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内外ニュース懇談会 講演要約

講演
「山田方谷から学ぶ経営姿勢」〜明其義、而不計其利〜義を明らかにして利を計らず

ANAホールディングス株式会社 相談役
大橋 洋治 氏

内外ニュース東京懇談会7月定例会は27日、ザ・キャピトルホテル東急で行われた。ANAホールディングス相談役大橋洋治氏の郷土・岡山の偉人であり、藩政改革を断行し、「大政奉還」上奏文の起草者で知られる山田方谷〔文化2年(1805)~明治10年(1877)年〕。「山田方谷から学ぶ経営姿勢」~ 明其義、而不計其利~義を明らかにして利を計らず、と題して、方谷の言葉を挙げ、経営者、リーダーとして重要なことについて熱く語った。


生い立ちと山田方谷との関係

 山田方谷と私との関係を説明するために、まず私の生い立ちから説明させていただく。
 私は岡山出身だが、父親の仕事の関係で、満州とソ連の国境下にある中国の佳木斯(ジャムス)市で1940年に生まれた。1945年の8月9日に、ソ連軍が国境を越えて押し寄せてきたので、佳木斯(ジャムス)からハルビンに逃げた。父はすでに招集を受け、その時はソ連の捕虜になっていた。
 1946年11月にハルビンから日本に引き揚げ、小学校2年の2学期から小学6年の1月まで備中高梁に住んでいた。当時、毎晩、真っ白な白髭の老人が私の叔父のところに遊びに来て、詩吟をうなって帰っていった。母にその老人のことを尋ねると、「山田方谷という偉い人のお孫さんだよ」と言ったことを覚えている。
 2004年に社長になった時、ある会食で当時の小泉総理が所信表明演説で、長岡藩の小林虎三郎の「米百俵の精神」の話を引用しこれが話題になった時に、その場にいた人が、「小林虎三郎も素晴らしい人だが、もっと素晴らしい人が歴史の中にいる。それは山田方谷という人だ」と、山田方谷の話を紹介された。
 その時まで白髭の老人のことはすっかり忘れていたが、「あの山田方谷なのか」と思い出し、それから山田方谷について没頭して調べ始めた。

 

山田方谷の功績について

 山田方谷は文化2年(1805)に備中松山藩、現在の岡山県高梁市に生まれた。幼いころから神童と呼ばれ、江戸では佐藤一斎の門に入り、塾頭を務めていた時に上下2巻からなる経済論の概念である理財論を書き上げる。これが藩政改革で財政再建を成し遂げる規範となった。
 方谷が44歳の時に藩の最も重要な元締役と吟味役(現在の財務大臣)に任じられ、翌年、藩政改革を行った。1850年から57年の7年間で、10万両あった借金を返済しただけでなく、10万両の余財も残した。10万両は現在の金額にすると300億とも600億とも言われる。実際の石高は2万石しかなかった備中松山藩の状況からすれば、途方もなく大きな額だと言われている。
 それをどうやって成し遂げたか。まず方谷は産業振興を中心とした改革計画を策定し、効果的な経済政策を実行した。それは常時節約をして倹約を奨励する一方で、使うべきところには積極的に投資した。その切り札は鉄で、刃物や鍋、釜、釘などをはじめ「備中鍬」などを生産し、江戸に直送して販売した。さらに特産品として良質タバコの「松山刻」や、茶菓子の「柚餅子」などをブランド化することに成功した。
 一方、負債整理のために貸主の大阪商人を一同に集め、松山藩の窮状を包み隠さず明らかにし、新たな返済計画書を手渡した。金のかかる大阪の蔵屋敷を廃止し、それまで大阪に送ってきた蔵米は地元の備中松山藩で保管し、有利な時に販売して現金を入手する方法に改め、多額の利益が上がるようにした。大量に発行しすぎて信用が失墜していた藩札を回収し、新たな藩札である「永銭」を発行した。
 また、1867年に大政奉還が行われたが、その上奏の草案を書いたのも山田方谷だと言われている。

 

大事にしている山田方谷の3つの言葉

 山田方谷の言葉の中で、私が大事にしているものが3つある。1つ目は「総じて善く天下の事を制する者は、事の外に立ちて、事の内に屈せず」という言葉だ。私はこれを、「大きな事を成し遂げるためには、部分最適に陥らずに、全体最適で挑まなければならない」と解釈し、社内でも話をした。
 2つ目の言葉は、「至誠惻怛(しせいそくだつ)」である。惻怛というのは「慈しみ悲しむ」という意味で、至誠、つまり真心と慈しみ悲しむという心があれば、物事がうまく運ぶことができる。昨年、ノーベル医学生理学賞を受賞した大村智先生の研究室に、至誠惻怛と書かれた色紙が飾られているのをニュースで見て、非常に驚いた。
 2001年から2004年の社長時代に、社員の皆さんと直接会話する「ダイレクトトーク」を都合100回、延べ6000人と行った。その時にこの言葉を思い出しながら、誠心誠意、話をしたことを覚えている。
 3つ目は、「義を明らかにして利を計らず」で、私が最も大事だと思っている言葉だ。正しい理念をもって経営に当たる姿勢を貫くことが、結局は利益につながるものだと思っている。
 ではANAにとって義とは何か。それは航空会社としてお客様の命をお預かりしているので、「安全・安心」である。従って安全運航は絶対に守るという強い信念で経営をしていけば、利益は自ずとついてくると解釈している。

 

経営者、リーダーとして大切なこと

 社長に就任した半年後の2001年9月11日、同時多発テロが起こり、SARS(サーズ)による航空事業の大幅な減速、JALとJASが合併し、会社は大幅な赤字に転落して大変な逆風に見舞われた。
 しかし私はその中でも、これまで述べてきた山田方谷の3つの言葉を念頭に経営に取り組んだ。こうした経験を通し、私なりに経営者、リーダーとして重要だと思うことは、「リーダーは夢と志を持たなくてはならない」ということだ。
 経営危機の中で会社を再建するためには、全従業員の意識改革と協力が必要である。ダイレクトトークに加え、経営理念と経営ビジョンを策定し、中期経営計画に収益性の改善や国際線黒字化、人件費の引き下げによる大幅なコストダウンを盛り込み、「2004年3月期に復配できなければ社長を辞める」と宣言した。こうして経営陣も社員と一丸となり経営改革達成に向けて取り組んだ結果、何とか復配をすることができた。
 理念、ビジョンを作り、その夢と志の実現のためには、物語を作って皆を引っ張っていくことこそが経営者、リーダーの仕事である。物語を語れないと皆はついてこない。夢は決してあきらめてはならない。そして実現させなくてはならない。
 私のANAで実現したい夢は、空のシルクロードをつくることである。ANAの飛行機が東西の要所要所を結び、そこで異文化が交わって人が出会う。私どものANAがその出会いのお手伝いをして、付加価値をつけて世界をつなぐ心の翼となることである。

 

「呻吟語(しんぎんご)」に学ぶ

 最後にもう一つ紹介したいのが、人間力を高める概念である。明の時代の儒者でもあった呂新吾の著した「呻吟語」に、人間の資質についての内容がある。「深沈厚重は是れ第一等の資質なり」、「磊落豪雄は是れ第二等の資質なり」、「聡明才弁は是れ第三等の資質なり」とある。その意味は、「深々と重い厚みがあるということは、人間としての第一等の資質である」。「大きな石がゴロゴロしているように、線が太くて物事にこだわらないのは第二等の資質である」。「頭がよくて才能があって弁がたつというのは第三等の資質である」と書かれている。
 たいていはこの順序を逆に考え、聡明才弁が一番偉くて、深沈厚重をまるで鈍物のように思うようだが、それは世俗のことであり、本当に言われているのはこの順番の通りだと思う。
 聡明才弁の人はとかく鋭角的になりすぎて、自己を磊落豪雄につくろうとするが、そうすると人間はどうしても気負ってしまう。深沈厚重の德を養って、初めて本当の磊落豪雄になれるわけで、そうでないと偽の豪傑になってしまう。まことに人生を解明した、深く思考される名論だと思っている。

 

※講演全文は月刊『世界と日本』1267号に収録されます。また、要約は週刊「世界と日本」NO.2084号に掲載されます。

※講演の動画・資料は会員限定で「内外ニュースチャンネル」でご覧頂けます。

http://www.naigainews.jp/懇談会/懇談会動画/動画-大橋氏-会員専用/

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