資の提供などに合意した。これは台米間のみならず全世界の人々の健康のために台米が緊密に連携して新型肺炎に立ち向かう決意を表明したものである。

 台湾はマスク増産体制の強化により、すでに国内必要量以上の生産能力を達成した。そこで蔡英文総統は4月1日、米国や欧州、並びに台湾と国交のある国々の医療関係者にマスク1千万枚を贈ることを表明した。4月16日、日本にもマスク200万枚を寄贈した。

 また、4月1日には台湾とチェコが新型肺炎の検査キット開発協力に関する共同声明を発表し、台湾は積極的に国際医療協力を推進している。さらに、台湾とオーストラリアは、マスクの原材料である不織布3㌧を台湾からオーストラリアへ、消毒液用エタノール100万リットルをオーストラリアから台湾へ必要な防疫物資を優遇価格で提供する相互協力を行う。

 

WHOは台湾の参加を認めよ

 

 国際感染症の防疫は、初動の遅れが感染を拡大させてしまうことから、早期にウイルスの特徴を把握し、対策を実行に移さなければならない。

 ところが、WHOが1月末に緊急会合を開いた際に、台湾は呼ばれなかった。台湾と共通の理念を持つ日本や欧米諸国などの強い働きかけにより、2月のWHO緊急会合には台湾も専門家が個人の立場でオンライン出席することができたが、実質的な意見交換や情報共有は限られ、十分ではなかった。

 もし台湾がWHOの正式加盟国であれば、もっと早くWHOを通して専門的な警戒を呼びかけることができたのではないかと悔やまれる。

 台湾は2009年から16年までWHO年次総会にオブザーバーとして参加していたが、17年よりWHO年次総会にも出席できない状態が続いている。台湾は2009年から19年までの10年間で、WHOに参加申請した187回の技術的会合のうち、出席できたのは57回のみであり、約7割の会合に出席が叶わなかった。今こそWHOは世界のあらゆる人々の健康のために、台湾の十分な参加と貢献に門戸を開いてほしい。

 

CPTPPに台湾も参加を

 

 今回の新型肺炎を国際貿易の面から見た場合、中国に依存するサプライチェーンの脆弱さが明らかになった。

 また、米中貿易対立が続く中、日本主導のCPTPP(包括的・先進的な環太平洋パートナーシップ協定)の役割は重要である。

 2019年における台湾のCPTPP加盟11カ国との貿易総額は約1543億米ドルであり、そのうち台日間の貿易が約44%を占め、金額は673億米ドルに達している。これは日本とCPTPP加盟国のどの国との二カ国間貿易額よりも大きい。

 台日間の貿易は、日本が電子・情報通信、工作機械、石油化学、化学繊維などの産業において川上産業の重要部品と技術を台湾に提供している。また、台湾は受託生産や加工のほか半導体などを日本に供給するなど、相互補完関係が形成されている。

 

 これらの基礎を踏まえ、台湾がCPTPPに参加することができれば、台日間のサプライチェーンがより一層強化され、台日双方のみならずアジア太平洋地域にさらなる経済的利益がもたらされることになる。

 


《むらい・ともひで》

1949年奈良県生まれ。東京大学大学院国際関係論修了。米国ワシントン大学国際問題研究所研究員、防衛大学校国際関係学科教授を経て現職。専門は東アジア安全保障、軍事史。著書は『事例研究 日本と日本軍の失敗のメカニズム(共著)』など多数。

2020年4月6日号 週刊「世界と日本」第2170号 より

 

テロとの戦い

「小を殺し大を生かす」戦い

テロの本質 恐怖の付与

 

東京国際大学教授 防衛大学校名誉教授 村井 友秀 氏

 

テロの定義

 国連は現代世界の脅威として、戦争、内戦、テロ、大量破壊兵器の拡散、国際犯罪、環境破壊を挙げている。現在の日本において内戦の可能性は低いが、その他の脅威は存在する。

 日本では、ゲリラ、テロ、サボタージュが混同して使用されている。サボタージュは破壊活動という意味であり、平和時でも戦時でも、また軍人でも民間人でも破壊活動を行えばサボタージュである。戦争で特殊部隊が敵領域内の橋を爆破することもサボタージュであり、平和時に反政府運動家が政府の建物に放火することもサボタージュである。

 ゲリラというスペイン語は本来、小さな戦争という意味である。ゲリラは組織的、継続的な戦争の戦闘員であり、正規軍の兵士と同様に捕虜になった場合は、ジュネーブ条約による捕虜資格を有する。

 すなわち、敵に拘束されても犯罪者として罪を問われず、非人間的な扱いを受けない権利がある。

 他方、テロの語源はフランス革命の恐怖政治である。すなわち、テロの本質は恐怖を与えることである。テロの定義は、非合法な暴力を行使することによって一般大衆に恐怖を与え、政治目的を達成しようとする行為である。テロリズムの本質は、物理的被害ではなく暴力による心理的効果である。

 戦争法を守って戦闘するゲリラは合法的な戦闘員として扱われるが、非合法な暴力を行使するテロリストは戦闘員ではなく犯罪者である。したがって、拘束された場合は捕虜資格を有せず、当事国の刑法で裁かれる。

 従来、テロとの戦いは犯罪者との戦いと見なされ、警察が対応すべきだと考えられてきた。すなわち、テロとの戦いは、戦争法で使用が認められた全ての兵器が無限界的に使える戦争ではなく、警察の実力行使がテロリストの暴力を超えない範囲で許される警察比例原則の世界であった。

 ただし、兵士に不必要な苦痛を与える兵器として戦争法で禁止されているガス兵器やダムダム弾が、デモ鎮圧用の催涙ガスあるいは狙撃用銃弾として警察は使用できるといった逆説もある。

 

新しいテロとの戦い

 現在のテロはロケットや高性能爆薬など強力な兵器を使用するようになり、警察では対応できない場面も多くなった。テロの暴力レベルが上がった状況の中で、米国はイラクやアフガニスタンにおいて、反米武装勢力を戦闘員でもあり犯罪者でもある「非合法戦闘員」として扱った。

 戦場では反米武装勢力を戦闘員と見なして無限界的に武力を使用し、拘束した後は犯罪者として戦争捕虜の権利を認めなかった。

 テロは従来その政治性が注目され、賛否両論が併存する行為であった。植民地を独立させた英雄の中には、多くのテロリストが存在した。しかし、1960年代から70年代にかけて植民地独立運動が一段落すると、80年代にはテロの標的になっていた先進国を中心にテロを非難する国際世論が高まり、先進国首脳会議や国連でテロに反対する決議や宣言が可決された。

 なお、世界には8000の民族と200の国家が存在するが、これから8000の国家が生まれる可能性はなく、民族独立型のテロが無くなる可能性はない。また、世界から不平等や差別が無くなることはなく、テロの原因が無くなることはない。

 米国はテロの標的になることが多く、1983年にはベイルートで米海兵隊司令部が一人のテロリストによって爆破され、241人の海兵隊員が死亡した。この事件以降、米国は「直接的・間接的に国家が関与するテロは戦争と見なし、テロに関与する国には軍事力を含めた対応をする」ことになった。

 また、シュルツ国務長官は自衛権の解釈を拡大して、「テロリストに攻撃された国家は、他に手段がない場合、将来の攻撃を予防し、テロリストを捕え自国民を救出するために武力を行使することは許される」と主張し、ワインバーガー国防長官は「テロを実行した国家、あるいは個人に、恐怖の破壊と恐るべき代償の支払いを強要することがテロに対する究極の抑止法である」と述べている。

 現在は、これが世界の常識である。

 

日本の対テロ戦略

 テロとの戦いでは想定外の事態が必ず発生する。想定外の事態は誰も予想できず、あらかじめ法律を作って対応策を準備することは不可能である。想定外の事態に対応するためには臨機応変の行動が必要になる。

 臨機応変の対応を保証するには、「必要性の法理」に拠る外ない。「必要性の法理」とは、「明文による禁止規定がない限り、措置行動が可能」とする考え方で、判例法や慣習法を基本的法源としている。

 現在、世界各国が武力行使する際の部隊行動規則(ROE)は、禁止されていない限り実行できる(Negative List)であり、想定外の事態にも現場が対応できるようになっている。

 なお、現場の暴走を抑える歯止めは日本の民主主義である。日本は首相に罵詈雑言を浴びせても行方不明にならない国であり、民主主義のレベルは高い。

 武力行使が正義であると政府が判断すれば(Just Cause)、政府は合法的手続きによって現場に権限を与え(Right Authority)、現場はテロリストと住民を慎重に区別し(discrimination)、付随的損害を極小化して武力行使することになる(Proportionality)。

 テロを無くすためにはテロの原因になる貧困や差別を無くす内科的措置は不可欠であるが、負傷し出血している人間には内科的措置では間に合わず、緊急の外科手術が必要になる。ただし、外科手術には合併症が伴うが、その措置によって生じる善の合計が悪の合計を上回ればよいのである。

 テロとの戦いは「小を殺して大を生かす」戦いである。しかし、日本はこれまで「一人の命は地球より重い」とし、小を生かして大を殺してきた。国家すなわち国民全体の安全のためには個人の私権が制限されるのは止むを得ない。

 国民に勇気と自己犠牲の覚悟が無ければテロとは戦えない。正義を守るためには平和が守れないこともある。

 


《かわかみ・たかし》

1955年、熊本県生まれ。阪大博士(国際公共政策)。フレッチャースクール外交政策研究所研究員、(財)世界平和研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学法学部教授等を経て現職。著書は『「無極化」時代の日米同盟』『アメリカ世界を読む―歴史を作ったオバマ』『米軍の前方展開と日米同盟』『米国の対日政策』『国際秩序の解体と統合』 ほか多数。

2020年2月17日号 週刊「世界と日本」第2167号 より

 

今年の米国展望
民主・共和両党の政治状況

 

拓殖大学海外事情研究所長 教授 川上 高司 氏

 

 今年は、年明け早々のトランプ大統領の指示によるイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官の殺害から始まった。そのタイミングはトランプ大統領の弾劾裁判が始まる直前の出来事であり、トランプ氏にとっては大統領選挙で対抗馬から弱腰と言われないためにも、また目前に迫った弾劾裁判から国民の目を外に向ける絶好のチャンスであったのかもしれない。

 

 折しもアメリカ国内では民主党の大統領候補を決めるスーパーチューズデーの前であったこともあり、政権奪回を目指す民主党からは非難が続出した。

 米国議会へ事前通達がなかったのはもちろんのこと、ソレイマニ司令官殺害の根拠をめぐり、トランプ政権が主張する「差し迫った脅威」に懐疑的な見方や、今後のイラン領内の攻撃をトランプ大統領が示唆していることなどへ、批判の声が多数上がった。

 ペロシ下院議長は「今回の措置は議会の承認なしに行われ、イランから報復の懸念がある」と政権の対応を批判した。有力候補のバイデン前副大統領は「トランプ大統領はダイナマイトを一触即発の危険な地域に放り投げた」とトランプ大統領を非難した。

 そしてペロシ氏は、米下院で1月9日に、大統領による対イラン軍事行動を制限する「イラン戦争権限決議案」を賛成多数で可決。上院でも共和党議員を造反させ、可決する見通しである。

 しかしながら同法案には、法的拘束力はない。民主党はイラン政策をめぐり、トランプ大統領の独断でイランの戦争に突入する危険性を世論にアピールし、大統領選挙を有利に進めようとしているとも考えられる。

 米大統領選の予備選挙は、2月3日のアイオワ州党員集会で始まり、ニューハンプシャー州(2/11)、ネバダ州党員集会(2/22)、サウスカロライナ州予備選(2/29)と行われ、3月3日のカリフォルニア州など予備選が集中するスーパーチュズデーで候補者が大体決定される。そして7月の民主党全国大会で民主党候補が正式に決まり、大統領選挙は本格的にスタートする。それからトランプ大統領の民主党候補との一騎打ちが始まり、11月の投開票日まで3カ月以上闘うのである。

 共和党はトランプ大統領が候補となるのは間違いないが、一方の民主党の候補者指名争いは1年以上続いてきた。当初は、28人も候補者がいた。テレビ討論会を7回も開き、ふるいに掛けられてきたが、現在も未だ12名の候補が乱立している。

 1月22日のCNNによると、バーニー・サンダース上院議員(27%)、ジョー・バイデン前副大統領(24%)、エリザベス・ウォーレン上院議員(14%)、ピート・ブッディジェージ元サウスベンド市長(11%)が争っている。

 その大統領選挙の真っ只中、一番注目を浴びるトランプ大統領の弾劾裁判が1月22日に上院で始まった。民主党が弾劾裁判を、大統領選挙で勝利をするための手段の一つとしていどんでいる。

 弾劾裁判は、民主党が多数をしめる下院で昨年9月に弾劾調査が開始され、トランプ氏が政敵に打撃を与えるためにウクライナ政府に調査を依頼したことは「権力の乱用」であり、弾劾調査への協力を拒否したことも「議会の妨害」だとして、12月に弾劾訴追した。

 大統領が弾劾裁判にかけられるのは1868年のジョンソン大統領、1999年のクリントン大統領に続いてトランプ大統領で史上3人目で、議会上院を舞台に秋の大統領選挙もにらんだ与野党の激しい攻防が繰り広げられることになる。

 民主党はボルトン前大統領補佐官や、マルバニー首席補佐官代行ら、大統領の元側近や現職の幹部を証人に呼び、トランプ大統領に不利な証言を引き出したい考えであるが、証人喚問には上院で過半数の賛成が必要であるので難しい。

 下院の弾劾裁判においてトランプ大統領が有罪とされる場合には、出席議員の3分の2以上が賛成しなければならないが、上院では与党・共和党が100議席のうち53議席を占め、大きな造反の動きは出ていないため、大統領が罷免される可能性は低いと見られている。

 このためトランプ大統領は、野党・民主党が党利党略で不正行為をねつ造したと主張して無罪を勝ち取り、11月の大統領選挙に向けて民主党に打撃を与える戦法に出るであろう。さらに共和党のトランプ政権は、バイデン元副大統領の息子を弾劾裁判に召喚する可能性もある。

 バイデン氏はウクライナ疑惑を巡って共和党から息子の不正があったと追及されていて、裁判でこうした主張が繰り返されれば打撃を受ける恐れもあり、裁判では大統領選挙をにらんだ政治的な駆け引きが激しくなっている。まさに泥仕合である。

 さらに、上院での弾劾裁判は大統領選挙中に並行して開催されているため、民主党の大統領候補の上院議員のサンダース、ウォーレン、それにクロブシャーは審理への出席のため裁判の審議が行われている日中の選挙運動はできなくなる。このように弾劾裁判は民主党の大統領選挙に向けた候補者選びにも影響を与える可能性もある。

 これを理解している共和党は一転して急ピッチで裁判を進め、トランプ大統領に不利な証拠が表面化することを極力抑えようとしている。さらに、2月4日にはトランプ氏による一般教書演説が予定されており、ここで高らかに「無罪」を強調すると考えられる。

 また、トランプ大統領の支持率は、イランの革命防衛隊のソレイマニ司令官の殺害後も上昇している。支持率上昇の理由として共和党支持者を中心に、オバマ前政権時の対イラン融和政策への不満が蓄積していたこともあるが、経済的好調に負うところが大きい。

 トランプ大統領は、大統領選挙を勝ち取るためには、何が何でも経済を好調に保っておかねばならない。2020年1月現在、米経済は史上最長の好景気が続いている。その景気の拡大を継続させるために、一番の懸念材料である中国との貿易戦争を一時和解した。

 このように、アメリカの大統領選挙は現職の大統領が有利に事を進めることができる。現在進行形で政策を展開できるからである。

 しかしながら、今回の大統領選挙は、外交政策や国内問題が即、大統領選挙の論点となっているところに大きな特徴がある。

 


《おはら・ぼんじ》

1985年防衛大学校卒。98年筑波大学大学院(地域研究)修了(修士)。2003~06年、駐中国防衛駐在官。09年第21航空隊司令。11年IHS Jane,s アナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャー。13年東京財団を経て、17年6月から現職。著書に『中国の軍事戦略』、『軍事大国・中国の正体』、『何が戦争を止めるのか』、『曲がり角に立つ中国』(共著)等多数。

2020年2月17日号 週刊「世界と日本」第2167号 より

 

米中関係 避けられるか 新冷戦構造
人権問題は中国の孤立化招く

 

(公財)笹川平和財団 上席研究員 小原 凡司 氏

 

 中国の高官や外交部が、習近平主席国賓訪日を成功させるべく積極的に活動している。現在の中国は日中関係改善に積極的であり、習主席国賓訪日は、その流れの中にある象徴的なイベントなのだろう。しかし、日中関係の改善は日中間だけの問題ではない。各国は、自らにとって有利な国際・地域情勢を創出するために外交活動を行っており、中国も同様である。日中関係を改善することは、中国に有利な国際情勢の創出に資することでもあるのだ。

 

 問題は、中国が求める国際情勢が、国際社会から米国が孤立した状態を意味することである。中国は、「米中新冷戦」という二国間対立構造を避け、米国対国際社会という構図を描きたいのだ。この考え方は、2019年7月に発表された国防白書『新時代的中国国防』の国際情勢認識の中にも見ることができる。

 中国は、深刻な対立を回避するために米国に譲歩する一方で、「米中新冷戦」を強く否定してきた。それは、米国と衝突しても勝利できない、と中国が考えているからに他ならない。特に中国が恐れているのは、米国が軍事的手段を用いて中国の発展を妨害することだ。そして、その懸念が中国内に高まりつつある。

 2017年11月に、米国のシンクタンクが、中国がパブリック・ディプロマシー(広報外交)で用いているのはソフトパワーではなくシャープパワーであると批判してから、中国の対米世論工作が排除されてきた。それと同時に、米国は中国との「競争」を強調する。

 2017年末にホワイトハウスが発表した「国家安全保障戦略」に見られるように、米国は大国間競争が復活したとの世界観を示した。

 米国は、中国に対して追加関税等による経済的圧力をかけ始めたが、そこには情報漏洩等の安全保障に関する理由も付けられた。さらに米国は、戦闘機、戦車、携帯型地対空ミサイルなどの武器を台湾に売却する決定をし、台湾防衛に積極的な姿勢を見せている。

 中国では習近平主席が、米国との貿易戦争は長期にわたるとして、「長征」を引き合いに出して国内に忍耐を呼び掛けたが、それだけで済まなくなる可能性も出てきた。

 米中間で戦われているのは単なる貿易戦争ではない。米国は、中国と政治戦を戦っているのだ。米国国防総省の定義によれば、政治戦とは「国の目的を達成するための政治的手段の攻撃的使用」を指す。「政治的手段」には、戦争に至らない軍事力の使用も含まれている。

 さらに、2019年11月にポンペオ米国務長官が、「競合するイデオロギーと価値観が米国と世界に及ぼす影響力に言及する」として、中国共産党は、闘争と世界支配を狙うマルクス・レーニン主義の党であると強調した。イデオロギーと価値観が対立するのだとすれば、中国共産党の統治が終わらない限り、米中の対立も終わらないことになる。このような状況が中国の危機感を高め、何としても米中二国間対立という状況を避けなければならなくなった。経済や安全保障を始めとする全ての領域で、中国はまだ米国に対抗できないと考えるからだ。

 中国共産党の指導者たちの間では、こうした認識に対するコンセンサスがとれたように見える。2019年の中国国防白書が、ロシアだけを名指しして軍事協力を明言したのに続き、欧州との軍事関係を発展させるとしたのも、欧州と米国の間の距離をさらに拡大しようとする意図を示すものだと言える。

 しかし中国にとって、米国孤立の試みの中で重要な課題は日米同盟であろう。日本が米国と歩調を合わせれば、中国の試みは失敗しかねない。しかも、日米同盟は強固だ。「日本は、いつまで米国と一緒にいるのか考えた方が良い」と聞くこともあるが、自信に満ちた言い方の裏側には中国の不安も垣間見える。

 中国の働きかけに日本も応えるかのようだ。2019年12月23日、北京で行われた日中首脳会談において、安倍首相は「日中新時代にふさわしい関係」の構築を習主席に呼びかけた。習主席は「日中関係を新しい段階に押し上げていきたい」と応えている。

 それでも、日中間には関係改善を阻む問題がある。東シナ海や北朝鮮の非核化といった安全保障問題だけではない。中国が協力の姿勢を見せられないのは人権問題だ。安倍首相は、香港情勢に憂慮を示し、新疆ウイグル自治区における少数民族に対する人権侵害問題について中国に改善を求めたが、習主席はこれを突っぱねた。中国は、共産党の統治を脅かすと自らが認識する、あらゆる活動を許容できないのだ。

 しかし、人権問題は、国際社会で中国を孤立させる危険を孕んでいる。中国は、1989年6月4日の天安門事件の後に、国際社会が中国を孤立させたことを忘れていない。

 それでも中国は、共産党による統治を守るために手段を選ぶ余裕はないだろう。そのため中国は、人権問題を理由に国際社会から孤立しないよう、自らの支持者を集めている。中国以外にも、人権の保護よりも社会の安定を優先する国は多い。その多くは権威主義的国家であり、現在の統治者は、自らによる統治の継続を最重要と考える。

 人権問題で中国を非難すれば、火の粉は自らにも降りかかる。これらの国々は、そもそも人権問題を取り上げたくないのだ。さらに、その多くは開発途上国であり、中国の「一帯一路」によって大きな経済的恩恵を受けている。中国は、こうした国々に経済的影響力も行使しつつ、国際社会において自らを支持するよう求めている。

 しかし、人権問題は中国に新たなディレンマを生んでいる。「天安門事件の二の舞にはならない」と豪語する中国であるが、実際のところ、自らが孤立しないようにするのが精いっぱいだ。

 中国が人権問題に取り組まなければ、日本や欧洲は中国との距離を広げるだろう。人権問題は、中国が国際社会を二分化し、避けたいはずの米中新冷戦構造を自らの手で固めるよう促す問題であり、日中関係改善を阻む問題でもあるのだ。

 


《わたなべ・つねお》

1963年生まれ。東北大学歯学部を卒業。歯科医師を経てニュースクール大学(米国ニューヨーク市)で政治学修士。戦略国際問題研究所で上級研究員を務めた。2005年に帰国、三井物産戦略研究所主任研究員、東京財団上席研究員を経て、現職。戦略国際問題研究所非常勤研究員を兼任。近著に『大国の暴走』(共著、講談社)がある。

2020年2月3日号 週刊「世界と日本」第2166号 より

 

大統領選 トランプは優位なのか

 

(公財)笹川平和財団上席研究員 渡部 恒雄 氏

 

 2020年11月の大統領選挙において、現職のトランプ大統領が再選を果たすのか、それとも民主党候補が勝利をするのかは、日本にも世界にも大きな問題だ。2016年の大統領選挙の開票日まで、トランプ候補が勝つか、クリントン候補が勝つのか、予断を許さなかったように、今回の大統領選挙の結果も予断を許さない。

 

 その背景には、米国の建国以来の独特の大統領選挙の仕組みと、リベラルと保守の2つに極端に割れた米国の政治状況がある。

 2016年の選挙の全米総得票数では、クリントン候補がトランプ候補よりも286万票も多く獲得したにも関わらず、トランプ候補が勝利した。米大統領選挙は、総得票数ではなく、各州に人口比に応じて割り当てられた選挙人の数を合計して勝敗を決める「選挙人団制度」だからだ。

 この制度は18世紀後半のアメリカ建国時の通信・交通事情が反映しているのだが、現代になっても伝統を変えるのは容易ではない。

 しかも現在の米国政治は、共和党支持の保守派と民主党支持のリベラル派の両極分化が進み、中西部や南部の保守州では共和党候補が、西海岸、北東部、シカゴなどのリベラル州では民主党候補が常に勝利する。

 勝利のカギを握るのは、スイングステートといわれる12前後の州の帰趨であり、16年の大統領選挙では、中西部の激戦州4州(ウィスコンシン、ミシガン、オハイオ、ペンシルバニア)とフロリダ州のすべてを制したトランプ候補が勝利した。

 2020年の大統領選挙もこの構造は変わらないため、中西部の激戦州のわずかな票の動きで勝敗が決まる。

 現時点で、民主党には圧倒的な魅力を持つ候補は登場しておらず、経済が好調な現職大統領は有利であるため、トランプ大統領が優位にあるという見方は多い。

 しかし構造的に考えると、トランプ大統領の優位性は、それほど大きなものではなく、容易に逆転され得る。

 民主党候補は、中西部やフロリダなどでの僅かな票をひっくり返せば、勝利の芽は十分にある。16年の大統領選挙で、前評判と全米世論調査では優位にあったクリントン候補が、本番ではトランプ候補に敗北をして世界を驚かせたことを思い出してほしい。

 トランプ大統領は、有権者の40%前後のコアな支持層の固い投票によって支えられており、これが強みではあるが、無党派や民主党支持者を増やすような政策と選挙運動は行っておらず、せっかくの好調な経済にもかかわらず、支持基盤は拡大されていない。

 ウェブサイト「リアルクリアポリティクス」による12月12日~1月9日の主要世論調査の平均では、最新の支持率は44.8%で不支持率は52.9%である。

 この数字は、トランプ大統領のウクライナ疑惑について下院による弾劾訴追がほぼ確定し、トランプ氏が明確な証拠なしにイランの革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官を殺害して、イランとの戦争のリスクを高めたことなどの、多くのトラブルを経ても変化がない。

 おそらく米国経済が大きな変調をきたさない限り、コアなトランプ支持層は変わらない。一方で、不支持率も一貫して高く、50%前後の不支持層がトランプ支持に変心することもあり得ない。

 おそらくトランプ氏はこの事実を自覚し、保護主義、移民への不寛容、減税などの政策によって、コアな支持層の動員を高める戦術を取っている。そのため、米国の分極化は益々高まり、トランプ大統領への拒否感を抱く米国人の数も増加している。

 したがって大統領選挙の帰趨は、民主党候補が、トランプ大統領に拒否感を持つ反トランプ層を実際の投票に動員できるかどうかにかかっている。民主党は幅広い層にアピールできる候補者を擁立できるかがカギだ。

 しかし、幅広い反トランプ層を動員するための民主党の候補者選びは容易ではない。それは反トランプ層の中でも、経済のグローバル化や金持ち優遇税制による貧富の差の拡大に不満を持つ左派と、金融業界やビジネスに近く、現状容認の中道派との乖離が大きいからだ。

 現時点での民主党候補のトップランナーは、オバマ政権の副大統領を務めた中道派のジョセフ・バイデン候補だが、2番手には民主社会主義者を標榜するバーニー・サンダース上院議員、そして3番手にはやはり左派のエリザベス・ウォーレン上院議員がつけ、その後を中道派の若手ピート・プティジェッジ元サウスベンド市長と富豪のマイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長が追いかけている。

 トランプ大統領は、自らの再選を、米国の国家運営よりも優先している特異な大統領である。これは民主党にとっては、チャレンジであると同時にチャンスでもある。例えば、トランプ大統領は今年から上院で弾劾裁判にかけられるが、それはトランプ大統領がウクライナのゼレンスキー大統領に、ウクライナの企業と契約を結んでいたバイデン候補の息子、ハンター・バイデン氏と父親のバイデン候補の汚職疑惑について、調査をするように軍事援助とひきかえに圧力をかけたという疑いがあるからだ。

 バイデン候補の支持率は、息子の疑惑により一時悪化したが現在は回復している。激戦州の1つ、ペンシルバニア州出身で、トランプ大統領のように労働者クラスの庶民に気さくに話をできる中道派のバイデン候補への期待は高い。トランプ大統領が弾劾のリスクを取ってまで、バイデン氏を狙い撃ちしたということは、それだけトランプ氏の再選に脅威になっていると認識したからでもある。

 トランプ大統領の支持率は弾劾訴追にはまったく影響を受けなかったが、バイデン候補もウクライナでの息子の疑惑を跳ね返して、民主党候補レースでは先頭を走っている。

 英エコノミスト紙は、昨年12月、しぶとく生き残る姿に着目し、「バイデンは時代遅れで失言癖があるかもしれないが、トランプに打ち勝つ候補としては適材」と評した。

 2月から民主党予備選が開始されるが、バイデン候補、あるいはしぶとい中道派候補が対抗馬になれば、本選ではトランプ大統領と互角の闘いを演じることができるはずだ。その結果は2016年同様に予断を許さないものになるだろう。

 


《とみさか・さとし》

1964年愛知県生まれ。単身台湾に渡った後、北京語言学院を経て北京大学中文系に進む。『週刊ポスト』『週刊文春』記者を経てフリージャーナリストとして独立。『龍の伝人たち』で21世紀国際ノンフィクション大賞(現・小学館ノンフィクション大賞)優秀賞受賞。近著に『「米中対立」のはざまで沈む日本の国難』。国家基本問題研究所企画委員。

2020年1月20日号 週刊「世界と日本」第2165号 より

 

中国の狙い 「緩やかな脱米」
達成できるか「二つの百年」の目標

 

拓殖大学教授 富坂 聰 氏

 

 

 2020年の中国は、向き合わなければならない2つの大きなテーマがある。1つは外交で、もう1つは内政である。そう書けば月並みな響きだが、いずれも中国にとって重要過ぎるテーマだ。国の経営を担う習近平指導部にとってはなおさら、その真価が問われかねない政治マターと言っても過言ではない。

 

 2020年、習近平国家主席の頭を悩ます重要テーマは、おそらく以下の2つだ。

 今年も内外の強い逆風が指導部に向けて吹くだろうが、その第一の問題は言うまでもなくアメリカだ。

 トランプ大統領が再選に向けて動きを加速させる過程で、外交政策の最大の争点が対中関係になることは火を見るよりも明らかだ。

 なかでも大統領選挙の終盤では、候補者は総じて中国に厳しい言動に走り、票の獲得に走るのが常だ。受けて立つトランプ大統領も当然のこと、中国に厳しい姿勢で臨まざるを得なくなる。

 つまり中国は、各候補者が放つ中国への厳しい批判に応じなければならなくなるのに加え、そうした空気に後押しされたトランプ政権が放つ対中政策にも対応しなければならなくなるのだ。

 また大統領選挙の行方次第では、新たな大統領の誕生という巨大な変数とも向き合わなくてはならなくなる。中国は外交におけるストレスが高まることを覚悟しているはずだ。

 2019年11月23日、中国の王毅外相は20カ国・地域(G20)外相会合に出席するため訪問した名古屋で、アメリカを「世界の最大の不安定要因」と批判したが、これこそ現指導部の本音なのだろう。

 この最大の変数に対応するため、中国が採った政策が“緩やかな脱米”である。2018年春、米商務省はアメリカの企業が中国の通信関連メーカー・中興通訊(ZTE)への部品の供給を停止させた。そのことで同社は経営危機に追い込まれた。

 この問題に加えて年末からは華為科技(HUAWEI)をターゲットにしたアメリカ企業からの部品供給停止の動きも加速した。

 こうした単なる貿易摩擦の範囲では語れないアメリカの一連の攻勢を受けて、中国は最悪の状況を想定した備えを真剣に考えるようになる。それこそが“緩やかな脱米”である。将来、米中にデカップリングが起きることに備えて、部品の調達先から貿易相手の内容を再構築していく動きがみられるようになっていく。

 中国が提唱する巨大経済圏構想「一帯一路」が将来の対米貿易額の減少を補う目的を帯びていくのも、このころからである。

 中国の外交攻勢は露骨なほどで、前半にはヨーロッパに、そして後半にはロシアに向けて外交エネルギーが向けられた。ともに中国共産党序列1位、2位、3位の習近平国家主席、李克強総理、栗戦書全国人民代表大会常務委員長が連続で訪問したのだ。こうした対米外交の調整は、中国にとって内政を切り盛りする上でも実に頭の痛い問題となっている。

 例えば、中国経済にとって長年の頭痛の種である債務問題の処理は、アメリカが対中貿易で発した制裁関税のために道半ばで先送りを余儀なくされたのは典型例だ。なかでも中国が2020年に力を結集して取り組みたい内政のテーマには強い逆風になっている。

 それこそがもう1つの重要テーマだ。中国共産党が、結党100周年と中華人民共和国建国100周年に向けた大きな目標を定めていることはよく知られている。いわゆる「二つの百年」の目標だ。

 この「二つの百年」のうち、最初の目標となる「小康社会の実現」の期限は、まさしく2020年のうちにクリアしなければならないのである。具体的には2010年からの所得倍増と貧困の撲滅である。

 10年で所得倍増は毎年6%の伸びが確保できれば達成は容易であるし、数字の問題であれば様々な達成の仕方がある。

 だが、やはり問題は国内の貧困撲滅だ。もちろんどこまでを貧困と呼ぶのか、数字上の達成なのかなど、あいまいな点は多いが、政権が一方的に「撲滅」を宣言しても、国民が納得できるのか否かが重要で、反応は明確になろう。

 2019年10月1日の新中国成立70周年(中国建国70周年)の記念イベントに際して、「(小康社会)の実現までの距離が日に日に近づいている」(建国70周年記念イベント記者会見『新華ネット』9月27日)との見通しは述べられたが、国民の感覚とのズレはいまだ存在している。

 貧困脱却の取り組みで、いま政権が最も頼りにしているのがアリババなどネット商取引のガリバーである。

 とくにアリババは「農村タオバオ」、「タオバオ村」などを駆使して、遠隔地で貧困の象徴であった農村の活性化に力を入れている。これは政治の要請を受けた動きではなく、2014年に同社がニューヨークで上場して以来の重要戦略である。

 実際、貧困層を消費者に変える取り組みは世界的にも大きな注目を浴びている。というのも貧困層は消費意欲が概して旺盛だとされているからだ。

 すでにアリババの2つの組織は、一定の成果をあげ始めているとされる。つまり共産党の指導には、アリババという民間のツールが不可欠である現実が、ここにはっきりと表れてきているのだ。その意味で中国の2020年には、民間企業と政治の距離が再調整される1年になるとも考えられるのだ。

 


《わたなべ・つねお》

1963年生まれ。東北大学歯学部を卒業。歯科医師を経てニュースクール大学(米国ニューヨーク市)で政治学修士。戦略国際問題研究所で研究員を務めた。2005年に帰国、三井物産戦略研究所主任研究員、東京財団上席研究員を経て、現職。戦略国際問題研究所非常勤研究員を兼任。近著に『大国の暴走』(共著、講談社)がある。

 

2020年1月20日号 週刊「世界と日本」第2165号 より

 

今年のアメリカ情勢
予備選 大統領選
結果次第で節目の年に

 

(公財)笹川平和財団 上席研究員 渡部 恒雄 氏

 

 今年のアメリカは大統領選挙の年であり、その結果は米国と世界に大きな影響を与えることになる。

 現職のトランプ大統領は、共和党と民主党の二つに分極した構造と、アメリカの白人保守層の不満をうまく吸収して2016年の選挙で勝利した。

 その政策と姿勢は、既存のリベラルと国際協調路線を否定し、「アメリカ・ファースト」による変化の期待を作り出し、40%前後の低位安定のコアな支持で政権を運営してきた。

 一方で、50%以上の不支持率も継続しており、民主党支持層と一部の無党派層からの拒否感の強さは、過去最高だ。この拒否感は、政策だけではなく、大統領選挙中に関係を持ったとされる元アダルト映画女優に口止め料を払うなど(この件でトランプ氏の元顧問弁護士は有罪となり服役中)の道徳問題もあるため根は深い。

 そして、内向きの外交政策と同盟国に対しても関税措置をとる保護主義は、第二次世界大戦後のアメリカの基本政策を大きく変えるポテンシャルを持っており、トランプ継続か民主党新大統領かは、今後の世界にも大きな影響を与える。

 大統領選挙の結果には二つの不確定要素が影響する。民主党候補の質と今年の景気だ。

 対抗する民主党候補に誰が、どのように選ばれるかにより、選挙の帰趨がかなり見えてくる。2016年の大統領選挙のトランプ勝利は僅差だった。トランプ氏は、ライバルのヒラリー・クリントン候補に、全米の得票数では286万票もの差をつけられたのだが、各州の選挙人数の合計では多数をとり当選した。いわば薄氷の勝利である。

 しかも就任後、トランプ氏は自らの支持層を固めるための反移民、減税、規制緩和、保護主義などの極端な政策を進めており、民主党支持層と無党派層からの支持が増える見込みはない。したがって民主党が、自陣営から幅広い支援を得て、無党派層も取り込めるような魅力的候補を選ぶことができれば、大統領選挙での勝機がある。

 もう一つは、11月の大統領選挙直前の経済状況である。世界の景気は減速気味だが、米国の経済は好調である。昨年11月の民間部門雇用者数は25万4000人増加という予想を上回る好調さを示した。

 過去の大統領選挙では、経済が好調なときの現職はほぼ再選を果たしている。直近でも再選されなかった大統領は選挙時に経済不振を経験した大統領だけである。(例、1980年のカーター、1992年のブッシュ父)

 民主党の大統領候補を選ぶ予備選は、2月4日にアイオワ州の党員集会から開始されるが、3月3日の予備選が集中するスーパーチューズデーでは大勢が見えてくるはずである。特に今年は、民主党支持者が多い全米最大の選挙人数を持つカリフォルニア州の予備選が3月3日に繰り上がったことで早い展開が予想されている。

 執筆時点(昨年12月前半)で、先頭を走るバイデン元副大統領は、トランプ大統領のウクライナ疑惑の影響で支持が伸び悩んでいる。少なくとも、息子が専門家でもないのに、ウクライナのエネルギー企業から高給をもらっていた事実は、イメージダウンとなった。

 二番手と三番手のエリザベス・ウォーレン上院議員とバーニー・サンダース上院議員は、その左派的な姿勢が経済に悪影響があるのではと党内中道派から警戒されている。

 四番手のピート・プティジェッジ元インディアナ州サウスベンド市長は、30代の若さと新鮮な発言、中道の政策により人気急上昇中だが、それにより他候補からの集中攻撃を受けており、生き残れるかはわからない。

 遅れて参加したマイケル・ブルーンバーグ元ニューヨーク市長は、圧倒的な自己資金力が期待されているが、左派からの支持が課題だ。

 現時点でいえることは、トランプ大統領が再選される可能性は十分にあるが、同時に民主党の挑戦者が勝利するチャンスも相当にあるということである。ただし好調な経済が続けばトランプ大統領には追い風となる。

 今年1月から「ウクライナ疑惑」による弾劾裁判が議会上院で始まるはずだが、これまでのところ、トランプ大統領の支持率はまったく影響を受けていない。これはコアな支持層の固さを示唆している。

 一方で、民主党支持者と一部の無党派にとっては、トランプ大統領のウクライナ疑惑は、民主党候補に投票する十分な動機付けとなる。

 しかし、あくまでもそれは、自らが米国の将来を託すに値する魅力的な民主候補がいればこそである。

 トランプ大統領の外交は、国内のコアな有権者向けの政策の延長といっていいだろう。

 米国が貿易赤字を抱える国には、中国だけでなく、日本、韓国、欧州のような同盟国にも容赦はない。中国には関税を課して、米国への農産物の輸出や、国内の構造改革を迫る一方で、同盟国の日韓や欧州のNATO加盟国には、駐留経費増や国防費増を迫っている。

 中東では、指導者との個人的関係が深いイスラエル、サウジとの関係を重視し、イランとの緊張が続くだろう。アフガニスタンからの米軍撤退も果たそうとするだろう。

 トランプ外交は個人的な人間関係が国益に優先する。トランプ氏が個人的に友人と認める人物、プーチン・ロシア大統領、エルドアン・トルコ大統領、安倍首相などにはあまり強くは出ない。

 今年の米国外交の注目点は、中国との貿易協議の合意の可否と米中対立がどこまで激化するのかという点だ。

 すでに米中の新冷戦ともいうべき、長期的な戦いは始まっているが、両首脳とも自国経済に大きな存在は与えたくないため妥協の余地はある。また選挙前の実績として、トランプ氏が北朝鮮に対して、実体はなくとも国内に実績として誇れるような「非核化」合意を行うリスクが懸念される。

 昨年、韓国に駐留費用5倍を要求したトランプ氏が、日本に対して4倍の費用負担を要求するのかどうかも気になる点だ。2月の民主党予備選にはじまり、11月の大統領選挙に終わる本年は、その結果が今後の米国と世界の将来に影響する節目の年になるといえるだろう。

 


《わたなべ・としお》

1939年6月甲府市生まれ。慶応義塾大学、同大学院修了。経済学博士。筑波大学教授、東京工業大学教授、拓殖大学総長を経て現職。オイスカ会長。外務大臣表彰。正論大賞。著書は『成長のアジア 停滞のアジア』(吉野作造賞)、『開発経済学』(大平正芳記念賞)、『西太平洋の時代』(アジア太平洋賞大賞)、『神経症の時代』(開高健賞正賞)、『決定版・脱亜論』『放哉と山頭火 死を生きる』など多数。

2020年1月20日号 週刊「世界と日本」第2165号 より

 

「親日台湾」の背景とその淵源
足跡遺した児玉・後藤・磯・八田

 

拓殖大学学事顧問 前総長 渡辺 利夫 氏

 

 韓国の反日、これは率直にいって如何(いかん)ともしがたい。日本の朝鮮統治は明治43年(1910)の韓国併合に始まり、第2次大戦での日本の敗戦にいたるまでの36年間に及んだ。しかし、たかだか36年の統治によってそれまで500年以上にわたって築かれた王朝国家(李朝)の伝統を覆すことは、実に容易ならざることであった。

 

 中華のエッセンスは清朝中国にではなく、「我に在り」と考える李朝は自らを「中華より中華的なる存在」であり、中華をより「純化」したものが李朝だ、そう認識していた。その認識に立って、日本などは海を隔てた海洋に浮かぶ、道徳も正義もない「蛮夷」の住まう島だとみなしていたのであろう。

 あろうことか、この日本によって朝鮮が侵略され、その統治下に入ったのである。李朝の支配階層「両班」にとって、日本による統治は、心底、受け入れがたいものであった。

 日本は朝鮮に「身分制度の廃止」「私有財産制の確立」「契約自由原則の導入」に懸命に努めたものの、これが両班に受け入れられることはなかった。

 日本は朝鮮を36年間にわたり統治し、これをその後、朝鮮にお返しするつもりだったわけではない。朝鮮を大日本帝国の一部に組み込み、日本の一地方として永久にこれを併合しようと考えたのである。

 『反日種族主義』の編著で名高い李栄薫(イヨンフン)先生の用語法にしたがえば、日本は朝鮮を「永久併合」したのである。それゆえ日本は朝鮮の文明化に本気になって取り組んだ。当時、論陣を張った福沢諭吉の朝鮮論を読み返してみれば、そのことが手に取るようによくわかる。

 台湾のことに入っていこうとしているのだが、台湾とは何かを理解するための絶好の「反射鏡」が朝鮮なのだと私が考えているために、少々重すぎる導入となってしまった。

 日本の統治下に入った台湾は、朝鮮と同じく日本の「永久併合」の対象であった。とはいえ、日本領有以前の台湾は「化外の地」であり、そこに住まう人間は「化外の民」であった。天子の徳の及ぶことのない未開の「蕃地」が台湾であった。

 台湾には李朝のような歴史と伝統をもった王朝があったのではない。対岸の福建省や広東省の各地から移住してきた、習俗や言語を異にする「群族」の住まう複合社会であり、諸群族が相互に権力と土地を求めて「分類械闘」を繰り返す殺伐たる社会であった。「分類」とは原籍を異にするもの、「械闘」とは闘争、格闘のことである。

 加えて、アヘン吸引常習者が蔓延、コレラ、ペストなどの熱帯病のはびこる「難治の島」が台湾であった。日本が台湾の地に足を踏み入れた時、これに住民が反撥し激しく抵抗したことは当然であった。台湾統治の初期、この反日武装勢力を制圧することは並大抵のことではなかった。統治初期の日本の指導者の苦心惨憺は、率直のところ朝鮮の比ではなかった。

 台湾は歴史も文化も伝統もない「異質社会」であった。皮肉なことだが、それがゆえに統治初期の諸困難を克服すれば、日本による台湾の近代化、文明化への道を遮(さえぎ)るのは何もなかったのである。文化も歴史も伝統もなかったからである。

 第4代台湾総督の児玉源太郎、総督府民政長官の後藤新平が赴任して以来、台湾は児玉・後藤のデザイン通りに近代化、文明化を一挙に進めることができたのである。そして、台湾には、朝鮮とはまったく対照的に、法治の社会規範・秩序が時間をかけつつも、全島にわたり広く深く浸透していった。

 日本の台湾放棄後、蒋介石軍の占領により、台湾は恐怖政治の30数年間の忍耐を余儀なくされた。台湾の法治社会は完全に崩れ去ったかにみえた。

 しかし、蒋介石時代に台湾経済は大いなる発展を遂げ、中産層が分厚く形成され、これが主力となって李登輝氏による民主化の時代への帳(とばり)を開いた。

 この新しい時代にいたり、日本統治時代に根を張った社会規範・秩序が鮮やかにも蘇り、この観念が台湾人アイデンティティ(「台湾認同」)形成のベースとなったのである。韓国が反日である一方、台湾が親日であることの史的な淵源がここにある。

 本紙編集部から執筆を依頼されたテーマは「台湾に足跡を遺した日本人」である。紙幅が残り少なくなってしまったが、日本の台湾統治時代に、この島の文明化、近代化、社会規範・秩序の確立のために満身の力をもってエネルギーのすべてを吐き出した日本人は少なくない。その努力が結実したのが台湾であり、この容易ならざる努力があって今日の台湾があり、台湾の親日がある。

 この時代を生きた二人の人物について言及して、小稿を閉じることにしたい。

 一人は、台湾総督府技師の磯永吉である。粒粒辛苦の20年を経て、当時の世界で第1級の「蓬莱米(ほうらいまい)」と呼ばれる画期的な改良品種の創出に成功し、台湾はもとより、あの時代の日本の米不足の解消に絶大な貢献をなした人物である。

 この蓬莱米は、その後、多様なルートを通じて、現代アジアの「グリーンリボリューション」(緑の革命)へとつながっていったことを省みれば、磯の努力は世界史的な意味をもっていたということができる。

 八田與一。この名前を見聞きした日本人は少なくなかろう。ほとんどが急峻な山地からなる台湾島で、大規模な灌漑、貯水施設を建設し、その治山治水事業を成功に導いた人物が八田與一である。

 その成功がなければ、米を初めとする台湾の安定的な食料供給は不可能であった。この事実に直面した台湾総督府技師の八田與一は、嘉義の近くに広がる広大な、しかし荒涼たる嘉南平原の灌漑計画を作成、ここをアジア有数の米作地帯にしようと、総督府の全面的な協力を得て、後の米国のフーバーダムが建設されるまでは世界最大の規模を誇ったダムの構築に成功した。

 実に10年に及ぶ精根尽き果てるほどの努力の結実であった。このダムは現在もなお機能している。ここを訪れるたびに私は、八田與一の生死を賭した行動に思いを馳せ、熱くなる心を抑えることができない。

 


《り・そうてつ》

専門は東アジアの近代史・メディア史。中国生まれ。北京中央民族大学卒業後、新聞記者を経て1987年に来日。上智大学大学院にて新聞学博士(Ph.D.)取得。98年より現職。同年、日本国籍取得。テレビのニュース番組や討論番組に出演、情報を精力的に発信。著書に『日中韓メディアの衝突』『北朝鮮がつくった韓国大統領―文在寅政権実録』『「反日・親北」の韓国 はや制裁対象!(共著)』など多数。

2020年1月20日号 週刊「世界と日本」第2165号 より

 

今年の朝鮮半島は
南・北 激動の渦に

 

龍谷大学教授 李 相哲 氏

 

 2020年は、金正恩委員長にとって19年以上に残酷な年になりそうだ。19年1月1日、金正恩は自分の執務室のソファーに座り、「北朝鮮の住民にむかって希望の夢を抱いて新しい年を迎えました」と挨拶した。世界に向けて余裕すら演出したが、金正恩が見ていた夢は幻想として終わったのではないか。

 

金正恩は無謀な「新しい道」へ

 米朝会談を通して苦しい経済状況を改善しようとした金正恩の試みは19年2月のハノイ会談の決裂で失敗した。

 その間、金正恩は、アメリカの態度変化を引き出すため、「主動的」な措置をいくつかとった。

 第1回目の米朝会談を1カ月後に控えていた18年の5月、金正恩は、人質にとっていたアメリカ人3人を解放、6回の核実験を実施したプンゲリ(北朝鮮の北東部の咸鏡北道吉州郡豊渓里)の核実験場を「破壊」した。

 シンガポール会談後には朝鮮戦争中に犠牲となった米軍の遺骨を返還、衛星発射や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射基地として使ってきた東倉里の施設を解体すると約束したが、アメリカは、北朝鮮のこのような「主動的な措置」を評価しなかった。制裁を緩めるどころか、北朝鮮の貨物船を拿捕(19年5月、米国が北朝鮮の石炭運搬船ワイズ・アーネスト号を拿捕した事件)するなど制裁を強めた。

 金正恩が野心的に推し進めてきた2021年までの国家戦略「経済5カ年計画」もアメリカと国際社会の制裁で完全に頓挫している。16年5月、北朝鮮は22年ぶりに「国家経済発展5カ年戦略」を採択し、毎年「新年の辞」で言及したが、ハノイ会談決裂後は「5カ年計画」は言わなくなり、ごっそりと取り下げたのはその証拠だ。

 2016年の着工、18年10月に完工を目指してきた金正恩肝いりの国策事業の元山海岸「ガルマ観光地区」の建設は、いまだ完成の見通しすら不透明だ。金正恩はガルマ観光地区建設現場を4回以上も訪れ、20年の太陽節(4月15日の金日成の誕生日)までに完成しろと拍車をかけているが、完成の見込みはない。

 

朝鮮半島は大激変へ

 アメリカがいまなお北朝鮮に対する制裁を緩めようとしない理由は、北朝鮮が非核化に向けて、本当に意味のある、実質的な行動をとっていないとみているからだ。核実験場もすぐに復元できる程度に「破壊」し、解体を約束した東倉里のミサイル発射施設は、最近普通に稼働していることが確認された。

 金正恩は年末までにデッドラインを設定してアメリカに態度変化を迫り、さもなければ「新しい道を歩む」と威嚇しつつも、ドナルド・トランプ大統領との個人的な「信頼関係」をテコに制裁緩和を狙っているが、トランプ大統領がそれに応じる気配はない。

 今年、金正恩はこれまで宣言してきたとおり「新しい道」を歩まざるを得ないだろう。

 経済立て直しはほぼ絶望的な金正恩にできること、新しい道とは、「主体武器をどんどんつくる」(19年12月24日付「労働新聞」社説)ことだろう。つまり、核武力を増強しながら、核保有国として、それを前提に国際社会と付き合っていく算段だ。

 今年、再選を狙って選挙運動に突入するトランプ大統領は、北朝鮮の核武装を阻止するのか、野放しにするのか決断を下さなければならない。核武装の阻止に動いた場合、今年、朝鮮半島は大激変の渦に巻き込まれるはずだ。

 

 

韓国の政局はさらに混乱へ

 気になるのは、今年、文在寅韓国大統領がどのような対北朝鮮を打ち出すかだ。政権出帆早々に「金正恩政権の崩壊を望まない」(17年7月のベルリン宣言)と公言した文氏は、今年4月に予定されている4年に1度の国政総選挙(国会議員全員を選挙しなおす)で国民の審判を受けなければならない。さらに「朝鮮半島に春がやってきた」(19年5月7日、ドイツの新聞)と鼻高々に宣言したが、その真価が問われることになる。

 その間、文氏はハノイの米朝首脳会談で劇的な妥結があるものと判断、北朝鮮に対する大規模経済支援プランまで用意し、朝鮮半島に春をもたらした実績をもって選挙に臨むつもりだったが、金正恩の挑発で壊れかけている。

 北朝鮮がしびれをきらせてICBM発射実験を再会すれば、トランプ大統領は選挙への介入とみなし、北朝鮮に厳しい態度をとることは間違いない。

 場合によっては北朝鮮に対する石油の禁輸、海上封鎖のような准軍事行動に出ることも予想される。

 それでも文氏はいまなお、北朝鮮との和解を模索している。19年暮れの日中韓首脳会談で「鉄道共同体、エネルギー共同体、経済共同体、平和安保体制」づくりを呼びかけ(19年12月24日、日中韓経済サミットにて)、そこに北朝鮮を抱き込み、北朝鮮の孤立を防ごうとしたが、このような構想にアメリカは否定的だ。北朝鮮が挑発を続け、朝鮮半島に緊張が走れば、その間の文政権の政策は失敗との判定が下されるのではないか。

 韓国の国内状況はさらに危機的だ。経済危機がささやかれるなか、文大統領を巻き込んでの3大疑惑が持ち上がり、検察の捜査の手は大統領府、大統領周辺に及んでいる。これからの争点は、大統領がどれだけこれらの事件に関与したかだ。

 4月の総選挙で野党が国会議員の過半数を勝ち取れば、国会は「国政調査」権限を発動して「文大統領の疑惑」を追及するだろう。それでも不十分となれば、「特別検察」を任命し、大統領とその周辺を捜査、起訴することも考えられる。

 文氏は、在任中に訴追されることはない特権をもってはいるものの、捜査が進み、疑惑が事実と判明すれば、弾劾の動きが表面化するのも確実だ。そうなれば、20年の韓国政局は昨年以上に混沌とし、場合によっては政権が倒れることも考えられる。

 2020年は、残念ながら、悪い意味で朝鮮半島が注目される年になるのではないか。

 


《わたなべ・ひろたか》

1954年生まれ。東京外語大仏語科卒。同修士課程、慶大博士課程、パリ第一大学国際関係史博士課程修了。在仏日本大使館公使。東京外大国際関係研究所所長を経て、2019年4月より帝京大教授。著書に『ミッテラン時代のフランス』『フランス現代史』『ヨーロッパ国際関係史』『シャルル・ドゴール』など。

 

2020年1月6日号 週刊「世界と日本」第2164号 より

 

冷戦終結30年後の欧州
問われる「戦略的自立」構想実現

 

帝京大学法学部教授 東京外国語大学名誉教授 渡邊 啓貴 氏

 

 冷戦が終結してからの30年、単独主義と多国間主義を繰り返しながら、米国の相対的影響力の低下と中露の台頭の中で世界は多極化傾向を深めていることは確かだ。こうした中でヨーロッパは「戦略的自立」を求めているが、実際にはその求心力は弱まっている。

 

 欧州統合の終焉や崩壊は現実的な議論ではないが、統合のプロセスは前人未到の挑戦であるだけに、アップ・アンド・ダウンの繰り返しだ。その意味では、現在は「停滞局面」にあるのは確かだ。

 第1に、ブレクジット(英国のEU離脱)の期限はこの1月末だ。12月の英国総選挙ではブレクジット支持派の与党保守党が1987年以来の圧倒的な勝利を収めた。「合意ある離脱」の可能性が高くなっているが、2016年の国民投票直後とは違って世情の混乱は小さくなっている。

 筆者は楽観論の立場である。ブレクジットはEUにとって決して喜ばしい事態ではないが、かといってEU統合が終焉するという事態にはならない。国民投票から3年半がたち、心理的・実際的な準備が進んでいるとみている。

 やや時期尚早だが、ブレクジットは3年半前の英国の「完全離脱」のイメージから「部分的離脱」、つまり、実質的にどこがこれまでと違うのか、という議論になりつつあるのではないか。

 例えば1966年にフランスがNATO(北大西洋条約機構)の軍事機構から離脱したときに、当初の大混乱の予想とは異なって、実際には大きな変化はなかった。ドゴール仏大統領は2年ぐらい時間をかけて部分的に軍隊を引き揚げていったから、期限が来たときには全て準備ができていた。その時と似たようなことになるのではないか。

 筆者自身は、現状を悪化させることは合理的な選択としては正しくないので英国民も時間とともに離脱を思いとどまるだろうと当初は思った。しかしその後も「離脱撤回」の決定にはなりそうにない。それほど大英帝国の歴史へのノスタルジー、あるいは母国への自負心は大きい。ブレクジットは英国にとって大きな賭けだ。

 第2に、英国の離脱を推し進める人たちを含む欧州のポピュリズムだ。「反エリート」と「真の人民(庶民)」という感情、そして街頭行動などの直接行動をポピュリズムの特徴とすれば、その勢いは依然として強い。グローバル化よる社会格差が縮まらないかぎり、「不満分子」は増えるからだ。それは外国人を含む社会的弱者をスケープゴートにする。

 ただし、ポピュリズムは一様ではない。西欧資本主義先進諸国と民主化・市場経済化の発展途上にある中・東欧諸国においてはその在り方は異なる。「経済的な南北格差」と同時に、「民主化の東西格差」は依然として現存する。

 したがって、西欧諸国でのポピュリズムの頭打ち傾向と中・東欧諸国での排外主義の隆盛とは区別して考えたほうがよい。

 それは2019年欧州議会選挙の結果に明白だった。14年の時に西欧諸国で飛躍的に増大した排外主義的ポピュリズムは頭打ちになった。ルペン率いる欧州最大のポピュリスト・フランスの国民連合(旧国民戦線)は引き続いて単独では仏国内では第一党だが、議席は減らした。他方で中・東欧諸国のポピュリズム的な動きは「ナショナリズム」や「主権主義」といったほうがいい。

 第3に、英国の離脱とともに、EU内の求心力の低下だ。17年総選挙でメルケル政府に陰りが見え始めてから、独仏関係にはひびが入り始めた。それは17年9月のマクロン・イニシアティブ(EU財政政策・共通防衛政策の進化)や最近の「NATO脳死」発言に対する各国の反応にも明らかだ。フランスの突出はドイツの内外事情に呼応したもので、マクロン大統領自身フランスの独断専行が通るとは思ってはいないが、リーダーシップの綱引きは強く意識されている。

 トランプ大統領の「アメリカ第一主義」への牽制と欧州の「戦略的自立」そのこと自体には独仏は合意しているが、独仏間の齟齬はその方法論をめぐるものだ。

 また欧州のこうした内部での綱引きは国際情勢の大きな動きに呼応している。19年夏以後、プーチン露大統領を別荘に招き、ロシアを主要首脳国会議に復帰させようというマクロン大統領の親露政策はほかの欧州諸国との軋轢を招いている。

 ドイツはマクロンのパフォーマンスに反発してはいるが、ロシアとの経済的関係が最も強い国だ。緊縮財政とユーロ基準の見直しをめぐる加盟国間の論争も熱を帯びるだろう。その中心はドイツだ。外交・経済統合のいずれの点においても、「ドイツ問題」はあらためてEUの大きな課題として立ち現れている。

 さらにプーチン・ロシア外交の不可測性とともに、ユーラシアの現実は中国の広範な「一帯一路」構想に大きな影響を受ける。

 さすがの西欧諸国も対中楽観論から慎重論に転じ始めたのが2013年ごろ、「一帯一路」構想が明らかになってきてからだった。そしてその中国とロシアが経済的軍事的に接近している。

 マクロンの対露接近は中露接近に対する「楔」だ。このことはEUの共通認識でもあるので、問題は政策の統合にある。

 そうした中で、アングロサクソン・日豪印との安全保障関係に力を入れようとする英国のスタンスは注目に値する。

 冷戦が終結して30年、国際情勢はかつての第一次世界大戦か、それ以前の欧州列強のグレート・ゲームの時代に回帰したかのようだ。90年代半ばに仏シラク大統領は「多極化」の世界観を提唱したが、今それはより現実味を帯びている。

 わが国ではこうした発想の議論がほとんど見られないが、この世界政治の構図に対抗する動きは日米印の連携だけではない。

 中露の綱引きと欧中露の間の勢力均衡的な「影響圏」をめぐる角逐と、その一方で米国の中東からの影響力後退。この中でアジアと日本の立ち位置が問われている。

 EUはこうした多極化の時代に、相対的ではあるが自らの秩序構想を実現するために「戦略的自立」(2016年グローバル戦略)を提唱する。多極化の一翼をどのようにして担っていくのか。その問いに世界は直面している。

 日本外交が「価値観外交」を標榜して世界の「平和」と「繁栄」に踏み込むとしたら、多極世界の中で自らの見識をどこまで主張することができるのか。それが日本外交の大きな試金石となる。

 


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